若い女が大きなキャリーバッグを引いてやって来た。
髪が汗で額にべっとり貼りついていても、それなりに美しい女だった。
「やあ、キミは大きなキャリーバックを引いているんだね」と僕は女に声を掛けた。
「ええ、これは中に人が入れそうなくらい大きなキャリーバックよ」と女が立ち止まって答えた。
面倒臭そうにも意地悪そうにも優しそうにも聞こえる声だったので、僕はその女がいっぺんに好きになった。
「でもどうしてそんな大きなキャリーバッグを引いているんだい」と僕は思ったことをそのまま口に出した。
しかし、正しい質問の仕方は〈その中には何が入っているのかな〉だったのかも知れない。
それは、中に入っているものが何であったら僕らの未来は上手くいくのだろうということを意味しているのだけど、
本当は〈その中に入れるべきものは何だろう〉について相談できたら、お互いにもっと楽しい時間になったと思う。
「もう秋なのに今日はとても暑いのね」
僕の質問を無視して曖昧に微笑みながらそう言うと、女は額の汗を手の甲で拭った。
暑さは切実な問題だった。
女は汗にまみれていて薄いワンピースが身体に貼りつき、柔らかそうなお腹の臍の窪みまではっきりわかった。
その少し下にはショーツの線が浮き上がり、しなやかな太腿まで薄い三角を作っていた。
僕はまるで剥き出しで立っているような女の格好を“そんなことはいいんだけどさ”というように流し見ながら、
“これはある意味重要なことでもあるんだけど”と受け取ってもらえるように聞いた。
「それにしても、どうしてこんな舗装の行き届かない道を歩いているんだい」
間違いを指摘するような言い方にならないように小さな声で口に出した言葉が尾てい骨から螺旋に上昇すると、
女が驚いて僕の頭頂部を見た。クンダリーニが飛び去った方向から厳しい日中の陽射しに照らされて、
それなりに美しい顔がイライラしていた。
「ねえ、あなたが私を呼び止めてあれこれ聞いてくるのがなぜなのかわからないけれど、
この中に入っているものなんて誰も知らないし、あなたの目付きはバカみたいにいやらしいわ」
そう言われて嬉しいわけでも悲しいわけでもないけど、なんの質問もせずにキミを通すわけにはいかないんだ。
だって僕は地元の青年なのだからさ。