大きな瞳が印象的な人だった。
「手伝いましょか? 街の人? 博多から来たと?」
コンクリートで簡単に舗装しただけのデコボコ道。大きなキャリーバックを引きずる女性の辛そうな顔に、畑仕事の手を止めて思わず声をかけた。
「えっ、あっ、ああ、いいえ、大丈夫ですから」
彼女は一瞬、迷ったのか変な間をおいて断った。
こんな山奥の村には決して似合わない、肩を出した白いワンピースとツバ長の帽子。
彼女はこちらの申し出を断ると、ガラガラとバッグを引いていく。その後ろ姿がだんだん小さくなっていく。
彼女は街から村への最終バス(16時にこの村が終点なのだが)に乗ってやって来た。
彼女はしばらく、バス停のベンチに座っていたので、誰かが迎えに来るものと思って見ていた。
だけれど、彼女はキャリーバックを引きずって村の奥へと進み始めたのだ。
そこで声をかけてみたのだが、案の定、あっさりと断られた。下心がなかったと言えば嘘になる。綺麗な人だった。
初恋の相手がふと脳裏をよぎる。村から街に出て行って以来もう会ってない。意気地のなかった昔を思い出すと、
大事なものを無くした後のような諦めのつかない変な気分になる。
しかし、あの大きな荷物は何だったのだろう、こんな山奥に。
それが気になった時、バス停で彼女の座っていたベンチの下に水溜りがあるのに気が付いた。
ゆっくりと近づいてみる。目に入った瞬間、鳥肌が立った。胸の奥がギュッと締め付けられて体が強張る。
透明な水溜りに混じる、赤黒い、血のような色。鉄錆のような生臭い匂いがほのかに漂っている。
気が付けば、無意識のうちにケータイを取り出して駐在さんに電話していた。
「ばーちゃん、ただいまぁ」
「陽子ちゃん、よぉ帰ったねえ。それなんね、大きか鞄ば持って」
「とーちゃんが食べたい言うとった活きガツオたい。朝市で仕入れてきたけん新鮮とよ。
保冷剤と一緒にキャリーバッグに詰めて来たとさね」
「あらあ、大変やったねえ、近所に声かけて酒でも振る舞おうかねえ」
「伸吾は呼ばんでよかよ」
「なしてね? 昔はよう遊んどったろうもん」
「さっき、わたしに気づかんかったと。あげん奴はもう知らんけん」
後日談。伸吾は駐在さんにこっぴどく怒られて、村の笑いものになったとさ。