ぷはぁっ。やっぱり夜勤明けのタバコはたまらない。アパートのベランダは日差しが辛いけど虫の音が気持ちいいや。
あれ、ベランダ先の裏庭に女がいる。艶のある長い黒髪だ。雑草よりもずっと大きなキャリーバッグを引きずっているや。上の階の人かな。何か落としたのかな。
あ、立ち止まって額を手の甲で拭った。うわ、美人。これはお近づきになるチャンスか。
声を掛けたらこっちを向いた。何か陰のある笑顔だ。たまんないね。
うん? キャリーバッグから何か取り出したや。大きな熊手に縄梯子がついている。あ、上に向かって放り投げて引っ掛かった。
うん? キャリーバッグから金属バットを取り出したや。小脇に抱えて梯子に、やっぱり登れない。
うん? キャリーバッグから包丁を取り出したや。野球の硬式球も取り出したや。包丁を口にくわえてボールをポケットに入れて梯子を登る。何か様子が変だぞ。
(バリーン、ドタバタ、ウギャー)
何これ? 上で一体何が起こっているの? 警察は、救急は、セ○ムは?
あ、女が梯子で降りてきた。おかっぱ頭になっている。あ、続けて男が降りてきた。丸坊主だ。まさか、髪を切っていただけというオチ?
二人見つめ合って手を繋いで裏庭を出て行った……。
いやぁ、夜勤明けのせいかな、頭が痛くなってきたや。もう部屋に戻ってベッドで寝るか。
うん? キャリーバッグが残っている。ゴトゴト動いている。赤ん坊のような泣き声も漏れてくる。
ま、いっか。夜勤明けだしな。