511 :
【訂正】第二十四回ワイスレ杯参加作品:
じょーわじょーわじょーわ……
九月も半ばを過ぎたのにまだまだ暑くて日差しが強い。蝉時雨も耳を劈くようだ。
もう腕が千切れそうだ。重たい革張のキャリーバッグを引きずって、あたしはかれこれ三時間山道を歩き続けてる。完全に道に迷ったらしい。
「あーあ、だから女はダメなんだ。地図も読めないのか?」
あたしの背中から、男が声をかけて来た。
「いーから、黙ってて」
あたしは男を見向きもせずに不機嫌に答える。
「どうだい道案内するよ?この辺は地元だし、道は良く知ってるんだ」
しつこい男だ。
「うっせーつってんだろ!」
あたしはついカッとなり、引きずっていたキャリーバッグを思い切り蹴り上げた。
バッグが鈍い音を立てる。いけない、落ち着け。こいつがこれ以上『痛む』前に、早く処分場に行かないと。
元々財産と保険金目当てで結婚した男だったけど、半年足らずの結婚生活は本当最悪だった。金持ちのくせにケチで、口うるさくて、夜もしつこくて。全く『始末』がつくまで良く我慢できたと思う。
山持ちだった男が一度だけ連れて来てくれた群馬にある自分の山の採石場跡。幾つも空いた暗くて深い穴ぼこに、こいつを放り込んでおけば絶対バレやしない。
完璧な計画だったのに、歯車がズレたのは車を降りてからすぐだった。狭い山道で足を滑らせて転んで頭を打ってしまった。
それから、何だか様子が変になった。地図を頼りにどこまでも進んでも、採石場は見えてこない。
おまけに山道なのに、そこかしこで血色の水溜りがボコボコと湧きあがってるし、硫黄の匂いが鼻をつくのだ。
まあいいや。あたしは首を振る。あいつの『臭い』も気にならなくて、丁度いい。
「もう、何でもいいから早くココから出してくれ!暗くて狭くて暑くて、気が狂いそうだよ!」
あたしの背中からあいつの悲鳴。まったく最悪だ、死んでからもまだ五月蠅い男なんて。
あたしは汗を拭う。頑張れ、お金が下りたら、海外旅行。高級ブランド。毎日パーティ……
少し道に迷っただけ。採石場はきっと、すぐ、そこだ。
気がつけばいつの間にか日も暮れかかり、赤黒く夕陽に染まった山道。
辺りは暗くなって林も抜けたはずなのに、何時まで経っても鳴り止まない蝉の声。
じょーわじょーわじょーわ……
蝉の声が、何だかあたしを嘲る嗤い声みたいに聞こえてきた。