ワイが文章をちょっと詳しく評価する![29]

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501第二十四回ワイスレ杯参加作品
響子は実家の母親に、三歳になる息子を預けると、人が入れそうな程大きなキャリーバッグを引きずり、駅へと向かった。
彼女は幼なじみの夫と出来ちゃった結婚してから三年間、旅行など行けたためしがない。夫の稼ぎが少なく、家族三人生活していくだけで精一杯だったからだ。
だが先日、響子は夫から突然、温泉宿の宿泊券を手渡されたのだ。
「お前誕生日だろ。旅行でも行ってこいよ」
「覚えてくれてたんだ、ありがとう。でもこれ、一人ぶんじゃん」
「俺はいいから、気にすんな。二人で行ける程の、余裕無いしな」
そう言って笑った夫の優しさに甘えて、響子は旅行に行く事を決めた。
駅に着いた彼女は、鈍行に揺られて温泉宿を目指した。格安だが景色がよく、海の幸をふんだんに使った料理が美味しいらしい。
日頃の子育てで疲れているせいか、うとうとしているうちに、列車は宿の最寄り駅に到着した。響子は駅から出ると、バッグを引きずり歩き出した。
普段からの貧乏性の為、タクシーなどは、使っていられなかった。だがこの日は秋とはいえ快晴で、照りつける陽射しや、凸凹した田舎道の歩きにくさが、響子の体力を奪っていった。
バッグを引き疲れ、額に流れる汗を拭っていると、彼女の前にライトバンが停車した。
「お姉さん、観光かい? ちょうど旅館のほう行くから、よかったら乗ってく?」「本当ですか? 助かります」
運転席に座る、人が良さそうな青年に声をかけられ、響子は宿付近まで送って貰う事にした。
バンの後部にバッグを積んだあと、彼女を乗せた車は走りだした。海辺の景色が目に入ってきた頃、車は宿付近に停車した。
青年に礼を言い、車を降りた響子は、漂う潮の香りを味わいながら、温泉宿に辿り着いた。
美人の女将と仲居達に出迎えられた彼女は、部屋へと案内された。窓から海が見える、古風な雰囲気の部屋だった。
(おい、そろそろ出してくれよ)
響子がくつろいでいると、聞き慣れた声が響いてきた。彼女ははっとして、すぐさまバッグを開けた。
まるでお腹の中にいる赤ちゃんのように丸まっている夫を見て、響子は吹き出しながら言った。
「ごめん忘れてた。でも絶対見つからないでよね。見つかったらお金、とられちゃうんだから」「わかってるよ、任せろ」
その後彼女は、昔から隠れんぼが得意だった夫と共に、一泊二日の温泉旅行を、存分に楽しんだ。