友貴は眩しさに顔をしかめる。道脇の大木から太陽が顔を出していた。ランドセルの肩紐の下に熱がこもっている。
駅の売店まで買い物に行った帰りだった。女は駅からずっと友貴の前を歩いている。
暗い赤のスカートに菱形の黒の模様が入ったシャツの格好はこの田舎にはどこか浮いている。人が入ることもできそうな大きなキャリーバッグは舗装されていない道の至る所にある小石に悪戦苦闘している。
『あの人』もあんな大きなバッグだったな。
『あの人』は元々都会の人だったらしい。友貴が『あの人』を思い出すときは決まって最後のシーンだ。
もうこんな田舎なんてうんざり、玄関口で吐き捨てるように言って、追い縋る父や友貴を睨みつける。大きなボストンバッグを両手で引きずるように持ちドアを開ける。
お母さん待って、友貴の言葉は『あの人』には届かなかったのだろうか。振り返ることをせずそのまま出て行ってしまった。
あんなに大きなバッグを持って行っても自分を連れていくことはなかった。あのバッグに入っていたのは自分よりも大切なものだったんだと友貴は漠然と思っている。
前の女は真っ直ぐ歩き続ける。このまま行くと友貴と同じ地区に着く。ひょっとしたら知っている人かもと思い、女が立ち止まり汗を手の甲で拭っているときに声を掛けてみた。振り返った女はテカテカとした唇が印象的な若い女だった。
「ひょっとして友貴君?」女は微かに目尻に皺を寄せた。近所の昔遊んでくれたことのあるお姉さんだった。大学進学のために上京していたのだ。
「大学はどう?」ずいぶんと垢抜けた女に戸惑いながら友貴は聞いた。
「うん、まあ、楽しいよ」女は何でもないように言った。友貴は続けての質問が胸の中で霧散する。しばらく黙ったまま二人は歩く。キャリーバッグが小石と格闘する音だけがやけに響く。
「何で帰ってきたの?」ぽつりと友貴はこぼした。
「そりゃあ、ここが私の町だし」また何でもないように女は返した。友貴はまた黙り込んだ。
ときどき足の裏に感じる小石の感触、吹き抜ける風の涼しさ、上から照りつける陽光の温かさ。道の向こうに林の切れ間が見え、その先には古い家並みが続いていた。
『あの人』もいつか帰ってきてくれるのかな。
友貴は胸の内で呟いた言葉は誰も聞くことはない。絶え間ないキャリーバッグと小石の格闘はもう時期終わる。