――暦の上では確か、秋と言った季節のはずだ。
青年にとって生まれてこの方、死んだ両親が語る実りに喜ぶ世界とはずっと乖離した世界が全てだった。
さぞ美しい世界だったのだろう。そう幼少時の自分は思ったのだが、この目の前の現実はどうであろうか。何もかもが色あせて崩れたいた。
そんな滅びた世界で物資を求めて彷徨う青年は、かつて空港と呼ばれていた広大な空間に居た。
本来このような場所には来ない。傷んだアスファルトが続くだけの平らとも言えない地面に、近くの建物にも生活に糧など既に存在しないのだから。
しかし、目を離せない存在が居る。青年の先を歩く女の存在だ。
白く簡素な衣服で包んだ細い身体で、トランクと言っただろうか。とにかく大きな鞄に滑車でもついているのだろう。
時折立ち止まっては額に首にと手の甲を当て汗を拭くような仕草をしては、ごろごろと音を立てるそれを引いて歩き続ける彼女が気になって仕方が無くここまで追ってきていた。
何を、そして何所を目的にしているのだろう。
そして、ついに堪えきれなくなった。女を、彼女が引く鞄を追ってついに走り出した。
「あんた何者だ。どこへ行くんだ?」
端的に訊けば、
「わたしはこの失敗した世界を終わらせに来たの。ここ、なかなか丁度いいわ」
振り返った彼女から、青年にとって理解のできない無機質な応えが返ってきた。
「終わらせるって、このぶっ壊れた世界を?」
この世界を終わらせる。つまり壊すのであれば、もしかしたら両親が懐かしんだ世界へと修正するのか。
淡い期待を持つ青年に、女は無常な言葉を放つ。
「全て、よ。あなたですら例外ではない。この世界があったことすら消し去るのよ」
裏切られたとの思いから女に掴みかかろうとした青年であったが、それは適わなかった
彼女がトランクを開いた途端、青年は膝が落ちるどころか地べたに這いつくばる事さえできなかった。
溶ける。それが青年が覚えた感覚だった。目の前の光景も、思考も、何もかもが消えていく感覚。
その中で青年は思う。両親の語った思い出の世界だけでも残って欲しい、と。そこに自分が居なくてもいいとでさえも。
想いが通じたのかは分からなかった。ただ塗りつぶされるように消えていく意識の中で願っただけ。結末を見届けることはできなかったのだから。