ワイが文章をちょっと詳しく評価する![29]

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484第二十四回ワイスレ杯参加作品
青年は、近所の山の狭い峠道を歩いていた。ここは交通量が少なく、地元の人間でもめったに通らない。その為、時折される不法投棄が問題になっている。それを取り締まるのが、彼の仕事だった。
山中を紅葉が彩る季節といえども、日中の陽射しはまだ暑い。彼は額に滲む汗を拭いながら、パトロールに励んだ。山頂でルートを折り返し、峠道をしばらく下っていると、視線の先に、若い女性の姿が見えた。
真っ白なワンピースを着たかなりの美人で、大きなキャリーバッグを引いている。はたからみてもそれは重そうで、舗装の悪い凸凹した坂道を登る彼女の額には、汗が光っていた。
「どうかされたんですか? こんな山道を、お一人で」
「この先にある展望台に行きたいんだけど、途中で車が故障してしまったの。だから、歩いていこうと思って」
「そうでしたか。だったら僕が、手伝いますよ」
「本当? ありがとう。これ重くて、助かります」
彼女は手の甲で汗を拭いながら、ほっとした様子で笑顔を見せた。その魅力に一瞬で心を奪われた彼は、抱いていた不信感を忘れ、彼女と共に山奥の展望台を目指した。
この先にある展望台は、特に何もないが、景色だけはいい。恐らく彼女は誰かに噂を聞いて、訪れたのだろう。
「それにしても、これ、結構な重さですね。大事な物なんですか?」
「そうね……あたしにとって、とても大事だった物。だからもう少しだけ、頑張ってね」「はい。任せてください」
ずしりと重い彼女のバッグを引きながら、彼は胸を張った。美人に頼られるのは嬉しいものだったからだ。
「やっと着いたわね。本当にありがとう。あなたのおかげで助かったわ。あたしには、なにもお礼は出来ないけれど……」「いえいえ、お気になさらず」
彼が笑ってそう言うと、彼女はバッグを引きながら、展望台の先端に向かっていった。そして迷う様子もなく、崖際に設置された鉄柵の隙間を通り抜ける。
「ちょ、ちょっと! 何やってるんですか!」
彼が叫ぶが早いか、彼女はバッグを崖から突き落とした。
「ここはあたしと彼が始まった場所よ。終わってしまった今、全てをここで終わらせるの」
振り返って言った彼女は、両手を広げて身を投げた。
「とても大事だった、ものか……」
呆然とその場に残された彼は、バッグの中身を悟ると、止められなかった自分を悔やみ、涙した。