ワイが文章をちょっと詳しく評価する![24]

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 少年の眼に光は無かった。彼は朽ちかけた部屋の隅、膝を抱いて座っていた。痩けた頬に乾いた涙と埃とが張り付いて、鈍色の艶を与えていた。
 窓の鎧戸はおろされ、部屋は往来の喧騒から切り離されたように仄暗く静まっている。そう、喧騒があった。狂気に沸く群集の喚声、興奮した馬の嘶き、爆ぜるような打擲音……
そういったものに混じって、女の絶叫が、どこか遠く別世界の音のように、彼の耳に響くのだった。
 部屋には彼の他もう一人、テーブルに突っ伏した男がある。ウォトカの瓶を握り締めたまま、男は事切れたように動かない。
 また、一際高く女の絶叫が届いた。
 少年は堪らなくなって、男を見つめ、乾いた声を発した。「父さん――」
 反応は無い。
「ねぇ、父さん……母さんは、母さんは本当に――」
「うるせえ!」矢庭に男は顔を上げ、持っていた瓶を少年の座した辺りに向かって投げつけた。瓶は少年の脇を掠め砕ける。
「黙らねえとお前も同じ目に合うぞ、小僧、あいつのことはもう忘れろ。どうしようもねえんだよ、もう……」
 どうしようもねえんだ……と再び呟くように言い、男はまた突っ伏してしまった。散ったガラスの破片が頬に赤い線を引いたが少年はそれに気付かない。俄に大きな喚声が往来からどっと沸き起こったからだ。きな臭い空気が届いた。
 少年は馬を思う。泥と血のこびりついた蹄、痩せて筋ばった体躯、首、頭、それから最後に馬の眼を想像し、そこに映っているであろう光景を、想像した。
 猛火に焼き尽くされる母の姿……。
 少年はどうしようもなくぶるぶると震えだし、目を固く瞑った。しかし彼はその暗闇に幻影を見た。
 ――熱い……熱いよ……
 少年は刮目した!母さんが、僕の瞼の裏に、逃げ込んで来た……やはり、母さんは、魔女だった!今、助けに参ります。愚民共め、恐れ多くも……!
 少年は矢庭に立ち上がり、足元に転がる朽ちた材木をひっつかむと次の瞬間にはそれを男の頭上に振り下ろしていた。赤い! 
それからその脚で戸を蹴り開け、往来を見据えた。群集を、猛火を纏うその人を、見据えた。一歩一歩、近付く、そのとき少年の眼は炎の明かりをまともに受け……そう、確かな光があったのだ!