ワイが文章をちょっと詳しく評価する![24]

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久々に来ました。評価お願いします。


「マッチ。マッチは要りませんか」
寒い夜のこと。街に降る雪は冷酷に人々の家路を冷やし、行く者は誰もが襟を立てて足を早めている。
そんな中、ガス灯の頼りない光の下で一人の少女が、細い喉を懸命に震わせて呼びかけている。
「あの、長持ちする、マッチです。どうか、マッチは要りませんか」
しかし人々は誰も足を止めない。必死な少女をなるべく見ないようにして、黙々と歩いていくだけだ。
少女はしばらくすると声を出す気力もなくなって、雪で湿らないようにかけた布をめくって中のマッチを見つめた。
まったくなくならないマッチ。
「やっぱり……お義母様の言うとおりなのかしら」

昨晩のことだ。
連日のように大量のマッチの売れ残りを持って帰ってくる少女を見て、ついに義母が怒鳴り声をあげた。
「あんたはいったいどういう売り方をしてるんだい!」
少女がおずおずと答えると、義母はさらに怒って言った。
「おまえは本当にグズだね。ただのマッチを買う客があるかい!」
義母は今は亡き少女の実の母親に対してひどい侮辱を言ってから、少女の顎をぐっと掴んで続ける。
「いいかい、明日からはこう言って売るんだ。マッチが燃えている間は私になにをしてもかまいません、ってね。そうすりゃマッチ一本が銀貨になるよ」
義母は下品な笑いで話を締めくくった。
少女にとって、それは非常に恐ろしいことに思えた。
しかしこうしてマッチが売れないのなら、お義母様の言うとおりにしないといけない。さもないと食事どころか、水さえも与えてもらえなくなる。

ガス灯の下。
やがて少女は、ごく小さい、ほとんど息を吐いただけのような声で言った。
「マッチが……燃えている間は……なんでもします」
6472/3:2012/09/30(日) 23:21:53.97
それが義母の語った売り文句とは少し違うということに少女は気づいていなかったが、それでもすぐに道を歩いていた一人の男が寄ってきた。
少女は心から恐怖したが、ここで逃げてはいけないと思って、震える足を必死で抑えた。
「いまの話、ほんと?」
男が興奮した様子で尋ねる。
「……はい」
「それじゃ、買うよマッチ。いくら?」
「一本で、銅貨三枚」
慎ましい少女は銀貨とは言えなかった。しかしそれでも常識から考えれば法外な値段だ。
だが男は気にするでもなく財布から銅貨を出すと、少女からマッチを受け取った。
「ここじゃなんだから、ね?」
男は少女を薄暗い路地にひっぱりこむ。少女はおびえながらも付いていくしかない。
あぁ、優しかったお婆さん。ごめんなさい。生きるために間違いを犯す私を許してください。
「……じゃあ点けるから」
通りから二人の姿が見えなくなると、男はゆっくりと、靴の裏で、マッチを、擦った。
そして、男は要求を口にした。
「罵ってください!」
「……はい?」
「ののの罵ってくださいぃ!」
呆気にとられる少女の前で、男は大事そうにマッチを両手で掲げたまま土下座を始めた。
少女はなにがなんだか分からない。
「あぁ、火が。もったいないです。罵ってください。バカって言ってください」
「ば、ばか?」
男の勢いに押されて、少女は言う。
すると男は本当に嬉しそうな、しかし心の底から悔しそうな、複雑な顔をする。
「もももっと! ブタとか。アホとか」
「ぶた…あほ…」
棒読み、というよりただ男の言葉を単純に返しただけだったが、男は歓喜の溜息を漏らす。
「あぁぁはぁロリっ娘に罵られてるぅう」
あぁ、お婆さん。優しかったお婆さん。なんか、なんかこの人――
「キモい……」
心に思ったことが知らずに口から出てしまった。それを聞いて男が感激の悲鳴をあげる。と同時に、男の掲げたマッチの火が消えた。
6483/3:2012/09/30(日) 23:25:07.13
「あの、続き、続きしてくださいマッチくださいぃ」
男が懇願する。少女は本気で嫌悪感を抱いていたので、断るつもりでこう言った。
「二本目は銀貨三枚です」
しかし男は拒否しなかった。素早い動作で財布を取り出し――その動きすら気持ち悪い――少女からマッチを買う。
思わぬ収入を得て、少女はもう少し男に付き合わなければならない、と諦める。
「つつ点けます」
「いちいちドモるのも気持ちわるいですね」
自分でもびっくりするくらい冷淡な声で少女は言っていた。
あれ、思ったことがそのまま口に出ちゃう。こんなひどいこと、言っちゃいけないのに。
「あああ、幼女様ぁ」
しかし男は情けなく顔をゆがめて笑っている。少女の暴言を楽しんでいるようだ。
男はもう一本のマッチを灯した。
「じゃじゃじゃあ、ぶってください」
「え……」
男が差し出した右頬を見て、少女は躊躇う。
しかし男が、燃えて短くなっていくマッチを示しながら恨めしそうな目をするので、仕方なく少女は手を振りあげる。
目をつぶって。
「じゃ、いきます」
――ッ。
冬の乾いた空気に、痛そうな音が響いた。
「い、痛ひ。いたきもちいぃ」
言いながら男が反対の頬を差し出してくる。
その様子に心からの嫌悪を込めた眼差しを送りながら、少女は少し痺れた右手の感覚について考える。これまでずっと叩かれつづけてきた少女。人をぶったのは今のが生まれてはじめてだ。
その音。その感触。手に残る痺れ。相手の反応。人をぶつのってなんか、なんか、
楽しい!!
「うひぃいぃ!」いつのまにか二度目の乾いた音が響いて、男が痛みに歓喜の声をあげた。
少女が静かに言う。
「もう一度ぶたせてください、キモロリさん」
「はぃい!」と、そこでマッチが消えた。

この後、この哀れな男が金貨三枚で三本目のマッチを買わされたことは言うまでもない。
一人の少女が何かに目覚めた夜であった。