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「パン。ラテン語のパニスを語源とする、パン。ああ、何と軽やかで胸踊る響きだろう」
夜食のパンケーキが乗った皿を、まるで聖遺物であるかのように恭しく掲げる男。
言語学の世界では、それなりに名の通った研究者だ。
「ええまあ。それじゃ私はそろそろ……」
また面倒な長話が始まったと思い、助手の女は適当にあしらって帰り支度を始めた。
男は逃がすまいと早足で部屋の出口に回り込み、手振りをまじえて熱弁をふるう。
「見たまえ。ここにカボチャがある。カボチャーー鮮度さえも奪いそうな野暮ったい語感だな。
ならば英語名のパンプキンではどうか。歯切れよく美しい語感だ、瑞々しささえ覚えたろう?
僕はかねてから、パンで始まる言葉は特別な力を宿していると考えていてね。
世界はパンゲアから始まり、パンを焼くため農耕を始めたことが文明の発展に繋がり、
パンドラが放った災厄は今なお人々を苦しめ、パンテオンは二千年の時を生きている。
君の平凡な革靴も、パンプスと呼ぶことで多少なりとも女子力アップに寄与するはず」
「何を仰りたいんですか?」
「単刀直入に言おう。僕はパンで始まる名を持つ物品を収集していてね。君に協力を求めたい」
「パンプスは駄目です。履いて帰る靴がなくなりますので」
そうじゃない、と返した男は女の両肩を掴み、この上なく真剣な眼差しを向ける。
「僕が欲しいのは、君のパンティーだ!」
数瞬後。捻りのきいたパンチが男の顔面にめり込んだ。
次は「心理学」「破壊」「自己実現」で