ワイが文章をちょっと詳しく評価する![19]

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 桜の咲き初める並木道。ツカツカと競うように進む一組の男女がある。
「だから杉君、それはウラジーミルの靴下の描写で否定されてるでしょ」
「いや田宮君、エストラゴンはあくまで死を待つことを前提としてだね…」
 男には女っ気が無く、女には男っ気がない。若い男女が会話しながら歩いているのに、カップルという言葉がこれ程連想されないのもめずらしい。
 小洒落た学生達が、異質な物を見る目を向けながらすれ違ってゆく。しかし男女はそんな視線など一切気にしない。
 男の名は杉拓郎。女の名は田宮真理。共に研究室の長老、いや、この大学の長老学生だ。
 二人が院生になってから二回目のオリンピックが来ようとしている三月の或る日の事だ。
「いしや〜き芋 やきいもっ」
 議論に決着がつかぬまま別れるのを潔しとせず、門前で口角泡を飛ばしていた二人の前に、焼き芋屋の軽トラックが止まった。
 身振り手振りを交えて白熱していた二人の様子に、店主は呼び止められたと間違えた「ふりをした」のだ。
 二人はしかたなく、焼き芋を一個づつ購入する。こういう時、断り切る図太さは二人ともに無い。
「焼き芋なんて、もう三月なのに売ってるんだ」
 やはり女性なのか、いくらか興味ありげに真理が呟いた。
「現にこうして売っているようですな」
 拓郎はなんとなく議論の勢いさめやらず、とげのある言い方になったのを自分で気づいて、恥じた。
「えっと、旧噴のベンチにでも」
 校内へと少し戻った林の中にある旧噴水広場の方を、拓郎は覚束ない手つきで指し示した。
 二人は焼き芋を食べに、なんとなく無言になって戻っていった。
 水が止められてカラカラになったコンクリートの噴水施設を眺めながら、二人はもそもそと芋を食べた。教授も最早、持て余している二人である。
 食べ終わって、議論を続けようとお互いの方を見た瞬間だった。喉が乾いて直ぐには声が出ない。
 そしてついに、周囲に誰もいなくなった事を、二人は知った。
 二人の生まれてはじめてのキスは当然、焼き芋味だった。