ワイが文章をちょっと詳しく評価する![14

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517オチツケ
第六回ワイスレ杯参加作品

 カメラマンの父が死んだ。数年程前から家から出なくなり、カメラは書斎の奥に仕舞われ、寝たきりの日々が続いていた。最近では妻の介護なしでは起き上がれぬ程で、料理にもほとんど手をつけなかったという。
 世界を飛びまわり、数え切れない程の写真を撮った男とはとても信じられない呆気なさだった。
 今、私は安らかな顔で眠る父の前でカメラを構えている。私がはじめてプロのカメラマンとして食べていこうと決心した時、父から譲り受けたものだ。随分年季の入ったポラロイドは、父の顔に深く刻まれた皺の数々と似ていた。
 父はどんな人生を送ったのだろうか。風景と時間を切り取ることに一生を捧げた父は、死の間際に何を思ったのだろうか。息子として、ひとりのカメラマンとして、知りたかった。
 実はこのポラロイドには不思議な力がある。対象の心を表情に映し出す霊的な力があった。
 ゆっくりカメラを構え、シャッターを切る。フラッシュが焚かれ、父の顔が一瞬輝いた。フラッシュに気づいたのか、隣の部屋で遺品を整理していた妻が和室に入ってきた。
「最後に父の顔を撮っておこうと思ってね」
 妻は黙って頷いた。カメラマンの夫と舅を持つ女の仕草だった。
 吐きだされる写真をそっと手に持つ。父はきっと満面の笑みを浮かべているに違いない。父の人生に悔いなどなかったはずだ。そう信じていた私にとって、それは衝撃的な写真となった。
 写真に写る父の表情は苦しみにひどく歪んでいたのだ。私は咄嗟に写真を隠した。とんだ心霊写真だ。妻にはとても見せられた写真ではなかった。
「ねえ、私たちの写真も撮ってお父さんの棺に入れてあげましょうよ。きっとひとりじゃ寂しいだろうから」
 妻の言葉と、先程の父の表情が脳裏に浮かんで涙が零れそうになった。父がなぜあんなにも苦しみながら死んでいったのか、私にはわからなかった。カメラマンという職業を、私はまだ全く理解していないということなのだろうか。
 なるべく明るい表情でと念を押す妻に私はぎこちなく微笑む。父の顔に降り注いだものと同じフラッシュが私たちを照らした。
 できあがった写真は私に二度目の衝撃をもたらした。ひどい頭痛と吐き気が私を襲った。写真には、沈鬱な表情でたたずむ私と、その隣で悪鬼のような形相でわらう妻の姿が写っていた。