「なつかしいなあ。カニパンですか?」
僕が昼食のカニパンを食べていたら後ろで声がした。Fさんだった。
Fさんは社交的で僕が会話をしていてもそれほど苦にならない
社内で唯一といっても良いような人だった。後輩なのに僕より
人望がある。もっともうつで仕事を度々休む人間にどうして人望など生まれよう?
「そそ……そうですカニパンです」
また口ごもってしまった。僕は胸の中で気分が悪くなり始めた。
誰も声なんてかけてこなければいいのだ。そんなマイナス思考で埋め尽くされる。
「私も学生の頃、良く食べました。お金が無かった頃」
そういった後、Fさんはしまったという顔をした。僕が給料を下げられたのは
社内の殆どの人が知っている。いや全員知っているのだろう。Fさんは気を使うのが下手だ。
それはある意味美点だ。正直すぎるのだ。
「へへ……へへへ」
僕は何か上手いことが言えたら良いのにと思う。お笑い芸人のように
ぱっと状況を変えてしまうような返事。きっとそんなことが出来たら、うつにはなっていないだろう。
喉が渇いて牛乳を飲む。牛乳は喉をうまく通らずむせてしまう。
”逃げるんだよ”声がした。”月までいっちまうのさ”声は僕の中から聞える。
”そこへいけば傷つかない。誰もいないからさ。それがお前の希望だろ”
僕は声に耳を傾ける。逃げてしまえば楽になる。そう、苦しみも無い。
(嫌だ。僕は逃げない。どこへ行っても自分からは逃げられない)
声に向かって返事をした。でも本当だろうか? じゃあ何に頼ればいい? 神様か? カウンセラーか?
「Fさんは外へ食べに行かないの?」
僕はゴミ箱に牛乳パックを捨て背伸びをした。外は春の兆しが見えた。
次 「ルール 違反 しっぺ」
兄が自殺したのは冬の寒い夜中だった、凍えるような。
仕事をするようになってからは実家を離れて暮らすようになって
お互いの事なんてあまり気に出来るような環境じゃなかったけど
兄の死がショックじゃなかったと言ったらウソになる。
ただ、家族や親族の間でその話をしないってことがルールのようになっていた。
だから、なるべく避けるようにしていたし、実際、過ぎてしまうと普通の生活に戻れた。
そんな自分も何度かそのルールを違反した事がある。
仕事人間の父に見栄っ張りの母と同居していた兄はあまり相談とかする人じゃなかった。
実家を離れてから会うのは年に数度になっていた。
正月とかに実家に帰ると、兄の死の冷たさに体が覆われるようで耐えられない
そんな気持ちを両親にぶち当てても特に何も帰ってこなかった。
両親は現実逃避をしているのか、終わった事だと思い込んでいるのか反応が無かった。
とんだしっぺ返しを食らったのはそんな時だった。
友人から両親が何も考えてないわけがない、もし反応が無いのなら
そういうふうになることでしか自分たちの心を守れなかったのだろうって言われた。
まともに向き合えば気が狂ってしまっていただろうって。
みんな辛いんだ、でも、一番つらかったのは死んじゃった兄だ、たぶん。
もう、僕たちはもとには戻れない、かけがえのないものを失った状態で
生きていかなければならないんだ。それはあまりにも刹那すぎる。
寒さの厳しいこの時期になると、生きているのが辛くなる感覚に襲われる。
白い防護服を着た一団が、懐中電灯を手に、境内を隈無く探索した。
「おい、いたぞ」
ランカスター将軍がみずから的を発見した。ただちに防護服の一団が彼の元に駆けつけた。
ランカスターが懐中電灯を照らした先に、大きな白い犬が怯えていた。
「な、なんだ君たちは?」犬が人語を話した。人語を話したことで犬の正体が確定した。
ランカスターは尋ねた。「あんた、霊犬の早太郎(しっぺい・たろう)だね」
犬は弱々しく頷き「いかにも、儂は早太郎だ。して、お主たちは?」
「国際説話機構の者です。世界各国の伝説、神話が原典に忠実に運行されているかどうかを見極めています」
「これはやっかいな方々だ……」
「確かあなたは矢奈比売神社のヒヒを退治することになっていたはずですが」
「儂はあそこへは行かぬ。ヒヒを殺した後、どうせ儂も死ぬのだろう」
「さすがは霊犬と言われただけのことはある。自分の運命が見えておいでだ」
「やはり儂とて死にたくはないものだよ」
「しかしそれでは光前寺に伝わるしっぺい太郎の説話が成り立たなくなってしまいます」
「知ったことではない」
「外で我々のヘリコプターが待っています。さあ、早く磐田の里に向かってください」
「儂は行かぬと言ったら行かぬ!」
「それは因果律に対する重大な違反です。仕方がありません」
ランカスターは小銃で早太郎を射殺した。
部下が前に出てきて「早太郎の代わりは既に用意できています」
「うむ、矢奈比売神社のヒヒは大丈夫か」
「なんとかロボットで間に合わせました。村民には分からないと思います」
「手はずが早いな、お前、名前は何という?」
「ハリスです」
「覚えておこう。よし、先に行け」
ヘリで先に現地に向かったハリスと一行を一人見送ったランカスター将軍は呟いた。
「すまんなハリス。俺はお前にこの世界のルールを一つ教え損なったよ」ランカスターは葉巻に火を灯して深く吸った。
「この計画がコンプリートしたら、証拠隠滅のため本部隊は私以外は全滅することになっている。悪く思わないでくれ給え」
次「家族」「テーマパーク」「天敵」
テーマパークに勤める一従業員である俺にとって、ルールや常識を一切弁えない家族は、最大の天敵だ。
今日もまた、そんな家族がやってきた。
「ねぇ、ママ。早く乗りたいよ」
「そうねぇ、もう少し我慢しようねぇ」
「ヤダヤダ! 早く乗りたい!」
周りの迷惑も顧みず、大声で喚いて地団太を踏む子供。
それを「しょうがないわねぇ」なんて言って止めようとしない母親。
本当に、虫唾が走る。
仕方なく、いつもの様に俺はその家族の元へ行く。
「――あの、申し訳ございません。他のお客様のご迷惑になりますので……」
すると、今まで微笑んでいた母親がさっとキツイ目付きに変わり、睨み付けてきた。
「何です? 別に何もしてないですよ。迷惑、ってどういうことですか?」
「いや、あの、子供さんをちゃんと見ててあげないと、怪我をされる恐れがありますから……」
係員が、母親の剣幕に弱りながらも注意する。だが母親は一向に聞く耳を持たない。
そこに、ひょこひょこと軽快な足取りで、テーマパークの人気キャラクター「ムッキーくん」がやって来た。
「あ、ムッキーだ!」
今まで喚くだけだった子供が急に笑顔になり、ムッキーくんに近づいていった。
「ムッキー、こっち来て写真撮ろ! 写真!」
子供はムッキーくんの手を引っ張って、親の元へ連れて行こうとする。
すると突然、ムッキーくんは握られた手をぱっ、と離してしまう。
『あっ』
母親と子供の声が重なった。
いきなり手を離されたせいで勢い良く倒れてしまった子供に、列を離れて急いで近寄る母親。
「痛ぁい! 痛いよぉ!」
「ああっ! 大丈夫? 怪我してない?」
その様子を、口に手をあて不安げな仕草をしながら見ているムッキーくん。
だが、中の方ではこう思っていた。
(――だから言ってたろ? ちゃんと見とけって)
次 「怪異」「機転」「クローズドサークル」
432 :
名無し物書き@推敲中?:2012/03/01(木) 00:40:26.35
僕たちが仲間割れしてから、早くも3日が経とうとしていた。
クラス1の天才が彼の言うには、宇宙空間に漂う僕らの宇宙船が無事母星にたどり着く確率は0に等しいらしい。
幸いにも酸素と水、そして自活するだけの食料は船の内部の植物プラントだけで定員分はギリギリ確保出来る。けれどもこの船には未知の客人が居た。
「どうしても数が合わないんだ」
食料の分配を担当している背の高い仲間が言った。就職率の低さとコミュニケーション不全を解決すべく22世紀の日本で定められた高等教育の少人数教育水準―20人のクラスのはずのだが、22人に増えている。
今や日本で一番賢い高校の一つであろう、この高校の一年生の始まりは宇宙での少人数オリエンテーションである。魅力的なその課外活動が功を成して昨年スーパーサイエンス高校の指定をされた。
このままでは食料が足りなくなる。
夜の校舎には、ひんやりと冷たい空気が流れている。
(……ああ、なんて怪異)
「ま、まあなんて嫌そうな顔なのかしら。思わず殴りたくなってしまうわ」
「この暗闇で表情が見えるかよアホ」
それもそうねとおとなしく引き下がった、妹。
最近いわゆる思春期というやつで、おかしなキャラ設定&口調を始めた、床に寝転がった自分を一切の呵責なく踏みつぶす愛おしい妹。
夜の学校という魔空間への付き添いも、その妹の頼みとあっては、断れまい。
だが悪くない状況だ。叫び声が上がっても近所に気付かれないクローズドサークル。
ここに於いて、当然ながら、彼の裡にはメラメラと燃え上がるものがあった。
――しかし、気付けば妹はいなかった。怖くて逃げだしてしまったらしい。
窓から逃げでもしたのか、一瞬遅れて、セ○ムの警報が鳴り始める。
長居は無用。けれどその前に、と機転を利かして彼は妹のノートを探しだした。
「……別にあいつのためじゃないケドな。無駄足になるのもアレだし」
言い訳は、教室の片隅にむなしく響いた。
次『エクササイズ』『通り雨』『三者凡退』
434 :
エクササイズ、通り雨、三者凡退:2012/03/02(金) 21:29:19.01
夕方、蔵六はエクササイズに励んでいた。生徒はまだ来ないが、彼は一人で盛り上がっていた。
ここは彼が経営するエクササイズスタジオである。
外は雨が降りはじめた。蔵六は通り雨であることを祈ったが、天気予報はそうは言ってない。
「やっぱり雨か。じゃあ広子は来ないな」
雨が降るとエクササイズ仲間の広子は欠席する。
蔵六はガッカリして動くのをやめ、テレビを点けた。野球だ。嫌いなチームが攻めている。
「空振りだ。三振。チェンジ、チェンジ!」
蔵六の念はしかし、テレビの向こうには一向に届かず、バッターはホームランを打った。
「あのバッター、なんか似てるな。広子の旦那に」
通り雨が本降りになっていた。蔵六はもう店を閉めてしまいたくなった。
その時であるぜんちん!
「ごめんなさい。遅れちゃった!」
蔵六のポツンといるスタジオに、びしょ濡れの広子が駆け込んできた。
外から着たままのエクササイズスーツが濡れて、広子の肉体の輪郭がくっきりと浮かんで見えた。
「広子、今日は雨なので来ないかと思ったよ」
蔵六は広子にタオルを渡した。もう少しで抱きしめそうになるのを必死に堪えた。
「本当は休もうかと思ったけど、今日は家に旦那がいるから」
「旦那さんと一緒じゃいやなのか?」
「私じゃない。あの人のほうがいやみたい……」
「こんないい奥さんをいやだなんて、許せんな」
目が合った。広子と蔵六の視線が絡んでもつれた。
「ねえ、早くはじめましょうよ。でも他の人は来ないのかしら」
「他の奴はどうでもいいよ。時間だから始めよう」
「そうね」広子は蔵六に特別の笑顔を見せた。
本降りになった通り雨は、豪雨に変わっていた。交通が麻痺し、本来来るはずだった他のメンバーも来る気配がない。
スタジオの電話が鳴っていたが、誰も出なかった。もしかしたら雨の轟音で聞こえなかったのかもしれない。
やがてスタジオの音楽もかき消され、そこに人がいるかどうかさえわからなくなった。
誰も観ていない点けっぱなしのテレビは、蔵六の嫌いなチームが三者凡退するのを淡々と映していた。
そしてエクササイズルームの灯が消えた。
二人は部屋から出ては来なかった。
次は「隕石」「カップル」「司令官」
ああイラつく。
素直にそう思った彼は、なんの躊躇いもなく言い放った。
「あの海岸線に打ち込め!」
「しょ、正気ですか司令官!? あそこは恋人岬と言ってこの時間にも多くのカップルが、ましてや今は――」
だからこそだ。そう言いかけて、彼はあることに気付いた。
そう、アレに不快感を感じないということ、それすなわち眼の前のこの男は――
気がつけば、眼の前でその男は倒れていた。何者かに殴られたらしい。
(……いや違う。やったのは俺だ)
彼には突然自分が醜い人間であるように思えた。見ず知らずのカップルならばともかく、仲間に確証もなく嫉妬して、殴り倒してしまうなんて。
明日で世界は終わる。だからこそ。だからこそ、こうして世界に一矢報いようとしているのに。
(……きっと、これが――自分の醜さを自覚することが『罰』なのかもな)
そして明日落ちる隕石が『救い』。
彼は倒れた男を介抱し、引き返せ、と部下に命じた。
もう少しの、辛抱だ。
次のお題は『楽園』『階段』『生産』
436 :
『楽園』『階段』『生産』:2012/03/04(日) 00:39:16.37
僕がこの島に来て3ヶ月がたった。
3ヶ月と言っても、正解には分からない。
日記を付けているわけでも無いし、僕意外はこの島で誰も見かけていないので、僕の感覚だけの話だ。
もしかすると2ヶ月かも知れないし半年かも知れない。でもそれは大した問題ではないのだ。
この島には、天然の温泉が三ヶ所も湧いている。しかもご丁寧に温度が全て違うのだ。
熱湯に近いのもあれば、泉に近いのもあり、普通に入れる温泉もあるのだ。
楽園と言っても差し支えにいのでは無いだろうか。
温泉の近くに階段上に岩が重なっていて、そこから海を眺めるとかなりの絶景だ。
海に温泉が注ぎ込んでいるせいか、海には魚や貝が沢山いて、山の森(ジャングルみたいなものだが)には
沢山の果実や芋が自生していて、僕1人が食べて行くには充分過ぎる程の食料が常に生産されているのだ。
そんな訳で、僕はこの島がとても気に入っているので、
この島に来て何ヵ月たつのかなんてどうでもいいことなんだ。
ただ、かわいい女の子がいればもっと楽しいかも知れないけどね。
『するめ』『食紅』『鍋』
437 :
名無し:2012/03/05(月) 00:55:07.30
ぐつぐつと煮えたぎる鍋を見て、ともこは嬉しそうに頬を緩める。
ビールを飲む私をチラチラ見ながら近づいてきた。
「お父さん、ともこにそれちょうだい」
「うーん、ともこには少し早いから、大人になってからにしなさい」
私がグラスを引っ込めると、ともこは慌てて何か言い出した。
「違うの、ともこが欲しいのはそっち」
なんだ、つまみのするめのほうか。私は納得して小皿にあけている
するめを一掴みして、ともこに渡す。
「ほら、ともこはお鍋が出来るまで待てなかったのかな」
「ううん、お父さん見てて」
そう言うと、ともこはポケットから何やら取り出した。キッチンに置いて
あった食紅だ。まったく、この子はこんな物で何をするつもりだ?
私が訝しがっている間にキャップを開けて、食紅を鍋にぶち込んでしまった。
「おい、ともここれは一体」
うろたえる私を尻目に、自信満々の様子でともこは教えてくれた。
「今日はタコさんのお鍋だよ」
438 :
437:2012/03/05(月) 01:08:57.29
すまん、次のお題忘れていた。
「散髪」「雷」「靴下」で
姫の長い金色の髪が、塔の窓から下りていました。
「そこを登って。私を助けて」
これが登らずにいられましょうか。
「うぉぉぉぉ!待っててくれ、姫よ」
金髪だけを頼りに塔に挑む王子は、まさに盛りのついた猿でした。
塔は気が遠くなるほど高く、それは苦しい登攀でしたが
「登る時が長いほど、逢う時間も長く楽しい」そうも思いました。
でも、必死で手を振る姫の窓に滑り込んだちょうどその時
雷鳴の様に、大きな疑問が王子を貫いたのです。
「待てよ、塔からの脱出が目的なら、私が塔に登る必要はないのでは?」
金髪を塔に結んで自分降りるとか、靴下をつなげて縄梯子とか・・・
「姫の、本当の目的はなんだろう?」
、
振り向くと姫は、申し訳なさそうに散髪台の前で
「ごめんなさい。実は、私、”王子様ホイホイ”なんです。」
と言って、長髪を根元から一気に断ち切りました。
※次のお題は:「軌道エレベーター」「絹の靴下」「豆の樹」でお願いしまふ。
440 :
軌道エレベーター、絹の靴下、豆の樹:2012/03/13(火) 22:43:08.55
「チカさん、待ってくださいよ」
久朗は千花の下から情けない声をあげた。
「お客さん、しっかり付いてきて下さいね」
千花は下を振り返って言うと、また上へ登りだした。
二人が登っているのは巨大な豆の樹だ。胴回りがセコイア級の巨木であった。
仁野千花は巨大な豆の樹の《豆の樹ガール》として勤務して三年になる。最初は華奢だった体も今では鍛えられて、スザーナ・スピアのような美獣筋を纏うようになっていた。
久朗の視界からは、先を登っていく千花の下半身がカブリ付きで見られた。ミニスカートからにょっきり突き出した健脚、締まった足首を包む、薄桃色の絹の靴下が、男の萌え魂を掻き立てた。
男性客はこの《豆の樹ガール》の腰をじっくり見ながら、彼女に追いつこうと、巨大な豆の樹を登る。
頂上には、レストランがあって《豆の樹ガール》と向かい合わせで食事ができるとか、天空温泉というものがあって《豆の樹ガール》が水着姿になって背中を流してくれるという噂も聞く。
行かない理由があるだろうか?
避けられない事故が起きた。久朗の目前に千花の尻が急迫してきた。先行中の千花が足を踏み外して落ちてきたのだ。
「うわあっ!」絶叫する久朗。木に捕まっているので両手で彼女を受け止めることはできない。尻が接近してくるのは嬉しいが、状況は危険極まりなかった。
言い忘れたが、ここは地上二千メートルである。
奇跡が舞い降りた。千花がとっさに太腿を開き、その間に久朗の頭をすっぽりと挟み込んだ。
久朗の頭上に落ちてきた千花は、彼に肩車をされる体勢で止まり、更なる墜落を免れたのである。
「千花さん、苦しい……」
千花は落ちないように、久朗の頭を力一杯太ももで挟み込んでいた。
久朗は軽い酸欠で気が遠くなり、恐怖と快楽を同時に味わった。
その時、二人のすぐ横を、セレブたちを乗せた軌道エレベーターが通り過ぎていった。
(馬鹿な奴らだ……)
彼らは、動物園の猿の自慰でも見るかのような、蔑みの視線を投げかけると、はるかな成層圏を目指してどんどん上昇していった。
それを茫然として見上げる千花と久朗。
「お客さん、行きましょうか」
「うん、いこう!」
千花の言葉に久朗は頷き、二人は体勢を立て直して、再び豆の樹を登り始めた。
次は「鬼面」「月の石」「老化」
月面にベースキャンプができてから街ができるまで時間はかからなかった
問題や危険を内包しながらも発展していく様は太古の昔から変わらない営みだった。
とはいえ、まだ月面旅行は費用が高く月を訪れることができる人は一握りであり
また低重力症の問題から長期間住むことも許されず絶えず人が入れ替わっていた。
「鬼面山も今日で見納めか……」
鬼のような模様を夕日がクレーターに刻んでいる。
「仕方ないわよ、月面じゃ人は長く生きられないわ」
「コロニーのほうが住みやすいのは夢がないよな。」
「でも、そのコロニーは月の石からできてるじゃない?」
「小惑星から資源が取れるようになれば月の石は月でしか使わなくなるかもな……」
何時間も続く強すぎる夕日は緩々とその姿を小さくしていく。
「この街はいつも新しいよね。」
「愛着をもてるほど長くすめないし、建物のリサイクルも早いからね」
「街の代謝に人が追い出されていくんだ?」
「そうだね、老化した細胞が垢になるように……ね」
もう何時間いたのだろうか?太陽はその姿を半分以上隠していた。
宇宙服の冷却システムもそろそろ限界だった。
「じゃあいこうか?」 僕は、彼女の手をとりローバーへとジャンプする。
「次はいつこれるのかな?」
「さぁな、フォボス調査の任期は1年だ。
往復の時間まで考えると2年ぐらいかな?」
「そっか……」
その後彼女は、高性能マイクをもってしても聞き取れない声で何かをしゃべっていた。
次は「水」「命」「きらめき」でお願いします
殺風景な部屋に、一輪の花がある。
僕が住むマンションの1階は花屋になっている。
今日、仕事の帰りにちょうど店じまいをしているところへ通りかかり、
「余りものだから」と店長らしい若い男がくれたのだ。
彼から教えられたとおり、茎を短く切り、10円玉を入れたコップに浮かせた。
その花は、一週間近く経っても瑞々しかった。
命の水だ――
僕は、1日おきに入れ替えるコップの水を、そう思った。
窓から射す光を受けて、白い花びらはきらめきすら感じる美しさだ。
「行ってくるよ」「ただいま」と花に語りかけるようになると、ますます花は
美しさを増したように思った。
だが、語りかけるようになって3日後、花はすっかり萎れた。
僕は、下の花屋へ行って、同じ花を1輪買った。
窓辺で僕を見送り、僕の帰りを待ちわびる花。
それは僕の生活に潤いを与え、癒しで包んでくれる、愛しい存在となった。
「人参」「小石」「高層マンション群」
443 :
「人参」「小石」「高層マンション」:2012/03/20(火) 00:14:05.15
僕は今高層マンションの一室に住んでいる。
都心部で駅の近くにある、ちょっとしたマンションだ。
気の利いたBARで女の子にそんな会話をすると、大抵は行ってみたいと言ってくれる。
そんな感じで上手くいくのだけど、僕は決して彼女達をマンションに連れて来た事は一度もない。
変わりに、高層ホテルで最上階の部屋を利用する事にしている。
そして彼女達は決まって「こんな綺麗な景色を貴方は1人じめしてるの?」と聞いてくる。
だから僕は必ず彼女達にこう答える。
「君さえそのつもりなら、いつでも分けてあげるよ。ところで、君は人参のグラッセは作れる?」
でも、決まって彼女達は「そんな付け合わせ何かより美味しい物いくらでも作れるわよ。」と答える。
おそらく彼女達はまともな料理なんて出来やしないと思う。
だって、何とかっていう雑誌に載ってる、どこどこのレストランが美味しいのとか、
芸能人の誰々が通っているお店が人気があるとか、そんな基準で料理店を選んでいるからだ。
だから僕は彼女達を僕のマンションに連れて来た事は無いし、これからも連れて行く事も無い。
僕は「分かったわ、じゃ人参買って来て。直ぐにでも作るわよ」と言って欲しいだけなのだ。
でも、井戸の中に小石を投げ入れても、小石が水に落ちる音はいつまで待っても聞こえて来ないのだ。
次は
「生クリーム」「マスク」「花粉症」で
444 :
名無し物書き@推敲中?:2012/03/20(火) 09:28:06.11
てす
「くそ、何で休みの日にこんなことしなきゃいけないんだよ」
俺の町は生クリームの生産が多く、生クんとリームちゃんというゆるきゃらを作った。
お祭りなんかでこの着ぐるみを着るのは役場に就職した新人の仕事とされた。
「そうだよなぁ花粉症でくしゃみとまらないからきついわ」
「そうは言っても、このご時世公務員になれたんだから良しとしなきゃ」
「こんなへんてこなマスクをかぶっても・・・か?」
色が悪ければ、子供が指差してウンチウンチと言いそうなマスクをしげしげと眺め
なんともいえない空気が漂う。
「まぁなんだ、これも仕事・・だよ」
そして、肩を落として疲れキャラ達が部屋から出て行く
最後の一人はマスクをしてマスクをかぶり重い足取りで舞台へ向かった。
「さぁみんな〜生クんとリ〜ムちゃんをよんでみよ〜せ〜〜〜〜の」
「・・・・・・・・・しーん」
誰にも歓迎されない着ぐるみたちは、
打って変わった軽やかな足取りとから元気で踊りながら舞台に出て行った。
次は「クッキー」「愛情」「毒」でお願いします
446 :
「生クリーム」「マスク」「花粉症」:2012/03/20(火) 10:14:10.01
朝起きて洗面所の鏡を覗くと、彼の右頬に白い痣のようなものができていた。
はじめ、昨日食べたケーキの生クリームがこびりついてしまったのだろうと思ったので、お湯で洗い流してみた。
しかし幾度洗っても、それは落ちてくれなかった。
よく見るとそれは、中心に向かって渦を巻くように、皮膚の深部にまでしっかりと刻まれているようだった。
彼はやや大きめのマスクを装着し、家を出た。
幸い花粉症の季節だったのでちょうど良かった。
次のお題は、「空手」「気候」「杉」
447 :
「クッキー」「愛情」「毒」:2012/03/22(木) 20:52:25.28
告白された。
べつにネタでもなんでもなく、青春の一ページ。
同じクラスの男子にそこそこ人気のあるかわいい女子。確かお菓子作りが好きだと言っていたっけ。
「あなたのことが大好きです。このクッキーよかったら、食べてくれますか……?」
桜色のかわいらしい包み。はにかみながら彼女が渡したその袋からは、ほんのりアーモンドの香りがした。
「あ、ありがとう」
「どうぞどうぞ」
彼女の勧めと、おいしそうな匂いに後押しされて一口菓子をかじる。
さっくりした食感が心地いい。
「うん。おいしいねこ――」
二つ目に手を伸ばそうとした瞬間、突然息が苦しくなった。意識も朦朧とする。
「え……」
ぐにゃりとゆがんだ向こうから、彼女の声が響いた。
「あなたのこと大好きです。殺したくらいに」
手作りクッキーに入っていたのは、愛情と、もう一つ――
「空手」「気候」「杉」
杉の木に向い、気候のよかった日々、空手をした。マッチョになれたし、ちょっとモテた。今はもうだめだ。からっきしダメだ。金で買うしかない。お金がたくさん欲しいなあ。
次のお題は「アルゼンチン」「アイルトン・セナ」「一味」
最初に言っておかなければならないが、私は悪くない。
私は一味のボトルにアルゼンチンアリを封入しておいただけなのだ。
そこに一片の他意も無かったと言えば嘘になるが、しかし本意ではなかった。それは確かなのだ。
やはり問題はそれを城ヶ崎の元へさりげなく置いた及川女子にあるのだ。
彼女の悪ノリ。それが無ければ今頃城ヶ崎は、いつも通り童顔巨乳のガールフレンドとお楽しみだったかもしれない。
イタイイタイと喚き散らして、失望を買うことも無かったかもしれない。
――だがその責任の全てが及川女子にあるかと言えばそれは違う。当り前だ。
一味がアルゼンチンアリでないことを確認しなかった城ヶ崎にその責任の一端があることは、疑いようもない事実だ。いわば彼がアイルトン・セナばりのクラッシュを見せつけたに他ならない。
いやむしろ、全責任を彼は負うべきですらある。
もしあれがアルゼンチンアリなどではなく、例えばカエンタケとかであったなら、彼の人生は終わっていたのだ。
つまり我々は慈悲深く称賛されるべき立場にあり、一方で城ヶ崎は人類全ての負債を抱えて地獄に落ちるべきですらある。
想像に難くないかもしれないが。後日、城ヶ崎は正式に独り身になった。
そうして私は、彼の肩を叩いて言うのだ。「一味違っただろう」と。
……どうしてか、彼は泣きだした。
次『トイレットぺーパー』『義務』『土竜』
飯田は土竜でなければならなかった。
三日前、彼は社長からこう言われた。
「君には来月から土竜になってもらう」
「なんですって?」
「モグラだよ。日光が苦手な君にはぴったりの部署だと思うがね」
「別に私は日光が苦手なわけでは……」
「やるのかね? やらないのかね。これは業務命令だ。従わないのなら他の部署に行って貰う」
「他の部署ってどこですか?」
「とりあえず海月の人材が足りん」
刺胞動物。寒天みたいで浮かんでるだけの奴か。
「やります。土竜をやらせて頂きます! これは私の天職かと思っております」
「部署に天職という表現は違うと思うがまあいい。行ってきたまえ。向こうでは君の力が大いに求められるだろう」
飯田のために送迎会が開かれた。頭上のくす玉が割れ、なぜか飯田の顔にトイレットペーパーが飛んできた。
「誰だよ、こんなの投げつけたの?」
痛くはないが、馬鹿にされた気分である。
「悪い悪い。飯田君、とにかく頑張って。私、飯田君のこと好きだったのよ」
「だったらトイレ紙なんか投げるなよ」
女子社員の坂口が舌を出して謝った。こいつ、酔ってやがるなと飯田は舌打ちした。
さて――あれから早いもので三年が過ぎた。意外にも飯田はすっかり土竜としての自分に慣れ、平日のほとんどを土中で過ごしていた。
休日になっても人間に戻る気はしなくなっていた。
「飯田さん、あまり仕事に夢中にならないほうがいいですよ。そうやって戻って来れなくなった人を私は何人か知っています」
医師の診察を受けたのを最後に、飯田は行方不明になった。
二年後、女子社員の坂口は離婚した後、長野県の山中を捜し回っていた。そして遂に、
「見つけたわ。やっと見つけた」
坂口は掘り返した土中から一匹の土竜を抱き上げた。体内の認証チップがそれが飯田であることを証明した。
「坂口さん、それをどうするつもりです。もう人間ではないんですよ」と役所の男が疑問を投げかけた。
「いえ、時間をかけてサルベージを試みます。飯田さんは必ず還ってきます」
「どうしてそこまで彼を?」
「愛情で彼をつなぎ止められなかった。これは私の義務だと思っています」
果たして「彼」は坂口に気づいているのかどうか、一匹の土竜は先細りの鼻をふんふん鳴らして彼女の匂いを嗅ぐばかりだった。
次回は「海賊」「女子児童」「印籠」でお願いします。
453 :
「海賊」「女子児童」「印籠」:2012/03/25(日) 19:22:53.41
「貴方が私の御主人か?」姫が訊いた。「都はどこか?」
若長は大儀そうに海を差すが、都はとっくにもう見えない。
捜索隊は来るのか。今の自分に、その価値が!?
姫は海が見えないように俯くと、「いや」と自分に答えた。
貴族の娘は、政略結婚の材料だ。
略奪され、毎夜慰み者にされる女に、探す価値などあるものか。
今日から自分は海賊の情婦だ。印籠一つの価値もない。
顔を上げると、今宵自分を篭絡するだろう若長が
困った様に自分を覗き込んでいる。
「明日は島に着く。今夜は休め」
若長が薄い船床を潜ると、父が首を長くして待っていた。
「どうじゃった?『姫』は?」
一度からかうと、次の瞬間には既に族長の顔に戻っている。
そう、次の長として、姫一人にあたふたしてはいられない。
9才の女子児童の妄想に、狼狽している暇などないのだ。
※次のお題は:「馬賊」「手動」「救急箱」でお願いします。
馬賊である俺たちみんな!
そう叫ばれたのだ父にミツコは。それがトラウマになって、もう80年が立つ。
ミツコの人生は「手動」そのものだった。
男を未だ知らない、作ったことない女、それがミツコ
手マンで充分で、口癖は「あたしゃチンポいらね」だった。
ミツコの救急箱は、高さ10メートル、横幅20センチのちょっと変な形状の物だが、それには絆創膏しかはいってない。
:次のお題は「アルフィー中毒」「中途覚醒」「VHS」でお願いします
「アル中だよ、アル中。それも、とびっきり重症の、な」
この場合はアルコール中毒じゃあなくて、アルフィー中毒のことだがな。井上はそう付け足した。
藤堂が会社に行かなくなって、早3日。社会人として、そろそろ立場の怪しくなるころだ。
彼は自室にこもって、古めかしいVHSを熱心に見入っているらしかった。
「藤堂さん、どうしたんですか。話してくれなきゃ分かりませんよ!」
学生時代から藤堂の愚痴の聞き手というポジションにあった緑村の役割は、今回も同じようなものだった。
「…………」
藤堂自身の話を聞くに(もちろんそれは彼の一方的な主観に過ぎず、シェイクスピアも鼻で笑う悲劇に脚色されていたが)、
簡単に言えば中途採用の新入りに、仕事と、上司の信用と、挙句彼女までも盗られてしまったらしい。
何より悲劇なのは、その新入りが、藤堂が散々「のび太」と馬鹿にしたダメ男であったことだ。
当然『中途覚醒』を果たしたのび太くんの暗い炎は藤堂へ向けられ、結果この有様である。
「――ロックだよ。愛と筋肉はお金じゃ買えないのさ」
「愛と筋肉じゃリストラは免れねーんだよダボが」
終わらない悪夢、――現実から逃げた男・藤堂。彼の『中途覚醒』はまだ先のことである。
次『コールド』『蛆虫』『ジュテッカ』
ボクは悩んだ
英語の問いのマークシートに『コールド』『蛆虫』『ジュテッカ』とある
何の事だかさっぱりわからなかった
ここの大学は
理系大学が全て落ちたボクにとって
唯一の滑り止めであるはずの文系経済学部
たとえ英語が零点でも文系程度の数学を満点近い成績なら
総合点で合格できるはずだった
しかし考えは甘かったようだ
しかたなく鉛筆を転がした・・・
次『卑怯』『反則』『何でもあり』
衝撃。
ほんの一瞬、視界が真っ暗になった。顎を突き上げられた。倒れる。
「卑怯よ!反則だわ!」
藤堂の鋭く狡猾な目が僕を見ているのが見えた。唇がニヤリと歪んでいる。
次の瞬間、右の頬をマットに叩きつけた。倒れるままになって自分の体をどうすることもできない。
左手にはめたグローブの向こうで、僕とリング上に向かって代わる代わる叫んでいるミツコが見える。
「審判!!何ぼさっとしてんのよ!!賢治!賢治、しっかりっ!!」
飯田のおやっさんと杉田さんがロープをくぐってリングに上がってくる。
反則とはどういうことだ。一体何をされたのだろう。
僕は目を閉じることもできない。歓声と怒号が熱く湿った空気の中を埋め尽くしている。
駆け寄ってきた飯田のおやっさんが僕の体を仰向けに抱きかかえ、親指と人差指で両の瞼を順に開いて覗き込む。
「畜生がぁっ、2chタイトルマッチだからってなんでもありってわけじゃあねえんだっ…!」
その時、初めてリングの上に立つ藤堂の姿が見えた。藤堂は両手を下ろして、逆光に聳え立っていた。
そして藤堂の股間から突き出す、大砲のような…
次「ギター」「壇ノ浦」「真珠」
で、お願いします
「卑怯者!」美女は叫んで、やつれた男の頬を叩いた。
すると周囲が、あっとどよめいた。
男が打たれたからではない。彼女は間違えたのだ、台詞を。
「はいカット」登田監督がビデオを止める。「増田さん、ちゃんと台本通りの台詞でお願いしますよ。ここは卑怯者ではなく軟弱者でしょ」
増田成子は監督の黒眼鏡をキッとにらみ返した。
スタッフ達は、やばいと思った。また始まった。これで小一時間撮影が止まる。
「そうは言いますけど、私はここは卑怯者が最良だと思うんです」
「あのね、この台本は、僕が追川さんに頼んで二十回直させたんだ。これ以上の改変はないね」
「でも、今までの流れからすると、ここで軟弱者と叫ぶのは、繋がらないんです。生理的にぴんとこない言葉だわ」
「あなたの生理はいいから、台本に従ってくれませんか。僕は現場での変更はしません」
二人の間に声が割って入った。「監督、休憩していいですか?」さっき増田にぶたれた俳優の志村海だ。カメラフレームから外れて既に歩き出した。
「ああどうぞ。十五分で帰ってきてね」
「とにかくここは卑怯者でいかせてください。でないと私の女優魂が納得しませんから」
「いや監督は私ですから、私に従って下さい。ここは絶対に軟弱者です」
「あらそうですか。じゃあ例の入浴シーンはNGでお願いします。もう脱ぎません」
登田は途端に顔を朱に染めた。
「ええっ? そりゃ困るよ。あの辺の繋ぎは、どうしても君の肌でもたせなきゃいけないんだ。ぜひ君に脱いでもらわないと。そりゃ反則だなあ」
「お断りします。元々NGだった場面なんです。あそこで裸は不自然よ」
「判りました。台詞は卑怯者でいきましょう。いいですね、ハイ!」
――撮影終了。編集と音入れ。そしてスタッフを集めての試写会が開かれた。
「監督、凄いです」助監督の伊東が感動した。
「まさかこうなるとは思いませんでした。最初の企画からは、似ても似つかぬ作品に仕上がったけど、もう何でもありの傑作になってますね。ちゃんと筋が通っているし」
「当たり前だ、俺は映画監督の登田芳彦だぞ。どんな揉め事も題材にして納期はちゃんと守る。そして映画は大ヒット。賞もいただく。以上だ」
不愉快そうに席を立った登田は、後方で共演者と談話している主演女優の増田を一瞥した。
(あの女は二度と使わん!)
出遅れたが、書いてしまったので出します。
「ああ、壇ノ浦の時のことを知りたいのかい?」彼は横目でわたしを見て言う。
「だれだって知ってる話じゃないか、そうだろ?」
「ええ、でもあなたの言葉で聞きたいんです」
彼は古びたギター、オヴェイション・アダマスを膝の上に抱えると、軽くスパニッシュ・コードをストロークする右手に目を落とした。
わたしからは彼は目をつぶったように見えた。思い出しているのだ、あの日の事を。
そして、グラスに残っていたスコッチを一口に飲み干すと、ゆっくりと話し始めた。
「源義経、俺はアイツに斬られたのさ」
「あの日、あの海でのアイツの事を忘れることなんてできない。
壮麗な出立ち、味方を鼓舞する勇敢さ、戦場を自分の晴れの舞台のように牛耳っていた」
「アイツの一挙手一投足に俺は目を奪われたよ。まるで羽の生えた鬼さ。
舟から舟へと飛び移って次から次へと俺の味方をなぎ払っていった・・・
俺は敵であるにもかかわらず、その戦いぶりに魅了されるほどだった」
「後悔ならとっくの昔に済ませていたさ。なぜあの時、入道相国はあの兄弟を生かしておいたんだってね。
何もかもが後手に回っていた。倶利伽羅峠の時にはもう俺達は完全に追い込まれていたんだ。
覚悟はできていたさ。今日この戦場が、今生の最後の地だ、とね。そして俺はアイツの前に立ちはだかった」
その日から800年以上が過ぎた。しかし彼は蘇った。海に没した幼い王の瞳と言われる真珠の魔力で。
私は数年もの間、彼の居場所を追い求めた。そしてこの世界の片隅で、彼に会うことができた。
彼はギターを傍らにおいて、静かに立ち上がって窓辺に立った。
「これからはどうするんです、つまり・・・あなたは何をして生きていくんです?」
「義経は蘇った。俺は、アイツを追う」
そして彼はわたしに向き直った。
次は「歯磨き」「クラクション」「ポニーテール」でお願いします
「今日はポニーテールにしようかしら」
歯磨きを終え、化粧をしながらつぶやいた。
通勤途上の車の中で、身支度をする。
「最近、化粧の乗りが悪いのよね。寝不足かしらん」
後ろからクラクションの音がした。赤信号が青に変わっていた。
「うるさいわね。もう少しだから」
後ろの車のドライバーが車から降りてきて、マイカーのガラスをトントンと叩いた。
ん、と私が一瞥すると、ドライバーは「げっ」と一声上げて引き返して行った。
「失礼しちゃうわね」
私は、再び鏡に見入った。
「ポニーテールって、こうだったかしらん?」
次は「カメラ」「デンジャラス」「壁」
昨夜からの雨は、夜明けまでに止んだようだった。洗面台の脇の窓から、
冬の終わったことを知らせる、まっすぐな朝の光が入ってくる。
外に視線を移すと、露出の多い光の中に、最近花をつけた庭の椿が、大きな雨粒をのせた肉厚の葉を黒黒と光らせている。
黄色の花弁を際立たせる真っ赤な花びらのすぐ向こう、低いブロック塀越しに、表の通りを早めの通学をする女子高生が
ポニーテールを揺らしながら、自転車を漕いでいく後ろ姿が見えた。
洗面台の大きな鏡に写り込んだ自分の姿を見た。いつもの朝と変わりない、腫れた瞼、だらしなく伸びた24時間分の髭。
寝ぐせの髪はあちこちの方向に立ち上がっている。寝巻き替わりに着た、首周りのよれたTシャツはどこか薄汚れたように見える。
蛇口をひねると水が勢い良く迸り出た。彼は上体を大きく前に屈めて、顔を洗い始めた。
まだ冷たい水が指と顔の感覚を麻痺させ、手から肘へと流れ落ちた水が床を濡らしていく。
顔を拭き、髪を直した彼は歯ブラシを左手に持ち、毛先の乱れ始めたブラシの上に歯磨きのチューブを絞った。
液状の金属、と思われる物質が、にょろ、とひねりだされた。銀色のそれは、純度の高さをうかがわせるように光を反射している。
そして突然ブラシから跳ね上がると、彼の頭より少し高い所に浮かんだまま、焼き餅か風船のように膨らむと、
ぐにゃぐにゃと動き出し、まるで飴細工のように形を変え始めた。
そして付き出したり凹んだりを何度か繰り返している内に、猫の形になった。
ぬらぬらと銀色に光るその猫が目を開けると、大きな瞳が覗いた。金属樣なのではない、生きた猫の瞳だ。
「なあ、君」猫が彼に向かって言う。
「な……なんだい」彼はあぜんとして問い返す。
「今日が何の日か知ってるかい」猫の目は笑っている。
「さあ?」彼は歯ブラシを握ったまま、宙に浮かんだ猫の方を向いて応える。
「なんの日なんだい」
外から鋭いクラクションの音が聞こえ、何かがぶつかり合う音がした。彼が音のする方を振り向いた瞬間、
バリバリと凄まじい音と共に建物が破壊され、大きな黒い塊が洗面室に飛び込んできて、彼はその黒い塊の下敷きにされていた。
彼の暮らす家が建つ狭い旧道のカーブに、トラックは相当なスピードで、ブレーキをかけることなく突っ込んでいた。
トラックはブロック塀を打ち倒し、木造の家の壁と柱を突き破って、洗面室にいた彼を押し潰した。
「ちょっと遅かった」猫は壊れた天井のあたりから、めちゃめちゃになった洗面室を見下ろしながら呟いた。
「歯磨きの中から出ることにしたのが悪かったんだなぁ」猫は倒れてピクリとも動かない「彼だった」物にするっと近づいてまた呟いた。
「これからは登場の仕方も、タイミングをもっと考えなくちゃいけないな。『宣告』をちゃんとしないと、死ぬ者も向こうで戸惑うだろうから」
「死神もいろいろ難しい仕事なんだ」
そう言うと猫の顔がぐにゃ、と潰れた。そしてあっという間に元の銀色の金属様の液体に戻ると、折れた排水管を見つけて、すうっと入っていった。
***
出遅れの上に2レスですみませんが、出させて下さい
些々川ひろしはアニメ制作会社・数の子プロの看板ディレクターである。
その朝、彼は、パジャマ姿で洗面所に行き、歯ブラシに歯磨き粉を投下した。
その瞬間、彼の創造力が暴走を始めた。
「ひらめいた! ひらめいた! ひらめいたぞ!」
「パパうるさい」
隣で歯ブラシをシャカシャカさせている一人娘のジュンが言った。10歳。
「ごめんよ。パパはね、寝起きの今の状態が、一番インスピレーションが降りやすいんだ」
「またアニメの新企画ですか」
「うむ、『路駐エース』『マッパ豪!豪!豪!』『おらぁウズラだど』『ドカーン!チ〜ン』『産めない卵子郎』に次ぐ、飛ぶ鳥を落とす勢いのわが数の子プロが送る新作がね、今パパの寝ぼけた頭に舞い降りたんだよ」
「ジュン当ててあげるよ。『差額忍者 対 ゴッチャマン!』」
「なんだそれ。違うよ。主人公は冴えない公務員。彼はある日、渋滞の通勤途中に謎の運び屋から謎の壷を受け取る。でもその壷は、特殊なコードで起動する未来のアイテムだったんだ」
「なにそれ? 壷? 手鏡とかじゃないの」
「主人公は渋滞にたまらずクルマのクラクションを鳴らす。それがキーだったんだ。彼の車の警報音がコード登録されて、壷の中から何でも言うことを聞く大男が、飛びだしてくる」
「ねえねえ、タイトルを教えてよ」
「『クラクション大魔王』だ」
「女の子は出てこないの? 男だけじゃつまんないなあ」
「そうだな。女子児童にも見てほしいから、女の子を出そう」些々川ひろしは娘の髪型を見た。
「クラクション大魔王にはポニーテールのちっちゃな娘がいることにしよう。ジュン、これでどうだい?」
「わあい、ジュン見るよ。絶対見るからね」
ジュンは飛び上がって喜んだ。
しかし些々川ひろしは娘を落胆させることになる。
完成してテレビ放映された作品は、時節柄、娘の髪型がポニーテールからツインテールに変更されていたのだ。(了)
遅れました
壁際に立った彼女に向けて僕はカメラを向けた。
カメラは先週出張先の町で偶然立ち寄った、古いカメラ屋にあったコンタックスUaだ。
カメラ屋の店主は80か、もしかしたら90歳にも見える、痩せこけた白髪の老人だったが、
僕がショーウィンドウに並ぶ、そのカメラにふと目を惹かれて見遣っていると、品のいい笑顔を浮かべながら声をかけてきた。
「古いカメラがお好きですか」
「いえ、僕はデジカメしか使ったことがないんです、
カメラは好きなんですけど・・・このカメラはとても素敵ですね」
「わたしが写真を始めた頃には、とても高価で憧れの1台でした。
今でこそ簡単に、綺麗な写真が取れるようになりましたが、
あの頃は1回シャッターを押すために色々な手順がありました」
そういうと彼は僕を店に招き入れ、カメラを僕の手に取らせると、穏やかな口調で、フィルムの入れ方、
絞りとシャッタースピードの調節の仕方、それにフォーカスの合わせ方を教えてくれた。
金属のボディの冷たさが気にならなくなる頃には、僕はこのカメラがすっかり気に入ってしまった。
「メンテナンスは仕入れた時に、私自身でしましたから、まだまだお使えになれます。
もし使っていておかしな所があれば、いつでもお送りください。純正の部品などは
とうの昔に手に入らなくなっておりますが、出来る限りお直し致しますよ」
「おいくらですか」僕が訊くと、彼は「おいくらでしたら、よろしいでしょう」
と穏やかな笑顔のまま問い返した。そうやって僕はこのカメラを手に入れた。
「そんなカメラ、昔お父さんが持っていたわ」
5月の明るい日曜の海辺で、僕の新しいお気に入りを見て彼女は言う。「一枚撮ってよ」フィルムを込める間中、
手間取る僕を彼女はからかう。「あの壁の所に立つわ」そう言って、小走りに壁に駆け寄ると、
長い髪が風に散らからないように、手で押さえながら、僕を見て笑顔を作った。
白い背景は光を多く反射しているから、少し絞り込んだほうがいいかもしれない・・・シャッタースピードは・・・
「誰も見てないし、裸になろうかしら・・・デンジャラス」
彼女はケラケラと笑う。僕はレンズを彼女に向け、フォーカスリングを回す。ファインダーの中でぼやけた象が前後して、
次第にはっきりとした象を結ぶ。「まだ?」僕はカメラがぶれないように両脇を軽く締めてホールドすると、
ゆっくりシャッターボタンを押し込んだ。その時、彼女の目が驚きと恐怖に見開かれた。
今、彼女は写真の中にいる。僕の仕事場のデスクに置かれた写真の中で、彼女は生きている。
果たして、生きていると表現していいのかどうかも、わからない。時々彼女は写真の中からいなくなり、いつの間にか戻ってくる。
しかし、写真の中で時間が経過しているような様子は伺えない。彼女はあの時の彼女のままだ。
彼女が今、何を考えているのかは、推測するしかない。彼女はこちら側へ戻る方法を探しているのかもしれない。
しゃがみこんで頭を抱えている時もあるし、こちらに向かって何かを伝えようとしてか、
口を動かしている時もある。しかし僕がどんなに必死で唇を読もうとしても、何を伝えようとしているのかは全くわからないし、
こちらから話しかけても、あるいはノートに書いたメッセージを見せても、彼女は反応しない。視線が合うことも、ない。
僕はどうしたらいいのかわからない。あのカメラ店には、二度と辿り着けなかった。
僕は、写真を破り捨てようかと、考えている。
***
また2レス使って本当にすみません。
次は「白鳥」「小太り」「傘」でお願いします。
「湖面を優雅に浮かぶ白鳥は、水中では必死に水を掻いている!蹴っている!」
と、青年が言うと、「それはどうかな」と白鳥が答えた。
「必死に掻かなければ沈む、死ぬ、だから仕方なく掻いているだけさ」
「・・・はあ」
「小魚を探す為、必死で水を掻き続けねばならない宿命さ。むしろ哀れんで欲しいね」
白鳥のグチが止まらない。
よっぽど我慢していたのだろう。
「そこでミュータント化だ。我々はより軽く突然変異し、掻足を必要としなくなり・・・」
頭痛がする。中座して豪邸に帰った青年は、三人娘を傍らに寝てしまった。
それから50年が経過した。
突然変異を果たした白鳥が、小太りした体を、どんよりとした湖面に浮かばせている。
奇形の頭毛が傘となり、便利とはいえ、それは相当見苦しい。
「美しき湖面を、優雅に浮かぶ白鳥は・・・」と、老紳士が得意の話を披露する。
彼だった。でも彼は、朗々とした声を出しながら、しかし、何かこっそり自問していた。
水を必死で掻き通しで、妻に逃げられ、子供からも顔を忘れられた自分の半生を。
※ なんか判りませんが・・・次のお題は:「焼鳥」「不死鳥」「烏口」でお願いしまふ。
469 :
焼鳥、不死鳥、烏口:2012/04/15(日) 18:15:42.89
「へいお待ち」主人は熱い焼鳥を、男の前に差し出した。
「頂きます」屋台にいる唯一の客は、曇り始めた牛乳瓶底の眼鏡を外して串を掴んだ。
「お客さん、この辺りの人じゃないね」屋台の主人は、鼻の少々大きい彼の顔を見て言う。
「近所に住んでますよ。ただ家に籠もりきりなんです。本当はこういう店にもあまり来ません」客は焼鳥を口に運びつつ答えた。
「へえ、内職でもしてんですか」という問いに、男は焼鳥を咀嚼しながら苦笑した。
「ええまあ、内職です。ところでご主人、この肉は鶏ですか」
「名古屋コーチンです」
「フェニックスの肉はありませんかね」
「なんですって?」
「フェニックス、不死鳥。死なない鳥のことです。ちょっと仕事で気になってて、凝ってるんですけど」
「そんなもん仮にあったって屋台では出ないですよ」
「確かに」客の男は日本酒を呷って苦笑いした。「でももしやと思って。深夜ドラマか漫画でありそうじゃないですか。意外なところに意外なものが売られてるって」
「漫画ですか。筋子スシ男の漫画ならあるかもしれませんね」
客の頬がぴくりと引き攣った。
「筋子くんですか。彼の漫画、面白いですか」
「ああ、息子がよく読んでます。オバKとか」
「他に何か面白い漫画はありますか」
「ガイボーグ09とか、機密のア〜ッ子ちゃん、バレンチ学園くらいすかね」
「もっと他にないですか?」客は詰め寄るように主人に尋ねた。
「あとはわかりません。あまり詳しくないんで」
会話はそこで途切れた。微妙に気まずい沈黙のなか、主人は他に客でも来ないかと思った。しかし場の空気を変える客は来ない。
「お愛想」客は焼鳥と日本酒を少し残して勘定を促した。
「九百円ね」
「あれ、変だなあ。財布をどこかに落としたみたいだ」
「冗談は抜きにしてくださいよ。九百円です。きっちり頂きます」店の主人は客に手を出した。
どんと差し出された手を見て、客は、溜まっていた憤怒がついに爆発した。
「金の代わりだ。こいつをとっとけ!」
そう叫ぶと、男は、懐から取り出した烏口を、主人の手のひらに突き刺した。
ぎゃあ、という主人の絶叫をあとに、男はその場を退散した。
もちろん彼の持ち物である牛乳瓶底の眼鏡と、そして店に来たとき横に置いたベレー帽を忘れずに引っ掴んで。
470 :
名無し物書き@推敲中?:2012/04/15(日) 18:16:50.84
というわけで次は
「タクシー」「全裸」「大爆発」
でお願いします。
「なんかさ、この番組ももうマンネリだよね。なんかひとつこうデーハーにさ、盛り上げる工夫がないと」プロデューサーの土度目太郎が言った。
ぶっといストライプが入ったダブルのスーツを着て、ソファに足を組んでふんぞり返っている。
「そっすねー。ここらで一発ぶちかましたいっすねー」ディレクターの森満が軽薄に答える。こいつはプロデューサーの顔色ばかり伺ってヘラヘラしてる脳なしだ。
「おい、亀。おまえ、なんかいいアイデアないのか」森満がアシスタントディレクターの亀田に声をかける。
亀田は部屋の隅っこで携帯で話をしていて気が付かないのか返事をしない。
「おおいっ。亀!このやろう!もっしもっしかっめよーかめさんよ〜」森満が怒鳴る。
ちなみにいまさらだが森満はこう書いて「もりまん」と読む。「もりみつる」ではない。
「あっ、はいっっ。はい、なんでしょう」亀田がふたりの所に両膝をついた姿勢で滑りこむ。このまま流れで土下座しそうだ。
「なんか、かめちゃんに考えて欲しいのよ、企画を」土度目がさして興味もなさそうに言う。
「考えろっつってんだよ」森満が鬼のような形相で迫る。
「そう…そうですね……」
土度目と森満が二人して亀田を睨みつける。
「そうだっ!」突然亀田が叫ぶ。
「おお、なんか浮かんだか?言ってみろ」森満が言う
「全裸タクシー、大爆発ってのはどうですか!?全裸のお笑い芸人を乗せたタクシーが大爆発するってやつです。どうでしょうかっ!」
「だめだこりゃ〜」PとD、ふたりは顔を見合わせて、ため息をついた。
(終わり)
次は「子供嫌い」「ブービートラップ」「お仕置き」でよろしく頼まれて。
472 :
「タクシー」「全裸」「大爆発」:2012/04/15(日) 19:50:22.70
個人タクシーの運転手をしている私の父は、変態です。
お風呂がりに「ヨコはめ♪タテはめ♪ホテルの〜小部屋〜♪」。
こう歌いながら、全裸で私達家族の前を平気で通っていきます。
母と私はもう見なれているので、日曜日の夕御飯を、テレビを見ながら食べてます。
でも、明日は私の彼氏が結婚の話をしに、我が家に来ます。
父も明日のことは知っています。父は私にこう言いました。
「おまえの男がどれほどのもんか、一緒に風呂に入ればわかることだ。一緒にふるちんで飯を食えたら、認めてやってもいい」。
母は、「そんなことをさせたらあたしは許しませんよ」と言ってくれました。
勿論、私も父がそんなことを彼氏に言ったり、させたりしたら大爆発するつもりです。
明日はどうなるか、とても心配です。できればタクシーで事故ってほしいです。死なない程度で、と付け足します。
変態でもやっぱり私のお父さんだから。
次は、「酒」「涙」「男」でお願いします。
473 :
名無し物書き@推敲中?:2012/04/15(日) 19:51:42.73
かぶったw
「なんかさ、この番組ももうマンネリだよね。なんかひとつこうデーハーにさ、盛り上げる工夫がないと」プロデューサーの土度目太郎が言った。
ぶっといストライプが入ったダブルのスーツを着て、ソファに足を組んでふんぞり返っている。
「そっすねー。ここらで一発ぶちかましたいっすねー」ディレクターの森満が軽薄に答える。こいつはプロデューサーの顔色ばかり伺ってヘラヘラしてる脳なしだ。
「おい、亀。おまえ、なんかいいアイデアないのか」森満がアシスタントディレクターの亀田に声をかける。
亀田は部屋の隅っこで携帯で話をしていて気が付かないのか返事をしない。
「おおいっ。亀!このやろう!もっしもっしかっめよーかめさんよ〜」森満が怒鳴る。
ちなみにいまさらだが森満はこう書いて「もりまん」と読む。「もりみつる」ではない。
「あっ、はいっっ。はい、なんでしょう」亀田がふたりの足下に両膝をついた姿勢で滑りこむ。このまま流れで土下座しそうだ。
「なんか、かめちゃんに考えて欲しいのよ、企画を」土度目がさして興味もなさそうに言う。
「考えろっつってんだよ」森満が鬼のような形相で迫る。
「そう…そうですね……」
土度目と森満が二人して亀田を睨みつける。
「そうだっ!」突然亀田が叫ぶ。
「おお、なんか浮かんだか?言ってみろ」森満が言う
「酒と泪と男と男ってのはどうですか!?酒に酔ったお笑い芸人が涙目で男をナンパするってやつです。どうでしょうかっ!」
「もう、ええわ〜」PとD、ふたりは顔を見合わせて、ため息をついた。
(終わり)
次も、「酒」「涙」「男」でよろしく頼まれて〜
475 :
酒涙男 焼鳥不死鳥烏口 タクシー全裸大爆発:2012/04/16(月) 05:00:27.38
俺は信じられない気持ちで新聞に目をやった。
「漫画家の毛塚治蟲が焼鳥屋台の主人を烏口で傷つけて逃走中だと? 毛塚と言やあ今度、不死鳥を題材にした大河漫画を連載する予定だったはずだが」
俺は仕事の合間によく漫画を読む。中でも毛塚漫画は大ファンで、楽しみにしていたのに、それはなかろう。
俺か。ただのタクシー運転者だよ。景気が悪いんで、最近はアイドリングストップさせて、漫画雑誌を読み放題だ。
「運転者さん、乗っていい?」
俺が顔を上げると、美人の女が、立っていた。
ホステスだったらやだなあと思いながら俺は自動ドアを開けた。
「おい姉ちゃん、何の真似だ?」
行き先をルーセントタワーと告げられて車を発車させてから、女はいきなり衣服を脱ぎ始めた。
「見たきゃみてもいいわ。とにかくほっといて。私、チョー急いでるんだから」
「ちぇ、後方確認に支障を来しそうだぜ」
女は遂に全裸になったようだ。何なんだこいつ? 車内は更衣室じゃねえぞ。
「ついたぜ。ルーセントタワーだ。2500円」
「カードで」
げっ、RS社の万能カードじゃねえか。するとこの女はまさか。
女はいつの間にか、迷彩服に着替えていた。肩からは自動小銃を下げている。
「運転手さん、もうすぐショーが始まるわ。危険だからここを離れたほうがいいわよ」
女を降ろすと俺は一目散に車を走らせた。
ルーセントタワーの屋上付近が大爆発を起こしたのは、それからわずか13分後だ。
俺は凄い体験をした気になった。
それを早速次に乗った客に話してみた。しかし、
「馬鹿、言ってんじゃねえぞ。そんな絵空事があるわけねぇだろ」
客は酒臭い息を車内にまき散らしながら絡んできた。そして、煙草に火を付けて勝手に吸い出した。これは違法だ。
「お客さん、車内で喫煙するのは止めて頂けますか」
「うるせー、客に逆らうんじゃねえ!」
「仕方ありませんねえ。じゃあお金は結構ですので」
酒の臭いと煙が充満中の車内。俺は涙を流しながら秘密のボタンを押す。
「あぎゃー」タクシーの天井が開いて、客はそこから、吹っ飛ばされていった。これが究極の犯罪防止装置である。誰にも言うなよ。
「俺だって男だ。たまにはこれくらいやったるぜ」
俺は誰にともなく言うと、次の客を探しにJR駅前を駆け抜けていった。
476 :
酒涙男 焼鳥不死鳥烏口 タクシー全裸大爆発:2012/04/16(月) 05:02:08.54
次は「女嫌い」「ブービートラップ」「お仕置き」でいこう!
ハンコ、押す、ハンコ、押す、ハンコ、押す。
ハンコ押しは昼の仕事だ。 夜暗いランプの明かりでやる分には目が悪くなるし気分が滅入る。
煙草分が切れたので補給したい所をぐっと我慢。 捌く書類もあと少しだ。退屈極まりない仕事を片付けて、親の仇でもとったようなスカッとした気分で一服吸おう。
「これで終了……と」
最後の一枚、例えて言えば休日の一日前のような愛しい君に、熱いベーゼで別れを告げて、椅子の背もたれに我が身を投げ出す。 さて煙草煙草と、机の上に伸ばすその手はいささか震えていた。 何かの禁断症状みたく見えてあんまりよろしくない。
至福の一時。 誰にも邪魔されたくないね、本当。 もし今我が子とその愛犬が、ほたえまわっていつものように部屋に乱入してきても、流石にこのおとーさんいつものように愛情深く迎えてやれる自信は無いね。
煙草の灰がボロッと落ちる。 どうやら楽しかった時間ともおさらばの様子。仕方ないねと愛しい君に、名残惜しく灰皿にギュッと迎えてもらって別れを告げる。
さてもう一仕事、と伸びをする。 気分はまた親の仇に出会ったかのようでよろしくない。 よろしくはないが、やれる時にやっておかんと後で死ぬほど忙しくなるからしょうがない。
そうしてハンコに手を伸ばしかけた時、部屋のドアにノックがされる音がした。 入っていいよ、と、机から顔を上げて来訪を迎える。 ドアを開けたのはいつも頼りになり過ぎている我が副官だった。
「もうそろそろお仕事が一段落する頃かと思ったのですが……」
「ああ、大体したよ」
「それは丁度よろしかったです。 お茶の時間が準備出来たのですが、もしよろしければ一息入れられてはいかがでしょう」