私の名前は『文(あや)』。お婆ちゃんが付けてくれた愛着はあるけど、面倒な名前−−言葉で伝えると綾か彩と思われ、文字で伝えると『ふみ』と読まれる−−
でも、私はワザと『フミ』と名乗るときがある。
2/18 可愛いおばあちゃん
真帆と一花のお見舞いに行ったんだけど、とても元気で暇をもてあましていて、弟から取り上げたゲームで狩ばかりしているんだって。でも逆に倒されててストレスたまってそう。
帰りに待合室で真帆の愚痴を聞いていると、かわいいお婆ちゃんが話しかけてきたの「喧嘩したまま会えなくなることもあるんですよ」って寂しそうな声。それで真帆は仲直りのメールを打ち始めた。悩んで悩んで打っていたんだ。
おばあちゃんは汚れてボロボロな多分会えなくなった人の名前を筆で書いた手紙を取り出し、今みたいに手紙が直ぐに届いたら……と寂しそうな顔になった。
私は頼まれもしないのに、おばあちゃんの手と手紙を両手で押さえて手紙を送った。
多分リスクは私に来る。でも手紙は消えなかったけどシートに挟まれていた。
私は何食わぬ顔で「そのお手紙は?」と聞いた。おばあちゃんは可愛い笑顔で教えてくれた。
終戦後、隣町の人が「君が生きていてくれたならうれしい」って伝号を伝えてくれたんだって。
大怪我していてその人を置いて来るしかなかったって……だけど生きていて留まった国の独立の為に戦い最近まで生きていたんだって。
その人の家族の人から大使館を通して、お婆ちゃんが送ったすごく汚れてボロボロになった手紙と家族からの手紙が送られてきたんだって。
「仲直りは大事よ?」それを聞いて真帆は余計に悩んでメールを打ち直していた。仲直りできるといいね。
今夜は天ぷら−−サツマイモだらけの−−かぼちゃほしかったなぁ
*「崖」「太陽」「コーヒー」
「……今日も良い天気だ」目覚めのコーヒーをテラスで飲みながら誰に聞かせるでもなく呟く。
言ってしまってからつい、苦笑いが浮かぶ。ここにいるのは自分の他は猫だけだというのに。
どうして無意味な独り言を言ってしまうのだろうか。一人の生活にまだ慣れていない証拠なのだろうか。
朝日がゆっくりと昇っていくのを見ながら、一杯のブラックコーヒーをゆっくりと飲み干す。
もう妻は亡く、落陽の日々を送る私には気にかけるべきことも殆ど残っていない。
カップを洗うと、水切り籠に置き丁寧に手を拭いた。そしてメールを一通送信する。
玄関でお気に入りの革靴を履いて振り返る。
「じゃ、行って来るよ」今度ははっきりと猫に向かって声をかける。
猫は眠そうな目でこちらを見ただけだった。私は軽く手を上げてそれを返事とした。
近所の岬まで徒歩15分。すぐに見慣れた崖に着く。
雑草の生い茂った、海を臨む景色の良い草原。私は昇りかけの太陽を一度見上げた。
そして何もかもを思い切る。助走をつけて崖から思いっきり遠くへ目掛けて力いっぱい、……飛んだ。
さぁ、後のことはメールを受け取った竜彦が全て上手くやってくれるだろう。
猫は、信彦が引き取ってくれるだろう。家財道具は美晴が処分してくれるはずだ。
皆、ありがとう。ようやく、ようやく、妻に会える。もう、すぐだ。
最後の瞬間は意外と早く訪れた。
ありがとう。ありがとう、皆。
次は「電話」「羽毛」「桃色」でお願いします。