この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十五ヶ条

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46名無し物書き@推敲中?

 その電車がホームを出て行ったのは、彼がちょうどターミナルに着いたときだった。彼はぎりぎり間に合うかと思っていたのだが、どうやら歩いてきたのが悪かったようだ。慣れないことはしないほうが良かった、と彼は心の中で少し悔やんだ。
 彼は切符を買ってターミナルのホームへ入った。そして近くのベンチでまで歩いていくと、そこに疲れたようにどっしりと座った。そうしてなんとなく向かいのホームに目をやると、そこを照らす汚れた蛍光灯が、切れかかってちらちらしているのに気づいた。

 
47名無し物書き@推敲中?:2011/02/05(土) 16:59:11
――思えば私はもう長くない。半年前にやっと肺炎が完治したと思ったら、最近は風邪をひいたり治ったりの繰り返しだ。階段をいちいち上がるにも足腰は痛むし、座るときはなおさらだ。もう体にがたが来ているのだ。
48名無し物書き@推敲中?:2011/02/05(土) 17:02:05
 この三十年、私はひたすらグラース理論の研究に身を投じてきた。最先端の研究をするために、ここロンドンまではるばるやって来た。
最初の頃は地位や名声のためでもあったが、今となっては私が生きていた証拠を残すためだ。私には家族もいないし、跡継ぎもない。財産だってに無に等しい。借りている小さなアパートメントだって、私が死んだ後には知らない誰かに貸し出されてしまうだろう。
そうなれば私の痕跡は完全になくなってしまう…
49名無し物書き@推敲中?:2011/02/05(土) 17:03:03
私は忘れ去られることがひどく怖い。まるで私の生が意味がなかったように扱われることに、耐えられない。
だから私はこの研究をなんとしてでも完成させねばならない。私の理論が認められれば、私の研究は多くの人の知る所となるだろう。
そうすれば私は人々の心の中で神格化され、永遠に生き続ける。そうなった時初めて、私の生は価値あるものになるだろう。それまで私は死ねないのだ……
50名無し物書き@推敲中?:2011/02/05(土) 17:04:02
 電車がホームに入ってくる低い、大きな音を聞いて、彼ははっと目を覚ました。どうやら彼はまどろんでいたようだ。やはり年だな、と自分を笑いつつ、彼はゆっくりと電車の中に入っていった。
 警笛が鳴り、電車が大きな音を立てながら、のろのろとホームを出発した。しばらくするとターミナルは、すっかり元の静寂を取り戻した。そうしてホームには、わずかに笑みを浮かべた老人がぽつんとベンチに取り残されていた。