「台所」「夜」「隣」
二時間ほど眠るつもりだったのに目が覚めたとき時計の針は深夜二時を回っていた。
椅子に腰をおろして、パソコンが起動するのを待つ。
「やっちまった……」
夕飯も食べずに三度目の推敲を終えた250枚の原稿はレターパック350に収まったまま、
眼前の机に置いてある。
日付が変わるせめて四十分前に起きていればまだ郵便局に間に合った。
窓口の局員に昨日の消印を押してもらって応募完了、のはずだった。
しかし、強烈な眠気に全身を包まれたまま運転したくなかったのだ。
居眠り運転で取り返しのつかない事態に陥るより締め切りが一年のびたほうがまし。
そう自分に言い聞かせて、運転のために我慢していたウイスキーをグラスに注いで、呑った。
寝ぼけ頭の、動きの悪い指でマウスを動かし、ブラウザにユーチューブを出し、
キーボードに straight no chaser と打ち込んで、やっぱり別の、これにした。
http://www.youtube.com/watch?v=zre0u5XyNfY モンクのピアノに耳を傾けながら冷蔵庫を漁る。
トロロイモが残っていたので、包丁で千切りにして皿にうつし、麺つゆをかけて、
台所に立ったまま口にかっこんだ。うまい……。
箸を皿に置いてから、流しのステンレスの淵に両手の指を乗せ、見えない鍵盤を叩く。
「隣のトロロ、トロロ」
いや、今日、というか昨日はラピュタだったか……。
今日はもう小説のことは忘れて、皆既月食を楽しもうと思った。
次は「火星」「灰」「オッドアイ」でお願いします。