1 :
ちえみ:
イケメンで生徒会会長で陸上部のエースだった元同級生
みんなの憧れだった幻路光(ゲンジヒカル)くん。
京王エリート大学の学費捻出のために今日もホストのアルバイト。
彼の悩みは、、、禿げてきている事
っていう内容の笑えて泣ける胸きゅんの共同執筆よろしくお願いします。
にん(^^)
主人公:幻路光
友人:平優(たいらすぐる、京王のライバル校渡瀬大生、光に瓜二つ)
恋人:紫野夕香(むらさきのゆうか)
ホストクラブの経営者:マキさん(女性)
ホスト仲間:リュウイチ、シンジ、ジョーイ(イギリス人が母のハーフ)
>>4 プロット、よろ
4 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/14(日) 21:18:27
お坊ちゃんだった光くんがこんなに貧乏ボーイなってしまった理由。
ある日突然、それぞれW不倫していた両親が
「今日から家族解散」と言い放ってそれぞれの不倫相手と家庭を持ってしまったから。
残された光くんは自分そして妹の学費も捻出するため悩む。
悩んでいるうち少しずつ毛が・・・
光くんは優くんに相談して、ホストの道に入ることを決意。
しかし、恋人には秘密だったために新たな悩みを抱えることになる。
>>4thks!
まず、補足。
光、優は自由が丘在住だが、光は両親の離婚に伴い、新宿の都営住宅へ。
夕香は田園調布在住。四つ葉高校から聖光女子大へ。
光の妹さんの名前、よろ
光が新宿の街を途方に暮れて歩いていると30代半ばの美女に呼び止められる。
歌舞伎町一小さなホストクラブ、ノーティ・ボーイズ(NAUGHTY BOYS)のオーナー兼経営者のマキだ。
錯誤。京王義塾高、共学の設定で…。
× 四つ葉高校
8 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/14(日) 23:28:10
女に声を掛けられ慣れて、いつもは無視するクールを気取っている光だが
今日は事情が違っていた。立ち止まってマキの話に引き込まれていった。
第一の大きな理由は、マキの持っている今までに出会ったことのない
不思議な雰囲気に大いに興味を持ったからだ。
この人はいったい何を食べて何を思ってどんな生き方をしているのだろう?
彼女に出会ったほとんどの人はきっと、よくできた映画の予告を見たあとみたいに
もっと内容を知りたいと思うだろう。
第二の理由として、マキの名詞に「ホストクラブ・・」の文字があったからだ。
ついさっきまで光は友人の優に会って、これから生きていくための
収入をどうするかを相談していた。その会話の中で
「いざとなったらホストなんてどうだ?」と優に冗談半分本気半分で
言われ、ムカッとなりながらもどこか心にひっかかってはいたのだ。
「でも、俺、女の子にコビ売るのは苦手です。」
「コビを売るんでもない。愛を売るんでもない。そのままでいい。
強いて言うならあなた自身との時間を売っているって思えばいい。」
「マキさん、あっすみません。オーナーは何故この仕事を?」
9 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/15(月) 00:10:52
マキは悪戯っぽく微笑むと、
「うちのお店で働いてくれるなら、教えてあげる。訊きたいのはそれだけ?」
そういうと無言で光の手をつかみ、歩き始めた。
「ちょ、ちょっとマキさん……」
五分後、光は歌舞伎町の雑居ビルの三階にあるマキの店、「ノーティ・ボーイズ」の大理石でできたテーブル席のソファに腰掛けていた。
「コーヒーでいいかしら?」
マキがよくとおる、しかし穏やかな声で訊いてきた。
「あ、はい……」
光は狭いながらも豪華な店のつくりに気圧されていた。
○ 「…。…」
× 「…。…。」
で、よろしくお願いします。
11 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/15(月) 00:51:54
>>10 気をつけてみます。まちがったらごめんなさい。
コーヒーのいい香りを嗅いでいるうちに光は平和だった、と言うか
平和だったと思いこんでいた一年前の自分の家庭を思い出してしまった。
「ママの入れてくれたコーヒーは一番だね。光もママのように愛情込めて
上手にコーヒーを入れてくれる女性をみつけなさい」
父親はそんなふうに良く言っていたものだ。大人なんて全く信じられない。
もちろんもう20歳の自分自身も大人なんだろうが、ああいう大人達にはなりたくない。
そんなことを思っているうちに、光は自分でも信じがたいことだが涙ぐみそうになった。
「俺、やってみます」
「あら、まだお給料の話も、仕事の話もちゃんとしてないのに?」
マキはそれほど驚きもせず言葉とは裏腹に大丈夫よというように
しっかりうなづいて光をみつめた。
>>11 GJ!お疲れさまです。
今日はこのくらいで。
あとはゆっくりいきましょう!
おやすみなさい
契約書に必要事項を記入し終えて印鑑を押した瞬間、光の腹は決まった。それまではホストの仕事をすることに迷いのようなものがあったのもすべて振り切れた−そんな気がした。
−妹と、二人で生きていくんだ−
親に恨みはない。と、いうかもう自分たちの手の届くところにはいない。
過去の人たちだ。
おかしな話だが光は虚しさを感じるのと同時に、自分の中が何かで満たされるのを感じていた。意地−違う。
敢えて言葉を当てはめるとすれば誇り−
そんなものが光の内面を満たしていた。
続く
「じゃあ、七時にいらっしゃい」
マキに見送られて、店をあとにした光は、妹の待つ都営住宅へ向かった。
店を出てしばらくすると、光はマキがホストクラブを経営している理由を聞きそびれたことを思い出した。
思わず、片手で頭をかきむしった光の指に数本の髪の毛が貼り付けてきたが、その時はまだそんなことを気に留める光ではなかった。
※基本ルールですが、1日1〜2レスずつで、飛び入り大歓迎でどうでしょうか?リクエストがあればカキコしてください。
16 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/15(月) 22:08:29
>>15 了解です。
とりあえず優にだけはホストのバイトのことを知らせておこうと、
光は携帯を手にした。
光が話し出す前に
「おう、光?今こっちからも連絡入れようとしていたんだ。
今日さぁ、楽集院大の姫達と合コンあるけれど来ないか?
あっ、金なら大丈夫。光の分はこっちでなんとかするから。
っていうか姫たちがお前をご指名なんだ、頼む、来てくれ」
優の一方的だが彼なりの親切なお誘いの話がいつものように続いた。
いつまでも合コンの話をされてはたまらない。
光は「うーん、今日からホストになることにしたから」
と手早く答えた。
ホストのバイトを自分で勧めていたくせに、優は驚いたようだった。
「マジ?えっ?おいおい、もう決めたの?無理だって絶対に。
お前、女にチヤホヤされたことあっても、ちゃんと相手したことないだろう?
ブラコンの妹に呪われて、彼女に半殺しの目にあうぞ。おい正気か?」
「ってわけだから、姫たちが俺に会いたかったら『ノーティ・ボーイズ』に
来てくれるように伝えてくれ」
「何。ノーティ・・あの・・・・・」
まだ話し続ける優にじゃあと一言言って電話を切った。
切って急に光は憂鬱になった。
あの猟奇的にブラザーコンプレックスの妹と
あの愛情深いけれど心配性な恋人のことをすっかり忘れていたのは、
俺としてはうかつだった。
でもこうなったらやるしかない。七時には新生ホスト光誕生だ。
17 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/15(月) 23:30:54
都営住宅の扉を開けるといい匂いが光の鼻をくすぐった。
高校一年になる妹の絢香はセーラー服を着たままで夕食の準備をしていた。絢香の通う四つ葉高校の学費は、幸い、彼女の成績が優秀であることから奨学金で賄えている。
しかしそれ以外にも結構お金はかかるのだ。
「お兄ちゃん、お帰り。今日はお兄ちゃんの好きなチキンカレーだよ」
両親に感謝する事があるとしたら、絢香の躾をきちんとしてくれたということぐらいだろうか?
おかげで、光は家事の心配をする必要は全くなかった。
続く(以外TBCと表記)
18 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/15(月) 23:45:42
午後6時半、光はノーティ・ボーイズのドアを開けた。
昼間よりさらに不思議オーラをまとったマキさんが待っていた。
すでに何人かの同僚というか先輩ホスト達が居て、何人かが興味深そうに
光のほうを見た。あとの数人は携帯でお客と話しているようだった。
「この子よ。どう?」
マキさんが誰かに振った質問に、
ずっと奥のほうから
「あーら、わたくしの好みだわ。譲ってくれないかしら?」
と、けだるいがよく響く声がした。
「ぼうや、オカマバーのほうが末永く働けるわよ。」
オペラのような声のほうを見ると、教科書で見た中世の女王のようなイデタチの人がいた。
「光くんにも紹介しておくね。このかたはうちの上客の「クイーン・ビクトリア」
のオーナーのヒミコさんよ。もとは歌舞伎町で知らない人はいないという伝説のホスト
だったから、お勉強したければ、彼に聞くといいわ」
マキさんの紹介を受けて、ヒミコさんが答えた。
「もう彼じゃないでしょ。彼女っていいなさいよ。」
あとで聞いたことだが、ヒミコさんは禿げなければ同性愛者であることを隠し続け、
永遠にホスト界のエースだったろうと今でも言われているらしい。
どっちが良かったの聞いてみたい気もするが、さすがに聞けなかった。
そのあと、光の入るグループのメンバーが紹介された。
リュウイチさんがリーダーで、ここではナンバー2らしい。
なんとなく憂いをおびた感じで年上にも年下にも人気があるようだ。
さらさらの髪を左手で掻きあげる姿はさすがナンバー2の感じがする。
19 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/15(月) 23:47:20
「じゃあ、食べようか」
「うん、いただきます」
絢香の作る料理は美味い。それはいいのだが……。
「小田急でね、お肉の安売りしてたの。もう絢香いつお嫁さんになってもいいって感じ?あ、でも綾香が結婚したらお兄ちゃんが困るよね?だから綾香、結婚しないんだ」
「お前、まだ高校生だろうが」
綾香がスプーンの動きを止めたのに光が気がついた。
「なに?」
「いやね、こうしているとさ、お兄ちゃんと私、新婚さんみたいかなーって。そう思わない?」
−きた−
光は、背筋に鳥肌が立つのを感じ、やはり今日はホストのアルバイトを始めることを絢香に話すのは止めておこうと思った。
食事を終えると、光は絢香に、
「市ヶ谷の印刷工場で、夜勤のアルバイトをする事にしたから。誰かきても絶対にでるなよ」
それだけ告げると、再び「ノーティ・ボーイズ」に向かった。
20 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/15(月) 23:54:28
17→19→18の順番でよんでください。
>>19=1さん、ごめんm(_ _)m。
連投するときは末尾にTBCと表記するので、そのときはしばらくカキコするの待って下さい。
21 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/15(月) 23:57:09
22 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/15(月) 23:59:29
>>20 こちらもTBSと表記しますね。
ではそれもルールといたしましょう。
23 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/16(火) 00:00:30
24 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/16(火) 03:31:41
気さくな笑顔を浮かべながらリュウイチさんは光に右手を差し出した。
「京王ボーイだって?」
「はい。今日からお世話になる幻路光です」
「ハハハ、じゃあ、お前、今日から『ヒカル』だな。まあ、あまり気を遣うな。うちはアットホームなのが売りだから。よろしく、ヒカル」
リュウイチさんの手は意外にがっしりして暖かい手だった。
光は思わず父のことを思い出したが、すぐにそれを打ち消した。
それまで光に背を向けていた二人のホストが振り向いて、近寄ってきた。
「えっ、ガイジン?」
「ガイジンじゃないよ。日本人だよー」
ジョーイと名乗った男は、母がイギリス人で、ハーフということだった。
「よろしく。俺、サックスプレイヤーを目指しているんだ」
三人のうちで一番がっしりしていて髪の短いシンジと名乗った男も右手を差し出した。
これが「ノーティ・ボーイズ」の3つあるグループのうちの「リュウイチ・グループ」だった。
上客のヒミコさんを除けばその日の最初の客−二人組のOLが来店した。
「ノーティ・ボーイズへようこそ、お嬢様!」
「ご指名はございますか?」
リュウイチさんが入り口にすっ飛んでいった。
「いえ、私たち初めてなんです」
「では、私、リュウイチが今夜のエスコートをさせていただいてよろしいでしょうか?」
OL二人組はリュウイチの頭の先からつま先までを物色するようにして見ると、
「よろしくお願いします」
と、言った。
「ノーティ・ボーイズ」ではビギナーからベテランまでをモットーに、
安いところからシャンパンのヴーヴ・クリコのイエローラベルとグランダム、
ドン・ペリニヨン、ワインのロマネコンティその他の酒を揃えていたが、
やはりヴーヴ・クリコのイエローラベルをボトルで注文する客が圧倒的に多かった。
ヒミコさんは一番奥のテーブルで退屈そうにロマネコンティを飲んでいる。
ヒカルは「彼女」が飲むグラスの中のワインが絞りたての血のように感じられた。
−ある意味、他人の生き血を啜るような仕事なのかもしれないな。
ヒカルはそう思った。
26 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/16(火) 22:06:54
リュウイチさんと一緒に席につこうとした光をマキさんグイッと引っ張った。
引かれるまま付いていくと、控え室のようなところだった。
扉を開けた途端の香水とヘアワックスの臭いが強くなった。
右奥にはコインロッカーが並んでいて、左には鏡台が並んでいる。
右手前にはスーツやシャツがずらっと並んでいる。
そういえば、光の服装は団地を出たときのままのジーンズだった。
「今日はヒカルの初夜だから、白の衣装にしましょうね」
いつのまにか入ってきたヒミコさんがオペラ歌手のような言い方をした。
「しょ、しょ、しょや?」
声がうわずってしまう。腋から汗が出てめまいがしそうだ。
光のうろたえ振りにヒミコさんとマキさんはクスクス笑った。
「ホスト初夜よ。馬鹿ね。わたし、そこまで手が早くないわよ」
白いスーツを着せられ、二人がかりでヘアセットされ、よくわからん香水を
振りかけられて、爪先のとがった靴を履かされた。恥ずかし過ぎる。まるで花婿だ。
「さあ、席に付いてもいいわよ。座るのはひざまずいて挨拶してからよ。
ただし、ヘルプだから灰皿やグラスやおしぼりに気を配ること。
乾杯の時は、お客よりグラスは下。ありがとうございます・いただきますは
もちろんのこと礼儀はちゃんと頼むわよ。」
マキさんに改めて言われると光は緊張してきた。
そのほかライターで火をつける方法やら聞いたが
頭の中が真っ白で細かいことはすべて忘れてしまった。
ヒミコさんはもうそろそろ自分の店に顔を出すと言って、
マキさんまで連れて行ってしまった。
おいおい、新人置いて行っちゃうのかよ〜
光はびびりつつ、さっきのOLの席のほうへ向かった。
27 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/16(火) 23:47:07
心臓がいやが上にも高鳴る。動きがぎこちないのが自分でもわかる。
−これは仕事なんだ。
必死に自分に言い聞かせながら光は一歩ずつ歩いた。二人のOLも光がやってきたことに気がついて、好奇の眼差しで見ている。
光、いやヒカルの口の中はカラカラだった。
−そうだ、たしかテレビの番組でやっていた……。
「ノ、ノーティ・ボーイズへようこそ、ジュ、ジュリエット……」
客のOLふたりはきゃっきゃっとはしゃいだ。リュウイチ、シンジ、ジョーイは苦笑いを浮かべている。
テーブルの上には5つのフルートグラスが並び、薄い琥珀色の液体の中を無数の細かい泡が上がっては消えを繰り返している。
TBC
28 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/16(火) 23:58:30
リュウイチがフォローした。
「今日入ったばかりのコなんですよ。ラッキーでしたね」
そういうとヒカルに目配せをした。
「あ、あの、ヒカルと申します。よろしくお願いします」
ヒカルは大きな動作でしゃちほこばって頭を下げた。
OL二人は再びはしゃぐと、ヒカルを手招きして間に座らせた。
いつの間にかジョーイがヒカルの分のグラスを持ってきていて、そのグラスを客に勧められるままに手にしたが、その手は震えていた。
−アリガタク、イタダキマス。
ヒカルの頭の中は再び真っ白になった。ほんの数時間前には、同じソファに腰掛けていてもここまでは緊張しなかったのに−。
29 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/17(水) 01:04:51
そのあと5テーブルについてまわったが、緊張の上に酒の酔いも手伝って頭の中は真っ白なまま、動きはまるでロボットのようにぎこちなく、
普段「京王大のクールな王子様」と言われているヒカルとは思えない有様だった。
いつのまにか帰ってきたマキや、リュウイチさん達に挨拶して店を出たら、もう外はうっすら明るくなっていた。
都営住宅に急ぎながら、アルコールの臭いを消す方法を考えなくてはならなかった。
恐る恐る家に戻ると妹の絢香はまだ寝ているようで安心した。
シャワーを浴び香水の臭いを消し、歯磨きをし、さらに口臭スプレーもする。
これじゃあ、まるで浮気してきた亭主のようだ。大学に行く前に少し寝ておきたい。ベットに倒れこむように光はすぐに眠りに入った。
目を覚ますと、絢香はもう学校に行ったあとだった。
テーブルの上に朝食が置いてある。キュウリとハムのサンドウィッチで皿には
ちゃんとピクルスも飾ってある。オムレツはケチャップでハートの絵が描かれている。
ずっと習っていた英会話やピアノもやめて主婦業のようなことをしてくれている
妹のためにも、光は金銭面の苦労だけはさせたくないと思った。
「どっちかの親についていくのも世話になるのもごめんだ」
突っ張って一人暮らしを決めた光のあとを妹が追ってきたときは正直焦った。
「わたしだって、どっちの不倫夫婦とも暮らしたくないよ。
お兄ちゃんが暮らしてくれないなら、絢香一人でも暮らすもんね」
その言葉に負けて一緒に暮らしたが、助けられているのは自分のほうかも。
しかし、光には光で我慢していることもあって、恋人の夕香に逢わなくなってもからひと月もたっている。
30 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/17(水) 03:08:43
通学の電車に揺られながら光は夕香のことを考えていた。
紫野夕香とは高校時代からの付き合いだ。光は陸上部のエースで、短距離走の選手だった。
夕香は一年生の頃からマネージャーをしていて、世話をしてもらっているうちに自然に付き合うようになった。
実の話、マネージャーの仕事は面倒見のいい夕香にとって天職だったといえる。
通学も、当時の互いの家は一駅しか離れていなかったから、いつも一緒に行き帰りしていた。
−お似合いのカップルね。
夕香の友人達からはいつもそう言われていた。
JR山手線の田町で電車を降りると、大学のキャンパスは近い。
創立者の銅像を見ながらレンガ作りの建物の間を歩いてゆくと夕香が友人と喋っているのが目に入った。
31 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/17(水) 21:31:52
夕香と目があった。目をそらすかと思ったが向こうもじっと見つめてくる。
お互いに一瞬の躊躇があったあと、「おっ、久しぶり」光のほうから声を掛けた。
夕香の姉晴香と光の父が、仕事の枠を超えてつきあっていたことを知ってから、
二人の間にはなんとなく気まずい空気が漂っている。
あげくは晴香と父が一緒に住んでしまった今、自分のせいではないとはいえ
家庭もちの中年の父が、夕香の姉まだ27歳の晴香の人生を変えてしまったことは事実で、
一度はきちんとそのことについて、夕香に誤りたい気持ちだった。
「ランチいっしょに食べれるかな?久しぶりに話したいし…」
「ええ、いいわよ。場所はあとでメールで」
明るく手を振って友人と歩いていく彼女を見送り、自分も教室に向かう。
以前と変わらない会話だったが、どこかぎこちない空気が流れた気がする。
家族の恋愛で、光と夕香の恋が終わってしまうなんて納得いかない。
自分達は自分達だ。
父や夕香の姉のことは関係ないと思いたい。
講義中隣に座った友人が
「おい、光。右耳の後ろ、、あっ、そこそこ、円形脱毛っぽいぞー
おまえ、やばいって、そこ禿げてるぞ」
と突然言い出すまで、光は夕香とのこれからことを考え続けていた。
32 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/17(水) 22:30:07
友人からのありがたくない指摘を受けて、夕香のことは光の頭の中から吹き飛んだ。
−おい、ウソだろ。
講義の内容も耳に入ってこない。
見栄を張る気持ちが無いわけではない。そして、イケメンの端くれという自負もある。
第一、折角ホストの仕事にありつけたというのに、ハゲになってしまったら……。
ヒミコさんの不気味に笑う顔が頭に浮かんだ。
こっちへおいで、楽しいよ−そう言っているように思われた。
TBC
33 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/17(水) 22:38:40
−駄目だ。ニューハーフなんて俺にはできない。
−そうだ。ワカメだ。絢香に頼んでワカメ料理を作ってもらおう。
どれだけ効き目があるかは分からないが、何もしないよりはマシだ。
講義が終わると妹の携帯に「ワカメ料理を頼む」と、メールを送った。
メールをうつとキャンパスの外の書店に飛び込んで、「究極の育毛法」という本を買った。
−ハゲだけは駄目だ。
光の頭の中は真っ白になった。
※
>>1さん。
>>3です。
PC不調でずっと携帯から書き込んでいます。
当分買えません。
規制がかかったら書き込みできないので、そのときは悪いけど、一人で話を進めてください。
規制がとけたらまた戻ります。
念のため。
35 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/18(木) 22:23:46
>>34 了解です。
ゆっくりやっていきます。
自分以外の書き込みがあまりに面白くて、うけ捲くってしまいます。
36 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/18(木) 23:04:13
夕香とメールで約束したイタリアンレストランに10分前に着いた。
右耳横の禿げが目立たないように、光線が左から差し右側が壁になっている場所に座る。
「おなか激しくすいちゃったね」
夕香が席につくなり言った。
「激しく」の「はげ」のところを強調して言われたようで気になった。
食べ終えてコーヒーを飲みながら、本題に入る。
「うちの父親が申し訳ない。ほんと、ごめんな」
夕香は笑って
「いいの。最初はとまどったけれど、今はお姉ちゃんの気持ち分かるの。
光くんと血がつながっているお父さんだから、きっと素敵なんだと思うの。
私が光くんに惹かれるように、お姉ちゃんも恋したのだと思う。
でも、うちの親がね、光くんとはもう連絡取るなって」
「うん、晴香さんも夕香も可愛がっているし、普通の親ならそうするよ」
「でもずっと連絡とりたくて。。でも迷惑かなって。。
それに家庭教師のバイトに励んでいたから、邪魔かと。。」
まただよ。「励んで」の「はげ」、、
夕香は知らないが家庭教師は今一軒しかしていない。
女子中生が恋愛感情を持ってきたり、女子高生にいったては
何を誤解したか妹の綾香につきまとって大変だったのである。
37 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/18(木) 23:33:44
夕香とのランチで、光は父の行動を謝った。
「光くんが謝ることはないわよ。あの二人はもう大人なんだから。
でもうちの両親、怒って混乱して私にまで光くんとつきあうなって言っているの」
「仕方ないよ。良識ある親なら、自分の子供を守りたいし
夕香や晴香さんを変な家庭に近づけたくないのだろ」
「今までは両親とも光くんファンだったのに、ごめんね馬鹿親で。
でも連絡しなかったのは、親のせいじゃないの。
光くん今すごく大変なときでしょ。妹さんと二人の生活をまず
ちゃんと安定したものにしてほしいと思っていたの。
光くんが家庭教師ととか頑張っているのを邪魔したくないし、
わたしもこっそりアルバイトしてカンパしようって塾講師していたのよ。」
夕香がそこまで思っていてくれたのに、
家庭教師を辞め、ホストやっているなんて言えなかった。
週3回行っていた家庭教師先の奥さんに横恋慕されて、誘惑されそうに
なって辞めたわけだが、それもなんか夕香にはかっこ悪くて言えない。
「
38 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/18(木) 23:36:57
>>37です
すみません内容だぶりました。
39 :
3:2008/09/19(金) 08:29:08
※
>>3だけど、暇だから釣りを承知で書き込む。
散歩してから続きを書き込む。
40 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/19(金) 09:48:33
とりあえず、わだかまりは解けたようだと思い、光はホッとした。
腕時計を見ると、もう次の講義の時間が近づいていた。
講師の如月京子準教授の顔が頭に浮かんできて、光は、
「ゴメン、次の講義ハイミス先生なんだ。またメールするから」
そういうと、自分の代金を夕香に預けてキャンパスに戻った。如月京子の顔を思い浮かべると光は憂鬱な気分になった。
TBC
41 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/19(金) 09:59:09
教授陣の中でも随一といえる地味な風貌とファッションは想像するだけで光の気分を萎えさせた。
独特のメガネとそれを度々押し上げる仕草も彼女のマイナスイメージに拍車をかけていた。
−ああいう人こそホストクラブで遊べばいいのに。いや、ありえないよな。
教室へ入ると、始業前というのに京子は教壇に立って受講票を配っていた。
これだけ学生を敵に回すような行動をとる教員も珍しい。
恐らく他大学のどこを探しても存在しないのではないだろうか。
TBC
42 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/19(金) 10:08:36
始業のベルが鳴るのと同時に、京子は前列の学生に受講票を集めるように指示した。
後期に入り、受講する学生は半分以下に減っていた。
光は経済学部の学生なのでこの講義は必修科目ではない。
彼がこのサディスティックな講義を受けている理由は単に英語が好きだということだけだった。
そして、後日、「ノーティ・ボーイズ」でこの如月京子と顔を合わせることになるとは露ほども思っていなかった。
43 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/19(金) 21:55:16
その日は3連休前の金曜だったので、いつもより早くバイトに行かなければならない。
綾香の作ったわかめオンパレードのような料理を急いで食べた。
わかめときのこの味噌汁・わかめと鮭のごはん・わかめと筍とささみの煮浸し・
ひじき入り肉団子などありがたく食べ終え、大急ぎで出かけた。
もうすぐ店に着くというとき、ふと向こうを見ると「おーい、おーい」
はるか向こうから動く看板のような派手なヒミコさんが歩いてきた。
「おはよう、ヒカル。どうせここで逢えたんだから同伴にしましょうか?」
今日は、蛍光がかった黄色いロングヘアーをふあふあにカールさせて、
50m離れていてもわかるだろう羽のような付け睫毛をして、
重くて肩凝りしそうなネックレスを付け、薄紫のロングドレスをまとっている。
即席同伴ってことで、光はヒミコさんと腕を組んで店の中に入った。
「ようこそ、ノーティ・ボーイズへ」
44 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/19(金) 23:06:53
店の中に入るとやはり少し緊張したが、昨夜ほどではない。
−あれ、俺、昨日とは違う。
店にはまだマキさんとリュウイチさんしか居なかった。
ヒミコさんはたおやかな動きで昨夜と同じように奥のテーブルに座ると、
「あなたも座りなさい」
ヒカルに笑いかけながら言った。
リュウイチさんがロマネコンティとデカンタグラスをふたつ運んできた。
「ヒカルに話があるから、ふたりにしてちょうだい」
−きた−
ヒカルは背筋が寒くなった。
TBC
45 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/19(金) 23:16:40
「口説くんじゃなくってよ。安心なさい。まずは乾杯しましょう」
本当に不思議な人だとヒカルは思った。
ヒカルが二口目のワインを飲もうとグラスに手を伸ばすと、ヒミコさんがピシャリとはたいた。
「ホストは飲まずにお客様を楽しませるのが仕事よ。あなた昨日はかなり飲んだそうね。肝臓壊してすぐに使い物にならなくなるわよ」
そこでシャネルのスーツに身を包んだ中年女性が入ってきてリュウイチさんの方へ近づいていった。
「じゃあ、また後で来るわ。お友達をふたり連れてね」
ヒミコさんは意味ありげに微笑むと、優雅な身のこなしで店から出て行った。
46 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/19(金) 23:39:42
リュウイチさんは、シャネルの女性にひざまづき
「お待ちしていました。こんなに早い時間に来てくれて嬉しいな。
そのぶん何時間も一緒にいれるんですね。12日間も逢えずに寂しかったです」
と、うやうやしくささやいていた。
飼い主を待っていた犬のようなリュウイチさんの目で見つめられて
シャネルの女性は満足そうに、リュウイチさんを横に座らせ
「ごめーん。ちょっと仕事で忙しかったの。
今夜はおわびにドンペリ入れちゃうから、リュウくんすねないの」
と、彼の頭をなぜなぜしている。
TBS
47 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/19(金) 23:59:50
ヒカルがグラスとフルーツを持ってシャネルの席につく。
リュウイチさんがヒカルを紹介してくれたが、
シャネルはヒカルをちらっと見ただけで、ずっとリュウイチさんの
横顔をうっとりととろけそうな顔で見つめている。
色白の頬がうっすら高潮して目が潤んでいる。
中年とはいえ、万田久子のような綺麗な女性で
ホストクラブに来なくても男はいっぱいいるだろうに・・・
自分がホストでありながらついそんなことを思ってしまう。
さっきまでの捨て犬キャラから打って変わって、リュウイチさんは
物思いにふけっているのかシャネルに適当な相槌を打っているだけである。
相手にされないシャネルは光のほうをやっと見て言った。
「シンちゃん達も来たら、ドンペリピンク抜くわ。」
聞き覚えのあるタカピシャな話し方だった。
「シンちゃん達揃ったら、ドンペリピンク抜いてね」
48 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/20(土) 00:10:24
「はい、シンジ登場。」
シンジが明るく登場して、リュウイチさんの物思いも終わり
ヒカルはドンペリのグラスのために席をはずした。
「リュウくんもうスネスネお仕舞いよ〜」甘えた声でリュウイチに言い、
「ドンペリピンク早く持ってきて」あの高飛車な声に変えてこっちに言った。
49 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/20(土) 00:57:09
※書き込みます。
TBC
50 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/20(土) 01:06:18
ヒカルがドンペリピンクを持ってくる間にジョーイも登場した。
シャネルはジョーイに手を振りながら、
「グーッドイブニーング」
と、はしゃいでいる。
ジョーイはなめらかな英語でにこやかに何事か答え、最後に、
「ユア・メイジェスティ」
と、付け足した。
ジョーイが登場してからシャネルのテンションは最高潮に達した。ひっきりなしに英語でジョーイと話すので、隣の客は居心地が悪くなったらしく、30分で帰ってしまった。
ヒカルはシャネルの喋る英語を聴いてハッと気がついた。
−まさか。
TBC
51 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/20(土) 01:13:10
シャネルの横顔が、昼間に教室で見た如月京子准教授の横顔と重なった。
−ハイミス先生だ。
アルコールで少しだけ赤くなったヒカルの顔はみるみるうちに血の気が失せて蒼くなっていった。
−見てはならないものを見てしまった。
−見られてはならないものを見られてしまった。
ヒカルはできるだけシャネル=ハイミスの視界に入らないようにリュウイチさんの後ろに隠れるようにした。
※本日は以上
52 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/20(土) 10:03:03
隣の客がいなくなると、京子のターゲットは再びリュウイチに戻った。
「リュウくーん、これだけサービスしたんだから、今夜はずーっと一緒よ」
「心の中ではいつも一緒ですよ。さあ、楽しみましょう」
それから一時間後。
「でね、学部長が私に高校訪問しろっていうのよ……これはオフレコよ」
「永遠の秘密ですね」
京子は出来上がり、話は愚痴に変わっていた。
「私を何だと思っているのかしら……私、学生集めのためにこの仕事に就いたんじゃない」
「わかります。今は大学は冬の時代。せめて、ここだけでも春にしましょう」
「そうね。アナタ。そう、隠れていないでグランダム持ってきて」
ヒカルに声がかかった。
「かしこまりました」
TBC
53 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/20(土) 10:14:27
「私、本当はグランダムが一番好きなの、何故だか分かる?」
「偉大なる婦人、でしたね」
「そうよ。偉大なる村上龍の小説に出てきたお酒……私、本間萌子になりたい」
「わかります。では、偉大なる婦人に乾杯!」
「乾杯!」
「偉大なる婦人にふさわしいのは誰かしら?」
京子がリュウイチの目を熱っぽく見詰めた。
「私たちは永遠の恋人ですよ」
「リュウくん……」
「明日のランチはご一緒しましょう」
「本当?私嬉しい!」
漸く京子は満面の笑みでリュウイチさんに見送られていった。
「ありがとうございました」
ヒカルは京子を見送ってホッとしたのも束の間、
−困ったことになったな。
そう思っていた。
TBC
54 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/20(土) 10:25:45
閉店の一時間ほど前になって再びヒミコさんが店を訪れた。ふたりの「友達」を連れて……。
「こんばんミー」
「よろしこー。シンちゃん、サックス聴きに来たわよー」
「オカマのカモメでーす」
「クマでーす」
ヒミコさんのお友達は普通の女性と見分けのつかないカモメとマッチョでオネエ系のクマだった。
丁度、店に戻ってきたリュウイチさんが、クマの胸のあたりを人差し指でツンと押すと、
「クマちゃん、今夜もビューティフルー」
などと言っている。
−一体何をやっているんだ……。
ヒカルは思った。リュウイチに対してではなく自分のことだ。
※本日は俺からは以上だ朋輩
55 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/21(日) 07:22:26
−やっぱり、俺、この仕事に向いてないのかもしれない……。
内面にあった「誇り」が、この時ばかりは萎えてしまった。
しかし、妹の絢香の顔が頭を過ぎって、俺がしっかりしなくちゃと思い直す光−いやヒカルであった。
TBC
56 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/21(日) 07:32:46
テーブルに着いたクマが不意に、
「今日は暑いわねー」
といいながら頭に手をやると、髪の毛全体が宙に浮いた。
「えっ!」
ヒカルは自分の目を疑ったが、紛れもなくクマの髪の毛はカツラだった。
「やだもう、クマったら!ワルイコ!」
カモメもリュウイチも、シンジもジョーイも皆が爆笑した。
−ハゲだ。ハゲのオカマだ。
ツルツルの頭になったクマは一瞬でオネエサマから悪役の女装レスラーになった。
「シンちゃんのテナー、早く聴かせてちょうだいよ」
「リクエストはあるの?」
「今日は何でもいいわ」
※俺からは以上だ朋輩
57 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/21(日) 20:40:40
「イエスタディ」から始まった。昨日。
昨日か・・・そうだ昨日ヒカルはこの道に入った。不思議な世界に。
それから映画のDVDで聴いたことのある曲「煙が目にしみる」が2曲目だった。
この曲はヒミコさんのお気に入りらしい。ヒミコさんは、曲が始まるとすぐに
「おひねりよ」と言って数枚の万札をシンジの胸ポケットに入れに行った。
シンジの両頬の締りはすごく、離れてみても腹や胸が大きく膨らんだり
しぼんだりしている。肺活量がかなりいるだろうなと思う。
「テイク・ファイブ」「オール・オブ・ミー」と続け
「枯葉」で締めて、シンジはお客を魅了しうっとりさせた。
拍手にテレながら席に戻ってきたシンジに
オネエサマ3人から熱い抱擁と賛美の言葉があった。
「枯葉いいわ。今は枯れる毛もなくはげ山だけれど、いいわー」
「シンちゃん素敵」「シンくんほれるわ」「シンジいいわぁ」
シンジのどこにこんな力強さや淋しさ・甘さがあったのか、
しびれるとはこういうことなのだろうと、ヒカルも思った。
こんな演奏を聴けるのだから、ここの仕事はそれだけ取っても悪くない。
オネエサマ3人衆はこのあとショーパブに遊びに行くらしい。
マキさんとジョーイも引っ張られて一緒に出て行った。
ヒカル達も誘われたが、今夜はサックスの余韻に浸っていたい。
リュウイチさんは、明日のランチの約束をした京子さんに電話している。
ヒカルは無意識のうちに髪の毛を引っ張りつつ想いにふけった。
それにしても、あのオツボネハイミス講師が厚化粧とは言え
きれいなセレブに変身していたのは驚愕の出来事だった。
58 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/21(日) 20:57:29
そのころ夕香は塾のアルバイトを終えて帰宅していた。
ここのところ光のことが心配で堪らない。
久しぶりにお昼を一緒にしたときも光は夕香や姉のことを
心配してくれていつものように優しく、
なじみのウェイターに冗談言ったりして明るく振舞っていた。
ただいやに右側の壁側に顔をそむけていた。
あまり不自然なので、夕香が気をつけて見てみると
光の右耳のやや後ろ上に10円玉くらいのハゲがみつかった。
夕香は胸が痛んだ。
「きっと心労に違いない。
私が力になってあげたい。
妹さん%
59 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/21(日) 21:07:33
妹さんに連絡とってみようかしら。
そうだ、お料理作って励まそう。
お弁当とか」
光を心配するあまり夕香は忘れていたが
夕香はいまだに目玉焼きも作れない。
もちろんゆで卵なら作ったことはあるのだが、
それさえ30分もゆでていやに硬かった。
60 :
3:2008/09/21(日) 22:05:15
※翌朝書き込みます。
61 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/21(日) 22:32:48
62 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/22(月) 00:37:53
翌週の水曜日のお昼ごろ、光は日比谷公園の噴水のところで夕香と待ち合わせていた。
今日はホストの仕事も休みだ。官庁街が近いせいか背広姿のサラリーマンが近くのベンチに座っている姿がちらほら見かけられる。
「ごめーん、待った?」
「5分位かな。昼飯はマリオンの下のイタメシ屋でいい?」
「今日はお弁当作ってきたの」
光は夕香の言葉に、思わずひざまずきそうになった。
空いているベンチに並んで腰掛ける。夕香はどんな料理を作ってきたのだろう。
弁当箱のフタを開けるとチラシ寿司だった。
「本を見ながら作ったの。光の口に合えばいいけれど……」
「夕香が作った料理がまずいわけないだろ。いただきまーす」
笑顔で一口目を食べた光はむせかえりそうになったが、辛うじてこらえた。
−なんだこのチラシ寿司。酢が異常にきついぞ。
隣の夕香を見ると平気な顔で食べている。
−よく食べられるな。でもせっかく作ってきてくれたのだから……。
TBC
63 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/22(月) 00:49:51
光が辛抱して食べていると梅干しが出てきた。
−う、梅干し!チラシ寿司の中に。
一番下には海苔が敷いてあった。
−逆ノリ弁かよ!
それでも何とか食べ終えると、夕香が微笑みながら訊いてきた。
「どうだった?」
「うん。おいしかった。また作ってきてよ」
「本当?じゃあ今度はハンバーグ作ってくるね」
−ハンバーグなら多分もう少しはましだろう。
光は少しだけ安心した。
「じゃあいこうか」
光と夕香は手を繋いで銀座方面へ歩いていった。
この日は映画を観ることになっていた。
夕香のお気に入りのアメリカのテレビドラマが映画化されたのだ。
内容はニューヨークを舞台に繰り広げられる3人の女性の友情と恋を描いたラブコメディだった。
※俺からは以上だ朋輩
64 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/22(月) 18:31:32
「セックスアンドタウン」は人気映画「セックスアンドシティ」の続編で、
ニューヨーク郊外の田舎からニューヨークに出てきた3人娘のラブコメだった。
もっとも光は腹が痛くなってあまり集中して見られなかったのだが。
映画館から出て銀座の鳥金に焼き鳥と釜飯を食べにいくことにした。
夕香と二人、ウィンドウショッピング気分でブランド品を
ああだこうだと言いながら眺めてぶらぶら歩いていると、
はるか向こうから「おおーい、おおい」と叫びながら派手な看板のような
人間が3人走ってくる。
やばい!! ヒミコさんだ。クマさんとカモメさんも居る。
光はすばやく夕香の手を引くと、すぐ横のブランドショップに入った。
65 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/22(月) 18:42:50
「光、どうしたの?」
「いや、夕香に似合いそうだなと思って…」
「えー、ここ高いんだよ。そんな無駄遣いできないでしょ」
お店の人がすかさず近づいてくる。
「あっ、夕香さん。今日はボーイフレンドと一緒ですか?
先週お母様お買いになったトートバッグ、さっそく持ってくれてますね」
「ええ、ママから借りてきちゃったの。」
どうも夕香のファミリーはこの店のお得意さんらしい。
TBS
66 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/22(月) 18:57:09
夕香の父親は国会議員をしていて、夕香の母親は
テレビにも出演している有名な料理研究家なのだ。
料理研究家の娘の弁当を食べるという光栄に預かった光だが、
逆ノリ弁ちらし寿司梅干弁当を食った衝撃はまだ続いている。
「へんねぇ。ぼくちゃん、確かこの辺にいたはずよ」
「せっかく鳥金に連れて行ってあげようと思ったのにぃ」
ヒミコさん達の大声がなんとここまで聞こえる。
ガラスごしに見ていると、しばらくうろうろしていたオネエサマ3人衆は
派手な和服姿をシナシナさせて、鳥金のある小路に消えていった。
67 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/22(月) 19:25:44
68 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/22(月) 23:32:38
-この頃ずっとお兄ちゃんと入れ違いだ
綾香の置いていく料理は綺麗に食べてあるけれど
お兄ちゃんとの会話は全然なくなった。
今日だって印刷会社のアルバイトないのに、
夕香さんとデートに行ってしまった、、、
光の妹綾香はこのところずっと体がだるかった。
慣れない家事や環境の変化のせいと思っていたが、
さっき体温計で計ったら微熱があった。
-買い物に行かなくては、、、
綾香はふらふら外に出て行って、公団の入り口で倒れた。
69 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/22(月) 23:38:22
救急車で運ばれた綾香はすぐに検査された。
「貧血起こしちゃったよ」
と、かけつけた光に明るく言っていた綾香だった。
その後、光は医師から、「綾香さんは白血病です」と告げられた。
光は迷った末、父の新家庭と母の新家庭に連絡した。
70 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/22(月) 23:48:28
あの日ヒミコさんを避けるため鳥金に行くのをやめて、
光の部屋に向かう途中に連絡が入ったのだ。
夕香も一緒に病院に行き、綾香を見舞った。
夕香は「晴香姉さんがあんなことしなければ、
綾香さんは無理しなくて良かったのにごめんなさい」と
何度も光に謝った。
71 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/22(月) 23:55:36
改名
香がつく人が多すぎるので突然ですが改名しませんか
夕香⇒優花
晴香⇒春奈
妹の綾香はそのままで
72 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/23(火) 00:17:12
>>71 了解です。ただ、自分が書き込むと荒れそうな予感がするので、しばらくromしてます
>>64 できれば書き込んでください。面白いので
>>67 爆笑してないで、スレに貢献して下さい
がんばれ
73 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/23(火) 00:35:08
優花の涙を見て、お弁当の恨みは消えてしまった。
綾香のことで頭がいっぱいな光だが、
時々覗いている2ちゃんのポエムスレに
優花のオリジナル弁当への賛歌を書いてみた。
もちろん本音で書いたので優花には見せれない。
74 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/23(火) 00:46:01
ごめんなさい。
妹は
絢香でしたね。
75 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/23(火) 20:44:31
初めて食べた君の手作り弁当
日比谷公園のベンチに座って
僕らは仲良く弁当を食った
太陽の照明で、小鳥のBGM
「おいしい」って言ったらちょっぴり照れたね
きれいな彩りの散らし寿司、酸っぱくて目が覚めたよ
梅干まで丁寧に隠してあるブラボー
最後までいったら底に敷いてある海苔
逆海苔弁散らし寿司梅干おまけ付き優花オリジナル弁
きみの素敵で個性的味覚な弁当を思うたび
「僕しか食えないな」って思うんだ
だから一生僕が食うよ。
君の素敵なオリジナル弁当。
光
76 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/24(水) 09:46:55
その週の金曜日、久しぶりに大学へ行くと、光は掲示板に向かった。他にも数人の学生がいる。
自分が受ける講義の掲示をチェックしてゆくと、
「如月京子君……休講」
と、あった。
−ハイミス先生、休みか。珍しいな。
午前中、英語による経済学の講義を受けると、光は先日、優花と食事をしたレストラン「ピノッキオ」に寄った。
妹の絢香が信濃町の付属病院で待っているので、待っているので長居はできない。
TBC
77 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/24(水) 09:56:33
光はなじみのウェイターにエスプレッソを注文した。
あの日、絢香の急を聞きつけた両親がやってきて、光と絢香に平謝りして、彼らにマンションを買い与え、学費・生活費全て面倒を見ると申し出てきたが、光は断った。
ただ、絢香の治療費と入院費用、学費だけは父親に払ってもらうことで話がついた。
−勝手なもんだよな。捨てたかと思えば、手のひら返したように……。
「今日はおひとりですね。浮かない顔をしているみたいですが、何かあったんですか」
ウェイターがエスプレッソを運んできて光に尋ねた。
78 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/25(木) 09:12:16
光は話すべきかどうか迷ったが、ウェイターの心配そうな顔を見て本当の話をすることにした。
「そうだったんですか。それはお気の毒に……」
「妹が不憫です。親に捨てられた上にこんなことになって」
「お客さん、でも希望を捨ててはいけませんよ。ここだけの話ですが私の弟も白血病だったんです」
「なんですって?」
「小学校の六年までしか生きられないと診断されたのですが、今も元気にしています」
「……」
「一時は体中がパンパンに膨れ上がって、もう諦めていました」
「……」
「でも、治ったんですよ」
「……」
TBC
79 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/25(木) 09:23:53
「実は、私もお客さんと同じように京王大生になりたかった……でもなれなかった」
「……」
「でも、私は弟が元気になっただけで充分満足なんです」
「それは……」
光には返す言葉もなかった。
「いいですか、希望を捨ててはいけません。妹さんはきっとよくなります」
「ありがとうございます」
「またのお越しをお待ちしております。どうかお大事に」
それだけ告げるとウェイターは仕事に戻った。
光は彼が何故この店でウェイターの仕事をしているのかがわかったような気がした。
自分が今いる立場になりたくて果たせなかった人々がどれだけいるのだろう−そんなことを考えながら、光は田町駅の改札を通り抜けた。
80 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/26(金) 07:01:39
光は一旦都営住宅に戻ると、絢香の着替えやタオルなどを用意して、
それから総武線に乗って信濃町で降りた。病院は駅のすぐそばだ。
「絢香、着替え持ってきたよ」
絢香の容体は落ち着いているように思われた。
「ごめんね。お兄ちゃんにこんなことまでさせて……」
「困った時はお互い様だろう。気にしないでしっかり治せ」
絢香には、まだ彼女が白血病であることは告げていない。
「あと三日くらいで退院できるかなあ。退院したら、またチキンカレー作ってあげるね」
「そんなことはいいから、今はしっかり養生しろ。楽しみにしているから」
TBC
81 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/26(金) 07:10:59
「お兄ちゃん、食事はどうしているの?」
「自炊したり、優花が手伝ってくれたりしている。心配するな」
光は午後五時まで絢香に付き添った。
「じゃあ、仕事があるから。明日、またくる。きっとよくなるからな!」
「行ってらっしゃい」
絢香は精一杯の笑顔で、光を見送った。
光はそれが痛々しくて、見ていられなかった。
後ろ髪を引かれるような思いで、光は病院を後にした。
今夜も「ヒカル」になって仕事をしなければならない。
82 :
3:2008/09/26(金) 22:07:44
>>1 さん、このスレ見ているのでしたら、書き込んで下さい
よろしくです
83 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/27(土) 00:18:46
光が店に出勤すると、ヒミコさんと一緒にリュウイチさんが奥のテーブルに座って頭を抱えていた。
おかしいと思って近寄ると、ヒミコさんが制止したので、入口に立って客を待っていた。
後で聞いた話では、リュウイチさんは先週の土曜日に如月京子と一緒に昼食をとったときに結婚を迫られたそうだ。
実はリュウイチさんは既婚者で、追い詰められた挙げ句、つい、そのことを京子に打ち明けてしまったということだった。
光は、その話を聞いて、京子が休講した理由が分かったような気がした。
TBC
84 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/27(土) 00:26:04
その日初めての客が、ノーティ・ボーイズを訪れた。
「ようこそ、ノーティ・ボーイズへ。ご指名はございますか?」
光が訊くと、その若い女は微笑んで、
「ええ」
と、答えた。
「どのホストでしょうか?」
「あなたよ」
「えっ?」
「忘れたの?初めてのお客のこと」
「あー……ありがとうございます。どうぞこちらへ……」
客の女はミキと名乗った。
85 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/27(土) 02:07:20
はげはセックスもしくはオナニーのしすぎ
まあそんだけすばらしい精力のもちぬしなのだ
86 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/27(土) 10:39:13
席についてグラスとフルーツが運ばれてくるとミキは話を切り出した。
「ヒカルは彼女はいるの?」
「はい、……いいえ、いません……」
ミキは初めて店を訪れたときのようにはしゃぐと、
「ウソのつけないコね。私、あなたみたいな人好きよ」
ヒカルは仕事に慣れてきたとはいえ自分に感情移入をしてくる客は
初めてだったので、どうあしらったらいいのかわからず、ミキを
もてあましていた。
「ドンペリピンク頂戴」
ミキがオーダーを入れた。ジョーイが持ってくるとヒカルに勧めてグラスに注いだ。
「一気に飲んで頂戴」
ヒカルがいわれたとおりにすると、今度は自分のグラスに注がせて一気飲みをした。
ボトルが空くと、ミキは名刺を取り出して裏に何かを書き込んでヒカルに渡し、
店を後にした。
名刺の裏には「ローテン・プフェルト」という神田のドイツ料理店の名前と、
明日の日付、午後1時と書かれてあり、最後に、
「待ってるわ☆」
と、書かれてあった。
店が終わった後、リュウイチさんに相談すると、
「仕事の肥やしになるから行って来い。ただし、相手が誘ってきても絶対に寝るな」
という返事が返ってきた。
―仕方ないか……。仕事のうちだもんな。
店から家に帰る途中、携帯を取り出すと優花からメールが届いていた。
「印刷工場のアルバイトお疲れ様!土曜日は光の誕生日だね。
神田の四省堂の下の地下にある『ローテン・プフェルト』っていう
お店を予約したから、明日の午後1時に……」
光は優花からのメールを見て、全身から血の気が引いてゆくのを感じた。
7時になると光は優の携帯に電話を入れた。
「おう。なんだよこんな時間に?」
「頼みがあるんだ。8時までに来てくれ。新宿のアルタの横にある喫茶店『ボム』の前で待っている」
「何なんだよ。わかんねえよ」
「幼馴染の一大事だ。とにかく来てくれ」
光は一方的に電話を切ると、待ち合わせの場所に向かった。
8時丁度に優がやってきた。
「一体、どうしたんだよ」
「移動しながら説明するから。とりあえず散髪だ」
「散髪って……俺、昨日行って来たばかり……」
開いている散髪屋を見つけて入ると、
「こいつと同じ髪型にしてください」
優を指差して光は店員に頼んだ。
9時ごろに散髪は終わり、優と光るは双子のように見分けがつかなくなった。
散髪が終わると光と優は伊勢舟百貨店の前で開店時間を待った。
「えーっ。俺にそのミキさんっていう人とデートしろってことなの?」
「頼む。この任務を遂行できるのは君しかいないんだ」
「やだよ。俺、やっと彼女ができそうなのに」
「そこをなんとか……」
優は思案すると、
「よし、わかった。幼馴染の一大事だ」
「やってくれるか、優?」
「その代わり、今度の合コンは必ず来ること。いいな」
「すぐるー。やっぱり持つべきものは幼馴染だ。喜んで合コン行くよ!」
伊勢舟で同じスーツを買うと、光と優は着替えて神田に向かった。
代金は優がクレジットカードで支払った。もちろん立替だ。
TBC
光と優はなんとか1時ぎりぎりに「ローテン・プフェルト」に到着した。
入口の自動ドアの横で中を覗き込んで光が優に教える。
「優花は手前のテーブルでこっちを向いて座っている娘で、ミキさんは……あそこだ。
先の方のテーブルに座って横顔を見せている。横に大きなバッグを置いているあの人な」
「おい、間違いないんだろうな?今度の合コンは絶対に来いよ」
「わかってるって。それよりお前は今から一時間俳優のタカクラケソみたいに
無口でクールな男な!余計なこと喋るなよ!じゃあ頼んだぞ」
光が先に店に入った。
「光、遅かったじゃない」
何も知らない優花が無邪気に光を迎えた。優は優花に背を向けて、横歩きでミキの席まで移動した。
「ヒカル、遅かったじゃない」
ミキの方も事情を知らない。
―優花のテーブルの方では……。
「光、ここのビールとってもおいしいの。ヘニンガーっていうんだって」
「優花、ビール苦手だったんじゃないの?」
「今日は光の誕生日だし、わたし、ここのビールは不思議に飲めるの」
ほどなくウェイターがビールを運んできた。
「カンパーイ!……ん、これ、うまいよ。日本のビールとは違うね」
「そうでしょう。……光、料理頼んでいい」
「任せるよ」
―ミキのテーブルの方では、
「ヒカル、ここのビール、ヘニンガーっていってとってもおいしいの」
「……」
「あら、今日は特に無口ね……緊張しているのかしら?」
「……」
「とりあえず、ビール頼むわね」
そう言うと、ミキはウェイターに向かって右手を上げた。
TBC
―十分後……。
光は優花に、
「ちょっとトイレに行って来る」
と、言って席を立った。
優はミキに、無言で右の掌を見せると席を立ってトイレに行った。
「おい」
「なんだよ?」
「綺麗なオネエサンじゃねえか。俺、喋ってもいい?」
「ホストクラブの話になったら『その話はよしましょう』って言ってシラを切ってくれ」
「わかった。お前の仕事、結構楽しそうだな」
「お前もやるか?」
「考えてみる」
光も優も少し気が大きくなっていた。
―ミキのテーブルの方では……。
「お待たせしました」
「あら、やっと喋ってくれたのね」
「いやー。実はトイレ我慢していたんです」
「そんなのさっさと行ってくればいいのに。ヒカル、気を遣いすぎよ。乾杯しましょう」
「カンパーイ」
―優花のテーブルの方では……。
「優花、お待たせ」
「光、……あの」
優花がハンドバッグの中から丁寧にラッピングされた箱を取り出した。
「プレゼント。……光、誕生日おめでとう」
「そんな、いいのに。優花の誕生日には何にもできなかったのに……」
「人生、良いこともないとね!」
「ありがとう……優花」
光が包みを開けると、ブランド物の腕時計だった。
TBC
―さらに十分後……。再び、光と優はトイレにいた。
「これ、めちゃくちゃおもしれえよ」
「そうか?」
「今度は、相手とっかえっこしようか?」
「さすがにそれはマズイだろう」
「いいからいいから。言うこと聞かないと、俺かえっちゃうよー」
「わかった。わかったからボロだけは出してくれるな」
そして、十分おきにトイレで会っては入れ替わり、互いの相手を取り替えていた
光と優であったが……。
―優花のテーブルでは。
「ミキさんお待たせ」
「えっ?」
―ミキのテーブルでは。
「優花、お待たせ」
「優花って、誰よ?」
光と優の顔は、ほぼ同時に真っ青になった。
優が、ミキを連れて光と優花のテーブルまでやってきた。
「つまり、こういうことなんです……」
光はうなだれている。うなだれている光の髪の毛が白くなり、まとまった量が抜け落ちて
床に散らばった。
TBC
「光、双子だったの?」
「いや、俺はこいつの幼馴染で優っていいます。渡瀬大の三年ね。よろしく」
優は優花に名刺を差し出した。優花が名刺を食い入るように見ているとミキが、
「私にも、名刺ちょうだい」
と、言って優に自分の名刺を差し出した。
「優花、ごめん……。調子に乗りすぎた」
「この人は?」
「ミキさんっていって、俺のお客さん……」
「お客さん?印刷会社の?」
優花の言葉にミキは手で口を隠してホホホと笑うと、
「お嬢ちゃん、ヒカルは印刷会社じゃなくてホストクラブで働いているのよ」
と、言った。
優花はあまりの衝撃に言葉もなかった。
「じゃあ、私はこの優クンとデートしてくるから。あ、お会計お願いします」
ミキは優を引きずるようにして店から出て行った。
「ミキさん、ミキさん、そんなに引っ張らなくても俺、ついていきますから
それにしてもその大きなバッグの中、何が入っているんすか?」
「もうすぐ見せてあげるわよ。楽しみにしていなさい」
ミキは上機嫌だった。ミキが向かっていったのは湯島の方角だった。
92 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/28(日) 05:44:37
「光、一体どういうことなの?」
「新宿の町を歩いていたら、ホストクラブの人にスカウトされて……」
「それでホストになったっていうの?」
「ごめん。だますつもりはなかったんだけれど優花に余計な心配をかけたくないと思って……」
「ホストって、女の人をだます仕事でしょ?私のこともだましてきたの?」
「そうじゃないって……」
「五年前からだましてきたの!?」
「……」
「私、もう帰る!二度と私の目の前に現れないで!あ、お会計お願いします。
このハゲのクズの分も一緒に」
それだけ言って代金を払うと、優花は店から立ち去った。
光は、「ちくしょう!」と叫ぶと、まだビールの残っているグラスを床に
たたきつけて店をあとにしたが、優花のあとは追わなかった。
93 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/28(日) 08:22:14
それからしばらく経って、ミキと優は湯島にあるとあるラブホテルの一室にいた。
優はやや興奮気味だ。
「ミキさん……俺、こんなところに入るの初めて……会ったばかりなのに……」
「いいからいいから。先にシャワー浴びてきて!」
優はふらふらと浴室に向かった。あんなことやこんなことを考えながらシャワーを
浴びていると、優は……。
「ミキさんお待たせ!じゃあ、とりあえず一発……」
たくましくなっていた優はミキの姿をひと目見て萎えた。
腰に巻いていたタオルがハラリと落ちて、優は素っ裸になった。
「早くこっちにいらっしゃい!何をグズグズしているの、このオス犬!」
そう言うと、ミキは手に持っていた鞭をベッドに振り下ろし、ピシャリと鋭い音を立てた。
ミキは革製の黒い下着を身にまとい、目のところにはやはり黒いバタフライをつけていた。
―じょ、女王様だ……。
優がベッドの上に目を向けると、あんな道具やこんな道具がばらまいてあった。
「お、俺、帰ります!さようならー!」
優は浴室から自分の服を全て引っつかむと、青い顔をしてドアの外に出た。
その間わずか10秒だった。
ミキはチッと舌打ちをすると、
「あせりすぎちまったい」
と、言った。
94 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/28(日) 08:44:02
優花は泣きながら歩いていた。電車に乗って、自宅に戻りしばらくするともう夕方だった。
―今頃光はホストの仕事をしているのかな?
光のことを怒っていないといえばウソになるが、頭を冷やして考えてみれば、
今の光の立場ではホストの仕事をすることも仕方がないのかもしれない。
優花は無性に今の自分の気持ちを誰でもいいから誰かに伝えたい衝動に駆られた。
しかし親に話すわけにはいかない。自分の部屋にあるパソコンを起ち上げると
2ちゃんねるを検索して、適当にリンクを押してゆくと、とある掲示板の、
「どんな質問でも誰かがマジレスするスレ」
というスレッドに辿りついた。優花は書き込んだ。
「私、恋人を傷つけてしまって後悔しているんです。どこか叫べるところはないですか?」
5分後に優花がそのスレッドを見てみると、回答が書き込んであった。
「ここに行きなされ」
とレスが書き込んであり、
「2chスレ」
と、リンクが貼り付けてあった。そこをクリックすると画面が別のスレッドに
移動した。ポエム関連のスレッドのようで、たくさんの詩が書き込まれていた。
優花は始めの方から順に書き込まれた詩を読んでいった。
優花がそのスレッドを見ていくと、さまざまな書き込みがあった。
ふざけた内容のものから、ごくまじめな内容のものまで実に色とりどりの内容だった。
しばらくの間ひとつひとつ丁寧にみてゆくと、あるひとつの詩が目にとまった。
「初めて食べた君の手作り弁当……」
優花が目をこらして見てゆくと、
「……だから僕が一生食うよ。君の素敵なオリジナル弁当。」
もしやと思って優花が一番下の方を見ると、
「光」
と、書いてあった。
―光だ……。
優花は冷え切っていた心の中が暖かくなってゆくのを感じていた。
―そうだ。お弁当を作って、光と一緒に食べよう。そのためには……。
優花は昼間、優からもらった名刺を探し出すと優の携帯に電話をかけた。
「もしもし。こんばんは」
「もしもし。どなたですか」
「あの、光の友人で紫野優花といいます……お昼はごめんなさい」
「ああ、優花ちゃん?光に言っといてよ。お前とは当分会わないって」
「はい。あの、それで、光の勤めているホストクラブってどこかわかりますか?」
「ああ、たしかノーティなんとかって言っていたよ。jシティページで調べたら
ヒットするんじゃないかな」
「ありがとうございました」
優花は電話を切ると、検索サイトで、
「ノーティ」
という言葉を入力し、調べ始めた。
TBC
ヒカルは気分がすぐれなかった。
店に出勤すると、マキさんの提案でカツラをかぶって仕事をすることになった。
土曜日の夜は瞬く間に過ぎていった。
その日もヒミコさんがクマさんとカモメさんを連れて閉店の1時間前に来店した。
「シンちゃーん、サックス聴きにきたわよ。今日はスペシャルコースよ」
カモメさんが陽気な声で言うと、シンジの顔色が変わり、
「勘弁してくださいよ」と、言った。
「大丈夫よ。マキさんと連係プレーをとればサックスは無事だから」
「サックスが無事でも俺の方が無事かどうか……」
ともあれ先週と同じようにシンジの演奏が始まった。
一曲目は「煙が目にしみる」だった。ヒミコさんが無言でおひねりをシンジのポケットにねじ込んだ。
演奏が終わるとカモメさんが叫んだ。
「『スモーク・ゲッツ・イン・ユア・アイズ』といえば?」
ホストたちが声をそろえて答える。
「ゲーッツ」
「ゲッツ(gets)といえば?」
「スタン・ゲッツ(Getz)」
「スタン・ゲッツといえば?」
「デザフィナード!」
カモメさんがシンジの方を向くと、シンジは蒼ざめた顔で演奏を始めた。
脂汗をたらしている。シンジの横ではマキさんがニヤニヤ笑いながら立っている。
「ヒカル、危ないからこっちへ……」
ジョーイが声をひそめてクマさんの横に座っていたヒカルをソファの端のほうに連れて行った。
「?」
ホストと客を見ると、奥のテーブルに座っているクマさんを皆が注視している。
TBC
クマさんはじっと目を閉じてシンジの演奏に聴き入っていたが、しばらくすると顔色が変わり、ワナワナと震えはじめた。
「ヒカル、こっちへ!」
ジョーイがヒカルの手をつかんで引き寄せ、テーブル席から避難したのと同時にクマさんが動いた。
「シンちゃあん!」
巨体のオネエサマがソファからひらりとテーブルを乗り越えると、シンジは瞬時に演奏を止めて、
サックスを横にいたマキさんに渡し、向かってくるクマさんをかろうじてよけた。
「シンちゃあん!」
クマさんは涙を流しながらなおも執拗にシンジを追いかけ、ついにシンジを押し倒した。
「シンちゃあん!シンちゃあん!」
クマさんが床の上に押し倒したシンジの顔に熱烈な接吻をする様子をヒカルは脂汗をたらして眺めていた。
マキさんはなにごともなかったかのように控え室のほうにシンジのサックスを無事に仕舞って戻ってきていた。
「クマさん!クマさん!もう終わったよ!」
クマさんはハッと我に返ると、
「あら、シンちゃん……またやっちゃった……はずかしー」
「次からシンちゃんが演奏するときはクマだけオリの中に入れとかないとだめね」
カモメさんが笑いながら言った。
店の中は何事もなかったかのように、再び普段どおりの光景に戻っていた。
TBC
後でヒミコさんから聞いた話では、「デザフィナード」という曲にはもともと
歌詞があって、なんでも不器用な人間のことを歌った歌だそうだ。
この曲を聴くと、クマさんは昔の苦い失恋のことを思い出してしまって、われを忘れて
あんな風になってしまうとのことだった。
その日の仕事も無事に終わった。
ヒカルはカツラを外して服を着替えると光に戻った。
店の外に出ると、優花が待っていた。
「優花?」
「光、さっきはゴメン。ひどいこと言って……お弁当作ってきたの」
「……」
「一緒に食べよう。公園で」
光と優花は新宿御苑に向かったが、まだ開園していなかった。
その次の金曜日の午後、優花と一緒に彼女の手作り弁当を食べ終えると、
「じゃあ、俺、次の講義ハイミス先生だから」
そう言って優花と別れた。
始業の5分前に教室に入ると、まだ如月京子は来ていない。
―変だな?今日は休講じゃないはずなのに……。
始業のベルが鳴ると、学生がざわつき始めた。
それから10分近くが経って京子がシャネルのスーツに身を包んで登場するとそれまでざわついていた学生は
シーンと静まり返った。
京子はもうメガネはかけておらず、丁寧に化粧をしていた。
「当分の間は、出席はとりません」
京子が口を開くと、学生たちから歓声が上がり、拍手が起こった。
光は学校の帰りに優花とともに絢香を見舞うと、比較的元気そうな妹の姿にほっと胸をなでおろした。
不安がないわけではないが、医師を信頼するしかない。
事実、治癒した人の話も聞いた。治る可能性にかけるしかない。
その日も夕方の5時まで絢香に付き添うと、仕事に向かった。
TBC
100 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/28(日) 13:16:24
その日のこと、金曜日というのに珍しく店内から客がいなくなった。
ヒカルは今しかないと思い、ずっと心の中に仕舞っていた質問をマキさんにぶつけてみた。
「マキさん、ちょっといいですか?」
「なに?」
「前から訊きたくて、聞けなかったけれど……何でこの仕事をしているんですか?」
マキはヒカルの問いかけに初めて出会った時と同じように悪戯っぽく微笑んだ。
「……だって、人生一度しかないじゃない……」
「え、それだけ?」
「そう、それだけ」
店の外では人々が行き交う狭い路地を高級車が時々クラクションを鳴らしながら進んでいる。
「ヒカルはこの仕事、楽しいって思わない?」
「あ、……楽しかった……いや、今でも楽しいです」
「ヒカル、叫ぼうよ」
「え、なんて?」
「ウワァオって!」
「ええっ?」
「いくよ。せーの、いち、に、さん!」
「ウワァオ!」
ヒカルとマキは声を張り上げて叫んだ。ヒカルはその言霊がきっとこの街の空まで届いて、
雲の上のはるかかなたへ突き抜けていったに違いない―そんな風に感じた。
了
ノシ
漁村
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
一両のローカル電車が走ってゆく。
電車の中には一組の男女が乗っている。
目的地の漁村はもうすぐだ。
一組の男女―或る男と或る女は或る漁村にある砂浜に海水浴をするためにやって来た。
駅舎を出て、大きな屋敷の前をとおりすぎて、この小さな漁村には不釣合いとも
思われる巨大な、横長の市場の建物の横をとおり過ぎて歩いてゆくと五分ほどで
砂浜にたどり着いた。
岩陰で水着に着替えて、砂浜の上にレジャーシートを広げて、その上に荷物を
置くと、女は歓声を上げて海の中へ駆け込んでいった。
波の間から男を手招きする女に手を振って応えると、男は夏の日差しを受けながら眠ってしまった。
女が平泳ぎで先ほど水着に着替えた岩場の方へ泳いでゆくと、
五人の子供たちがやはり泳ぎながら遊んでいた。
女に気がつくと、子供たちは歓声をあげた。
―お姉ちゃん、よそから来たの。
―そうよ。
―じゃあ一緒に遊ぼうよ。
―いいわよ。何して遊ぶ。
―こっち。
子供たちは岩陰の方へ女を誘うと、岩場に上がった。
女が連れて行かれたところは薄暗い小屋の中で、不審に思った女は子供たちに尋ねた。
―こんなところで何をして遊ぶの。
子供たちが一斉に顔を歪めて不気味に笑うと、女は急に後ろから何者かに頭を殴られて昏倒した。
男が砂浜のレジャーシートの上で目を覚まし、あたりを見回した。
女はどこにもいない。腕時計を見るとあれから二時間は経っている。
不審に思った男が砂浜の監視員に訊いてみたが、誰もおぼれた人はいないという答えが返ってきた。
女の特徴を告げると、
―ああ、その人なら、子供たちと一緒にどこかへ行きましたよ。
と、言って例の岩場の方を指差した。
子供たちと一緒ならば大丈夫だろう。男は女が溺れたのではないと知ると安心した。
それから男も海の中で泳いだが、日が西に傾きはじめたので海から
上がると体を拭いて着替え、女を待った。
しかし女は西の方に陽が沈んだ後も戻ってはこなかった。
男はただごとではないと感じ、荷物をまとめると駅前の交番に駆け込み、
居合わせた警官に告げた。
―恋人が行方不明になったんです。
警官は面倒くさそうに女の特徴を聞きだして調書をとるとどこかへ電話をかけた。
電話をかけ終えると、警官は男に訊いてきた。
―ところで、あんた食事はなさったかね。
―いえ、朝食を摂ったきりです。
―それなら、すぐ近くに小料理屋があるからそこへ行きなさい。
正直、警察では今度の件はどうしようもないのだよ。
弁護士の先生がいるはずだから、彼を頼りなさい。
それからくれぐれも、この話を私から聞いたことは誰にも喋るんじゃないよ。
警官に念押しをされて、男は教えられたとおり、交番の近くの小料理屋に入った。
―いらっしゃい。
小料理屋に入ると、店主らしい男が愛想よく迎えてくれた。
カウンターの中にひとりの若い男、髪を短く刈り上げた目の光る男が
いるのに気がついた。カウンターでは警官に教えられたとおり弁護士バッジを
つけた初老の男が刺身をつつきながら日本酒を呑んでいた。
―お兄さんひとりかね。
―ええ、そうです。
―よく、ひとりでこんな町にきなすったね。
―いえ、ふたりで来たのですが……。
―ほう、それでお連れさんは。
男は一部始終を弁護士の男に話した。話を進めていくうちに店主と店員の
顔色がみるみるうちに変わっていくのに男は気がついた。
弁護士は、男が話し終えると、
―それはお気の毒に。
と、言った。
―お気の毒にって、一体どういう事ですか。なにか知っているのでしたら教えてください。
数秒間の沈黙の後、店主が重い口を開いた。
―実はな……。
店主の話はこうだった。毎年、夏のこの日によその町から若い女がやってきて
例の岩場の方へ泳いでゆくことがあれば、見張りの子供たちがその女を連れてゆき、
当番の者に殴らせて気絶させた後、素っ裸にして手足を縛り一晩放置される。
翌日の夜までそうして放置されてから、その女は男たちになぶりものにされた後、
漁船で沖まで運ばれておもりをつけられて海の底に沈められるのだという―。
―なんですって。そんな馬鹿な話があるもんですか。冗談でしょう。冗談だと言って下さい。
店主も店員も弁護士も、男に対して申し訳ないという顔をしてうなだれた。
―仮にもあなた弁護士でしょう。人を助けるのが弁護士の仕事じゃないですか。
弁護士は申し訳ないとひとこと告げると、男に頭を下げて、勘定を済ませて店から出て行った。
男が蒼ざめた顔をして途方に暮れていると、店主が若い店員の方を向いて言った。
―カンイチ、おめえ命は惜しくねえか。
カンイチと呼ばれた店員は目を光らせると、
―もちろんでさあ。お兄さん、及ばずながらあっしが力になりやしょう。
でも少し待って下せえ。お店を片付けるんでね。
男の方へ向き直ってそう言った。
店を片付け終えると、カンイチと男はほおかむりをして、人目につかないように
深夜の漁村の中を歩いていった。カンイチが男を連れてきたのは、砂浜の近くにある
廃屋の小屋だった。
―俺だ。
―えっ。カンイチのあんちゃん、何しに来たんだよう。
見張りをしていた五人の子供たちは、カンイチが入ってゆくとうなだれた。
店主の話のとおり、女は裸にされてさるぐつわをされ、手足を縛られて、
毛布にくるまっており、恐怖心からかぶるぶると震えていた。
―お前ら、こういうことしたら仏様の罰が当たるだろうが。
カンイチが声をひそめて一人ずつ頭をはたくと、子供たちは啜り泣きをはじめた。
―ごめんよう。カンイチのあんちゃん。もう二度としねえでよう。許してくれよう。
―よし。許してやっから、おめえら、ワラを積み上げて別の毛布かぶせて
姉ちゃんが逃げたのわかんねえようにしとけ。
男が腕時計を見ると、午前四時だった。
女と男、そしてカンイチは小屋から抜け出すと、砂浜の近くの市場までなんとか人目につかずにやってきた。
―こっからが正念場でさあ。
カンイチはつぶやくと、市場の扉を開けて中に入っていった。
しばらくの間、カンイチと誰かが土地の言葉で会話を交わす声が聞こえてきた。
すぐにカンイチが出てきて男と女を手招きした。
カンイチについてゆくと、市場の反対側まで続いているベルトコンベアがあった。
―乗りなせえ。
カンイチが先頭に、女が毛布で姿を隠し真ん中に、男が一番後ろに乗ると、ベルトコンベアは動き出した。
―達者でな。
ベルトコンベアのスイッチを押した男が声をひそめて言った。
市場の中は生臭い臭いであふれ、漁師たちが行き交っている。時折、カンイチに声を掛けてくる漁師もいた。
―辛抱だ。
―ありがてえ。
―辛抱だ。
―ありがてえ。
カンイチは声をかけてくる漁師たちに頭を下げていた。
三分ほど経ったろうか、男にとっては永遠に近いような時間が流れ、
要約三人を乗せたベルトコンベアは無事に市場の反対側へたどり着いた。
―あと三分の辛抱でさあ。
カンイチはにこやかに男と女に声をかけた。
―さあ、いそぎやしょう。
三人は小走りに駅へ向かった。
時折出くわす男たちが石つぶてを投げてきた。カンイチは走りながらも器用に
石つぶてを手で受けてくれたので、駅近くの大きな屋敷の前まではなんとか無事に
たどり着いた。
もう、あたりには誰もいない。
駅舎に向かって三人で歩いてゆくと、屋敷の中から大きな声で誰かが呼び止めた。
―カンイチ、お前、こんなことをしでかして、どうなるかわかっちょるんやろうな。
―だ、旦那……。
一瞬、カンイチの顔から血の気が失せたが、次の瞬間、
―この命、捨てた。
カンイチはそう叫ぶと、手振りで男と女に早く行けと合図をして、ものすごい形相で屋敷の中へ駆け込んでいった。
男と女が駅舎のなかへ駆け込むと、後ろから誰のものとは知れない断末魔の叫び声が響き渡った。
男と女は何とか始発の電車に間に合った。
女はまだ毛布にくるまってぶるぶると震えている。
電車が動き出すと、車掌が近寄ってきて、
―おやまあ、無事でよかったねえ。
と、笑いかけてきた。
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
男は目を覚ました。男の恋人が笑みを浮かべて、
「もうすぐ着くよ」
と、言って男の肩をたたいていた。
次の駅で降りると、これ以上ないというぐらいにのどかで平和な漁村の風景が広がっていた。
了
すみません。ちょっと上げさせてください
115 :
名無し物書き@推敲中?:2008/10/30(木) 22:25:13
1です。すみません。
はじめてスレ立てしたのに途中から意味不明ながら
規制に巻き込まれてしまい
書きこめませんでした。
でもたびたび開いては楽しく拝見していました。
新作も不思議な感じの作品で読んでいました。
では、またそのうち一緒に文遊びいたしましょう。
>>115 おお、お久しぶり
後半は、「釣りだったかー」と思って焦って仕上げたせいか、ありきたりな終わり方になって、申し訳ない
「漁村」は、実際に見た夢をもとに書きますた
自分は慶應卒じゃないから本作のほうは苦労しましたよw
今度はもう少しゆるいテーマでお願いしますw
117 :
名無し物書き@推敲中?:2008/11/02(日) 23:50:52
>>116 ずいぶん笑わせてもらったあと、
また違う感じで
怖くて官能的で不思議な作品でした
カンイチさんはそれまでどんな生き方をしてきたのか、
とても気になります
それをテーマにしたいくらいです
>>117 それはなによりでしたw
カンイチの半生については、言われてみれば確かに面白そうですが、かなり想像力を働かさないと難しいと思います
夢の中の話ですからね
でも、もし描きたいのであれば、わたしもおつきあいしますよw
保守
120 :
名無し物書き@推敲中?:2008/12/17(水) 18:03:28
保守&age
121 :
名無し物書き@推敲中?:2008/12/28(日) 22:39:45
カンイチが生きていますように
そしてどこかで幸せな恋をしていますように
122 :
3:2008/12/29(月) 10:28:12
>>121 ありがとうございます。
今、続編の構想を考えております。
>>1さん、続編できたら、書き込んでいいですか?
「はげの光に恋してる」みたいに、リレーにしますか?
そうでなければ、今回も3ひとりで書きます。
リレーにするのならば、プロットのすりあわせをしておきましょう。
よろしくです。
123 :
3:2009/01/06(火) 19:51:08
すみません
続編、途中まで下書を書き付けたのですが、重すぎる話になりそうなので、
一旦白紙に戻します
また、書けるようになれば考えます
(・∀・)
125 :
名無し物書き@推敲中?:2009/01/29(木) 22:56:53
重くても軽くてもOK 活字中毒
>>125 完結できるかどうかわかりませんが、投下してみます。
夢の続き
男と女はその漁村の駅を出るとその日宿泊することになっている旅館へと向かった。
男が電車の中で観た夢の中で歩いたとおり、大きな屋敷の前をとおり過ぎて
坂を下り、市場の建物の横をとおり過ぎて歩いてゆくと、五分ほどで砂浜に辿りついた。
砂浜から続く斜面に沿った細い路地を上ってゆくと、ほどなくその日の宿に到着した。
「ようこそお越し下さいました」
旅館の女将と従業員が、ふたりを着物姿で出迎えた。
男と女がとおされたのは二階の、海に面した部屋だった。
「どうぞごゆっくり」
お茶を淹れて、茶菓子を出すと女将はふすまを閉めて階下へ降りていった。
男の名は仲村史朗、女の名は初村文江といい、三週間後に結婚式を挙げて、
入籍する予定だった。
女将の出してくれたお茶を飲み終えると、文江は、
「泳ぎに行ってくる」
と、史朗に告げて水着に着替え、ビーチサンダルをつっかけると砂浜へと向かった。
史朗は文江を見送ると、窓辺のテーブルセットの椅子に腰かけてしばらくの間
文庫本を読んでいたが、ほどなくうとうととしはじめて、テーブルの上に本を
置くと、すぐに眠りに落ちていった。
眠りに落ちた史朗に、夢の中で誰かが話しかけてきた。
「おにいさん……あっしです」
「おにいさん……あっしです」
「どなたですか」
「気がついてくれなすったね。あっしです。カンイチです。小料理屋の店員ですよ」
「やれやれ、悪夢の続きですか……何か私にご用ですか」
夢の中で史朗が目を開けると、カンイチが向かい合わせで椅子に腰かけて、
史朗の方を笑顔で見ていた。
「御無事でなによりでした」
「無事も何も夢の中の話でしょうに。馬鹿馬鹿しい。それともまだ何か御用ですか」
「いえね。大した用事ではないのですが、あっしの話を聞いていただけませんか」
「何の話ですか」
「いえね。あっしの生い立ちとでも申しましょうか」
「私がそれを聞いて、どうなるというんですか」
「それがおにいさん。あなたにも大いに関係のあるお話でして……」
「身に憶えはないですがね」
「ええ、そうでしょうとも。なにしろおにいさんが生まれるよりもずっと前のお話ですからね」
「そんな昔の話が私にどうかかわりがあると……おもしろい。そういうことであれば聞きましょう」
「ありがてえ。それではあっしが生まれる前、時代は大正のおわりの頃からお話をさせていただきます」
「どうぞ」
大正の終わり……この漁村に鉄道が開通して間もない頃、この村の網元の三女にふみという娘がおりました。
その当時、歳は十八。
大変な器量よしで、縁談が絶えなかったそうでございます。
その、ふみという娘が十八の夏、とうとう縁談がまとまりまして、
隣村の豊かな農家に嫁ぐことが決まってからの話でございます。
八月のはじめですからちょうど今くらいの次期でしょうか。開通
したばかりの鉄道を利用して、ひとりの男がこの漁村に降り立ちました。
その男の名前は、磯村仁。髪は短く刈り上げ、やたら光る眼でまわりにいる者を
誰彼構わず威嚇する――いわゆる入墨者でございました。
この磯村という男、何生にもわたって人を殺め、今生でも都会で人ひとりを
殺めたあと、この漁村に逃げてきたところでした。
この村にも「荒くれ」といわれる者はおりましたが、この磯村という男には
誰ひとり手出しのできる者はおりませんでした。
おかしな話ですが、この磯村という男も、その日、この宿のこの部屋に泊まった
そうでございます。
ちょうどその晩のことでございます。
網元の娘、ふみは親が止めるのも聞かず、陽が暮れてからひとりで砂浜へ散歩に出かけました。
そして、ちょうどその頃、磯村も酔いを醒ましに砂浜に散歩に出ておりました。
「……こんばんは……」
「おやまあ。これは驚きだ」
ふみが足早に磯村の脇をとおり過ぎようとしたとき、磯村はふみの腕をつかみました。
「なにをするだ」
「こいつは上玉だ。ちょうどいい。冥土のみやげ話ができるってもんだ。こっちに来いや」
磯村はいやがるふみを引っ張って、岩場の方へ連れていきました。
それから約一時間後、ふみは岩場の陰で気を失っておりましたが、「オーイ、オーイ」
という声で目を覚ましました。磯村の姿はすでになく、ふみの着物の前ははだけられた
ままでした。ふみは起き上がると急いで着物を直して、砂浜の方へ歩いてゆきました。
あまたの提灯が砂浜の上を行き交っている様子が目にはいったそうです。
自分の身に何が起こったのかを悟り、再び気を失いそうになったとき、ふみの
目の前に提灯の灯りが飛び込んできました。
提灯の持ち主は網元の下男の三郎という者でした。
「いたぞー。お嬢様が、いたぞー」
三郎はふみを見るなりそう叫んだそうです。すると、砂浜の上のあまたの提灯が
一斉に向きを変えてこちらへ向かってくるのが見えて、ふみは再び気を失いました。
翌日の昼近くになってふみが目を覚ましますと、隣の部屋から両親の話し声が
聞こえてきたそうです。
「……でも……お前さん……あちらのご主人に頭を下げてなんとかならんものかね」
「ふみはもう傷もんだ……いまさらどうしようもねえ。……縁談はあきらめるしか、ねえ」
「でも……お前さん……」
「他に、どうしようがあるか」
「でも……あの子が不憫で……」
「昨日の晩、腕さ折ってでも外に出るのを止めるべきだった」
「ふみは……ふみは……どうするんですか」
「勘当するしか、ねえ」
「そんな……」
そこでふみの父親――網元の中山尋八は右手にひとつの匕首(あいくち)を持って
ふみの部屋のふすまを開けて中に入ってきたそうです。
135 :
名無し物書き@推敲中?:2009/02/04(水) 00:23:33
「ふみ、目が覚めたか……気分はどうだ……」
「おとっつあん……大丈夫です……」
「お前がおった岩場にこれが落ちていた」
中山尋八はふみに匕首を見せたそうです。
「『日の出屋』に泊まっておった客のものらしい……」
「……そのお客さんは……」
「始発の汽車で、町のほうへ戻ったらしい」
「そうですか……」
「ふみや」
「はい」
「お前には辛いことかもしれんが、今度の縁談は……破談だ」
「そうですか……」
「そして……今日から海辺の空き家がお前の家になる。食事を済ませたらこの家
を出ていきなさい。わかったね」
「……はい……」
「トミ子が毎日食事を持っていく。それから、この匕首を持って行きなさい……」
「はい……」
ふみはその日から居を変え、海辺の、小屋のある粗末な家にひとりで住むことに
なりました。
そして……ふみを手込めにした磯村仁は……始発の電車で都会へ戻り、それからすぐに殺め
られました。
後日、警察がこの旅館『日の出屋』までやってきて、その話が網元の耳まで届いたそうです。
しかし話はこれで終わりません。ふみは磯村仁の子供を身籠り、磯村の話を聞いた
村の「荒くれ」どもが騒ぎはじめたからです。
――余所者にお嬢様が手込めにされたそうな……。
――どこのどいつだ……俺がぶっ殺してやる……。
――町からやってきた、磯村という男だそうな。
――この間うろついていた、目の光る男か。
――畜生、あんときに殺しておくんだった。
――磯村は、町に戻って殺められたそうな。
――しかしこのままじゃ、中山の旦那の顔が立たねえ……。
――どうするよ……。
「荒くれ」どもの出した結論は恐ろしいものでした。
毎年、夏のその日に、ふみが磯村に手込めにされた岩場の方へ余所者の若い女が泳いで
ゆくことがあれば、これを手込めにして、そのあと漁船で沖へ運び、おもりをつけて海の
底へ沈める――。
信じられますかね。余所者であるということだけで、何もしていない女に手をかけると
いう。自分たちの身内がそうされたから、余所者に何をしてもいいという考えで彼らは
そう決めたのです。そして、村の「荒くれ」の元締が翌日網元――中山尋八のところへ
顔を出してその旨告げたそうです。中山尋八は、元締の話を黙って聞いて、「よし」とも
「やめろ」とも言わず帰したそうです。
時は昭和へと変わり、その翌年の五月五日のことです。村中を鯉のぼりが彩る中
ふみは元気な男児を出産しました。
赤ん坊の名前は、懇意にしていた村唯一の寺――快雲寺といいます――そこの
住職のお坊さんにつけてもらったそうです。
「『貫一』という名前はどうじゃろうか」
「中山……貫一。好い名前ですね……由来をお聞かせ下さい」
「古人の言葉に『我が道は一以てこれを貫く』とある……ここで『一』とは内なる
まごころにそむかぬこと……どうやらこの児はとてつもない業を背負って生まれて
きたようじゃ……これからどのような困難が待ち構えておることやら……」
「『我が道は一以てこれを貫く』ですか……わかりました。住職さんの仰るとおり
『貫一』と名付けましょう。きっと立派な子に育て上げます」
そうです。もうお分かりのことと思いますが、ふみの産み落とした男児――中山
貫一はほかならぬあっしのことでございます。
ふみ――私の母は一体どのような気持ちであっしを生んだことでしょう。母が一体
何をしたというのでしょう。ただ、あの日の晩に夜風にあたりに散歩に出たという
だけで、運悪くたまたま都会から来ていた入墨者になぐさみものにされて人生狂わされ
ちまった。
あっしが物心ついてこのかた、母から嫌な顔をされたことは一度たりともありません
でした。そして母の口からあっしの父親、磯村仁という男について話を聞くことも
ありませんでした。あっしが磯村のことを聞いたのは村人の口からでした。
村人たちは磯村のことを『鬼』と呼び、あっしは『鬼の子』として扱われました。
そして年が経つにつれて死んでしまった磯村のことはだんだんと忘れ去られ、生きて
いる『鬼の子』だけが取り残されることとなりました。
物心ついてからは、快雲寺だけがあっしの遊び場となりました。それも、他の子どもたち
は庭で遊ぶのに、あっしだけは御御堂の中で同い年の美代という寺の娘と阿弥陀様の見守る
下で遊びました。
学校に上がる歳になると、普段は笑顔を絶やすことのなかった母が珍しく神妙な顔をして
あっしに言い含めました。
「貫一や、これからお前はいろいろなつらい目に遭うかもしれない……でも、何をされても、
何を言われても決して仕返しをしてはならねえよ。いいね」
あっしがこくりと頷きますと、母は、
「よし、いい子だ」
と、言って、いつもどおりの笑顔に戻り、あっしもつられて笑顔になりました。
学校へ上がると、あっしは当然のことのように苛められました。
まず、登下校の時に石ころを投げつけられない日はありませんでした。
授業っていうんで、席に着くと、後ろの席の奴が悪さをしてくる。そしてそれに
構っていると教師は後ろの席の奴ではなく、あっしのことを叱りました。
休み時間には教室でひとりぼっちでいることがあたり前のこととなり、いつしか
あっしは、世の中こんなものだと思うようになっていきました。
でも、そんな暮らしの中でもひとつだけ嬉しいことがあったんです。
自分に悪さが仕掛けられたり教師から叱られたり、廊下に水の入ったバケツを
持って立たされていたりする度に、お寺にいるはずの阿弥陀様があっしの頭の中
に浮かんできて、笑いかけてくださったんです。
阿弥陀様はただ笑うだけで何も仰いませんでしたが、あっしは阿弥陀様が自分の
頭の中に来てくれるだけで嬉しかった。
そして寺の娘の美代だけはあっしに優しくしてくれました。
小学校四年の時のことでした。いつものように学校からひとりで歩いて帰っていると、
いつものように石ころを投げつけられました。そして、その時ちょうどそこに居合わせた
美代があっしのことをかばってくれたんです。
「お前ら、貫一が何をしたっていうだ」
「女はすっこんでろ」
「いいや、すっこんでいられねえ」
「こいつは『鬼の子』だあ。おめえ、『鬼の子』にひいきするか。それならお前も
『お寺の子』じゃなくて『鬼の子』だ」
「おめえら、よく見ろ。この貫一のどこに角が生えているっていうだ。鬼っていう
のは、おめえ、角を生やしているもんだべ。ちがうか。おらの言っていることは
ちがうか」
「角はねえけど……鬼の子だ……うちのかあちゃんが言ってた……」
「ばかこくでねえ。鬼の子がどうやってお寺で遊べるかね。おめえらは庭でしか
遊んでねえけど、おらたちは阿弥陀様の下で遊んでいるべ。貫一が鬼の子だったら
とっくに阿弥陀様に追い出されているってもんだ」
いつも石ころを投げつけてきたう子供のうちのひとりが小さな声で言いました。
「……んだ……」
「貫一は『鬼の子』でねえ」
その日を境に、学校での苛めはうそのようにぷつりと止みました。
小学校を卒業し、当時の義務教育を終えたあっしは駅の近くにあった小料理
屋で丁稚として働き始めました。
小料理屋の主人は、愛想のいい、優しい人で、あっしによくしてくれました。
村人の多くがあっしのことをけがらわしいものでも扱うようにあしらう中、小
料理屋の主人と奥さんだけはあっしのことを、あたかも実の子でもあるかのよ
うに扱ってくれたんです。
このご夫婦には子供がいなかったからなのか、それ以上の理由があったのか
はあっしにはわかりませんでした。
主人は、一年ほどするとあっしに魚の仕入れから捌き方まで丁寧に教えてく
れました。
142 :
名無し物書き@推敲中?:2009/02/12(木) 00:13:55
物心ついたころから、毎年八月のはじめのある日になると、あっしは決まっ
て快雲寺に二晩預けられました。
不思議なことに、住職に連れられて家へ帰ると母はいつもやつれた顔で眠っ
ていたものです。
小料理屋の丁稚として働きはじめてからというもの、毎年母にそのことを問
いつめておりましたが何も教えてもらえませんでした。
小学校を卒業してから三年後に、母はあっしを連れて、快雲寺の側にある小
さな空家に引っ越しました。
そしてその年からは、八月のはじめにあっしが快雲寺に預けられることはな
くなったのです。
あっしが十七のときのことです。
夏のある日のこと、「荒くれ」と呼ばれていた男がひとり酔っぱらって、小料
理屋にやってきました。
「酒をくれ」
「おにいさん、もう店仕舞いの時間だよ。一杯飲んだら帰っておくれ」
男はカウンターの席に座ると、おかみさんが出したお銚子から直接口に酒を
流し込んで、すぐに酔いつぶれて眠ってしまいました。
「あらあ、しょうがないねえ。貫一、済まないけれどこのおにいさんを家まで
連れていっておくれ。今日は店仕舞いはいいからさ」
男の家は、あっしと母が以前住んでいた家の近くにありました。
八月のはじめのその夜、男をかついでその家の近くに差しかかったときに、
女の人の悲鳴が聞こえてきたような気がしました。
後ろからは「おーい、カンイチ」と、小料理屋の店主があっしを呼ぶ声が聞
こえてきましたが、あっしは道端に男を寝かせると、悲鳴が聞こえてきた、以
前住んでいた家に走って向かいました。
声の主は見たことのない若い女の人で、その家の小屋の中では地獄絵図が繰
り広げられておりました。
あっしはわけがわからなくなりながらも、必死でその『地獄絵図』を止めさ
せようとしましたが、後ろから誰かに殴られて、気絶してしまいました。
後頭部ににぶい痛みを感じて起き上がると、あっしは砂浜の上に寝っ転が
っていて、波の音が女の人のすすり泣く声のように感じられました。
「目が覚めたか」
声の主は小料理屋の店主で、神妙な顔をしてあっしの方を見ておりました。弱
い月の光に照らされたその顔がいやまして寂しげに感じられたのはあっしの気
のせいだったのでしょうか。
「おやじさん……」
「貫一……」
「あっ」
あっしは先ほど目にした『地獄絵図』のことを思い出して、小屋の方へ向お
うとしましたが、店主に足をひっかけられて、砂の上につっぷしてしまいまし
た。
「よせ……お前ではどうにもならねえ」
店主の……おやじさんの顔つきは厳しいものになっておりました。
146 :
名無し物書き@推敲中?:2009/02/18(水) 00:36:45
「なんであんなむごいことを」
「貫一……今の戦争が続けばおめえにも来年は赤紙がくる……もう一人前の大
人だ」
「はい……」
時は太平洋戦争のまっただ中でございました。
「おめえの父親は余所者だ……おめえのオフクロさんはさっきお前が見た女の
人と同じような目に遭うた……」
「そんな……」
「それに、おめえが観た地獄の沙汰は……網元も黙認しているって噂だ……」
「網元が……だったら余計黙ってみていられねえっ」
あっしが起き上がろうとすると、おやじさん――店主――に殴りつけられま
した。
「おめえの……出る幕でねえっ」
おやじさんは泣いておりました。あっしはどうすることもできず、ただ泣き
ながら、
「ちくしょう、ちくしょう」と声をあげて拳で砂を叩いておりました。
家に帰りつくと、母は仏壇の前で読経をしておりました。あっしに気づいた
母は読経を止めて、あっしの方へ向き直りました。
あっしが泣き顔を隠すようにしてぷいと横を向きますと、母は、
「貫一、こっちへ来なさい」
と、ひと言言いました。
あっしが母の側へ行きますと、母も泣いておりました。
「おめえを決して、ひとりにはしねえよ」
そう言うと、再び仏壇の方へ向き直り、読経をはじめました。
そのとき、あっしは何故あっしが夏の決まった日に快雲寺に預けられていた
か、母が何故やつれた顔で眠りこけていたか、母がどのような思いであっしを
生み、育ててきたか、全てを悟りました。
あっしは赤ん坊のように思いっきり母にむしゃぶりついて泣きたい気持ちで
したが、黙って後ろで正坐すると母と一緒に読経を始めました。
その翌日、網元の旦那――あっしの実の祖父――中山尋八が小料理屋へやっ
て参りました。
「いらっしゃい……中山の旦那」
中山尋八がこの店へやってくることは、店主にとっても意外な出来事であっ
たようです。
「何か、儂が来てはいかん理由でもあるかな」
「いえ、とんでもねえ。貫一」
「へい」
あっしが中山尋八に付け出しとお銚子を出しますと、彼は黙って吞みはじめ
ました。
「刺身を」
「へい」
母親が勘当された身であることから、『おじいちゃん』とは呼べないものの、
中山尋八とあっしに血のつながりがあることは当時すでに知っておりました。
149 :
名無し物書き@推敲中?:2009/02/24(火) 11:28:00
中山尋八は、お銚子を一本追加して、鯛の刺身を平らげますと、こう言って
店を立ち去りました。
「『鬼』の味がした……」
あっしは黙って、すっかり空っぽになった器を取り上げて、カウンターの中
へ戻り、洗いはじめました。中山尋八が刺身を食べた皿の上には大根のツマひ
とかけらとして残っておりませんでした。
あっしには不思議でなりませんでした。この小料理屋にはいろいろなお客が
いらっしゃいますが、必ず料理を食べ残さずに帰ってゆくお客は三人しかいな
かった。
ひとりはあっしの祖父、中山尋八、そして村でただひとりの弁護士の足立先
生、あとは快雲寺の住職――この三人だけでした。
そしてその日から、中山尋八は、三日と空けずにこの店にやってきては、あ
っしの作ったお造りなどを食べて、
「『鬼』の味がした」
と、言い残しては帰ってゆくのでした。
あっしが十八の夏、とうとう赤紙が送られてきました。
出征の日、駅に見送りにきてくれたのは寺の娘の美代――美代は美しい娘に
成長しておりました。そして母親のふみのふたりだけでした。
「貫一」
「はい」
「……」
母は神妙な顔をして、二の句を告げることができずにおりました。
――必ず生きて帰ってくるのだよ。
あっしには、母の言いたいことはすぐにわかりましたので、笑顔で答えまし
た。
「なんも……心配いらねえよ」
美代が雑嚢(ざつのう)の中から一枚の布きれを取り出してあっしに渡して
くれました。
「あれ、これは……」
「千人針。おらが縫ったんだ……」
「美代……」
「『虎は千里走って千里を戻る』って言うだ。貫一もおらも寅年生まれだ……
貫一……本物の虎になって、きっと、きっともどって来るだよ」
美代が頭巾の中で顔を赤らめているのにあっしは気がつきました。あっしは
千人針を受け取ると、背嚢(はいのう)に仕舞って汽車に乗り込みました。
駅舎の数か所で『万歳』の声が響く中、あっしはひとり、車中の人となりま
した。
入隊してからのことは、よく憶えておりません。
憶えていることといえば、上官によく殴られたことと、それから船に乗せられ
て南の島へ連れていかれたことです。
あっしは人を殺めました。それも数え切れないくらい。
しかし、またしても阿弥陀様が頭の中に現れてきました。その時の阿弥陀様
は寂しげな顔をしておいででした。あっしは人ひとりを殺めるたびに心の中で
手を合わせました。頭の中の阿弥陀様も手を合わせておいででした。
美代の縫ってくれた千人針のお陰でしょうか、あっしは一年あまりで日本へ
帰ることができました。
152 :
名無し物書き@推敲中?:2009/03/01(日) 23:32:11
出征して村に戻って来ることができたものはあっしも含めてわずか三人でした。
遺骨すら戻ってこない人がほとんどでした。
あっしは再び、駅前の小料理屋で、今度は丁稚ではなく二番手として働きは
じめました。
そしてあっしが出征から戻ってきて間もなくのこと、中山尋八が店を訪れま
した。そのときの中山尋八はなぜか上機嫌でした。
「『鬼』が戻ってきたと聞いて、やってきた」
あっしが黙ってお銚子とお造りをカウンターの上に置きますと、中山尋八はぐ
い吞みをもうひとつくれと言い、あっしが出しますとそれに酒を注いで黙って
あっしの前に置きました。
店主はその様子を見て、
「貫一……」
あっしに目配せをしてきました。
「へい」
あっしは返事をすると、笑みを浮かべてあっしの方を見ている中山尋八に、
「ありがたく、ちょうだいします」
と、言って、ぐい呑みから酒を飲みました。すると、
「いい、呑みっぷりだ」
そう言いながら中山尋八は自分のぐい呑みを差し出してきましたので、あっしは
「失礼します」
と、言ってその中に酒を注ぎました。
酒を飲み干しますと中山尋八は、
「何人殺したんだ」
と、いきなり訊いてきました。
「……すみませんね。憶えていねえもんで……」
中山尋八は、
「所詮は鬼の子、殺しなんぞ飯を食うのとおなじようなものか。なあ、ご主人」
ひとり言とのようにそう言うと、黙ってお造りを食べはじめました。
あっしはやはり不思議でなりませんでした。
何が不思議だったのかというと、中山尋八の食事の仕方です。あっしが出征
する前と変わらず、その日も中山尋八は何ひとつ食べ残すことなく、店をあと
にしました。
あっしが食事の仕方に関心を持つのには理由がありました。
常々店主から、
「中山の旦那、足立先生、快雲寺の住職は、大事なお客さんだ」
店仕舞いのときなどにたびたびそう聞いていたからです。あっしが、なぜです
かと訊き返すと、
「そりゃ、おめぇ、食事の仕方を見ればわかるってもんだ。あのお三方はこれ
まで食べ残しをしたことがあるめえ」
「ああ、皿を洗うときに楽ですからね」
店主は笑うと、
「そうでねえ。あのお三方は、下々まで目の届いた、出来た方達だということ
だ」
「へえ、そうなんですか」
そうした話を店主から聞いていたから、あっしには中山尋八が何故あっしに
辛くあたるのかが不思議でなりませんでした。
弁護士の足立先生、快雲寺の住職はあっしを大事に扱ってくれる数少ないお
客さんだったから、店主の話が出鱈目だとは思えなかったからです。
155 :
名無し物書き@推敲中?:2009/03/06(金) 15:41:24
その年の秋のお彼岸のこと、店が休みの日に家におりますと、母から頼まれ
ごとをされました。
「おはぎを作ったから、悪いけど、貫一、快雲寺の住職さんに持っていってお
くれ」
あっしが快雲寺へ行きますと、住職は法事のために出かけており、美代がひ
とりで留守番をしておりました。
「ちょっと、寄っていかねえか」
おはぎの礼を述べたあと、美代が誘ってきました。
美代はあっしをお御堂へ連れていきました。
お茶を淹れたあと、母が持たせたおはぎの中からふたつづつ三つの皿に取り
分けますと、ひとつを阿弥陀様に、それからもうひとつをあっしに、最後のひ
と皿を自分で取りました。皿を渡されたときにかすかに触れた美代の指がとて
も柔らかく、温かかったのを憶えております。
「貫一のかあちゃんは、料理がうまいな」
あっしが黙って照れ笑いを浮かべていると、美代は言いました。
「今度はおらがおはぎを作るから、海の見える丘で食べねえか」
「住職さんにしかられちまうよ」
「そんなわけはねえべ」
あっしはおはぎを食べてお茶を飲むと、そそくさと帰りました。そのとき、
あっしは美代があっしのことをからかって軽口を叩いた――そう思っておりま
したが、その翌週の休みの日に、美代はおはぎと水筒に詰めたお茶を持ってうちに
やって参りました。
快雲寺の上にある、村の共同墓地のさらに上にある丘の上に、あっしは美代
に導かれるままにやって参りました。彼岸花の紅色が鮮やかに秋の陽に映えて
いたことを憶えております。そして、美代も唇に紅を差しており、彼岸花と同
じように鮮やかな色をしておりました。
「ここらで、いいべ」
あっしが家から持ってきたゴザを広げますと、ふたりしてその上に座りました。
あっしは差し出してきた美代の手からおそるおそるおはぎを取りますと、海
を眺めながら食べました。
「いい、天気だべ」
美代がそう言ったきり、ふたりともしばらくの間押し黙って海を眺めておりました。
ふいにあっしは出征するときに美代から貰った千人針の礼を述べていなかっ
たことを思いだしました。
「美代。無事に戦地から帰って来られたのもおめえのおかげだ……」
「なんでだ」
「あの、千人針……あのおかげで無事に帰って来られたような気がする」
あっしがそう言いますと美代はうっすらと涙をうかべて、
「貫一が出征してから、おらは毎日阿弥陀様にお祈りしていたんだ」
「そうか……」
「でも、おらも、貫一にお礼言わなくちゃならねえ」
「なんで」
「昔、お御堂の蝋燭立てをおらが壊して、おらの代わりに貫一が叱られたこと
があったべ……あの時のお礼言っていなかった」
「ああ、そうだったなあ」
「それと、お御堂にお供えされていたお菓子を食べた時も、貫一が代わりに叱
られてくれたべ……」
「ああ、そういうこともあったなあ。あ、ひょうとして今日のおはぎはそのと
きのお礼だべ」
すると美代は顔を赤らめて俯きました。
「そうでねえ……」
159 :
名無し物書き@推敲中?:2009/03/18(水) 01:59:00
ふいに美代はあっしの方に向き直ると、
「貫一……おらの作ったおはぎ、うまかったか」
そう訊いてきました。
「……うん。おらのおふくろのと同じぐらい……いいや、それよりうまかったべ」
「そうか……」
美代はしばらくの間押し黙って俯くと、
「貫一……おらの作ったおはぎ、一生食いたくねえか」
そう訊いてきました。そのときのあっしは、深い考えもなしに、
「ああ、こんなうまいおはぎだったら、毎日食っても飽きねえ」
美代は呆れた顔をして、笑うと、再び顔を赤らめて、
「そういう意味ではねえ」
と、言いました。
「じゃあ、どういう意味だあ」
美代は、黙ってそそくさと帰り支度をすると、
「今日は帰るべ」
と、言いました。
そして、その翌週からあっしの休日には、美代は弁当などをこさえてあっし
の家へやって来るのでした。
160 :
名無し物書き@推敲中?:2009/03/27(金) 06:23:21
あっしは幸せでした。あるいはそのときには気がついていなかったのかも知
れませんが、毎週の休みの日には美代の作った料理を食べながら美代と他愛の
ない話をするのがあっしの日常となり、あっしはなんの疑問も持たず美代との
逢い引きを楽しんでおりました。
春になり、丘の上に菜の花が咲き誇る季節になりますと、美代が神妙な顔を
して訊いてきました。
「貫一」
「なんだべ」
「貫一は……好きなひとはいるのか……」
その言葉を聞いて、あっしはいきなり頭を殴られたような気がしました。あ
っしは困りました。答えようがなかったからです。
ひとりは寺の娘――もうひとりは『鬼の子』――どう考えても、美代とあっ
しの釣り合いが取れるはずがない……。それまでのあっしは、美代が厚意から、
そして幼なじみの付き合いの延長としてあっしを誘ってくれているものとばか
り思っており、美代と付き合う……そしてその延長に……そんなことは、及び
もつかないものと思っていたからです。あっしは逆に美代に訊き返すことでそ
の問いかけをはぐらかそうとしました。
「美代は……どうなんだ」
美代は俯くことなく、顔を赤らめることもなく、あっしのほうに向き直り、
両目をまっすぐに見つめると、話を切り出しました。
「実は、きのう、とうちゃんに話したんだ」
「なにを」
「貫一、おめえと一緒になってもいいかっていう話をしたんだ」
あっしは声を立てて笑いました。
「貫一、なにがおかしいべ」
「美代、おらをからかうにも、ほどがあるっていうもんだべ」
「からかってなんか、いねえ」
「うそだあ」
「……とうちゃんは、貫一ならいいって言ってくれたべ……あとは貫一、おめえ
がいいって言ってくれたら……」
あっしは頭を抱えたくなりました。
「いいもなにも……美代……おれはどうしたらいいかわからねえ」
「おらのことは、嫌いか」
「いいや……好きだあ……」
「じゃあ、なんも問題ねえべ。話を進めても、いいな」
そう告げると美代はあと片付けをして、意気揚々と帰っていきました。
美代はぼーっと突っ立っているあっしに向かって、
「貫一、また来週な」
手を振りながらそれだけ告げると快雲寺の方へ降りていきました。
163 :
名無し物書き@推敲中?:2009/04/08(水) 12:06:46
結局、あっしはわけがわからぬまま、美代と婚約する運びとなりました。
実際のところ、あっしはなんの実感もわかないまま、その年の七月の終わり、
梅雨が明けた頃に三三九度を交わし、美代と所帯を持つようになりました。
憶えている限りにおいて、そのときがあっしの人生の中で一番幸せなときで
ございました。物心がついてからというもの、あっしの人生の中で所帯を持つ
などということは想像もしたことがございませんでした。
父親を知らなかったあっしにとって、家庭で『主』というものがどのように振る
舞うべきかわからない中、美代はよく尽くしてくれました。しかし、そのあっしの
新婚生活も、二十日ともたなかったのでございます。
その年の八月のある日のことです。
夕方頃、小料理屋には、弁護士の足立先生がやってきて、あっしに祝い袋を
くれました。
あっしはそのお礼と言って、心を込めて鯛のお造りを作って差し上げました。
「腕を上げたなあ、貫一。お前が丁稚だったころがウソみてえだな」
「ありがとうございます」
陽が暮れてから小一時間ほど経ったころ、ひとりの若い男が小料理屋に飛び
込んできました。その男の顔はこころなしか蒼ざめておりました。あっしの方
を一瞥しますと、その男は足立先生の隣に腰かけました。
足立先生が男に声をかけました。
「おにいさん、ひとりかね」
「ええ、そうです」
「よく、ひとりでこんな町に来なすったね」
「いえ、ふたりで来たのですが……」
「ほう、それでお連れさんは……」
男の話を聞いたあっしと店主はみるみるうちに顔色が変わっていったにちが
いありません。話を聞き終えると、足立先生は申し訳なさそうに言いました。
「……それはお気の毒に」
それから先は……おにいさん、あなたが先ほど夢の中で見たとおりですよ。
あっしは、その男とお連れの女の人を助け出して駅前に差しかかったところ
で、中山尋八に呼び止められました。
そのときのあっしは、くやしくて、くやしくて……。
祖父の力を使えば、荒くれ――その当時はほとんど戦死して、村中でもふた
りしか残っておりませんでした――その荒くれたちの凶行を止めさせることも
できたはずなのに……。
そして、母のこともあります。なんの落ち度もない母を、あっしとふたりき
りにさせていたこと。
中山尋八に呼び止められたとき、あっしは一瞬おびえましたが、許せない―
―そんな気持ちの方が勝りました。そのとき、あっしは美代と所帯を持つと
きに母から、「お守りだ」と言われて渡された匕首を懐に持っておりました。
あっしは頭に血がのぼったままで、全身で中山尋八に向かっていきました。
屋敷の中に入ると、中山尋八は笑っておりました。あっしは思いました――
この期に及んでまだコケにするつもりか――と。
母の、そしてこれまでなぐさみものにされて海に捨てられたすべての女の
人たちのために、あっしは目をつぶると懐から取り出した匕首で中山尋八の腹
を突きました。
「ううっ」
するとどうでしょう。あっしが目を開けてみると、中山尋八は優しい笑みを
浮かべながら、あっしの両肩に手を添えておりました。
「うわーっ」
あっしは思わず大声を上げ、その声は周囲に響き渡りました。
「貫一や」
「……旦那……」
「旦那じゃ、ねえ……じいちゃんと、呼んでくれんか」
「……」
「貫一、ようやってくれた」
「えっ」
「万が一にもお前が儂を殺めることがあれば、毎年行われてきた『凶行』をや
めるよう、『荒くれ』の元締と賭けをした……金輪際、夏に余所からいらした女
の人が殺められることは、ねえ」
「ええっ」
「儂の目は間違っておらんかった……」
「……じいちゃん……」
「貫一……。儂の力が足らんばかりに、このようなことになってすまんかったな
……」
「……じいちゃん……」
「これから先は足立先生を頼るがいい。これから、何十年か苦労することになる
が……これしか方法はなかった……貫一……お前は儂の自慢の孫じゃ……」
それだけ告げると、中山尋八――じいちゃん――は、目を閉じて事切れました。
気がつくと、中山尋八の着物はたっぷりと血を吸っており、いつの間にか屋敷
の中から出てきていた叔父があっしの側に立って、うなだれておりました。
その翌日、警察署内にある面会室で、あっしは足立先生と話をしました。
足立先生は、美代と母からの手紙を預かってきておりました。
あっしは足立先生の顔を見て、祖父の言った『足立先生を頼るがいい』という
言葉を思い出し、先生がすべてを祖父から聞いていた――そんな気がしました。
あっしに言い渡された判決は『無期懲役』でした。
収監されてから二十年後――桜の咲く頃、あっしは刑務所から仮釈放されました。
二十年ほどの間に、この国の風景はおどろくほど変わっておりました。汽車は
すでに走っておらず、あっしは電車に揺られて故郷の漁村へ帰りました。
家の前に立つと、
「ばあちゃん、かあちゃん、行ってくるよ」
と、いう声が聞こえてきました。家の引き戸ががらっと開くと、白い割烹着に
身を包んだ青年が出てきて、あっしの姿を認めると会釈して、足早に立ち去りました。
青年――あっしの息子と入れ代わりにおそるおそる引き戸を開けますと、美代が
驚いた表情であっしを迎え入れました。
「おまえさん……」
目の前の湯呑みの中からはお茶が湯気を立てておりました。
「お努め、ご苦労様でした」
美代と母は、あっしのことを笑顔で迎えてくれましたが、あっしは逆に気持ちが
落ち着きませんでした。
「あの、青年は……」
「あなたの息子ですよ。寛太と名付けました。『寛大の寛』に『太い』と書きます」
「そうか……」
「小料理屋のご主人が、あなたが帰ってきたら隠居して、店を継いでもらうって……」
「ご主人が……」
「親子で仲良く店を切り盛りしていってくれって……そうおっしゃっていましたよ」
「そうか」
しかし寛太――あっしの息子は、あっしと口をきこうとはしませんでした。
あっしは翌日から一番手として小料理屋で働きはじめましたが、寛太は仕事の
上での会話以外はあっしと言葉を交わすことは決してありませんでした。
ある日のこと、お店が休みの日の午後にあっしは祖父――中山尋八の墓参り
に行きました。ちょうど美代と逢い引きをしていたあの丘の下にある共同墓地
です。
墓の前で手を合わせたとき、丘の方から誰かが言い争う声が聞こえてきました。
あっしは急いで丘の方へ向かいました。
丘の上では見知らぬ男が、寛太――息子の胸ぐらを掴み、威嚇しておりました。
その近くでは娘――寛太の恋人と思われる娘が叫んでおりました。『誰か、誰か』
と……。
結局、寛太は男に殴られて気絶してしまい、その男が娘に手をかけようとした
とき、あっしは後ろから男を殴りつけました。
こちらの方を振り向いた男の顔を見て、あっしは思わず息を飲みました。
男は若い頃のあっしに瓜二つの顔をしていたからです。
あっしはその男ともみ合いになりました。二、三発殴られて二、三発殴り
返したと思います。
気がつくと男のうめき声が聞こえ、あっしの手は血まみれになっておりました。
祖父の墓参のついでに、墓に供えて帰ろうと思って持ってきていた匕首を懐
に持ったままだったあっしは、男と組み合っているうちにそれで男の腹を突いて
いたようです。男は倒れてそのままうずくまりました。
呆然として立っているあっしの横で寛太がうめきながら身を起こしたのと同時に
銃声が響き、胸を撃たれたあっしはその場に倒れました。
男はそのまま事切れました。
「おやじ」
寛太が撃たれたあっしに駆け寄ってきました。
「寛太……これを、俺の墓に……一緒に……」
あっしは最後の力を振り絞って、寛太に匕首を渡しました。
「おやじーっ」
おにいさん、あっしの話はこれだけです。
この旅館、『日の出屋』の少し上に快雲寺という寺が、その上に村の共同墓地
があり、あっしの墓があります。
最後にあっしの法名をお伝えしておきましょう。
『釋貫』です。
お休みのところ失礼しました。
「ちょっと、待ってくれ。今の話が私とどう関わりがあると……」
「それは、おにいさん。すぐにわかることですよ……この村を一回りすればね」
史朗は目を覚ました。部屋の中では文江が海水浴から戻ってきており、タオル
で濡れた髪を拭いていた。
不意に、史朗の中で、今しがた夢の中で見た貫一の母『ふみ』の顔と文江の顔が
重なった。
「どうしたの、変な顔をして……」
「……いや、なんでもない……ちょっと散歩に出てくる」
頭の中が混乱した状態で、寺――快雲寺の横をとおり、坂を上って共同墓地の
中に入って行くと、一基の墓標が史朗の目についた。墓標の正面には『南無阿弥陀仏』
と彫り込まれており、その横には『釋貫』と刻まれていた。
墓標の前にしゃがんで手を合わせると、史朗は丘の上に上がった。
一匹の野良犬がうろうろしていた。
丘の上でひとり佇んでいると頭の中に夢の中で見た光景が生々しく蘇ってきた。
いたたまれなくなった史朗は逃げるようにして駅に向かうと、やはり夢の中で見た
小料理屋がぽつんと建っていた。
店の中へ入ると、歳はとっているものの、明らかに夢の中で見た青年――貫一の
息子の寛太とおぼしき男がカウンターの中にいた。
「いらっしゃい」
「酒を……」
「へい。少々お待ちを……」
史朗が小料理屋で酒を飲んでいるうちに、陽が落ちて、辺りが暗くなりはじめた。
174 :
名無し物書き@推敲中?:
酒に酔った史朗がふらふらと海辺の方へ歩いてゆくと、先ほど丘の上にいた
野良犬がいた。史朗の姿を認めた野良犬は史朗に向かって吠えはじめた。
犬の鳴き声を聞いた野犬が何匹も集まってきて、史朗は囲まれてじわじわと
海の方に追いつめられた。史朗が海の中に両膝まで浸かったとき、いきなり潮の
流れに足を取られて倒れ、そのまま離岸流に運ばれて沖の方に流された。
沖の方に流されて行く史朗の目に無数の点が映った。それは次第に大きくなり、
無数の人魚が史朗に向かってくる様子が目に映った。人魚の顔がはっきりと見えた
とき、それが、この漁村で犠牲になった女たちのものだと史朗は悟り、自分が
何者であるかを悟った。
人魚の姿が鮫の姿に変わった瞬間、史朗の体中に痛みが走った。
史朗の右手の人差し指が千切れて宙に飛んだ。
ちょうど海面の上を飛んできた一羽のカモメがその人差し指をくちばしにくわえて、
血で染めたような赤い月に向かって飛び去って行った。
了