殺風景な部屋であった。
まず目に映ったのは勉強机。それから空の本棚。箪笥。それだけだった。そして勉強机にも
う一度目を向けると、一つの写真立てがあるのに気が付いた。
大きさは手のひらに乗る程度であり、半楕円形から、写真を切り取って嵌める類のものだと
推測出来た。人を写したものであろうか。手に取ると酷く埃が積もっている。埃が写真に蓋を
して居り、ちょっと何の写真だろうか判別がつきそうになかった。
太郎は写真立てを戻そうとしたとき、おやと奇妙な感じを覚えた。なんだろうと写真立てを
持っていた指を見ると、埃が付着していない。次いで机と、部屋を見渡して見るが、特に埃は
見られなかった。埃のあるのは写真立ての、しかも写真の部分だけであった。
太郎は不信に思い写真を指でなぞってみると、埃にしては驚くべき質感があった。積もると
いうよりはこびりついているといった方がより正確であろうか。一撫ででは拭いきれず、二三
と続ける内に、太郎は遂に爪を立てて擦らなければならぬことを悟った。埃がこの姿を成すの
に、一体どれほどの年月費やしたのだろう。太郎は途端に埃と、この写真が尊いものに見えて
きた。
しかし太郎は爪を立て、その尊い誇りを削り始めた。太郎に戸惑いはなかった。太郎にはそ
れが何故だろうか今生において最大の仕事のように思えた。果たして太郎はその仕事をいとも
簡単にやり遂げた。
太郎はその写真を見た。不意に太郎は胸の詰まる思いがした。胸を満たしたのは深い安堵と
後悔であった。太郎の厚い胸板が大きく上下する。間も無くその荒い呼吸に嗚咽が混じり始め
た。しかしそれだけであった。
写っていたのは、幼き時代の己の姿であったのだ。幼い己は小さな顔を不細工に歪ませうず
くまっていた。それは怒っている顔のように見えたが、その頬は確かに濡れていた。
埃には歴史があった。それは純情の歴史であった。太郎は、純情それがため己に触れもせず
去った花子を想った。
太郎は泣き叫ばなかった。泣き叫ぶほど純情になれない、またその資格がないと思ったから
だった。しかし、その頬は、確かに濡れていた。太郎は静かに泣き出した。
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ハンバーグ 鼻 コシアブラ