この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十三区

このエントリーをはてなブックマークに追加
255埃 歴史 純情
 殺風景な部屋であった。
 まず目に映ったのは勉強机。それから空の本棚。箪笥。それだけだった。そして勉強机にも
う一度目を向けると、一つの写真立てがあるのに気が付いた。
 大きさは手のひらに乗る程度であり、半楕円形から、写真を切り取って嵌める類のものだと
推測出来た。人を写したものであろうか。手に取ると酷く埃が積もっている。埃が写真に蓋を
して居り、ちょっと何の写真だろうか判別がつきそうになかった。
 太郎は写真立てを戻そうとしたとき、おやと奇妙な感じを覚えた。なんだろうと写真立てを
持っていた指を見ると、埃が付着していない。次いで机と、部屋を見渡して見るが、特に埃は
見られなかった。埃のあるのは写真立ての、しかも写真の部分だけであった。
 太郎は不信に思い写真を指でなぞってみると、埃にしては驚くべき質感があった。積もると
いうよりはこびりついているといった方がより正確であろうか。一撫ででは拭いきれず、二三
と続ける内に、太郎は遂に爪を立てて擦らなければならぬことを悟った。埃がこの姿を成すの
に、一体どれほどの年月費やしたのだろう。太郎は途端に埃と、この写真が尊いものに見えて
きた。
 しかし太郎は爪を立て、その尊い誇りを削り始めた。太郎に戸惑いはなかった。太郎にはそ
れが何故だろうか今生において最大の仕事のように思えた。果たして太郎はその仕事をいとも
簡単にやり遂げた。
 太郎はその写真を見た。不意に太郎は胸の詰まる思いがした。胸を満たしたのは深い安堵と
後悔であった。太郎の厚い胸板が大きく上下する。間も無くその荒い呼吸に嗚咽が混じり始め
た。しかしそれだけであった。
 写っていたのは、幼き時代の己の姿であったのだ。幼い己は小さな顔を不細工に歪ませうず
くまっていた。それは怒っている顔のように見えたが、その頬は確かに濡れていた。
 埃には歴史があった。それは純情の歴史であった。太郎は、純情それがため己に触れもせず
去った花子を想った。
 太郎は泣き叫ばなかった。泣き叫ぶほど純情になれない、またその資格がないと思ったから
だった。しかし、その頬は、確かに濡れていた。太郎は静かに泣き出した。


ハンバーグ 鼻 コシアブラ