長い間わたしたちは見つめあっていた。
まだお互いに触れ合ってもいないのにあの人はしっとりと汗をかいていた。
あの人の吸い込まれるような青い目に見つめられると、
自分がほとんど裸でいることがひどく無防備に思われてくる。
あの人の故郷のあのヨーロッパの小さな国では、男の人はみなこんなにたくましいのだろうか、そんな思いに心を漂わせていると、ふいに彼がこちらに手を伸ばし、気がつくとわたしはそのがっしりした腕の中に抱きすくめられていた。
彼はわたしの耳元で激しくあえぎながら、いつもの性急さでわたしの体を覆うたった一枚残された布切れに手を伸ばしてくる。
いけない。またいつものように彼に主導権を握られてしまう。
わたしは必死で抵抗するが、もう手遅れだった。
彼は腰を打ち付けるようにしてがぶり寄ると、わたしを土俵の外に押し出したのだった。
私は運び屋。
こんな日陰の仕事を選んだのは私自身。
あの男達のようになりたいとは思ってもいない。
ただ運ぶだけ。
ただそれだけ。
私に指示を出せるのはあの男だけだった。
そいつも今は此処にはいない。
まあいい。今はただ与えられた仕事をこなす。
誰の下でも動いてやる。
それだけだ。
哀れな男達が必死でほざいてやがる。
仲間を蹴落とし汚い顔で。
そんなにこれが欲しいのか?
こんなただの座布団が。
婚約していた彼は余命3ヶ月と宣告された。
彼女は毎日の様に見舞いに訪れ、残り少ない彼との日々を過ごしていた。
『何かこんな事になっちゃって悪いな…好きな人が出来たら、俺の事なんか
気にしないで結婚して幸せになってくれよな』
『そうだ、もし結婚したい男が出来たら、いつも待ち合わせに使ってた喫茶店に
連れて来いよ。俺が背後霊になってそいつの事調べてやるから(笑)
それで、お前を幸せにしてやれそうな男だったら、なんつったけなあの曲…
ほら、いつもあの喫茶店で流れてたお前の好きだったやつ…
それが流れたら合格の合図な(笑)』
彼が亡くなってから数年が経ち、彼女には新しい恋人が出来ていた。
結婚も考えていたが、亡くなった婚約者の事が気になっていた。
彼女は、婚約者と待ち合わせに使ってた喫茶店に恋人と入り、あの曲が流れれば
この人と結婚しようと決めていた。
恋人『そろそろ行こうか?』
彼女『え?…あ、そうね…』
二人の思い出の曲は流れなかった。彼女は悲しい反面、何かほっとした様な複雑な心境だった。
恋人の車に乗り、走り出すとラジオから思い出の曲のイントロが流れてきた。
びっくりした彼女はボリュームをあげる。
『え〜、それでは次のリクエストは〜、ラジオネーム天国より愛を込めてさんから。
メッセージ読みま〜す。今日は遅くなってゴメン。曲の名前が分かんなくってさぁ〜。
大丈夫、絶対幸せになれるよ。俺は遠くから見守ってあげる事しか出来ないけど。
目の前にいる人を信じて頑張るんだよ、お幸せに』