293 :
名無し物書き@推敲中?:
「永遠堕胎児」
精神病者奥村が最初にその発作に見舞われたのは
彼がまだ医大生のころ、とある妊婦の堕胎手術に立ち会った時だった。
特別な機器を握った医師が落ち着いた、
しかし荒っぽさの残る手つきで
赤ん坊なのか細胞集合体なのか判別に苦しむ
ぶつぎれの肉塊を膣からほじくり出した。
それが医師一流の堕胎だった。
(彼は手術前奥村に、
「堕胎とは赤ん坊との最初で最後のコミュニケーションさ。」
ともっともらしく講じていた。
今となって奥村はようやく、
それがジョークであることに気づいた。
どう考えても、この医師にそんな感受性は無さそうだった。)
こみ上げる吐き気を抑えながら
それを眺めていた奥村だったが
視線をずらそうとした途端、肉塊と目を合わせてしまった。
いや、眼窩らしい穴の中にある白玉のようなものが、
目にすっぽりハマってしまうかのように視界に突っ込んできた。
まるで二人の眼姦屋に両目へぶち込まれるときのように、
白玉は奥村の脳天現像所を爆撃した。
奥村はおぇえっとのけぞり、そのままぷはぁっと
あお向けに眠る妊婦の体の上に黄土色の
ビチクソのようなゲロを滝のように吐いた。
それで医大を退学になった。
294 :
名無し物書き@推敲中?:2008/07/16(水) 21:20:28
「永遠堕胎児A」
それからというもの、寝れない夜が続いた。
あの肉塊は奥村の心の奥深く、
灯油の海が広がるその深遠に落とした一本のマッチだった。
灯油はゆっくりじっくりと燃えていく。
そんなわけで奥村は発狂するまでの間に、
幾度も幻影に悩まされるはめになった。
それは最初は自分があの医師によって膣からひりだされ、
その姿のまま今日まで何不自由なく生き長らえるという妄想だった。
それから自分は本当に堕胎というかたちでひりだされたのが
ひょんな偶然で生き長らえてるのだと確信するようになった。
とうとう自分の現在はすべて堕胎児が膣から
ひりだされる間に見る最初で最後の夢でしかなく、
そしてまもなくばらばらの物言わぬ殺人犠牲者となって
焼却炉でぷすぷす焼かれるのだと自分を脅すようになった。
いつあの器具が首に突き刺さり、
その鉤状の先端が小脳を突き破って
後頭部から強烈に自己主張を始めるか、
考えただけで死にたくなって、その年の暮れに最初の自殺未遂をした。
295 :
名無し物書き@推敲中?:2008/07/16(水) 21:30:20
「永遠堕胎児B」
幸いだれかが非常停車ボタンを押したので
1両目の前輪に巻き込まれたのは腰から下だけで済んだ。
済んだ、というのは彼が瞬間的に一命を取り留めたという意味で、
搬送先の病院で翌日の夕方、今度は地面に墜落する彼の体が多くの人に目撃された。
目撃者の一人、名も無きおっさんがその場で心臓発作で死んだ。
彼は激しくのたうちまわりながら発狂し、
「自分は堕胎児だから堕胎児らしく
細切れにならなくては他の人たちに申し訳が立たない。」
という意味の主張を展開した。
ただちに彼は精神病院に送られ、幽閉された。
50年が経ち、つい先日遺体となって発見された。
遺体は全身が無数の傷とそのかさぶたで覆われており
それは彼が最後まで堕胎児たらんとしていた努力の証だった。
遺体を発見した医師はめんどくさいので死因は脳卒中と報告書に記載した。