事の発端は猫だった。
猫が私のノートパソコンの上で粗相をしたのだ。
買って間も無いパソコンの惨状に、私はキレた。
ベランダから猫を思いっきり投げた。
猫はくるりと体を回転させ、見事に着地した。
だが猫を掴もうとした息子は手すりの向こうへ消えた。
その息子を掴もうとした妻もまたベランダの向こうへ消えた。
私もまたベランダから身を乗り出して二人を追いかけた。
そうして私たち一家は全滅した。
間違っても猫を投げてはいけないよ。
次は『ホットなアイスコーヒー』
俺はアイスコーヒー!
俺はアイスコーヒー!
キャッホー!
俺はアイスコーヒー!
俺はアイスコーヒー!
イエイ!
次は『結局前の祭』
僕は同じクラスに好きな子がいる。
彼女と友達になって、もう1年になるだろうか。
そろそろ告白をと考えてはいるものの、振られたらギクシャクした
関係になりそうという思いから、なかなか踏み出せずにいる。
彼女の日頃の言動や態度からして、僕は友達以上になれそうもない。
告白がうまくいく確率はかなり低いのだ。
わかっていて無理に告白する必要はないのだけれど、この
もやもやをすっきりさせたくて仕方ない。
さきほどから、僕は携帯のメールを打ち込んだり消したりを繰り返している。
好きという言葉を打つたび、頭が真っ白になって手が震える。
やはりやめた方がいいのだろうか、いやしかし・・・・・・。
数分後、突然鳴った着信メロディーに僕の心臓は跳ねた。
急いで携帯を開くと彼女の名前が表示された返信メールが一通。
ごくりと唾を飲んでメールを開くと、
「?いいよ」とだけの短い返答。
「いいよ」という言葉に胸が高鳴るものの、最初の?マークが引っかかる。
メールを送信した時、僕はやはり頭の中が真っ白であった。その後しばらく
放心状態だったから、メールの内容がはっきりと思い出せない。
嫌な予感がして送信メールと開くと、そこには僕の葛藤の呟きがしっかりと
打ち込まれていた。
「やっぱり君に告白なんて出来ない」
次のお題は「勤務表に落書きを」
加藤 やっぱエミさんがいいよな、うちは
鈴木 自分はエミっちが好みッス
山田 お前らわかっちゃいねーな エミの色気にゃ
そこらの小娘じゃ適わねーぜ
佐藤 でもエミちゃんも最近ちょっといいですよね〜
向井 そーそー 入ったばっかりは芋娘だったのに
最近はあか抜けたっつーか。俺もエミちゃんかな
前島 確かにエミさんは美人だしエミちゃんは可愛い
が、エミには負けるな
奥野 ケッ てめえの女房自慢は聞き飽きたよ
ちなみに俺はエミさんマジで狙ってるから
田原 皆さん、落ち着いてくださいな
「おい、お前ら勤務表に何書いてやがる!
それと田原エミ! 最後に回って来るのをいいことに……
……いや、何でもない」
次は『そのあり得ない仮定の果てに』
意味がわからない
感想・意見は専用があるんで、そっちでよろしくです。
177 :
そのあり得ない仮定の果てに1:2009/10/10(土) 19:20:42
「もしも、私をデートに誘うならどこに誘う?」
クラスで3番目にブスの知美が話しかけてきた。
「えっ?いや、誘わないから……」
怒鳴りつけたいのを我慢してやさしく答えた。知美はクラスのアイドル沙也加ちゃんと仲がいいのだ。怒鳴りつけたりして沙也加ちゃんに伝わったら大変だ。
「何言っているのよ。もしもの話だって言ってるでしょう」
「うーん、そうだな。東京ディズニーランドなんてどう?」
不愉快だけど適当に話を合わせてやって、話しやすいキャラを演出しておいた。そうすれば沙也加ちゃんにもいい印象を持ってもらえるかもしれないし……。
「そうね、私は並んだりするのあんまり好きじゃないんだけど、まぁいいわ。それでディズニーランドのナイトパレードを見て遅くなって、どんなふうにホテルに誘ってくれるの?」
「(このブス、チョーシに乗るんじゃねーよ)誘わないから……」
「ノリがわるいわねぇ、もしもの話だって言ってるでしょう」
「(しょうがないなぁ)遅くなっちゃったね、今日は泊っていこうか。何もしないから」
「いいわ。で、どんなふうに交際を申し込んでくれるの?」
「(もうかんべんしてくれよ)僕と付き合おうか、ってのでいい?」
「えーっ、もうちょっとなんかないの」
「(やけくそだ)知美さん、初めて会ったときから好きになりました。僕と付き合ってください」
「なんだか型どおりだけど、いいわ。じゃあ、プロポーズは?」
「僕と結婚してください」
「OK」
178 :
そのあり得ない仮定の果てに2:2009/10/10(土) 19:21:34
次の日、教室に入ったら、みんながいっせいにこっちを見てにやにやしている。中には愛しの沙也加ちゃんもいる。
「どうしたんだよ」
パソコンの音声データが再生される。
「遅くなっちゃったね、今日は泊っていこうか。何もしないから」
「何言ってるの、きゃーやめて!」
「知美さん、初めて会ったときから好きになりました。僕と付き合ってください」
「いやよ、あなたみたいなタイプ、好みじゃないの」
「僕と結婚してください」
「だからいやって言ってるでしょ。大声あげるわよ」
次は「真昼の通勤列車」
「真昼の通勤列車」
「いやあ、そうは言ってもですね」
手詰まりなのか、ヤマダ氏が喋り出した。手の中でマグネット将棋の駒をもてあそんでいる。
この席は、始発のキウチさんが占有していてくれる。私鉄急行だ。
「あなたの所なんか、まだまだ恵まれていますよ。持ち家ローン無いんでしょ?」
「まあ、そうですけどね。子供が居ればそれなりに手も金も」
ヤマダ氏の打つ手を想像してとりあえず五手先まで考える。まだ先の手の分岐は多いので
そのくらいで手一杯である。
「やあやあやあ」その停車駅でヒグチさんが乗り込んできた。手に荒縄を架けた七輪を下げて
来ている。「どうしたんですか」
「ああ、いやいや」それまで新聞を顔に載せ、寝ていた様子のキウチさんが起き出した。
「いや、こうやって味気ない通勤も少しは楽しめる余地は無いかと思って」「なんですか」
「いやね。こうやってワークシェアリングの時代になると、ちょっと帰りに職場で連れ立って一杯
というのも不可能だと思いまして」
「飲むんですか?まずくないですか」
「まあ、そう。だから気分だけと思いまして」
キウチさんは薄べったい鞄から餅を取り出した。かんかん、と拍子木のように叩いて表面の
粉を落とす。
ヒグチさんが七輪の上の新聞紙をはずすとスルメの一枚物が乗っていた。
網の下には練炭が仕込んである。
「車掌来ませんか。消防法とか」「あー、そうねえ」
私は他の席をうかがった。この時間に乗っているのは強制的時差通勤者が殆どである。
「仲間ですから」ヒグチさんが、一升瓶片手に車内をまわり始めた。
プラスチックのコップを拒否するかと思いきや、他の座席の乗客はヒグチさんから献杯を素直
に受ける。
「仲間ですから。僕らは四時間勤労者」キウチさんが餅を菜箸でひっくり返しながらぼそっと
言った。そうか……なんだか愉快になってきた。コップを渡される。
ミネラル・ウォーターらしい。ボクラハヨジカンキンロウシャ。ま、いいじゃないか。
次の御題「達筆合体」
就職のため、一人暮らしを始めた私の元に一通の手紙が届いた。
差出人は父。癖のある字ですぐにわかった。
相変わらず個性的な達筆で、郵便屋さんもよく届けられたなと感心する。
封を開けると、一枚の白紙に落書きのような文字がびっしりと書き込まれていた。
最初から最後まで繋がっている文字達をどこで区切って読めばいいのかわからない。
封を開けて読む気を無くす手紙なんて初めてだ。
父は自分の達筆に大層な自信を持っている。
それを知っているから、読めないと言ってしまうのはとても気が引けた。
私はこっそり母に連絡すると、父の手紙の内容を知らないかと尋ねてみた。
達筆に異常な自信を持っている父のことだから、手紙を書き終えた後、
母にその字を自慢していたに違いない。
案の定、母は手紙を読んでいた。というより自慢されていた。
電話の向こうで母は苦笑しながら
「きっと読めないだろうから、お母さん訳した文章をこっそり同封したわよ」
と言った。
ありがとうと言って電話を切った私は、ため息混じりに再び封を開く。
「父さんの手紙と並べて読んでみて」と言った、母の嬉々とした声が頭を過ぎる。
父の手紙と並んだ母の手紙も、これまた見事な達筆で、やはり私は読む気を
無くしたのだった。
お次「残り香は微笑む」
「残り香は微笑む」
人が動くと、お湯の音がする。こもったような響くような音。湯気の中、それらを聞くことが好きだった。
「そんな長い間浸かっとるから」
真っ赤になった僕に、冷たい牛乳が与えられた。指で撫でる。ひんやりとしたビンの滑らかさと、扇風機の風が心地よい。父はふくよかな腹を抱えて体重計と睨み合っている。何度計っても、針は勢いよく回った。
歩くとざらざらする。靴下をはくなんて勿体ない。布を越えて外に出ると、もう笛や太鼓の音が聞こえていた。
「知ってる?お湯にも匂いがあるの」
彼女は小さい水の中で泳ぐ金魚を見つめて言った。
湿った黒い髪をひとつにまとめている。露店の光、踊る輪、小さな塔とぶら下がった提灯、その奥にある小さな森と鳥居。それらをバックに、細いうなじと赤い金魚が揺らめく。
「好きな匂いの時に入らなきゃだめよ。大事なの、タイミングが」
湿度も密度も高いこの場所で、唯一認識できるその香り。僕も今度は彼女の教えのように、入ってみようと思った。
「同じなら、すぐ見つけられるしね」
暗闇に対抗した提灯のあかりも消え、家に着き眠りにつき、だいぶ時が流れて大人になった。目が覚めたように大人になった。
街は色々な匂いで溢れている。香水も食べ物の匂いも、全て自己顕示欲強めである。胸焼けをおこしながらカフェから出てきて、狭い空を見上げた。ビルの窓に写った青は綺麗だ。コンクリートを踏みつけ歩いていく。
すれ違う人、人、人、人?立ち止まり振り向くと、そこには暖かくて湿気たあの匂いがあった。強い風が吹く。思わず手を伸ばし、空中を掴む。
「いつの間に寝ちゃったの?」
匂いと声は、いつまでも頭に残留した。
お次「筆で蛞蝓と鼠の葛藤」
184 :
筆で蛞蝓と鼠の葛藤:2009/12/29(火) 22:08:42
とある書道教室で、弟子達はざわめいていた。
「先生が閉じこもっている」
「きっと何か大作を仕上げているに違いない」
弟子達は口々に、先生先生と声を上げた。
引き戸の向こうの先生と呼ばれた男は
腕を組んで目を閉じて眉間にしわを寄せていた。
「我ながら美しい曲線を引けたものだが、果たしてこれは……」
男は書道の腕はさながら、墨絵にも才を発揮していた。
「この曲線、まるで蛞蝓のように艶やかな輝き、また鼠の丸みを示すような柔らかさ」
さて、どちらの絵にしたものかと頭を悩ませている。
やがて閉じられた戸の向こうから、軽やかな足音が聞こえていた。
弟子達の間をすり抜けて、男の妻が茶を届けに来たのだ。
静かに引き戸を引いて、妻がしずしずと歩いてくる。
男は振り向きもせず曲線に想像をめぐらせている。
「まあ、まるであなたの頭のような曲線ですこと」
妻が男の後ろから覗き込んで、呟くように言った。
その瞬間男の中に描かれていた蛞蝓と鼠の確かな命は雲散して、
ただの線だけが残された。
妻は笑って男の頭を叩くと、筆の横に茶を置いて出て行った。
男は髪のない頭を一撫でして茶をすすると、今一度曲線をじっと見つめた。
もうただの黒い線にしか見えないが、つるりと音が聴こえた気がした。
お次「極彩色の吐息」
金の雀飛んで銀の羽根舞い散る。白雲より降りきたる雨鉛色にかぐわし。
猫の足跡土埃に輝いて点々、石下の蟋蟀は饐えて薄墨色に吹き流す。
草間に伏せあるじの帰りを待つこと一昼。耳を灼く不吉の太陽に色無し。
わが双眸一切の彩を知らず。鼻ただ万色の生命を嗅ぎ分くのみ。
われ不幸なりや。否、されど香を楽しむにもあらず。目を瞑り、鼻を舐めつつ、
われの望むものは唯一つ――聞き慣れた、あの足音のみ。
――お帰りなさいわんわん! 早く散歩に行こうご主人様!
お次「逆上がりはフルーツポンチ」
一人、少年は校庭に残り鉄棒と格闘していた
夕日にあたり伸びる遊具達の影にどことない虚しさを感じる
勢いをつけ地を蹴った足は宙に投げ出され、また地面へと帰って行く
いったい、何度目の挑戦なのだろうか
少年の手のひらは既に鉄棒の錆で茶色に染まり、指の付け根には大きなマメが出来上がっている
西の空から赤色が消え始めた
少年は最後の挑戦と手で鉄棒ぎゅっと握り、足に力を込め地を踏みしめ地面を蹴った
足は空を駆けて天に昇り一回転して地へと帰っていく
少年の顔に今し方沈んだ太陽が帰ってきたような満面の笑顔だった
泥だらけで家に帰ると、母親の頭には大きな角が生えていたが
母は笑顔で夕食に好物のフルーツポンチを出してくれた
今では少年と呼べない年齢になった彼にとってその食べ物は、青い日々の郷愁を誘うものだった
初投下
投下後に気付いたけどこれタイトル
「逆上がりはフルーツポンチ」のつもりで書いてたら
「逆上がりとフルーツポンチ」が出来上がってました
お題ミスってしまったorz
次題「バレンタイン 義理 不器用」
ブランデーが中に入ったブラックチョコレート。4粒入りで260円とちょっと高い。
でもお父さんへの義理チョコにはちょうどいいか。
レジで会計を済ませコンビニを出ると、携帯が鳴った。お母さんだ。
『あ、良かった。まだコンビニなら歯ブラシ買って来てくれない?』
うん、わかった。ブラシの硬さはふつうでいい?
『そうねえ。お前のは硬すぎて血が出るからそれより柔らかいのがいいわね』
通話を終え、私は誓った。お母さんのような図太く無神経な人間にはなるまい。
でも。そんなお母さんと20年近く連れ添ってきたのだ、お父さんは。
思えば不憫な人だ。もうちょっと良いチョコレートを買いなおそうかな。
何はともあれ歯ブラシを二本、やわらかめと普通をまず買おう。
また携帯が鳴った。今度はお父さん。
『悪いがパンツを買って来てくれないか。替えが無くてな』
え、ぱんつ? い、いいけど……サイズは?
『お前のは小さすぎてすぐ破れるから、それより大き』 ぶちっ
今日はどうやら血のバレンタインになりそうねえ……
次は「フィンガー 屋上 月」で。
あ、ごめんなさい。不器用が抜けてました。お題下げます。
続けて「バレンタイン 義理 不器用」でお願いします。
何をやっても長続きしない俺だが
義理と人情だけは人一倍あるつもりだ
あ、けどこれは義理なんかじゃないんだぜ
不器用だけど徹夜して作ったんだ
もらっといてくれよ アニキ
次は「メランコ」
こぎ始めてから気づいたが、それはブランコではなかった。
あっという間に高速で回転を始め、僕には制御できなくなる。
回転しているのに、僕の体はその真ん中で宙に浮き、
回転の外側に生じた真っ黒な空間を、言葉もなく見つめているのだった。
なんだ、これは。宇宙?ブラックホール?
耳元で、しゃきしゃきしゃき、というようなかすかな音が聞こえる。
小さな生き物がひしめき合ってでもいるかのような、妙に耳を引っ掻くような音が。
よくよく耳を澄ますと、それはこう囁いていた。
「メランコメランコメランコ」
メランコって何。一体、僕は何に乗っちゃったの。
尋ねようとした。しかし、言葉は口から出なかった。
既に、僕には口がなかった。
耳もいつの間にか消えていた。手も足も体も、闇に溶けるようになくなっていた。
メランコメランコメランコメランコ。
闇の中でひしめき合いながら、僕たちは次に誰かがメランコをこぐのを待った。
次は「月に吠えるライバル」で。
人生にはライバルが必要だと先生が言ってた。
でもライバルが何なのか僕にはよくわからない。
ライバルというのは一緒に成長してくれる相手だよと父さんが言った。
じゃあ友達みたいなものかなと言うと、父さんは笑った。
そうだね、好敵手と書いて『とも』と読むとも言うからね。
数日後の僕の誕生日、父さんがプレゼントをくれた。
それはふわふわの真っ白な子犬だった。
父さんが世話できるかいと言ったので、僕はもちろんと頷いた。
ずっと一緒にいようね。
抱き上げると子犬はキャンと鳴いた。
けれど三年後の冬、真っ白な犬は突然消えた。
父さんは何か知っていたようだったけど、僕は聞かなかった。
もう帰って来ないことが何となくわかっていたから。
それでも。月夜の晩に遠吠えが聞こえると、つい思ってしまう。
どこかで僕のライバルも月に吠えているかもしれないと。
次は「端数男」
193 :
端数男:2010/02/21(日) 23:53:41
「いいよ」男が手で制す。
「だめよ」女は構わず財布を出す。男性に奢られ慣れていないのだ。
男は苦笑する。「じゃあ、端数だけ出してくれるかい?」
――11125円。端数って、どこから下を言うのかしら。この人にとっては千円も端数かもしれない。うっかり小銭を出して嫌われたらいやだわ。
「あ、ごめんなさい、細かいのがないみたい」そう言って五千円札を置く。万札を出すよりは可愛げがあるはず、と判断したのだ。
「もう…」男は困った様に笑い、一万円札をその上に重ねる。
「3875円お返しです」
男は目顔で、取っといて、と促す。あなたこそ、という顔を返す女に、困っている店員。
「わかった、こうしよう」
男は釣りを受け取り、店を出る。
「次の土曜は空いてる?」
「え」女の声が上擦る。「あ、空いてるわ」
「…映画にいかないか?その、ちょうどチケット2枚分くらいの金額だし」
「ええ、行きたいわ。でもちょっと余るわね」
「じゃあ、コーラとポップコーンを買おう」
「ふふ、それだとちょっと足りないわよ」
「それなら、また千円ずつ足して、ランチに行こう!」
「また端数が出たらどうする?」
「そうだな、次は…」
端数は終生なくなることはなかった。
194 :
193:2010/02/21(日) 23:58:58
スマソ書き忘れ
次のお題「越冬トカゲ インマイルーム」
越冬トカゲ インマイルーム
「フラれた」
美雪さんは部屋に入るなり電気カーペットにうつ伏せになり、死んだトカゲみたいな格好でそう呟いた。僕は出かける支度をしながらとりあえず相槌をうった。
「そう」
「ちょっとそれだけ?もっと「つらかったね」とか「俺でよかったら話聞くよ」とか「俺じゃだめか」とかそういう動物には無い人間の温もりみたいなのがあんたには無いわけ?」
「あるけど僕今から出かけるし、美雪さんが毎年この時期にフラれるのは恒例行事みたいなもんじゃん」
「なんでこの時期なんだー」
美雪さんはお隣さんで、僕がこのアパートに越して来たときからお世話になってる人だ。明るい性格で誰とでもすぐ仲良くなる。
良く言えばフレンドリー、悪く言えば馴れ馴れしい。彼氏からしたらそれが段々嫌になってくるのだろう。そして冬本番を目前にフラれる。それにしても四年連続は凄いと思う。
「抱きしめて」
「はい?」
「抱きしめてって言ってるの、このまま冬が来たら私寒さと寂しさで死んじゃうよー」
「帰るときカーペットの電源切っといて下さいね鍵もお願いしますよ」
「本当に死んじゃうんだから……」
僕はいつもこの彼女の寂しそうな声に勝てない。彼女もそれを知ってるようで何かを待ってじっとしている。
「……じゃあ、今日は一緒に鍋でもしますか」
「やったあ、じゃあ私材料買っておくね」
そういって彼女はゴロゴロと楽しそうに転がった。今泣いたカラスがもう笑った。はあ、まったく世話の焼ける人だ。そう呆れつつも僕の顔は綻んでいた。
次のお題 陶磁器少女
母に贈る誕生日プレゼントを買った。
益子焼の水差しで、持ち手がしっかりとしていて使いやすそうなのと、胴体のくびれが中々趣のある
ビジュアルだったので衝動買いしてしまった。
ところが先日実家に帰ると、父が骨董市で買ったと言う水差しが飾られていた。父がこういったものを
買うのは珍しいことで、せっかく飾ってある父のお土産の顔を立てるためには、今回の贈り物は別の
ものにしなければならなかった。
「ご主人様ぁ」
それで、こうである。
今、キッチンのテーブルの上には例の益子焼が一人置かれており、換気扇の下でタバコをふかす僕を甲高い
声で読んでいる。
「ちょっと静かにしてくれないか」
なぜ益子焼に話しかけねばならないのか。
「ご主人様ぁ、ちょっと手に持ってくださいよ。ホラ、私小柄ですから重くもないですし、使い易いですから」
「いや、いいんだ。そういうことではないから」
「でも、ほら、さっき入れていただいたお茶も冷めてしまいますし……」
手にとる。
「いやぁ、、おつゆ出ちゃうぅぅ、らめ」
再び置いた。
「待ってくださいよぉ」
情けない声を出して水差しが泣いている。ように見える。
「冗談ですから、冗談ですから」
「お前、食器のくせに余計なことを言うなよ」
栃木まし子と名乗る、少女の声を持った焼き物は、パッケージの蓋を僕が開けるなり「今日からお世話になります」
と自己紹介をはじめ、自分の体のグラマラスなくびれを自慢したあと、末永く使うようにと僕に言った。
日本酒なら人肌に温めるのが得意と言い、酒は飲まないと答えると、今度は小話をしますときた。
「ビックリするお話があるんですよ! ワタクシ食器ですから」
「食器だけにショッキングなんだろ?」
「……」
戸棚にしまった。
「ご主人様ぁ〜」
次「何でも願いをかなえるカエル大帝」
197 :
何でも願いをかなえるカエル大帝:2010/03/28(日) 23:31:10
突然彼女と連絡がつかなくなったので、僕はなんとか友人を頼りに彼女の家を
探り当てた。初めて訪ねるのはとても緊張するが、今はとにかく彼女の安否が
知りたかった。インターホンを鳴らすと、別段変わりのない彼女が出迎えてくれた。
僕が何かを言う前に、中へ上がるよう促される。どうぞ、と通された彼女の部屋は
想像をはるかにずれて殺風景だった。本当にあのお洒落な彼女の部屋だろうかと、
やたらと見回してしまう。ベッドとテレビ、そして何故か部屋の中央にカエルの置物。
「なにこれ?」
「カエル大帝よ」
彼女は置物を一瞥してから、僕の目を見つめる。なんだか瞳が寂しく見えた。
「なんでも願いを叶えてくれるの」
彼女の声はまるで抑揚が無い。
「でも、願いを叶える度に何かを食べてしまうの」
だからこの部屋は何も無いのだと、彼女は言う。
「この間、あなたと結婚したいと願ったの。てっきり目に見えるものだけを
食べると思っていたんだけれど。私、愛を食べられちゃったんだわ」
だって、あなたのこと、どうでもよくなっちゃった。
僕は彼女の目をじっと見つめる。瞳が寂しく見えたのは愛が食べられたせいだろうか。
僕はカエル大帝に向かって、彼女の愛をもどしてくれと呟いた。
その瞬間、部屋にあったベッドが、ヒュンとカエル大帝に吸い込まれて消えた。
「ベッドが消えたぁ」と、甘えるように縋ってくる彼女の瞳が煌く。
僕は微笑んで、彼女の手を取った。
「ダブルベッドを買いに行こう」
次「返事は無言であくまで美しく」
茂った草むらの中をひと組の男女が歩いていた。
二人の手は固く結ばれている。
空は今にも泣きだそうな雲がひしめき合っている。
これから雨が降るのは確実だが、二人はそんなことには気も留めず、歩いている。
歩きついた先には、小さな沼が静かに待ち構えていた。
男はつないだ女の手をぎゅっと握りしめて言った。
「本当にいいんだな?」
今にも消えてしまいそうな微かな声だったが、女が聞き取るには十分の声だった。
女は無言だったが、男へ向ける目線は力強く、凛とした美しさを醸し出している。
それが男への返事だった。
二人はじっと見つめ合い、互いの存在をもう一度確認するかのように手を強く握った。
そして手を繋いだまま、足を沼へ進めていく。
今まで聞こえていた草の揺れる音や鳥の鳴き声は、誰かが吸い取ったかのように消えてなくなっていた。
沼は二人を受け入れた。深く深く二人を沈めた。
次のお題「弦の切れたバイオリン」
地下室に案内された女は部屋の奥に掛けられている死体を見ても特に目立った反応を示さなかった。それに気分をよくした男は得意げに喋りだした。
「彼女はね」
「駄目だったんです。僕の表現力に耐えられなかった。切れてしまったんだ、だからもう綺麗な音色を奏でることが出来ない」
女の湖は依然穏やかだった。男は女の態度と表情をみて嬉しそうに言った。
「君なら理解してくれると思っていた。だから鍵も掛けなかった」
「解るわ」
女は部屋に転がっていた怪しげな道具を弄りながら、微笑んだ。
男は歯をガチガチ言わせて震えていた。興奮しているのだろう、勃起の膨らみが見て取れる。
「ただ……」
「ただ?」
女はゆっくり男に近づいていった。そして男の頬に両手を当て顔を近付け、彼の目をしっかり見つめ言った。
「あなたが耐えられるかが心配だわ……」
一瞬の沈黙の後男は再び震えだした。しかしそれは以前の歓喜によるものではなかった。男の全身を恐怖が染み渡っていく。
女の瞳の奥に広がる闇、広大な闇。それは男の想像を遥かに超えていた。計り知れない。逃げ出したいが体が動かない。やっとのおもいで絞り出した声で言った。
「お前はなんなんだ?」
女は微笑み徐々に瞳を大きく広げていった。そしてそこから溢れ出した黒で男と部屋を侵蝕していった。
男の最後の叫び、それはまだ誰も聴いた事がないほど美しく、狂った音色だった。
次の題 「翡翠の血」
「翡翠の血ですって。よくわからないお題を出されちゃうとなかなか筆が進まないものね。ねぇ、昌子」
そう唐突に語りかけられた当の昌子はさして興味もなさそうに読みかけのファッション誌に視線を落としながらそうね、と空返事を返した。
語りかけた方にしてみれば面白くない反応である。
「あのねぇ、あなた」
佳代はベッドから腰を浮かすとそのまま、床にうつ伏せで雑誌を読んでいる昌子の背中に絡みついた。
「あんまり冷たい態度を取っていると犯しちゃうわよ?」
そう言いながら佳代は昌子の頬に顔を寄せる。
「犯せば?あなたっていつもそう。強気なのは言葉だけ。本当に私を犯したことなんて一度でもあったかしら?」
彼女の声は少し震えていた。佳代はいつになく真剣な昌子の言葉にたじろぐ。
何か言わなくてはならない。沈黙が部屋に充満する前に。
「えっ、いや、まぁ、ほら一緒にお題のSS考えようよ。翡翠の血だよ、翡翠の血」
「そんな事どうだっていいわよ!」
おどけて言った彼女に、昌子は怒鳴りつけた。
「ねぇ佳代、これだけは言わせて。そして聞かせて」
一呼吸置いて彼女は続ける。
「私は佳代、あなたが好きよ。あなたは?」
佳代はおどけて冗談でも言おうと思ったが、彼女の真剣な視線がそれを許さなかった。
「何言ってるのよ今更・・・私だって昌子のこと好きよ」
「じゃあ抱いて。今」
「えっ、でもお題が・・・」
「そんなもの、次の人に任せとけばいいのよ」
昌子は手を伸ばし、佳代の頬に触れた。
淫靡な手つきで彼女の輪郭をなぞり、囁く。
おいで、佳代・・・
次の題「翡翠の血パート2」
当り所が悪かったとしか言い様が無い。
俺が金を返すと言うのにこれでは足らないとこいつが言い初め、担保に預けている翡翠の皿をよこせと言った。
そして、金は必要だ、だが断ると答えた俺に皿は返せんと喚き散らし始めた。
もみ合いながらも必死のていで皿を奪い取った俺にこいつが掴み掛かって来た。
だから俺は翡翠の皿でこいつの頭を叩いた。
差渡し50cmはある翡翠の大皿を両手で振り上げて何度もこいつの頭を叩いた。
俺は皿が重すぎて上手く叩けないしこいつも皿が怖くて上手く動けない。
やがて力が抜けて座り込む様に崩れたこいつを見下ろしながら俺自身も力尽きてソファーに座り込んでいると突如開いたドアから顔を出したこいつの奥方が悲鳴を上げて走り去った。
しかし逃げる気にもならない。
「なんで数十回殴られたぐらいで死ぬんだよ」
呆然としながらも焦点が合わない目を凝らすと翡翠の皿は中央に赤い点が付いていた。
(パートーパートー)
遠くで鳴ったサイレンが2度聞こえ、やがて近付いて来るのが判った。
次の題「アメリカンの濃いやつ大盛りで」
全品300円チケットを見せると、カウンター越しにマスターが言った。
「こちらからお好きなものを注文してください」
メニューの中には和食もあった。中華もある。
どう見ても店構えは喫茶店だがまるで大衆食堂だ。
それにしても酷い品書きだ。慣れないワープロソフトで作ったのだろう。
特にソフトドリンクが酷い。隣のメニューとのスペースが殆ど無い。
『メロンソーダーカレー』 『オレンジざるそば』 『コーヒー玉子丼』
うげ。ちょっと想像してしまった。
(コーヒー玉子丼、アメリカンの濃いやつ大盛りで)
なんてね。
「決まりましたか」
「あ、コーヒー丼とミックスサンド」
しまった。玉子が足りない。いや違う丼が多い。
しかし言い直す間もなく、マスターは無言で伝票を置いて行ってしまった。
その日から俺は『Coffee DONG』のオーナーになった。
次は「同情するなら鐘を三度打て」
業界の汚い部分もいっぱい見てきた。
アートを志すほど、俺たちは青くない。
俺たちは売れるロックバンドになりたかった。
そのためには何でもした。
使い勝手がいい、売れる商品であり続けるように。
プロデューサーにゴマをすり、自分を安く売りつけた。
もとより俺たちに才能はない。そんなこと百も承知だった。
アマチュア世界にいる本物の才能をみるたび、そんなものに
価値はないと嘯き、裏から徹底的に潰していった。
そうして、やっとメジャーデビューをつかんだのだ。
デビューが決まった直後にドラムが交通事故で死んだ。
だが、デビューは変わらない。
予算が、スケジュールが組まれている。今更やめるわけにはいかない。
きっと新しいメンバーも事務所が適当なところで見繕うだろう。
いや、今回のメンバー交代すら、きっと売るための手段にされる。
別にいい。バンド創設メンバーなど、どうせ残っていない。
メンバー全員がだれかのスペアで代替品だった。
「なあ。バンドってなんなんだろうな。」
俺は奴の遺影につぶやいた。
そして奴に同情する。そうしてやる資格のあるのは俺だけだったから。
俺は鐘を三回鳴らした。あいつが得意としていた三連譜だ。
それから、ついでに以前から叩いてみたかった木魚をポクポクと鳴らした。
次は「爪きり事変」
爪が不浄のものであるということは皆様の知るところであります。
神都であるこの場所に於いて、その身から穢れたそれを自らの指先から草木のごとく生え散らかしている、という事自体、それは明らかなる極天師佐田熊雪之丈様への反逆であります。
過去神は我々神都に住まう諸人に似たものを作ろうと苦心されました。その時作られたのが大黄という言わば化け物であった訳でございます。
これは我々に比べ粗忽で野蛮な生き物でございました……いえいえ、神の作り賜うたものを誹るなどという心積りはございませぬ。
これは極天生類集第八巻十六章に明記されておる通り、神が大黄を生み出した事を悔いられた事をそのまま私が言ったまで……。
そう、そしてその事を悔いた神は、その大黄の特徴でもある長い頭髪や爪に猛毒をお塗りになりました。そう、我らが最も強い毒として知る桜の毒でございます。美しき桃色のその色、大黄は悦としてその爪や髪を愛でました。
しかし、それはそれは恐ろしい事。大黄は互いの爪や髪を誹り、我が爪が美しい、否我が髪が輝いておる、と小競り合いを始めたのでございます。
やはり粗忽な生き物は粗忽な生き物、髪で弓弦を作り、爪で剣や鏃を拵え、それはそれは醜い争いが始まったのでございます――おお、コワイコワイ。
――サテ、皆様がご存知の通り、相手を傷つけるものなどは不浄の極みでございますから、大黄の野蛮さはここからも伺い知る事ができるもので……エエ。
その際、武器がなくなった大黄は相手ののど笛を爪で掻き切ったと言われております。そして最後に残った一匹でさえ、落ちていた桃色の美しい爪で自らの心の蔵を貫いた――極天生類集第八巻二十章にそうございます。
そう、これが有名な「爪切り事変」という訳でございます。
次は「吉田の憂鬱」
「おーい、ヨシダ」
「……」
「聞こえないのかよヨシダ」
「……」
「どうした、うかない顔して。何かあったなら言ってみな」
「……じゃない」
「え?」
「俺、キッタなんだ」
「え? そ、そんなことないぞ」
「でもそうなんだ」
「馬鹿だな……お前、ぜんぜん汚くないぞ」
「……」
「お前を汚い呼ばわりする奴なんか、俺が殴ってやる」
「じゃあてめえを殴れよ」
「え? 何か言ったか?」
「何でもない……」
次は「煎餅猫と十五夜」
206 :
1:2010/06/05(土) 06:49:46
さて、ではこちらの極天生類集第八巻でございますが、先ほどお話いたしました大黄、そして皆様もご存知の油鹿、三脚麦……。
そういった神話時代のものから今この神都周辺に生きておるモノ共がこの先書き記されておりまして――ヘエ、ございましたよ、この三十一章に興味深い記述がございます。
皆様は月、というものをご存知でしょうか。お空に浮かぶ、あのキタナラシイ……エエ、あのゴツゴツとした――我らが新都に青い雨を降らす、あの……あの氷のカタマリでございます。
いえ、私もアレが氷のカタマリか、と言われれば疑問ではございます。ですが、久住九段正調図によりますと、あれは神が作り賜うた氷のカタマリということになっておりまして……エエ、ですから先ほど申しました通り、私は神を疑うなんて冒涜的なことなど……。
お話を続けますよ。エー、それで、あの氷のカタマリ、常々形が変化している事に皆様はお気づきでしょうか? 久住九段式の正調図の写しをお渡ししますから、こちらでご確認ください……。
そう、月は最も多いときで六十八層からなる氷層に包まれております。その中心には灰を固めて作られた指先ほどの「あふれ」というものがございまして……ええ、正調図の右端をご覧くだされ。そこに空の、そのまた先のことが書かれておりまする。
そう、この新都の地は、泡の内にあるのでございます。その泡の外には、水……黒い水がございます。
黒い水は、普通の水とは質を異にするモノで、月の氷の一番外側が溶け出してできた、冷たい冷たい氷の水なのでございます。その水は絶えず熱さを変えて、月の氷を溶かしたり、固めたりしておるのでございます。
207 :
2:2010/06/05(土) 06:51:13
エヘン――ですから、月の形はいびつに変わるわけですな。そして六十八層の層が五十三層までに減ったとき――即ち、十五層の氷が黒い水に溶け出したときに、月は最も深い部分にございます「あふれ」を、氷を透して我々の眼前に晒すのでございます。
ちなみに十五層以上は、今まで溶け出したことはございません。久住九段正調図をご覧くだされば、その原理は明白でございます。
そして、その月が出ている夜を十五夜、と申します。
十五夜になると、黒い水が増える、というのはおわかりですかな。何せ十五層、十五層の氷が溶け出すのです。
水が増えると、我々神都の収まっている泡は押さえ付けられるわけですな――空気を入れた革袋を、こう、ギュゥと外から押すように……エエ、ですから、猫の形が変わってしまう訳です。
ご存知の通り、猫の中には大量の空気が入っております。あの巨体から想像し得ないほど、猫というイキモノは、重さがないのですよ……。
そう! よくお判りになりましたナァ――今、煙方殿が仰った通り、水が泡を押しつぶすとき、その猫も、外から押しつぶされたようにペシャンコになるのでございます。
その時ばかりはあの獰猛で無邪気な猫も、神のように――とは言わずとも、煎餅のように平たくなってしまうわけですナァ……煎餅猫、とでも申しますか。
ですから、猫が平たくなっているとき、空を見上げてご覧なさい……灰色の「あふれ」を醜くも覗かせた月が、目眩を起こすほどに、こちらを睨みつけておりますから……。
次は「社員証とコンセントの急増問題」
208 :
1/2:2010/06/07(月) 21:44:46
かつての社員証は名刺と大して変わらぬものであった。
しかし、時がたつにつれ社員証はその役割を変えていく。
まず社員証にクレジットカードの機能が付けられた。
社員食堂や購買でのやり取りを迅速にするためである。
次に身分証明の認証用のICが埋め込まれた。
これで自動ドアのアンロック等セキュリティを保障するわけだ。
機能はともかくとして、社員証の形状はここに至るまで変わりがなかった。
つまりカード型である。問題はここからだ。どこかの頭の良い馬鹿が、
社員証に携帯電話機能を付加することを思いついた。
そしてその機能がPDA程度になり、PCに進化するのも時間の問題だった。
社員証の歴史としては、この時点が社員証機能としての転換点といってよいだろう。
もはや社員であることの証明など、社員証の機能としては瑣末なものになっていた。
広告屋が社員証に目をつけ、CMが常時表示されるようになった。
24時間働けるように、覚醒作用のあるカクテルが社員証に備えつけられるようになった。
すぐにどこへでも営業に向かえるように社員証に駆動系が備えつけられた。
ここまでくると社員証はカードではなく、乗り込むロボットのようになっていた。
社員証の肥大化は続く。
209 :
2/2:2010/06/07(月) 21:46:42
家に帰らなくてもよいように、寝台、風呂、トイレが備えつけられる。
自動調理器が、庭の芝刈り着が備えつけられる。
いまや社員証はありとあらゆる機能を吸い込むブラックホールとなっていた。
もう、この流れはだれにも止められない。社員証に子供を預ける保育所が、
学校が、道路が、信号が、各種行政施設が備えつけられた。
ついでに民間企業ものりこんでくる。
自分が働いている会社がだれかの社員証の付属物であるかもしれず、
また自分の社員証の上で誰が暮らしているかわからない。
社員証は、もはや一つの曼荼羅的宇宙となっていた。
事実自分の社員証から外に出るには鉄道に乗って数時間かかるのが普通になっていた。
問題はあった。社員証は膨大なエネルギーを消費するのだ。
社員証にエネルギーを充填するためのコンセントがあちらこちらに設けられる。
社員証は50センチ移動するだけで、内部に備え付けられたバッテリーが
空になってしまうから、50センチごとにコンセントプラグが設置されることとなった。
これで問題は解決かと思われたが、新たな問題が発生した。
プラグはあっても充填するエネルギーが存在しないのだ。政府は社員証の
エネルギーを賄うための巨大原子力発電所を建設することに決めた。
どこに?決まっているではないか。社員証の上にだ。
次は「草の海」
210 :
草の海:2010/07/23(金) 08:06:49
久しぶりの帰郷。妻と子供達を親に任せて僕は思い出の場所に向かった。今も残っているだろうか、あの秘密の草原。僕とあの娘の秘密の遊び場。
林を抜けて、二つの大きな岩の間を潜り抜けると……あった。まだ残っていた。僕とあの娘の秘密の海だ。
腰まである草をかき分け真ん中にある大きな岩に腰を下ろす。目を閉じてあの日の思い出に浸る。虫取り網をもった僕。白い帽子に白いワンピースの女の子。あのときも同じように二人でこの岩にならんで座ったっけ……
「ねえ、ここが海だったらどうする?」
「落ちたら大変だね」
「そういう事じゃなくて、二人きりだよ」
「え?」
「この広い海に私たち二人きりってこと」
彼女の唇が僕の頬に触れた。風が優しくて、緑がさざ波のように揺れた。広い広い穏やかな海には僕と彼女と波の音だけだった。
「こんな所にいた」
目を開けると隣に彼女がいた。いや、違う。よく見るとそれは妻だった。
「子供達が虫かご作ってて聞かないのよ」
「ああ、すまない」
僕は慌てて立ち上がり、先に歩き出した妻の後を追った。やはり疚しい気持ちがあったのか僕は酷く取り乱していた。しかし何故、妻はこの場所を知っていたのだろう……しばらく歩いて不意に妻が呟いた。
「あなたには言ってなかったけど…… あそこは私の思い出の場所なの」
「え?」
そして彼女は振り返り微笑んだ。一瞬、逆光の中に白いワンピースが揺れた……気がした。
「ほら、急いで」
「ちょっと、待ってよ」
二人が立ち去った後も緑の波は穏やかに時を刻んでいった。ビー玉みたいな飛沫や、鴎のような笑い声を閉じ込めて。
次の題 「シュレーディンガール」
212 :
1/2:2010/07/28(水) 08:40:00
昼休み職場を出た私は、久しぶりに友人と昼食を楽しむ約束をしていた。
外のうんざりするような暑さから解放された私は友人を探して店内を見わたす。私より先に到着していた彼女はすでに席につい
ていて、私の顔を見るなり手で招くような仕草をした。
「この近くに転勤になったのね、もうちょっと早く教えてくれればいいのに」
私は手に持ったグラスに口をつけた、水が喉を通っているところで返事はできない。代わりにコクコクと頷き、グラスをテーブルに
戻した。彼女は学生時代から、相手の状況お構いなく自分の話を続ける癖は相変わらずだ。彼女が饒舌であることを私は承知
しているので、それに関して腹を立てることはない。
―最近仕事が減ったわ、そちらはどう?―どこもそんな話が多いね。―そのわりに休暇なんてないようなものよ?お盆ぐらい何
もしなくてもご飯が出てくる場所へ行くわ。―うん、旅行に?―実家よ。
「…実家か、私もしばらく帰ってないよ」私は一口サイズに切った肉を咀嚼した。
私と彼女は地元が同じであり、また小学からの同級生であった。大学こそ違うものの社会人になってからも同地元生まれの縁で
あるのか馬が合うのか、未だに連絡をとって機会があれば会うこともあった。
213 :
2/2:2010/07/28(水) 08:43:14
「昔スチュワーデスになりたいとか書いたけど。あ、卒業文集の話ね」
私は彼女の書いたものに記憶がなかった。だが今の彼女は語学力を生かし流通関係の仕事に就いている。
「あれはね、提出してから先生に突っぱね返されて、書き直したものなのよ」
「へぇ…、じゃ最初に書いたものはどんな内容だったの?」
「将来大規模な災害が起きて、私は生きてるか死んでるかも分からないって書いたわ」
彼女はきっぱりとした口調で話した。「ふむ…」唸る私の返事を待たずに彼女は続ける。
「将来の夢を書きなさい。それだって夢だもの」
私は動かしていた両手を止めテーブルに置いた。今度は彼女が休めていた手を動かし、「腑に落ちないわ」というようにフォーク
で頻りにサラダを突き刺していた。夢というのは大きく空想という意味もあるのだが、教師としては子供らしくしかるべき事柄を書
いて欲しかったのだろう。しかし、当時小学生の彼女が文集を書いたとき、彼女にとって後にスチュワーデスも不幸な被災者もな
りえたもう一つの世界だ。
私はさきほど歩いてきた外の景色に目をやった。オフィス街はいつもどおりの賑やかさを見せている。今こうして過ごしている時
間もそんな多くの選択肢の一つなのだろうか。
「それで、実家にはいつ帰るの?」思い付きの選択だったが、私も彼女と共に故郷に帰ることにした。
次は「博物館の事故」
「何度も盗まれた」という言葉の矛盾がおわかりいただけるだろうか。
盗まれたものは手元にないはず。しかし、再び盗まれる。
なぜか。それは盗まれたものが手元に戻るからだ。
そして、その本は文字通りの意味で「何度も盗まれた」本だった。
マサチューセッツ州アーカムにあるミスカトニック総合大学に
付設された博物館。その本はそこに所蔵されていた。一般展示は
されていないものである。通常は貸出禁止の書庫に所蔵されている。
度々盗まれたので貸出禁止になったのか、それとも貸出禁止に
なったから度々盗まれるようになったのか。とにかくその本は
よく盗まれた。
博物館の事故?いや、むしろ日常だ。それほどその本は盗まれたが、
不思議なことにその本は必ず博物館に戻ってくるのだった。
失踪した人間の部屋で見つかることもあれば、郵送されてくることもある。
館長の机の上に単に置かれていることもある。
とにかく、その本はなんらかの理由でこの博物館に戻ってくる。
そして再び盗まれる。
それはまるで、本を手にした人間が自分の所持者としてふさわしくないと
本自身が主張しているようでもあった。
ある日、博物館に自然保護を訴える過激派テロが襲いかかった。
インスマス沖の岩礁爆破事故に、大学が関わっているという疑惑のためだった。
テロリストどもは博物館を占拠すると、その本に目をつけた。
本の中身をくりぬいて、中に時限爆弾をしかけるのだ。
そして学長に送りつける。学長も本ならば油断して開けることだろう。
開けずとも時間がくれば爆発するはずだった。
かくして、博物館の事故はおきた。
テロリストは博物館内の食堂で祝杯をあげていたところだった。
テロリストにとって不運だったのは、その本にとって、
学長が所持者としてまったくふさわしい人物ではなかったということだ。
次は「宇宙盆踊り」
宿題などすっかり飽きてしまった俺は、居間の卓袱台に突っ伏すような姿勢で漫画本を見ていた。
「なんちゅう格好で本見とるんや、ワシみたいに腰曲がってまうで」
婆の声だった。居間に入るなり婆は俺を叱った。
「お婆ちゃん、びっくりするやんか」
「ああ、な」
婆は曲がった腰をさらに折り曲げて座布団を引き寄せると、いかにも年寄りくさい仕草で座った。
「それよりな翔、今年も盆踊り大会あるやろ?」
「ああ、あるで」
俺は畳の上に転がっていた盆踊り大会のびらを拾うと婆に渡した。
「お婆ちゃんも踊るさかいな、翔も見とってや」
「俺、友達と遊ぶんや。婆ちゃんずっとは見てへんで」
「それでかまへん」
婆は鼻歌と共に聞き覚えのある節に合わせて両手をかざし踊りの振りをやってみせる。
指がぴんと伸びている婆の手を見ながら俺は聞いた。
「お婆ちゃん、リウマチはようなったんか?」
「ああ、な。ようなったわ、塩田先生のおかげやな」
「そうなんか…」
「先生、町内会の役員やっとったからなぁ。今年も盆踊り大会の準備で忙しゅうしてはる」
塩田外科は町内で古くやってる外科だった。
「俊夫はどこいったんじゃ?」
「父ちゃんも町内会の集まりに行った」
「そうか、俊夫もなぁ…、そらええわ。ああ、ワシもそろそろ浴衣用意せなあかんな」
俺は婆ちゃんの相手をやめて漫画の続きを読むことにした。
間もなくして、台所にいた母がひょっこり現れた。
「翔、お父さん帰ってきたんか?」
「いや、まだや」
「そうなん?あんたの声が聞こえたから帰ってきたんかなって」
母は部屋を見渡した。
「あんまり散らかさんとってよ。お父さん、町内会の人連れてくるらしいから」
「うん」
「お父さん役員になってから盆踊りに宇宙とか大層な名前つけて…。盆踊り大好きやったお祖母ちゃんなんて言いはるやろな」
「別になんもゆえへんよ」
母は俺の顔を見ながら首を傾げる。
「お婆ちゃんは踊れたらそれでええみたい」
―茱萸木町、第57回宇宙盆踊り大会。
そう書かれた盆踊りのびらは座布団の横、畳の上に転がっていた。
次の題は「開かない障子」
218 :
開かない障子:2010/09/04(土) 12:23:33
夜の街中を当ても無くふらついていたら、思いがけずイケメンに声を掛けられた。
私も捨てたもんじゃないなあと思いながら、誘われるままに彼の家へと上がりこんだ。
今時珍しい純和風の佇まいに少し構えてしまったが、彼が優しく手を差し伸べてくれたので
緊張を解いてその手を取った。案内されたのは何も無い八畳間だった。
これからここに何か食べる物でも運ばれるのだろうかと周囲を見回すも、物音一つせず、
案内したきり彼も戻ってこない。
急に嫌な予感がして慌てて障子戸に手をかけるも、その戸はかっちりと閉まっていて
びくともしない。障子戸の向こうから静かな足音が近づいてきて、私は後ずさりし身構えた。
「無駄だよ。君はもうここから出られない」
「私をどうするつもり?」
「言わなくてもわかるだろう」
やがて、わめく私を無視して彼はぶつぶつと呟き始めた。
彼に罵倒を浴びせながら、私は怒りと憎しみに任せて障子戸に掴みかかった。
暴れたがために破れた障子の隙間から彼の姿が見える。その手にはしっかり数珠が
握られている。
「早く成仏することだな」
隙間越しに私と目があった彼は、不適に笑って、懐から出した札で障子を塞いだ。
お次「妹と3つの秘密」
私の妹はどうにも食えない女だった。
幼い頃から甘い嘘で人をたぶらかすことを覚え、またそれがばれないように工作するのも上手かった。
まだ私も彼女も小学生だった頃に、こんな事件が起こったことがある。
昼下がりの太陽が照りつけ、蝉がそこかしこの木々で鳴いていた夏。
私たちは二人で近所の駄菓子屋まで棒アイスを買いに行った。私は母から貰った小銭を片手に握り、もう片方の手は彼女と繋いでいた。二人で流行りの歌を歌いながらの道のりは楽しいものだったのだが、私は途中で仕事に行っているはずの父を見つけて眉をしかめた。
家から駄菓子屋までの道すがらにあるわが家が使っていた駐車場に、父と知らない女の人がいるのが見えたのだ。二人は親しげに笑い合い、お互いの首に腕を絡め、そしてキスを交わした。
私さえよく状況が分からずに混乱するしかなかったのだが、さらに幼かった彼女はいたって冷静に言葉を発した。
「お姉ちゃん、今見たことは絶対誰にも言っちゃだめだからね」
「……」
「……お父さんとお母さんがはなればなれになってもいいって言うんなら、別にばらしてもいいけど?」
「や、やだ!」
とっさに首をふって嫌がった私に、彼女はじゃあ言わないで、と小さく聞かせた。
アイスを買って家に帰ると父がいて私は目を合わせることができなかったが、彼女はにこにこと笑い何事もなかったかのようにアイスをほお張った。定時より早く帰宅した父にお仕事早かったね、と話しかけてもいた。
幼くして人たらしの天才、無垢に見せかけた小悪魔だ。
それから十年経った今でも私は彼女に言われたことを守り続けている。昔の小さかった私からしても、彼女は世界を動かしうる存在に見えた。
「紗耶香、」
「……」
「紗耶香、いい加減こっちにきてご飯食べなさい」
今だってそうだ。彼女は仏壇の前から私を放してくれない。立てかけられた笑顔の遺影に私は何度も問いかける。問いかけずにはいられなかった。
何故だ、と。
何故自ら逝った。
冷たくなった遺体が発見されたのは二階の彼女の自室で。眠るように穏やかだった表情のせいで、家族はしばらくそのことに気づかなかった。
母が夕飯の支度ができたから来いとさっきから何度も言っているのだが、私は彼女と対話したくてたまらなかった。それは私と同様に遺された父や母も同じはずだったが、やはり一週間以上も食事をまったくとらないことは無理なのだろう。今日は久しぶりの食卓となっていた。
「……ねえ紗耶香。悲しいのは分かるけど、いい加減食べないと体が持たないわよ……」
なおもかけられる母の言葉に振り向く気力は起きなかった。
若くして命を絶った彼女の心を、軌跡を追いかけたくて遺影に問いかけ続けているのだが、彼女は何の秘密も明かしてくれることはない。
次「不器用と偏差値」