次のお題は「聾唖の医師」
お題「聾唖の医師」
メクラの按摩ってのがいますでしょう。と、傍らに立つ男が言った。薄暗い診察室に寝かされて身動きができないものの、
男の顔つきだけはやけにはっきりと見える。天井からぶらさがる電灯が独特の白い灯りで私を照らし、体は妙な薬でうま
く動かすことができない。かろうじて眼球だけをなんとかめぐらすことができた。
「メクラってのは、いまはあんまり使っちゃいけない言葉なんですってね。でも昔はあたり前だったんでこのまま話しますが、
見えないでしょ? メクラは見えない。昔は見えなきゃ生きていけませんから、普通の生活なんかはとても望めなかった
んですね。盲人用のアレコレが充実してませんからね」
そういう人間はですね。按摩になるんです。と、男は続けた。
「按摩はメクラと決まってたんですな。だから障害者を切り捨てる社会かっていうとそうじゃなかった。メクラでも生きていく道
がちゃんと用意されてたってわけです。そのかわり、徹底的に仕込まれる。体に教え込まれる。メクラはですね。夜歩くとき
提灯を持って歩いたって言います。なんでかわかりますか?」
ぎょろり、と男が私をのぞきこんだ。
「み、見えないんでしょう? なんで――なんで提灯なんかを持って」
私がそう言うと、男は満足げに笑った、のだと思う。
「見える人のために持ったんです。メクラは目が見えないから昼も夜も暗い。寝てもおきても真っ暗なんですが、訓練のたま
もので見えなくても良く動けるんですな。でも我々はそうはいかない。暗いんじゃなにもできない。夜、夜中にメクラが向こう
あら歩いてきてごらんなさい。見えない私はぶつかっちまう。いくらメクラでも不意に現れる人間には対応できんのです。だ
からあらかじめ提灯を持って、ここにいますよと。所在を明らかにして歩くんですな。どうです。凄いでしょう」
男は楽しげにこちらを見ていた。
「な、なんでまた私にそんな話を?」
「いやね。あなたを担当する医師がですね。聾唖なんですよ。俗に言う奇跡の人。でも予備知識なしじゃ怖いでしょ。だから
先生がこられるまでの間、私が小話を聞かせてたってわけです。それじゃ、準備しますからお口を空けてくださいねー」
男が有無を言わさぬ語調でそう言うものだから、私は口を空けて口腔を晒す。しばらく歯石など除去していると準備が終わった
ようで、先ほどまで傍にいた男は立ち上がり、私の頭の方へ立った。
「それじゃ、先生来られましたから処置お願いしますねー」
と男。
「ま、待ってください、なにか間違いでもあったらどうするんですか!?」
と私。
「いや、平気なんですよ。なんせ聾唖ですから――」
いくら痛くって抗議しても、聞こえやしませんからね。静かなもんです。
次「廃駅に来た列車」
age
辺境の駅に左遷されたトーマスは、駅長に愚痴を吐き続ける毎日だ。
駅長は言う「トーマス、デービットはもっと大変なんだ」
「トーマス、デービットはもっと大変なんだ」
「いいえデービットより私の方がもっと大変よ」
メリンダは言った。
「いやいやメリンダよりもっと大変なのは僕だね」
トムは言った。
「いいや、私の方がもっと大変アルよ」
隣に住む李さんが言った。
「いえいえ、私の方が大変だと思います」
その隣の洋子さんが言った。
「にゃーにゃーにゃー(ぼくのほうがたいへんだとおもうよー)」
「何を言っているのですかーワタシの方が大変でース」
フランス人のジャンが言った。
(さて問題です。トムより大変で、洋子さんより大変じゃない人の名前はなんでしょう。また、その人の国籍は何でしょう。英語で答えなさい)
「どうしたんですか、サトシくん。これに答えられないようじゃ、有名中学には受かりませんよ〜」
家庭教師の誠一さんが、机の傍らでめがねを押し上げながら俺にそう言った。
……一番大変なのは俺じゃねーのか……。
次「毎日がバカンス」
「毎日がバカンスだったらなあ」
「知ってるんですか? バカンスは1ヶ月近くの休みを連続して取ることを言うんですよ」
「そうじゃなくてさ、バカンスみたいな過ごし方を」
「あとヴァカンスですね。綴りがvacanesなので、日本語的な発音としては」
「……バカンスみたいな過ごし方をしたいんだよ」
「良いじゃないですか」
「そうだな」
次のお題「O2の濃度」
「えーみなさんこんばんわ。お馴染みのカーリスペクトのお時間です。今日はダイサンの晴海ショールーム
で行われた新型車の披露パーティにおじゃましました。さっそくですが、ダイサンの技術主任である渥美さん
に聞いてみましょう。どうですか、新型。凄いですねー。威圧感というか、さすがですねぇ」
「ありがとうございます。当初のコンセプトどおり、海外はもとよりあらゆるシーンで活躍するセダン、というのを
基準に開発を進めておりました。昨今ではRV車であるとか、いわゆるワゴン車が人気の主流を占めておりま
すが、やはりもう一度セダンの美しいフォルムで業界を席巻したいという意向がありまして、そう言う意味では
この車が次世代の若者のキーワードとなりうる、と考えております」
「は。ありがとうございます。それでは次にスペック面でのセールスポイントからうかがって見ましょう」
「スペックはですねえ──、もう従来の車から逸脱したものを目指そうということで、出力が800psということで、
目指したのは1000なんですが、どうしても、その、空を飛んでしまうのではないかという危険性があるものです
から、これは断念せざるをえなくなりました。ちなみにトヨタのアリストが280なんで、コレはもう世界最高です。
一応ドイツのアウトバーンでは2,2秒で時速680kmまで加速しました」
「すご! いや、さすがにそれは危ないような気がしますが──」
「いえいえ、カタログスペックですので、販売時には国内の基準に準拠して販売されます。それから次に
エクステリアですが、牛本皮のみの仕様になりまして、これは昨今の高級志向をそのままベースにもってきた
ものです。リクライニングはオートで、これは背もたれが時速130kmで上下しますから──」
「え!? 運転中にそんな猛スピードで座席が動くんですか!?」
「最大で、です。もちろんレバーの調整で通常の可動も、可能です。次にパワーウィンドですが、こちらは
新しい概念でリニア駆動の概念をもちいまして、それにともなって強化ガラスを採用しておりますので、ちょっと
した事故では割れません。逆に閉じ込められた場合はNT火薬が仕込まれていますので、これで爆破して
外へ脱出するかたちになりますが──」
「ちょ! あぶないですね!大丈夫ですかその車」
「大丈夫です。新型エアバッグが爆風を防ぎますから。えー。もっとも重要なのがウィンドの開閉でして、これ
はリニア駆動ですから、早すぎてもう肉眼では視認できないまでに調整しました。音も無音です。車内のテスト
では、実に1000人中980人が腕か頭を切断するということになりましたから、切れ味も抜群――」
「駄目でしょ! それ駄目でしょ! あんたおかしいよ!!」
「そうじゃないです。これは違うんですよ。もちろん、空調が完璧なので、窓の開閉はできないように設定する
ことも可能なんですから」
「だ、大丈夫なんでしょうねぇ」
「大丈夫です。最後に、当社の威信をかけて標準装備にした高濃度高圧酸素システムですが、これはよく
リラックスルームなどに設置してある酸素カプセルをそのまま応用したもので、高濃度の酸素を供給すること
で血中のヘモグロビンに作用して意識を覚醒させたりリラックスさせたりするもので、小型化が非常にむずか
しかったんですが、圧力をかける筐体をそのままボディに転用させることで、奇跡的に開発が進みました。
これで運転時の急な眠気を格段に防ぐと共に、安全快適なドライブを満喫する──」
「凄いじゃないですか! そういうの言ってくださいよ!! よくありますよねー。急に眠くなっちゃって、高速
道路だったら次のパーキングまでどうしようかなぁとか思ったり! 家族が寝てて自分だけが寝れないお父さん
に朗報ですね!! これはエアコンみたいな感じでオートとかにできるんですか?」
「抜かりはありません。シートに取り付けられたセンサーでドライバーの体調を管理しますので、披露がたまった
とマシンが判断した時点で酸素の供給をはじめます。運転時の余計な動作や視点移動は極力させない方向
で開発しております」
「ほぉー。へぇー。まさに夢のマシンですねー!」
「そうです。ちなみにマニュアル動作では、酸素の供給率をなんと地上の6000倍にまで高めることが可能に
なっておりますので──」
「え? それってどういうことですか?」
「ですから6000倍の酸素で、これは昨今流行のガス自殺を抑制する、目的で標準装備でして、練炭や洗剤
などあえて買う必要はないわけです。つまり致死量をはるかに超える酸素で一瞬で酸素中毒を起こしますから
もう苦しいとかはまるでないので、ご家族で──」
「はい止めて止めてー。カメラ止めてー」
次のお題「季節はずれの花火」
15行以内で書き直せ
誤爆?
馬鹿だな。
15行って縛りが絶妙なんじゃないか。
20行なら簡単だもん。
よくわからんが、新ルールの話題は感想スレでやれば?
次のお題「季節はずれの花火」
長いのやめろ。
17 :
季節外れの花火:2008/06/29(日) 04:42:36
正月も押し迫る師走の時分である。今朝からしとしとと降り始めた雪は、今は踝のあたりまで積もっている。
時刻は六時を回り、私が店を閉める準備をしていると、一人の男性――三十路程であろうか――がふらりと店先に現れた。
焦点の合わぬ狂気じみた、なんとも薄気味悪い目をしている。
もうごらんの通り店じまいなのですと云うと、男はやはり血走った眼のまま、花火はありますかと聞いてきた。
突然の問いに私が躊躇していると、あなたにも私が気違いに見えますか、と落胆したようにぽつりぽつりと喋り始めた。
「私には八つになる一人娘がおりますが、その娘は今重い病で床に伏せております。医者に看てもらいましたが、年を越すのも難しいとこう云うのです。あの子も薄々気づいているのでしょう。私が何か欲しいものはあるかいと尋ねると、死ぬ前に花火が見たい、と。
私にはあの子が不憫で溜まりません。どうせ幾ばくもないその命、これが最後の頼みになるかもしれぬのならば、娘の頼みを何とか叶えてあげたいと町中を探していました。もしこちらに花火のひとつでも残っているのなら、譲っていただけないでしょうか」
私は一寸見てみましょうと店に引き返した。
「――奥に一本だけ、線香花火が残っていました」
お代は結構ですから早く娘さんのところに帰ってあげなさいと私が云うと、男はそのたった一本の線香花火を雪に濡れぬように財布に大切にしまい、何度も礼をいって闇の中に消えて行った。
私は煙草に火を付けて、ゆっくりと煙を吐いてから、先程の問いに答えていないことを思い出して、小さく呟いた。
「――只、季違いなだけですよ」
まだ雪はしとしとと降っている。
次のお題は
「逆さ看板」
18 :
逆さ看板:2008/07/03(木) 03:24:00
あるところにたいそう働き者の夫婦がいました。
夫婦は定年まで勤勉に働いて、貯めたお金で喫茶店を始めることにしました。
喫茶店の名前は、みんなにくつろいでもらいたいとの思いを込めて「くつろぎ」
お店の看板は主人のお手製です。
丹精込めて作った看板はなかなか良い出来で、早速店に掲げることにしました。
しかしそんな夫婦を苦々しく見つめている人物がいました。
隣にすむ意地悪夫婦です。
この夫婦ときたら、とにかくぐうたらで働くことが大嫌いです。
いつも働き者の夫婦に対して「真面目に働くなんざ、バカのすることだ」と見下して笑っていました。
ぐうたらなせいでいつも家計は火の車です。
そんな折、隣の働き者夫婦が喫茶店を開くとの話を耳にしました。
意地悪夫婦の心の中は、自分たちは貧乏なのにどうして隣の夫婦だけ…と、妬みの気持ちでいっぱいになります。
そして夫婦で相談して「何かいたずらをしてやろう」という計画が持ち上がりました。
いたずらと言っても、もともと気の小さい意地悪夫婦は、ほどほどのいたずらしか思いつきません。
そこで、夜な夜な喫茶店に出かけていって、ご主人自慢の看板を逆さにしてやることにしました。
朝、お店に来た働き者夫婦はびっくりしました。看板が逆さになっていたのですから。
良く見ると、逆さになっているだけで傷も無く、直せば元通りに出来そうです。
夫婦2人がかりで大きな看板を元に戻し、お店の仕込みを大急ぎでこなして、なんとか開店時間に間に合いました。
19 :
逆さ看板:2008/07/03(木) 03:25:21
「誰がこんなことをしたんだろう…」
いたずらをした者に対して、怒りが沸くことよりも、こんなことをされるほど恨みを買っていることに、
働き者夫婦の心の中は、悲しみの気持ちでいっぱいになります。
でも、そんな善良な夫婦の気持ちを踏みにじるかのように次の日、また次の日も看板は逆さになっているのでした。
看板を毎日逆さから元に戻さなければならないことで、お店の仕込みや営業にも悪影響が出ます。
夜中、お店を見張ることも計画しましたが、自分たちの体力を考えるとそうも行きません。
考えあぐねていると、妻がいいアイデアを思いつきました。
それは、お店の名前をある言葉に変えるというものでした。
ある日の夜中、いつものように意地悪夫婦が喫茶店へいたずらをしにやってきました。
この情熱を、働くことに向けたらどんなに生活が豊かになったことでしょう…。
2人は、お店に掲げられている看板を見て、なんだかいつもと違うことに気付きました。
お店の名前が変わっていたのです。
「いこい」
「憩う」という意味から取られたであろうその文字は、ひらがな特有の曲線は排除されて、直線で書かれています。
つまりどんなに逆さにしても「いこい」と読めてしまうのでした。
これには意地悪夫婦も驚きです。
そして看板の下には張り紙があり、こう書かれていました。
「逆さになっても憩うことのできる、わが喫茶店へようこそ!」
次のお題「ブラックマウス」
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黒い鼠がつくられた。研究者はアメリカのジャクソン博士である。
私は友人である彼の元へと興味津々として訪ねた。
「いったい、どうやって生み出したんだい」
ジャクソン氏は口元のほくろを触りながら自慢げにいう。「アルビノさ」
アルビノとは別名「白子」とも呼ばれ、メラニン色素の欠乏により体色が失せる疾患である。白い虎や白い鰐など、動物から植物にいたるまでアルビノは発生する。
「アルビノは知っているが……それがいったい?」
私がそう聞くのを待っていたかのように、彼はすらすらと答える。
「アルビノはメラニン色素――つまり体色を呈するものがなくなることによって白くなる。私は興味本位で、アルビノを人工的につくることができないかと考えたんだよ」
ジャクソン氏は言葉を切り、シガレットに火を点ける。煙の向こうに、黒い鼠の飼育ケースが見える。まったりと煙をのむ様子に焦れ、私は先を促した。それすら彼の意図のうちなのだろう、口元には微笑が浮かんでいる。
「物事には有と無がある。このとき、どちらかをつくろうと考えれば、君はどちらを選ぶ?」
私はしばし考え、「有」と答えた。
「だろうね。無と有では、無のほうが遥かに難解だ。悪魔の証明にも、そのことはあらわれている。だから私は――」
彼は紫煙をくゆらせ、そして私の目を覗き込んだ。「有を選んだのだよ」
その言葉に、私は気づいた。
「なるほど、そういうことか。色素を鼠に植えたわけか」
ジャクソン氏は満足げに頷いた。私は彼を賞賛した。単純ながら明快だ。しかし彼は浮かない顔をした。
「だが残念なことに、私の子らも――短命なのだよ」
アルビノは色素がないために、免疫力も低い。白い動物は珍しいため、見世物目的で延命を図ることは多いが、どれも失敗に終わっている。
「白子が短命なのはわかるが、その――黒子が短命なのはなぜなんだい」
「それはね、人間と一緒だよ。人が陽焼けをすると黒くなる。あれは紫外線によるメラニン色素の沈殿だね。だが陽焼けも程度がすぎると黒化し、癌となる」
私は短く何度も頷いた。「なるほど。ではその黒子も癌で……」
うなだれる彼を見て、私は「せっかくの研究が無駄になってしまったね」といった。
「いや、薄命ではあるが利用価値はある」
首を傾げる私をよそに、彼は続ける。
「アルビノと違って私の子らは、その遺伝子をその子供たちに強く残す。だから彼らを野に放てば――」
「――害獣駆除か!」
嬉々とする私に、ジャクソン氏は微笑みかける。彼の機転には頭が下がる思いだ。
なるほどな、と納得しながら飼育ケースを見たとき、ふと疑問に感じた。
「まさかとは思うけれど、君の子らは血も黒いのかい?」
「よくわかったね。その通りだよ。血液にも色素が流入するらしい」
私はにやりと含み笑いをした。
「いい考えがある」今度はジャクソン氏が首を傾げた。
「愛玩用の齧歯(げっし)類に同じ術を施すんだよ。そうすれば――」
私が言葉を止めると、ジャクソン氏は身を乗り出し先を促す。その手のほとんどが灰となったシガレットを、つまんで消してやる。
「死んでも赤い血は流れない。誰でも処分できる手軽なペットの完成だ」
目を点にしていたジャクソン氏だったが、私の笑みを理解したふうで、ほくろをいじりながら私を指差して笑った。
「ブラックマウス!」
次の御題は「距む(こばむ)、躓く(つまずく)、跪く(ひざまずく)」
あげあげ
男は横越のことを好いていた。人格がどうとか人相がどうとかではない。一個人として、恋愛の
対象として男は横越のことを好いていた。ずっとずっと長い間胸にその思いを秘め続けていたのだ。
だからその日、男の胸中が溢れてしまったのはどうしようもないことだったのかもしれない。
横越は夕焼けに照らされた帰路の途中、男に告白された。お前のことが好きだと。愛していると。
同じ男である友人から告白されてしまった。
当然のことながら横越は慌て戸惑った。いきなり何を言い出すんだこいつは、と目の前で真摯に自
分のことを見つめている男の頭のことを心配してしまったほどだった。だが見つめてくる瞳に冗談の
色は伺えない。横越は男の告白が真実であるということを悟った。
「……ごめん。お前の想いには答えられない」
沈黙を破ったのは、そんな横越の一声だった。横越には男色なんて趣味はなかったし、好きな異性がいたのだ。
「綾瀬か……」
そう男が呟く。横越は一体どんな顔をしたらいいのやら分からなかったが、事実であったので頷くことにした。
「あんな女……あんな女のどこがいいんだよ!」
男が吠える。
「俺の方がお前のことを知っている。お前の好きな食べ物も好きな本のジャンルも音楽も、もちろん
嫌いなものだって綾瀬なんかよりも知ってる。あんな女よりもお前に尽くすことが出来るんだ」
「でも、お前は男じゃないか」
横越が反論する。男は顔を真っ赤にして目に涙を溜めると、横越の服の裾を掴んで縋り付くかのように跪いた。
「お願いだ。お願いだよ横越。俺を好きだって言ってくれよ」
「……僕は鈴丘のことが好きだよ。いい奴だと思ってる。でも、それは友達としての想いだ。恋愛感情なんかじゃない」
「横越、横越」
「しつこいぞ」
横越は一喝すると、男の手を振り払って一人歩き始めた。その背後で男がしくしくと泣いている。
横越の胸がちくりと痛み、そして同時に大きな決意が生まれていた。綾瀬に告白する。男とは言え、
一人の人間の告白を断ったのだ、けじめをつけねばならないと思っていた。
翌日。横越の目の前には綾瀬が立っていた。
「綾瀬。俺、お前のことが好きだ。大好きなんだ」
「ごめんなさい。私あなたの想いには答えられない」
沈黙を破ったのは鈴のように鳴り響いた綾瀬のかわいらしい声だった。
「鈴丘か……」
そう横越が呟く。綾瀬が目を伏せがちにぎこちなく頷いた。
ぐだぐだでスマソorz
次「一人ぼっちのまっしろコウモリ」
お題のニュアンスにそぐわないけど
ゆらゆらと煙が流れている。
この独特の揺らめきは、工場の煙突から出される禍々しさはみじんも感じさせず、
また野焼きのように鼻に残る臭いを放つ野蛮さもない。
ただ緩やかに香りを立ち昇らせながら流れているのだ。
そう、例えるなら蝙蝠の群れのように、奇妙に揺らめいて漂うように流れる。
空を覆うような蝙蝠の黒い影がただ白くなって流れているかのようで、私はその煙が
群れを成す仲間のように思えて嬉しくなった。蝙蝠のように黒い衣服を纏った集団の
中、真っ白な衣服でいるのはただ一人、私だけなのだ。
今となってはいるだなんてそんな表現も霞みそうなほど、存在が不確かに成り果てて
しまったのだけれど。
部屋に充満する線香の香りが懐かしく思えて、私は何度も手繰り寄せるように香りを
楽しんだ。この奇怪な行動だってどうせ誰の目にも映りはしない。
命とはきっとこういう香りに違いないと、そんなことを考えながら私はこの煙を共に
一人この世を後にした。
次「芯のない色鉛筆」
私が持っている色鉛筆には芯がない。
「細長いだけの木の棒で何の役にも立ちはしない」
あなたはそんな風にいっていたけれど
これでだってちゃんと絵をかける。
先を削って尖らせて
強く強く押し当てて、押し当てる手に力を入れて、さらに強く強く……
ほら、こうすれば絵が描ける。
……そんなに声をあげないで?
私はこれから絵を描くのだから、気が散ってしまう。
早く仕上げないと、あなたの血が乾いてしまうでしょう?
次「扇状」
29 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/11(木) 23:49:59
近頃の日課は、彼女の空想癖を眺めることである。
ぼんやりと虚ろな目をしている彼女だが、その頭の中は常に展開し続けているのだ。
どんな世界を描いているのか僕には知る由もないが、微々たる表情の変化がその世界の
感情を確かに伝えている。
言葉無くして伝えられるその感情達は、一層深い意味を込められているようで、僕は入り
込めぬその世界に妙な愛しさを感じていた。
その愛しさから無抵抗な彼女の身体を抱きしめると、彼女は現実への覚醒と空想を継続
しようとする意識の葛藤に酷く苛まれるようだった。時には苦悶の表情さえ
浮かべることがある。
本当はすぐにでも彼女を現実に戻すべきなのだが、その度に僕は決して目覚めさせぬ
ようその身体を突き放した。
それは空想世界が展開するたび、移り変わる表情が時に毒性を秘めた艶やかさを
見せるからである。僕はそれを待ち望み、わざと彼女が目覚めることをしないのだ。
世界が展開するその扇状は、僕にとって煽情なのである。
間違っていると解かりながら、空想し続けることが愛の証明だと僕は迷うことなく彼女に
押し付けた。
空想癖に捕われているのは果たしてどちらなのか、近頃はその判断もままならない。
次「嘘前提の指きり」
「嘘ついたら針千本飲〜ます、指切った!」
大仰な荷物を持つ人達がせわしなく行きかうロビイの隅で、彼女は明るくそう言った。
私と彼女は一週間前に慌ただしく祝言を済ませたばかりで、
どちらも口には出さないが、私のこの旅立ちを非常に心苦しく思う点では同じだろう。
だから、彼女、いや妻は再会の約束として、指きりを言い出したのだ。
私には言えなかった。
再び帰ってこれなければ、再会の約束を反故にした事になる。
だがそうした所で妻が「針千本を飲ませる」事もできないのだ。
最初から強制力の全く無い、気休めに過ぎない契約。それでも私には拒む事など考えられなかった。
「もういいのかい?」
離れた場所にいた母が近寄って訊ねた。
「ええ、済みました。お母さん」
改札をくぐり、大仰な旗や襷(たすき)を掲げた方々に見送られて、
手すりまで炭をかぶった列車が、ぎこちなく走り出そうとしている。
私は手すりにつかまり、身を乗り出して妻の姿を探す。妻が大声で叫んだ。
「お国のために、立派に死んでくださいませ!」
>>30です。
忘れてました、次回のお題。
「雪と蝉」
32 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/13(土) 12:11:26
僕はコートの襟を立てて街を歩いていた。
肌を刺すような風が吹き抜ける。やっぱりマフラーをしてくるべきだったな。
木が何本も植わった通りを歩いていると、どこからともなく蝉の鳴き声が聞こえてきた。
ん? 僕は立ち止まる。今は12月だ。蝉がいるはずがないな。たぶん他の虫だ。
思い直して、僕は再び歩き出した。
しかし、その虫の声は、僕が歩くにしたがって次第に大きく鮮明に聞こえてきた。
間違いない。これは蝉だ。
蝉は現実にこの寒い真冬の中、生きているのだ。
そしてどうやら、僕は蝉に近づいているらしい。
どこだ? どこにいる?
僕は真冬に生息する蝉に興味を抱いた。新種か? 突然変異か?
皮肉なものだ。真夏の蝉はただうるさくて、鬱陶しいとしか感じていなかったのに、真冬の蝉を一目見たいと探している僕がいる。
僕は蝉の声が聞こえてくる方へと近づいていった。やがて蝉は鳴きやんだ。
たぶん、ここらへんだな。僕は見当をつけて周囲の木を注意深く観察した。
5、6本の木の周りを何周もまわって、往復して、それから僕はため息をついた。
何をやっているんだろう? いい年齢した男が蝉を見るために暇でもない時間をつぶして。
僕は諦めて、その場を立ち去った。
20メートルくらい離れた頃だろうか。再び蝉が鳴き始めた。
僕は立ち止まる。後ろを振り返る。走って戻ろうか、蝉を無視して目的地へ向かおうか迷った。
僕は考えた末に、前を向いて前進することにした。これ以上、蝉には付き合っていられない。
時間がもったいない。僕にはやるべきことが山ほどあるんだ。
蝉の声が遠のいていく。あの蝉はいつまで生き続けるのだろう。寿命はあと何日だろうか?
もし、あのままあそこにもう少し我慢強く立ち止まることができたなら、僕は蝉を見ることができたかもしれない。
そしたら、僕の人生なにか変わっただろうか?
そんなことを考えた。
頬に冷たい感触が伝わってくる。僕は空を見あげる。
雪だ。
次「道は閉ざされて火星が降り立つ」
33 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/15(月) 15:44:41
<道は閉ざされて火星が降り立つ>
大学の講堂の壁にこんな落書きが書いてあった。
それを見て理学部の川野が言った
「よくぞ、こんな下らない落書きが書けるもんだなぁ。
気が知れん。道は地球上にあるものだし、火星は惑星だ。
構成要件が違うものをどうやったら並列にできるんだか」
「はははっ。おまえはブンガクというものをわかってない」
胸を張って応じたのは文学部の生垣だった。
「ブンガクとは響きだ。耳に残る一片の詩歌なのだ。
素晴らしいじゃないか、この響き」
「あほか」
心理学部の神埼が割って入った。
「これは抑圧された人間の心理を語ったものだ」
その物言いには迫力があった。
「絶望と暴力性が文脈から読み取れる」
「あんたたち、バカね」
背後から声をかけたのは、教育学部の山田。
「これは幼児性から抜け出せないバカ学生の単なるら・く・が・き」
次のお題
「偽装」
34 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/16(火) 16:33:41
<偽装>
「やっぱりこれは拙いでしょ」
「わからんさ。バレなければいいんだから」
「でも、限度がありますよ。私たちまでがやっているとなっちゃ、
示しがつかないじゃないですか」
「わかるわけないさ。欲の皮のつっぱった連中にわかるわけがない」
「そうですかあ? 私はじきにバレると思いますよ」
「なに、今までバレなかったんだから、これからもバレないさ」
「ま、たしかに。これだけ異常気象と不景気が続くなら、フツーおかしいなって、
気づきますよね」
「それだけ、俺たちを信用しているってことさ。
どーせ、奴らには見えんのだし…」
「けど、参拝者に対して申し訳ないじゃないですか。
神殿には七福神のうち二福神しか残っていないんですよ」
「ま〜、そう言うな。あいつらも有給休暇が溜まっているんだ。
今まで、ずっと休みが取れなかったからな。
おっ、静かにしろ。賽銭が入ってくるぞ。元の位置に戻れよ」
次「地動説と天動説」
>34なんだけど…
厨って誰のことかと思えば自分のことじゃん
看板よく読めってな
次のお題を訂正<トリケラトプスと秋の空>
ご迷惑かけました申し訳ありませんm(_ _)m
36 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/18(木) 13:08:35
盛り上げた砂に葉っぱを刺してAと僕は遊んでいた。
二人にとってそれは恐竜のトリケラトプスで、その公園で一番強い僕らの仲間であった。
思い出すとなんて馬鹿げた遊びなのだろう。一人公園でタバコを燻らせる今、
おかしくてならない。さきほど別れたAも、この二人の遊びを思い出せばきっと馬鹿だと
笑うに違いない。大した遊具の無い公園だが、ここは僕らの一番の遊び場だった。
何より砂場があれば夜に近い夕暮れまで飽くことなく遊べたのである。
僕は何度目の色になったかわからないベンチへ腰掛け、煙を空へ吐き出した。
遠い空を突き進む白い点はきっとAが乗っている機体だろう。
突然の留学なんて、まったく本当にあいつらしい。
昔から何でも突然な奴である。遊びの誘いや泊まりの押しかけ、引越しにお見合い、
今回の留学。一週間もしない内に突然帰国しやしないかと密かに期待さえしてしまう
ほどだ。
僕は苦笑しながらAの乗る機体が去り行く空を見つめた。
一人の公園は思いがけず寂しかった。
昔、僕らが公園を去る時、トリケラトプスもこんな風に見つめていたのではないだろうか。
らしくない考えだと思いながらも、込み上げる確かな感情に空が滲んだ。
次「沈黙の預言者」
預言者とは、言葉を預かる者である。そしてその言葉とは総じて、神からもたらされたものである。
しかし、私は神を信じていない。これは特別な事ではなく、現代の日本人――特に私を含む「若者」と呼ばれる世代においては、よく見られる事例だろう。
「なんか元気ねよえな。どうした?」
「どうもしない」
神は信じていないが、私は言葉を預かった。信じてもいない神からではなく、親しい友人から。
その言葉を伝えるべきは、呑気な顔でオレンジジュースのパックを見る見る凹ませてゆくこの男。
隣の席の、馬鹿男。
「そんなしかめっ面だと、美人が台無しだぞ」
「ふざけろ」
私は、言葉を預かった預言者だ。
「ねえ」
「なんだ?」
預言者は、その言葉を伝えなくてはならない。だから――
「……社会の窓、開きっ放しなんですけど」
「うそっ!?」
そう、嘘だ。無意味な嘘。実に滑稽。
「はあ……」
「……お前な、人の事おちょくった直後に溜息たあどういう了見だ。怒るに怒れねえだろ」
「あの子ったら、またなんでこんな奴を……」
「はあ?」
口は回る。回っている。だけど今の私は、預言者という立場からすれば沈黙しているも同然だ。
『放課後、体育館の裏に行ってこい。あんたを待ってる子がいるから』
これが友人から預かった言葉でなく、自分の言葉だとしたならば、私は沈黙せずに済んでいるのだろうか。
……いや、どうせ同じ事だろう。
昼休み終了のチャイムが鳴った。
放課後は近い。
次「釣り人とバス停」
ええ、ちょっくらくだらん話に付き合ってもらおうかと思っとるわけですがね。
とある所に、とてつもなく大きなお寺があった。そりゃあ立派なもんだ。なんせ、天下に名だたる浄土宗でも五本指に入ろうかという代物だ。
毎日わんさと観光客がやってくる。金は天下の回り物たぁよく言いますが、集まる所には集まるもんだ。こりゃあ笑いが止まらねぇってんで、ついに寺の真ん前にバス停まで立てちまう始末でさぁ。
ところが、ある日そのバス停の前に奇妙な男が現れた。
キャップにサングラスにライフジャケット、手には釣竿。釣り針をアスファルトの道路の上に寝そべらせてやがる。世に釣り人は多かれど、こんなキテレツなツリキチはついぞ見たことがない。
見かねた住職が寺から飛び出した。
「ちょっとあんた、一体何やってるんだ。ここは由緒ある寺の前だぞ。何のつもりか知らんが、他の客の迷惑だから、さっさとその釣竿をしまいなさい」
「いやぁ、ちと知り合いから、いいネタが入りましてね。穴場があるってんで、こうやって汗水たらしながら、糸を垂らしてるってわけでさぁ」
男の言うことはさっぱり要領を得ない。住職が更に問い詰めると、男はこんなことを言い出しやがった。
「いやぁ、でも、ここ、釣れるんでしょ?」「何が?」
「いや、何って。バスが」
・・住職は絶句するしかない。なんせ、乗り物のバスとブラックバスを勘違いするおおうつけだ。
それはともかく、釣り針が他の客に引っ掛かりでもしたら大変だってんで、住職が男を取り押えようとした。
その時!道のはじっこの方からバスがやってくるじゃありませんか!
「お、来た来た!」
男が、えいやっとばかりに大きく釣竿を振りかぶる!住職は慌てて、その体につかみかかる!
・・当然二人はもみくちゃになりまさぁな。もうてんやわんやだってんで、周りにいた観光客達も、なんだなんだと二人を取り囲みだした。
そうこうするうちに、その群衆の横をバスはすーっと走っていっちまいました。
ため息をつきながら男がキリキリとリールを巻いていくと、なんと住職がすすっと浮き上がっていくじゃないですか。よくよく見ると、釣り針は住職の袈裟に引っ掛かっている。
住職はそのツルツルの頭まで真っ赤になって「下ろせ!下ろせ!」と怒鳴っております。期待の外れた男は、肩を落としてこう呟いた。
「ちっ、今日もボウズか」
どうも、お後がよろしいようで。
つぎ。
『A4一人前、大至急』
「僕はね」
彼がつい、と顔を上げた。
埃の差す室内は、彼の瞳に潜む黒い輝きをそのまま引き出したように、暗い。
ただ、窓から入り込む光だけが暗闇の中に斜線を切り込んでいる。
「広い、大きな紙が苦手なんだ」
さて、何の話をしていたのだったか。
彼が自分の部屋に引きこもって……、何をしているのかと、私は尋ねに来たのだ。
迎えられた私は彼のひいた椅子に座らされ、こうして向かい合っているのだった。
「文字を書くときに……?」
「絵を書くときもさ」
広すぎては迷ってしまう。限界があるからこそ、人は生きていられるんだ――そう、彼は言った。
「なあ、A4を一人前、くれないか。大至急」
掌が私に向かって伸ばされた。
「何に使うつもりなの?」
「文字を書くか、絵を書くか、それしかないだろ?」
「でも、大きすぎるわ。B5の方が良いんじゃ……」
「いいんだ。早くしてくれ、早く」
意味不明の迫力に急かされて、私は立った。
「持ってきたら、この部屋から君は消えてくれ」
「でも」
「早く」
A4を持って戻り、私はまた部屋を去った。
半日を過ぎたあと、堪らなくなって再び尋ねたとき、私はそこに一つの折り鶴と彼の――
次、「りんごの花」
「ねえ、りんごの花って見た事ある?」
「いや、ないけど」
「今ね、りんごと桜の違いについて考えてたの」
「違い過ぎるだろ」
「そういう意味じゃなくて……まずさ、りんごって言ったら、どんなの?」
「え? ……皮が赤くて、向いたら薄黄色で、甘くて美味い――っていう答えでいいのか?」
「つまり、果物のほうが出てくるわけだよね?」
「そりゃな」
「じゃあ桜って言われたら?」
「花だろ。薄桃色で、春の象徴みたいな」
「なんでなんだろうね? りんごの花だってりんごだし、さくらんぼうだって桜なのに」
「なんでって……そっちがメインになったからだろ?」
「りんごの花ってかなり可愛いんだよ? 真っ白で、桜みたいにぶわって咲いててさ」
「んなこと言ったら、さくらんぼうだって別に不味い訳じゃないだろ。花がメインになったとは言え」
「だから不思議だなって。美味しい部分もあるのにまず見た目の綺麗な花が先にある桜と、綺麗な花があるのに美味しい部分が先にあるりんご。何が違ったんだろうね?」
「んー、そう言われても分かんねえな」
「……ちなみに、さ」
「ん?」
「あたしはどっちかな。桜かりんごか」
「んん? ……ああ、そういう。――さあなあ、多分りんごじゃねえか?」
「へへ、ありがと」
「……いや待て。これ、どっちにしたって外見も中身も褒める答えにしかなってないんじゃ」
「ブブー。取り消しは受け付けませーん。あたしはあなたにとって、りんごでーす」
「はいはい」
次「逆立ちと爪先立ち」
42 :
名無し物書き@推敲中?:2008/09/18(木) 23:36:33
age
「あ〜あ、今日も疲れた。お前はいいよなあ。肉体労働じゃないから」
布団に横になるや否や、相棒がぼやいた。
「おまえが思っているほど楽なものじゃないんだぜ。これでも気を使うんだ」
半ば眠りに落ちながら答えた。
「とかなんとか言って、汚い仕事ばっかの俺とは違う」
「なら、一度やってみろ」
相棒の愚痴に思わず言い返していた。
「どんなに大変か。敵は四方八方から来る。まさに三次元の警戒が必要なんだぞ。疲れるったらありゃしない。おまえは一方向だけじゃないか」
ふんっ――相棒が鼻先で笑ったのがわかった。
「けど、おまえは目の前にウンチが転がっている光景なんてみたことがないだろ! 冷や汗ものなんだぞ」
「なら、こっちも言わせてもらうが、おまえは鳥の糞を浴びたことがあるか?」
そこまで言って、ため息をついた。
「所詮、俺たちは住む世界が違うんだ。俺はおまえにはなれない。逆立ちしてもな」
「やっぱ頭髪になりたい…なんて高望みだよなあ。爪先立ちしても無理なものは無理かあ」
「でもさ、寝るときだけは上も下もなく対等なんだから仲良く眠ろう。明日も忙しいから」
次のお題「アルキメデスと軍用機コックピット」
44 :
アルキメデスと軍用機コックピット1/2:2008/09/20(土) 00:32:57
一人の研究者がコックピットに入っていった。
いかにも研究者風なその優男は戦闘の何たるかを分かっているのだろうか。
軍用機のパイロットは顔をしかめた。
コックピット内では研究者がしげしげと機器を眺め回している。
ずいぶんと使い勝手が悪そうだ、という呟きがさきほどからあまり機嫌のよくない
パイロットをもっと不愉快にさせた。ぶつぶつ言いながら、あちこちに書き置かれた
紙切れが目障りで仕方無い。
足元に落ちた一枚に気づかず、そのほんの紙端を踏んだとたん、
「足をどけろ」と容赦のない叱咤が飛んできた。ついで
「これだから兵士は嫌いなのだ。野蛮で、人が殺せればいいと思っている」という声も。
45 :
アルキメデスと軍用機コックピット2/2:2008/09/20(土) 00:34:54
パイロット、もとい兵士は思った。我々とこの研究者にどれほどの違いがあるのだろうかと。
確かに研究者の視点と我々兵士の視点は違うかもしれない。
その研究の中で殺人を求めてなどいないからだ。あくまで研究対象を
探求しているだけに過ぎない。
その昔アルキメデスは発見と知識で大いなる功績を残した。
彼もただ探求しただけに過ぎない。そこに人を殺めようなどという気持ちは微塵も
なかった。しかし、その功績に数多の犠牲者がいることを彼は分かっていただろうか。
求めるものは違うのに、目的は重なる。
研究者の目にコックピットはどういう用途に映っているのだろう。
踏んでしまった紙切れにだって、意思とは関係なしに殺人要素が含まれているというのに。
兵士は唯一野蛮という言葉だけを素直に受け止めることにした。
血に染まった書きかけの図面にどれほどの価値があるのか理解できない。
まして殺してしまった研究者がどれほどの名の者なのか、知るつもりも無いからだ。
次「目隠しオッドアイ」
例えば、夜に人は眠る。なぜ、眠るのか、と考えたことはあるか? ないか?
誰かの前ではなく、彼女と二人きりの時でしか、こんな話をしたことは、なかった。
「眠くなれば寝るわよ。昼寝だってするでしょ」
この質問に、以前、彼女はそう答えた事を覚えている。
僕は夜になると、どうしようもなく奈落に落ちていくような感じがするんだ。
夜の底、にね。
「……よく、言っている意味が分からない」
そう言ったのも覚えている。
だからさ。
夜は死後の世界なんじゃないだろうか。
あの湿った空気を吸い込むと――何とも言えず、そうとしか思えない確信を僕は手に入れるんだ。
「言われてみれば、ね。昔からそういう考え方はあったのかもしれない」
じゃあ日の出の度に、人は生まれ変われるのかしらね。
暗闇に隠されて、涙を流す僕の左目は誰にも見えない。
右目は、笑っていたのだろうか。
だから僕は夜を歩く。
彼女に会いに。
次、「エキストラ夢路」
折角の日曜日は残念なことに雨だった。早く待ち合わせ場所に着いてしまって手持ち無沙汰になっていた小夜は、
差した傘を回しながらしとしとと時間を潰している。著名なアーティストが製作したモニュメントがある広場には、
小夜と同じく待ち合わせをしている人が数人いた。
ぽつりぽつりと、傘に当たる雨が小気味よいリズムを奏でる。小夜のちょうど目の前に出来上がった水溜りには
絶え間ない波紋が広がっていて、映りこむ景色を歪めていた。
何が始まりだったのだろうと、水溜りを見つめながら小夜は思う。出会ったばかりの頃は嫌なやつだと思っていたのに、
いつの間にか気になってしまっていて、まったく正反対の二人がくっついたもんだななんて周りから囃し立てられて。
苦笑いばかりの私とうるせえが口癖だった進くんはいつも一緒だったのに。
黒い革靴が水溜りを踏んで、撥ねた水が小夜の方まで飛んできた。スーツ姿の男性は露骨に眉間に皺を寄せて、
水溜りの元から忌々しそうに去っていった。小夜はじっと水溜りを見つめ続ける。
何が始まりだったのだろうと、小夜は考える。どうしてこんな気持ちにならなくてはならなかったのだろうと。
声がして小夜は視線を上げた。黒い傘を差した進二が硬い笑顔で手を上げていた。
遅れてごめんと謝る進二に、小夜はいいよと苦笑を返す。沈黙が降りて、じゃあ行こうかと進二が口にした。
この道の先には、彼との最後のデートが待っている。
ぼうっと遠くを眺めた小夜は、小さく頷くと進二の手をとった。
じゃあ行こうかと口にした声は、どこまでも乾いていた明るさに満ち満ちていた。
次「賽の国」
「では、この改正案の賭けに入ります。目を賭けてください」
壇上で厳しい顔つきの議長が言った。
直後、議員たちが口走る。
「半!」「丁!」
大声で唱えながら札を持って所定の台に積み上げていった。
一段落すると、議長が声をあげた。
「それでは皆さん、ようござんすか」
そう言って、籠にサイコロを入れた。
賽は投げられたのだ。議事堂は興奮の坩堝と化した。
皆が皆、固唾を呑んで成り行きを見守る。
それもそのはず、勝ち札は即、議員の運営資金と化けるからだ。
負けの札が溜まって金銭が払えなくなると議会から放り出される破目になる。
この国では政策を決定するのに、ずっと賽の目で決めてきた。
もっとも政府を決めるにもサイコロで決める国柄である。
与党も野党もマニュフェストなる政策を掲げてはいるが、とても期待できないからだ。
国民はどっちがやっても同じだと諦めていた。
食料・資源の枯渇、地球温暖化、国の根幹を揺るがしかねない大問題を前に
国民は逃げ腰であった。だから運を天に任せるようになったのかもしれない。
その方が楽だから。天に命運を丸投げにしたほうが、自分で考えなくてすむ。
悩まなくても案じなくても良い。決められたことに従えばよいことだからだ。
この国ではそれが当たり前の光景であった。すべてが賽の目で決められていた。
日常の瑣末な事柄ですら、判断を必要としたときはすべて賽の目に頼っていた。
そんな、ある日。幼女を殺した罪で一人の殺人鬼が裁かれることになった。
再犯であった。前の裁判で婦女暴行の罪で訴えられたが賽の目で無罪となり、
再び審判の場に引きずりだされたのであった。この度は死刑か無期懲役。
検察側は死刑求刑のための弁舌をまくしたて、
弁護人は情状酌量を求めて陪審員に泣きついた。
結局、この度も陪審員では判断できず、またも賽の目に頼ろうとした
――その時である。
傍聴席にいた一人の老人が立ち上がった。
「そのサイコロはホンモノか?」
「当たり前じゃないか」
立会いの裁判官が答えた。
「ちゃんと公正の証である刻印がついている」
「公正たって、何が公正だ?」
「国が公正にして信用できるサイコロだと…」
老人が鼻で笑った。
「サイコロに公正も何もないだろう。神ですらサイコロを振らないって、
アインシュタインも言ってただろ」
次のお題「成層圏に降る雪」
50 :
成層圏に降る雪:2008/09/21(日) 01:42:24
「成層圏に降る雪」と書かれたノートを友人宅で見つけた。
というより、部屋の中央にある机に堂々と置かれてある。
やっぱり気になる?と満面の笑みで友人(仮にAとする)に問われたが、
気になるも何も、嫌でも目に入るのだ。始めからこれにふれて欲しくて
置いていたに違いない。あえてリアクションを返さなくても勝手に語り始めているくらいだ。
「驚くなよ?これに小説を投稿しようと思って。このノートが30万円に化けるんだ。」
差し出された雑誌には、雪というテーマで小説募集という旨が記されている。
先ほどの発言からして、Aは大賞を獲るつもりでいるらしい。
小説なんて書く柄ではないだろうに、相変わらず何をしでかすかわからない男だ。
友人の突飛な行動には慣れているつもりだが、今回ほど不釣合いな物は無い。
それにしても、「成層圏に降る雪」なんてありえないタイトルをつけたものである。
Aは国語はもちろん、理科の成績も良かったことは一度も無い。
一体どんな小説を書いているのやら、怖い物見たさで読んでみたい気もする。
そう考えていたのが2週間前。
Aに呼び出された今日、彼は気持ち悪いほどの笑顔で出迎えてくれた。
まさかとは思ったが、そのまさかである。
あのノート(正しくは小説)が見事に30万へ化けたのだ。
にわかには信じられないが、目の前でAが諭吉の束を持って小躍りしている。
もしかしたら今まさに成層圏で雪が降っているのかもしれない。
こんな身近にありえないことが起こっているのだから。
とりあえず、素直にお祝いすることにしよう。もちろん、Aの金で。
次「原色蜘蛛糸」
原色蜘蛛糸って何だろ。
原色というのは、赤、青、黄色のような、
混ぜると色々な色を作れる元になる色のことだよね。
混ざりけのない鮮やかな色とも言えるかな。
じゃあ、原色蜘蛛糸も、そういう鮮やかな色の糸なのかな?
でも、原色って、元のままの色って意味もあるようだから、
そのままの色の蜘蛛の糸かな?
とすると、わざわざ「原色」と付けてる以上、
原色じゃない蜘蛛の糸も存在するってことだろうか。
いやまあ、突然頭に浮かんだ言葉なんだから、
そこまで考えなくてもいいんだけどさ。
それにしても、痛いなあ。もうダメなのかなあ。
あの野郎、わざわざこっちの様子を見に来てたのに、
あわててトンズラしやがった。
フロントガラス、かなりヒビが入ってたし、
血もべっとり付いてたように見えた。
多分あいつ、警察に捕まるよな。
じゃないと、慰謝料請求できねーし。
ちくしょう、僕としたことがしくじっちゃったよ。
次は「山頂の深海魚」
「夢の話だよ!?」
真向かいに座る三崎が、興奮したように目を見開きながらそう言い、指先を俺の鼻の前へ突き付けてきた。
「つまりは、夢による現実への干渉が有り得るかもしれないってことなんだ!」
前々からどこか頭の可哀相なやつだとは思っていたが、今日は更に可哀相なことになりそうだった。
三崎はこう言うのである。
僕は深海魚が好きなんだよ。知ってる?前に言ったっけ。
先日、僕は新しいの図鑑を手に入れたんだ。現時点で発見されている世界の深海魚を網羅した一冊でね、徹夜で一息に読んでしまった。
じっくりと、カラー写真やその特徴や生息地なんかを暗記するかのように。
その晩夢を見た。
僕は暗い山道をさ迷っている。開けた場所に出た。山頂だ。
山頂に池があった。その水の中に、目の無い魚が浮かんでいた。なぜか夢の中の僕は、それを深海魚だと思った。山頂の池なのに。
その深海魚が大きな声で僕を呼ぶ。その声が次第に空気の振動、波動になった。クレヨンのような七色。
僕は深海魚が出し続ける鮮やかな波動をずっと見ていた。波が水に満ち、山から溢れ、体が苦しく潰されて…目が覚めた。
僕は、眠る前に図鑑を見たからだと思った。よくあるだろ?そういうのって。
でも、起きてから何とは無しに件の図鑑をパラパラ見ると…あったんだよ。いや、いたんだ、あの深海魚が!
図鑑に載っていた!びっくりしながら項目を読めば、なんと七色の超音波を吐くっていうじゃないか!
聞いたことがない?僕もだよ!
しかし驚くべき点は、僕は前の晩にその図鑑を全て見たはずだということ。暗記する勢いでね。
どういうことかって?僕の夢に出てきた魚が、前日までは存在していなかったんじゃないか、つまり!僕があの魚を夢に見たことによって、七色の波を出す深海魚が出現したんじゃないかってことだよ!
三崎は血走った目で盛んに瞬きをし、何度も繰り返した。可哀相なやつだ。
その図鑑を持ってきたよ、と慌ただしく差し出されたものはよくある大学ノートで、鉛筆書きの魚で埋め尽くされたページの中程に、例の深海魚がいた。
目もない、歯もない、鰭もない。超音波を出し続けるだけの魚。
三崎のような深海魚。
「面会終わります」
次のお題「長髪の痩せ男」
私は惑星間をまたいで活動する、フリーの文明崩壊請負人だ。
今日は、私が若い頃に取り組んだ仕事の内容を紹介するとしよう。
フェミーナと呼ばれるその惑星の種族は、いわゆるヒューマン型の体躯をしていた。
唯一違ったことは、女権社会であったということだ。
女性は男性に比して強靭な肉体と、豊富な知識、そして権力を有していた。
男性は愛玩用、もしくは生殖用としてのみ機能したため、その価値はその容姿によってのみ計られていた。
特に好まれたのは、長髪のよく似合う痩せた男である。
これは、そういったタイプの男性ほど精力が旺盛であり、筋肉が引き締まっているため使い手があることが多かったからである。
いくら文明的に私がはるかに進んでいるとはいえ、何億人もの生命を一人で刈り取るのは効率が悪い。
よって、私がこの星で行った作業は次の一点のみである。
男性間にのみ、「短髪のでぶ男は優れている」という認識を植え込んだのだ。
これには、遺伝子構成認識装置、および1000tjものハイパワーアンプが役に立った。
この装置で自動的に男性を識別し、それらの男性のみが受信できるように設定したデジタルワームで思考を改ざんしたのだ。
三日間の電撃作戦の後、私の計画通り、男性は女性の管理下に収まらないようになっていった。
女性がどれだけ圧力をかけても、私に操作された欲望に従って、男性は際限なく太り、そして禿げていった。
女性と男性の間の交流は断絶し、女性は種付けの道具を失った。
二十年後、フェミーナの人口は十分の一にまで激減したことを確認したのち、依頼の完遂を宣言した。
女性たちはもれなく、依頼者の奴隷となるだろう。
今まで散々虐げてきた男性から愛玩動物として扱われるのだから、その屈辱は並大抵のものではないだろう。
気の毒だが、これも宿命とうけいれてもらうしかない。
さて、先日、私に次の依頼が舞い込んだ。
儲かるのはいいことだが、いかんせん、忙しすぎる。
しかも次の惑星は、アースという、50億人規模の惑星だ。
手を抜きたかった私は今回も、フェミーナのケースを応用することにした。
そうだな、今回は二次元への執着心を喚起することにしようか。
性欲を非現実な領域に求めるようになれば、生殖の手段は断たれ、人口は減少していくだろう。
しかもアースの人間は、そういった病的な偏執を抱く者を『オタク』と呼んで忌み嫌うらしい。
ますます好都合だ。
後日記:
植え付けは成功した。
あとは二十年後の結果を待つだけだ。
お題plz
>55 忘れてた・・
つぎ。
『僕のペットは時間』
黒い人がいます。
黒い人は大きなカマを持っています。
黒い人は羽のある黒い大きな犬に乗ってやって来ました。
そしてそのまま、僕のベッドの横にずっと立っています。
黒い人がそこにいる。と、お兄ちゃんに言ったら、
お兄ちゃんは泣きそうな顔になって、
大丈夫、俺がついてるからと言いました。
何が大丈夫なのかわかりませんが、
お兄ちゃんを困らせたくないので、
黒い人の話はもうしないことにしました。
ある日、黒い人が言いました。
わたしと一緒に来れば、楽になるぞと。
もちろん僕は断りました。
だって、お兄ちゃんを残して行けないもの。
黒い人は少し考え込んでしまいました。
では、少しだけ時間を貸してやろう。
黒い人はため息をつき、傍らにいた黒い犬に
僕の方を指差し、何か言い聞かせました。
すると、黒い犬は僕に飛びかかって来ました。
びっくりして、ぎゅっと目を閉じてしまいました。
おそるおそる目を開けたときには、
黒い人も黒い犬ももういませんでした。
それ以来、僕の胸には痣が出来ました。
あの黒い犬に似た形の痣です。
それは手術の跡だから、少しずつ薄くなると
お兄ちゃんは言います。
でもこの痣のおかげで僕は生きているんだと思います。
僕にはもう少し時間があるみたいです。
次は「集積回路と貧乏神」
昔、ある国に若者がいた。若者は貧しかったが大志を抱いていた。
立派な兵士となって、この国の英雄になろうと思っていた。
若者は都を目指した。兵士を募っていると聞いたからだ。
その道中で、危うく馬車に轢かれるところだった子猫を助けた。
若者は子猫を抱きあげた――と、不思議なことが起きた。
音が途切れたのだ。耳を擽る風の囁きも聞こえない。
目線をあげると、空中で落ち葉が止まっていた。
小川に目を向けた。せせらぎが絵画のように固まっている。
驚いた若者は子猫を手放した。すると、猫の姿は消え、時が流れ始めた。
彼は慌てて子猫を呼んだ。
「おい、猫、猫」
呼び声に応えるようにして子猫が現れ、抱き上げると再び時間が止まった。
若者は子猫にタイムと名づけた。
その後、彼は戦場で勇猛果敢に戦い、皇帝と呼ばれるまでになった。
たった一人で数千の敵を滅ぼしたと語り継がれるほどの英雄となったのだ。
もちろん、彼の肖像画には必ず一匹の白猫が寄り添うようにして描かれている。
次「笑う冷蔵庫」
>58だけど、書き込んでいるうちに終わってたみたい。
58はキャンセルということで。
笑う冷蔵庫
気がつくと、ここ半年で腹回りが10センチ増えた。以前着ていたスーツももう合わない。
というわけで、面倒だが自分でバランスの取れた食事とやらを作ることにした。
しかし、栄養バランスを考えた食事というのは、なかなかに面倒くさい。
適当にあれもこれもと材料を買い込んでいるうちに、買い物袋を四つも両手にぶらさげるはめになった。
部屋に帰ると、留守電にメッセージが入っていた。
やれやれ。ここ半年、似たような内容のメッセージだから、聞かなくてもわかる。
──安藤です。娘はまだ帰りませんか。連絡お待ちしています
──本庁の赤城です。明朝そちらに伺いたいのですが、都合はよろしいでしょうか
携帯にも着信があるが、これは無視しよう。それより食事食事。
さてと、一度にこの食材どもを料理に使うのは無理だから、冷蔵庫に入れておく必要があるな。
冷蔵庫を開けると、むっとするたまらない臭い。
しまった、忘れてた。ここは満タンだった。
次は「集積回路と貧乏神」で。
一日の売り上げがどうもおかしいことに一番最初に気がついたのは、レジ打ちのアルバイトだった。
いわく、どう考えても数字が合わないのだとか。
最近めっきり経営不振に陥っていたスーパーの店長は、血相を変えてそのアルバイトに詰め寄った。
「お前、もしかしてくすねてたりしてへんろうな」
「馬鹿言わんといてくださいな。何でくすねといて自分から言いますか」
言われて見ればそれもそうかと、店長は納得した。が、問題は残ったままである。どうして金額が
合わないのか。店長は頭を捻った。他の社員やパートのおばさん方に聞いても何も情報は得られなかった。
結局アルバイトが入っているレジの前にやってきた。
「なんか分かりましたか」
ひょっこり聞いてきたアルバイトに店長は頭を振る。深いため息がひとつ出た。
「まったく、あんたが犯人やったらどれほどよかったことか」
「それひどいんちゃいます」
「冗談や。そやけど、どうして金がのうなるんやろ」
唸る店長に、アルバイトもどうしてだろうと考えてみたが何も分からなかった。
その時である。がたがたとレジスターが音を立て始めた。
「おい、どないした」
「わかりまへん。なにもさわっとうないし、俺のせいじゃないですよ」
「お前のせいかどうかはどうでもいい。なにがおこっとるんじゃと聞いとるんや」
「だからわかりまへんて」
「壊れたんかいな」
ああ、また問題が増え寄った。店長が頭を抱えたくなった。が、その前にデジタル画面に映った
へんてこな顔に気がついた。
「なんやこれ」
「さあ、わかりまへん」
「お前、さっきからわからんわからんって、どないな馬鹿なんや」
「そんなこと言ったって、わからへんことはしゃあないやないですか。あ、なんや読めそうですよ、これ」
そうアルバイトが指差した画面には、カタカナで何やら文章が浮かび上がっていた。
『イヤア エライ スイマセンナア サイキン コウウン ガ コロガッテナカッタモンデ ツイツイ
カネッチュウ イチバン ワカリヤスイ シアワセ ヲ クラワシテ モロウトリマシタ』
「なんや、これは」
「だから、わかりまへんて。店長こそさっきからなんやなんやと、どないな混乱してるんですか」
「しゃあないやないかい。初めてのことなんやから。お、なんや出てきたで」
がたがたと音がして、レシートが出てきた。そこには変な人物が映されていて、下に「すんまへんなあ」と書かれていた。
店内にいきなり風がびゅうと吹いたかと思ったら、出てきたばかりのレシートがひらひらと飛んでいってしまった。
店長とアルバイトは舞う紙切れをぼうと見るしかなかった。
これの後、アルバイトによれば売り上げがおかしくなることはなくなったらしい。が、店の経営は一向に楽にはならなかった。
そんなわけで今日も店長は頭を抱えている。
「もうたたもかな」
最近多くなってきた店長の口癖である。
次「うちわおばけと薄野の鍵」
<うちわおばけと薄野の鍵>
「うちわおばけと…これなんて読むんだ?」
友達のケイスケが聞いてきた。
「ウスノじゃないのか?」
アッシが答える。
「ウスノぉ?」
俺は生え際を気にしながら続けた。
「ボヤかもしんねえだろ?」
「ボヤ? 小火が鍵もってどうすんだよ」
「閉じ込めて皆殺し、とか?」
「思いっきりホラーじゃねえかよ」アッシが泣き声をあげた。
「い、いやだよ。おばけの話は嫌だ」
「でも、これしか読めそうな本はないぜ」
すでに諦めモードのケイスケ。俺は適応年齢を考えて一冊推してみた。
「ばあばあばあ、は?」
「あれは哲学すぎて難解だからダメだ」
「この間の人体探検隊は面白かったよな」
アッシの言葉にまたもケイスケが訂正する。
「正確には人体解剖図鑑だ」――と、そこへ、
「ああ〜!」外界から甲高い声が割り込んできた。
「あんたたち。こんなところにいたのね。探したんだから」
頭上の声を仰いだ。桃組のエリ先生だ。近くで見るとやっぱりイイ女だ。
「あんたたち、持って帰る絵本見つかったの?」
きっとケイスケもアッシも思っているに違いない。もう少しバストがあったらなって。
次「クエとクエーサー」
「さぁ、早くこのクエを食えよ!」
自信満々に、トミオはそういった。
真っ赤な夕日に染まる川を見下ろしながら、両手を腰に当てて、胸をふんぞり返らせて。
「うふふふ、面白いね。面白いね。やっぱりトミオくんのジョークは最高だね!」
とても嬉しそうに、ツトムは笑った。
真っ赤な夕日に染まるトミオの顔を見上げながら、膝を抱え込んで座って。
「そうだろ? そうだろ? 俺、将来はお笑い芸人になるんだ!」
「知ってる! ぼく、それ知ってる! トミオくんは面白いもんね。絶対お笑い芸人になるんだよね!」
「あっはっはっは! そのとおりだ! じゃあ、次いくぞ!」
トミオはすーーーっと大きく息を吸い込んだ。
「クエーサーはすぐぇーさーっ!」
「あっはっはっはっはっはっは!」
ツトムはこらきれずに後ろ向きに倒れて、おなかを抱え込んで、足を思い切りバタバタさせた。
二人の横を女子高生の二人組がくすくす嘲笑しながら通り過ぎて行った。
二人の横をサラリーマン風の男が視線が合わないように顔を背けながら通り過ぎて行った。
二人の横を警察官が不審なものをみる様ににらみつけながら通り過ぎて行った。
だけど、そんなことは二人には永遠に関係がないことだった。
トミオが笑わせ、ツトムが笑う。
それだけが全てだった。
「クエン酸は食えんさー!」
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
つぎ。
『残飯の見る夢』
65 :
残飯の見る夢:2008/09/23(火) 23:54:07
今日も底辺で足掻いている。
また捨てられたかと、先に捨てられた同胞達と苦笑を交わし、
いつか単品の、それもメインで活躍できたらと非現実な妄想に耽る。
しかし近頃は、不要だと捨てていた部分も口に合うよう
変貌させてくれるという噂である。
そんな噂を聞いてから、妄想はより一層濃い願望となって
みじめな自身を燃え上がらせた。
ついこの間まで「私は無難な味だから大丈夫」なんて言っていた輩が
私達の中に違和感無く混じっている。
客の好みも時代と共に変わりつつあるのだ。
私はこの変化に乗り遅れたくない。
今はまだ調理師の才能に賭けるのみであるが。
とりあえず高望みはせずに、つまみ食い程度から
目をかけてもらえたらそれでいい。
次「蟻の時給は」
<蟻の時給は>
蟻がキリギリスに言った。
「訴えてやる。これじゃあ、契約違反だ」
「バカ言うな」キリギリスは困惑して言い返した。
「あの本でおまえは社会から同情されて、
労働環境が改善したじゃないか。蟹工船よりマシだろうが」
蟻は鼻先であしらった。
「あんたはいいさ。俺達をモデルにしたあの本のおかげで印税が
入ったんだから」
「僕が書いて出版したんだから当然だろ。
印税は僕のものだ。それにあの本のせいで
酷いバッシングを受けたんだぞ」
「あ〜ぁ」蟻はがっくり肩を落とした。
「働いても働いても、楽にならねえ」
さすがにキリギリスは蟻に同情した。
「まあ…おまえの稼ぎじゃ、帰りづらいだろうな」
「俺、たぶん帰宅恐怖症だ」
「家に女王がいるとなると…さすがに引くな。そうだ…」
キリギリスは明るい顔で蟻を振り返った。
「おまえ、女王に言ってみたら?
時給制で雇ってくれないかって」
「お、おまえ。恐ろしいことを言うなよ。
母ちゃんや女房にそんなこと、言えるか?」
キリギリスは虚ろな眼差しで答えた。
「そうだな…」
次「テンで大変身!」
今日はなんだか寝付きが悪いな・・・。
ブンっ
やぁ、テレビの前のみんな、今晩は! 夜のリモコンのパートナー、マイク・ロビンソンだ!
実は先日、ワイフにお小遣いを減らされてしまったんだ。まったく、ひどいやつだぁ。僕は怒ってこう言ったんだ。
50%もお小遣いを減らされたら、ボブズメアリーのドーナツにバナナシェイクをつけることができないじゃないか。
そうしたら、ワイフはこういった。
あんたのバナナはよその半分なんだから、足したらちょうどいいじゃない、ってね!
HAHAHA! どうだい、体があったまって来ただろう?
それじゃあ、本日のプログラム紹介と行こうか!
ヘイ、スティーブ! よろしく頼むよ!
おやおや、今日もスティーブはご機嫌斜めなようだね。一言ぐらいカメラに向かってあいさつしたら?
オーケイ、それじゃあ、ボードをオープンしよう。
はっ。こちらでございますな?
うむうむ、今年もよいできじゃな鶴見屋よ。
此度はさらに重徳様にお慶びいただくために、饅頭も二段重ねになってございまして…
ほほほ。実によい、実によいぞ。でかしたな。
ありがたきお言葉でございます。して、件の采配につきましては…
うむ。まかせておけ。今回は時田屋には退いてもらうとしよう。
ふふふ。重徳様は実に御徳に秀でておいでですな。時の坊に爪の垢でも煎じて差し上げれば、ちとは。
そういってやるな。やつらがおるから、主の存在も目立たずにすむというもの…
はっ! 重徳様、ふすまの陰に!
むっ、何奴じゃ!
●×※ζ¢△〇★、☆▼§§ψ!! (人間の体の構造では発音できない)
☆▼●〒¢¨¶ψ〇■…、◆°ζ¢÷¨Δ¬£^V$。 (人間の体の構造では発音できない)
△〇★¢¨※ζ! (人間の体の構造では発音できない)
◆°<;−+*Wゝ=凵・〇■◆! 〇¢¨¶☆…、¥§$`:★〇☆▼〇■◆! (人間の体の構造では発音できない)
△〇★、☆▼§Wゝ¨※ζ〇■。 (人間の体の構造では発音できない)
¶ψ■●! (人間の体の構造では発音できない)
▼〇■! (人間の体の構造では発音できない)
ブツンっ
つぎ。
『キセキとグウゼンとマグレによる鼎談』
「あ、イツローだ」
「えっ、マジ?」
一打逆転のチャンスにバッターボックスに立ったのは、めっきり名前を聞かなくなった選手だった。
数年前に事故で右肩を怪我し、投手としての選手生命を絶たれた。
当時は週刊誌やワイドショーで復活か引退かを騒いでいたが、今ではすっかり忘れ去られた存在だった。
(見捨てなかったんだなあ、この球団)
しみじみと感慨深い思いでバッターボックスに立つ姿を見ていたが、何やら後ろが騒がしい。
「もういっぺん言ってみろ!」
「何度でも言ってやらあ、よりによってこの場面で、くたばり損ないかよっ」
喧嘩だ。ああもう、大事なところだってのに、馬鹿どもが。
カキーン
小気味良い音が響いた。打球がこっちへ向かって来る。これは、入る!
ホームランボールをキャッチしたのはイツローを「くたばり損ない」と言った男だった。
「へへっ、まぐれだぜ……」
ボールをぐっと胸に抱き、つぶやいた男の目には涙が浮かんでいた。
次のお題は「ヤキイモに機関銃」で。
<ヤキイモに機関銃>
二人の兵士がいた。人気のいない路地を、女が歩いてくる。
「おっ、見ろよ。女だ」
「なかなかの上モノじゃないか」
「俺がいただく」
機関銃を持った男が言った。
男は女の前に立ちはだかると、銃を突きつけた。
だが、女は驚くところか怖がりもしない。
ニヤリと口の端を歪めたかと思うと、
懐のダイナマイトを見せつけた。
慌てたのは男の方。ほうほうの体で戻ってきた。
息を切らせた相棒を見て片割れが言った。
「まったく、お前って奴は…
女はな、こうやってモノにするんだよ」
彼は物陰から抜け出して、ゆっくりと女に近づいていった。
「やあ、君。どこへ行くの?」
丸腰であることがわかるように両手をあげて彼女の前に立った。
「お腹減ってない? これ食べてゆかないか?」
そう言って、懐からヤキイモを取り出した。
女の口元がやっと綻んだ。
ヤキイモに機関銃が負けた瞬間だった。
次「犬と王子の手違い」
明日、明日、明日のそのまた明日のまた明日。
あるところにマスコミからロケット王子と呼ばれて、いい気になっている宇宙飛行士が居たそうな。
王子は若干24歳にして一人きりでの船外作業もお手の物。
実力と顔の大きさでは同年代に適うものは居なかったそうな。
ある日王子が地球の衛星軌道上に、新しい人工衛星を建設していると
地球の影に半分隠れた月の方角から、どんぶらこっこどんぶらこっこと何か流れてきたそうな。
さてはスペースデブリか闇の人工衛星に違いない。
これを捕まえれば宇宙清掃局か国連警察から報奨金が出る。
王子は喜んで取りに行った。
ところがそこには小さな旧式宇宙船が一隻。
中には犬のミイラが一体。
こんなに大きな宇宙船は持っても帰れず、犬のミイラに価値はなし。
ガッカリしたのと腹立たしいのと。
いらいらしながら投げたミイラがよくなかった。
ぴゅうと飛んだミイラは建設中の人工衛星まで飛んで行き
その前足で扉の開閉スイッチをポチッとな。
人の手で押すのと全く同じ動作をさせたから、さあ大変。
一人っきりで作業していた王子様を助けてくれる従者は居ない。
哀れ締め出された王子様。
「ああこんなことになるなんて」
人の手違い、犬の前足違いなんてね。
とっぴんぱらりのぷう
次「夢と希望とハンバーガー」
夢と希望とハンバーガー:
いつも客がいない廃業寸前のハンバーガーショップ「デトロイトテロリスト」。
暇な店主のところに一人の男がやってきた。
自称「プロのハンバーガー職人」は、破格の安さの報酬で雇われることになった。
『この店を世界一の店にすること』それが男が契約した内容だった。
しかし男は働かず、ただ通りを毎日見ているだけだった。
店主は怒ったが、任せている手前、文句が言えなかった。
「まぁ、お手並み拝見といこうか」と1週間ばかり店をあけたらさぁ大変、
次にきたとき、数百、数千もの客がごったがえしていた。
不思議に思った店主が男に問いただした。
「いったいどんな魔法を・・いや、どんなハンバーガーを作ったんだ?」
男は答える代わりに、ひとつのハンバーガーを作った。
それは、何の工夫もなく、ボサボサのパティで、むしろ店主が作るよりもまずいものだった。
「なんでこんなもので客が来るんだ? 俺よりまずいじゃないか?」
「それは・・・」
いつのまにかそばに立っていた、やつれた女が声をかけてきた。
この町で教師になるのを夢見てきた女を待っていたのは、つらい現実だった。
残業、えこひいき、学生のセクハラ・・・こころはボロボロで、教師になる夢など忘れてしまっていた。
そんなとき、ふとガラガラのハンバーガーショップからなつかしいにおいがした。
それは、彼女の記憶をよみがえらせた。
「私、いじめられっこだったんですが、いつも老先生がはげましてくれたんです。
老先生は、言葉で慰める代わりにハンバーガーを作ってくれたんです。
硬くて、まずくて、でも、心がいっぱいになるあったかい味でした。
ここのハンバーガーはそうなんです。不思議なことに、お客一人一人の心の琴線にふれる
なつかしい思い出の味がするんです。
食べると、夢や希望を・・・思い出せる味が・・・・」
次、「サボテンのバラード」
<サボテンのバラード>
「サボテンを、さ」トシヤが聞いてきた。
「サボテンを主人公にして、神視点で描くとどうなる?」
「サボテンを〜?」
しばし考えてから答えた。
「田口トモローのプロジェクトX風かな。
葉をとげにして水分蒸発を防ぎながら
生命活動している植物がいた。サボテンだった。
サボテンが言った。
『どうしてこんなところに生えてしまったのか』」
「ならさ、サボテンを一人称で描いたら?」
「そりゃ、まるっきりのド演歌風になるだろ。
荒野で独り、しぶとくがんばっているって感じじゃん。
『あなた、さむく〜わないでエすかあ〜』ってな」
「なら三人称、一元視点なら?」
「う〜ん、難しいな。『サボテンは荒野を見渡した。
俺だって……寂しいと思ったこともある、
水が欲しいと思ったこともある……』
う〜ん、『エリー、マイ、ラ〜ヴ』って感じかな」
「やっぱバラードかあ」
そう呟くなり、トシヤがひょいと顔を向けてきた。
「なあ、なんか無理にオチを作ってないか?」
次「ショウリョウバッタの入れ歯」
ショウリョウバッタの入れ歯
「ママー、僕のバッタがなんかおかしいよぉ」
私、立花真由美の賢い一人息子「玲夢」君が訴えてきたのは昨日の夜でした。
どうやら、玲夢君の買っていたバッタが、餌が硬すぎて口ばし? にあたるものが欠けてしまったようなのです。
こういっては何ですが、バッタの一匹や二匹が死のうがどうでもいいのですが、
玲夢君にとって今は、帝王学を学ぶ貴重な時期。
そんな時にバッタごときが死んで、玲夢君が落ち込んだりしてしまうことで勉強時間が1秒でも損なうことが許せないのです。
どうやら、バッタの口が欠けたのは、お宅の製品「昆虫チューチュー」・・・
なんて下品で低脳な名前なんでしょう。以下にも三流大学で毎日の食事はカップラーメンなんかで済ませてそうな
頭の悪さが字に表れて・・・・
あら、ゴメンなさい。つい本当のことを言ってしまったわ。
それでですが、お宅の製品のせいで、バッタの口が欠けてしまったせいなので、
バッタが1日でも生きられるようにバッタ用の入れ歯を作って欲しいんです。
もし、断るようなら弁護士の旦那によって、お宅の会社を訴えさせてもらいますからね。
すごい剣幕でどなりちらした彼女の後姿を、クレーム係の係員が見送った。
「主任、入れ歯を作るんですか?」
「いや、その必要は無い」
「でも、訴えられたりでもしたら・・・」
「それは無いさ。彼女には子供がいないし、夫もいない。それにバッタは50年前に全滅している。」
「あ! そういえば」
「君には言っていなかったが、これは精神病院に協力して行っているボランティアなんだ。彼女が社会での営みを送っているように錯覚させるためのな・・・」
次、「影の猫」
75 :
影の猫:2008/10/06(月) 22:00:12
その手首の華奢さが好ましい。
凛と伸ばされた人差し指と小指の爪先は揃えられ、
華美に装飾された爪には無い清潔な色気を醸し出している。
その不釣合いな長さの指で、顔を傾かせる仕草を見せる時など非常に愛らしい。
加えて誘うような腕のカーブは、猫の気高い魅力を見事に描いている。
美しい黒猫がそこには居た。その手首に首輪を付けて連れ帰りたいと思わせるほどの。
スクリーンの裏側で影絵師が「ニャー」と鳴いて見せる。
その声はやはり雌猫であった。
次「詐欺師は一日一膳を唱える」
私は、都内でも少しばかり有名になってきている、人呼んで「健康詐欺師」と申します。
私の成功率は、そうですね・・・同業者も驚く98%ということですかねぇ。
え? 手口を知りたい? いいですよ。あなただけにこっそりお教えしましょう。
まず、少々太り気味で、単身の女性宅を狙います。
そして、セールスマンを装って、こういうんです。
「私どもの一日一膳ダイエット、試してみませんか? え? 空腹には耐えられない?
大丈夫、私どもの『ノンカロリーパウダー』をご購入頂いて、空腹になるたびにそれを食べていただければ、楽に一日一膳が実現できるのです!」
と、小麦粉を100gあたり1万円で買わせるんです。
この商売はいいですよ。体験者はイライラして考えることができなくなりますし、栄養が足りないから本当に痩せてくる。
ちょっと小麦粉の値段が高いと思われるかもしれませんが、それはアイディア料とお考え頂ければ、納得していただけると思います。
・・・だから奥さん、騙されたなんて怒らないで。わかりました、53回分の代金はお返ししますから!
あ、ちょっと、包丁は仕舞って! あ! ちょっと! あー!!!!!
次は「食べられないチョコレート」
<食べられないチョコレート>
そら、食べられないチョコなんてたくさんあるさ。
夢の中のチョコだろ。絵本の中のチョコに画面の中チョコ。
車に轢かれたチョコに、溶けて流れ出したチョコ。
グリコ森永犯の青酸入りチョコに、スペースシャトルの機内食で、
口に入らず宙空に飛び出してしまったチョコ…
でも、何より食べられないのは、
いろんな意味で、某国のメラニン入りのチョコがなあ…
あ、すまん! 本気で言ったんじゃないよ。
でも、今度ばかりは被害者はこっちだからね。
――健二はパンダを眺めながら呟いた。
次「西から上るお日様」
「あなたが噂の、叶わない望みが無いほどのお金持ちですか。」
「いかにも。ワシが、叶わない望みが無いと言われるほどのお金持ちじゃ。」
「私には気の遠くなるほどの大金をお持ちだとは思いますが、さすがに叶わない望みはあるでしょう。」
「いんや、ワシに叶わない望みは無いぞ! 何でも言ってみるがいい。」
「民話で、西からお日様を昇らせる長者の話があったのを思いました。さすがに、いくらあなたでも、お日様を西から昇らせることはできないでしょう。」
「いんや、できるよ。明日の日の出前、海岸に集合してくれ。」
翌朝の日の出前、私たちは東に向いた海岸に集まった。
次第に周囲が明るくなるが、やっぱりお日様は東から上ってきていることには変わりない。
いったい、お金持ちはどうやって西からお日様を上らせるのか?
もう少しで太陽が海面から出ようとしたときに、金持ちは携帯電話を取り出して、誰かに電話をした。
「あ、総理大臣のお宅かね。例の件を飲むから、変わりに一つ変更をして欲しいんじゃ。
『西』を『東』に。『東』を『西』に交換してくれんか。ん、今変わったか。ありがとな。」
確かに、叶わない望みは無かった。
次は、「見えない女の子」
教室の机に、ぽっかりとひとつだけ穴が開いていることに気が付いたのはちょっとした偶然だったと思う。
その日、財布を家に忘れてしまっていた俺は、周りには何もないのに吸引を続けるブラックホールのような
空腹に何とか耐えながら、大らかな秋空を眺めていた。
背後で女子が騒ぐ声が聞こえた。振り返ると、一人の男子が女子のグループ近くで済まなそうな顔をしていた。
女子どもが姦しくそいつを攻め立てる。そいつは誰も座っていない机に向かって何度も頭を下げていた。
おやっと思った。何してんだ、あいつは。
俺はすぐ近くにいた直弘に何があったのか聞いてみた。あいつ、何してんだよって。
「ああ、女子が食ってる机にぶつかっちまってさ、弁当箱落としちまったんだよ。あーあ、あの子かわいそう」
言って、直弘は目を細める。が、すぐに手にしていたカレーパンを頬張った。俺はもう一度視線を戻す。そこには弁当など落ちてはいなかった。
どういうことだろう。何が起こっているんだ。俺は少し混乱した。そんな俺の意識の隙間を縫うように、直弘が不思議そうに聞いてきた。
「それにしても珍しいな。お前が佐野原のこと気にするなんて。今まで何かと無視してきてたじゃん、あいつのこと」
「佐野原?」
「おいおい、何言ってんだよ。佐野原の弁当箱が落とされたんじゃんか。ほら、すっげえ苦笑いして騒ぎの中で居心地悪そうにしてるだろ?」
俺はもう一度視線を戻した。どこにも佐野原なる人物を見つけることが出来なかった。
「な? かわいそうに。お前にも無視され続け、弁当も落とされるなんて。哀れだねえ」
言って、直弘はメロンパンを頬張る。俺と弁当が落とされたことは別物だろうと思いながらも、
何がどうなっているのか、本格的に混乱し始めていた。
あそこには佐野原がいるらしい。今まで俺が気付かなかった、いや見えていなかった女子がいるらしいのだ。
そして俺は今までに何度も佐野原を無視してきているのだそうだ。
突如として腹の底で噴出した恥ずかしさと済まなさが顔面を熱くした。とても、酷いことを俺はしていたのではないか。
罪悪感で胸が一杯になる。もう空腹はどこかへ飛んでいってしまっていた。
その日からちょくちょくと佐野原のことが気になり始めた。どんな顔をしてるのか。得意科目は何なのか。
髪型は。好きな食べ物は。折を見ては直弘に聞いてみた。
直弘はそんな俺の変化に驚いていたようだったが、特に不審がるようなこともせず、と言うよりかは
お堅い友人がようやく恋に目覚めたのかと言い出す始末で、根掘り葉掘り佐野原のことを教えてくれた。
佐野原は別段特別でもない、ただの女の子だった。
空っぽの席を見る。休み時間になると誰かしらが佐野原の席へとやって来て話をしていく。話者は笑顔だったり、
少し怒っていたり、困っていた。そんな話しての表情を見ながら、俺はまだ見ぬ佐野原の表情を想像していた。
どうかしている。自分でも可笑しくなってきていた。佐野原だけが見えないのも、そんな佐野原に執着して
しまう自分も可笑しかった。馬鹿みたいだ。幾度となくそう思って苦笑し、視線を外へと投げかけた。
秋の空は馬鹿みたいに広くて、蜻蛉が自由に飛び回っていた。
「ねえ、木山くん」
後ろから声をかけられた。振り向くと、ちょっと怖い顔をした女子が立っていた。どうしたんだろうと思った。
「最近あんた、佐野原のこと睨んでるんだって? 佐野原が怖がってるんだけど」
一瞬言っている意味が分からなかった。は? 睨んでるって、誰が。とんだとばっちりを受けたと思った。
俺は何も言えずただ黙っていた。
「だいたいあんたどういうつもりなのよ。佐野原が何度声をかけても無視してたくせに。何か恨みでもあんの?
ほんと、最低だね、あんた」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。その、確かに俺は最近佐野原の方を見ていた。それは本当だ。でも、それは睨
んでいるとかそう言う意味じゃなくて、その、なんと言うか……」
何と言えばいいのだろう。また、俺は何も言えなくなってしまった。同時に、目の前の女子が言った言葉が胸に突き刺さった。
「佐野原が何度声をかけても無視していたくせに」
自分でも最低な奴だなあと思った。
「何言ってんの。あんたが迷惑してるんでしょ? こういう輩には一度がつんと言わなきゃ――」
女子が隣の少し後ろの空間に向かって語気を荒めて息巻いていた。もしかして。俺はそこに口を挟んだ。
「な、なあ。もしかしているのか? そこに、その、佐野原が」
聞いた女子はあからさまに眉を顰めてから、当たり前じゃないと声を大にした。そのあまりの大きさに、
俺は思わず肩を竦ませる。怖い女だと思った。それから、佐野原がいるという空間をじっと見ることにした。
空気が止まって、怖い女もなにか言いづらそうにしているようだ。
俺はじっと透明の空間を見つめて、それからそっと手を伸ばしてみた。
「ちょ、あんた、何」
指先に温かさが宿った。ゆっくりとなぞってみる。そこには小さな輪郭があった。立ち上がって、両手でなぞってみる。
髪は聞いていた通りのセミロングで、おでこは小さめ。肌は滑らかで、瞼は大きく、鼻と唇はこざっぱりと小さかった。
透明なのに、そこには確かに佐野原がいた。
みんなが言葉を失っている。教室には沈黙が降りている。俺は両手で佐野原の顔を包むと、出来るだけ優しく微笑んだ。
嬉しかった。ここに佐野原がいることが。それが分かって、じんわりと身体中が温かくなっていた。
「佐野原。ごめんな。今まで、本当にごめん。ごめん」
そう謝った。謝るしかないのだ、俺には。今まで見えなかったのだから。この謝罪で何が解決するわけでもないのだろう
けれど、俺はとにかく心の底から謝った。
「いいよ、木山くん」
聞いたことのない声がして、ゆらりと目の前の空間が揺れた。一瞬だけど、綺麗に笑った佐野原の表情が見えた気がした。
その笑顔はとてもかわいくて、思わず抱きしめたくなってしまった。
でも、恥ずかしいからそんなことはしない。
透明の佐野原から手を放して、俺は席に座る。周りの視線と教室の空気が物凄く痛かった。とりあえず窓の外の空を眺めて逃げることにする。
抜けるような青空は、どこまでも広く、雲ひとつなく続いていた。
長くなったけど以上です。短く書きたい。
次「晴れのち槍」
朝7時20分。朝食を終え、浩二は立ち上がった。
いつもの登校時間。
「いってらっしゃい。今日は晴れのち槍だからね」
「うん」
台所から怒鳴る母の声に大声で応えながらランドセルを背負い玄関で靴を履く。
盾も持った。大丈夫。忘れ物はない。
「行って来まーす」
朝の道を駆け出した。通学路の先に裕太の姿が見える。
「おはよう」
「おう」
裕太が手を挙げた。その手には最新タイプの盾が握られている。
きらきらと輝く白銀の盾は、最近テレビのCMで盛んに宣伝しているものだ。
浩二は少しの間見とれた。エンブレムがカッコイイんだよな。
「あー、いいな。高かったでしょ」
「ばあちゃんが買ってくれた。オレ誕生日だったから」
「そっかあ」
誕生日か。浩二の誕生日は過ぎてしまった。
ゲームソフトじゃなくて盾にして貰えば良かった。浩二はため息をついた。
「今度のクリスマスに買って貰えばいいじゃん。それよりさあ、話変わるけど」
裕太が慰めるように言って、二人の興味は別の話題へと移っていった。
授業が終わる頃には、天はすっかり黒雲に覆われていた。
今にも降りそうな、灰色の空。
浩二は片手に靴、片手に盾を持ち、昇降口へと向かう。
「あ、降り出した」
槍が、びゅん、と音を立てて地面へと突き刺さった。
びん、と真っ直ぐにつき立った後、緩やかに溶けて地面へと流れ込むのだ。
本降りだ。
1メートルもある大きな槍が風音を立てて降ってくる。
ドスッ、ドザツ、と絶え間なく響く槍の音、えぐれた地面を見て浩二は足を止めた。
「小降りになるまで待とう」
浩二の盾は2年前に買って貰った子供用なので、少し小さくなっている。
はみ出した部分を槍が擦って、服が破けたのは前回の槍の日だった。
「お先ー」
裕太が手を振って通り過ぎていく。
チン、チン、と槍をはじき返す銀の盾を羨ましく見送って、ふと後ろを見た。
肩の上で真っ直ぐに切りそろえた髪、困ったようなハの字の眉。
隣の席の少女がいた。
心臓がドクンと跳ね上がった。喉がからからに渇いて言葉が出ない。
やっとの思いで口にした。
「……山田さん。盾がないの?」
「うん。忘れちゃったの」
困ったような顔で頷くのを、浩二は手の平の汗をズボンに擦りつけながら眺めた。
そのまま二人で槍を眺めながら話をした。
山田さんのお父さんは彼女がまだ小さい頃になくなったこと。
突然の夕立で槍が体を貫通して、病院についたときには手遅れだったこと。
僕のおじいちゃんも畑仕事中に、大木に落ちた槍が跳ね返って大けがをしたこと。
槍の作り出す悲劇は僕らにとって、身近でありふれた日常だった。
「小降りになってきたね。送っていくよ」
「ううん、大丈夫。ほら」
山田が外に向けて腕を伸ばした。その腕の上にぽん、と小さな槍が当たる。
槍はすでにシャープペンの大きさになり、何かに触れればすぐに溶けて消えていく。
「いいよ、途中だから送っていく」
先に歩き出した山田の上へ盾を被せて、二人並んで歩き出した。
溶けた槍で袖が濡れた。山田も反対側の袖が濡れただろう。
しばらく黙って歩いて、山田の家の前で分かれた。
「ありがとう。またあしたね」
山田がにこっと笑って、玄関から手を振った。僕も引きつった顔で手を挙げた。
家までどうやって帰ったのか記憶にない。
「あらあら、ずぶぬれじゃない。風邪引くわよ」
母に言われて着替えるときに、袖の隙間から溶け残りの槍がことんと落ちた。
かがんで指先で摘む。小さな細い槍。
顔の前に持ってきてしげしげ見ると、ハート型の装飾がついていた。
「あら、珍しい。キューピッドの槍だわ。……それは大事にしなさい」
覗き込んだ母が笑った。母の指に同じような槍がある。
加工して丸く折り曲げられた槍は父との結婚指輪だ。
「そろそろ子供用は卒業して、大人用の盾を買い直さなきゃね」
母の言葉に僕は黙って頷いた。
次「遅刻の言い訳」
世界観があるすてきな話だなぁ。
そうだよね、槍が降ってくるなら傘じゃなくて盾だよね。
・・・って感想書き込みってアリなんかな?
遅刻の言い訳
「・・・授業に遅れてしまってすいません、先生。でも聞いてください、僕が悪いんじゃないんです。
通学路の途中で、アメリカの大臣だとかいう人が声をかけてきて、『是非日本の教育現場を見たい』って僕に言うんです。
僕に言われても困ると答えたのですが、付いてくるって聞かなくて。逃げようにも相手は車なんで・・・」
「いい加減にしなさい!!! 適当な言い訳をしてないで、遅刻をしたことをあやまりなさい!!!」
「sorry, teacher...」
いつの間にか子供の後ろに立っていた偉そうな外人が、頭を垂れていた。
次「34世紀の大阪」
ピー、とチャイムが鳴った。
客が来店したのだ。ドアにセンサーがあり、人が通ると音が出る。
「いらっしゃいませ」
棚の陰にしゃがんで商品整理をしながら徹は声を出した。
近所のレンタルビデオ店でバイトを始めて1か月、ようやく仕事にも慣れてきた。
映画は好きで結構見ている。
最近では客に聞かれてお勧め作品を紹介することもよくある。
同僚や客に頼りにされて、仕事が楽しい。
「すいません」
小学生だ。低学年かな、ランドセルが大きく見える。
「学校の社会の宿題で、わかりやすいビデオ探してるんですけど」
ああ、あるある。はたらくおじさん、とか、はたらくくるま、とか、ああいうの。
「こっちにあるよ」徹は立ち上がり通路を移動した。後ろを子供が付いてくる。
入り口すぐ横の『教育』のコーナーで立ち止った。
英語でダンス、とか、歌ってお絵かき、などの題名に混じって
胎児の成長、なんてのもある。ちょっと見たくなった。
ちらと子供を眺めると真剣な顔で選んでいる。
「どういうのがいいの」と聞くと「大都市の抱える問題点について」と答える。
言葉に詰まった。
高尚すぎ。
最近の小学生が生意気なのもしょうがない。なんてね。
「それだったらここのシリーズかな」
ずらっと棚を占領する『実録 日本の都市』シリーズ。全47巻。
「好きなの選んでね」
しばらく眺めてこれとこれにしますと子供が頭を下げた。
手にしたタイトルを見ると、
『11・激動の東京 オタクの孤独』『34・世紀の大阪 ヤクザ』
意味不明。これで大丈夫なのか?
正直疑問に思いつつ、子供の後ろ姿を見送った。宿題、がんばれよ。
「こだわりの味」
<こだわりの味>
「どうぞ、こちらが当店自慢の味でございます」
そう言いながら給仕が一枚の皿をだした。
しかし、皿の上には何もない。
「これは?」
「はい、当店自慢のチョモランマ上空の空気でございます」
客は驚いた。
「チョモランマの? これは珍しい」
「はい、当店がこだわりました一品でございます」
「どんな味がするのだろうね」
「お客様にしか、わからない味でございます」
客はしばし皿を見つめ、やがて渋面をつくった。
「これは中国側の? それともチベット側の、どちらだ?」
「成分表が偽造されていましたから、たぶん中国側だと思います」
「う〜む…やっぱりチベット側の方がいいな。
入国が難しそうだから入手が困難だし、
大量生産方式じゃないから、こだわりの味がありそうな気がする」
「しかし…そうなりますと」給仕は困った顔をした。
「チベット側の、こだわりの味は時価ですから、お高くなりますよ」
「たかが空気のことじゃないか。よくわからん御代だな」
あ、次忘れてた。「テトラポットの恋」
93 :
名無し物書き@推敲中?:2008/10/24(金) 03:13:31
「ちょっといい話聞きたくない?」
大学の食堂で彼女がそう持ちかけてきた。
「いい話?」
「そう。ちょっぴり甘酸っぱい文通の話」
「いいねえ。聞こう」
「ふふん」
手を組み身を乗り出すと、彼女はおほんとひとつ咳をして得意そうに話し始めた。
「あるところにひとりの女の子がいました。その子は今自分が住んでいる町が好き
ではありませんでした。田舎だし、ぜんぜんオシャレじゃないし。女の子はすぐに
でも町を出たくてたまらなかったのです。
そんなある時、女の子は手紙を書きました。どこの誰に届くとも分からない手紙です。
今思っていることを吐き出した手紙を、女の子は海に投げ捨てました。あ、女の子が住んでいた町は海が近かったの」
さてさて、と、続きを話そうとする彼女の目の前に手を差し出してぼくは話の続きを制する。
驚く彼女を尻目にぼくは話の続きを口にした。
「女の子は返事が来るとは思いませんでした。海は広いのです。きっと誰にも見つからないと思っていました。
けれど、手紙がありました。期待しないで来てみた浜辺に瓶が埋まっていたのです。女の子はびっくりしながらも
手紙を読み、また返事を書きました。するとどうでしょう、また波打ち際に瓶が埋まっていたのです」
「どうして、涼太が知ってるの?」
きょとんと目を大きくする彼女に、ぼくは少し恥ずかしくなりながらも答えた。
「……あの浜辺はさ、潮流が一度近くのテトラポットにぶつかるんだ。それから海の中に潜ってまた流れていく」
「えっと、つまりはあの手紙の主は……」
「誰かは知らなかったけどね」
言って鼻を掻いたぼくの目の前で、みなみは真っ赤になっていた。
次「泡の立たないサイダー」
朝っぱらから吐きたくも無いため息を押しとどめることも出来ずにいた。
僅かに頭痛がするのは寝不足だけのせいではない。
昨夜のケンカが未だ鮮明に頭に残っているのだ。
たった一晩の言い争いで荷物をまとめ出て行かれるほどのケンカである。
狭いと思っていた部屋は無駄に広さを取り戻して、相手の痕跡は
綺麗さっぱり無くなったかに思われた。
出て行った相手、もとい同棲相手のお気に入りのコップが、
部屋の中央にあるテーブル上ではっきりとその存在を示している。
中身のサイダーが一層相手を彷彿とさせて、二度目のため息も
押しとどめる気力がないまま吐き出された。
好物を飲み干す事もなく出て行った辺り、相手の怒りが容易に想像できる。
昨夜のケンカで一番鮮明に思い出されるのは酷い罵倒が喉を駆けた事、
それが深く相手を傷つけた事である。
思い出される罵倒文句を諌めるようにサイダーを煽ったものの、静かな砂糖水に成り果てた
それはただ甘ったるく喉を流れていった。
じりりと炭酸が喉を焼いてくれれば、この込み上げる嗚咽も
滲む涙もサイダーのせいに出来たというのに。
たった一晩で炭酸がぬけたように、全てはサイダーの泡となって消えていったに違いない。
次「花の骨」
「花の骨」
彼女は美しい。顔が整っているとか、そういう表現を遥か越えている。存在が水面のように透明であり、深い大きな目は潤いに満ちている。生活感という言葉が一番似合わない人だった。
「なぁ、あの子が結婚するって噂知ってる?」
ありきたりの乾いた煙で満ちた喫煙所で、同僚の渡辺が話しかけてきた。毎日、同じ匂い、同じ顔、同じ仕事。
この砂漠に、彼女は一輪の花。水を与えられる筈の植物。しかし与えてくれるのだ、私達に。
「……本当に?」
言葉を返すまでに時間がかかった。やっと私の口から出てきた言葉は、やはりありきたりだった。
「あぁ。しかもこの時代に寿退社するかもしれないって!あー俺の癒しがああああ!」
渡辺はそんなバカなというポーズをして、一人で悶えている。いや、この狭い喫煙所にいるのだから、二人と見られるのだろうか。ちょっと嫌だ。
「よくそんな情報わかるな、尊敬するよ」
吸った煙を吐き出す。白い泡。もう、冷静を装うことができた自分を褒めてあげたい。彼女の儚い表情が、三度の飯より好きだ。
あれから5年。公園で子どもとキャッチボールをしている自分がいた。こんなやつなのに、普通の生活を出来ている事は凄いと思う。子どもはキラキラした目で、私に向かってボールを投げる。
「ねぇ、パパ」
「ん?」
日だまりの日曜日。青空が眩しい。風は少しひんやりと冷たい。足だけ入れてみた海のように。
「お母さんは?」
「後から来るって言ってたよ。サンドイッチ作ってくれるってさ」
くしゃくしゃの笑顔は、私にも妻にも似ていない。可愛いものだ。
「あ!お母さん!」
「お待たせ」
風が舞った。骨になる時まで愛すよ。振り向いた先には、幸せが微笑んでいた。
次「ファイアストームと消防士の駆け引き」
王国は、圧倒的な力の前に為す術もなく滅びようとしていた。
王の軍隊もお抱えの魔術師も、魔王の圧倒的な力の前に次々と倒されていった。
人々は嘆き、天へ祈りを捧げた。が、どこからも援軍は現れない。
「城が落ちた。……もうおしまいだ」
誰かがつぶやき、人々はがっくりと座り込んだ。
「伝説の、古代の魔法は手に入れられなかったのか……」
人々の願いをよそに、王国の終焉は刻一刻と近づいていた。
玉座の間に到達した魔王が、ゆっくりと王の元へと歩を進めた。
「全てが灰燼に帰する様をじっくりとその目で見るがよい」
恐怖に怯える人々をあざ笑うように、魔王が杖をふりかざし王へと向けた。
「すべて終わりだ」
「待て!」
閃光が走った。何かが魔王の杖を吹き飛ばし、宙に浮かせて引き寄せた。
金の髪、赤いミニローブとロングブーツ姿。派手ではあるが、よく似合っている。
「ちょっと遅れちゃったけど、あたしが来たからには勝手はさせないわよ」
「見習い魔女か。……お前ごときに何が出来る」
「試してごらん。これは古代より伝わる聖なる力」
少女は指先を魔王に向け呪文を唱えた。
「ファイアストーム!」
木の葉が舞い、空が赤く光る。ローブが風を受け、ばさばさとたなびく。
魔王の姿が炎に包まれた。渦の中に両手を伸ばした黒のシルエットが見え隠れする。
「うおおおお」
魔王が吠えた。炎にまかれがっくりと膝をつく。
「やった……あれれ」
魔王がぐにゃりと溶けて平たくなり、みるみるうちに広がって触手を伸ばす。
変化する!少女は後ろに飛び退って間合いを計った。
二の腕が熱い。再び力が集中するのを感じ、指先で狙いを定める。
「来なさい、次できっちりしとめてやるわ」
「ふふふ、それはどうかな。……次はこちらも古代の力でいくぞ」
二つの力が同時に炸裂した。激しい爆発と噴き上がる熱風とで何も見えない。
「魔王をしとめたのか?」
人々が顔を上げた。目の前に立つ、銀の影。ゆらめきながら一歩足を踏み出した。
「ふふふ、おまえの術など効かぬわ」
「……それは一体」
「わからぬか、これは消防士だ。炎になど負けぬ。おまえの負けだ。ふはははは」
がっくりと肩を落とす少女の前で、魔王は勝ち誇ったように笑い続けた。
「そうね、わたしの負けかも。でもね、消防士だったら人命救助もしないとダメなのよ?
そこら中に怪我人が沢山いるし、病気の人や具合が悪くなった人もいるわ。
ちゃんと助けてこそ、消防士なんじゃないの?」
「うーむ、わしは魔王なんだが」
「だって消防士になったんでしょ。だったら助けなきゃ。助けないなら消防士じゃないでしょ」
「魔王が人間を助けるなど聞いたことがない。だが、こうなっては仕方がない。
救助が終わったら改めて世界を滅ぼすとしよう」
「そうね、それがいいと思うわ」
かくして魔王は名消防士として町の人間の命を救い続けることとなった。
魔女との戦いは、もちろんお預け。
次「とびきりのゆめ」
99 :
1:2008/10/30(木) 01:39:23
真っ白い少女は、真っ白な部屋でいつもベットに横たわっていなくてはならなかった。
風が窓のカーテンを優しく撫でる日も、雨が窓の外を灰色に染める日も、風ががたがた
と窓を揺らす日も、伸びやかに青空に鳥が飛んでいる日も。少女はいるもベットに横た
わっていなくてはならなかった。
少女は、毎日いくつもの薬を飲まなくてはならなかった。白い錠剤や、青色のカプセル、
黄色っぽい粉薬など、ひっきりなしに消化しなくてはならなかった。苦くて、気持ち悪くなって、
毎日意識は朦朧としていた。いつも、いつも窓を見てはここから逃げ出したいと思っていた。
けれどそんなことは叶うわけがなかった。
と言うのも、症状は軟禁されていたのである。真っ白な部屋。ベットと小さな机と椅子と窓だけがある。
その中に少女は閉じ込められ、毎日のように訪れる白衣の男から薬を投与され続けていた。
もう、私はダメなんだと、真っ白な少女は、真っ白な部屋の中で深く絶望した。少女の胸の内だけが黒く澱んでいた。
そんなある日のこと、いつものようにベットの上で目覚めた少女は声を聞いた。
「夢はお好きかい?」
その声はどろりとぬめり、少女の耳に届いた。常人ならばその声色を聞いただけで怖気が走り、
恐怖のあまり戦慄してしまったことだろう。だが、少女は違った。真っ黒に絶望していたのだ。だからその声に返事をした。
うん、夢は何よりも大好きよ、と。
「とびきりのゆめをみたくはないかい」
どろりと絡みつく声が少女の耳元でした。少女はとびきりのゆめという言葉を聴いて、自由に平原を駆ける己を想像し力なく微笑んだ。
そして、見たいけれど、と小さくこぼした。
100 :
2:2008/10/30(木) 01:40:38
「ミサセテアゲルヨ」
え、と少女は目を見開いた。久方ぶりに大きく目を開いて外界を認識した。そこには変わらず白い部屋が広がるばかりである。
声の主などどこにも見えない。なのに、少女は少なからずの期待を込めて声を出していた。
「見ることが出来るの?」
「あア。君サえ望メバ今スぐにデモ見さセテあゲるヨ」
「本当?」
「アあ」
声は嬉しそうに答えると、少女に目を閉じるように指示を出した。ベットに横たわった少女は、この部屋に来て始めて心から
わくわくしていた。何が起きるんだろう。本当に素敵な夢を見ることが出来るのだろうか。思い、閉じた瞼の暗闇に、やがて小さく光が灯り始めた。
「サア、向こウ側へ」
少女は満面の笑みで駆け出した。
「そシて、サヨウなラ」
次「そうしてじゃがバターは激怒した」
そうしてじゃがバターは激怒した
「こんなひどい話って、ないですわ」りんごが嘆いた。
「まあそう言うなよ」にんじんがなだめた。
「しょうがないじゃないか。悪気があった訳じゃないし」
「だよね、べつにそんなに味が違う訳じゃあないし」と、米。
「それが店の方針なら、仕方がないさ」ぽつりとトウキビが言った。
「僕らに出来ることは、お客さんに少しでも美味しく食べて貰うことだけさ」
焼きリンゴも、にんじんグラッセも、バターコーンも、バターライスも
最近はバターが品薄のためマーガリンで代用しているのだ。
一同がため息をついたとき、部屋の隅から大声が響いた。ジャガイモだった。
「そうやってなあなあで済ませるのが良くない!食品偽装は大罪だ」
激怒するじゃがいもの剣幕に押され、野菜たちは口をつぐんだ。
「お客さんに嘘をついちゃあいけないんだよ、商売ってそういうもんだろ。
小さな子供やお年寄りまで、みんな楽しみにしてるんだ。騙しちゃいけねえ」
ジャガイモが叫んだ。
「小さな種芋の頃からずっと立派なじゃがバターになることだけを夢見てた。
おれは……おれはじゃがバターであって、じゃがマーガリンじゃない」
じゃがいもの迫力に押され、黙っていた野菜たちが拍手をした。
「わかってくれたか。言い過ぎたことはすまなかった」
むせび泣くじゃがいもの肩を誰かが抱いた。ぽんぽんと、優しく背をさする。
「泣くなよ。お前の気持ちは良くわかった。
……だがな、おまえはメイクイーンだ。男爵じゃない。じゃがバターにはなれないんだよ」
次「山頂でダンス」
山頂の空気は思いのほか淀んでいた。そう感じたのはきっと
良心の呵責に苛まれたせいかもしれない。
山頂まで上りきったというのに暗い顔の私を見て、今日の登山に同行した友人も
その美しい顔を曇らせた。
友人と言っても、世間体にはそう映しているだけであり、
趣味の社交ダンス仲間、登山仲間といった当たり障りない関係を演じているだけである。
私とこの友人は社交ダンスで知り合ったパートナーだ。
私が定年を迎え、暇つぶしに始めた社交ダンスで遅すぎる出会いを果たしたのだ。
お互いいい歳だというのに、それも互いに家庭があるというのに、私達は惹かれあった。
「踊りましょう」と暗い表情を一変させた友人が優しく私の手を握った。
重なる手から、言葉無しに痛いほど心情が伝わってくる。
ここには軽快な音楽も磨かれた床も華美な衣装もない。それでも友人の
手の引くままにその腰を抱くと、私達は同じ音楽を思ってステップを踏み始めた。
この足場の悪い中、どう踊ったらいいのかという考えよりも、
このまま転げ落ちてもいいかもしれないという思いが頭を過ぎる。
目を合わせた友人の、静かな微笑がそれを了承しているかのようで、
無音のダンスはピークを迎えるごとく、一層激しさを増していった。
本当にこのまま転げ落ちて、堕ちていくのかもしれない。
頂の下の、二人の家庭という現実まで。
次「その音色は犯行予告」
その戸を開けてはならないと思っていた。
私の家は古い作りの平屋で、奥の納戸は仏壇の部屋になっていた。子供の頃そこは薄暗く埃の臭いが
して私は嫌いだった。
その部屋を嫌った理由はもう一つある。
お客様用の布団をしまう押入れの、上の段にしつらえてある仏壇の、そのまた上の所に誰かが買ってきた土産
の『般若の面』が飾られていたからだ。今ならその面は能に使うものだとすぐにわかる。しかし当時子供だった
私にとってはただの恐ろしい顔をした鬼でしかなく、襖を開けておそるおそる覘くたびにこちらを見返す怪物
が恐ろしくてかなわなかったのだ。
仏間という、そこはかとない怖さもあいまって、その恐怖は私の心にトラウマのようにいまだ残っている。
いつの頃からか、納戸には鬼が居ると私は思うようになり、二度とその襖を開けまいと誓っていた。
ある時期からその納戸は祖母を看病する部屋になり、同時に母が付き添いをする部屋となった。幼い私は
母の近くにずっと居たかったので、どうしても納戸から母を連れ出したくてしょうがなかったのだが、かといって
そこへ入る勇気もなく、襖の前で母が出てくるのをずっと待っていたように思う。
その日、私が幼なじみと遊んで返ってきた夕方、母が今でオルガンを弾いていた。
その曲はいつかどこかで聞いたことがあるようなメロディで、幼い私にもなにかしら思うところがあり、また夕日に
照らされた母の面影を見るに付けどうにも近寄りがたく、やはり居間に入らずに少し遠巻きに母を見つめていた。
その日の夜、祖母が他界した。
その戸はおとぎ話のようなものだった。
鶴の恩返しや青髭のように、なぜだかわからないが開けてはいけない禁断の部屋だった。
祖母が他界する頃には、祖母の容態はかなり悪く、食事の世話はもちろん下の世話も全部母がやっていたよう
に思う。私は納戸に近づかなかったから、当時の祖母の様子は死装束を着てからしか記憶にないが、年を追う
ごとにやつれていく母の様子はよくおぼえている。
そして今、その母も老齢になり、最近では痴呆が進行して手がつけられなくなってきた。
財布がなくなった、盗まれたのだと隣近所をわめきながら歩き、酷いときは妄想を抱いたまま近所の家まで乗り込
んで行く。そのたびに私は頭を下げ、母をなだめ、どうにか自宅に連れ帰りあの納戸に寝かせるのだ。
そんな日々に疲れ果てていた頃、母が枕元に座る私にこう言った。
──納戸は死人の部屋よ
納戸は。
開けてはいけない襖の向うには鬼が。
私がそう思うようになったのはあの夕方からか、それともその夜からか。
まるで扉が開くように私は思い出す。
オルガンを弾く母はあのとき、私が見ていることを知らずに独り言をもらしたのだ。
──死んでしまえばいいのに
看病に疲れた顔で。
西日に紅く染まった指で。
子供だった私はその夜、二度と開けまいと誓った納戸の襖を少し開けて中の様子を見た。
そこには静かに眠る祖母と、冷たい冷たい顔をして、布巾で祖母の口のあたりを押さえる母がいた。
今このオルガンは母に聞こえているだろうか。
もう私の名前も何もかも忘れてしまって、ただ生きているだけの母に。
西日が差し込む居間で私はオルガンを弾いている。原風景かのように刻み込まれたあの旋律を。
もういろいろなものに疲れてしまった。
次 「わらべうた」
わらべ歌の歌詞に導かれ、我々はようやく鍾乳洞の奥深く、
財宝が隠されたと思われる場所へ到着した。
「後ろの正面ってことは、この仏像の真後ろの猫の置物が怪しいですね」
壁に寄りかかるように置いてある猫の置物を取り上げると、壁に穴が空いていた。
そこから一筋の光が差し込み、地面の一カ所を指し示した。
そこを中心にして掘るうちに、何か硬い感触に当たった。かなり大きな壷だ。
「いよいよ秀吉の埋蔵金とのご対面ですね」
しかし中には古い紙きれが入っていただけだった。
私はかがみ込んで、それを拾い上げた。
『勝って嬉しい はないちもんめ』
またしてもわらべ歌だ。しかし歌詞の意味がわからない。
次の瞬間、後頭部に凄まじい衝撃を受け、私は穴の中に倒れ込んだ。
「こんなわらべ歌が秀吉の時代からあるわけないだろうが、馬鹿め」
匁(もんめ)の単位は明治からだもんなあ。
悔しいが、文字通り私は墓穴を掘ったようだ。
次は『連続奇数の怪』
連続奇数の呪い、それはこの山間の町に古くから伝わる伝説である。
この町が村と呼ばれていた昔、子供が連続して死亡するという事件が起きた。
最初の犠牲者は1歳になったばかりの赤ん坊、次は3歳、
その次は5歳の幼児、さらにその次は7歳の小学一年生。
最後は9歳の子供。そこでようやく子供たちの不可解な死は終わる。
過去に何度か同じような事件が起きた。
そして今もまた、幼い命が次々に消えている。
1歳、3歳、5歳、7歳ときて、次に狙われるのは9歳の子供だろう。
ところで、私には9歳になったばかりの息子がいる。
本当に呪いだとしても、あるいは呪いにかこつけた連続殺人だとしても、
とにかく息子だけは守りたい。丁度お隣には息子の同級生の女の子がいる。
可哀想だけど、あの子に犠牲になってもらえばひとまずこの一連の事件は終わるだろう。
そろそろ小学校から子供たちが帰って来る頃だ。
肉切り包丁をトートバッグに隠し、私はそーっと塀の隙間からお隣を観た。
お隣の奥さんも、こちらをそーっと覗いていた。チッ
次は『失意症候群と羊たち』
元気だけが取り柄の彼が、珍しく落ち込んでいたかと思うと突然倒れてしまった。
それから数日経つも、一向に回復する様子が見られない。
噂だと、突然大事な人を亡くしたとのこと。
そういえばついこの間まで、頻繁に訪れていた美しい女性がちっとも現れない。
いわゆる婚約者という存在らしい彼女は、今日も暗い顔でため息を吐いている彼と
深い深い情で結ばれていたという。
なるほど、彼女を失ったせいで彼は病んでしまったというわけか。
人は突然のショックにより様々な症状を引き起こすものらしいから。
我々はそういったメンタル的な苦しみと、あまり関わりを持たない生き物である。
今日も呑気に草を食べて青空の下のびのびと生きているのだ。
とはいえ彼に世話になっている以上、慰めの気持ちも沸いてくるというもの。
落ち込む彼の手元に擦り寄ると、彼は熱い眼差しでこちらを見つめてきた。
どうやらこの飼い主思いの気持ちが届いたようだ。
「さあ、いつまでも落ち込んでいるものではない。盛り上がろう。」
そういって豪快に笑う男共が酒瓶を手に押しかけてきた。
出迎えた男はやつれた面で、しかし僅かに口元に笑みを湛えながら
自分とそう歳の変わらぬ男達を迎えた。
「やはり持つべき物は友人だな。いつか君達が訪ねてくるだろうと思って
羊の肉を用意して待っていたんだ。今日はこれで飲み明かそう。」
男を慰める宴が、羊小屋まで響いていた。
その夜、数頭の羊達が突然苦しみだして倒れていたのを男達は知らない。
次「解毒する霜月」
ノブを回すと、やはり鍵はかかっていなかった。
灯りも付けない四畳半で、相変わらず彼女は病んでいた。
頬は痩け、目は落ちくぼみ、唇はひび割れ、まるで死人だ。
恋人の突然の死は、彼女の生命をも奪おうとしているかのようだ。
「寒くなったよね〜。今日はおでん持って来たんだ。コンビニのだけど」
パックのふたを取ると、たちまち湯気が立ち上る。
彼女に二人分のそれを押しつけ、キッチンへ急ぐ。
冷蔵庫の中は殆どが賞味期限切れで、食べられそうな物は無かった。
取り皿だけを手に部屋に戻ると、彼女が静かに涙を流していた。
いつにない反応に戸惑っている私を見て、彼女は笑った。
「喧嘩したの。前の晩に。大したことじゃ無かったのに意地になっちゃって」
彼女の見ている先には、カーテンを開けたままの窓。
湯気で曇ったガラス窓に、くっきりと文字が浮かび上がっている。
指でそっと文字をなぞり、彼女はこつんとガラスに額を付けた。
「私もごめん、ごめんね……」
次は『段ボールは我が誓い』
私のクローゼットには、洋服がずらりと並んでいる。
どれもお隣のおばさんが、得意の裁縫で作ってくれたものだ。
そのおばさんが先日亡くなった。享年五十四才、少し早めの死だった。
身寄りは無かったらしく、貸家であるお隣の家財一式を整理するため
生前のおばさんと親しかった母と私もかり出されていた。
「うわー、何これ。すっごい段ボールの数」
押し入れにはみっちりと収納用とおぼしき段ボールが積み重なっていた。
中を開けると見覚えのある服が現れた。私がもらったものとよく似ている。
「これは多分、娘さんのね」段ボールを取り出しながら母が言った。
「十五年ほど前に行方不明になって、結局見つからずじまい。小学校も
上がっていなかったらしいから、生きてるなら丁度あなたぐらいね」
一つ一つ箱を開ける度に、服は幼い物になって行く。
これが、我が子の帰りを決して諦めるまいと待ち続けた"母"の姿なのか。
ふと、私を採寸していたときの楽しそうなおばさんの顔が目に浮かんだ。
ダサイなんて言わず、着てるところをもっと見せてあげれば良かったな……
次は『凶行交響曲』
凶行交響曲
それは昼下がりの一室でのこと。
芸術家の彼女は裸足のアートだと言って笑いながら
キャンバスに足跡を着けていた。
作曲家の僕は、1年かけて完成させた楽譜を鞄から取り出したばかりだった。
ひらりと手から滑り落ちた譜面と、「飽きた」と言って歩き出した極彩色の足。
べたり、と、嫌な音はしなかったが、
いい事が起こったわけでないことは無音でも分かる。
白い譜面は決してキャンバスではないのだが、
彼女の足にくっつく様は一つの作品を迎えるそれであった。
そんな事を考えて冷静な顔でいる僕に、彼女もまた悪びれた様子も無く
その鮮やかで少しマヌケな足を振って見せる。
これからどうするのかと思いきや、考える間もなくそれは思い切り剥がされた。
汚れて破れた紙片を摘み上げた彼女は何事も無かったかのようにそれを差し出す。
それから、受け取って呆然とする僕の脇を風呂場へと軽快に歩いて行った。
残された僕は汚れた譜面を捨て置き、何の気なしに彼女の絵筆をとると、
「裸足のアート」に五線譜を引いて、覚える限りの音符を並べていった。
彼女が元通りの真っ白な足になる頃、キャンバスが極彩色と音符にまみれたのは
言うまでも無い。
僕の心臓には足跡型の確かな傷が残されたのだから、
これくらいのこと、どうということはないだろう。
キャンバスの僅かな空白に「凶行交響曲」と書き上げると、
すぐ後ろで「あら素敵」と言って笑う彼女の声がした。そんな昼下がりの一幕。
次「嘘の味で酔える酒」
料理には愛情だな。
赤ちゃんの毛布のように暖めたティーポットでふるまうホットミルク。
風邪気味のジョディには一絞りのショウガ汁を。
いらいら屋さんのマイクにはカラメル焼きもつけてあげる。
そして、愛するジーンには透きとおるようなフレンチキスを。
でも、酒には必要なのは嘘だ。
さもないと、灰色の群れの中に僕は溶け込んで、両足を立てるべき地面さえ見失ってしまう。
強くもないのにグラス一杯のマティーニを一口であおった僕は深く瞳を閉じた。
ああ、駄目だ。
こんなことでは、またジーンにしかられてしまう。
きっと彼女は僕の顔を見て、呆れた顔をするんだ。
でも、しばらくすると笑いながら、氷の入った水を汲んできてくれる。
僕はふらふらしながら子供部屋を覗いて、ハムスターのように丸まって寝息を立てる二人にキスをするんだ。
目を覚ました子供たちは、お酒くさいといって、笑いながら僕をぽかぽかと叩くんだ。
ジーンと、ジョディと、マイクが僕と一緒に笑っている。
耳の穴の奥の方、遠く遠くに幸せな笑い声が聞こえる。
「おい、ハイディン(白痴)!今日はずいぶん潤ってるみたいだな。その糞便のこびりついたケツの穴に買い手でもついたのか?」
僕の頭の中で響いていた笑い声は、すっかり男たちの嘲笑に変わってしまった。
「ああ、だめだ。そろそろ家に帰らないと。ジーンや子供たちに怒られてしまう」
僕はあわてて椅子から立ち上がった。
「おいおい、てめぇのツレとガキどもは半年も前に、トラックにミンチにされたじゃねーか」
「うるさい!」
「三丁目のゲテモノ屋のグレインがその肉をスープにしたらしいぜ?味はゲロマズだったってよwww」
「だまれええぇぇぇえ!」
――僕は顔の形が変わるほど殴られてから、店の外に蹴りだされた。
町には、すべすべの高級車の上にも、野良犬の眠るゴミ捨て場の生ゴミの上にも、うっすらと雪が積もっている。
ああ、酒には嘘が必要だ。
僕を酔わせるほどの甘い嘘が――
次。
『夕日で埋める隙間風』
病床の母は、長らく生活した木造の家から決して離れようとしなかった。夫がすぐ側に新築の家を建てたというのに、
移り住むことには頑として首を縦に振らなかった。歩いて二分とかからないとは言え、老婆の一人暮らし。
いつ病状が悪化するとも分からないというのに、どれほど言葉を尽くし説得しても母は折れなかった。
元来病院と言うものに不信感を持っていたためか、医者ですら家に呼ぶほどだった。
そんな母が、とうとう死んだ。医者はまだ持つでしょうなどと言っていたから心底驚いた。
朝、いつものように朝食を作るついでに様子を伺った寝室で、母は静かに息絶えていた。
穏やかな表情だったなと、葬式を済ませ、遺品も整理した母の寝室で思い出す。古い木造の家は
吹く風に揺られて、入り込んだ隙間風が足を撫でていった。こんな寒い家で幾夜を過ごし、誰にも
見守れずに死んでいった母のことを思うと、とても悲しかった。
ずっと母が横たわっていた床に、母と同じように寝転んでみる。薄暗い部屋の天井は、黒くしんと
覆いかぶさってきていて、これが母が長らく見ていた景色なのだと思うと辛かった。
どれほどの時間横たわっていたのだろう。部屋の中は一層暗闇に侵食されたような気がした。びょおと風が吹いて、
隙間風が足を撫でる。この部屋にもこんな風が吹いていたのかと、ずっと知らなかった自分が情けなくなって
私は辺りを見渡した。風がどこから入ってくるのか気になったのだ。
それは床に接した壁の一辺に出来た、ひびのような隙間だった。思ったより大きなそのひびからは、
どういうわけか光が漏れていて、絨毯の上に小さな陽だまりを作っていた。
そういえば、この壁の向こう側は廊下だった。きっと差し込む夕日が光を作っているのだろう。
私はその小さな陽だまりを見ながら、どうしようもなく切なくなった。きっと母もこの光に
気が付いていたに違いない。ずっと母が見ていた陽だまりが、そこにはあるのだ。温もりを感じようと
手を伸ばして、掌は懸命に宙をかいた。けれど寝転がったままでは決して届かなくて、悔しくて、
涙がぼろぼろと零れ落ちた。
びょおと風が吹く。隙間風は冷たく私の足を撫でて行った。
次「人面薬缶」
私は寒さを少しでも和らげるために用意した薬缶を、年季の入ったダルマストーブにのせた。
このところめっきり冷え込んできた応接室の、古いソファに私は腰をかけてしばし考える。
薬缶頭、というのは禿頭のことを言うらしい。だが目の前の男はどうだろう。禿げている、というよりこんなにも
薬缶に似ている頭があってもよいだろうか? 似ている、というかソノモノではないか。薬缶頭?
いや、これは薬缶だろう。どう贔屓目に見ても……。
「鉄ビンさん、ええと、先ほどのお話ですが……」
「鉄ビンではなくて、私はテツミです。鉄に見ると書いて鉄見」
表情ひとつ変えずに訂正されてしまった。迂闊にも程がある。
「ああ失礼。鉄見さん、その、ご相談というのは、ご息女が湯わかしに会うかもしれないという……」
「ですから、何度も申しますとおり、湯沸しではなくてカドワカシです。誘拐です」
イカンイカン。どうも薬缶に結び付けて考えてしまう。流石に怒ったかと思って様子を伺うが、相手はとくに気分を
害している様子はなく、なんとか咳きこんで誤魔化して話を続ける。おちついていこう。
「ひ、冷えますなぁ。それで誘拐というのはまた物騒な話で……」
「ええ、先週から家内が心配するものですから、警察に相談しても事件性がないと民事不介入だと言われてしまって。
こちらは一般市民ですからソノ手のつてもないもので困ってしまって」
それでこんな(自分で言うのもなんだが)怪しい探偵事務所に来たのだそうだ。案外チラシは効力を発揮するものである。
鉄見氏はほとほと困り果てた様子で、貧すれば窮すると言いますでしょう、と言った。
「キュウスですか!? 薬缶だけに!!」
言った瞬間しまったと思った。
「あ、あなたはなんですかっ! さっきから鉄瓶だの湯沸しだの、無礼にもほどがある!」
とうとう怒らせてしまった。無表情なのは相変わらずだが。
「ど、どうか落ち着いて! 無礼は謝りますっ! あんまり怒るとホラ、頭から湯気が!」
シュウシュウ言っている。
「我慢ならん! いい加減にしろっ!!」
鉄見氏がそう怒鳴ると、どういうわけかソファに座っていた薬缶が突然立ち上がり、事務所を出ていってしまった。
……あれ?
次「猫を積む男」
「いくつになりましたか」
「五万とんで十三体だ」
「目指す目標値は」
「一億八百四十九万七千三十四体」
「道のりはまだ遠いですね」
暗くじめじめした病室の片隅で、黙々と平べったい石を積み上げる男を見ながらそう呟いた。彼の名前は大崎。
この精神病棟にかくまわれて、かれこれ二十年は経つ初老の老人だ。
事の発端は道で見つけた野良猫だったのだと言う。大学教授をしていた大崎は、何を思ったのか突然その猫に
飛び掛ると、首を絞めて捻り取って、頭の皮膚を丁寧に剥ぎ取り、側に落ちていた頭蓋を石で砕くと、額の骨
を大切に抱えて家へと持ち帰った。彼はその全てを白昼の路上で行い、素手でもって全てをやり終えた。その
後、犠牲になった猫は三百とも、四千とも言われている。
誰にも見つからなかったことがまた不思議なのだが、ある意味において見つからなかったことは喜ぶべきこと
でもあった。
大崎は、嬉々とした表情で、また時には盛大な笑い声を上げて猫を解体していたのである。それは病棟で、保
健所から貰い受けた毒殺処分を待つばかりの猫を用いた実験で明らかになったことだ。
大崎が何を思って猫を解体し、その額を持ち帰るのかは分からない。どうして突然そのようなことを行うよう
になったかは、未だもって謎に包まれている。前日まで、いや始まりのその日にしても、彼はなんら普通の大
学教授であり、いつも通りであったと数多くの証言が指し示していたのだ。
私はかれこれ二年間、彼の精神状態を研究している。興味深い人物だったのだ。大学教授という、権威ある立場
にありながら、突如として覗かせた狂気にどうしても惹かれてしまった。けれどこの二年間、どれほど調べて
みても大崎の精神状態はこれっぽっちも分からなかった。
大崎はいたって普通の人物だったのである。それどころか、やはり大学教授というべきなのか、ずば抜けて頭が
よい人物であった。広く知識に精通していて、思想哲学、倫理、歴史、科学、数学どれをとっても常人以上に
頭が回った。加えてそれぞれを結び付けて持論を展開することも多かった。
そんな中で特に際立っていたのが数学である。彼は数に対して非常に稀有な執着を示す人物であった。
何回目かのカウンセリングを試みた時だ。すでに何度もカウンセリングを経験したことのある大崎は慣れたもので、
私が何か言う前に「好きな数字はなにかね」と自ら尋ねてきた。私は笑顔で数字の二だと答えた。途端に大崎は
顔を真っ赤にして怒り出した。
「二。二だと。今君は数字の二が好きだと答えたのか。それはいかん。それはあまりによくない。君は二と言う
数字のことを、はたしてどれほど知りながらそのような馬鹿げたことを口にしているのか。あなたははたして
どれほどに二と言う数字の歴史を知りながらそのようなことを言っているのか。二と言う数字は、決して好いては
ならん数字なのだ。それは哲学的観点から見ても明らかなことだし、倫理面においても否応なしに分かることだ。
存在すら忌々しい。ああ、今日はもう気分が好かん。終わりにしてくれ」
思えば、この時だけは大崎の異常性を視覚的に明らかに出来たような気がする。
「山崎くん」
「なんでしょうか」
呼ばれて、私は大崎の手元を見た。
「見てくれ。この猫は額が欠けてしまっているよ。ああ、可哀想だ。とても哀れだ。生きながらにしながら、彼は、
または彼女は欠落を抱えていたのだ。それも自らの頭の中に。ああ、可哀想だ。私はこの猫のことが愛おしくて
堪らないよ」
言いながら、大崎はその石に頬ずりをした。
猫の額は、いつからかそれそっくりの石に変えられていた。無駄な殺生をするわけにもいかないので、逐一河原から
拾ってくるようにしたのだ。大崎はそうとも知らずに、毎日私が持ってくる山のような猫の額を大いに喜んだ。
「君はまるで神様のような存在だ」
無邪気に言われた時、ズキリと胸が痛んだ。
大崎がどうして猫の額を積み上げるのか、その目標値にはどんな意味があるのか、そんなことはまったく分からない。
積み上げた猫の額は毎日増しているものの、目にする高さは日に日に違っていたのだ。加えて気分によってか現在値も
目標値さえも毎日ころころと変わっていた。
彼が何を思い、何を考え行動しているのかは、まったくもって計り知れない。けれども、私が部屋を訪れるたびに、
額を差し出すために浮かび上がる優しい笑顔を見ることが出来るのはささやかな楽しみだった。
「大崎先生、今日も持ってきましたよ」
ビニール袋いっぱいの猫の額を差し出しながら、私は今日もかつての教授を観察するのだった。
長々と申し訳ない。
次「サウンドの怨霊」
深夜の運転て寂しいじゃない。
街から少しでも離れると本当に静まり返っちゃって暗いし。
なんだか妙に怖くなっちゃって、ラジオなんかつけたりするでしょう?
でも深夜の運転にラジオなんて、怖い話の王道ネタのようなもんじゃない。
よく考えると、怖いのを避けるために自分から怖いものに突っ込んでるんだよね。
ついこの間のことなんだけど、やっぱり僕も怖くなってね、着けたのよ、ラジオ。
ちょっとした田舎道でさ、電波環境もそりゃあいまいちだったよ。
雑音はね、確かに気になるけどさ、ラジオの陽気な声を聴くとほんとにほっとするんだって。
でもあの時のラジオ、ちょっとおかしかったの。何がおかしいって、
男がへらへら陽気に語ってるんだけど、その話してる合間っていうのかな、
後ろの方っていったらいいのかな、とにかく何かぼそりと聴こえるわけ。
さっきも言ったけど、電波は悪いよそりゃ。けどさ、雑音とかそういうのじゃないって
あきらかに感じるの。わかるっていうより、感じるの。
何か一つの言葉を言ってる感じで、僕もやめときゃいいのに、音量をさ、上げたのよ。
ぼそりぼそり言ってる言葉が徐々にはっきりしていくあの感じ、本当に変な汗出たよ。
「消すな」って、その一言ね。延々とずーっと。へらへら話してるのとまったく関係なく言ってるの。
うわあって、やっぱ音量上げるんじゃなかったって、ほんっとうに後悔してさ。
どうしようって思って、聴かなかったことにして、選局変えちゃえって
運転中だけど、ちょっと手伸ばしていじってさ。
けどね、これ、信じられないかもしれないけど、選局確かに変えたのに
同じ人が同じ事をへらへら語ってるの。あれ?って。これさっきの番組だよなって。
そしてやっぱ「消すな」ってまた聴こえてさ。本当に軽くパニックよ。
誰も車走ってないから思いっきりブレーキ踏み込んでさ、もうこれラジオ止めようって
手伸ばしたら、「消すな」って声がもうすごいでかい怒声に変わったの。
んで、びくっとなって手引っ込めたら、また普通にへらへら語る声がして、
やっぱり所々で「消すな」って聴こえてもう僕半泣き。どうしようどうしようって。
もう本当にわけわかんなくて嫌んなって、消したらどうなるかわからんし、
このまま帰るしかないのかって。で、そういや音量上げてたって思い出したのよ。
音量って音の方ね。幽霊の方じゃなくて。
なるべく聴こえないところまで下げようって、もう震える指で勇気出して。そしたら・・・・・・
「なあ、これ聴くのやめよ? 」
助手席の彼女にそういうと、彼女は小さく「うん」と気の無い返事をした。
運転中なので、本当にちらりとだけ気の無い返事をした彼女を見やると、彼女は
ラジオの選局をいじっているようだった。
「あのね、実はさ、さっきから選局変えてるんだよ。でも、おかしいな、どこに合わせても
こればかり・・・・・・」
彼女の発言にぎくりとした。深夜の道に踏み込んだブレーキの音がやけに大きく響く。
互いに不安な目を合わせ、ラジオの妙な語りに耳をすませる。
「止めよう」と言って手を伸ばしたとき、
ラジオの語りはぴたりと止まり、ただ一言、暗い声が「消すな」と言った。
次「足音美人」
いつも決まってこの時間に部屋の前を通り過ぎる足音。
高めのハイヒールの、スーツ姿のスレンダーな女性を思わせる、そんな足音。
横で休んでいる夫の背中が少し緊張している。やはり彼も気づいている。
秘書という立場で夫に近づいた、ひどく目障りだったあの女。
病弱な私とは違い、勝ち気で自信に満ちあふれたあの女。
彼を取られる悪夢を何度見たことか。いっそ直談判しようかと思いつめもした。
けれど突然彼女は消えた。会社に辞表を出した直後に失踪したのだとか。
真夜中にも関わらず遠慮なく響く、あの女のそれとよく似た足音。
まさか。彼女がまた戻って、夫に自分の存在をアピールしているのでは。
いや、そんな回りくどいことをする女じゃなかった。
私の前でさえ夫との関係を隠そうとしなかったあの女に、彼もまた辟易していた。
少なくとも夫にとってあの女との関係はあくまでも遊びだった。そう信じたい。
けど。同じマンションに住む、あの女と似たタイプの女性。
背中の緊張が意味するのは、過去の女とのことでは無いのかもしれない。
手を伸ばせばとどくはずの広い背中が、ひどく遠い。
次「究極のケトル」
究極のケトル
『ケトルはあなたを裏切らない あなたはケトルを裏切れない』
訳の分からない謳い文句に惹かれ、つい買ってしまった。
届いた包みを開けると、ごく普通のケトルと簡単な説明書。
それと小さなボタンが入っていた。説明書には耳に付けろと書いてある。
これとケトルとどういう関係があるんだっての。
説明書にはご丁寧に『騙されたつもりで付けてください』と書いてある。
何か、めちゃくちゃ説明不足な説明書だ。
耳に押し付けると、ボタンはみるみる耳たぶにめり込んで行った。痛い。しかも取れない。
ここまでやったらやめられない。嫌な予感はしつつもケトルを火にかけてみた。
沸騰を知らせる笛の音と同時に、俺の頭にも警報が鳴り始めた。
ようするにこのボタンが通信機の役割をするわけだ。ケトルだけのための通信機ね。
ほら、見える? これがそのボタン。いや、ピアスじゃないって。
だからさ、もっと飛ばしてくれよ運転手さん。さっきからケトルが呼んでるんだ。
家には誰もいない筈なんだよ。一人暮らしのアパートだからね。
あ〜もう、うるさい! あ、今のはあんたに言ったんじゃないよ。
次は「鋼鉄」「フライ」「焼酎」
ここ珊瑚じゃないぜ?
別にいいけど
ダメですかね。じゃ変えますね。すみません。
次は「流転するチョコレート」
/|\
/_|_\ パカッ
ノ人
(○ ) ソウルイーターはーじまーるよー
( (7
< ヽ
\ ̄| ̄/
\|/
流転するチョコレート
「森永さん。どうやら、世の中には食っても食っても減らないチョコレートがあるらしいっすよ」
山崎が整備中にそんなことを口にした。いつもならばごうごうと音を立てて動いている機械も、
整備の時だけは静かに止まっている。
「そんなチョコレートがあったら、俺たちみたいな作業員って――」
「黙って仕事しろ」
言うと、山崎はへいへいと作業を再開した。
スパナでボトルの閉まり具合を確かめながら、先ほど山崎が言っていたことを思い出す。どうや
っても減りはしないチョコレートねえ。そんなもの、たとえあったとしても工場は潰れやしないだ
ろう。大体限度と言うものがあるはずなのだ。
額に浮んだ汗を拭いながら機械の側を歩いていく。整備整備と上はうるさいのだが、こんなボルト
を締めるだけの整備に意味などあるのだろうかと馬鹿げているのではなかと俺などは考えてしまう。
まあ、このご時勢、雇ってもらっているだけありがたいことなのかもしれない。少なくとも、
金には困らないのだから。
「森永さん、そっち終わりました?」
「ああ。もうすぐだ」
返事を返すと、山崎は、じゃあとっとと終わらせて飲みにいきましょうなどと口にした。
気楽でいいなと思う。俺は最後のボルトを確認して山崎が待つ出口へと向かうことにした。
「ちょっと遅かったじゃないっすか」
にやにやしながら山崎がそう言った。いつも俺よりも遅れていたのが気になっていたのかもしれない。
小さなことに拘る男だ。
俺は上機嫌で出て行く山崎の背中を見てから、ふと後ろを振り返った。減ることのないチョコレート。
そういえば、このプラントのレーンに入り口はあっただろうか。いつも点検しているくせに、どうしても
細部が曖昧で思い出すことができなかった。
もしかしたらと思う。だが、それは馬鹿馬鹿しい妄想でしかないのだろう。俺には知らなくていいことだ。
知らなくても、世の中が回っているのならばそれでいいのだ。
トビラを締める。さて、今日はどこでいっぱい飲み交わそうか。
次「クロネコは見た!」
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街中で、聞き慣れた声に周囲を見渡すとやはりそこに
見知った顔がいた。5ヶ月前近所に越してきた、私のご主人の恋人である。
普段なら人間の話になど関心は持たないのだが、最近ご主人が彼と
上手くいかないと嘆いていたことと、彼が今友人と談笑している話に
なんらかの繋がりがあるように思えて、つい耳を立ててしまった。
「一目惚れだった」「あいつには悪いけれど、気持ちはごまかせない」
「どんなコって、部屋に写真はあるけど」
と、断片的に聴こえる会話はあきらかに彼のやましさを語っていた。
猫とはいえ、私も女である。ご主人を悲しませるのは許せないと、
飛び出していってその顔を引っ掻いてやろうとどれだけ思ったことか。
しかし、あの会話だけでは他に本命がいるのか、それとも私のご主人が
本命なのか、その判断は出来ない。
部屋の写真。そこにご主人が写ってさえいれば済む話である。
彼の気持ちを信じたいのだ。引っ越してきた当初、彼は
ご主人の気を引くのに必死であった。ご主人の猫好きに合わせて
私に会いたいと口実をつけご主人に会いにきたり、携帯で私の写真を撮って
待ち受けにするなどと言い喜ばせたり、なかなか可愛いことをしていた人間だ。
もしかしたらその時から別に付き合っている女性がいたかもしれないけれど、
ご主人もそんな彼の様子を見て惹かれていたのだ。
しかし最近は私達の家に訪ねてくる事はあっても、あまり街中を出歩かなくなったし、
ご主人と二人きりでも携帯を眺めていることが多くなったのだそうだ。
なにより付き合ってるというのに、なかなか彼が家へ上げてくれないという。
ご主人の嘆きを思い出すと、やはり本命は別にいるのだろうとしか考えられない。
それでもわずかの望みで私は彼の家へと向かったのだ。
夕暮れ時で薄暗いとはいえ、彼の部屋は異様に暗かった。塀の上から
よくよく首を伸ばして覗き見ると、どうやら壁紙の色が黒いようだ。たしか彼は黒が好きと
言っていた。だから猫も黒猫が可愛いと、やはりご主人を喜ばせていたことを思い出す。
それにしても黒い壁紙というのはやりすぎだろう。そんな事を考えながら、
ここからでは暗すぎて写真を見つけられそうにないと、私はさらに窓辺へと近づいた。
そして私は知ってしまったのだ。なんということだろう。
彼の本命はあろうことか人間ではない黒猫の私なのである。
彼の部屋の壁は全て黒猫(わたし)の写真で埋め尽くされていた。
次「その人格は冬限定」
130 :
その人格は冬限定@:2009/01/23(金) 16:59:33
街にクリスマスソングが流れ始めた。休日の通りを行き交うのは手を繋いだ恋人達や家族連ればかりが目立つ。
気が早いサンタクロースが、愛想笑いを浮かべながらケーキの宣伝なのだろうビラを通行人に配っているのを見な
がら、私は路上の花壇に腰を下ろしていた。
マフラーをずらして、上空を見上げてみる。空っぽの、どこか色褪せたような青い空はいつも私を憂鬱にさせる。
今年もまたこの時期が来てしまったのかと思わずにはいられなかった。
できるだけ家には居たくなかった。父さんが居るから。冬場の休日、私は用もないのに街に繰り出す日々を送っている。
といっても、夜になれば家に帰らねばならないのだから、ことの解決にはなっていない。これは逃避でしかないのだ。
嫌なことから逃げて回っているだけ。それは自覚している。しているけれど、どうにも受け入れられないものが
人にはあると思う。
父さんは、冬になると決まって過保護になる。それ以外の季節は相応に距離をとって私と接してくれるのに、
冬になるとずけずけと干渉してくる。勉強や友好関係、健康など、私に関わる全てのことが心配になってしまうらしいのだ。
昨夜は友達のことだった。「変な友達と付き合ってるんじゃないだろうな」「いじめられてはないか」「友達と
呼べるような人はいるのか」「学校でひとりじゃないのか」等々、毎年のことなのでもう慣れてしまったとは言っても、
所々でカチンときたし、傷ついたりもした。父さんは私のことをどんな娘だと思っているのだろうかとか、私のことを
そんな風にしか見ていないんだとか、詮無いことを考えてしまった。私は健全な友好関係を築いているし、友達に
困っているわけでもない。全ては父さんの要らぬ心配に過ぎないのだ。
通りを歩いていく母子らしい二人の姿を目で追いながら、浮んでいた満面の笑みに頬が緩んだ。そこに紛れもない
幸せがあるように感じられて、少しだけ気分がよくなった。
131 :
その人格は冬限定A:2009/01/23(金) 17:02:18
二人が人波に隠れてしばらくぼんやりしていたら、すうっと母さんのことが浮んできた。私が小学生の頃に病気で
死んでしまった母さん。もう十年近く前のことになる。もともと病弱だった母さんが病室で息を引き取った時、
私と父さんは医師や看護士の目もはばからずに号泣した。涙が流れすぎて頭が痛くなったほどだった。
父さんは、たぶんまだその場所から動けないで居るのだろう。母さんが死んだのは、こんな冬の晴天の日のことだったから。
冬は寒い。誰かの温もりが恋しくなる。そして、あるべき人がいない淋しさが増幅する季節なんだと思う。だから
みんな温かな格好をして、誰かと一緒に過ごして、少しでも淋しさを紛らわそうとしているのだ。
父さんもきっとそう。分かっているのだ。私たちは家族なのだから。
私は携帯電話を開いて時間を確認した。もう随分と時間が経っているような気がする。まだ、花を選び終えないの
だろうか。気になって私は立ち上がり、すぐ近くにある花屋へと入った。父さんは難しそうな表情をしたまま、
じっとたくさんの花を見つめていた。
「まだ悩んでるの?」
声をかけると、振り返った父さんは恥ずかしそうに頭を掻いた。厳しい表情をしていたのに、途端に気弱な、
頼りがいのない顔になってしまう。この表情に、母さんはくすぐられたのかもしれないなと最近思うようになったのは、
もちろん父さんには内緒だ。
「どれがいいか分からなくてな」
「そう。んー、じゃあ、これとこれにしよう」
そう言って私が選んだのは淡いピンクのスイトピーと、少し赤色が濃いサルビアの花だった。花言葉は優しい思い出と
家族愛。母さんへの献花としてはこれ以上ない組み合わせじゃないだろうか。
「ね、いいでしょう?」
父さんは訊ねた私をじっと見つめ、それから柔らかな微笑みを浮かべると、ゆっくりと頷いた。
次「塩の爆弾」
132 :
名無し物書き@推敲中?:2009/01/23(金) 21:39:12
塩の爆弾ってタイトルなら、ナメクジを擬人化したショートショートがまず真っ先に思
い浮かぶのだが、こんなところに真面目にショート小説を書いてもまったく益がない。
だから書かない。
それ以前の問題として、書けない。
ここをなめているうえに何をかくそう俺自体が本物のナメクジだからだ。
つぎ【朝日の中の淡い恋が幻想チンポ】
目覚め一番に己の性癖を疑った。
朝日が何事もなく照らす部屋の、鏡台まではこの寝台から
たった2、3歩ほどである。だというのに、足が震えてどうしようもない。
かろうじて鏡台に手をついて身体を支えると、
私はじっと鏡に映る己の顔を凝視した。
ああ、胸が高鳴っている。この妙な想いに。
あの頃と比べて、目は流行のぱっちりした物になり
髪も肩を過ぎてパーマも様になった。
胸だって大きくなったし、肩幅だって狭く柔らかい。
私は間違いなく女の身体だ。男を愛してどこが悪い。
数年前はそんな事、堂々と言えなかったけれど。
夢の私は素敵だった。あんなに魅力的な男性だったなんて。
なんで性転換手術なんてしてしまったのだろうか。
いや、そもそもは私の性癖の問題だけれど。だけれども、だけれども今回は。
よりにもよって、過去の男性時代の己(それも夢の)にときめくなど、
前代未聞の悲恋話だ。複雑な胸中にじわじわと混ざる性欲が
鬱陶しい。そう思いつつも、今すぐ過去の己と抱き合いたいという
変態的な思考を止めるすべも無く、虚しい想いを抱いて二度寝するより仕方なかった。
次「口下手詐欺」
お母様は言ったわ「口のうまい男に気をつけろ」って。
口がうまい男は、たいてい中味がともなわないんですって。
だから結婚する人は吟味に吟味を重ねて、今のダンナさまを見つけたの。
ちょっと口下手だけど、素朴でかっこよくて優しくて、最高のダンナさま。
毎日ラブラブで幸せな日を送っているわ。
夫婦生活に悩みなんてまったくないけど、ひとつあるとしたら
ダンナさまがあんまり素敵でかわいいから、ついつい私が意地悪しちゃうってところかな。
でもそんな私のツンデレにも、笑って受け流してくれるダンナさま…大好きよ。
本人には直接言えないから、ここに書いて気持ちを発散してるの。
うふふ、私も意外と口下手なのね。
え?話のオチ?そんなものないわ。
え?詐欺だって?知ったこっちゃないわ。
135 :
名無し物書き@推敲中?:2009/01/31(土) 16:10:53
次
「闇鍋って…」
大闇鍋の当日、大津が原付で転び足を折った。
大闇鍋にふさわしき具を求めて六畳間を汗をかきながらごぜごぜとひっくり返していた私は、その報を受けていきり立った。
「ふざけたことを抜かすな」
「そう言ってやるな、奴が一番悔しかろうよ」
電話の向こうで八尾がのんびりと言った。
大津は運の悪い男だ。そして致命的に間が悪い男だ。勝手に運と間が悪いだけなら同情の余地もあるが、奴の不運は常々周囲のぽわんとした幸せまでをも一瞬にして巻き込み、根こそぎかっさらっていくハリケーンの揚力を備えていた。
「あいつが大々的に闇鍋をどうしても今日やりたいと言うから、俺は葦園さんとのだな、初めてのだな、展覧会鑑賞というかくも美しい予定を! しかもなぜこんな真夏に男だけで鍋なのだ! 暑苦しいにも程がある!」
あやうく落涙しそうだ、怒りで。八尾が、それを言うなら俺だってと遮った。なんだよ、と聞くと
「今日は行きたいところがあったんだ」
暇こそ身上と断じ、何よりも憎むべきは未来のアポイントメント! と豪語する八尾に予定があるのは妙だ。八尾は続ける。
「崖の上のポニョ、花丘名画座で今日までだった」
暇な時間を何よりも愛する八尾は、それに匹敵するほどの情熱でジブリ作品を愛している。しかし彼にとって第一義はあくまで「暇」、作品公開以来、彼は最先端の映画のかかる都心のお膝元に住むにも関わらず映画館に足を運ぶのを伸ばし伸ばしにし、
「まだ練馬ならやってるから」「まだ埼玉なら」と後倒し後倒しして早一年、隣の隣の県にある花丘名画座とかいう映画館の上映最終日に一日がかりで出かけ、滑り込もうとしていたという。
「お前という奴はもしかしたら……ものすごくアクティブなんじゃないか?」
「ご名答」
大津が退院してきたら大闇鍋は天下一闇鍋に仕切り直し、私は葦園さんと見損ねた「ぱうる・くれー」の模写を鍋にぶち込み、八尾はポニョの歌を歌いまくり宴の花とすることに決めた。
「大津、なんで今日にあんなにこだわったんだろ」
どうしても今日、どうしても今日! と固執する大津の鬱陶しい顔を思い出しながら私は呟いた。
八尾はハハ、と笑ってから言った。
「十五年前、俺たちが高一の夏休みに初めて喋った日、だってさ」
乙女か! 気色悪い! と言いながら、バス停に座ってサンデーの連載漫画に出てきた闇鍋というものについて八尾と大津に語った十五年前の夏を思い出した。気色悪い! ワレながら!
次「名画座と未来」
138 :
「名画座と未来」:2009/02/05(木) 22:59:18
「あしただね」
ぼくは言った。
「うん、あした」
ミヨちゃんが答えた。
ミヨちゃんは明日出発する。遠く。遠くだ。
明後日からはもう一緒に遊ぶ事もできない。
引っ越し先は遥かオリオン座の先……名画座の向こう。
別れたくない。でも、ぼく達は子供だからどうしようもない。
「いつか……行くよ、ぼくも行く。だからその時遊ぼ」
「うん、まってる」
ぼくは何度も振り返りながら大きく手を振るミヨちゃんが見えなくなるまで、その姿を追い続けた。
ずっと前、ママと一緒に買い物に行ったオリオン座の前のスーパー。すごく遠かった。
名画座はもっと遠いオリオン座の先だ。
ぼく一人ではとても遊びに行けない。
今は遊びに行けない。
でも、きっといつか。
ぼくはもう見えなくなったミヨちゃんに手を振った。
次「作者取材につき月イチ連載、のち病気休載です」
ほしゅ
* *
* うそです +
n ∧_∧ n
+ (ヨ(* ´∀`)E)
Y Y *
今号の掲載分はこれだった。
相当病んでるな、と僕は思った。
次回「3月の陸、4月の海」
141 :
3月の陸、4月の海:2009/03/01(日) 13:43:01
子供はいっぱい作りたいけどさ、そしたら名前が覚えられないよね。
んで、いつか二人が年を取ってボケたじいさんばあさんになっても、
忘れないですむような画期的なアイディアがあるんだけど。
まだ大学生だったころ、君は唐突にそんな話をしたね。
3月に生まれた男の子に、僕たちは本当に陸という名前を付けた。
君は、いつもふざけたユーモアで生きていた。
僕が理解のある夫で良かったね。本当に。
子供の名前をそんな風に決めるのは、なんだか君らしい馬鹿馬鹿しさに溢れてて楽しかったよ、まったく。
二年後。
4月の終わりに生まれた女の子に、僕たちは海という名前を付けた。
そして、その一週間後、産後不良で君はいなくなった。
今日は、君の一周忌の日だ。
さっき、君の幼なじみが僕に宛てた手紙を渡してきた。
命の灯を吹き消す間際、君が僕に内緒で準備していたんだと教えてくれた。
本当に思いがけない事で、びっくりした。
中には、震えた文字で短い言葉だけが書かれていた。
『ね、約束通りでしょ?』
僕は彼女の言葉の意味をすぐに理解した。
そうか、君が空になったんだ。
でも、僕はそんな律儀な君は見たくなかった。
次。
『ひとさじのボタン革命』
あ、ごめん。あげちゃった。
ある科学者の会話。
「現代人には、恥じらいが欠けていると思うわ」
「ああ、分かる気がする」
「遠慮もそうだけれど、人前で恥ずかしいと思う事は大事よ」
「どうしてだろう? 恥ずかしい思いは、みんなしたくないはずなのに」
「大事なのは、ひとさじの恥じらいなんだわ」
「ひとさじ?」
「ほんの少しの恥じらい。だから私、作ったのよ」
彼女が取り出したのは、四角い箱に取り付けられたボタン。
「これは?」
「押すと、人の精神に微かに干渉する電波を発するのよ」
「まさか――」
やめろ、と言う前に彼女はボタンを押してしまった。
革命が成功したかどうかは、彼にはしれない。
次回「にょりりり」
にょりりり。
なんだろうにょりりり。
春。休日。誰もいない下宿。僕はひとりでベランダから見えるビルの看板を眺めていた。
にょりりり。そう書いてある。
看板はデパートの四階部分に大きくかけられていて、上のほうは見ることができない。まだ看板の公開前らしく、
巨大な緑のシートが看板を隠してしまっているからだ。下段に『にょりりり』とだけ見える。ずっと気になっていた。
それにしてもにょりりり。どういう意味なんだろう。きのう財布を落として雨に降られてバイトをクビになってうじうじ
引きこもって、心配した友達の電話を無視して僕は看板を見ている。とにかく気になるのだ。
風邪が吹いた。
強く。
そうして、ビルの看板にかけられたシートを吹き飛ばしてしまった。シートはそのまま下の植え込みに吸い込まれる
ように落ち、大きな桜の木の頭に覆いかぶさった。
舞う花びら。見上げる僕。
それは、あの看板がはじめて世間に披露された瞬間だったと思う。
看板には縦書きでこう書いてあった。
天 一 誰 誰 誰
気 人 か か か
の は と.. と. と
い 嫌 遊 喋 笑
い で. ん. っ. っ
日 し.. だ. た た
に. ょ.. り. り.. り
春色の景色。
桜の花弁が部屋まで舞いこんできそうだった。それは確かに春のおとずれを僕に告げた。
僕は窓を閉め、カーテンを閉め、部屋をできるだけ暗くして布団をかぶることにする。
あぁ、外に出たくないんだよう。
次 『迫り来る螺旋の恐怖! 春に燃ゆ』
『迫り来る螺旋の恐怖! 春に燃ゆ』
外科医の山下は意味が分からなかった。
迫り来る螺旋の恐怖って、なんだ?
彼の目は一枚のメモ用紙に釘付けられたまま。紙片から外れることはなかった。
そこへ、同僚の礼子がやってきた。
「山下く〜ん、どうしたの?」
彼女は彼の肩越しからメモを覗き込むと、「まあ!」と声をあげて飛び退いた。
その様子に違和感を覚えた山下は、不安になって質した。
「なんだよー、どうしたんだ?」
「そのメモ、近藤センセに貰ったんでしょ?」
山下は頷いた。
「そうだよ、産婦人科の近藤先生にね」
「ふ〜ん、そうか。そうなんだあ……」
礼子はしばらく、語尾を引いて『あ』の口を象っていたが、やがて何かを思い
出したらしく山下の目を覗き込んだ。
「今日、奥さんは?」
「最近体調が悪くてさ。内科で診て貰っていると思うけど」
「たぶん奥さん、産婦人科も受診したね」
山下は訳がわからない。
「どうしてわかるの?」
礼子は呆れた顔で答えた。
「あのね、そのメモは近藤先生定番の『おめでた暗号』よ。螺旋は遺伝子の
意味。しかも、春に燃ゆ。春に種を仕込んだものだってことね。
つまり婚前交渉の結果だって言いたいわけ。わかる?」
ははっ――山下は耳たぶを火照らせて笑った。ウキウキの、芽吹いたばかりの
春のような心境であった。
しかし――どうにも腑に落ちない。
「でも、迫り来る恐怖って……」
礼子は淡々と告げた。
「貴方似の子供か、それとも違うのか……遺伝子は正直だから」
ごめん。次「万有無能力の法則」
「僕を拾ってくれますか?」
「ごめんね、お母さんに聞かないとわからないの」
「お母さん、僕を拾ってくれますか?」
「ごめんね、お父さんに聞かないとわからないの」
「お父さん、僕を拾ってくれますか?」
「ごめんね、お母さんに聞かないとわからないよ」
「お母さんもわからないって言ってました」
「そうなのかい? もう一度聞いてごらん」
「お母さん、僕を拾ってくれますか?」
「ごめんね、お父さんに聞いてね」
「お父さんもわからないって言ってました」
「そうなの? 困ったわねえ」
「誰か、僕を拾ってくれませんか?」
「誰か、僕を助けてくれませんか?」
「僕の声、聞こえてますか?」
次は「嘘を消せる消しゴム」
つかなくてもいい嘘を重ねてここまできた。
それで居心地の良い場所をつくったつもりだったのだけれど、嘘で塗り固めた世界を守ろうと思えば嘘ではない世界を崩壊させざるを得なかった。
当然、嘘ではない世界を選ぼうと思えば、嘘の世界を手放さなければならない。
結局、ぼくは居心地のよい場所を選んだのだったが、嘘ではない世界、つまり現実を放棄したことはそのまま生存権の放棄につながってゆく所業だった。
まあ、食べていけなくなったら死ねばいいだけのことだ。
そう思いながらも、もしあの時あんな嘘をついていなければ今頃自分はどうしているだろう、そんなことも少し思う。
少なくともこの先食べていけなくなるといった心配はしなくてもよかったはずで、切り捨てた現実に未練はないつもりが、ぼくにもやはり生きていくことに多少の執着があったとみえた。
それで、ある日嘘を消すことの出る消しゴムというのを手に入れたぼくは、ためしに最近ついた嘘をひとつ消してみた。
それはなんのことはない嘘だったので、例えば就職活動など全くしていないのにぼちぼち始めていると人に言うような嘘だ、
だからいわゆる虚飾をひとつ脱ぎ捨てたという点ではほんの少し身が軽くなったような気分になって、それは悪くない感じであったから、
虚飾を纏うことで居心地が良くなることと、虚飾を脱ぎ捨てることで身が軽くなることと、いったいぼくはどちらの快を選びたいと思っているのかちょっとわからなくなってしまった。
理屈では色々わかっていても、最終的に死ねばいいと思っているぼくはどうしても目の前の快に振り回されがちで、
選ぶべき、という方向ではなかなか選択の意志を働かせることができない。
嘘を纏った心地良さの中で死ねるならそれはそれでぼくの本望なのだ。
ただここにきて脱ぎ捨てる快というのを知ったぼくに選択肢が与えられた。
嘘を消すことのできる消しゴムが与える選択肢だ。そのままひとつひとつ遡って嘘を消していったらどうだろう?
身が軽くなるとともに生きていくことへの執着からくる不安も解消されるのではないだろうか、不快ではあっても現実の世界での足場は確保されるわけだから。
つまり分起点まで遡ってのやり直しができるということである。そうであれば、この消しゴムのことをぼくは希望と呼ぶべきなのだろうか。
少し考えて、ぼくはその消しゴムを橋の上から川へ投げ捨てた。
つかなくてもいい嘘を重ねてここまできた。
多分、その嘘を消したらぼくという存在は消滅するんだろう。
どちらにしても死ぬのであれば、ぼくはこのまま死ねばいいかなと思ったのだった。
次回「腹減った」
「腹減った」
医師は白衣を翻し、診察室へと入った。
病院の待合室からは、いつものように悲鳴が聞こえ、宥める看護婦のせっぱ詰まった声が響いている。
受付順にカルテをそろえ、医師は診察を開始した。
「先生、首が回らないんです」
転げるようにして入ってきた最初の患者は、首が石に変わっていた。最初は驚いたが、
これは結構よくあるタイプだ。
「湿布薬と飲み薬を出しましょう。三日で治ります。――次の方」
おずおずと入ってきた若い女性が上着を脱いだ。医師は思わず身を乗り出した。
これはみごとな・・・凄い胸だ。
「先生、胸がいっぱいなんです」
恥じらうように彼女が体をくねらせると、左右に並んだ六つの膨らみがゆさゆさと揺れた。
「塗り薬を出しましょう。『こぶポロリ」を余分の胸に、毎日二回塗って下さい――ええと」
何だったら私が塗ってあげましょうと言いかけたが、看護婦が睨むのでやめにした。
「――次の方」
比較的軽傷者が多いとはいえ、宇宙ステーションならではの奇病の数々に疲れがどっと押し寄せる。
休みなく訪れる妙な症状の患者たちのせいで、唯一の楽しみである食事さえも不規則になった。
診察時間が終わったのに、ちょっといいだろう、と入ってきた男を七本の腕で押し出した。
「手が一杯なんです」
医師があえて『うでポロリ』を使わなかったのは、こういうときの為なのだった。
「あー、腹減った。食事にしよう」
医師は七本の腕で二つの腹をさすった。三つの腹があったが『はらポロリ』を塗ったので、
今朝一つ落ちたのだ。
これから、その腹肉を使って作るステーキを食べるのだ。
「レアで頼むよ」
運動不足で霜降りだ。さぞ美味しいことだろう。医師は7本の手にナイフとフォークを握った。
「からっぽの満月」
GW上げ
からっぽの満月
「月にウサギはいると思う?」
「いるわけないでしょ。つまらないこと聞かないでよ。」
「そういういるじゃなくて、必要かってこと。」
「意味わかんない。まず必要性は見当たらない。」
冷めた返答を返すのは、僕の幼馴染である。
容姿はもちろん、頭脳明晰、スポーツ万能、欠点などまったく見当たらない完璧な美少女。
冷め切っているのは昔からで、いつも無表情に近い。周囲にはそこがクールで素敵
だと受けがいいのだが、僕としてはもう少し愛想があってもいいと思っている。
昔、一度だけ太陽のような笑顔を見たこともあるが、あんな表情は下手をすると
二度と見られないくらい、今の彼女は愛想が無い。あの貴重な笑顔は、彼女の誕生日で
僕が必死に小遣いをかき集めてプレゼント買ってあげたときだっただろうか。
幼い身に辛い出費だったが、おかげで素敵な笑顔を見ることが出来た。
それですっかり初恋に目覚めてしまうくらいの。
「あいっかわらず、冷たくて可愛げの無いこと。」
「うるさい」
無表情に若干怒りを込めて彼女がかばんをぶつけてくる。
幼い頃の初恋は、高校生の今になるまでなんら進展も無い。
「ウサギは必要ないか」
僕は彼女のかばんにぶらさがるいつかの誕生日プレゼントに向かって小さく呟く。
「本当にそう思っているのか」と心内で問うも、壊れかけのウサギのキーホルダーは
誰かに似てただ無口に揺れている。
次「悩める五月」
悩める五月
私は悩んでいた。幼なじみの彼が最近どんどん気になってきたのだ。だけど彼ときたら……
「月にウサギはいると思う?」
はぁ、全くわけが分からない。彼はいつもこんな調子だ。だけど私も私なのだ。
「いるわけないでしょ。つまらないこと聞かないでよ」
表情も変えずに突き返す。我ながら悲しくなってくる。もう少し笑顔で柔らかい言い方が出来ないものか。
だけど物心ついた時からこうなのだ。冷めた態度をとってしまうのだ。思いがバレないのはいいのだが、伝わらな過ぎてじれったい。
ため息で少し俯くとふと鞄に付けてある幾つかのキーホルダーの中の一つが目に入る。いつだったか幼い頃彼が私の誕生日に自分でお金を貯めて私にプレゼントしてくれたウサギのキーホルダーだ。
あの時は本当に嬉しくて。私には珍しくとびきりの笑顔を見せたような気がする。他の幾つかはボロボロになると外したがこれだけはずっとはずさなかった。外したくなかった。
「あいっわらず冷たくて可愛げの無いこと」
「うるさい」
はぁまたやってしまった……いつか素直になれるんだろうか。それまでずっと壊れなければいいが。私は無愛想に揺れているボロボロのウサギを見つめた。
次は 「椅子が歩く時」で
156 :
椅子が歩く時:2009/05/17(日) 23:24:55
僕が中学生だったときの話である。
新入生の机と椅子は卒業生の使いまわしで特別な理由がない限り、3年間同じ物を
使うことになっていた。僕の机と椅子もだいぶ使い古されており、あちこちに痕跡が
残っていたが、嫌な気はまったくせず、むしろ非常に気に入っていた。
というのも、僕の机と椅子だけ周囲と違って正式なペアだったのである。他の級友たちの
机と椅子は、長年の間にどこかで代わってしまったようでちぐはぐな組み合わせ
ばかりだった。その中で僕だけというはひどく特別に思えるもので、絶対3年間使って
やろうと所有の証として机に大きなマークを彫ってしまった。当時、目印としてシールや
オリジナルマークを描くのが流行っていたため、当然僕も何か目立った印を
付けてやろうと考えていたのである。今思うと非常に浅はかなことなのだが、
マークを描いたのではなく、彫ったということで周囲の関心を引けたのは非常に
面白かった。反面、テストなどの薄い紙に文字を書くのが困難で、紙面に穴が空くたび
イライラしていた。周囲の関心も冷めてしまった頃には、僕はマークが厄介で、
お気に入りだった机は3ヶ月もしない内に代えることになってしまった。
机は物置へ運ぶことになっていたので、僕は中を整理すると早速机を運んた。
物置は2部屋あり、手前の部屋がゴミにだされる器具や用具の置き場で、奥の部屋は
まだ使用可能な机や椅子がたくさん積み重ねられている。僕は手前の部屋に机を
置くと、奥の部屋で代わりの机を探し始めた。適当に選んで物置を出ようとした時、
ふとそれは目に入った。壊れた器具や用具に混じって置かれた机に見覚えのある
椅子がぴったりと納まっている。背もたれにはいつか彫ろうと思っていたマークの下書き。
それは間違いなく僕の椅子だった。それも先ほどまで教室で座っていた。
誰かの悪戯だろうかと、周囲を見回すも、辺りはシンと静まり返っていた。
なぜここにあるのかわからないが、椅子はまだ使えるので教室へ持ち帰りたい。
だが僕はその椅子に手をかけられなかった。決して怖かったからではなく、
夕陽の射す物置で机と椅子はあまりにも自然に一緒に居る。
離れ難く離し難いその姿が、子供心に美しく思えたのだ。
次「艶やかな遠吠え」
「艶やかな遠吠え」
少女は、男を組みしだいていた。
腕を男の裸体に巻き付け、押し倒した形で覆いかぶさっていた。
熱い息を漏らしながら喉元から胸に舌を這わせ、鎖骨を甘く噛んだが男はピクリとも動かない。2人の体の間にはぬめやかな液体が糸を引いていた。
「もう…終わったの?」
少女は小さな赤い唇を男の耳元に近づけて囁いた。さっきまで荒々しかった男の呼吸は、今はもう止んでいた。
「ステキだった…とってもよかった。ねえ、聞こえてる?」
男は返事をしなかった。
少女は男の胸に顔を擦り寄せ、白い指で愛撫するように逞しい腕の筋肉に触れた。しばらくそうしていたが、やがて身を起こして辺りを見回した。
2人がいるのは山林の斜面にある木立の中だった。木々の狭間に柔らかく生い茂る草の上で、共に体を横たえていた。ここは男の別荘の敷地内なので人が来る心配はない。
「小川があるのね…。」
少女の耳にはせせらぎの音が聞こえていた。少女は男から体を離して立ち上がり、裸足のままで斜面を降りていった。そして岸辺にたどり着き、川の流れに手を入れた。
「気持ちいい。」
五月とはいえ夜の空気は冷たかった。
だが少女は躊躇うことなく川底に足を踏み入れ、身を切るような水に心地よさそうに身を浸した。そしてバシャバシャと顔を洗い、自分の胸や肩に水をかけて汚れを落とした。
少女が再び立ち上がると、月に照らされて白い裸体が闇に浮かび上がった。
先ほどの場所に戻った少女は、脱ぎ捨てていた自分の服を身に着けて男を見下ろした。
黒く潤んだ瞳には、もう何も映っていない。
喉笛に鋭い傷が残り、腹は裂かれ腸が引きずり出された無残な姿だった。
「大丈夫…残りも全部きれいに食べてくれるから。アタシの仲間がね。」
少女はそう言って微笑み、歪んだ形で固まった唇に最後のキスを落とした。今日初めて会った少女を車でこの別荘に連れ込んで、服を脱がせてこの草むらに横たえるまで…ずっといやらしい笑みをたたえていた男の唇に。
そして少女は月を見上げ、艶やかな遠吠えを暗い山々に木霊させた。
次「消えない花火」
158 :
名無し物書き@推敲中?:2009/05/31(日) 00:11:36
消えない花火
気がつくと午後の10時はまわっていた。
僕がこんな時間まで外を出歩いているなんてまったく初めてのことで、
それはそれは異質な雰囲気を感じていた。一人ならば怖くなって、
きっと歩くことは出来なかっただろう。しかし今僕の前を姉がぎっちりと
手を握って歩いている。少し痛いのだが、痛いほうが一緒に居るという安心感を
得られて我慢できる。
今日は町内の花火大会で、僕は7つ年上の姉と一緒に見に行っていた。
姉は鮮やかな浴衣姿で僕は中学に上がったばかりの姉をどこか大人っぽく
感じていたように思う。だから見知らぬ男に声をかけられて、人気のない神社まで
連れて行かれたのかもしれない。僕が人込みで花火がよく見えないと駄々を
こねたから、姉は男のすすめにのってしまったのだ。
花火はまばゆいほど空に咲いて、開花の音がこだまする度僕は耳を塞いだ。
塞いでも音は胸に響いて、姉の悲鳴がこだまに混じっていたのもわかった。
神社に着くなり、僕は男にここに居ろと言われ、一人で花火を見ていたのだ。
花火が終っても、一向にやってこない姉と男を不審に思って、僕は神社の裏手へ
まわってみた。そこには呆然とした姉と、倒れた男がいた。
僕は姉を見つけ、安堵して駆け寄ったのだが、姉は話しかけても
何も言わなかった。膝をついて、両手に大きな石を抱いている。
石には黒いような模様が散っていて、よく見ると倒れている男にも、
姉の鮮やかな浴衣にも黒っぽく赤く散っていた。
これは何なのだ、と姉に問うと、姉はようやく
「これは花火の欠片だ」と答えて立ち上がった。
そうして僕の手を引いて歩き出したのである。
次「それは病み付きなる手前」
それは病み付きなる手前
そんな曲名の歌が流行したのは、僕が小学生の頃だった気がする
なにぶん二十年前以上のことなので、よく覚えていない
それでも記憶の片隅には、日曜の夕食が終わり家族揃って見ていたTVでよく流れていた
TVから流れてくる歌に合わせて、姉が一生懸命歌っていた
その姿を見ながら両親は笑顔で曲に合わせ手拍子をしていた
僕も姉に合わせて歌っていたようなないようなあやふやな記憶にある曲だった
そんな古い曲が再びヒットチャートを賑わせているらしい
音楽にさほど興味がない僕でも知っているくらいに、話題になっている
つきあい始めて半年の彼女がよくこの曲のことを話題にする
彼女はほんとうに楽しそうにこの曲の歌詞の詳しい説明をしてくれる
僕自身、この歌にはそれほど興味がないので聞き流しているが、彼女の心酔ぶりは目に見張るものだった
まるで何かに取り憑かれたようにこの歌を聴き、そして布教するかのように歌詞の説明をしていく
歌詞説明が一通り終わると、頬を上気させながら彼女はバッグから一枚のCDを取り出し僕に渡す
これは彼女がこの歌に嵌ってから繰り返されている
僕にこの曲を聴かせ、ファンになってもらいたいらしく、CDを押し付けてくる
狂気じみた彼女の瞳が僕を見据えてくる、半開きになった口が不気味だ
僕は身の危険を感じ、CDを黙って受け取る
あまり好きでもない曲を他人から強要されるのは不愉快だが、彼女との関係を考慮しとりあえず借りた
その時、ちょうどいい具合に携帯が鳴り、電話に出て、うんうんわかったと適当に話電話を切った
そして僕は席を立ち、彼女に急な仕事が入ったから行かなきゃと告げた
彼女はそうと、寂しそうに呟き、しょうがないよね仕事ならと言った、僕はごめんと小さく謝り伝票を取り歩き出す
僕の背中に向かって彼女が言った
そのCD聞いてねいい曲だから、絶対に病みつきになるから
次「午後のティータイムの出来事」
何も予定がない休日。わたしは白いワンピースで線路沿いの店に足を運んだ。
そこは昔からあるレストランで、学生の頃は海に浮かぶサーファーを見るためによくきた店だった。
夏になるとオープンカフェになって店先にはちいさなパラソルがいくつも並ぶ。
ちょっとスパイスのきいたチキンが名物のお店だった。
その日は客もなく、私はハンドバッグをテーブルに置くと、久しぶりに座るその席で昔のように海をみていた。
道を挟んだ向うにある白いガードレールはいつの間にかサビがきていて、まるで知らない風景のようだった。
ガードレールの先には海がある。
まだサーフィンを楽しむにははやい時期ではあったが、青空の下で郷愁にふけるのもいいと思った。
しばらくすると、足元に灰色のネコが近寄ってきた。
このあたりは道沿いに飲食店が多いからjか、昔からネコがたくさんいる。観光客が食べ物をくれるので
居ついてしまうそうだ。この子もそういった野良猫の仲間だろう。私はチキンのかけらをちょっとネコにあげてみた。
すると、しばらく匂いをかいだ彼(彼女かも)は、あまり興味がなさそうな顔をして私を見上げた。
スパイスが気に入らなかっただろうか。
「ごめんなさい。胡椒がキツかったかしら」
すると、その灰色のネコは私の足元までやってきて、
「鳥ばっかりじゃ、飽きちまうよ」
と言った。
無論、私以外の誰もその声を聞いたものはいない。
驚いてあたりを見回しているうちにネコはスタスタと歩いて茂みの向うに消えてしまった。
いつだって私には美味しいのに。
青春の味だもの。
次「煙草とうさぎの関係」
「ふうーーっ。食後の一服は最高だぜ!」
満足そうな声とともに白い煙が吐き出され、僕の部屋に充満していった。
「オマエもどうだ?遠慮するなよ。」
と、足下にセブンスターの箱が差し出された。僕は箱を引っつかんだ。
相手がくわえている煙草も取り上げようと手を伸ばしたが、素早くかわされてしまう。
僕のベッドに飛び乗ったその相手は、鼻にシワを寄せてニシシと笑った。
いったい煙草なんてどこで手に入れたんだろう。
コイツがこっそり外に出て買ってきたのか?
いや、そんな筈はない。だってコイツは、うさぎなんだから。
僕の家のペットであるうさぎの『まーさん』は、問い詰められて渋々と煙草の出所を白状した。
「ユキ姉の部屋にあったんだよ。本棚に隠してた。」
「姉ちゃんの…?姉ちゃん煙草吸ってるのか!?中学生なのに!」
「さあね。興味本位じゃねーの?一本しか減ってなかったし。
それか、年上の彼氏が吸ってて影響を受けたとかな。」
「えっ!?姉ちゃんカレシいるの!?と…年上?」
「知らねーよ。最近なんだか忙しそうだから、そういう可能性はあるって話だ…。」
まーさんは鼻をひくひくさせながら面白くないと言う風に首を振った。
僕はそんなまーさんの口から煙草を抜き取って叫んだ。
「煙草なんて吸っちゃダメだ!体に悪いんだからな!」
「えーーダメ?…うさぎってねぇ、口寂しいと死んじゃうんだよぉ?」
「可愛く言ってもダメ!それに微妙に違うよそのセリフ!まったく…!」
僕はため息をつきながら煙草をもみ消し、セブンスターの箱と一緒に捨てようとして
ふと手をとめた。
「この煙草…。パパ…父さんが吸ってたのと同じだ。」
「亡くなった親父さん…?」
まーさんのふたつの長い耳がぴくっと動いて僕の方に向けられた。
僕の父さんは5年前、まだまーさんが家にいなかった頃に病気で死んでしまった。
入院するときに父さんが『もう煙草はやめないとな。これ捨てといてくれ。』と言って
僕とユキ姉さんに手渡したのが、セブンスターの箱だったのだ。
父さんはいつもそれを吸っていた。だから僕は煙草といったら他の銘柄は知らない。
「もしかしたら、あのとき姉ちゃん捨てずにとってたのかもしれない。」
「そうか…。そういうこと、か。」
まーさんは僕の話を聞き終わると、なぜか急に動き回り出した。
さっきまで気だるそうにしていたのに部屋のあちこちに飛び跳ねている。
ぴょん、ぴょん、ぴょん。
「それに姉ちゃんが忙しいのは部活で主将になったからだろ。毎日それでクタクタだって。」
「そうだな…そういやそんなこと言ってたな。」
ぴょん、ぴょん、ぴょん。
「もしかして…まーさん、姉ちゃんが忙しくてかまってくれないから寂しかったの?」
「バカ言うんじゃねーよ!男が寂しいの寂しくないの言うか!!」
とまーさんは怒ったが、僕は思わずその体を抱きしめてしまった。
そういえば僕もこの頃中学受験の追い込みで、まーさんと話す時間も少なくなっていた。
(『うさぎってねぇ、寂しいと死んじゃうんだよぉ?』か…。)
まーさんが家に来て4年。まだまだずっと居て欲しい。死んでもらったら困る…。
そう思いながらまーさんの背中を撫でていると、気持ち良さそうに目を細めながら
「どうりでやけに美味いと思ったぜ…。」
と呟く声が聞こえた。
次「キューピーの転身」
「キューピーの転身」
僕の仕事は1000円カットで有名店での髪切り
毎日毎日、チョキチョキ客の髪の毛を切っています
同僚達のほとんどは美容室崩れなので、髪型が奇抜です
客より目立つ髪型に僕はちょっと違和感を感じ、たまに同僚と揉めたりします
そんな調子だからなのか、この店での居心地は最悪だったりします
今日も僕だけ休憩に入れませんでした、僕の番だと思ったら他の人が休憩に入ってしまいました
そのせいで、仕事が終わるまでずっと空腹でした
アイツら絶対に許さねえと思いながら、客の髪の毛をチョキンチョキンしてました
僕のカット技術に客は目を白黒させながら、驚きを隠せません
隣の同僚が額から汗をダラダラ流しながら僕を見ています、そんなに感動しなくてもと思う
こんなにすばらしい技術を持ってる僕は、はっきいってすごいのかも
この技術を他でも役に立たせたいと考え僕は転身する事に決めた
転身?転職の間違いだろー、ま、いいや
次「君の横顔」
164 :
1:2009/06/12(金) 13:43:05
君の横顔
まるで君は横顔だけは別人だな。
おっと、正面を向かないでくれたまえ。
気分が悪くなる。
そう、その角度だ。
斜め45度じゃない。真横90度が一番いい。
85度から95度ならば君はかっこいい。
女を口説くときも横顔で迫ればイチコロではないのか?
なに、歩きにくい?
カニ歩きの練習でもしたまえ。
よしよし、いい子だ
カニ歩きを身につけたのだね?
よし、次はトークの練習だ。見た目がかっこよくても、トークがよくなければ狙った獲物は釣れはしない。
有象無象がよってくるだけさ。
わかったらトークをみがきたまえよ。
165 :
2:2009/06/12(金) 13:45:53
なに、女の子を夢中にさせる小粋なトークを身につけただって?
なるほど、確かに努力はしたようだ。
会話指南本もこんなに読んだのが。
発声練習まで?
発音も流暢になっているね。
なに? 今からナンパにいってくるだ?
やめておきたまえ。
いや、君が学んだことはほぼ間違っていないよ。
ただ、私は君がここまで頑張るだなんて思っていなかった。
すまない。
どうして謝るのかって?
だって君、想像してみたまえよ。
いくら格好よくても、カニ歩きで迫ってくる男だぞ。
次のお題「ぷちトマトは天高く翼を広げ」
お嬢さん、このペンに興味がおありかい? そう、これは不思議なペンなんだよ。描いたものが本当になってしまうのさ……
……信じられないって? じゃあ見せてあげよう。ちょいと。そらそこの、鉢植えになってる赤いのをひとつ取っておくれよ。
……そう、そのトマトだよ、小さいヤツをね。ひっひっひ。すまないねえ、膝が痛いと立ち上がるのも億劫でね。じゃあ始めようか。このトマトにぷちっとこのペンで……
アンタ美術の成績は良かったかい?
……そうかい、そうかい。じゃあやっぱりアタシが描くとしようかね。ちょっと手が震えて上手くできないかもしれないけどね……。真ん中に線を描いて、黒丸が7つ、足は6本……と。ほら描けた! これをこうやってそっと置いて見ていたら──
ほら動き出した! 足がはえてきただろ? もぞもぞ動き出しただろ?そら、何だかわかるかい?
……そうだよ、テントウムシだよ! ああ良かった。
どうだい見ただろう? このペンは、描いたものが本当になるのさ。
……そりゃ無理だ。白いペラペラの紙にクルマの絵を描いたって、単にペラペラして走り回るオモチャみたいなクルマができるだけだ。
このペンを使うにはちょっとコツがいるんだよ。
……欲しいって? そうだろそうだろ。使い方さえ上手くやれば、色んな夢が叶うシロモノだからね!ただし、お代はそれなりのものをいただくことになるよ……。
……え? 魂ならいくらでもやるって? 全然問題ないって?そうかい……まあアンタがそういうなら、物々交換とするかね。
このペンをアンタにあげるよ。使用期間は1年だ。
その代わり、アンタが死んだら魂はアタシのものだ。いいかい?
……交渉成立だね。じゃあこれを渡すよ。大事に使っておくれ。
気をつけてお帰りな。
ああ──ちなみに、アンタは何にそれを使うつもりなのかえ?
……え? アイライナー?
呆気に取られる魔女を尻目に、若い女性はさっそうと立ち去っていった。その後を追うように飛び立ったものがある。ゆるゆるの線で描き出された羽──いや、これはもう翼といった方が近い──を広げて天高く、ぷちトマトのテントウムシは舞い上がった。
次「それを捨てるんじゃない」
うむ
「それを捨てるんじゃない」
また妄想係長からお呼びがかかった。
キャバクラで接待、なんて気前のいいもんじゃない。
四畳半のぼろアパートに呼び出されて、延々とたわごとを聞かされるのだ。
着いた――玄関先からして汚い。
「係長、ちょっとは片づけて下さいよ」
トランクス一丁のしもぶくれた係長が、
血相を変えてずこずこと足早に近づいてきた。
「ちょっと聞いてくれ、とんでもないもんを拾ってきたんだ」
「はいはい落ち着いて下さい、話は中でゆっくり聞きますから」
またいつもの調子だ。
ちゃぶ台の席に着くなり、係長は意気揚揚と箪笥の中から
何かを引っぱり出してきた。
大人ぐらいあるくすんだ大きな風船、に見える。
「それ、なんですか?」
「お前レディーに向かってなんて口のきき方だ!
いいか、この子はみゆきちゃんだ」
ぽくっと顎が外れた。
みゆきちゃんの顔はどう見てもプリントアウトされている。
「それってダッチワイフ……ですよ、ね?」
係長もなぜか呆気にとられた顔をしている。
ちゃぶ台の上には、封を切ったコンドームの袋が乗っていた。
「童貞と人間としての尊厳はそんな簡単に捨てるもんじゃないですよ、係長」
次のお題「笑うマントヒヒ」
マントヒヒが笑いながら近づいて来たので、
持っていた傘をそいつの頭に振り下ろした。
「いってー! ひでえよ、姉ちゃん」
なんと、マントヒヒが喋った。
しかも私を姉ちゃん呼ばわり。
って、もしかしてこいつ……
私はがくりと膝をついた。
「嫌よ……嫌よ、こんなの弟じゃない……」
「ひでえよ、姉ちゃん。三年ぶりの再会なのに」
次は『ジャスミンは嘘をつく』
白い花の庭で私は水をまく。もう少し。来年の春になればもう一色がこの庭に添えられるだろう。
──お義母さま、洗物は私がいたしますから。
息子の嫁はそう言う。
皿に小さな汚れが付いていたのが気に喰わないのだ。
年が寄って眼が弱くなった。
孫がもう、来年の春には生まれる年齢だからそれもしょうがない。いつまでも若くはないと言い聞かせ、
昔から一人で切り盛りしてきた炊事場が嫁に取られて、外へ出ることも少なくなってしまって、そうして私は
母から祖母へとなっていく。
たまらない。
──あの人は最近、濃い味が苦手と言ったりして、わがままで
息子の舌が嫁のそれに変えられていく。
暗に気に入らないと言う。
家の小物も少しずつ変えられていく。もう数年したら昔の面影はなくなってしまうかもしれない。
そうして私は庭の手入れに追いやられていく。嫁が好きだと言うジャスミンの香りが、最近は厭わしく
感じるようになった。何も知らないくせに、手入れなどしたことないくせに、勝手に湯を注いで飲むのだという。
私はそれに気付かないフリをして過ごす。
追いやられて、仕事を奪われて私は老いる。
来年庭に咲く黄色い花のジャスミンは、しかしジャスミンではない。
カロライナジャスミンと言うのだそうだ。
これは、猛毒なのだそうだ。
来年の春、出産を間近にひかえた嫁はそれをジャスミンティーにして飲むだろう。
それも、私は気付かないフリをするだろう。
次 『猫を思いっきり放り投げたら』
事の発端は猫だった。
猫が私のノートパソコンの上で粗相をしたのだ。
買って間も無いパソコンの惨状に、私はキレた。
ベランダから猫を思いっきり投げた。
猫はくるりと体を回転させ、見事に着地した。
だが猫を掴もうとした息子は手すりの向こうへ消えた。
その息子を掴もうとした妻もまたベランダの向こうへ消えた。
私もまたベランダから身を乗り出して二人を追いかけた。
そうして私たち一家は全滅した。
間違っても猫を投げてはいけないよ。
次は『ホットなアイスコーヒー』
俺はアイスコーヒー!
俺はアイスコーヒー!
キャッホー!
俺はアイスコーヒー!
俺はアイスコーヒー!
イエイ!
次は『結局前の祭』
僕は同じクラスに好きな子がいる。
彼女と友達になって、もう1年になるだろうか。
そろそろ告白をと考えてはいるものの、振られたらギクシャクした
関係になりそうという思いから、なかなか踏み出せずにいる。
彼女の日頃の言動や態度からして、僕は友達以上になれそうもない。
告白がうまくいく確率はかなり低いのだ。
わかっていて無理に告白する必要はないのだけれど、この
もやもやをすっきりさせたくて仕方ない。
さきほどから、僕は携帯のメールを打ち込んだり消したりを繰り返している。
好きという言葉を打つたび、頭が真っ白になって手が震える。
やはりやめた方がいいのだろうか、いやしかし・・・・・・。
数分後、突然鳴った着信メロディーに僕の心臓は跳ねた。
急いで携帯を開くと彼女の名前が表示された返信メールが一通。
ごくりと唾を飲んでメールを開くと、
「?いいよ」とだけの短い返答。
「いいよ」という言葉に胸が高鳴るものの、最初の?マークが引っかかる。
メールを送信した時、僕はやはり頭の中が真っ白であった。その後しばらく
放心状態だったから、メールの内容がはっきりと思い出せない。
嫌な予感がして送信メールと開くと、そこには僕の葛藤の呟きがしっかりと
打ち込まれていた。
「やっぱり君に告白なんて出来ない」
次のお題は「勤務表に落書きを」
加藤 やっぱエミさんがいいよな、うちは
鈴木 自分はエミっちが好みッス
山田 お前らわかっちゃいねーな エミの色気にゃ
そこらの小娘じゃ適わねーぜ
佐藤 でもエミちゃんも最近ちょっといいですよね〜
向井 そーそー 入ったばっかりは芋娘だったのに
最近はあか抜けたっつーか。俺もエミちゃんかな
前島 確かにエミさんは美人だしエミちゃんは可愛い
が、エミには負けるな
奥野 ケッ てめえの女房自慢は聞き飽きたよ
ちなみに俺はエミさんマジで狙ってるから
田原 皆さん、落ち着いてくださいな
「おい、お前ら勤務表に何書いてやがる!
それと田原エミ! 最後に回って来るのをいいことに……
……いや、何でもない」
次は『そのあり得ない仮定の果てに』
意味がわからない
感想・意見は専用があるんで、そっちでよろしくです。
177 :
そのあり得ない仮定の果てに1:2009/10/10(土) 19:20:42
「もしも、私をデートに誘うならどこに誘う?」
クラスで3番目にブスの知美が話しかけてきた。
「えっ?いや、誘わないから……」
怒鳴りつけたいのを我慢してやさしく答えた。知美はクラスのアイドル沙也加ちゃんと仲がいいのだ。怒鳴りつけたりして沙也加ちゃんに伝わったら大変だ。
「何言っているのよ。もしもの話だって言ってるでしょう」
「うーん、そうだな。東京ディズニーランドなんてどう?」
不愉快だけど適当に話を合わせてやって、話しやすいキャラを演出しておいた。そうすれば沙也加ちゃんにもいい印象を持ってもらえるかもしれないし……。
「そうね、私は並んだりするのあんまり好きじゃないんだけど、まぁいいわ。それでディズニーランドのナイトパレードを見て遅くなって、どんなふうにホテルに誘ってくれるの?」
「(このブス、チョーシに乗るんじゃねーよ)誘わないから……」
「ノリがわるいわねぇ、もしもの話だって言ってるでしょう」
「(しょうがないなぁ)遅くなっちゃったね、今日は泊っていこうか。何もしないから」
「いいわ。で、どんなふうに交際を申し込んでくれるの?」
「(もうかんべんしてくれよ)僕と付き合おうか、ってのでいい?」
「えーっ、もうちょっとなんかないの」
「(やけくそだ)知美さん、初めて会ったときから好きになりました。僕と付き合ってください」
「なんだか型どおりだけど、いいわ。じゃあ、プロポーズは?」
「僕と結婚してください」
「OK」
178 :
そのあり得ない仮定の果てに2:2009/10/10(土) 19:21:34
次の日、教室に入ったら、みんながいっせいにこっちを見てにやにやしている。中には愛しの沙也加ちゃんもいる。
「どうしたんだよ」
パソコンの音声データが再生される。
「遅くなっちゃったね、今日は泊っていこうか。何もしないから」
「何言ってるの、きゃーやめて!」
「知美さん、初めて会ったときから好きになりました。僕と付き合ってください」
「いやよ、あなたみたいなタイプ、好みじゃないの」
「僕と結婚してください」
「だからいやって言ってるでしょ。大声あげるわよ」
次は「真昼の通勤列車」
「真昼の通勤列車」
「いやあ、そうは言ってもですね」
手詰まりなのか、ヤマダ氏が喋り出した。手の中でマグネット将棋の駒をもてあそんでいる。
この席は、始発のキウチさんが占有していてくれる。私鉄急行だ。
「あなたの所なんか、まだまだ恵まれていますよ。持ち家ローン無いんでしょ?」
「まあ、そうですけどね。子供が居ればそれなりに手も金も」
ヤマダ氏の打つ手を想像してとりあえず五手先まで考える。まだ先の手の分岐は多いので
そのくらいで手一杯である。
「やあやあやあ」その停車駅でヒグチさんが乗り込んできた。手に荒縄を架けた七輪を下げて
来ている。「どうしたんですか」
「ああ、いやいや」それまで新聞を顔に載せ、寝ていた様子のキウチさんが起き出した。
「いや、こうやって味気ない通勤も少しは楽しめる余地は無いかと思って」「なんですか」
「いやね。こうやってワークシェアリングの時代になると、ちょっと帰りに職場で連れ立って一杯
というのも不可能だと思いまして」
「飲むんですか?まずくないですか」
「まあ、そう。だから気分だけと思いまして」
キウチさんは薄べったい鞄から餅を取り出した。かんかん、と拍子木のように叩いて表面の
粉を落とす。
ヒグチさんが七輪の上の新聞紙をはずすとスルメの一枚物が乗っていた。
網の下には練炭が仕込んである。
「車掌来ませんか。消防法とか」「あー、そうねえ」
私は他の席をうかがった。この時間に乗っているのは強制的時差通勤者が殆どである。
「仲間ですから」ヒグチさんが、一升瓶片手に車内をまわり始めた。
プラスチックのコップを拒否するかと思いきや、他の座席の乗客はヒグチさんから献杯を素直
に受ける。
「仲間ですから。僕らは四時間勤労者」キウチさんが餅を菜箸でひっくり返しながらぼそっと
言った。そうか……なんだか愉快になってきた。コップを渡される。
ミネラル・ウォーターらしい。ボクラハヨジカンキンロウシャ。ま、いいじゃないか。
次の御題「達筆合体」
就職のため、一人暮らしを始めた私の元に一通の手紙が届いた。
差出人は父。癖のある字ですぐにわかった。
相変わらず個性的な達筆で、郵便屋さんもよく届けられたなと感心する。
封を開けると、一枚の白紙に落書きのような文字がびっしりと書き込まれていた。
最初から最後まで繋がっている文字達をどこで区切って読めばいいのかわからない。
封を開けて読む気を無くす手紙なんて初めてだ。
父は自分の達筆に大層な自信を持っている。
それを知っているから、読めないと言ってしまうのはとても気が引けた。
私はこっそり母に連絡すると、父の手紙の内容を知らないかと尋ねてみた。
達筆に異常な自信を持っている父のことだから、手紙を書き終えた後、
母にその字を自慢していたに違いない。
案の定、母は手紙を読んでいた。というより自慢されていた。
電話の向こうで母は苦笑しながら
「きっと読めないだろうから、お母さん訳した文章をこっそり同封したわよ」
と言った。
ありがとうと言って電話を切った私は、ため息混じりに再び封を開く。
「父さんの手紙と並べて読んでみて」と言った、母の嬉々とした声が頭を過ぎる。
父の手紙と並んだ母の手紙も、これまた見事な達筆で、やはり私は読む気を
無くしたのだった。
お次「残り香は微笑む」
「残り香は微笑む」
人が動くと、お湯の音がする。こもったような響くような音。湯気の中、それらを聞くことが好きだった。
「そんな長い間浸かっとるから」
真っ赤になった僕に、冷たい牛乳が与えられた。指で撫でる。ひんやりとしたビンの滑らかさと、扇風機の風が心地よい。父はふくよかな腹を抱えて体重計と睨み合っている。何度計っても、針は勢いよく回った。
歩くとざらざらする。靴下をはくなんて勿体ない。布を越えて外に出ると、もう笛や太鼓の音が聞こえていた。
「知ってる?お湯にも匂いがあるの」
彼女は小さい水の中で泳ぐ金魚を見つめて言った。
湿った黒い髪をひとつにまとめている。露店の光、踊る輪、小さな塔とぶら下がった提灯、その奥にある小さな森と鳥居。それらをバックに、細いうなじと赤い金魚が揺らめく。
「好きな匂いの時に入らなきゃだめよ。大事なの、タイミングが」
湿度も密度も高いこの場所で、唯一認識できるその香り。僕も今度は彼女の教えのように、入ってみようと思った。
「同じなら、すぐ見つけられるしね」
暗闇に対抗した提灯のあかりも消え、家に着き眠りにつき、だいぶ時が流れて大人になった。目が覚めたように大人になった。
街は色々な匂いで溢れている。香水も食べ物の匂いも、全て自己顕示欲強めである。胸焼けをおこしながらカフェから出てきて、狭い空を見上げた。ビルの窓に写った青は綺麗だ。コンクリートを踏みつけ歩いていく。
すれ違う人、人、人、人?立ち止まり振り向くと、そこには暖かくて湿気たあの匂いがあった。強い風が吹く。思わず手を伸ばし、空中を掴む。
「いつの間に寝ちゃったの?」
匂いと声は、いつまでも頭に残留した。
お次「筆で蛞蝓と鼠の葛藤」
184 :
筆で蛞蝓と鼠の葛藤:2009/12/29(火) 22:08:42
とある書道教室で、弟子達はざわめいていた。
「先生が閉じこもっている」
「きっと何か大作を仕上げているに違いない」
弟子達は口々に、先生先生と声を上げた。
引き戸の向こうの先生と呼ばれた男は
腕を組んで目を閉じて眉間にしわを寄せていた。
「我ながら美しい曲線を引けたものだが、果たしてこれは……」
男は書道の腕はさながら、墨絵にも才を発揮していた。
「この曲線、まるで蛞蝓のように艶やかな輝き、また鼠の丸みを示すような柔らかさ」
さて、どちらの絵にしたものかと頭を悩ませている。
やがて閉じられた戸の向こうから、軽やかな足音が聞こえていた。
弟子達の間をすり抜けて、男の妻が茶を届けに来たのだ。
静かに引き戸を引いて、妻がしずしずと歩いてくる。
男は振り向きもせず曲線に想像をめぐらせている。
「まあ、まるであなたの頭のような曲線ですこと」
妻が男の後ろから覗き込んで、呟くように言った。
その瞬間男の中に描かれていた蛞蝓と鼠の確かな命は雲散して、
ただの線だけが残された。
妻は笑って男の頭を叩くと、筆の横に茶を置いて出て行った。
男は髪のない頭を一撫でして茶をすすると、今一度曲線をじっと見つめた。
もうただの黒い線にしか見えないが、つるりと音が聴こえた気がした。
お次「極彩色の吐息」
金の雀飛んで銀の羽根舞い散る。白雲より降りきたる雨鉛色にかぐわし。
猫の足跡土埃に輝いて点々、石下の蟋蟀は饐えて薄墨色に吹き流す。
草間に伏せあるじの帰りを待つこと一昼。耳を灼く不吉の太陽に色無し。
わが双眸一切の彩を知らず。鼻ただ万色の生命を嗅ぎ分くのみ。
われ不幸なりや。否、されど香を楽しむにもあらず。目を瞑り、鼻を舐めつつ、
われの望むものは唯一つ――聞き慣れた、あの足音のみ。
――お帰りなさいわんわん! 早く散歩に行こうご主人様!
お次「逆上がりはフルーツポンチ」
一人、少年は校庭に残り鉄棒と格闘していた
夕日にあたり伸びる遊具達の影にどことない虚しさを感じる
勢いをつけ地を蹴った足は宙に投げ出され、また地面へと帰って行く
いったい、何度目の挑戦なのだろうか
少年の手のひらは既に鉄棒の錆で茶色に染まり、指の付け根には大きなマメが出来上がっている
西の空から赤色が消え始めた
少年は最後の挑戦と手で鉄棒ぎゅっと握り、足に力を込め地を踏みしめ地面を蹴った
足は空を駆けて天に昇り一回転して地へと帰っていく
少年の顔に今し方沈んだ太陽が帰ってきたような満面の笑顔だった
泥だらけで家に帰ると、母親の頭には大きな角が生えていたが
母は笑顔で夕食に好物のフルーツポンチを出してくれた
今では少年と呼べない年齢になった彼にとってその食べ物は、青い日々の郷愁を誘うものだった
初投下
投下後に気付いたけどこれタイトル
「逆上がりはフルーツポンチ」のつもりで書いてたら
「逆上がりとフルーツポンチ」が出来上がってました
お題ミスってしまったorz
次題「バレンタイン 義理 不器用」
ブランデーが中に入ったブラックチョコレート。4粒入りで260円とちょっと高い。
でもお父さんへの義理チョコにはちょうどいいか。
レジで会計を済ませコンビニを出ると、携帯が鳴った。お母さんだ。
『あ、良かった。まだコンビニなら歯ブラシ買って来てくれない?』
うん、わかった。ブラシの硬さはふつうでいい?
『そうねえ。お前のは硬すぎて血が出るからそれより柔らかいのがいいわね』
通話を終え、私は誓った。お母さんのような図太く無神経な人間にはなるまい。
でも。そんなお母さんと20年近く連れ添ってきたのだ、お父さんは。
思えば不憫な人だ。もうちょっと良いチョコレートを買いなおそうかな。
何はともあれ歯ブラシを二本、やわらかめと普通をまず買おう。
また携帯が鳴った。今度はお父さん。
『悪いがパンツを買って来てくれないか。替えが無くてな』
え、ぱんつ? い、いいけど……サイズは?
『お前のは小さすぎてすぐ破れるから、それより大き』 ぶちっ
今日はどうやら血のバレンタインになりそうねえ……
次は「フィンガー 屋上 月」で。
あ、ごめんなさい。不器用が抜けてました。お題下げます。
続けて「バレンタイン 義理 不器用」でお願いします。
何をやっても長続きしない俺だが
義理と人情だけは人一倍あるつもりだ
あ、けどこれは義理なんかじゃないんだぜ
不器用だけど徹夜して作ったんだ
もらっといてくれよ アニキ
次は「メランコ」
こぎ始めてから気づいたが、それはブランコではなかった。
あっという間に高速で回転を始め、僕には制御できなくなる。
回転しているのに、僕の体はその真ん中で宙に浮き、
回転の外側に生じた真っ黒な空間を、言葉もなく見つめているのだった。
なんだ、これは。宇宙?ブラックホール?
耳元で、しゃきしゃきしゃき、というようなかすかな音が聞こえる。
小さな生き物がひしめき合ってでもいるかのような、妙に耳を引っ掻くような音が。
よくよく耳を澄ますと、それはこう囁いていた。
「メランコメランコメランコ」
メランコって何。一体、僕は何に乗っちゃったの。
尋ねようとした。しかし、言葉は口から出なかった。
既に、僕には口がなかった。
耳もいつの間にか消えていた。手も足も体も、闇に溶けるようになくなっていた。
メランコメランコメランコメランコ。
闇の中でひしめき合いながら、僕たちは次に誰かがメランコをこぐのを待った。
次は「月に吠えるライバル」で。
人生にはライバルが必要だと先生が言ってた。
でもライバルが何なのか僕にはよくわからない。
ライバルというのは一緒に成長してくれる相手だよと父さんが言った。
じゃあ友達みたいなものかなと言うと、父さんは笑った。
そうだね、好敵手と書いて『とも』と読むとも言うからね。
数日後の僕の誕生日、父さんがプレゼントをくれた。
それはふわふわの真っ白な子犬だった。
父さんが世話できるかいと言ったので、僕はもちろんと頷いた。
ずっと一緒にいようね。
抱き上げると子犬はキャンと鳴いた。
けれど三年後の冬、真っ白な犬は突然消えた。
父さんは何か知っていたようだったけど、僕は聞かなかった。
もう帰って来ないことが何となくわかっていたから。
それでも。月夜の晩に遠吠えが聞こえると、つい思ってしまう。
どこかで僕のライバルも月に吠えているかもしれないと。
次は「端数男」
193 :
端数男:2010/02/21(日) 23:53:41
「いいよ」男が手で制す。
「だめよ」女は構わず財布を出す。男性に奢られ慣れていないのだ。
男は苦笑する。「じゃあ、端数だけ出してくれるかい?」
――11125円。端数って、どこから下を言うのかしら。この人にとっては千円も端数かもしれない。うっかり小銭を出して嫌われたらいやだわ。
「あ、ごめんなさい、細かいのがないみたい」そう言って五千円札を置く。万札を出すよりは可愛げがあるはず、と判断したのだ。
「もう…」男は困った様に笑い、一万円札をその上に重ねる。
「3875円お返しです」
男は目顔で、取っといて、と促す。あなたこそ、という顔を返す女に、困っている店員。
「わかった、こうしよう」
男は釣りを受け取り、店を出る。
「次の土曜は空いてる?」
「え」女の声が上擦る。「あ、空いてるわ」
「…映画にいかないか?その、ちょうどチケット2枚分くらいの金額だし」
「ええ、行きたいわ。でもちょっと余るわね」
「じゃあ、コーラとポップコーンを買おう」
「ふふ、それだとちょっと足りないわよ」
「それなら、また千円ずつ足して、ランチに行こう!」
「また端数が出たらどうする?」
「そうだな、次は…」
端数は終生なくなることはなかった。
194 :
193:2010/02/21(日) 23:58:58
スマソ書き忘れ
次のお題「越冬トカゲ インマイルーム」
越冬トカゲ インマイルーム
「フラれた」
美雪さんは部屋に入るなり電気カーペットにうつ伏せになり、死んだトカゲみたいな格好でそう呟いた。僕は出かける支度をしながらとりあえず相槌をうった。
「そう」
「ちょっとそれだけ?もっと「つらかったね」とか「俺でよかったら話聞くよ」とか「俺じゃだめか」とかそういう動物には無い人間の温もりみたいなのがあんたには無いわけ?」
「あるけど僕今から出かけるし、美雪さんが毎年この時期にフラれるのは恒例行事みたいなもんじゃん」
「なんでこの時期なんだー」
美雪さんはお隣さんで、僕がこのアパートに越して来たときからお世話になってる人だ。明るい性格で誰とでもすぐ仲良くなる。
良く言えばフレンドリー、悪く言えば馴れ馴れしい。彼氏からしたらそれが段々嫌になってくるのだろう。そして冬本番を目前にフラれる。それにしても四年連続は凄いと思う。
「抱きしめて」
「はい?」
「抱きしめてって言ってるの、このまま冬が来たら私寒さと寂しさで死んじゃうよー」
「帰るときカーペットの電源切っといて下さいね鍵もお願いしますよ」
「本当に死んじゃうんだから……」
僕はいつもこの彼女の寂しそうな声に勝てない。彼女もそれを知ってるようで何かを待ってじっとしている。
「……じゃあ、今日は一緒に鍋でもしますか」
「やったあ、じゃあ私材料買っておくね」
そういって彼女はゴロゴロと楽しそうに転がった。今泣いたカラスがもう笑った。はあ、まったく世話の焼ける人だ。そう呆れつつも僕の顔は綻んでいた。
次のお題 陶磁器少女
母に贈る誕生日プレゼントを買った。
益子焼の水差しで、持ち手がしっかりとしていて使いやすそうなのと、胴体のくびれが中々趣のある
ビジュアルだったので衝動買いしてしまった。
ところが先日実家に帰ると、父が骨董市で買ったと言う水差しが飾られていた。父がこういったものを
買うのは珍しいことで、せっかく飾ってある父のお土産の顔を立てるためには、今回の贈り物は別の
ものにしなければならなかった。
「ご主人様ぁ」
それで、こうである。
今、キッチンのテーブルの上には例の益子焼が一人置かれており、換気扇の下でタバコをふかす僕を甲高い
声で読んでいる。
「ちょっと静かにしてくれないか」
なぜ益子焼に話しかけねばならないのか。
「ご主人様ぁ、ちょっと手に持ってくださいよ。ホラ、私小柄ですから重くもないですし、使い易いですから」
「いや、いいんだ。そういうことではないから」
「でも、ほら、さっき入れていただいたお茶も冷めてしまいますし……」
手にとる。
「いやぁ、、おつゆ出ちゃうぅぅ、らめ」
再び置いた。
「待ってくださいよぉ」
情けない声を出して水差しが泣いている。ように見える。
「冗談ですから、冗談ですから」
「お前、食器のくせに余計なことを言うなよ」
栃木まし子と名乗る、少女の声を持った焼き物は、パッケージの蓋を僕が開けるなり「今日からお世話になります」
と自己紹介をはじめ、自分の体のグラマラスなくびれを自慢したあと、末永く使うようにと僕に言った。
日本酒なら人肌に温めるのが得意と言い、酒は飲まないと答えると、今度は小話をしますときた。
「ビックリするお話があるんですよ! ワタクシ食器ですから」
「食器だけにショッキングなんだろ?」
「……」
戸棚にしまった。
「ご主人様ぁ〜」
次「何でも願いをかなえるカエル大帝」
197 :
何でも願いをかなえるカエル大帝:2010/03/28(日) 23:31:10
突然彼女と連絡がつかなくなったので、僕はなんとか友人を頼りに彼女の家を
探り当てた。初めて訪ねるのはとても緊張するが、今はとにかく彼女の安否が
知りたかった。インターホンを鳴らすと、別段変わりのない彼女が出迎えてくれた。
僕が何かを言う前に、中へ上がるよう促される。どうぞ、と通された彼女の部屋は
想像をはるかにずれて殺風景だった。本当にあのお洒落な彼女の部屋だろうかと、
やたらと見回してしまう。ベッドとテレビ、そして何故か部屋の中央にカエルの置物。
「なにこれ?」
「カエル大帝よ」
彼女は置物を一瞥してから、僕の目を見つめる。なんだか瞳が寂しく見えた。
「なんでも願いを叶えてくれるの」
彼女の声はまるで抑揚が無い。
「でも、願いを叶える度に何かを食べてしまうの」
だからこの部屋は何も無いのだと、彼女は言う。
「この間、あなたと結婚したいと願ったの。てっきり目に見えるものだけを
食べると思っていたんだけれど。私、愛を食べられちゃったんだわ」
だって、あなたのこと、どうでもよくなっちゃった。
僕は彼女の目をじっと見つめる。瞳が寂しく見えたのは愛が食べられたせいだろうか。
僕はカエル大帝に向かって、彼女の愛をもどしてくれと呟いた。
その瞬間、部屋にあったベッドが、ヒュンとカエル大帝に吸い込まれて消えた。
「ベッドが消えたぁ」と、甘えるように縋ってくる彼女の瞳が煌く。
僕は微笑んで、彼女の手を取った。
「ダブルベッドを買いに行こう」
次「返事は無言であくまで美しく」
茂った草むらの中をひと組の男女が歩いていた。
二人の手は固く結ばれている。
空は今にも泣きだそうな雲がひしめき合っている。
これから雨が降るのは確実だが、二人はそんなことには気も留めず、歩いている。
歩きついた先には、小さな沼が静かに待ち構えていた。
男はつないだ女の手をぎゅっと握りしめて言った。
「本当にいいんだな?」
今にも消えてしまいそうな微かな声だったが、女が聞き取るには十分の声だった。
女は無言だったが、男へ向ける目線は力強く、凛とした美しさを醸し出している。
それが男への返事だった。
二人はじっと見つめ合い、互いの存在をもう一度確認するかのように手を強く握った。
そして手を繋いだまま、足を沼へ進めていく。
今まで聞こえていた草の揺れる音や鳥の鳴き声は、誰かが吸い取ったかのように消えてなくなっていた。
沼は二人を受け入れた。深く深く二人を沈めた。
次のお題「弦の切れたバイオリン」
地下室に案内された女は部屋の奥に掛けられている死体を見ても特に目立った反応を示さなかった。それに気分をよくした男は得意げに喋りだした。
「彼女はね」
「駄目だったんです。僕の表現力に耐えられなかった。切れてしまったんだ、だからもう綺麗な音色を奏でることが出来ない」
女の湖は依然穏やかだった。男は女の態度と表情をみて嬉しそうに言った。
「君なら理解してくれると思っていた。だから鍵も掛けなかった」
「解るわ」
女は部屋に転がっていた怪しげな道具を弄りながら、微笑んだ。
男は歯をガチガチ言わせて震えていた。興奮しているのだろう、勃起の膨らみが見て取れる。
「ただ……」
「ただ?」
女はゆっくり男に近づいていった。そして男の頬に両手を当て顔を近付け、彼の目をしっかり見つめ言った。
「あなたが耐えられるかが心配だわ……」
一瞬の沈黙の後男は再び震えだした。しかしそれは以前の歓喜によるものではなかった。男の全身を恐怖が染み渡っていく。
女の瞳の奥に広がる闇、広大な闇。それは男の想像を遥かに超えていた。計り知れない。逃げ出したいが体が動かない。やっとのおもいで絞り出した声で言った。
「お前はなんなんだ?」
女は微笑み徐々に瞳を大きく広げていった。そしてそこから溢れ出した黒で男と部屋を侵蝕していった。
男の最後の叫び、それはまだ誰も聴いた事がないほど美しく、狂った音色だった。
次の題 「翡翠の血」
「翡翠の血ですって。よくわからないお題を出されちゃうとなかなか筆が進まないものね。ねぇ、昌子」
そう唐突に語りかけられた当の昌子はさして興味もなさそうに読みかけのファッション誌に視線を落としながらそうね、と空返事を返した。
語りかけた方にしてみれば面白くない反応である。
「あのねぇ、あなた」
佳代はベッドから腰を浮かすとそのまま、床にうつ伏せで雑誌を読んでいる昌子の背中に絡みついた。
「あんまり冷たい態度を取っていると犯しちゃうわよ?」
そう言いながら佳代は昌子の頬に顔を寄せる。
「犯せば?あなたっていつもそう。強気なのは言葉だけ。本当に私を犯したことなんて一度でもあったかしら?」
彼女の声は少し震えていた。佳代はいつになく真剣な昌子の言葉にたじろぐ。
何か言わなくてはならない。沈黙が部屋に充満する前に。
「えっ、いや、まぁ、ほら一緒にお題のSS考えようよ。翡翠の血だよ、翡翠の血」
「そんな事どうだっていいわよ!」
おどけて言った彼女に、昌子は怒鳴りつけた。
「ねぇ佳代、これだけは言わせて。そして聞かせて」
一呼吸置いて彼女は続ける。
「私は佳代、あなたが好きよ。あなたは?」
佳代はおどけて冗談でも言おうと思ったが、彼女の真剣な視線がそれを許さなかった。
「何言ってるのよ今更・・・私だって昌子のこと好きよ」
「じゃあ抱いて。今」
「えっ、でもお題が・・・」
「そんなもの、次の人に任せとけばいいのよ」
昌子は手を伸ばし、佳代の頬に触れた。
淫靡な手つきで彼女の輪郭をなぞり、囁く。
おいで、佳代・・・
次の題「翡翠の血パート2」
当り所が悪かったとしか言い様が無い。
俺が金を返すと言うのにこれでは足らないとこいつが言い初め、担保に預けている翡翠の皿をよこせと言った。
そして、金は必要だ、だが断ると答えた俺に皿は返せんと喚き散らし始めた。
もみ合いながらも必死のていで皿を奪い取った俺にこいつが掴み掛かって来た。
だから俺は翡翠の皿でこいつの頭を叩いた。
差渡し50cmはある翡翠の大皿を両手で振り上げて何度もこいつの頭を叩いた。
俺は皿が重すぎて上手く叩けないしこいつも皿が怖くて上手く動けない。
やがて力が抜けて座り込む様に崩れたこいつを見下ろしながら俺自身も力尽きてソファーに座り込んでいると突如開いたドアから顔を出したこいつの奥方が悲鳴を上げて走り去った。
しかし逃げる気にもならない。
「なんで数十回殴られたぐらいで死ぬんだよ」
呆然としながらも焦点が合わない目を凝らすと翡翠の皿は中央に赤い点が付いていた。
(パートーパートー)
遠くで鳴ったサイレンが2度聞こえ、やがて近付いて来るのが判った。
次の題「アメリカンの濃いやつ大盛りで」
全品300円チケットを見せると、カウンター越しにマスターが言った。
「こちらからお好きなものを注文してください」
メニューの中には和食もあった。中華もある。
どう見ても店構えは喫茶店だがまるで大衆食堂だ。
それにしても酷い品書きだ。慣れないワープロソフトで作ったのだろう。
特にソフトドリンクが酷い。隣のメニューとのスペースが殆ど無い。
『メロンソーダーカレー』 『オレンジざるそば』 『コーヒー玉子丼』
うげ。ちょっと想像してしまった。
(コーヒー玉子丼、アメリカンの濃いやつ大盛りで)
なんてね。
「決まりましたか」
「あ、コーヒー丼とミックスサンド」
しまった。玉子が足りない。いや違う丼が多い。
しかし言い直す間もなく、マスターは無言で伝票を置いて行ってしまった。
その日から俺は『Coffee DONG』のオーナーになった。
次は「同情するなら鐘を三度打て」
業界の汚い部分もいっぱい見てきた。
アートを志すほど、俺たちは青くない。
俺たちは売れるロックバンドになりたかった。
そのためには何でもした。
使い勝手がいい、売れる商品であり続けるように。
プロデューサーにゴマをすり、自分を安く売りつけた。
もとより俺たちに才能はない。そんなこと百も承知だった。
アマチュア世界にいる本物の才能をみるたび、そんなものに
価値はないと嘯き、裏から徹底的に潰していった。
そうして、やっとメジャーデビューをつかんだのだ。
デビューが決まった直後にドラムが交通事故で死んだ。
だが、デビューは変わらない。
予算が、スケジュールが組まれている。今更やめるわけにはいかない。
きっと新しいメンバーも事務所が適当なところで見繕うだろう。
いや、今回のメンバー交代すら、きっと売るための手段にされる。
別にいい。バンド創設メンバーなど、どうせ残っていない。
メンバー全員がだれかのスペアで代替品だった。
「なあ。バンドってなんなんだろうな。」
俺は奴の遺影につぶやいた。
そして奴に同情する。そうしてやる資格のあるのは俺だけだったから。
俺は鐘を三回鳴らした。あいつが得意としていた三連譜だ。
それから、ついでに以前から叩いてみたかった木魚をポクポクと鳴らした。
次は「爪きり事変」
爪が不浄のものであるということは皆様の知るところであります。
神都であるこの場所に於いて、その身から穢れたそれを自らの指先から草木のごとく生え散らかしている、という事自体、それは明らかなる極天師佐田熊雪之丈様への反逆であります。
過去神は我々神都に住まう諸人に似たものを作ろうと苦心されました。その時作られたのが大黄という言わば化け物であった訳でございます。
これは我々に比べ粗忽で野蛮な生き物でございました……いえいえ、神の作り賜うたものを誹るなどという心積りはございませぬ。
これは極天生類集第八巻十六章に明記されておる通り、神が大黄を生み出した事を悔いられた事をそのまま私が言ったまで……。
そう、そしてその事を悔いた神は、その大黄の特徴でもある長い頭髪や爪に猛毒をお塗りになりました。そう、我らが最も強い毒として知る桜の毒でございます。美しき桃色のその色、大黄は悦としてその爪や髪を愛でました。
しかし、それはそれは恐ろしい事。大黄は互いの爪や髪を誹り、我が爪が美しい、否我が髪が輝いておる、と小競り合いを始めたのでございます。
やはり粗忽な生き物は粗忽な生き物、髪で弓弦を作り、爪で剣や鏃を拵え、それはそれは醜い争いが始まったのでございます――おお、コワイコワイ。
――サテ、皆様がご存知の通り、相手を傷つけるものなどは不浄の極みでございますから、大黄の野蛮さはここからも伺い知る事ができるもので……エエ。
その際、武器がなくなった大黄は相手ののど笛を爪で掻き切ったと言われております。そして最後に残った一匹でさえ、落ちていた桃色の美しい爪で自らの心の蔵を貫いた――極天生類集第八巻二十章にそうございます。
そう、これが有名な「爪切り事変」という訳でございます。
次は「吉田の憂鬱」
「おーい、ヨシダ」
「……」
「聞こえないのかよヨシダ」
「……」
「どうした、うかない顔して。何かあったなら言ってみな」
「……じゃない」
「え?」
「俺、キッタなんだ」
「え? そ、そんなことないぞ」
「でもそうなんだ」
「馬鹿だな……お前、ぜんぜん汚くないぞ」
「……」
「お前を汚い呼ばわりする奴なんか、俺が殴ってやる」
「じゃあてめえを殴れよ」
「え? 何か言ったか?」
「何でもない……」
次は「煎餅猫と十五夜」
206 :
1:2010/06/05(土) 06:49:46
さて、ではこちらの極天生類集第八巻でございますが、先ほどお話いたしました大黄、そして皆様もご存知の油鹿、三脚麦……。
そういった神話時代のものから今この神都周辺に生きておるモノ共がこの先書き記されておりまして――ヘエ、ございましたよ、この三十一章に興味深い記述がございます。
皆様は月、というものをご存知でしょうか。お空に浮かぶ、あのキタナラシイ……エエ、あのゴツゴツとした――我らが新都に青い雨を降らす、あの……あの氷のカタマリでございます。
いえ、私もアレが氷のカタマリか、と言われれば疑問ではございます。ですが、久住九段正調図によりますと、あれは神が作り賜うた氷のカタマリということになっておりまして……エエ、ですから先ほど申しました通り、私は神を疑うなんて冒涜的なことなど……。
お話を続けますよ。エー、それで、あの氷のカタマリ、常々形が変化している事に皆様はお気づきでしょうか? 久住九段式の正調図の写しをお渡ししますから、こちらでご確認ください……。
そう、月は最も多いときで六十八層からなる氷層に包まれております。その中心には灰を固めて作られた指先ほどの「あふれ」というものがございまして……ええ、正調図の右端をご覧くだされ。そこに空の、そのまた先のことが書かれておりまする。
そう、この新都の地は、泡の内にあるのでございます。その泡の外には、水……黒い水がございます。
黒い水は、普通の水とは質を異にするモノで、月の氷の一番外側が溶け出してできた、冷たい冷たい氷の水なのでございます。その水は絶えず熱さを変えて、月の氷を溶かしたり、固めたりしておるのでございます。
207 :
2:2010/06/05(土) 06:51:13
エヘン――ですから、月の形はいびつに変わるわけですな。そして六十八層の層が五十三層までに減ったとき――即ち、十五層の氷が黒い水に溶け出したときに、月は最も深い部分にございます「あふれ」を、氷を透して我々の眼前に晒すのでございます。
ちなみに十五層以上は、今まで溶け出したことはございません。久住九段正調図をご覧くだされば、その原理は明白でございます。
そして、その月が出ている夜を十五夜、と申します。
十五夜になると、黒い水が増える、というのはおわかりですかな。何せ十五層、十五層の氷が溶け出すのです。
水が増えると、我々神都の収まっている泡は押さえ付けられるわけですな――空気を入れた革袋を、こう、ギュゥと外から押すように……エエ、ですから、猫の形が変わってしまう訳です。
ご存知の通り、猫の中には大量の空気が入っております。あの巨体から想像し得ないほど、猫というイキモノは、重さがないのですよ……。
そう! よくお判りになりましたナァ――今、煙方殿が仰った通り、水が泡を押しつぶすとき、その猫も、外から押しつぶされたようにペシャンコになるのでございます。
その時ばかりはあの獰猛で無邪気な猫も、神のように――とは言わずとも、煎餅のように平たくなってしまうわけですナァ……煎餅猫、とでも申しますか。
ですから、猫が平たくなっているとき、空を見上げてご覧なさい……灰色の「あふれ」を醜くも覗かせた月が、目眩を起こすほどに、こちらを睨みつけておりますから……。
次は「社員証とコンセントの急増問題」
208 :
1/2:2010/06/07(月) 21:44:46
かつての社員証は名刺と大して変わらぬものであった。
しかし、時がたつにつれ社員証はその役割を変えていく。
まず社員証にクレジットカードの機能が付けられた。
社員食堂や購買でのやり取りを迅速にするためである。
次に身分証明の認証用のICが埋め込まれた。
これで自動ドアのアンロック等セキュリティを保障するわけだ。
機能はともかくとして、社員証の形状はここに至るまで変わりがなかった。
つまりカード型である。問題はここからだ。どこかの頭の良い馬鹿が、
社員証に携帯電話機能を付加することを思いついた。
そしてその機能がPDA程度になり、PCに進化するのも時間の問題だった。
社員証の歴史としては、この時点が社員証機能としての転換点といってよいだろう。
もはや社員であることの証明など、社員証の機能としては瑣末なものになっていた。
広告屋が社員証に目をつけ、CMが常時表示されるようになった。
24時間働けるように、覚醒作用のあるカクテルが社員証に備えつけられるようになった。
すぐにどこへでも営業に向かえるように社員証に駆動系が備えつけられた。
ここまでくると社員証はカードではなく、乗り込むロボットのようになっていた。
社員証の肥大化は続く。
209 :
2/2:2010/06/07(月) 21:46:42
家に帰らなくてもよいように、寝台、風呂、トイレが備えつけられる。
自動調理器が、庭の芝刈り着が備えつけられる。
いまや社員証はありとあらゆる機能を吸い込むブラックホールとなっていた。
もう、この流れはだれにも止められない。社員証に子供を預ける保育所が、
学校が、道路が、信号が、各種行政施設が備えつけられた。
ついでに民間企業ものりこんでくる。
自分が働いている会社がだれかの社員証の付属物であるかもしれず、
また自分の社員証の上で誰が暮らしているかわからない。
社員証は、もはや一つの曼荼羅的宇宙となっていた。
事実自分の社員証から外に出るには鉄道に乗って数時間かかるのが普通になっていた。
問題はあった。社員証は膨大なエネルギーを消費するのだ。
社員証にエネルギーを充填するためのコンセントがあちらこちらに設けられる。
社員証は50センチ移動するだけで、内部に備え付けられたバッテリーが
空になってしまうから、50センチごとにコンセントプラグが設置されることとなった。
これで問題は解決かと思われたが、新たな問題が発生した。
プラグはあっても充填するエネルギーが存在しないのだ。政府は社員証の
エネルギーを賄うための巨大原子力発電所を建設することに決めた。
どこに?決まっているではないか。社員証の上にだ。
次は「草の海」
210 :
草の海:2010/07/23(金) 08:06:49
久しぶりの帰郷。妻と子供達を親に任せて僕は思い出の場所に向かった。今も残っているだろうか、あの秘密の草原。僕とあの娘の秘密の遊び場。
林を抜けて、二つの大きな岩の間を潜り抜けると……あった。まだ残っていた。僕とあの娘の秘密の海だ。
腰まである草をかき分け真ん中にある大きな岩に腰を下ろす。目を閉じてあの日の思い出に浸る。虫取り網をもった僕。白い帽子に白いワンピースの女の子。あのときも同じように二人でこの岩にならんで座ったっけ……
「ねえ、ここが海だったらどうする?」
「落ちたら大変だね」
「そういう事じゃなくて、二人きりだよ」
「え?」
「この広い海に私たち二人きりってこと」
彼女の唇が僕の頬に触れた。風が優しくて、緑がさざ波のように揺れた。広い広い穏やかな海には僕と彼女と波の音だけだった。
「こんな所にいた」
目を開けると隣に彼女がいた。いや、違う。よく見るとそれは妻だった。
「子供達が虫かご作ってて聞かないのよ」
「ああ、すまない」
僕は慌てて立ち上がり、先に歩き出した妻の後を追った。やはり疚しい気持ちがあったのか僕は酷く取り乱していた。しかし何故、妻はこの場所を知っていたのだろう……しばらく歩いて不意に妻が呟いた。
「あなたには言ってなかったけど…… あそこは私の思い出の場所なの」
「え?」
そして彼女は振り返り微笑んだ。一瞬、逆光の中に白いワンピースが揺れた……気がした。
「ほら、急いで」
「ちょっと、待ってよ」
二人が立ち去った後も緑の波は穏やかに時を刻んでいった。ビー玉みたいな飛沫や、鴎のような笑い声を閉じ込めて。
次の題 「シュレーディンガール」
212 :
1/2:2010/07/28(水) 08:40:00
昼休み職場を出た私は、久しぶりに友人と昼食を楽しむ約束をしていた。
外のうんざりするような暑さから解放された私は友人を探して店内を見わたす。私より先に到着していた彼女はすでに席につい
ていて、私の顔を見るなり手で招くような仕草をした。
「この近くに転勤になったのね、もうちょっと早く教えてくれればいいのに」
私は手に持ったグラスに口をつけた、水が喉を通っているところで返事はできない。代わりにコクコクと頷き、グラスをテーブルに
戻した。彼女は学生時代から、相手の状況お構いなく自分の話を続ける癖は相変わらずだ。彼女が饒舌であることを私は承知
しているので、それに関して腹を立てることはない。
―最近仕事が減ったわ、そちらはどう?―どこもそんな話が多いね。―そのわりに休暇なんてないようなものよ?お盆ぐらい何
もしなくてもご飯が出てくる場所へ行くわ。―うん、旅行に?―実家よ。
「…実家か、私もしばらく帰ってないよ」私は一口サイズに切った肉を咀嚼した。
私と彼女は地元が同じであり、また小学からの同級生であった。大学こそ違うものの社会人になってからも同地元生まれの縁で
あるのか馬が合うのか、未だに連絡をとって機会があれば会うこともあった。
213 :
2/2:2010/07/28(水) 08:43:14
「昔スチュワーデスになりたいとか書いたけど。あ、卒業文集の話ね」
私は彼女の書いたものに記憶がなかった。だが今の彼女は語学力を生かし流通関係の仕事に就いている。
「あれはね、提出してから先生に突っぱね返されて、書き直したものなのよ」
「へぇ…、じゃ最初に書いたものはどんな内容だったの?」
「将来大規模な災害が起きて、私は生きてるか死んでるかも分からないって書いたわ」
彼女はきっぱりとした口調で話した。「ふむ…」唸る私の返事を待たずに彼女は続ける。
「将来の夢を書きなさい。それだって夢だもの」
私は動かしていた両手を止めテーブルに置いた。今度は彼女が休めていた手を動かし、「腑に落ちないわ」というようにフォーク
で頻りにサラダを突き刺していた。夢というのは大きく空想という意味もあるのだが、教師としては子供らしくしかるべき事柄を書
いて欲しかったのだろう。しかし、当時小学生の彼女が文集を書いたとき、彼女にとって後にスチュワーデスも不幸な被災者もな
りえたもう一つの世界だ。
私はさきほど歩いてきた外の景色に目をやった。オフィス街はいつもどおりの賑やかさを見せている。今こうして過ごしている時
間もそんな多くの選択肢の一つなのだろうか。
「それで、実家にはいつ帰るの?」思い付きの選択だったが、私も彼女と共に故郷に帰ることにした。
次は「博物館の事故」
「何度も盗まれた」という言葉の矛盾がおわかりいただけるだろうか。
盗まれたものは手元にないはず。しかし、再び盗まれる。
なぜか。それは盗まれたものが手元に戻るからだ。
そして、その本は文字通りの意味で「何度も盗まれた」本だった。
マサチューセッツ州アーカムにあるミスカトニック総合大学に
付設された博物館。その本はそこに所蔵されていた。一般展示は
されていないものである。通常は貸出禁止の書庫に所蔵されている。
度々盗まれたので貸出禁止になったのか、それとも貸出禁止に
なったから度々盗まれるようになったのか。とにかくその本は
よく盗まれた。
博物館の事故?いや、むしろ日常だ。それほどその本は盗まれたが、
不思議なことにその本は必ず博物館に戻ってくるのだった。
失踪した人間の部屋で見つかることもあれば、郵送されてくることもある。
館長の机の上に単に置かれていることもある。
とにかく、その本はなんらかの理由でこの博物館に戻ってくる。
そして再び盗まれる。
それはまるで、本を手にした人間が自分の所持者としてふさわしくないと
本自身が主張しているようでもあった。
ある日、博物館に自然保護を訴える過激派テロが襲いかかった。
インスマス沖の岩礁爆破事故に、大学が関わっているという疑惑のためだった。
テロリストどもは博物館を占拠すると、その本に目をつけた。
本の中身をくりぬいて、中に時限爆弾をしかけるのだ。
そして学長に送りつける。学長も本ならば油断して開けることだろう。
開けずとも時間がくれば爆発するはずだった。
かくして、博物館の事故はおきた。
テロリストは博物館内の食堂で祝杯をあげていたところだった。
テロリストにとって不運だったのは、その本にとって、
学長が所持者としてまったくふさわしい人物ではなかったということだ。
次は「宇宙盆踊り」
宿題などすっかり飽きてしまった俺は、居間の卓袱台に突っ伏すような姿勢で漫画本を見ていた。
「なんちゅう格好で本見とるんや、ワシみたいに腰曲がってまうで」
婆の声だった。居間に入るなり婆は俺を叱った。
「お婆ちゃん、びっくりするやんか」
「ああ、な」
婆は曲がった腰をさらに折り曲げて座布団を引き寄せると、いかにも年寄りくさい仕草で座った。
「それよりな翔、今年も盆踊り大会あるやろ?」
「ああ、あるで」
俺は畳の上に転がっていた盆踊り大会のびらを拾うと婆に渡した。
「お婆ちゃんも踊るさかいな、翔も見とってや」
「俺、友達と遊ぶんや。婆ちゃんずっとは見てへんで」
「それでかまへん」
婆は鼻歌と共に聞き覚えのある節に合わせて両手をかざし踊りの振りをやってみせる。
指がぴんと伸びている婆の手を見ながら俺は聞いた。
「お婆ちゃん、リウマチはようなったんか?」
「ああ、な。ようなったわ、塩田先生のおかげやな」
「そうなんか…」
「先生、町内会の役員やっとったからなぁ。今年も盆踊り大会の準備で忙しゅうしてはる」
塩田外科は町内で古くやってる外科だった。
「俊夫はどこいったんじゃ?」
「父ちゃんも町内会の集まりに行った」
「そうか、俊夫もなぁ…、そらええわ。ああ、ワシもそろそろ浴衣用意せなあかんな」
俺は婆ちゃんの相手をやめて漫画の続きを読むことにした。
間もなくして、台所にいた母がひょっこり現れた。
「翔、お父さん帰ってきたんか?」
「いや、まだや」
「そうなん?あんたの声が聞こえたから帰ってきたんかなって」
母は部屋を見渡した。
「あんまり散らかさんとってよ。お父さん、町内会の人連れてくるらしいから」
「うん」
「お父さん役員になってから盆踊りに宇宙とか大層な名前つけて…。盆踊り大好きやったお祖母ちゃんなんて言いはるやろな」
「別になんもゆえへんよ」
母は俺の顔を見ながら首を傾げる。
「お婆ちゃんは踊れたらそれでええみたい」
―茱萸木町、第57回宇宙盆踊り大会。
そう書かれた盆踊りのびらは座布団の横、畳の上に転がっていた。
次の題は「開かない障子」
218 :
開かない障子:2010/09/04(土) 12:23:33
夜の街中を当ても無くふらついていたら、思いがけずイケメンに声を掛けられた。
私も捨てたもんじゃないなあと思いながら、誘われるままに彼の家へと上がりこんだ。
今時珍しい純和風の佇まいに少し構えてしまったが、彼が優しく手を差し伸べてくれたので
緊張を解いてその手を取った。案内されたのは何も無い八畳間だった。
これからここに何か食べる物でも運ばれるのだろうかと周囲を見回すも、物音一つせず、
案内したきり彼も戻ってこない。
急に嫌な予感がして慌てて障子戸に手をかけるも、その戸はかっちりと閉まっていて
びくともしない。障子戸の向こうから静かな足音が近づいてきて、私は後ずさりし身構えた。
「無駄だよ。君はもうここから出られない」
「私をどうするつもり?」
「言わなくてもわかるだろう」
やがて、わめく私を無視して彼はぶつぶつと呟き始めた。
彼に罵倒を浴びせながら、私は怒りと憎しみに任せて障子戸に掴みかかった。
暴れたがために破れた障子の隙間から彼の姿が見える。その手にはしっかり数珠が
握られている。
「早く成仏することだな」
隙間越しに私と目があった彼は、不適に笑って、懐から出した札で障子を塞いだ。
お次「妹と3つの秘密」
私の妹はどうにも食えない女だった。
幼い頃から甘い嘘で人をたぶらかすことを覚え、またそれがばれないように工作するのも上手かった。
まだ私も彼女も小学生だった頃に、こんな事件が起こったことがある。
昼下がりの太陽が照りつけ、蝉がそこかしこの木々で鳴いていた夏。
私たちは二人で近所の駄菓子屋まで棒アイスを買いに行った。私は母から貰った小銭を片手に握り、もう片方の手は彼女と繋いでいた。二人で流行りの歌を歌いながらの道のりは楽しいものだったのだが、私は途中で仕事に行っているはずの父を見つけて眉をしかめた。
家から駄菓子屋までの道すがらにあるわが家が使っていた駐車場に、父と知らない女の人がいるのが見えたのだ。二人は親しげに笑い合い、お互いの首に腕を絡め、そしてキスを交わした。
私さえよく状況が分からずに混乱するしかなかったのだが、さらに幼かった彼女はいたって冷静に言葉を発した。
「お姉ちゃん、今見たことは絶対誰にも言っちゃだめだからね」
「……」
「……お父さんとお母さんがはなればなれになってもいいって言うんなら、別にばらしてもいいけど?」
「や、やだ!」
とっさに首をふって嫌がった私に、彼女はじゃあ言わないで、と小さく聞かせた。
アイスを買って家に帰ると父がいて私は目を合わせることができなかったが、彼女はにこにこと笑い何事もなかったかのようにアイスをほお張った。定時より早く帰宅した父にお仕事早かったね、と話しかけてもいた。
幼くして人たらしの天才、無垢に見せかけた小悪魔だ。
それから十年経った今でも私は彼女に言われたことを守り続けている。昔の小さかった私からしても、彼女は世界を動かしうる存在に見えた。
「紗耶香、」
「……」
「紗耶香、いい加減こっちにきてご飯食べなさい」
今だってそうだ。彼女は仏壇の前から私を放してくれない。立てかけられた笑顔の遺影に私は何度も問いかける。問いかけずにはいられなかった。
何故だ、と。
何故自ら逝った。
冷たくなった遺体が発見されたのは二階の彼女の自室で。眠るように穏やかだった表情のせいで、家族はしばらくそのことに気づかなかった。
母が夕飯の支度ができたから来いとさっきから何度も言っているのだが、私は彼女と対話したくてたまらなかった。それは私と同様に遺された父や母も同じはずだったが、やはり一週間以上も食事をまったくとらないことは無理なのだろう。今日は久しぶりの食卓となっていた。
「……ねえ紗耶香。悲しいのは分かるけど、いい加減食べないと体が持たないわよ……」
なおもかけられる母の言葉に振り向く気力は起きなかった。
若くして命を絶った彼女の心を、軌跡を追いかけたくて遺影に問いかけ続けているのだが、彼女は何の秘密も明かしてくれることはない。
次「不器用と偏差値」