791 :
名無し:
よろしく その1
コツッコツッ
コンクリートを打つ高いヒールの音が、辺りの静寂と互いに際立たせている。当夜は月が無く、ぽつぽつとある街灯の明かりが地面に落ちて、それが光のしるべを作っていた。
女は急に足を止め耳を澄ませた。途端に静寂だけが際立つ。寒気を感じた、が風は吹いていない。
女は歩き出した。
ヒールのコンクリートを打つ音が速くなった。
女は早く帰ろうと近道を選んだことに、少しだけ後悔した。
女が会社を出た時は深夜0時を既に廻っていた。
何故か今日に限って仕事が終わらず、結局、遅くまでかかってしまった。
家から会社まで歩いて通勤しているがこの夜はタクシーで帰ろうとした。
だがタクシーは中々捕まらずもう歩いて帰ろうと考え直した。家まで普通に歩いて30分ほど掛かる、しかし会社と家の前には大きな公園があり、普段帰り道は暗い公園を迂回している。
女は公園を突っ切ることに決めた。
792 :
名無し:2008/05/07(水) 04:49:32
その2
朝の公園をジョギングする中年の男が、不機嫌にぶつぶつと呟いている。
「ハア、ハア、ちくしょう毎日頑張って働いて来たってのにこれか」
二週間ほど前、男は医者に太り過ぎを指摘され、運動をするように勧められた。妻から犬の散歩を兼ねて毎朝、公園をジョギングしたらと言われるままに始めた。が長年運動という運動をしていなかったので直ぐに息が切れた。
途中、疲れて犬の綱を離してしまい、犬は主人の遅いペースから開放され自らの思うままに、靄の中に消えてしまっていた。
「マルケス、どこだマルケス」主人の声に反応もしないのかとまた悪態をついた。男がもう一度犬を呼ぼうと空気を肺にためた、その時犬の影が靄の中に現れた。
「マルケス」。男が呼び影は男に近付いた。犬の姿がはっきりしてきたマルケスだった、同時に男はマルケスが口に何かを喫えていることに気が付いた。
「全く、どこまで行ってたんだ」もしかしたら怪我でもしたのかと心配していた男は安心した声を出した。そのままマルケスは尻尾を振りながら嬉しそうに男の前まで来て、口に喫えているものを男の足元に置いた。
男はマルケスが持って来たものが何なのかすぐに分からず腰を屈めた、すると瞬く間に男の顔から血の気が一気に引いた。
それは人の手であった。
手首からは血が地面を紅く染め始めている。
(一体・・・何故、どうして?)男はこちらをじっと見つめるマルケスを見た。
マルケスの口からは真っ赤な血が滴り落ちていた。
793 :
名無し:2008/05/07(水) 04:50:16
ロンドンは霧の街と言われる。一日のほとんどを街は霧に包まれ、灰色の空と灰色の石畳が、外から来て初めて街に住む者を憂鬱とさせる。
ロンドン市オールトン署の刑事、スチュアート・アドラーにとって、このロンドンの街は、別な感慨が彼を憂鬱にする。
この日彼はオールトン署の給湯室で今日初めての紅茶を飲んでいた。
「警部、やっぱりここにいましたか」背後から、新人刑事のスティーブ・ベントが話し掛けた。するとアドラーは、「何だ?」と、俺はティータイム中だと言わんばかりの顔で言った。
「今朝、アークライト記念公園で死体が出ました」ベントの報告にも別段驚かず不愉快そうに「殺しか?」と聞き返した。
ベントは多少興奮しながら「はい、ガイシャは女で、遺体がバラバラの状態で発見されました。」
アドラーはすぐに緊張して、「バラバラ?何でそれを早く言わん」と言うと持っていたカップを流しに投げ置き、署を出て、現場に向かった。
その3
794 :
名無し:2008/05/07(水) 04:51:48
アドラーとベントが公園に着くと既に公園の入口にはマスコミと野次馬の集団ができ、その規制に制服姿の警官が追われていた。
「全くマスコミってのは何処から嗅ぎ付けてくるんだか」ベントが呆れ顔で呟いているとアドラー警部はもう集団の中に入っていた。
慌ててベントが後ろからついて集団を掻き分けていく。規制の境界線まで来た時、顔見知りの警官が気付き、アドラー達を現場まで案内した。
遺体現場は公園の歩道から外れ、常緑樹が周りに林立して中々人目には付きにくい場所にあった。
「今朝方、散歩中の男性が遺体の一部を発見し、その通報を受けて駆け付けた警官がここに遺体を見つけたました」案内した警官の説明にも遺体の凄まじい惨状から二人の刑事は返す言葉を失くしていた。
遺体の首はあるべき場所には無く腹の上にあり、右足は付け根から切断されて遺体から二、三歩離れた所に無造作にあった。
両腕の内、右腕はあることはあるが肘から有り得ない方向に折れ曲がっている。左腕は手首から先が無い。口元を手で押さえベントが木陰に向かった。
アドラーはこれまでないほどの不気味な、得体の知れない悪意を感じていた。(これはとんでもないことになるぞ。)
アドラーの目は遺体の側にある木にくぎづけられている。木の幹には文字が刻み付けられていた。
『誰も彼もが等しくその門の前に立つのだ』
以上です。