あなたの文章真面目に酷評しますPart53

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 短編の冒頭です。酷評お願いします。

 夕暮れどき、きみは見知らぬ路地裏を一人で歩いている。
 どうして自分がそんなところにいるのか、きみにはまったく覚えが
ない。自らの置かれた状況をいっさい把握できないまま、前後の記憶を
どこまでも空白で埋もれさせたまま、きみはただ歩きつづけている。胸に
居座っている漠とした不安と、言葉にはあらわせないような何かまがまがしい
思いとが絡まり渦をなして、きみの両足をひたすら前へと進ませる。
 なかば茫然としながら、きみはまわりの景色を見渡してみる。視界に
入るすべては夕暮れの茜色に染まり、あちらこちらで影たちがその姿を
伸ばし、だんだんと重みを増しつつある。空には薄墨色をした雲が脳髄の
表面のような形に垂れ込めている。両脇を煤けた灰色の塀に挟まれた、
細く曲がりくねった道。すぐ先の右の塀沿いには木製の電柱が立って
いるが、まだ電灯はともらず、前方と塀の向こうはぼやけてうまく
見通せない。ひとの姿はない。
 いったいここはどこなのだろう。当然のようにきみはそう考えるが、
いくら頭をめぐらしてみても何も思いだされはしない。きみが身を置いて
いたはずの現実とはつながりようのない、どこか異質な空気と違和感を
漂わせる風景。そう、この塀にしろ電柱にしろ、とても普通の町並みに
あるとは思えない。奇妙に古めかしく、やけに作りものめいている……。
 きみの思考はぼんやりとしてうまく働かない。執拗に心を揺さぶる
得体の知れない不穏な感覚。途方に暮れたような、どこまでも沈み込んで
いくような陰鬱な気持ち。きみの胸中にあるのはそんなものばかりだ。
 いや、じつを言えば、きみは本当は途方に暮れてなどいない。内心の
べつの領域では、きみはいまのこの事態が避けられないものだったと
知っている。身をあらがってみたところでまるっきり無意味だという
ことを理解している。それはほとんど皮膚感覚に近いと言っていい。
 
8942/2:2007/09/22(土) 00:13:08
きみはただそれを認めるのが恐ろしいだけなんだ。それを認めたとたん、
自分という存在が足元から崩れ落ちてしまうようで、意識の表層にのぼらぬ
よう必死に押さえつけているだけなんだ。
 ここまではいいね。 
 そしてきみは歩きつづける。いたずらに増してゆく混乱をどうすることも
できず。どこまで歩いても、この路地裏には出口がないのではないか、
などと思いつつ。……やがて、きみの心のなかで形にならないまま沈殿して
いた思い、まがまがしい思いが、ゆっくりとではあるが次第に輪郭を帯び、
ある指向性をともなって徐々に徐々にと浮かびあがってくる。わけもわからず
おののきながら、とうとうきみは耐えきれず、それが脳裡で明瞭な言葉と
化すのにまかせてしまう。まるで誰かにそう仕向けられたかのように。
 知っている。わたしは、この光景を知っている……。
 その信じがたい考えに驚き、慌てて打ち消そうとしてみてももう遅い。その
思念が楔を打ち込んだかのごとく、きみが無意識に押しとどめていた
忌まわしいものが防壁を突き破ってあふれだし、恐るべきはやさで胸の内を
満たしていく。そうして、愕然とするほどの恐怖に総身を鷲掴みにされ、
押し寄せる不吉な予感に侵されながら、きみは呼吸すら脅かすようなふいの
息苦しさに襲われ、思わず口許を両手で塞ぐ。
 あたりを覆う茜色はもはや茜とは呼べない色に変わりだし、夕闇の暗色に
じわじわと溶かし込まれている。すべてのものをかぎりなく曖昧な、かぎり
なくいびつな存在へと変えてゆくような薄暗さ。そうだ、きみはたしかに
知っていた。この場所を、このときを、この情景を知っていた。
 これはあってはならないことだ。きみは思う。
 道先がよく見えない。塀も、地面も。薄暗いからだけではない。きみの心
自体が、きみの目に覆いを被せようとしているから。
 ふいに正面に暗灰色の塀があらわれる。行き止まりだろうか。そう
ではない。道は左に折れている。隅にはまた、あかりの灯らない電灯。
 震えるほどの胸苦しさを抱えたまま、それでも歩みを止められず、
きみは曲がり角を曲がる。