草木にまだ露が光る頃、一匹のカマキリがその眼をぎらりと尖らせていた。
鋭い視線の先には、灌木の若い枝。
枝の上には何もない。ただ他の枝と違うのは、その下縁に滴が見えない。
獲物。露の付いていないその背景を見たか、それともわずかな臭いを感じたか、
カマキリは野生の勘と経験とでそう判断した。木の枝に擬態した節足動物。
直後カマキリは高く跳躍した。大きな両の鎌をより大きく振り上げて、獲物の胴体を
がっしりと掴んだ。
と、カマキリが確信した瞬間、捕らえたはずの獲物の、いやむしろ美しかった朝の空の、
境界線がぐにゃりと歪んだ。獲物と見た昆虫の体はぽっかりと開いた口に変わり、
うっすらとかかっていたもやはよりはっきりと何者かの殻を形作った。カマキリは
二つの鎌を残してばりばりと砕け空に消え、それを食い尽くした何かは、静かにもとの
灌木の外形を覆いやがて見えなくなった。
ありふれたものの「内側」が本体であるという既成概念を、そして肉食昆虫の野生を
上回る何かが、この世界には潜んでいるのである。
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