この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十ニヶ条

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374晴田雷稲 ◆/QeJSIyurw
 左の高台へと続く踏み固められた土の道を駆け上る。道の両側に
植えられた桜の木々は真っ黒だ。中には深い緑色の苔が生え、毛皮
のコートを着込んだように温かくしているものもいる。冷たい空気
のなか枝をいっぱいに伸ばし、駆け抜ける僕を応援するようにアー
チをつくり道を取り囲む。見守ってくれる黒い観客のなかを風の歓
声を耳に感じながら走り抜ける。激しくなる息が心地よい。坂を上
っていくと花も葉もない枝の隙間から崖沿いの家々の屋根の角度が
徐々に変わっていくのが見える。薄っぺらい線だった瓦の一枚一枚
が僕に気づいたように顔を出してこっちを向いてくる。少しずつ。
一斉に。
 輝く雲を切りとるアーチの出口が迫ってくる。僕は歯を食いしば
って勢いを増していく。もう少し。最後の一歩、右足を思い切り踏
みつける。足を取り囲む土煙。そのまま思い切りジャンプする。顔
を上げると高台のてっぺんの一本桜が黒い姿を現す。空一面の薄雲
がこぼす白い光の中、一本桜はくっきりと黒い枝を広げている。枝
の先には豆のようにまん丸くつぼみがふくらんでいる。
 僕は振り返り、足を踏ん張って乾いた空気を胸に思いっきり吸い
込んで、とめて、叫んだ。
「春がッ!」
「来るよッー!」

見えない 岩 トーチ