24 :
名無し物書き@推敲中?:
キャッスルズロックで巨大なセントバーナードが
こうもりに鼻を噛まれたころ、ここ岩城村では
夜が明けようとしていた。
東の空が群青に染まり
ほどなく夏の太陽が村を染め上げるころ
斉藤家のゴールデンレトリーバーは
眼を覚まし高原の寒さにブルっと体を震わせると
牧場に向かって駆け出した。
牧草の朝露に体を濡らしながら彼は、いつものように
自身のしなやかな四肢を確かめるように
走ることの喜びを感じていた。
ジャンプしステップし獲物に狙いを定めるように
身をかがめると縮めた肢を一気に解き放ち
また太陽に向かってジャンプすると
満足そうに咆哮した。
生まれて二年目の若い彼はすべてが
美しくすべてが新鮮だった。
太陽もまたそれに答えるように
新しいエネルギーを彼に与えていた。
その時、彼の前方に地中から突き出た
弓形に輝く金属片の一部を発見した。
あたりは普段、彼の来ない牧場が森に変わる
人気の無い寂しい場所だった。
心配そうに主人のいる家のほうを
振り返ると無人の牧場がただ広がっているだけだった
彼に一瞬、いいようの無い
不安が体を抜けていったが
好奇心旺盛な彼は不思議そうに、その光に近づくと
前足で引っかいてみる。
すると人間の聞こえない高周波の音がわずかに
聞こえるのに気づいた。
彼は耳をピンとはりさらに金属片を
引っかく。
健二は開け放った窓から聞こえる
ジョジョの鳴き声で眼を覚ました。
時計を見ればまだ6時になったばかりだ。
ージョジョかな?まったくもう・・・−
そのまま寝過ごそうとしたが
いつまでも鳴き続ける
いつもと違う、様子に次第に心配になり
ジャージをはくとTシャツのまま階段をおり
家を飛び出した。
両親は東京に旅行に出かけていた。
ジョジョの遊びに使うボールを
蹴飛ばしながら牧場を声のするほうに
歩いていった。
サンダルに朝露が心地よかった。
彼はステップを踏んでサッカー選手の真似をすると
大きくボールを蹴りだし走り出した。
ボールは大きく弧を描いて犬のほうに飛んでいった
「ジョジョ。うるさいよお前」
犬は木の根元に向かって一心不乱に吼えている。
はじめは、犬の様子に呆れていた
健二も近づくにつれ只事で無いと思い始めていた。
歯を剥き出してくちびるが捲くれ上がっている。
普段見せない顔だ。こんな顔の犬は
映画の中でしか見たことが無い。
健二も、また意味もなくさっき犬がしたように
後ろを振り返る。
寒気がした。これは朝の寒さだと思い込もうとした時
犬が吼えるものを発見した。
それは、銀色のフリスビーが埋まって一部が地上に
顔を覗かせたように例えるのが一番に思える形をしていたが
バナナのようにも見えた。
そう思った瞬間、達也にバナナと言ったら爆笑するなと思い
健二の腹筋もがくがくして爆笑の発作を
起こしそうになった
28 :
名無し物書き@推敲中?:2006/12/01(金) 04:02:16
押さえ込んだ爆笑と恐怖が同居していた。
ーこの恐怖はなんだ?−
考えろ。この金属片は何だ?
お前は、こんなも不思議な光り方する
金属片を見たことがあるか?
今まで見た、ものにこの
形を当てはめてみろ。
いや、俺はこんな形のものは見たこと無い
車のバンパー?そんなものが、ここに
埋まっているのか?人を呼ぶか?
こんな時に旅行に行ってるなんて!くそ!
恐怖が足を伝って体に上ってくるようだった。
恐怖は皮膚を覆い、血液に乗って
全身を駆け巡る。
ーおしっこ、ちびったら笑われるぞー
どうすりゃいい?ちびったってかまうもんか。
健二は、いつのまにか吼えるのをやめている
ジョジョを見下ろす。そして
屈んで背中を撫でてやった。
頭の片隅で人間と犬も交流できるもんかな?
と考えていた。一瞬ではあったが
ジョジョと眼が合った瞬間心のつながりがあった気がした。
健二は犬を連れてすっかり朝の空気が消え、セミが鳴き始めた
牧場を横断する時
何度も、何かが追って気やしないかと
後ろを振り返った。
彼は勇気を振り絞ると
彼は森に入ると手ごろな棒を見つけ
金属片を掘ってみたのだ。
パンドラのふたを開ける様な恐怖だけがそこにあった。
ーお前のしてることをきっとこの先、後悔するぞ。
やめておけ、やめておけー
脳の一部はそう、語り続けていた。
それでも健二はやめなかった。
畜生、そんなのただの思い過ごしさ。
そんなのにびびってどうする?
この弱虫。そんな葛藤をしながらでも
脳は声を上げるのをやめなかった。
ーやめろ。棒を捨てて、見なかったことにして
家に帰れー
健二は、その声を無視した。
ビニールのプールほどの穴を
掘ってもまだ金属片が地下深くに続いているのを
確認した時、諦めて手を止めた。
それは未知の機械の部品の一部のようでもあり
巨大な恐竜の金属で出来た骨のようでもあった。
夢の世界から起きたように
ぱっと現実に帰ると自分のしたことを
まじまじと見つめ頭を振った。
ーこりゃいったいなんだ?−
犬の顔を見ても答えは無かった。
健二はジョジョの背中を叩くと放心状態のまま
家に向かって歩き出した。
手が汚かったので牧草に手をつけタオル代わりに
こすった。
心臓がどきどきする。またしても寒気がした。
風邪をひいたのだろうか?
彼は牧場の中心まで来ると、立ち止まり
森のほうを見つめる。
あのすぐ下に金属片があるはずだ。
健二は迷っていた。埋めなおしたほうがいいんじゃないか?
根拠の無い罪悪感、そんなものが
彼の心に浮かんでくる。神様の何か人間の想像も及ばない
何かを俺は掘り起こしちゃったんじゃないか?
ー埋めようー
健二は今来た道を戻り始めた。
なぜか眼に涙が浮かびはじめていた。
悲しみだろうか?喜び?怒り?
生まれて経験したことの無い感情が
渦巻いている。朝が始まったばかりだというのに
40kmもマラソンした気分だった。
心身ともに疲れ果ててこのまま、牧草に横になりたかった。
彼は台所の電話の前で30分以上
受話器を取ったりまた置いたりを繰り返していた。
電話しなきゃいけない。じゃあ、なんていえばいい?
牧場の隅に金属製のバナナを発見しました。
ええ、UFOかもしれませんよ。
きっとおおごとです。きちがいの戯言と処理したら
あなたは大目玉を食らうはずです。
はい。ほら、信用してない・・・
たかが金属片じゃないか・・・
間違ってたら間違ってたでいい。
こんな田舎の警察官も暇だろうし、ちょっとした
夏の怪談だ。
ようやく俺は最後までダイヤルを回して
ふもとの町にある警察署に電話した。
手のひらの汗で受話器を落としそうになった。
それでも、呼び出し音が鳴り始めたとき
どう説明したらいいか言葉を失ってしまいそうになる
自分を発見した。
牛が草を食んでいる。
いつも見慣れた様子が奇妙に歪んで見える。
「なんか飲む?」
俺は並んで家の前のポーチ(それは
どこか外国の家並みの真似をして父が
買ったものだったが、日本の糞田舎の牧場の
村には、全く似合っていなかった。
ということもなく、何となく居心地がよく
緑の牧草に白いポーチは心が休まった)に座って
さっき電話で呼んだ隣の達也に聞いた。
「コーヒー。くだされ」
ーああコーヒーねー
これまた、外国かぶれの母親が買った
どこかの国の直輸入の豆とミルでひきドリップした
コーヒーが達也のお気に入りだった。
遊びに来るたび俺が作ってやってる。
「もう一回電話したら?」
達也がコーヒーカップを地面に置き
待ちくたびれたように俺に言う。
「う〜ん。じゃ電話するよ」
と携帯を取り出したとき坂の下から黒と白の
見慣れた車が来た。
安心すると同時に緊張した。立ち上がり
手を上げ合図すると、こんなことで、電話してよかったんだろうか?
という思いが浮上する。
パトカーは俺の家の前でエンジンを切ると
警察官が姿を現した。
「君が斉藤くん?」
そう斉藤家の健二です。
けんちゃんって呼んでね。
冗談も言えるまで落ち着いた。
もちろん心の中で言っただけだが・・・
胸にどこかで聞いたマーチが
鳴っていたが金属片に近づくにつれ
足の動きが鈍くなるのを押さえることが出来なかった。
「ほんとに怖いんですよ」
足を止めた俺を
呆れた表情で見る警官に向かって
弁護するようにそういった。
それでも、やがて動き出した足を
引きずるようにして金属片の前まで来た。
朝見たときは光っていたが今は木の陰に入って
近づかなければわからないほど目立たなくなっていた。
ーこうやって、人目に触れず何十年もここにあったのだろうか?−
警察官と達也と俺。ジョジョもあわせて
4人で俺が一度生めた土を掘り起こし始めた。
ジョジョは興奮して駆け回ってるだけだったけど。
「松田さん。こりゃいったい何なんでしょう?」
河合と呼ばれていた人は汗を拭きながら
上司と思われる松田さんに聞いている。
松田さんは、それには答えず
人を埋められるほど大きく開いた穴の
際にたち、冷たく光り続ける金属片を見下ろしている。
4人に沈黙がやってきて、夏の暑さと認知を超えた
恐怖による?寒さの奇妙な二重の感覚に包まれたまま
そこにたち続ける。セミが鳴いている。
やがて松田さんが制服のポケットからタバコを
取り出すとライターを使って火をつけた。
手が震えているのは穴を掘った筋肉の痺れだけではないはずだ。
「河合。俺は怖い・・・健二君の言った言葉の意味が
分かる気がする・・・ああ・・・」
俺は松田さんを見、河合さんを見た。
二人とも恐怖を感じているのは明らかだった。
それにしても制服を着た警察官がタバコを吸うのを見るのはおかしな
ものだなあ・・・と一瞬考えた。
しかし、その日常から外れた行為が
さらに、ことの非現実さを浮き彫りにしあらためて恐怖が
俺の思い違いでないことを確認したのだった。
「署に連絡しよう」
松田さんが、そういって場を救うと
俺は達也の行方を眼で追った。
眼を見開いたまま金縛りにあったように
前後に揺れている達也の目の前で
手をひらひらさせる。
「達也!」
こりゃ大変だぞ。
われに返った達也の体を支えながら思った。
ー世界を終わらせないでくれー
自分が思ったことの恐ろしさと、なんでそんなことを
思ったのかと身震いしながら歩き始めた警官のあとを追った。
ジョジョが俺を見つめている。
ージョジョー
彼が人間だったら俺は助けてくれと泣きついたろう。
彼も同じだったに違いない。
その顔は人間の顔そっくりの表情をしていた。
今にも言葉を発しそうに見えて、笑ってしまった。
ー相棒。気分はどうだい?−
37 :
名無し物書き@推敲中?:2006/12/01(金) 07:01:19
うん。別に大丈夫。パトカーが5,6台来てる。
自衛隊も来るらしい。鈴木さん(村の中心人物)
も来てるよ。・・・今から?うん。わかった。
携帯でも台所の電話でも・・・はい。じゃあ。わかったわかった
俺は両親への電話を切ると
放心状態の達也と達也の両親が座るテーブルを見つめた。
俺は彼を巻き込んじゃったのか?
彼にかける言葉を捜しながらテーブルに近づいた。
窓から差し込む赤く点滅する光がストロボのように
部屋中で光っている。それは、いつか見た
ハリウッド映画に似ていた。でも、これは映画ではないし
エンディングでもないだろう・・・たぶん。
俺は窓を一度見ると達也の両親の横に立った。
「すぐ帰ってくるみたいです」
「そう」
沈黙に耐えながら椅子に座った。
ーごめんー
心の中でそうつぶやいた。
38 :
名無し物書き@推敲中?:2006/12/01(金) 07:20:21
俺はパトカーが並ぶ中に部下に指揮をする
松田さんを見つけたので
玄関を閉め、聞きにいった。
「これから、どうなるんですか?」
「自衛隊と大学の研究者がやってくるはずです。
私にも分からない人が沢山来てこの辺は
にぎやかになるでしょう。
さっき、健二君がした説明を何回もしなきゃ
いけないことになるかもしれないけど
よろしくおねがいしますね。ところで御両親に電話しましたか?」
「ええ、多分、夕方には帰ってくると思います」
パトカーに寄りかかってひとりの警官が
長靴の泥を落としている。
どこまで、掘ったのだろうか?
スコップも同じように泥まみれだ。
「僕は近づいちゃいけませんか?」
「先のことは分からないけど、今は私が
許可します。ただし見るだけにしておいてください。
・・・健二君。これはもちろんニュースになる。
長野のローカルじゃなく、全国ネットでね。
健二君の言ったUFOという説は有力だよ。
信じる部下はそういうし信じてない部下は顔をしかめてる。
私は、なにか分からんけどね・・・」
村では戦争が始まりつつあるのだろうか?
牧場は自衛隊と機動隊の重機や
名の知らないタイヤのついた甲殻虫のような
車両と簡易的なテントで出来た建物で埋め尽くされた
間を人々が歩き回っているのが見える。
土を掘り起こす音と土を運ぶダンプの音
怒号と人を指示する低い声と拡声器で増幅された声が
山にこだまする。
目の前の牧場が終わるアスファルトの道路にはバリケードが張られ
迷彩服を着た男たちがTVのクルーたちに睨みをきかせていた。
それでも熱心な、あるいは大衆の力に支持された
TVクルーたちは自ら動き、照明をたき
コードを伸ばし、中継車の屋根に上り
綺麗な服を着たキャスター達がマイクを持ち
夕方のニュースの準備をしている。
ほとんどの住人が避難させられた村で
俺と両親ほか何名かの村人は牧場前の
俺の家、一箇所に集められインタビューや
事情聴取など入れ替わり立ち代り様々な人間の質問に答えていた。
俺も、このあとのニュースに第一発見者兼住人として
インタビューを受けるだろう。
でも、事態は僕の手をもう離れてしまっている。
金属片は、どうなったのだろう?
松田さんの姿も見えない。
誰も何も言わずただただ目の前を映したTVの
画面を見て答えの無い疑問の答えを探そうとしていた。
窓の外にTV局の人がおじぎをするのが見えた。
俺のインタビューがはじまるのだ。
イェーイ、山田見てるー!
TVの出演が終わり家に戻ると
松田さんと両親、鈴木さんと名前の知らない
村人がテーブルでお茶を飲んでいる。
みんな疲れきって途方に暮れている様子だ。
自分たちの手で何か出来るわけでもないし
考えて分かるわけでもない。
そういう意味では、誘拐に似てなくも無かった。
「健二。ふもとに旅館予約してくださってるみたいだけど
ここにいる?」
どうしよう?
ふもとに下りれば静かなベッドで寝ることが出来るだろう。
でも俺は、ここにいたかった。
最初に発見した、俺のいや俺とジョジョから始まった
事態を見届けたかったのだ。
もちろん、まだ怖さの余韻が独りになるとやってきた。
トイレで座ってるとそれはやってきた。
あるいは、インタビューをされている最中でも
ふと気づくと深い割れ目に落ちてしまって
相手の声が遠くに聞こえるように感じ
落ちていった暗闇の中に何かの気配を感じるのだった。
それはいったいなんなのだろう?
俺が近づこうとすると、ふっと消える気がした。
でも、それを感じてる時は不思議に恐怖はなく
心地よささえ感じた。
それは、たぶん完全に別の世界に行ってしまってるからなのだろう。
現実とあっちの世界の間でのみ恐怖は発生する。
あっちの世界。何時間前から俺の胸に
去来するキーワードになっている。
あっちの世界。暗闇の中のもの。気配。
知りたくない現実が無意識の奥にあるのが見える気がした。
UFO
宇宙人?まさか・・・
パソコンを立ち上げようか?
2ちゃんねるを見たかったが、くだらない荒らしと
憶測に基づいた曖昧な事実に振り回された
人たちを見るのは気が進まなかった。
何スレぐらい消費しただろう?
100?500?今世紀最大のお祭りの
真っ最中に当事者として参加する喜びは
たまらなく魅力的だったが、グレイのモニターを眺めると
やはりスイッチを入れることは出来なかった。
携帯に達也からのメッセージが入っている。
電話しよう。声が聞きたかった。
うん。ああ・・・変な顔に映っていた?
いやそりゃいいよ。筑紫哲也も来てる。
あのアナウンサーなんだっけ・・・菊ちゃん
あの人も見たよ。うん・・・
俺は電話が終わると元気そうな達也の声で
元気をもらえ、またしてもパソコンの誘惑に捕らえられそうになった。
ーどうしよう?−
まあ、いざとなったら消せばいいさ。名無しで参加しよう。
俺はパソコンの電源を入れた。
起動音がし、ハードディスクをチェックする音が聞こえ
ショートカットをクリックし
見覚えのある、どこか懐かしいブラウザ画面を見たとき
興奮の波が消えブラウザを閉じた。
やはり無理だった。俺はネットワークし今の自分から逃げようとしているだけなのだ。
対峙しなくてはならない。それはパソコンではなく自分自身と
眼に見えない何かだ。
俺は自分の部屋を飛び出しジョジョを探しにいった。
窓を閉めカーテンを引きクーラーを入れても
なお外の喧騒は部屋に入り込む。
カーテンはスクリーンのように
幾何学模様を写している。
我慢して眠ろうとするがだめだった。
何度も寝返りをうち枕の匂いをかぎ眠ろうとする
努力と反対に眼がさえてくるのを確認したころ
時計を見た。夜中の2時になっていた。
階段を下りると電気の消えた一階の
しんとした空気の中に同じように眠れず
テーブルの下にうずくまっている
ジョジョを発見した。うれしそうに尻尾を振った。
俺は照明はつけずにTVだけつけ
冷蔵庫から麦茶を取り出すとコップに注いで
ジョジョの皿の水も替えてやってから
麦茶を飲みつつテーブルに座った。
ベッドに入る前に見た
同じような映像が繰り返し映っていた。
バリケードの中に入ることの許された何人かの
カメラマンによる照明に照らされて
巨大な銀色の恐竜の化石のように輝く、その物体は
地球のものでないことは明らかだった。
まさか、大掛かりないたずらなわけでもあるまい。
でも、それを見ても不思議なほど
平静でいられた。なぜだろう?
もうショーのひとつになってしまったからだろうか?
俗悪な見世物レベルまで落ち大衆の好奇心を
刺激するだけの映像。
いや、そんなことは無いはずだと思い
見直しても四角い箱の中ではすべてが彩られ
着色されデコレートされたお菓子だった。
それでも見ないわけにはいかなかった。
当事者としての自分が、これではない
伝え方を間違っているだけだと警告していた。
いったい何に?掘り返されたことを怒った宇宙人が
攻めてくるとでも言うのか?
そうなる前に国民にショーではなくリアルな世界の一部だと
訓練ではなく本番だと伝える必要があると感じていた
起きろ!スナック菓子を食ってる場合じゃないんだ!
しかし怒りはすぐに消えていく。
あきらめと苛立ち。
俺は静かに眼を閉じた。足にはジョジョの毛が触れていた。
すべての暴力と欲望に満ちた世界の
映像の再生が終わったあと、その声は聞こえてきた。
ー健二君。今、君が見たのはこの先、地球で起こる
本当の出来事だよ。どうだい?人間の姿を見たかい?
こんなことが、これから先もずっと続くのさ。
何を感じる?君が終わりにしようと思えば出来るんだよ
そのスイッチを押すだけでいいー
俺は宇宙に浮かぶ丸い地球の姿の見ている。
手元には不思議な機械の
一部に点灯するスイッチがあった。
ーそう、そのスイッチだ。それを押せばすべてが終わるー
すべてとは?君はいったい誰なんだ?
ー私はわかるだろう?君が掘り起こしたUFO
そう地球の言葉で言うUFOに乗る宇宙人だよ。
すべてとは、すべてさ。君が押せば終わる
この暴力に満ちた世界がねー
俺は理解した。
掘り出した宇宙船に乗せられ
宇宙から地球を見下ろしているのだ。
すべてを終わらせる?
こいつは、いったい何を言っているんだ?
そう思った時、映像が再生された。
暴力、血、涙、絶望、暗黒暗黒暗黒・・・
銃声、悲鳴、痛み、痛み、
どこかの国で兵隊が銃の照準を合わせる
いじめ、自殺、賄賂、利権、欲望
万華鏡のように何億もの暴力のイメージが同時に
再生される
やめてくれ!
ーいや。私はやめない。君に本当の
人間の姿というものを認知して欲しいんだ。
君は何も分かっていない。何もねー
その脳内に再生される映像は地球の未来のことなのだ。
そして俺は、それを止める力を与えられている。
止める?止めるとはなんだ?地球を破壊するということか?
ー私は何もかも君に教えられるわけではないのだよ。
健二君、悪いけどね。ただ君には、その世界をとめる事が出来る
そして考えることが出来るということだー
俺は発狂するのか?
体はいくつもの麻薬を打たれたように
膨張し収縮し緊張の山を越えるとまた緊張の山を登り始めた。
寒さと熱さが同時に皮膚を這い回り始めた。
膝の力が抜けた。
俺がいったい何をしたっていうんだ・・・
ー知ること。見ること。判断することー
俺は、すべてから開放されるためにスイッチに
手をかけた。
許してくれ・・・
なつかしい草の匂いがした。
どこかで母の声がし目を凝らすと
父、母、友人、ジョジョ、学校の先生たち、村の仲間
俺の好きな同級生の由紀、そして死んだ妹、名の知らぬ人の姿が見えた。
みんな楽しそうに俺に向かって手を振って
微笑んでいた。
《俺もそこに行きたい》
足が動かなかった。打ち付けられた柱のように
体はいうことを聞かなかった。
《助けてくれ》
声が頭の中でエコーする。
涙が溢れて皆がにじんだ。おーいおーい。
春の草原の中の暖かな光の中で
皆はなおも微笑んでいる。
俺は死ぬのか?みんな?俺は死んでしまうのか?
ーさあ。押すんだ。早く押しなさい。
私を待たせるな・・・−
宇宙人の声が大きくなりそして小さくなるのが
分かった時、俺は気を失なうのだと理解した。
もう何も出来ない。もう何も・・・
その瞬間、深い闇がやってきた。
落下していく浮遊感に包まれた時
すべてを放り出しなすがままにゆだねた。
秋の夕日は美しい。
健二は、また思った。
枯れきった牧草の上に座り
ススキの枝を手のひらに転がしながら
見るともなく隣の達也を見る。
「俺には、今は理解できないけど・・・」
いいさ。俺にだって分からない。
あの日、つけっぱなしのTVのあるダイニングで
テーブルに座ったまま
朝、目が覚めると外では謎の金属が消えたと大騒ぎになっていた。
そして時がたつにつれ一人また一人と人は山をおり
村は静けさを取り戻し
松田さんが俺に別れの挨拶をしたころ最初の秋の風が
吹き始めた。
俺は達也の肩に頭を乗せ言う。
「由紀に告白しようと思う」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
俺は立ち上がると尻についた牧草を払った。
「人生って何だ?」
俺は突然顔をつくってそういった。
ふと森のほうを見ると、あの夏の日、掘り返された土の山が乾き
夕日を反射している。
「人生とは・・・」
その先は風に掻き消えた。俺自身にも聞こえなかった。
答えは秋の夕日の中、風に乗って山の彼方に飛んでいった。
俺はそれを追う事もしなかった。太陽を見ていたかったから。
おわり