幽霊に出会ったのは小学生のときだった。学校の帰り道、町外れの公園に一本だけ高い木があって、
その張り出した枝に幽霊は腰掛けていた。
「やあ」と幽霊は言った。
「なにしてるの」とぼくは言った。
幽霊は半ズボンの足をぶらぶらさせてぼくを見下ろしている。幽霊には眼がなかった。眼のあるべき
ところには穴があってその穴は闇になっていた。
「いい眺めだなと思って」
腰掛けている枝はぼくの背よりもはるかに高い。
「お出でよ」
幽霊がそう言うと次の瞬間ぼくは幽霊と並んで枝に腰掛けていた。
「ほら、向うの山が見える」
山の上の仏舎利塔も見えた。丸い屋根が西日を受けて銀色に光っている。
「見えるの?」とぼくは聞いた。「眼、ないんだよね」
「なくても見えるさ」と幽霊は笑った。
「ほらね」
そう言って幽霊はぼくの眼に指を入れた。そしてぼくの眼をするりと抜いた。幽霊の手の上にぼくの
目玉が載っている。もう片方の眼も同じように抜いて手に載せた。
「ほんとだ」とぼくは答えた。眼がないのに変らずに見えている。
「だろ?」と幽霊が言う。
「駅も見えるね」と幽霊は言った。「赤い電車が走ってゆく」
ぼくが通う小学校の校舎も見えた。
「きみはいつも一人なの?」とぼくは幽霊に聞いた。幽霊は闇の眼でぼくを見た。「ごめん」とぼくは言った。
幽霊はふたたびにっこりと笑った。
「ぼくに名前はないよ」と幽霊は言った。
「じゃあなんて呼んだらいい?」
「きみの名前でいいよ」と幽霊は答えた。
「これ返しておくよ」
幽霊はぼくの眼を元に戻した。
「風が出てきたね」
幽霊がそう言うとぼくは木から下りていた。見上げると幽霊は手を振った。そして薄くなり消えていった。
それから幽霊にはいちども会わなかった。ぼくは中学生になっていた。