2 :
名無し物書き@推敲中?:2006/04/17(月) 12:56:26
あ
4月のある晴れた日、私は木造建築の校舎の中にいた。
かすかにかび臭いすえた臭い。
建物の中は静寂に支配されていて、時折外から車の走る音が
聞こえてくるだけ。
窓は締め切っているはずなのにどこからか桜の花びらが
舞い降りてきた。
私は本棚から1冊の本を取り出し、最初のページを開いて目を落す。
廃校になった高校。
最後の卒業生を送り出して13ヶ月。
なぜだか未だ取り壊しは始まらず、図書館の本もそのままだ。
私は休みの日になると決まって、校舎の中に忍び込み、こうやって
本を読む。
読むのは廃墟、滅びの世界に取り残された最後の人間、永遠の孤独。
そういった類の物語ばかりだ。
そんな嗜好を持つ私にとってこの無人の図書館は最高の隠れ家だ。
ここで私はお気に入りの物語を読み、黄昏が訪れるまで時を浪費する。
それは私にとって至上の悦びだった。
私は手にした本を閉じ、タイトルを確認する。
『夜の学校』
初めて目にするタイトルだ。
時折、この図書館には新しい本が追加されている。
そんな気がするのは多分何かの錯覚だろう。
パラパラと本をめくる。
学校に閉じ込められた卒業生たちが次々と殺されていく、
というのがこの本に描かれている物語の骨子らしい。
つまりはホラー小説かサイコサスペンスなのだろう、おそらくは。
4 :
夜の学校 2:2006/04/17(月) 13:50:25
私は窓際の席に座り、校庭で咲き乱れる桜を視界の隅に置きながら文字を追い始める。
たちまち物語に引きこまれた。
なんという語り口のうまさ。
ぞっとする描写の中に溶けこんだロマンチシズム。
美しき恐怖。情緒豊かな残酷描写。
「いい月の夜ですね」
窓から差しこむ月明かりに浮かび上がった女がそう呟くシーンは読んでいてゾクゾクした。
破滅へと向かう絶望的な展開の中で凛とした美しさを失わないヒロイン。
私は次のページをめくろうとはやる自分の指に自制をかけながらじっくりと
文字の羅列を咀嚼する。
最後の1ページを読みきり、私は痺れるような感覚と共に顔を上げる。
気がつくと夕日が部屋の中を赤く染めている。
すっかり時を忘れていた。
当然のことながらこの校舎には電気は配給されていない。
あと1時間もすれば読者は困難になるだろう。
私は私の読書暦の中でもダントツの最高傑作にランクされた本を元の場所に戻した。
どんなに気に入った本でもここから持ち出すことはしない。
それが自分に律したルールだ。
私は少しばかりの名残惜しさと深い満足感を同時に感じながら本棚に背を向ける。
薄闇の中に自分の足音だけが響き渡る。
静寂のもの悲しさに見を浸しながら私はドアに手をかける。
しかし、ドアはぴくりとも動かない。
校舎のどこかでふいに女の悲鳴がひびき渡る。
降り返ると窓の外にいつしか月が浮かんでいた。
目を覚ますと家にはすでに誰もいなかった。
パジャマ姿の私の体に研ぎ澄まされた刃物のような冷気がまとわりつく。
私は慌ててハンテンを羽織り、炬燵の中に潜り込んだ。
窓の外は一面の雪。
耳が痛くなるほどの静寂が辺りを支配していた。
なんだか少し切ない気持ちになり、胸が締めつけられそうになりながら
母の用意してくれた雑煮を平らげる。
正月も過ぎたというのにテレビでは未だに退屈な特番を続けていた。
私は自分の体が次第に温まっていくのを感じながら
小さくあくびをする。
しんしんと降り続ける雪。
ごろごろと寝転がる私の胸の中で感傷の炎はくすぶり続ける。
退屈で寂しくてすごく落ち着かない気分だった。
こんな日は一層思いっきり泣いてしまうに限る。
私は勢い良く立ち上がり、2階の兄の部屋に猛然とダッシュする。
兄は大学生の身で3千枚のDVDを所有している生粋の映画オタクだった。
どこのレンタルショップにでも置いてあるようなメージャー作品などは1枚も
なく、そのコレクションはカルト、レア、マニアックの三つから
構成されている。
それだけに確かにへんてこな作品が多いけれど
その反面、メジャー作品では味わえない
深く染み入るような感動作も少なくない。
あれはいい、これは必見と私の顔を見るたびに
際限もなく紡ぎ出される兄の薀蓄を記憶の海原より
浮かび上がらせてみる。
兄が熱っぽく映画について語る時、私は露骨に
うるさそうな顔をしてみせたりするけれど内心は
興味深々でそっぽを向きながらその実しっかりと
耳を傾け、記憶に刻みつけようとそこに出てくる
タイトルを何度も心の中で反芻していたり
するのだ。
はっきり言って兄の存在はうざったいけれど兄の
口から語られる映画の話には強く惹かれ、
そんなアンビバレンツな気持ちが時折、こっそり
彼の部屋に忍びこむという行為に走らせる。
おすすめ作品を見たと知られて彼を歓ばせるのは
シャクだし、あまつさえそれを見て感動している
所を見られた日にはストーカーのごとくつきまとわれ
薀蓄の濁流の中に突き落とされるのは必至である。
まあその話自体はものすごく聞いてみたい気がする
のだけれど、兄が我を忘れてしゃべり続けているのを
見ているとなぜだかすごくムカツキ、その顔を張り飛ばしたい
衝動に襲われる。
こういうのをなんと言うのだろう。
ツンデレ?
いや、全然違う。
私は幾重にも部屋の外周を囲む薄いスチール棚の中にきっちりと
50音順に並べられたDVDのタイトルをぼんやりと見ながら自分の記憶と
照らし合わせてみる。
泣ける。
兄がそう言ったコメントをいくつか思い出す。
「主人公のダメ男ぶりがマジ泣ける」
いや、
「男同士の契りが泣ける任侠映画」
そうでなくて・・・
「ヒロインの際限のない不幸っぷりが見ていて泣けてくる」
それもちと違う。
「許婚を守るために死地へと向かうサムライのドラマを叙事詩的描いた
泣ける映画だから」
おしい。イイ線行ってるとは思うけど・・・
「男と女の孤独な魂の邂逅をバイオレンスアクションを絡めて
描いた詩的芸術の世界。ひとことで言えば最高に泣ける映画」
うん、多分それ。
私の今の気持ちにジャストフィーリング。
タイトルは、タイトルは確か・・・・そう・・
『口ずさみしは君の名』
私はカ行の棚からそのタイトルを探し出し、パッケージをそっと抜き取った。
韓国映画だと知って{泣ける韓国映画=不治の病}の公式に
一瞬嫌な予感が走るが病とは全く無関係な映画のようだ。
私は階下に降りると居間のDVDデッキにディスクを差しこみ、再び
炬燵の中に潜り込んだ。
それから2時間後、私はぐすぐすと鼻を鳴らしながら泣いていた。
想像以上にツボにはまってしまった。
第2次大戦前夜、若き日本の外交官と朝鮮人女性。
恋に落ちたふたりが巻き込まれる国際的陰謀。
謎の組織に狙われる女と彼女を守るために絶望的な戦いを
続ける男。
あらすじだけを抜き出すと実に安っぽいが、卓越したカメラ
ワークと演出力によって信じられないような傑作に仕上がって
いる。
それはまさに詩的芸術の世界だ。
基本はラブストーリーなんだけどラブシーンよりも圧倒的に
バイオレンスアクションの場面の方が多い。
けれどこの映画は血と暴力で愛を語っているのだ。
アクションシーンには爽快感の欠片もないがその代わりに
美しい音楽の旋律と共に流れる男たちの血は愛の哀しみに
満ちている。
そしてたどり着いた雪に覆われた深い森の中。
美しくも残酷な結末に呆然唖然。
目を見開いたまま涙を流すなんて初めての経験だ。
退屈な感傷はすっかり溶け、私は心地よい哀しみに包まれて
いた。
私はもう一度頭から見直し、その途中で泣きつかれて眠って
しまう。
夢を見た。
泣きじゃくる私の横で兄がカメラを回している。
映画を撮るのだという。
最高に泣ける映画だという。
泣いているのは私でニヤニヤと笑っているのは兄。
「やめてよ、バカ兄貴」
私は怒りとも哀願ともつかぬ口調で兄に言う。
しかし、彼はただ黙々とカメラを回し続ける。
「やめてよ。やめてってば」
「ねえ、やめて」
「お願い、一志」
私は兄の名前を口にする。
はっとして目を覚ます。
日は落ち、部屋の中はすっかり闇に沈んでいた。
家族はまだ誰も帰ってきていない。
炬燵の中から私は体を起こす。
すうっと頬の上を涙が流れた。
オレは眠っている女の姿に堪らないエロスを感じる。
そういう性癖の持ち主だ。
暇な時、本屋に行って探す本といえばまずは眠っている女に
関する文献だ。
小説だったりするとなお良しだ。
しかし、当然のことながら眠ってばかりいては物語は一向に
進んでいかないわけであり、眠っている女の描写にたっぷりと
ページを割いている小説などというのは稀な存在だ。
これが写真集やイラスト集だったりすると探せば結構、
そのようなコンセプトの本も見つかるのだが。
例えば『深海午前2時』というイラスト集に収録されている絵は
その4分の3が眠っている少女の姿を描いたものだ。
森で川で海底で。
墓場で屋根で道端で。
夜に身をうずめ、闇に浮かび上がる可憐な姿がオレの中の卑しい
想像力を掻き立てた。
本は手垢でボロボロになり、保存用のためにもう1冊買い直した
ほどである。
また、例えば『ちとせの日向ぼっこ』というタイトルの写真集。
モデルは二十歳ぐらいだろうか。
無防備な寝姿が開放的なエロスを放散させており、見ている
こっちをたまらない気分にさせてくれる。
11 :
眠り姫のエトセトラ2:2006/04/20(木) 11:06:40
とは言え、紡ぎ出される物語は見る者のイマジネーションに
依存されており、具象化されたドラマはそこにはない。
眠る女の起伏に富んだ物語。
矛盾と知りつつもオレはそれを望む。
『眠り姫のエトセトラ』はそんなオレの渇望を大いに和らげてくれた
傑作である。
本来オレが望んでいたタイプの小説とはまったく別のアプローチを
しているが、全編にわたり眠っている美女の姿がたっぷりと描写
されているだけでも比類なき存在でだった。
百年にわたって年もとらずに眠り続ける美女。
いばらの森で彼女を発見した男は、王子様のキスをするかわりに
じっと女を観察し始める。
わずかな表情の変化から彼女の見ている夢を読み解き、
彼女を現世から遠ざけているものが何かを探り出そうとするので
ある。
その推理が時に上質のミステリーのようにスリリングで時に猥雑さに
満ちた下司の妄想として男のリビドーを刺激する。
オレは最初から最後まで主人公の男に感情移入しまくりで久しぶりに
我を忘れてむさぼり読むという体験をした。
一生にそう何度も得られぬ読書経験だ。
その得難い経験のオレは本屋を巡る。
今、新しく出来た大型書店の入り口にオレは立っている。
ここにはどんな傑作が眠っているのか。
その寝息を聞き分けようとオレはそっと店に足を踏み入れた。
12 :
夢の夢のまた夢1:2006/04/22(土) 12:38:52
オレは想像する。
古びたアパートの庭で少女がしゃがみ込み、地を這う百足の
背中を爪楊枝でプスプスと突き刺す姿を。
年は12,3歳。
女というには幼すぎる顔立ちに薄い笑みを浮かべ、ぞっとするような
色香を漂わせている。
あたしは昼下がりの庭で小さな蟲を見つけては手にした爪楊枝を
刀に見たてて殺戮を繰り返す。
頭の中で女戦士が固い鱗に覆われたドラゴンの唯一
柔らかい部分に刀を突き立てる瞬間をイメージする。
肉を切り裂く瞬間の何とも言えない感触。
生暖かい返り血を浴びて恍惚となる女戦士。
あるいは夜のパリ。
ファッションモデルとして売りだし中の女が巷で噂になっている
殺人鬼に襲われる。
死体のような顔色をした美青年。
彼は右手に持った剃刀を一閃する。
大動脈がぱっくりと咲け、街灯に照らされて赤い噴水が闇に舞う。
モデルの女はそれを他人事のようにぼんやりと見つめていた。
13 :
夢の夢のまた夢2:2006/04/22(土) 12:42:34
殺人鬼の青年は噴き上がる血を見上げながら心ここにあらずと
いった様子だった。
彼の頭の中ではローマ帝国に反旗を翻した英雄が殺戮を
繰り返している最中だった。
1万の兵に守られた辺境の都市に単身乗り込み、兵士たちを
キル!キル!キル!
怯える民衆、拍手喝采の奴隷たち。
家の中で息を潜め、少年は狂戦士の殺戮劇を窓の隙間から
そっと覗き見ている。
彼にしがみついて震える幼い妹。
少年の脳裏に浮かんだのは返り血を浴びた美女の姿だ。
彼女は6,7歳の男の子をそっと抱きしめて
「大丈夫よ、これは全部夢だから」
と耳元で囁くのだ。
「大丈夫、もう大丈夫よ」
あたしは震える幼い弟を抱きしめ、優しく囁いた。
ホラー映画を無理矢理見せた日は悪夢に襲われ、
決まって夜半過ぎに目を覚ますのだ。
あたしはそれを枕元でじっと待っている。
震えながらきゅっと私にしがみつく可愛い弟。
よしよしと頭を撫でてやる。
ようやく震えが止まり、弟は顔を上げる。
あたしはその涙に濡れた瞳を見てにっこりと笑う。
しかし、彼はその笑顔を見て恐怖に顔を引き攣らせる。
あたしは自分の頬や額、パジャマの一部に
返り血を模したペインティングを施していたのだ。
弟はひきつけを起こしそうになる。
無理もない。
14 :
夢の夢のまた夢3:2006/04/22(土) 12:44:40
今回、弟と一緒に見た映画のタイトルは『夢の夢のまた夢』。
妄想に囚われた少女が、祖父と祖母と父と母と兄と妹と
さらにペットの子犬までを容赦なく惨殺する和製のスプラッタ
映画だ。
狭い日本の屋内でいかに隣人に気付かれず静かに、しかも
残酷に殺人を遂行するかがこの映画の見所。
狂気と理性の入り混じった彼女の行動原理にあたしは激しい
共感を覚えた。
そしてこれこそが理想の殺人者の姿だと思う。
映画のラストシーンはこうだ。
少女に片想いしている同級生の男の子が彼女の様子が最近
おかしいことに不安を覚え、少女の家を訪問する。
ひっそりと静まりかえった家。
やがて返り血を浴びた少女が玄関先に姿を現し、にっこりと
少年に微笑みかけるのだ。
「あう、あう、あう」
弟は声にならない声を洩らし続ける。
ひどく苦しそうだ。
あたしは自分の背中に何かが走りぬけるのを覚えた。
可愛い弟。
彼を優しく苛める時の快感は小動物を殺戮する時の比ではない。
あたしはゆっくりと弟の背中をさすりながら考える。
やがてこの程度の悪戯では飽き足らなくなる日がやってくるだろう。
15 :
夢の夢のまた夢4:2006/04/22(土) 12:46:22
その時、あたしはどうするのか。
この少女のように取り返しのつかない殺戮に走るのだろうか。
正直、それは自分でもわからない。
でも、もしそのような時が来るのであればあたしは理性的に
ことを運びたい。
悦楽に溺れて狂乱に身をまかすことはすまい。
「お姉ちゃんのバカ」
ようやく事態を把握した弟がかすれた声を出す。
あたしは弟を優しく抱きしめながら「ごめんね」と囁いた。
オレはそんな妄想を頭に浮かべながら『夢の夢のまた夢』を
見ていた。
今日、3度目の鑑賞だ。
何度見ても主演の少女の魅力は衰えることがなかった。
こんな理想的な少女は現実にはなかなか存在しない。
押し入れの中で絶命している4人目の少女。
残酷そうな目をした美少女だったが、所詮は見かけ倒しだった。
もう1度最後まで見終わったら庭に埋めることにしよう。
そして5人目の少女を求めて街に出るのだ。
オレを殺してくれる少女。
いつになったら見つかるのだろう。
一抹の焦燥を感じながらオレは夢想する。
きらめくナイフ。
夜空に噴き上がるオレの血。
16 :
カイバ王の聖玉1:2006/04/24(月) 15:08:51
振り下ろされた斧はティファが背にした柱を抉り、彼女の左肩に
2センチほど食いこんでようやく動きを止める。
激痛に叫びをあげる。
反射的に右手の剣を水平になぎ払う。
男はその巨体に似合わぬ俊敏さで後ろに飛びずさった。
オレが読んでいるのは、とりたてて個性の感じられない凡庸な
ファンタジー小説だった。
苦しげに息を吐くティファ。
男は再び、巨大な斧を振り上げ、彼女に迫る。
そこでこのページは終わりだ。
オレは本を机の上にうつ伏せにし、目を閉じる。
こんなもの普通に読んでいたら退屈で死にそうな代物だ。
というか、他人の書いた読み物のほとんどはイマジネーションを
交えて読まなければ欲望充足の足しになどならない。
それは他者と自分の欲望の形態が違う以上、避けれない命題だ。
この先、オレの望む物語は何だ。
どのような展開ならオレの脳はドーパミンを放出する?
オレは自らの乏しいイマジネーションを駆使して考える。
1.ティファは歯を食いしばり、剣を構えた。
2.ティファは雄叫びを上げ、男の懐に飛び込んだ。
3.剣を持つ手に力が入らない。振り下ろされる斧。
彼女は死を覚悟した。
17 :
カイバ王の聖玉2:2006/04/24(月) 15:10:58
まっさきに頭に浮かぶいくつかのパターン。
どれも凡庸すぎて話にならない。
が、平凡なピースでも組み合わせによっては新鮮味のある
形態を作り上げることは可能だ。
そもそも人間の欲望なんて根のところではどれも単純で
ありきたりなものばかりだ。
ただ、その上にさまざまな装飾がなされ、人にあった外装がなされて
いく。
それが個性と言うものであり、欲望というものの扱い難いところだ。
おれは3つの選択肢を比べ、その闇の先に何かがありそうな
ひとつを選び取る。
剣を持つ手に力が入らない。振り下ろされる斧。
彼女は死を覚悟した。
1.「いやああ、死にたくない!」
ティファは子供のような悲鳴を上げた。
2.男の動きが唐突に止まった。
細身の刀が裏側から円柱を貫き、男の喉を突き刺していた。
3.次の瞬間、ティファの体内で蠢くものがあった。
18 :
カイバ王の聖32:2006/04/24(月) 15:12:21
自律神経の活性化をチェックしつつ、選択肢のひとつを
リフレインさせる。
次の瞬間、ティファの体内で蠢くものがあった。
そして繋げていく。
顔つきが一変する。唇に氷のような笑みが広がった。
顔つきが一変する。唇に氷のような笑みが広がった。
1.目前まで迫った刃を彼女は片手で受けとめた。
2.その直後斧は左肩を切断し、彼女の肉体はわき腹近くまで
切り裂かれた。
3.彼女の脳天に直撃した斧はまるで薄氷で作った刃のごとく
あっけなく砕け散った。
目前まで迫った刃を彼女は片手で受けとめた。
もう片方の掌が貫き手の形を作り、男のわき腹を抉る。
絶叫する男。
深紅に染まった彼女の手が男の肝臓を引きずり出す。
オレの体を覆う心地よい緊張感。
導き出されたストーリーは新鮮さなど欠片もないものだったけど
他の選択肢との相対化がこのベタな物語を活性化してくれた。
今、この物語はオレの中で少なからず興奮を覚えるものとして
認識されている。
この先どうなるかが気になる波瀾と選択肢に満ちた物語。
うつ伏せになっている本に書かれている文字はその選択肢の
ひとつだ。
オレは本を手に取り、次のページをめくった。
19 :
フォー・シーズン・ラブ1:2006/04/25(火) 14:23:31
しんしんと雪が降る。
士郎と宗一は小さな傘の中で身を寄せ合い―
そこで唐突に本を閉じる。
ふう、と息を吐いた。
あたしが読んでいるのは『フォー・シーズン・ラブ』という
ボーイズラブの小説だ。
新書版のくせ恐ろしく分厚い。
ほとんど六法全書に匹敵するほどの分厚さだ。
横になって読んでいると2分もしないうちに腕が痺れてくる。
北風の直撃に士郎は身をまるめ、宗一のコートの中へ潜り込む。
「おいおい」
宗一は苦笑しながら―
また本を閉じる。
元は同人作品として発表されていた作品だ。
それがカルト的な人気を呼び、1冊の本としてまとめられたものが
去年の秋にマイナー出版社から発売された。
実際どのぐらい売れているのかは知らないけれど、この作品、
ボーイズ・ラブだということを差し引いてもそれほどレベルの高い
ものではない。
むしろ小説としては底辺に近いかも。
なにしろこの作品にはストーリーというものがない。
起承転結なんにもなし。
かつて『ヤマなし、オチなし、イミなし』と揶揄されたやおい系の
作品の中でもこれは極めつけだ。
20 :
フォー・シーズン・ラブ2:2006/04/25(火) 14:25:25
全1600ページ、そのほとんどが主役のふたり、士郎と宗一の
らぶらぶシーンで埋め尽くされている。
出会いも別れもなければ、愛の試練もない。
いわば他人ののろけ話を徹夜で聞かされているようなそんな
小説なのだ。
桜吹雪で薄桃色に覆い尽くされた公園の中にいるのは彼ら
ふたりだけだ。
自分の膝の上で眠っている宗一を見て士郎はクスリと笑う。
満ち足りた顔で小さな寝息をたてている彼はまるで子供の
ようだった。
パタン。
本を閉じる。
文章は平凡、濃厚な濡れ場があるわけでもなし。
というか濡れ場自体ほとんどないし。
最初、あたしはこの本を前にして途方にくれていた。
一体、どこをどう愉しめばいいのか見当もつかなかった。
一部マニア限定とはいえ、なぜそれほどまでに熱狂的な
人気で迎えられたのか、その理由が全く理解できずにいた。
花火の音。
遠くで祭のざわめき。
裏道を歩く浴衣姿のふたり。
ふいに士郎が足を止める。
「どうした?」
宗一の問いかけに士郎は振りかえり、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
21 :
フォー・シーズン・ラブ3:2006/04/25(火) 14:26:51
パタン。
けれどある日唐突に気がついた。
この本には愛に溢れている。
ラブシーンのことではなくて、キャラクターに対する作者の愛が
文字のひとつひとつに満ち溢れているのだ。
執着と言い換えてもいい。
脳内キャラクターをあますことなく文字に変換しつくそうとした
作者の執念。
それを一部の腐女子が敏感に感じ取り、強いシンパシーを
生んだのだろう。
夏の陽光の下。
砂浜を走る士郎。
その裸体は華奢だけど決して貧相ではなく、野を駆ける獣の
ようにしなやかで美しかった。
パタン。
作品対する評価が定まるとあたし自身もこの本に読む愉しみを
見出せるようになった。
ストーリーがないなら時系列を追っても無意味だ。
こうしてランダムにページを開け、シーンをつまみ食いしたので
充分。
しかも、なるべく短い文を切り取り、目に焼き付ける。
素早く目を閉じ、文章を反芻する。
そうするとあたしの頭の中でもやもやと広がっていく妄想。
ぼんやりとした映像の中に色付けされたあたしの願望。
物語がないからこそ自由度がきく脳内変換。
この本はあたしにとって優れた妄想発生装置だった。
強烈な快感こそなかったが、この遊びには夢見るような
心地よい開放感があった。
就寝前にこれをやると実に気持ち良く眠りにつくことが出来る。
22 :
フォー・シーズン・ラブ4:2006/04/25(火) 14:27:34
ガンガンにクーラーの効いた部屋で士郎と宗一はひとつの毛布に
くるまり、窓の外に広がる町並みを眺めていた。
毛布の外にこびりつく冷気と互いの肌を通して伝わる温もりの
対比が心地よい。
パタン。
あたしは目を閉じる。
23 :
雨のハリガネムシ 1:2006/04/26(水) 17:56:55
ミニシアターを出ると雨が降っていた。
細かい霧のような雨だ。
傘を差すほどではない。
私は蒼ざめた顔をしている浩美を横目で見ながら歩き出す。
しかし、今日は実に有意義な休日だった。
映画も最高だったけど浩美の怯えっぷりがもう可愛くて可愛くて。
決してレズビアンというわけではないけれど、可愛い女の子が
びびっている姿を鑑賞するのは私の趣味のひとつだ。
レズではないけどサドではある。
だから可愛い男の子でも別に可だけど、年頃の男の子は
ホラー映画を見たくらいではなかなか、少なくともあからさまには
びびったりしてくれないし。
それにしてもなんでこの子はこうもあっさり騙されちゃうかね。
いくらハリガネムシがなんだか知らないからってタイトルが
『雨のハリガネムシ』だよ。
子猫物語みたいな可愛い動物映画、っていう説明をあっさり
鵜呑みにしちゃうなんてね。
まあ確かに動物映画には違いはないし、可愛いかどうかは
主観の問題ではあるけれども。
「いやー、面白かったねえ」
私は笑顔で話しかける。
浩美は泣き笑いのような表情で私の顔を見た。
背中がゾクゾクする。
24 :
雨のハリガネムシ 2:2006/04/26(水) 17:59:39
「ハリガネムシは可愛いし。言うことなしだよ」
「かわいい?」
「うん」
「どこ・・どこが?」
か細い声で尋ねてくる。
「はら、死んだカマキリのお尻からちょこんと顔を覗かせた所とかさあ」
「・・・・・」
「元気いっぱいのた打ち回りながら水辺を目指すところとか」
「・・・・」
「自転車に轢かれて真っ二つになったシーンはびっくりしたけど
それでも死なずにふたつの体が双子のように息を合わせて
旅を続けるところなんて健気でちょっと泣けるかもだし」
「・・・・」
「最後に故郷の池にたどり着いた所で亀が出てきて・・・」
「えっちゃん」
小さな声で浩美が私の言葉を遮った。
怒気を含んでいた。
「あたし、もうえっちゃんと映画見に行かない」
私は目を丸くし、わけがわからないという表情を作ってみせる。
「えー、なんでよー」
「えっちゃんが選ぶのっていっつも気味悪い映画ばっかり。
・・・えっちゃん、あたしのことからかって喜んでいるでしょう?」
正解。
だけど今まで気付かなかったとは、君はなんてピュアなんだ
マイエンジェル。
25 :
雨のハリガネムシ 3:2006/04/26(水) 18:00:12
「そんなことないって。確かに多少は悪趣味な所もあるけどさ、
よく見るとキモ可愛いって女子高生の間でも評判なんだよ」
浩美が私を睨む。
「嘘ばっかり」
「あっ!」
私はふいに声を上げて浩美の背後を指差した。
「カマキリが死んでる」
彼女は悲鳴を上げて私の体にしがみついてきた。
身振りするほどの快感が私を包む。
26 :
清川絶後 1:2006/04/27(木) 13:25:06
清川絶後は私の知る限り、世界で最も地味な作風を誇る
ホラー作家だ。
彼の作品には血飛沫もなければ、身の毛のよだつような
怪物も登場せず、美女が悲鳴をあげて逃げ回ったりする
シークエンスもまずお目にかかることはない。
たまに人が死ぬことはあるけれど目を抉られたり、呪術によって
狂い死にするわけではなく、少なくとも表面上は病気や事故による
ごくごく日常的な死にすぎない。
彼の作品には殺意や過去の因縁すら存在しない。
彼の描くのは日々の当たり前の生活、その中で起きるちょっとした
事件。
そういう類のものだ。
一体それのどこがホラー小説なんだ?と思われるかもしれないが、
しかし、彼の作品は実に怖い。
雨音に混じって聞こえてくる話し声、風で揺れる窓ガラス、咲き乱れる
深紅の花びら、干からびた蛙の死体。
そういったなんでもないものが、清川絶後の手にかかるとたちまち
恐怖の象徴に変貌する。
トイレに起きた子供が、見なれた自分の家に恐怖を感じる。
そういう感覚に近い。
27 :
清川絶後 2:2006/04/27(木) 13:26:49
結局、劇的なことは何ひとつ起こらないのに退屈な日常空間は
大人を震え上がらせるようなお化け屋敷へと姿を変え、物語は
静かにその幕を降ろす。
読み終えた読者はすっかり絶後の語り口に感化され、それから
しばらくは身の回りのちょっとした事象にも過剰な意味を読み取り、
怯えながら生活するはめになるのだ。
決して発行部数の多い作家ではないがネットのレビューサイトを
覗くと、特に女性読者から「マジ怖かった」「読み終えてから1週間
びくびくしっぱなしでした」などといった感想が数多く寄せられているのが
目につく。
私とは言えば、彼の作品を読み終わって感じるのは恐怖よりも
むしろ身を焦がすほどの嫉妬心だ。
自在に言葉を操る彼の文章作成技術はまさに超絶技巧。
それに比べ自らの文があまりにも貧相な事実に絶望すら感じてしまう。
彼の作品に触れるまでは、作家としてデビューした暁にはホラー小説に
新風を巻き起こしてやる息巻いていたのに今ではそれが恥かしくて
ならない。
私の書いたものなどは血飛沫の量と派手な展開で中身の空虚さを
ごまかした虚仮脅しに過ぎない。
小さな文学賞でいくつか佳作に選ばれたりもしたけれど多分それが私の
限界だろう。
たとえ今から10年修行したとて到底、清川絶後の域には届くまい。
2流の作家として一生を終えるつもりはない。
私の夢は不特定多数の人間に恐怖と言う名の刺激を与えることだ。
28 :
清川絶後 3:2006/04/27(木) 13:27:46
作家としてそれをなすことは私では役者不足であると清川絶後は
教えてくれた。
ならば別の道を探すしかあるまい。
私は机の中から果物ナイフを取り出し、そこに映った自分の顔を
見ながら考える。
殺人鬼?
心の中の妄言に苦笑しつつ、私はひとり首を横に振る。
真の恐怖はもっと日常の中にある。
不特定多数の相手にそれを伝えるにはやはりネットが有効だろう。
なにかいいアイディアはないものか。
清川絶後、日常の恐怖、超絶技巧。
私は椅子に座ったまま腕組みをし、しばし瞑想に耽る。
29 :
ホワイトムーン1:2006/04/28(金) 14:54:29
真っ白なハードカバー。
表紙は表も裏もただ白一色で『ホワイトムーン』と書かれた
ゴシック体のタイトルを除けばイラストも装飾も全く何もない。
仕事を終え、夜になると私はその本を書棚から取りだし、
暖炉の横の安楽椅子に腰を落ち着かせるのだ。
私は琥珀色の液体が入ったワイングラスを揺らめかしながら
最初の1ページを開く。
ただ処女雪のような白がそこには広がっている。
文字は何も書かれていない。
私はグラスの中の液体を少しばかり口に含みながらそこにあるべき
物語を見出そうとする。
夜の道 草むら 長いもの 老人と老婆の物語
私の頭の中にいくつかの単語が浮かぶ。
そしてただぼんやりと白き紙の荒野を見つめ続けている。
恐喝者 6歳の子供たち ストリートギャング 世界の伝染病。
ページをめくる。
突如世界中で大流行を見せる伝染病。多くのものは死に絶え、
生き残ったのは7歳未満の幼児と70歳以上の老人だけ。
彼らは伝染病のキャリアとなった代わりに不老不死の体を得る。
最初は単語の羅列に過ぎなかったものが急速に物語の連なりを
形成し始める。
ワインを飲みこみ、さらにページをめくる。
30 :
ホワイトムーン2:2006/04/28(金) 14:56:10
時の止まった世界。
単に肉体的変化だけでなく精神的成熟まで停止した彼らはやがて
老人と幼児に別れて対立を開始する。
そのことに心を痛めた老夫婦はなんとか和解の道を探ろうとするが・・・
空になったワイングラスに黄褐色の液体を新たに注ぎ込む。
次のページも白紙。
すべてを覆い隠す処女雪。
だが私の目にはその下で躍動する文字の連鎖がはっきりと
見てとれた。
さらに次のページをめくる。
「空がざわめいている。何だか胸騒ぎがするわ」
老いた女が気難しそうな老人に向かって声をかける。
物語が始動する。
私は安楽椅子に身を沈め、涌き出る虚構の流れに身を任せる。
『ホワイトムーン 第56楽章 老人と無垢の魂』
至福の時間が始まった。
心の底が震えるような本が読みたいだす。
32 :
真夏の夜のキツネ狩り:2006/04/30(日) 13:53:31
1周目
キツネ狩りはすでに始まっていた。
真夜中の街を凛はひとり歩いている。
街灯の明かりさえない、まるで人の死に絶えたような街だ。
彼女の足音が凍りついた街の中で不気味に響く。
彼女はふと足を止め、空を見上げた。
見事な満月が空に浮かび、蒼い光が闇の地上を照らしていた。
凛は口元に冷たい微笑を浮かべ、再び歩を進める。
歩き始めて約1時間。
彼女は駅前の商店街の入り口に差しかかった。
闇と静寂の奥に小さな光が小さく揺れている。
凛は表情を変えるでもなく、その光に向かってゆっくりと近づいて
いく。
ぽつんと露店があった。
屋根からぶら下がる裸電球。
それが光の正体だった。
台座の上にきちんと並べられた本。
薄く積もったホコリはその本が何日もそこから動かされていない
ことを示していた。
店番らしき中年の男が椅子に座ったまま顔を上げる。
「いい月の夜ですね、お嬢さん」
男は陽気な声で言う
「そうかしら」
「そうですとも。こんな見事な月はめったにあるもんじゃありません」
「本を売ってるの?」
男の言葉を無視し、尋ねる。
「ええ、ええ、そうです」
男は破顔する。
33 :
真夏の夜のキツネ狩り:2006/04/30(日) 13:54:33
「お嬢さんもおひとつどうですか?ここでしか売っていない超限定
レアもの商品ですよ」
凛はチラリと本のタイトルを見る。
『真夏の夜のキツネ狩り』
そしてかすかに顔をしかめる。
「結構よ」
冷えびえとした声で言う。
「お嬢さん」
男の声が1オクターブ低くなる。再び顔は伏せられ、その表情は
伺えない。
「だけどあなたはもう買ってるんですよ」
「・・・・」
「だってお嬢さんはもうこの世界に入っているじゃないですか」
男が顔を上げる。
口が耳元まで裂け、そこから無数の牙がはみ出していた。
シュー
男の口から息が漏れる。
血走った目が彼女を睨みつける。
けれど彼女の顔に動揺の色は見られない。
男はゆらりと立ち上がると次の瞬間、台座を飛び越え、
獣のような素早さで凛に襲いかかる。
凛の手には何時の間にか果物ナイフが握られている。
男の攻撃を身を沈めてかわすと、跳躍中の男の喉をすっと
切り裂いた。
鮮血が飛ぶ。
男は並べられた本の上に落下し、潰された蛙のような格好で
痙攣を繰り返す。
凛は朱に染まった顔を空に向け、小さく呟いた。
「本当にいい月の夜だわ」
これがキツネ狩りの顛末である。
34 :
真夏の夜のキツネ狩り:2006/04/30(日) 13:56:56
周目
恐怖のキツネ狩りはすでに始まっていた。
夜の闇を震はひとり歩いている。
街灯の明かりさえない、本当の意味での闇がそこには広がっている。
彼女の足音が深い深い闇の中に吸い込まれては消えていく。
震はガチガチと歯を鳴らし、何かがでてこないかと臆病さを全開に
して周囲を見まわしている。
彼女の手にしている小さな懐中電灯が唯一の光源だ。
その有効距離はわずか30メートルほどにすぎない。
ふとその先に何かが動いたような気がした。
震はびくりと肩を痙攣させ、おそるおそる目を凝らす。
もちろん何も見えるはずもなかった。
「もうやだよお」
震の鳴き声が闇に広がる。
それから1時間。
彼女は駅前の商店街の入り口に差しかかった。
闇と静寂の奥に小さな光が小さく揺れている。
震は真っ青な顔で行くべき退くべきかたっぷり10分間、葛藤を
続けていた。
それからようやく光に向かって歩き始める。
まるで亀のようなのろい歩みだ。
ぽつんと露店があった。
屋根からぶら下がる裸電球。
それが光の正体だった。
台座の上にきちんと並べられた本。
薄く積もったホコリはその本が何日もそこから動かされていない
ことを示していた。
店番らしき中年の男が椅子に座ったまま顔を上げる。
人の姿に震はほっと胸を撫で下ろす。
35 :
真夏の夜のキツネ狩り:2006/04/30(日) 13:58:35
「あ、あの、こんばんわ」
「こんばんわ。それにしてもいい月の夜ですね、お嬢さん」
男は陽気な声で言う。
彼の言葉に震はとまどう。
「えっ?月って、月なんか出てないじゃないですか」
空は厚い雨雲に覆われ、月もたにあるもんじゃありません」
「えっと、あの、本を売っているんですか」
薄気味わるさに震は話を逸らそうとする。
「ええ、ええ、そうです」
男は破顔する。
「お嬢さんもおひとつどうですか?ここでしか売っていない超限定
レアもの商品ですよ」
震はチラリと本のタイトルを見る。
まるで乾いた血のように赤黒い手書きの文字。
『真夏の夜のキツネ狩り』
彼女は震え上がる。
「あの、け、結構です」
36 :
真夏の夜のキツネ狩り:2006/04/30(日) 13:59:51
「お嬢さん」
男の声が1オクターブ低くなる。再び顔は伏せられ、その表情は
伺えない。
「だけどあなたはもう買ってるんですよ」
「・・・・」
「だってお嬢さんはもう物語の世界に入っているじゃないですか」
男が顔を上げる。
口が耳元まで裂け、そこから無数の牙がはみ出していた。
シュー
男の口から息が漏れる。
血走った目が彼女を睨みつける。
震は声なき、悲鳴を上げる。
必死で護身用のナイフを懐から取り出す。
男はゆらりと立ち上がると次の瞬間、台座を飛び越え、
獣のような素早さで震に襲いかかる。
彼女はしゃがみ込むとぶんぶんと闇雲にナイフを持った手を
振りまわす。
鮮血が飛ぶ。
気がつくと男は並べられた本の上に落下し、潰された蛙のような
格好で痙攣を繰り返していた。
「いやあああああああああああ」
震は絶叫する。
それに呼応するようにどしゃ降りの雨が降り始める。
生暖かい血の雨だった。
震は何度も何度も悲鳴を繰り返す。
これが恐怖のキツネ狩りの顛末である。
37 :
真夏の夜のキツネ狩り:2006/04/30(日) 14:00:53
3周目
真夜中のキツネ狩りはすでに始まっていた。
真夜中の街を萌はひとり歩いている。
街灯の明かりさえない、まるで人の死に絶えたような街を
彼女は楽しげに進んでいく。
闇の中に響く彼女の足音はあくまでも軽やかだ。
ふと足を止め、空を見上げた。
見事な満月が空に浮かび、蒼い光が闇の地上を照らしていた。
「ロマンチックな夜ですぅ」
彼女はうっとりと月を見上げ、しばしその場に佇んでいた。
「あっ、いけない」
彼女は物音に驚いた小動物のようにぴんと背を伸ばすと
早足でまた闇の中を進み出す。
それから約1時間。
彼女は駅前の商店街の入り口に差しかかった。
闇と静寂の奥に小さな光が揺れている。
萌は小首を傾げ、なにかしら?のポーズ。
ぽつんと露店があった。
屋根からぶら下がる裸電球。
それが光の正体だった。
台座の上にきちんと並べられた本。
薄く積もったホコリはその本が何日もそこから動かされていない
ことを示していた。
「こんにちわ」
にっこりと笑いながら萌が男に声をかける。
店番らしき中年の男が椅子に座ったまま顔を上げる。
「いい月の夜ですね、お嬢さん」
男は陽気な声で言う
「そうですね」
「こんな見事な月はめったにあるもんじゃありません」
38 :
真夏の夜のキツネ狩り:2006/04/30(日) 14:01:44
「本を売っているんですかぁ」
萌は興味津々と言った表情で尋ねる。
「ええ、ええ、そうです」
男は破顔する。
「お嬢さんもおひとつどうですか?ここでしか売っていない超限定
レアもの商品ですよ」
萌はしげしげと本を見つめる。
『真夏の夜のキツネ狩り』
表紙は茂みの中で身を潜める子キツネの絵。
「可愛いキツネですぅ」
無邪気な声で言う。
「お嬢さん」
男の声が1オクターブ低くなる。再び顔は伏せられ、その表情は
伺えない。
「そのキツネはあなたですよ」
「え?」
男が顔を上げる。
口が耳元まで裂け、そこから無数の牙がはみ出していた。
シュー
男の口から息が漏れる。
血走った目が彼女を睨みつける。
けれど萌はニコニコと笑ったままだ。
男はゆらりと立ち上がると次の瞬間、台座を飛び越え、
獣のような素早さで凛に襲いかかる。
凛のゆっくりとポシェットから銃を取り出した。
男の大きく開いたその口の中に銃口を向け、躊躇なく引き金を引く。
鮮血が飛ぶ。
男は並べられた本の上に落下し、潰された蛙のような格好で
痙攣を繰り返す。
萌は朱に染まった顔を空に向け、うっとりと呟いた。
「ロマンチックな夜ですぅ」
これが可愛いキツネ狩りの顛末である。
39 :
真夏の夜のキツネ狩り:2006/04/30(日) 14:02:34
4周目
最後のキツネ狩りはすでに始まっていた。
真夜中の街を靜はひとり歩いている。
街灯の明かりさえない、まるで人の死に絶えたような街だ。
彼女の足音が凍りついた街の中で不気味に響く。
彼女はふと足を止め、空を見上げた。
見事な満月が空に浮かび、蒼い光が闇の地上を照らしていた。
「いい月ですなあ」
靜は口元に微笑を浮かべ、再び歩を進める。
歩き始めて約1時間。
彼女は駅前の商店街の入り口に差しかかった。
闇と静寂の奥に小さな光が小さく揺れている。
靜は口元に微笑を湛えたまま、その光に向かってゆっくりと
近づいていく。
ぽつんと露店があった。
屋根からぶら下がる裸電球。
それが光の正体だった。
台座の上にきちんと並べられた本。
薄く積もったホコリはその本が何日もそこから動かされていない
ことを示していた。
店番らしき14,5歳の少女が椅子に座ったまま
蒼い顔を上げる。
「あ、あの、いい月の夜ですね」
消え入るような声。
「ほんにそうですなぁ」
少女はもじもじとしてそこから先の言葉を紡げずにいる。
「本を売ってるの?」
「ええ、ええ、そうです」
少女は慌てて返事をする。
40 :
真夏の夜のキツネ狩り:2006/04/30(日) 14:04:04
「あ、あの、お、お姉さんもおひとつどうですか」
靜はゆっくりと台座の上に置いてある本を眺める。
本のタイトルはすべて同じだ。
『真夏の夜のキツネ狩り』
少女を見つめ、靜は優しく微笑みかける。
「あたしとあなた。どちらがキツネなのかしら」
その言葉に少女は椅子の上から飛びあがる。
両手にはいつの間にか果物ナイフが握られていた。
台座の上に飛び乗り、震えながら靜を見下ろす。
「キツネはあなたよ!」
少女は絶叫し、無茶苦茶に両手を振り回した。
襲いかかる刃を靜はなんなくかわしていく。
靜はひょいと台座の上に飛び乗った。
41 :
真夏の夜のキツネ狩り:2006/04/30(日) 14:04:36
「ひっ!」
少女がかすれた悲鳴をあげる。
靜は魔法のように背後に回り込むと、少女の両手を捕らえ
彼女がキズつかないように気遣いながらそっと台座の
上に押し倒す。
「いや・・・」
少女の口からか細い声が漏れた。
「もう大丈夫ですえ」
靜は少女の耳元で優しく囁いた。
「キツネ狩りはもう終わりやから」
「終わり?」
「ええ・・・」
「嘘よ」
次の瞬間、少女の背中がまっぷたつに裂け、彼女は絶命
した。
鮮血の中から出てきたのは中年の男だった。
口が耳元まで裂け、無数の牙が覗いていた。
声を上げる猶予もなかった。
靜は喉を食い破られ、その場に崩れ落ちた。
ひゅーひゅーと嫌な音を洩らしながら何かをつかもうとするように
右手を天に向ける。
男はゆっくりと立ち上がり、その手を踏みにじる。
靜は痙攣を始め、やがて動きを完全に止めた。
鮮血に染まった男は空を見上げる。
「全く、こんないい月の夜はめったにあるもんじゃない」
これが最後のキツネ狩りの顛末である。
42 :
真夏の夜のキツネ狩り:2006/05/02(火) 15:09:51
『秋色古色』のような作品を読んでみたいという意見がでた。
『秋色古色』とはどんな作品であるかと質問してみると
本格ミステリーであるという回答が返ってきた。
ヒロインの和服美人の目前で3方を塀で囲まれた袋小路から
キツネ面の少年が忽然と姿を消す謎がこの作品の核になっている。
かといってトリックがメインのガチガチの本格というわけでもない
むしろこの作品の魅力はそこに散りばめられたさまざまな装飾に
あると言える。
紅葉の中に潜む人食い大蛇
ストーリーキングの女子高生
あたりを徘徊するガスマスクの男
そういった非日常的な情景が実に美しく描かれている。
49 :
ものしり:2006/06/13(火) 16:40:50
光の彼方・田井元巳
50 :
名無し物書き@推敲中?:2006/06/13(火) 17:31:29
「只今御宅へ伺、そう……」と考えている。
「何なら、御都合のとき出直して伺いましょう。いつが宜(よろ)しゅう、ございますか」
「なあに、そんな大した事じゃ無いのさ。――それじゃせっかくだから頼もうか」
「どうか御遠慮なく……」
「あの変人ね。そら君の旧友さ。苦沙弥とか何とか云うじゃないか」
「ええ苦沙弥がどうかしましたか」
「いえ、どうもせんがね。あの事件以来胸糞(むなくそ)がわるくってね」
「ごもっともで、全く苦沙弥は剛慢ですから……少しは自分の社会上の地位を考えているといいのですけれども、まるで一人天下ですから」
「そこさ。金に頭はさげん、実業家なんぞ――とか何とか、いろいろ小生意気な事を云うから、そんなら実業家の腕前を見せてやろう、と思ってね。こないだから大分(だいぶ)弱らしているんだが、やっぱり頑張(がんば)っているんだ。どうも剛情な奴だ。驚ろいたよ」
「どうも損得と云う観念の乏(とぼ)しい奴ですから無暗(むやみ)に痩我慢を張るんでしょう。昔からああ云う癖のある男で、つまり自分の損になる事に気が付かないんですから度(ど)し難(がた)いです」
「あはははほんとに度(ど)し難(がた)い。いろいろ手を易(か)え品を易(か)えてやって見るんだがね。とうとうしまいに学校の生徒にやらした」
「そいつは妙案ですな。利目(ききめ)がございましたか」
「、君にちょっと逢いたいと思っていたがね。それはよかった」
「へえ、それは好都合伺いましたところで、ちょうどよい所で御目にかかりました」と藤(とう)さんは鄭寧(ていねい)に頭をぴょこつかせる。
「うむ、そうかえ。実はこないだから、君にちょっと逢いたいと思っていたがね。それはよかった」
「へえ、それは好都合でございました。何かご用で」
「いや何、大し「何なら、御都合のとき出直して伺いましょう。いつが宜(よろ)しゅう、ございますか」
た事でもないのさ。どうでもいいんだが、君でないと出来ない事なんだ」
「私に出来る事なら何でもやりましょう。どんなでございました。何かご用で」
「いや何、大し「何なら、御都合のとき出直して伺いましょう。いつが宜(よろ)しゅう、ございますか」
た事でもないのさ。出来ない事なんだ」
「私に出来る
51 :
名無し物書き@推敲中?:
無職残飯、諦めて働け。おまえに小説は無理だって。いや、すべてが無理。私以外の被害者を探すことだ。ばかやろうwww