「マムシドリンコでビックビク──なんだい? こりゃ」
手渡されたしわくちゃのメモを見ながら私は彼にそう質問した。
信州のとあるプチホテルの一室。男がじゅうたんの上に横たわっている。友人の鑑定では死後半日といったところらしい。
渡されたメモはさしずめダイイングメッセージというわけだ。
「現場に残されていた被害者のメモらしいよ。被害者の友人の証言では筆跡に間違いないらしい」
大学時代の旧友と久しぶりに旅行としゃれ込んだ結果、どうやら殺人事件の現場に出くわしてしまったらしい。友人は刑
事という職業柄、こういったことにはなれているのかもしれないが私はそうではない。普段見慣れない死体というモノに興
味はあるものの、近寄っていって調べようという勇気は無かった。
「テーブルには飲みかけのコーヒーカップと、手がつけられていないカップがある。おそらく、犯人が毒か何かを混入させ
て殺害したんだろうね。犯人はコーヒーには手をつけていないようだ」
「すると、やはり顔見知りの犯行というわけかい?」
そう私は質問した。友人は困ったような顔をしてうなづき、そしてドア側に立つ3人を見やった。
「そう、考えるのが自然だろうな。毒物の香りはカップに残っている」
「そんな! じゃあ刑事さんは私たちの中に犯人がいるって言いたいの!?」
三人組のうち、一人の女性が声を荒げる。
「確かに顔見知りは俺たちしかいないけど──そんな」
残りの男性二人も困惑した顔つきだった。
「彼らは大学の同期。同窓会もかねてここに旅行に来たらしい。被害者は製薬会社社員。同期では一番の出世頭だそうだ。
ちなみにマムシドリンコというのは勤め先の新商品で、ある種の強壮剤だということだが、一応我々も含めて全員に犯行は
可能だ。面倒だが聞き込みにはつきあってもらう形になるな。いや、しかし──いや。やっぱり一応聞き込みは重要だろう」
なにやら言いにくそうな友人を見るにつけ、彼の頭の中には既に犯人の目星がついているのだろうと私は想像した。
かくゆう私も何となく彼の言わんとすることはわかるつもりだ。だが。だがしかし──そうは言っても。そうは言っても、なのだ。
「確かにそうだな。見た目だけで犯人を決めてしまうのは、その、あまりに短絡的というか──そのまんまというか」
私がそう言うと、三人組のうち一人の青年が青筋を立てて反論する。
「そ、それじゃあ犯人面のヤツが犯人とでも言いたいんですか!!」
おっしゃるとおりだ。しかしそうではないのだ。そういう事ではないのだ。
「それはおかしいんじゃないんですか! 顔で犯人がわかるならみんな整形しますよ! そうでしょう!? 刑事さん!!」
さらに青年は言いつのる。もう私も、そして私の友人も青年を見ることが出来ない。顔を下に向け、見ないようにするしかない。
「どうなんですかっ!!」
彼の顔が犯人面というわけではない。
しかし。あぁ、だがしかし。彼のスラックスの内側にあるであろうソレは、はちきれんばかりに怒張しているのだった。
もう、形がズボンの上からでもくっきりとわかるくらいに。
次「瓶詰めの中身は」
父さんがお土産にと買ってきた蛇焼酎をこっそり飲もうと、深夜ひとりで棚の扉を開いた時だった。
「なんじゃ、お前は?」
瓶の中の蛇がしゃべりやがった。
驚いたぼくは、とにかく棚の扉を閉めた。結構豪快な音が出た。ぼくは扉の取っ手に手を添えたまま、ばくばくと鼓動を繰り返す心臓の音を聞いた。
「おい、いきなり閉めるとはどういう了見なんじゃ己は」
扉の奥から、またあの声がした。ぼくは慌てて扉から手を離すと、急いで自分の部屋へと逃げ帰った。なんだあれは? 一体何が起きたんだ?
布団の中に潜り込みぼくは懸命に頭を回転させた。けれど一度混乱した頭がまともに状況を整理できるはずなんてなく、その夜ぼくは一睡も出来ないまま朝を迎えてしまった。
恐る恐る昨夜逃げてきたリビングに向かうと、そこにはすでにキッチンに向かって朝食の準備をする母と、コーヒーを片手に新聞を広げる父がいた。おはよう、とぼそぼそと挨拶をして、ぼくは父と向かい合う席に座った。
迷ったけれど、思い切って聞いてみた。
「ねえ父さん、あの蛇焼酎なんだけどさ」
「ん? あ、もしかしてお前、飲もうとしたんだろう」
勘のいい父さんは、意地悪な顔をしてそう聞き返してきた。ぼくは少し気まずくなりながらも頷いた。
「じゃあ、お前驚いたろ? 何せあの棚には特性の仕掛けを施しといたからな」
「あら? 一体いつの間にあなたはまたそんなもの取り付けたのかしら?」
645 :
↑続き:2008/05/11(日) 19:33:35
皿に盛った朝食を運んできながら、母さんが父さんに聞いた。
「ふふ、お前たちに飲まれたら堪んないからな、買ってきた日に付けといたんだ。ったく、この家には酒豪が多いからな。困るんだよ」
そい言いながら席を立った父さんは、あの棚の前に行き、宝物を公開するかのように扉を開けた。
「なんじゃ、お前は?」
昨夜の声がする。母さんは驚き、口を大きく開けてしまった。
「驚いたろ。ほら、ここ。ここにボイスレコーダーをセットしてな、誰かが扉を開けたら、まるでこの蛇がしゃべっているかのように声が出る仕掛けをしておいたんだ」
そう、父さんは子供のように目を輝かせながら言った。
「またそんな子供じみた仕掛けを……」
そう母さんがぼやく。父さんはそんな母さんに気分を害したようで、拗ねた表情をしていた。
「ねえ、父さん、録音しておいた他の声はないの?」
そう聞いたぼくに、父さんは一度目をぱちくりさせた。
「なに言ってるんだ? この声だけだぞ?」
そう言ってレコーダーのボタンを押す。「なんじゃ、お前は?」と声が響いた。
「え、でもぼく、昨日違う声が……」
したんだけど、そう続けようとしたぼくの視界にふと入った瓶の中で、死んでいるはずの蛇がずるりと動いた気がした。
その濁った瞳がぼくを見ているようで、ぼくは小さく息を吸い込んだ。
次「コップの中の宇宙」
夜中に目が覚めると風邪の予感がした。市販の錠剤を一杯の水で流し込んで、
布団に潜り込んだが焼け石に水だった。翌日会社を休んだ。
平日昼間の住宅街は恐ろしく静かだ。遠くで布団を叩くぽんぽんという音以外、たまに
通るバイクの音くらいしか聞こえてこない。沢山の人々が仕事や勉強のための服を着て、
仕事や勉強のための施設に収容されて、仕事や勉強を行っている。僕はいま、その枠から
はみ出た無用の人だった。だがそれも悪くない。いつしか布団を叩く音も止んでいた。
ふとテーブルの上を見ると、ゆうべ薬を飲んだときのコップを無造作に置いたまま
なのに気がついた。でも起き上がって洗う気力もない。僕は横になったまま、コップを
子細に観察した。よく見れば滑らかな表面にもわずかな歪みがある。口のほうには
うっすらと水あかの乾いたあとが残っていた。ガラスは透明で、硬くて、いまは乾いていて、
ぷんと音をたてて飛んできた小さな蝿だって、その上を気もなく一周しただけで。
コップが次第に大きくなる。なぜだろう。僕はベッドの中にいながらにして、いつのまにか
コップを上から見ていた。静かにその中に降りていく。口の線を過ぎると空気が静止し、
聞こえながら気づかなかった小さな音たち――冷蔵庫のコンプレッサーが立てる低い
うなりとか、水道管の中で泡が砕ける音だとか――が世界から消えたのに気がついた。
さらに降りる。かすかなカルキの臭いがする。ガラス越しに見る天を摩すような家具の
数々が、なんだか事物としての自信を失ってトウモロコシの茎のように柔らかく立ち上がる
ように思われた。ああ、底が近づいてくる。そこに触れてはいけないのに。そこはコップを
清める人だけが触っていい場所なのに。ああ、足が触れる、ああ――いけない――
目を覚ますと夕方だった。汗に蒸れた布団が熱っぽい肌に暖かい。学校帰りの子供らの
声が下の方から響いてくる。豆腐屋の笛が聞こえる。不意に通る車の音も。ああ。
ぼくは静かな波に押される小舟のように、また人の世界に戻ったのを感じた。明日に
なればそう感じたことすら忘れてしまうだろう。またいつか、同じ気分を取り戻すまでは。
→次「東京湾の人魚」
「まさかこんな汚いところにあれがいるとはな…」
彼が見た物は東京湾で泳ぐ人魚だった。
次→「向こう見ずな妹」
649 :
名無し物書き@推敲中?:2008/05/19(月) 14:09:55
私には四つばかり下の妹がいた。
妹は長い黒髪の華奢な体つきをしている。
そして向こう見ずな性格は間違いなく母からの遺伝だと思う。
正直、あの性格を何とかしてほしいと常日頃から思っている。
次→「かつての勇者」
「この男を殺して欲しいんです」
女は言った。まだ二十代もなかば、日に焼けた顔に白いターバンが美しい。彼女の前に、
スーツを着た背の高い東洋人が立っている。その眼光は男性武闘家のように鋭い。
「理由を、きこう……」
「あの男は私を売ったんです。私が商人の基礎を学んで、初めてルイーダの酒場に派遣された
あの日、あの男は待っていたかのように私をパーティーに加えました。逞しくていい身なりを
していて、娘だった私にあの男はほんとうに素敵に見えました……」
「騙された、か……」男は煙草に火をつける。
「……はい。私もウブでした。酒場の控え組が全員女で、しかもメイングループがゆうしゃ、
ぶとうか、そうりょ、けんじゃなのは分かっていたのに……。あいつは得にならないキャラを
パーティーに入れるような寛大な男ではなかった」
「それで、すぐに、この町へ……?」
「いいえ。あの男は私からぬののふくを奪って、ぬいぐるみを着ろと言いました。逆ではありません。
服を奪ってから、です。私は恥じらって、きえさりそうを口に含んでから着替えようとしました。
だのに、私が装備を代えている間に、あの男は無意味にホイミを……」
女の目には涙が浮かんでいる。男はそれを無視し、窓の外の月を眺めている。
「あの男はすぐに私を捨てるつもりで、いろいろと弄んだのです。しばらくパーティーは二人でした。
上げて意味のない私のレベルを上げて、恩を着せるならまだ聞こえはいい。でもあの男、
イシスの周りでただウロウロして、私に『暑かったらぬいぐるみ脱いでもいいよ』なんて……」
女の声に力がこもる。
「そして眠れるノアニールのどまんなか、真っ昼間に、あの男は私の純潔を奪った……。
ベッドではなく、草の上で。抗う私にゆめみのこなを見せつけて、いつでも振りまけると脅して。
私はまだレベル8でした。そして翌日、あいつはくこの街に私を売った。あんな男が世界を救った
なんてちやほやされているのが許せません。」
女は感極まったようにテーブルに泣き崩れた。
「わかった……スイスのあずかりじょに、10万ゴールド振り込め」
こうしてロトの勇者シリーズはドラクエ3で打ち切りとなった。
次→「聖水ランナー」
とりあえず、だらだら走ってる。
日暮れ前に着けばあっちとしてはいいが、着かなくとも別に俺にはどうでも良い。
あぁ、俺?
「聖水ランナー」。
聖堂から聖堂へ聖水を運ぶ係。
とりあえず聖水を運ぶ仕事なんだが、これがまた面白くもない仕事でな。
賃金も安い。
聖堂は山の中でそれぞれ離れているから遠い。
おかげでなり手も居ない。
だからこんな学もない、貧しい俺にも勤まるんだ。
たまに婆さんが聖水を運ぶ俺に向かって祈るが、
あれは俺に祈ってるんじゃない。
聖水に祈ってるんだ。
聖水を聖堂の真ん中の石盤へ入れ、ろうそくを立て火をつける。
これで俺の仕事は終わる。
石盤の下には「この一滴が全ての水に通ず」と彫られているが、
こんなのは嘘っぱちだ。
司祭から「ありがとう、君のおかげでここの水は守られる」と毎回言われるが、
そんなわけはない。
ここの水がなくても泉は枯れない。
俺はこんな仕事が嫌いなんだ、全く。
次→光の和
光が見えた・
「なんだあれは!!!」
友恵がそうつぶやくと洋介が
「おっとっと!!」
そうそこには光の和がやってきてこう言った。
「最後から二番目の後ろばねに宝がある」
「なんだと!!!」
洋介がそう言うと
「こら!!!!」
横からやってきたのがおなじみの左門だである。
左門「こうしているとあの日を思い出す」
「そうじゃ」
長老!!!
わかりました・・・ そうやっていって水に溶けていったのである。
そのことをだれも言いはしない。 そういう未来を人間がのぞんだのである。
いるかはそのことを知っていただろう。
人は進化したそういうかたちがあってもいいではないか。
次のお題「ゆうべ見たような」
その動画は、以前Youtubeで見たような気がした。
「TとUを抜け!」とひたすら叫ぶ奇妙な動画だった。
次のお題→「オトコノコの屈辱」
私が求めていたのは、こんなものではなかった。けれど、こうなってしまった。もう遅い。
薄暗い部屋のなか、私はテーブルにうなだれる。擦りガラスから光がこぼれ込む。
一家離散、とはこのことか。子はいじめられ、夫は仕事に逃げ、私はストレスからくる精神病。
あとわずかな軋みで崩れるだろう。外から喧騒が聞こえてくる。
「お前の親って、どっちとも男らしいな!」
「ホモから生まれたホモやろ〜!」
「一家全員男だらけぇ〜!」
一瞬だけその声が大きくなり、しかしすぐにもとの小ささに戻る。
息子の健太がドアを開けて帰ってきたのだ。健太は私を見る。私は目をそらす。
この子は強い。いつもいじめに耐え、我が子をすら救えない弱い私を責めることもしない。そして私はまた甘えるのだろう。
「お母さん……」健太が口を開く。この子は耐えられるほど強い。
「どうして僕はいじめられなきゃいけないの?」ハッとして健太を見る。涙を溜めている。
「どうして僕はがまんしなきゃいけないの?」ぽろぽろとこぼれる。
健太を抱きしめる。ごめんね、ごめんんねと繰り返しながら、私も泣く。
ドアの開く音に、私と健太は振り向いた。夫が立っていた。
涙を流す私たちを見て驚いている。抱き締め合う私たちを見て微笑む。
「仕事、早めにきりあげたよ」夫はビニール袋を少し掲げた。
「飯にして……このメロン食おう、な? 健太、緒都子」
次の題⇒「種なし石榴」
赤いつやつやした、小さな赤い宝石のような粒をつまむと
ひょいっと口の中に放り込んだ。
石榴の独特の風味が口から鼻へと抜けて行き、甘酸っぱさが口の上に広がっていく。
「種がなければ言うことなしなんだけどなぁ…」
友一が石榴の木の根元に座り込みながらつぶやいた。
「それ、自分も思ってた」
言いながら友一の隣に座り込む。
「食べにくいよな」
「…うん」
……………
しばらく沈黙が続く。
毎日見てたんだ、この石榴の木を。
石榴の実なんかならなければいいと思ってた。
毎年毎年、割れた石榴の実から、宝石みたいな赤い石榴の粒をひろって、
友一と手を真っ赤にしながら食べるのが好きだった。
でも今年は、石榴が割れるころには2人の関係も割れてしまう。
外国でも、友一は同じように大好きな石榴を食べることができるのだろうか。
「元気でな」
頭の上にポン、と手を置かれた。
やめてくれ、そんなふうにされたら…。
流れ落ちそうな涙を必死でこらえて、うつむきながら石榴をかじる。
「ってえ、種思いっきりかんじまった」
石榴に種があってよかった。
流れ落ちそうな涙を種のせいにできる。
俺のこの気持ちをごまかすことができる。
種なし石榴じゃなくてよかった…。
次のお題
「凄腕釣り師」
せっかくのゴールデンウィークなのに、その川は穏やかとは言えなかった。
前日まで降りつづいた雨で水かさが増し、大人の力でも安全とは言えない流れを作っていた。
しかし綿密に計画を立てたバーベキュー客はそんなことにもめげず、少ない休暇をどうにか満喫
するべくこの河原に足を運んでいたのだった。
「母さんっ」
僕らが川遊びもそこそこにアミの上で特売の牛肉を焼いていたとき、男の子の声が響いた。
あきらかな焦りと危機感をともなった声。流れのはやい川に今にも飛び込みそうな様子。僕はそれ
をみて、なにか緊急をようする事故がおきたのだと悟った。
「助けてっ、助けてください! 母さんが流されて!」
男の子の指差す方には、川の真ん中あたりで岩にようやくしがみついている女のひとがいた。
きっとこの少年の母親だ。川底も深くなっているあたり。顔は疲労の色が濃く、焦燥しきっていた。
「警察!」
誰かが叫ぶ。周りの大人たちが靴を脱ぎ、助けようと走った。にわかに辺りが色めき立つ。
「待ちな!」
そのとき、右往左往する大人たちを一喝するように、少女の声が響いた。みなの視線が集中する。
その先には、小麦色の肌の青年と少女が立っていた。
青年は麦藁帽を目深にかぶり、白いシャツにぼろぼろのジーンズ。手には細い釣り竿。隣に立つ
少女もまたほぼ同じような格好をしている。
658 :
凄腕釣り師 2:2008/05/29(木) 01:54:51
僕らがあっけにとられていると、青年は素早く男の子の襟首に釣り針を刺し、そのまま竿を振りぬいた。
ビョウ!
凄まじい風切り。快音とともに少年は有無を言わさずまっすぐ母親のもとへ飛んでいく。
「縄張り意識の強い鮎は、似た固体が自分の縄張りに入ることを嫌うわ」
呆然と立ちつくす僕らに少女が大威張りで解説する。
「敵の固体を追い払おうと手を出した鮎を狙うのがこの、友鮎釣りの醍醐味なのよ!!」
似た固体。すなわち子供をひしと抱きしめた母親は、そのまま青年によって一本釣りされてしまった。
まさに、一瞬の出来事だった。吊り上げられた女性を大人たちが取り囲む。
「水を飲んでる! 誰か! 応急処置!!」
遠巻きに見る僕と青年に、誰かが声をかけた。
「いや、凄い腕だなあんた。今度、あんたの本当の釣りを見せてくれよ」
ソレを聞くないなや、青年はふと薄い笑みを浮かべると倒れている女性に近寄り、上半身を抱えて
みぞおちに強烈な拳をみまった。
「ゴフッ!!」
水を吐く女性。そして、その後から大量の鮎がボトボトと流れ落ちた。
「これが、これが真の友鮎釣りよ!!」
少女が叫ぶ。
青年はその後、颯爽と河原をあとにした。
両脇を警官に挟まれながら。
鮎は美味しくいただきました。
次「彼女が携帯電話を持たないわけ」
659 :
名無し物書き@推敲中?:2008/05/30(金) 13:23:04
ごめ、かなり長くなったけど投稿しちゃう。
春の日差しを受けたアスファルトが穏やかな光を照り返す。
古そうな一軒家が辺りに並んでいる。
その全ての家が、小さいながらも庭と言えるような、車三台分程度の敷地を有していた。
庭や、家と家の間には緑の豊かな樹木が生えている。
僕の隣を制服姿の女の子が歩く。
彼女の長い黒髪がピシッとしたセーラー服にかかっている。
この髪の毛色っぽいなぁ、と思いながら彼女を見下ろすと目が合った。
彼女は風に髪を舞い上がらせながら、口に片手をあて穏やかに微笑む。
「コータくん。後少しで私の家につくよ。あと少しがんばろうね」
彼女の透き通るような声を聞き、疲れていた僕の足は元気を取り戻す。
現金な足だ。いや、僕か?
既に学校を出て、二十分くらい歩き詰めだ。
栄えていない方向にきたので、辺りに人気はあまりない。
交通の便も悪く、辺りにバスは通っていなく、彼女は自転車に乗れない。
そのため毎日彼女は歩いて通学するしかないのだ。
ちょっとドジなところがある彼女に、自転車は危ないかもしれないし。
僕はそう思って彼女と共に歩くことを、素直に満喫する。
付き合って二月くらいたつが、僕と彼女がデートするのは放課後だけ。
いつもいつも、楽しい時間はすぐ過ぎてしまう。
土日のデートはしない。彼女が携帯電話を持っていないためだ。
いや、しないというのは語弊か。
土日デートは困難が付きまとうから、最近ではしようとも思わない。
何度か待ち合わせをしたことがあるが、ドジな彼女はいつも時間か場所のどちらかを間違えるのだ。
一度完璧にすっぽかされてからは、殆ど平日のみになっている。
勿論後日彼女は誠実に謝ってきた。
だから遊ばれてるわけではないと僕は思っている。
そんなことが出来る彼女でもないし。
660 :
名無し物書き@推敲中?:2008/05/30(金) 13:23:51
僕は過去に彼女に携帯電話を持たないのかと聞いたことがある。
「うちの近く、あんまり電波通らないんだ。それにさ、携帯電話がなくてももうすぐ大丈夫になるよ」
彼女はそう返事をした。
実際に彼女の言うとおり、最近では携帯電話を使えないのが普通のことに感じていた。
そのうち慣れると言う意味だったのだと、僕は一月経ってやっと気付いたのだった。
暫く歩くと、ちょっと古い青い三角屋根の家が見てきた。
「ほら、あれが私の家。ちょっとボロいけどね。昔からお父さんと二人であそこに住んでるんだ」
先ほどみた一軒家とかわらない造りだが、辺りにある他の家より少し大きい。
敷地内には小さな離れが一軒、隣に並ぶようにたっている。
離れは四角い形をしていて、灰色で大きい物置みたいな感じに見えた。
「へー、お父さんと二人かぁ。……って、お父さん? 家にいるの?」
僕の頭の中に、娘さんを僕にください!という台詞が出てくるドラマが再生される。
強敵出現だ。
これは覚悟をしなくてはならないかもしれない。
「あは、そんな心配しなくて大丈夫大丈夫。お父さん最近いないから」
一瞬ほっとする。
が、その言葉の意味を考えると違うドキドキが僕の胸を圧迫する。
「って、え? 二人きりって事?」
「うん、そうだよ」
彼女は笑顔でそう言って敷地内に入ると、家の鍵を開け中にはいる。
その様子を見て僕は少しガックリする。
男女が二人きりということを余り意識しているようには見えなかった。
「ちょっとそこで待っててねー。 離れの鍵とってくるからー」
僕は敷地内に入り、言われるがままに離れの前で待つ。
661 :
名無し物書き@推敲中?:2008/05/30(金) 13:24:54
変なニオイが鼻をつく。
古い家だし、独特のにおいがあるのかもしれない。
少しおとなしく待っていたが、彼女は中々やってこなかった。
僕が待ちきれないだけで、あんまり時間は経ってないのかもしれない。そう思って携帯電話を取り出した。
十六時四十分。
結構学校から四十分もかかるのか。彼女も大変だな。
携帯を開いたついでに友達にメールを書く。
『今彼女の家! はじめてきたんだけど、緊張してきた。
あと、お父さんいないらしいんだ。
もしかしたらお先に経験しちゃうかも。後で話聞かせる。』
送信しようとした所に横から可愛らしい声が聞こえてくる。
「おまたせー。ごめんね、鍵とってきたから」
僕はあわてて携帯を閉じた。
あんな恥ずかしい文面を見られるわけにはいかない。
振り返って彼女を見ると、部屋着に着替えていた。
黒いトレーナーとジーンズ姿で後ろで手を組んでいる。
少々幼い感じの服装が彼女の愛らしさを引き立てる。
後ろに組んだ手も、恥ずかしがってるみたいでかなり良い。
近づいてきた彼女から、錆付いた鍵を渡された。
「そこの鍵さ、ちょっと古くて硬くなっちゃってるから、代わりに開けるのお願いしていい?」
「ああ、そういうことか。おっけー」
灰色の離れには、奥の見えない灰色のガラス戸が取り付けられてた。
ガラス戸は傷が少なく、新しいものに見える。
ガラス戸についた鍵穴に鍵を差し込むと、あっさりと鍵は開いた。
662 :
名無し物書き@推敲中?:2008/05/30(金) 13:25:30
「あれ、簡単に開いちゃった」
僕はこの鍵穴と相性がいいのかもしれない。
ちょっと得意げに彼女を振り返る。
驚いたような反応はなく、彼女は機嫌よさそうに告げた。
「じゃーん、ここが私の部屋です。さぁさぁ、先入っていいよー」
「じゃあ、失礼しまーす」
僕はそう言ってガラス戸を開けて中に入る。
さっき外で嗅いだ変なニオイが強く感じられた。
中はやはり物置のようで、床は石製みたいだ。
ドアからの日差しが中を照らすが、奥は真っ暗で何も見えない。
「ねえ、何も見えないけど。電気はどこにあるの?」
そう言って彼女を振り返ろうとすると、背中に熱い痛みが走る。
まるで中の肉まで焼かれたように熱い。
たまらずに僕は床に倒れる。
冷たい床が僕の身体を強く打つ。
「え……?」
せきこみながら上を見上げると、口元にいつもの笑みを浮かべ、赤く染まる包丁をもった彼女が居た。
彼女が離れの中に入ってくる。
スイッチを押すような音が聞こえると、電気がついた。
彼女は奥に向かって歩いていく。
何もない大きな空間だった。石床にはどころどころ黒い染みがある。
奥にはこの場所にはおよそ見合わない、大きな冷蔵庫が鎮座していた。
663 :
名無し物書き@推敲中?:2008/05/30(金) 13:26:46
彼女は冷蔵庫を開けて、中身をこちらに見せた。
「あ、紹介するね。これ私のお父さんと、元カレのシゲル君。仲良くしてあげてね」
中にはタッパーに入ったピンク色の肉や、黒い糸の塊がある。あれは髪の毛だろうか。
胃の中身が口の中にこみ上げる。
彼女の笑顔が恐ろしい。
今すぐ逃げたい。
だが、背中の傷が痛くて立ち上がれない。
僕は芋虫のようにはいずりながら倉庫の外へ向かう。
それを見た彼女は、頬を朱に染めながらゆっくりと近づいてきて僕を蹴り飛ばす。
「ねぇ、逃げちゃだめでしょ? 私がこんなに愛しているのに。私はお父さんと君とだけ話せれば、他には何もいらないのに。君は違うのかな」
一息でそう言うと、転がる僕に向かって包丁を振り上げた。
――携帯電話がなくてももうすぐ大丈夫になる。あの台詞はもしかして……。
「これから、ずっと私がお世話してあげるね。えへ」
次のお題「おいしい抹茶」
彼女のおじいさんの葬儀があった数日後、僕はなぜか彼女の実家に呼びだされて、その大きな庭に
ある東屋のようなちいさな屋根つきの腰掛のうえに座っていた。
秋風が吹くもの寂しい庭。
僕は彼女と二人で座っていた。
「今日は誰もいないの」
そう呟いた彼女の声はほそく、僕はなんと言っていいかわからなかった。
「ホラ、見えるでしょ。あれがその茶室なの」
そう言って彼女が指差すさきには、ピカピカに輝く銅で葺かれたちいさな茶室が見えた。出来たばかりだ
そうで、あまりにピカピカな屋根が威風を放っていた。
「ヘンでしょ。まるで金閣寺みたいだってみんな言うのよ。あたしもそう思うんだ」
「でもお爺さんが建て替えたんでしょ?」
この広いお屋敷には昔から茶室があったのだが、去年の台風に負けてしまったのだ。もはや誰も使う者
がいない茶室は、このお屋敷で一番老朽化が進んでいたのだと彼女は言った。
「あたしが茶道部だからって、おじいちゃんが無理に建てなおしたのよ。昔の茶室は茅葺のいい屋根だ
ったんだけど、いまは萱を葺く職人さんも近所にいないでしょ。だから屋根だけは別のにしたらしいんだけど」
そう言いよどんだ。
確かに、シックな日本庭園には似合わないように見える。
「そもそもね。あたしが茶道部だってのも不純な動機なんだよね」
「不純?」
僕がそう聞くと、彼女はわかる? と笑った。たしかに古いお屋敷に住んでいるとはいえ、彼女は日本の伝
統とは無縁に育ってきたように思える。学校も厳しいミッションスクールに入学し、幼馴染の僕とはあまり会う
機会もなかった。クリスマスなんかには感心があったがお盆という風習はよくわからないと漏らしていた。
「お菓子がね、食べられるのよ」
そう言ってえへへと笑った。
「厳しい学校だから、遊びってものがあまりないの。でも茶道部だけは公然とお菓子が食べられるのよ」
「お菓子――かぁ」
たしかに茶道には茶菓子がつきものだ。そんな彼女の考えは、子供の頃からちっとも変わらないと僕は思った。
「学校で教わって、お爺ちゃんにお茶をいれたときね、あと十年もしないと美味くはならねぇなって言われた」
なかなか辛辣な言葉だが、彼女の言い方から当時のことが想像できて僕は笑ってしまった。随分あっけらかん
としたお爺さんだったようだ。
そうして、茶室を建て替えるのを決めてしまったのだそうだ。
「けっこう派手好きな人だったのよね。あたしのためにっていうか、たぶん豪華な茶室が建てたかったんじゃない
かなって思ってる。思いついたらすぐやっちゃうのよ。みんな困ってた」
それが彼女の人物評だった。
「うん」
僕はそれだけを言った。
「結局、この茶室ができる前に死んじゃったから、使わずじまい。死ぬ間際にね。お前、あと十年やりなさい。
そうしたらあの茶室で美味しいお茶を飲もうって、そう言ったの。いつも出鱈目な人だったわ」
だったら十年後に建ててもかわらないじゃないの。と彼女は自嘲気味に笑った。
だから、僕は言わねばならないと思った。
「違うと、思うんだ」
「え?」
彼女は意外そうな顔でこちらを見ていた。
「きっとね。いまじゃないと駄目だったんだよ」
生きているうちにできること。
十年後の未来。
僕にはそれがわかった気がした。
「あの瓦ね。きっとあと十年もしたら緑青がふくよ。そうしたら今よりもずっと立派な茶室になる。このお庭にも映えるよ」
「あ――」
銅版葺きの屋根。日本庭園の小さな茶室。年月を経て風格が漂う姿に変わるだろう。
十年後の未来も。その先の未来にはもっと。
「そうしたら、またそこで美味しい抹茶をいれてね」
お抹茶色の屋根のしたで。
そういう僕のほうを彼女は見なかった。
「や、やめてよ。そういうの」
最初よりも細い声で、そう言った。
次のお題「猫の集会」
満月が煌々と夜空を照らす深夜。街外れの小高い丘に、たくさんの猫たちが集まっていた。
「にゃー」
騒いでいた猫たちを、丘の一番高いところに座る猫が一喝する。会場は急に静かになった。
「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃー」
高いところの猫がそう鳴く。するとあちこちから猫たちが鳴き始めた。
「なーご」
「にゃにゃーにゃ。にゃーにゃー」
「ふーーーーっ!」
「にゃーーお」
「にゃーにゃー」
「にゃーにゃにゃ。にゃーなー。にゃーー」
「にゃにゃ? にゃにゃーにゃーにゃにゃ」
「にゃー」
「にゃーなにゃ」
丘に猫の鳴き声が木霊して、今日も夜は更けていく。
次「赤さんの憂鬱」
「赤さんの憂鬱」
子供が母親にあやされている。
お兄ちゃんが尊敬してる。
玩具がたくさんある子供部屋。
ゴミひとつおちてはいない綺麗な部屋だ。
ボクの弟ができるにあたって、お母さんとお父さんががんばって掃除をしたからだ。
その部屋で弟がお母さんにあやされている。
お母さんが弟の前で顔を手で隠し、その後に顔を出す。
「いないいない、ばーーー!」
「キャッキャッ」
弟はまだゼロ歳と八ヶ月。
生まれたてでカワイイ盛りだ。
そのためか、ボクがお母さんに構われることが減ってしまった。
しかし、ボクはこの弟が嫌いではない。
「キャッキャ」という声が聞こえたので、弟の方を見た。
お母さんが弟を天井付近まで放り上げている。
「たかいたかーい!」
「キャッキャッ」と弟は楽しそうに笑っている。
「あ、そろそろご飯の用意をしなきゃ。お兄ちゃん、弟をしっかり頼んだわよ」
とお母さんはボクに頼み、ボクは「うん」と答える。
それを見てお母さんは子供部屋から出て行った。
「ふぅ、楽じゃねーな。遊んでやるのも」
「ですよね」
「いないいない、バー! とか俺を馬鹿にしてるのかっての」
「ホントです」
「たかいたかーい! とかあんな高くまで上げたらあぶねーじゃねえか。母さんも自分の腕力を考えて欲しいよ。本当に遊んであげるのは楽じゃねえなぁ」
「ですよね、本当にお母さんも困ったものですよね、赤さん!」
このダンディな弟をボクは赤さんと呼んでいる。ボクが一番尊敬する人だ。
あ、忘れてた。
次お題『サイボーグ少女』
少女は彼を愛していた。
少女は至高の名器を手に入れるために、膣をサイボーグに変えた。
彼は言った。
「これじゃダッチワイフと同じじゃん……」
少女は彼を殺した。
次お題「ハンバーグ少女」
「ハンバーグ少女」
ピンポーン
昼過ぎまで寝ていたある日、チャイムが鳴ったのでのろのろと起き上がって玄関に出てみた。
すると、4人の見知らぬ少女たちが立っていて、次々に自己紹介をし始めたのだ。
「牛肉です」
「卵です」
「パン粉です」
「たまねぎです」
『私たちを、おいしいハンバーグに料理してください』
眠くて重たいまぶたをこすりながら、私は彼女たちに問いただしてみた。
「キャベツはどうした」
4人は肩を落として帰っていた
↓次のお題は「文化祭の珍事」
それは高三の文化祭でのことであった。
普段寡黙な私が、なぜか目玉イベントである「ブロック行列」の最高委員に
選出されてしまったのだ。
ブロック行列とは一年から三年までの同じナンバーのクラスが集まって、
御輿ひとつと仮装部隊を用意して、運動場を練り歩くというものだ。
御輿と仮装の内容は、ほぼ三年生主体で決めることができた。だが皆
受験準備に忙しく、まともに議論しようとするものは少ない。そこで私は博打に
出たのである。
「古代衣装行列にする。女子はシーツを使ってチューブトップのワンピースを
自作し、全員それを着て歩くこと。脇から上はすべて素肌であること。
ワンピースの丈はすねまで。足は素足にサンダルのみ」
これが通った。
文化祭当日、三学年六十人になんなんとするブロックの女子が、むき出しの
白い肩を揺らしながら、素足にサンダル履きで砂の上を行進した。
そして特筆すべきことがある。市販品ではなく、女子高生の手製の衣装など
精度はたかが知れている。出来上がった衣装は、肩紐なしでもブラを隠すのは
かなり厳しかった。そこで女子連が選択したのが――ノーブラであった。
俺はあの日の感動を忘れない。ペラッペラでいびつなな形をしたシーツ製の
衣装を必死に胸の前で押さえながら、小糠雨の中、背を丸めて行進した
女子の姿を。それは俺がもっとも孔明に近づいた日であった。
――あの日に帰りたい。
※ ノンフィクション
↓次「スーパーマーケットの女帝」
そのスーパーマーケットの通路はひろかった。
郊外にある大型スーパー。外資の企業によって建設された大型量販店で、商品だなから紙パックのジュース
まで、ありとあらゆるものが日本人離れした大きさを誇っていた。
休日の夕方、夕食の支度のために来店した主婦でごったがえす店内を、かすかな噂ばなしのようなものが飛びかう。
「今日、来るらしいわよ」
「まぁ。先週は木曜だったジャないの」
「来るとなると手間ね」
「あたしはやめに帰るわ」
「休日に来るなんてはじめてよ。わたしは見ていく」
みな思い思いのことを言いながら、買いものかごを持つ手はしかし慌しく動いていた。しばらくすると、
ファァァァアアーン
妙にアジアンチックな楽器の音。宮廷の雅楽のような、あるいは東南アジアの舞曲にあるような楽器。
「きたわよ」
「やだはじめて見た」
店の入り口からは手に編みカゴを持ち、そこから花びらを撒く薄手の衣装をみにまとった娘が数人歩いている。
続いて槍を持った青年が数人。こちらは着物にズボンのようないでたちだった。
その後からは奇妙な神輿のようなものを担いだ男達。いずれも槍持ちの青年と似たような格好である。担いでいる大型
の神輿は周囲がスダレで囲まれたもので、漆の土台、金の天蓋。黒檀の柱には輝く胡粉と銀の蒔絵が美しい。古代
シルクロードの意匠を想いおこさせる蓮の柄の飾り布が下へ垂れていた。
前後を六人ずつで担ぎ、左右は同じく六人の若者が並んでいる。
ゆるりとした動作で店内を移動していくのだった。
しばらくすると、店員のうち役職のありそうな風体の男がひとり、神輿に歩みよった。
「キッ、キョウハナニヲ、オモトメデショウカ!!!」
完全に裏返った声で問うている。見守る主婦からもひそひそと声があがる。
「しっかりしなさいよ!」
「しっ、くるわよ!」
「ひらくのかしら」
「え? 見たい見たい!」
なんとか人ごみをおしのけ、籠の中の貴人を見ようとする。
すると。
スルスルと神輿のスダレから一枚の短冊がさし出だされた。店員の男はそれをおし抱くように受け取り、すぐさま奥へ
走る。しばらくすると店内放送がはじまった。
「五月雨のぉぉおぉぉおおおお、夜打つ雨のぉぉおおぉおぉおお、甍音(いらかおと)ぉぉぉおぉお、
泣くひとり寝のぉおぉぉぉぉぉおおお、霞なりけりぃぃぃぃぃいいいい」
どよどよ。
ざわめく主婦たち。
「なに? 和歌? 中の人が詠んだのかしら?」
「なに言ってんのよ、毎回詠むのよ!」
互いに情報を交換し合うものたち。それから店内はにわかに慌しくなった。若手の社員達が、ああでもないこうでもない
と商品を選別しているのだ。あるものは年配の社員にお伺いをたて、却下され、叱られ、相談し、そしてようやく代表
の若手社員が、ひとつの商品を持って神輿に近づいた。
手に持ったそれは、大きな飴玉の入った袋だった。
「へ、陛下がおひとりの夜も寂しくないように! 社員一同考えました!!」
その飴だまはするするとカゴの内へ引き入れられ、あたりは沈黙に包まれた。
たっぷりと時間がたち、主婦たちのなまつばを飲み込む音が聞こえ始めたころ。
「よろし」
一言、神輿のなかから、そう聞こえた。
まだ若い、少女の声だった。
それから神輿はゆるりと出口に向かい、謎の楽器の音と花びらとともに、店を去っていったのだった。
「なになに? どうなってんの?」
「どこの陛下なのよ!」
「女帝よ、これがホントの女帝よ!」
「あのままお帰りになるのかしら、どちらへお住みになっているのかしら」
「高速の料金所をあのまま通過するの。うちの主人が見たわ!」
スーパーマーケットの夜は更けゆく。
※ノンフィクション
次「意外な殺人者」
「だから、殺されたんですよ、私は。誰に?さっきから知らないって言ってるじゃないですか。
気づいたら死んでて、自殺した覚えはないし、体の具合も悪くなかったし。誰かにやられたんですって。
何とか思い出せって?しょうがないな。わかりましたよ。
それじゃあ、死ぬ前のことを思い返してみますから。そうしたら出てくるかもしれない。
う〜ん……とにかく、周りは暗かったですね。何も見えない。それから、水の流れる音がしてました。
川の近くだったのか?いや、そういう感じではなかったような…
そうだな、もっとこう、耳のそばで響いていて、むしろ川の中にいる感じ?
でも、だからといって溺れて流されていた感覚はなかったですね。プカプカ浮いてた気がします。
それに、あったかかった。お風呂?ああ、そうか。近いかもしれないです。まあ、とにかく周囲の状況はそんな風でした。
他には……え〜っと。ダメだ。よくわからないです。なんかもう、そのあとすぐ死んじゃったんですかね。よく覚えてないけど。
はあ…結局、あんまり出てこなかったですね。浴槽で脳卒中でも起こしたんでしょうか。
違うと思うんだけどなあ……
まあ、時間もずいぶん経ちましたし、今日はそろそろ帰ります。お騒がせしました。
……アレ?そういえば私、何で服着てないんですかね。いや、別に露出狂ってわけじゃ…
ん?何だ、このへそについてる管みたいなの。
それに……そもそも私、体のパーツ、足りなくないですか?
次のお題「お年玉」
677 :
お年玉:2008/06/02(月) 02:48:30
等身大フィギュア七万円也。
少女が女の子座りでこちらを見上げているようすを仕上げた一級品だ。
くそう。なんてことだ。と私はひとりごちる。他人からみれば馬鹿げたその金額に、ではない。
梱包されていたダンボールの箱に、だ。いや、金も悩みの種ではあるが。そんなことよりも――。
等身大フィギュア入り。
こんなにはっきり明記する必要がどこにあるのか理解に苦しむ。顧客層を勘違いしているとしか
思えない。配慮のかけらすらない。こんなもの家族にでも見られてみろ。死ねというのか。
まぁ、この手の趣味人は混迷を極める現代においてさらなる複雑化の一途をたどっており、二次元
か三次元かはたまた二次元の三次元化か、という分類において明確にすみわけがされつつある。
私は主に二次元の虜として人生を謳歌していたが、最近では二次元の三次元化というあらたな境地
に踏み出しつつあるというわけだ。言うなればモーゼの心境だ。
幼児性愛には多少の理解はあるものの、三次元の、つまり実物に執拗な愛着をもつ者は理解できない。
あんな生きているナマモノに金を払ってもいいという輩がいるというのだから不思議でならない。
そして目下の悩みは三次元のソレについてである。
いや、その三次元に与える金についてである。
お年玉の時期なのだ。
姉の娘であるところの姪っ子にお年玉をやるのは、叔父であるところの私にとってはある種のステータス
であり、同時に弟として叔父として成人男性としてのつとめのひとつであろうと自覚している。
しかし先立つものはなく、こうして二次元の具現化とにらめっこしているのである。
売ってしまうか。金にはなるだろう。いや、これをどこに売るというのだ。オークションか。時間がかかる。
などと煩悶している。
だいたいこのフィギュアは私にしてみれば子供のようなものである。
その子供を売って子供に金を渡そうというのだから本末転倒な話しだ。憤懣やるかたないぞ。
いやまて。
子供を売って子供に金を与えるだけじゃないか。
あんなものでも買い手は無数にいるのだ。さぞ金になるだろう。
売ったら子供にお年玉をあげられるじゃないか。
そういうわけで、私は手ぶらで姉の家へ向かったのだった。
次「ココの家賃が安いわけ」
「いやあ〜〜こんな広くてキレイな家にこんな家賃で住めるなんて、夢みたいだよ」
「ウフフ、頑張って探してきた物件よ。2人の新婚生活のためですものお〜〜〜〜」
益次郎とサダ江はむぎゅう、と抱き合った。
「さっ!お掃除頑張りましょっ!引越ししてからの2人の初仕事よっ」
サダ江は益次郎から離れ、軽くウインクすると、窓拭きに取り掛かった。
益次郎はサダ江の魅力にクラクラしながらも、ふと疑問が頭をよぎる。
なぜ、こんな優良物件が格安なのか?
「なんで、こんなにいい物件なのにこんなに家賃が安いんだろうねえ」
窓拭きをしているサダ江に話しかけると、全身の動きがピタリと止まった。
「…知りたい?」
後を向いていたサダ江がくるりと益次郎の方を振り向いた。
その顔には不適な笑みを浮かべ、雑巾を持つ両手を顔の前に掲げながら益次郎の方に
せまってくる。
「出〜〜る〜〜の〜〜よ〜〜こ〜〜れ〜〜が〜〜」
「わーーーーーーーー!!!」
益次郎は腰を抜かさんばかりに驚き、後に尻餅をついてしまう。
「きゃっ!ごめんなさい益次郎さん、冗談よ〜〜」
サダ江は益次郎の手を取ると、ウフフと笑う。
「な、なんだあ、もー驚かすなよ〜〜」
サダ江はごめんなさい、ともう一度上目遣いにかわいらしく謝ると、益次郎の腕に自分の
腕を絡める。
「ねえ、益次郎さん私、あなたと結婚できて幸せよ?そしてこんな大きなおうちに住めてますます幸せ。
このおうちは、大家のおばあさんと特別仲良くなって、家賃を安くしてもらったの
ウフ、私っていい奥さんでしょおう〜〜」
そう言いながらきゃっきゃと笑うさだ江。
「そ、そうだったんだあ〜〜サダ江は倹約上手の、いい奥さんだねっっ
しかも美人でカワイイし、僕にはもったいないくらいだよっ!!
愛してるよ〜〜〜〜〜!!」
なぜだか感極まって、益次郎はサダ江の小さな体をぎゅううううっと抱きしめた。
「あんっ!益次郎さん、ちょっと苦しいわよ(はーと)」
ちょっと窮屈そうに、身をよじるサダ江、しかし益次郎はそんなサダ江がかわいくて
ますます抱きしめる腕に力が入るのだった。
「きゃんっ(はーと)もう、益次郎さんたらああ〜〜〜」」
その頃
この家の上空3000メートルの未確認飛行物体の中では、人間に似た、
しかし人間とは明らかに違う形の、とんがった耳を持った、いわゆる宇宙人と呼ばれる類の者たちが、
この家の中の2人の様子をモニタリングしていた。
「いやー地球人の言葉でバカップルっていうんですか?こういうのって」
「…さあな」
「これが一般的な地球人の夫婦なんですかねー」
「シラネ」
「ていうか、地球人の夫婦生活の生態サンプル、失敗しましたかねー。奥さんノリがよかったから
家と引き換えに、つい頼んじゃったけど」
「…ぐう」
「あっっ!!先輩何寝てんすか!!」
「ぐうぐう」
「ちょっと起きて下さいよ!この仕事終わらなきゃ○△×#惑星に帰れないんですからね!!
おーいせんぱーい!!…」
地球は今日も平和にまわっている。
次のお題「深夜3時の点呼」
深夜3時から行われる集会が今宵も開かれようとしている。
瞬きする街灯の明かりだけがキリンの滑り台を照らす公園。
そのもとに集まりはじめる影、影、影。
「……えーそれでは点呼を取ります」
キリンの首根っこに座った町内会長の一声でその場にいた全員がはっと顔を上げる。
しゃがれた声の町内会長は自分の眼下をぐるりと見渡すと、何かに納得するように一度頷いた。
「……さぶろうさん」
群衆の中から、にゃー、と声が上がる。
「ミーコさん」
にゃー。
「コロスケさん」
にゃー。
「ミケさん」
……。
「……ああ、酒屋のミケさん」
にゃー。
こんな調子で点呼がはじまり、今夜も日ノ出町の猫集会は始まりを告げたのだ。
次のお題「セレビッチ僧侶」
セレビッチ僧侶の朝は早い。
鶏が鳴き声をあげる頃には、もうお祈りをすませて朝食も終えている。
セレビッチ僧侶の夜は遅い。
草木も眠る頃、彼は聖書を開き、神の御心を少しでも理解しようと精一杯に励んでいる。
真昼、村人たちが農作業の合間の休憩でおしゃべりに花を咲かせている頃、
セレビッチ僧侶は夜中の12時にセットした目覚まし時計のそばで、満ち足りた顔をして眠っている。
次回のお題「ホームページ・パニック」
アタシはセレビッチ僧侶。56歳の愛され系OYAJI。
今日も愛車のスクーターに乗って艶檀家まで颯爽と走るわ。
シースルーの袈裟が風になびく度、通りすがりの艶犬の視線を感じるけれど
そこで視線を返すのは小娘のやること。そんな時こそセレビッチ僧侶の毅然とした小悪魔ぶりを演出して。
艶爺の三回忌である今夜はメタボリックな艶腹に隠した情熱のリズムを木魚に託してみたわ。
アタシの熱い弔いの気持ち、アナタに届いたかしら?
次回のお題は「ホームページ・パニック」
ある日の夜中。
目が冴えて眠れなくなった僕は、眠っている飼い猫を膝に、パソコンを立ち上げ、何とはなしにいろいろなサイト巡りをしていた。
タレントのブログや、個人の小説が置いてあるサイト、ボーッと頬杖をつきながら次々にいろんなサイトへ飛んでいく。
夜中に起きているせいか、目に映る情報は、半分も頭の中に届いてはこない。
そんな中、ある個人のホームページにたどり着いた。
自己紹介に始まり、日記には日々の出来事を写真付きでアップしている。
なんてことない、普通のホームページだ。
見たところ何の変哲も無いホームページを、それでも何か面白いことが書いていないかと、
下の方までスクロールしていく。
一番下に、アクセスカウンターがあった。
それも普通のことだな、そう思いながらカウンターの数字を何気なく見ると、なんと「1234567」と表示されている。
お!なんだあ!えらくめずらしい数字が出たな。
珍しい現象に、少しだけ姿勢を正すとアクセスカウンターの下に、さらに何か書かれているのが目に入った。
私のホームページに訪問していただき、ありがとうございます!
ご来館いただいたアナタに大きなプレゼントをご用意いたしました!!
私が指定したキリ番「1234567」
こちらにアクセスしていただいた方に、なんと現金1000万円プレゼント!!!
一瞬、目を疑った。
ボーっとしていた頭が一気に覚醒し、目はパソコンの画面に釘付けになった。
…これは…どう考えても怪しいよな…だって、懸賞サイトならともかく、個人の普通のホームページでだぞ??いっせんまんん!?
しかもこんな、地味な普通のホームページ…。い、いやでもこのホームページの管理人が実はすごい金持ちで、
くさるほど金を持っていて、ひっそりと運営している自分のサイトにたどり着いた運のいい者だけに、金をやろうと考えているんだと
したら…。
いろいろな考えが頭の中をぐるぐる回り、金額の大きさに頭がクラクラし始め、急に心臓がドキドキし始めた。
手にはじっとりと汗をかき、心なしか小刻みに震えている。
これは何かのワナだ!!と冷静に制する自分と、いやこれはラッキーだったんだ!!という頭の中の2人の自分が喧嘩を始め、
だんだんと考えていることの収集がつかなくなる。
えええーーい!!!もしこれが冗談だったとしても!!!僕は釣られてやる!釣られてやるぞおおお!!
覚悟を決め、管理人のメルアドをクリックする。
キリ番をゲットした旨を、簡潔にメールで報告すると、すぐに「おめでとうございます!!」との返信メールが来た。
返事が来たことで、賞金に対する期待感が一気に膨れ上がる。
おいおいおいおいおいおい1000万だぜ!?
何に使おう、まずは好きなものを買いまくって、高級レストランで高級料理をたらふく食ってやる。
そうだな、世話になっている親に100万くらい分けてやってもいいかな!
さっきのパニック寸前の葛藤はどこへやら、ホクホクと喜色満面の表情で管理人からのメールを開く。
果たして、そこにはこう書かれてあった。
キリ番ゲット!!!!おめでとうございま〜〜〜〜〜す!!
1234567、こちらをゲットされたラッキーなアナタは、現金1000万円のプレゼントを わ た し にすることができる「権利」を獲得されました!!
つきましては、以下の口座番号に、一週間以内に1000万円振り込んでください!!お待ちしておりま〜〜〜す♪
○×銀行△支店口座番号32○×…
天国から地獄とは、まさにこのことなのか。
先ほどとは別な意味でパニックになった頭からは
「うごうがあああああああああ!!!!!」
という、言葉にならない叫び声しか出てこなかった。
「うにゃっ!!!」
その声で、膝で寝ていた猫がびっくりして目を覚まし、僕の膝から飛び降りる。
柔らかく着地した後、飼い主の方に向かってきちんと前足をそろえて座り「にゃ」とひと鳴きして飼い主の方を見る。
どうしたことか、飼い主は頭を抱え、のた打ち回っている。
猫はそんな僕を、不思議そうに首をかしげながら、まんまるな瞳でいつまでも見つめているのだった…。
次「鳥かご生活」
──マジマジ、ほんとうなんだって!
麻美がそんなふうに興奮しているからついついやってみるだけならいいかな、なんて気持ちになってしまった。
──違うの、お金とかそんなにかからないし、別に体にいいとかそういうこともないんだよ。ただリラックスするためだけのものなの。
今、私の目の前には鳥かごがある。頭が丸くなっている形の普通の鳥かごだ。
──効果? そうだなーなんていうかね、心ここにあらずって感じなんだよね。それって普通は悪いことじゃない?
それを聞いた時、私もそれじゃリラックスしすぎで逆に日常生活が困難になるんじゃないかと思った。
──でもね、他人なんてそんなに自分のことなんて見てないんだよ。
──ちょっとくらいぼーっとしてても、天然な子なのかなとか、疲れてるのかなくらいにしか見られないものなんだよ。
そんなものなのかも知れない。確かに私だって今まで麻美が鳥かご生活をしていることに気付きもしなかったのだから。
──止めようと思えば簡単に止められるし、ほら、こうやって単に身代わり人形を鳥かごから出せばいいんだから。ね、簡単でしょ。
私は子供の頃NHKでやっていたボブのお絵描き教室が大好きだった。
ね、簡単でしょ。そう言われると条件反射的に容易い物なのだと思うと同時に心が浮き足立ってしまうのだ。
そんなわけで身代わり人形にはキーホルダーに付けていたモーモーポクポンを、場所は部屋の隅、暑くもなく寒くもない所に決定した。
本当の自分は常のこの鳥かごに入っている、だから抜け殻の自分がかごの外でどんな目に合っていても平気なのだ。
そう思い込むのが鳥かご生活らしい。私はちょうどその時仕事を変えたばかりだった。
新人教育役の先輩がきつい人だったこともあって、その時はただお守り代わりと言うか、半信半疑と言うか、
大した期待もなく鳥かご生活に入ることになった。
鳥かごにモーモーポクポンを入れて生活するようになってからしばらく、
先輩のきつい嫌味もヒステリックな小言もほとんど気にならないようになっていた。
これがプラシーボ効果か、などと感慨深く思いつつ、鳥かごの身代わりポクポンにお供えをするようにまでなってしまっていた。
けれどこれがまたいい効果をもたらしたのだ。
鳥かごの中に花を一輪入れておくと、その日いちにち良い香りに包まれているような心地よい感覚に浸ることができた。
部屋に曲を流しておけば外にいても好きな音楽を聴いている時のような楽しい気持ちにもなれたし、
鳥かごのそばに扇風機を回しておくとどんなに蒸し暑い日でも快適だった。 毎日が楽しく過ごせるようになったせいか、仕事の覚えも早くなり、先輩の小言も少なくなってきている。
まさにいいこと三昧、鳥かご生活万歳だ!
あなた最近調子いいねぇ。社食で味噌ラーメンを啜っている時に、ふと隣からそんなことを言われた。
空いていた隣の席に座った先輩は、仕事の時には見せないようなのんびりとした表情をして私をにこにこと見つめていた。
いえそんなことないっす先輩のおかげっす。冗談めかした言い方に彼女は色っぽくふふふと笑い、
トレーの上のたらこスパをフォークで巻いていく。そう言えば先輩とは仕事以外の話なんてしたことなんかなかったなあ。
そんなことを思いながら何気なく先輩の方を向くと、何やら彼女の様子がおかしい。
どしたんすか、お腹痛いんですか? 先輩はタイトスカートの上から下腹部を押さえている。
顔を見ると油汗が浮かんでいて、そのきつい角度の眉はしわくちゃに歪んでいた。
思わず私はテーブルの上に箸を投げ捨てて先輩の肩に手を置いた。
大丈夫ですかと言うのが無意味に思えるほどどんどんその顔が青く白く血色をなくしていく。
これは尋常ではない。そう思った私は心の中で119と呟いて、「すみません誰か!救急車!!」と叫びながら席を立った。
その時。視界の隅に火花のようなものがバチバチっと散った。
まるでスローモーションのように見えたその光景はとても酷いものだった。
先輩の股間の辺りから発射されるロケット花火のような無数の火花。黒々とした煙りが辺りに立ち込めていく。
食事をしていた周りの人々と先輩の悲鳴と、それから私の情けないうわわわわという声が同時に響いていた。
しばらくして火花は収まり、その場には茫然自失の先輩と慌てふためく人々だけが残されたが、
大量の煙りが発生したために火災装置が反応してしまい、消防車まで出動する大騒ぎとなってしまった。
結局原因はよくわからないまま先輩の責任となり、彼女はしばらくの間自宅謹慎処分となった。
謹慎が明けて出社してきた先輩は以前のようなキャリアウーマン的なパリっとした印象はなくなり、
どこか疲れたような色気を漂わせていた。そんな先輩に飲みに行きませんかと誘ったのは私の方だった。
前から個人的に話してみたいと思っていたし、あの騒ぎがなんだったのかを知りたかったのだ。
先輩、先輩の股間はなんであんな花火大会になっちゃったんですか。
酔いが回っていたせいもあるが私は元々回りくどい物言いは苦手だ。
しかし失礼とも思える直球の質問にも彼女は素直に答えてくれた。
ねえ、鳥かご生活って知ってる? その言葉は私をびくりとさせた。
知っていると答えていいのか、むしろやっていると答えていいのか言い淀んでいるうちに、
先輩は芋焼酎のグラスに溜め息を吹き込んで言葉を続けた。
「私ね、鳥かご生活っていうのやってたのよ。鳥かごに人形を入れて、これが本当の自分だって思い込むの。
新人の教育なんて初めてで焦ってたのね。色々ときついことも言ったりして、
そんなことじゃあなたが萎縮するばかりだって自己嫌悪にも陥ってた。
そんな時に鳥かご生活を知って、自分の部屋に鳥かごと人形を置いてたんだけど、あの日、同居してる彼氏が……」
そこまで言いかけた先輩はふと黙り込んでこちらをちらりと伺い見た。
誰にも言わないでくれる? とお願いされて私はうんうんと頷いた。
「人形に線香花火を押し付けちゃったのよ。いや信じられないのはわかる。
私だって人形の身に起こったことが自分にも降りかかるなんて今でも信じられない」
人形の大きさからしたら線香花火の火花もロケット花火並みにはなるだろう。ちなみに先輩の身代わり人形はまりもっこりだったそうだ。
先輩と別れた帰り道、私はふとあることに気付いて足を速めた。
私の身代わり人形はポクポンである。糸がぐるぐる巻き付いた人形である。
もしも誰かがその糸を解いたらどうなるか。答えは明快だ。
私は家に連絡を入れ、電話に出た母親に絶対に部屋には入らないでと喚きながら夜道を走った。
公共の場で私のこの我ながら遺憾である乳や、地崩れを思わせる腹や尻を晒すわけにはいかないんだ。
完璧に思えた鳥かご生活にこんな落とし穴があったなんて。歩道を照らす街灯が急げ急げと瞬きしている。
私は脳裏に浮かぶ最悪のストリップショーを必死で打ち消しながら、奥歯を噛みつつ家路を急いだ。
次は「凍らない水」
「――安定した状況で冷やされた水は、凝固点より温度が低くなっても凍ることがありません。これが『過冷却』です」
テレビから流れる声と映像に見入る。研究職を諦めて親父の跡を継いだ俺は、こういった知的番組がヒドく好きだ。
ワシントンのこの田舎に暮らし続けるのは、都会に憧れていた俺にとって苦痛以外のなにものでもなかった。
諦めることを知ってしまい、それからはなにごとにも無感動で適当に生き、そして怠惰に結婚した。
この「サイエンス・オーヴァー・アワーズ」に出会わなければ、自殺でもしていたかもしれない。
「この過冷却の状態からなにか衝撃を与えれば、たちまちに凍り始めてしまいます。
しかし刺激がなければ……そう、それは凍らない水になるのです」
「ネエ、まだなの?」
背後から声がかかる。妻のイライザだ。「早くダンスのレッスンに行きたいのよ。ずっと待ってるのよ」
俺は無視をした。俺がこの番組を無視できないことは、イライザもダンス教室のジャクソンとの愛より深く知っているだろう。
「水を熱した場合も同じようなことが起こります」
「ネエ」少し声が近づく。耳障りだ。左手で額を押さえて軽く溜息をつき、右手は座っているソファーとクッションの間へ滑らせる。
「安定した状況で熱し続けた水は沸騰しません。しかしそこに刺激が加わると――」
「ネエ、聞いてるの!?」
右肩にイライザのぶ厚い手が強く押し当てられる。股下から右手を抜き、そのままイライザを撃ち抜く。
テレビのなかでは212°Fを越えたお湯がいきなり沸騰していた。背後では倒れる音が聞こえた。
「このように突沸するのです。人間と一緒ですね」
俺の頭のなかでは、ジャクソンの言葉がよみがえってる。「愛ってのは突然、燃え上がるものなのさ」
腹が震え、気づけば笑っていた。止まらない。口から声がもれる。
おかしな話だ。俺たちの愛なんて、とっくに凍りついてるってのに。なあ、イライザ。
次は「聾唖の医師」