古木のような浅黒い手が、新聞の訃報欄を毟り取った。男はそれを、自分の爛れた口
へねじ込む。涎を垂らし咀嚼する。加齢で黄色くにごった目は血走っていて、年不相応
な意思と狂気に満ちている。薄暗い部屋で一人机に向かい、熊のように背中を丸めて、
訃報を食べている。
部屋に一筋の光が入った。ドアが開いたのだ。
「先生、お出かけになられますか」
黒髪のお手伝いが凛として問う。老人は答えず、のっそりと席を立った。老人らしく、
よいしょ、などと声をかけたりはしない。熊のように力強く重々しく動く。男の襟には
議員バッジが光っている。
女が言う。
「味方が一人減りましたね」
男は口元を拭い、にやりと笑った。
「奴はわしの中にいる」
男が部屋を出た後、女は、男の愛情表現の後処理を始めた。
次題「サイダー」「ガラス」「夏」