1 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/16(火) 00:11:29
この時期なのでたてました。第二次世界大戦を題材に小説を書いてください。
2 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/16(火) 05:44:54
その日は6月の夜の涼しい風に煽られる事なく、私はある居酒屋で開かれた職務満期の祝いに主役として参加
していた。いつもは酒などちびちび飲む程度なのだが、この時ばかりは若手社員にのせられてか多少
ハメをはずした。店内の嬌声はやむことはなくあっという間に時間が過ぎたように思えた。切り上げ時になると
「嶋さん。今までご苦労様でした」と将来が期待される一人の若手社員から灰皿とオイルライターを
贈呈された。仕事一徹を貫き煙草を一切吸わなかった私に対しての「これからはゆっくりしてくださ
い」という配慮だった。
にぎやかな時間が過ぎ、その余韻に浸りながら私は電車に乗り帰途についた。ガランとした車内では、長い
髪の毛を茶色に染めた妙に足の長い女子高生が一人ポツンと座って鏡を見ながら化粧をしてい
た。
私はシートの背もたれに身を預けた。カタンコトンというリズミカルな音に聞き入っていると、自然と意識が
漠然となりついその女子高生に見入ってしまった。その女子高生はこちらに気付くとひと睨みし、私の視線を体全
体で振り払うような傲慢な仕草で別の車両に移っていった。
「昔はあれほどの西洋かぶれはいなかったな。日本は変わってしまった」
と私は一人ため息混じりに呟く。
現在の日本にはアメリカ軍が駐屯し、西洋的な造語が流行り、ハリウッド映画が輸入され、欧米人のような髪の色
をした人間が大量発生している。その有用を見ていると、すっかりアメリカに支配されてしまった。と錯覚を起こさ
ざるを得なかった。いや錯覚ではないかもしれない。
「一体彼らは何のために死んでいったのだろう。そして俺は何のために戦ったのだろう。いや、とにかく
日本という国家は存続している。俺たちは日本のために戦い、死んでいったのだ。無駄ではなかったのだ」
そう自分たちの戦いを正当化しようとしても、結局、戦争というものは、結果論としてみれば、敗戦国にとっては無駄
に人命という財産を消耗する国家戦略でしかないのかもしれない、と思わざるを得なかった。
とにかく日本は戦いに敗れたのだ。
3 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/16(火) 05:46:06
昭和20年6月31日。
私は沖縄守備軍第三十二軍の一員として従軍していた。守備軍といっても隊員のほとんどは、10代〜50代の様様な職業の
緊急に召集された人々で、アメリカ軍と比較してその質は著しく劣り、そのほとんどは非戦闘員であり、協力部隊であった。
そして私は17歳の学徒動員兵の一人として、アメリカ軍の激烈な艦砲射撃と地上部隊の掃討作戦から逃がれるべく沖縄の
最南端、湊川海岸を目指して南下していった。もっとも、後(のち)に知ったことなのだが、この時すでに第三十二軍の牛島司令官
は自決しており日本軍が沖縄戦に敗れていた。そして湊川海岸は沖縄戦におけるアメリカ軍のもう一つの上陸地点であった。
しかし南下の途中、本隊からはぐれた私たちには、そのことは知るべくもなかったのである。
「静かになった」
その夜、暗闇に包まれた小さな洞窟内で静かな声が響き渡り私の耳を打った。艦砲射撃が止んだのだ。私が声のした方向に眼を向けると
村川清太二等兵が強張った表情で、艦艇が発射する、この洞窟内からは見えるはずのない徹甲弾をさぐるように洞窟の天井を見ていた。
「嶋。移動しよう」
村川二等兵と私の視線が合った。その時、私は思わず洞窟の奥に視線を向けた。奥には3日前に艦砲射撃の徹甲弾の破片で首に傷を負った
山口三郎二等兵が睡眠をとっているのだ。出血は半日経ってようやく止まったものの、思ったより傷が深く、膿がわき、それが肉に
かじりつく「がじがじ」という音がはっきりと聞きとれる。もし彼が眼を覚ましてしまったら、又、痛みに涙を流し悶絶しなければ
ならない。私たちは村川二等兵と傷兵である山口二等兵と私の3人で南を目指して移動していた。
私は山口二等兵を起こさないように声をひそめて村川二等兵に言った。
「それよりも、じゃがいも畑はないか?じゃがいもの葉に味噌を塗って、それを山口の傷に塗りこんでやるんだ。
そうすれば化膿は少し治まるはずなんだ」
4 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/16(火) 06:42:46
訂正 膿→うじ
>>3>>4 SF設定(特殊な兵器や能力・タイムスリップなど)
ファンタジー設定(現実にはありえない法則の世界など)
今やこうした絵空事形式で戦争が語られるのが日本の戦争小説の主流であるのを考慮すれば、気概はすばらしいと思う。
だがしかし、絵空事ですまさないためには非常に高度な考証が必要になる。
6月30日はすでに沖縄本島全土がアメリカ軍の手中にある。湊川まで南下するには、敵中を歩かねばならない。
掃討のアメリカ軍は夜間も警戒線を張っているわけだが、ではそれをどのように回避したのか書かねば、やはり絵空事になるのではなかろうか。
せんそはいくない。