873 :
輝き:
小説を書き始めて、もう少しで一年になる。
僕は少し前まで、観念的な理由から文学には高潔さが欠かせないと考えていた。
しかし今、精神の奥深くにおける葛藤からその価値観が揺らぎ、
変化、いや進化しようとしている。
一時的にせよ、高潔さへの拘りを捨ててみようと思うんだ。
それに代わる新たな価値観を手に入れ、人生の絵を塗り直すために。
より新しいものを求めるのは人の世の常だろうか。
村上春樹の新作が刊行されたと知り、僕は最寄りの書店へと急いだ。
僕が村上春樹を好きな理由は、彼が根底の部分でヒューマニストだからだ。「東京奇譚集」はすぐ見つかった。
レジで並んでいる時、背後から声をかけられた。
「村上春樹はお好きなんですか?」
振り向くと、二十台後半くらいの清楚な女性だった。
白のロングスカートにピンク色のモヘアセーターを合わせていた。
何故か見覚えがある。以前どこかで会っただろうか。
「……はい」
「私も好きなんです」
そうなんですか、と答えて彼女の手元を見ると、「東京奇譚集」を持っていた。
「趣味が合いますね」
気付いたらレジの順番が回ってきたようだ。
お客様、早くして下さい。とレジ係の茶髪の男性に促された。
レジで支払いを済ませ、その日はそれで彼女と別れた。