目を開けると、強烈な眩しさを感じて反射的に目を細めた。
手をかざして光を遮り、徐々に目を慣らしてゆく。
数秒の間そうして、ようやく自分がベッドに寝かされている事に気付いた。
見覚えの無い天井だ。
蛍光灯の白い光と薬品の匂いが、僕の意識を否応なく覚醒させてゆく。
首を左右に巡らせると、白い棚や壁に掛けられた時計が目に付いた。
棚には、遠くて良く見えないが何かクスリが入っているようだ。
病院で感じる独特の薬品臭が鼻を刺激する。
保健室、だろうか。
何故僕はこんなところに寝ているのだろう。
いつものように登校して、朝礼に出て、校長の長い話を聞いて、それから・・・・・・。
それから?
どうしたのだろう。
朝礼の後半が全く思い出せない。
まるでゲームのスイッチを切ったように、僕の記憶はプッツリと途切れてしまっていた。
視線を壁に送ると、掛けられた時計の針は12時23分を指している。
朝礼に出たのが朝の8時15分だったから、それから4時間以上経過している計算だが・・・・・・。
コンコン、と軽快な音が左側から聞こえた。
普段ならすぐにノックの音と分かっただろうが、
混乱気味の頭に、出し抜けに音を叩き込まれて酷く動揺してしまった。
「え?は、はい!あいてます!」
実際に鍵が空いているかどうかは知らなかったが、
気付いた時にはそう答えてしまっていた。
控えめに開いたドアから見知った顔が覗く。
担任の牧村先生だ。
「中塚君起きたのね、大丈夫?」
と後ろ手でドアを閉めながら先生は僕に近づいてきた。
「はぁ、大丈夫、です、けど・・・?」
何が大丈夫なのか、意味が良く分からなかったので曖昧に答えた。
先生は僕の返事には何も返さずに、続けて質問をしてきた。
「おうちの方に連絡した方が良いかと思ったんだけど、お留守みたいで」
「倒れるなんて心配したのよ、朝ごはん食べてこなかったの?」
「あ、はい、今日は寝坊を」
してしまったから、と答えようとした時、ようやく僕は違和感に気付いた。
タオレテ、と先生は言った。
たおれて、倒れて?
「え?僕、倒れたんですか?」
朝ごはんの事なんかよりもそっちが気になる。
「そうよ、校長先生の話が終わった後、急に」
僕はしばし呆然としてしまった。
朝礼で倒れるなんて、漫画の中の話だけかと思ったいたのに。
実際に、それもこの僕自身が倒れる事になるとは。
「中塚君、本当に大丈夫?」
再び先生が尋ねてきた。
「あ、今は気分が良いので大丈夫です」
よかった、と相槌をうって、
「今日はどうする?授業には出る?」
と何とも好都合な事を聞いてく来てくれた。
先生公認でサボれる、またとないチャンスである。
「なるべくなら大事をとって帰りたいです」
とすかさず答えた。
先生は2度、うんうんと首を上下に振って、肯定の意を示した。
「そうね、そうしたほうが良いわね。」
そらきた!僕の頭は早くも家に帰ってどう遊ぶかの算段モードに入った。
まず帰ってアイスを食べよう、それからゲームをやって、漫画を呼んで。
「でもおうちの人、居ないんじゃないの?」
おっと、まだ油断してはいけないようだ。
「共働きをしていますので。」
でも大丈夫です、と言ってベッドから降りた。
しっかりと立てる。
本当に大丈夫そうだ。
「それじゃ失礼します」
と挨拶してそそくさと退散する。
先生は如何にも何か言いたげだったが、
引き止められて、授業に出る事になったらかなわないので無視した。
何人にも僕の遊び計画の邪魔はさせないのだ。
誰も居ない廊下を通り、下駄箱まで行ったところで、鞄を持ってない事に気付いた。
考えるまでも無く教室だろう。
取りに戻ろうかとも考えたが、クラスの友達に会うのは何となく気まずかった。
鞄は明日でいいさ、と自分に言い聞かせて下駄箱の中に上履きを押し込んだ。
手ぶらの帰り道、太陽は真上でギラギラとその身を光らせている。