「読みにくい」という神話

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740名無し物書き@推敲中?
 もう三時間も前のこと、
島村は退屈まぎれに左手の人差指をいろいろに動かして眺めては、
結局この指だけが、これから会いに行く女をなまなましく覚えている、
はっきり思い出そうとあせればあせるほど、
つかみどころなくぼやけてゆく記憶の頼りなさのうちに、
この指だけは女の触感で今も濡れていて、
自分を遠くの女へ引き寄せるかのようだと、不思議に思いながら、
鼻につけて匂いを嗅いでみたりしていたが、
ふとその指で窓ガラスに線を引くと、そこに女の片眼がはっきり浮き出たのだった。
741名無し物書き@推敲中?:2005/08/06(土) 12:38:32
>>740 は川端康成《雪国》の一節で、ノーベル賞まで受賞した名作なんだが、
しかし、この一節が悪文であることも間違いない。
統語的曖昧さの少ない文章に書き換える余地が大いに有る。
仮に《雪国》という作品が存在しなかったとして、
その世界の2chに、誰かがこの文章を書き込んだとしたら、
こんな感じに添削されてしまうんじゃないかと思う。


三時間ほど前のことだ。
島村は退屈まぎれに左手の人差指をいろいろに動かして、眺めていた。
――結局この指だけが、これから会いに行く女をなまなましく覚えている。
はっきり思い出そうとあせればあせるほど、記憶はつかみどころなくぼやけてゆき、頼りない。
なのにこの指だけは、女の触感で今も濡れていて自分を遠くの女へ引き寄せるかのようだ――
そんなことを不思議に思いながら、指を鼻につけて匂いを嗅いでみたりしていた。
ふと、その指で窓ガラスに線を引いてみると、そこに女の片眼がはっきり浮き出たのだった。


「こういうのをどう考えるか」ということだと思う。
個人的意見としては、名作は「悪文であるから名作」なのではなく、
「悪文であるにもかかわらず名作」なのだと判断している。
ワープロ以前の時代には、文章を書き直すのは大変な作業だったから、
その時代の文章に悪文が多いのは大目に見るべきだろうが、
ワープロで書いた文章が悪文の場合は、許容範囲外だと思う。