この三語で書け! 即興文ものスレ 第十九ボックス

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 清水の次郎長も知らないでよく極道やってるわねと笑った姐さんの笑顔が忘れられなくて、
俺は不謹慎にもオヤジ(組長)に死んでもらいたいと本気で思った。本気で、というのは
俺の気持ちが本気だからで、だいたい六十にもなろうというオッサンが三十七歳の奥さんもらうかよ。
まあ俺もまだ十七だからオヤジのこと言えないけどさ、それでも人妻に手ぇ出すような不義理はしない。
これはヤクザだからとか極道だからとか関係ない。俺の、信条だ。

 ヤクザと極道は違う。俺がなりたいのは極道で、ヤクザではない。そんなこと言ったら
姐さんは「馬鹿ね」と笑った。どうしてそんな話になったのかは覚えていない。俺は、姐さんの笑顔を
見るといつも頭が真っ白になる。その日、俺は姐さんの買い物に護衛も兼ねた運転手をしていた。
姐さんの三十八歳の誕生日を明後日にひかえている。当日は派手なパーティになるだろうな。

 青山にあるイブ・サンローラン、ディオールとベンツを乗りつけ、最後に表参道のシャネルに寄った。
聞いたことのない名前ばかりだが、値段が張りそうなことは店構えで分かった。パーティで着る服を
買うのだと姐さんは話していた。サイズを仕立てるので、服は後日に送られてくるらしい。
誕生会には大勢の客人がやってくる。挨拶まわりで俺と話す時間は姐さんにはないだろう。
そう思った時、小奇麗なケーキ屋が通りの向こうに見えた。姐さんはまだ戻ってきそうにない。
俺は車を降り、ショートケーキを買ってきた。俺は今だけは、姐さんを独占している。そう、今だけは。

 運転席に戻って、ケーキからセロハンをはがし、ケーキ屋で一本だけもらったロウソクを指して立てた。
それからドアを開けて、そのまま道に捨てた。次郎長なんか知らない。俺はヤクザではなくて極道になりたい。
しかしその前に、俺は俺だ。不義理はしないのだ。