この三語で書け! 即興文ものスレ 第十九ボックス

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295 ◆z03.cue.22
「愛」「思い出」「日常」

旅にでるといつも早起きしてしまう。
宿の、七時の朝食に合わせて目覚まし時計が六時になるように
セットしたのだけれど、六時前には目をさましていた。
『潮騒館』に泊まるのはこれで五度目になる。
朝食を運んできた仲居とはすっかり顔見知りで、三度目の滞在からは
海辺の散歩をすすめなくなった。

はじめて『潮騒館』を訪れたとき僕はひとりではなかった。
仲居は僕の連れに向かって、今日は晴れているので蜃気楼が見えるでしょう、
とすすめてくれた。崖沿いの、手すりのついたコンクリートの石段を降りていくと
浜辺に出る。そこから眺める蜃気楼が観光名物なのだ。
連れとは二年ほど同棲していて、日常と違う空気が僕たちには
必要な時期だった。苦し紛れの旅行では効果は薄く、僕たちは別れた。

朝食を終えて、心づけの用意を済ませる。
窓を開け放して浴衣姿のまま布団に横になる。
愛が終わってしまった原因はわからない。
どんなに思い出をたぐっても、お互いに冷めてしまった以外の言葉が見つからない。
蜃気楼を見れば愛の正体がわかるような気がしたけれど、
いまは目を閉じながら潮騒を聞いているだけでじゅうぶんだった。


次のお題は「ペット」「家族」「別れ」でお願いします。