妻が台所でタマネギを切り刻む音が、私の耳に届いた。
今晩の食事は、カレーに決定していた。
献立が変わることはない。肉もニンジンも、ましてやジャガイモすら
入っていない、タマネギとカレールーだけのカレー。
そう、年にニ、三度作られるタマネギだけのカレーは、妻の私に対する
あてつけなのだ。
私は、包丁が俎板に届く音、妻のしゃくり上げる声を聞きながら、机の
上に置かれた、二枚のチケットを眺めていた。
海外公演を行なっている、さる管弦楽団のコンサートチケット。
今日から三日後の、その公演日は、私のスケジュール表にも
書き込まれていた。
しかし、つい先程、会社からの連絡によって、「コンサート鑑賞」というメモに
一本の打ち消し線を入れなければならなくなった。
妻は、まだ泣いている。
それもそうだ、これを楽しみに、いろんなことを我慢してきたのだから。
長い階段を苦難に負けず駆け上り、あと一歩という所で、よりにもよって
連れ添っていた夫から、それ以上行かないでくれ、と言われたような
ものなのだから。
出来上がったカレーは、タマネギの味しかしなかった。
妻が浴びるシャワーの音を確かめた後、私は携帯を取り出し、メールを作成する。
「上手く行った。三日後を楽しみにね」
返信は、すぐに来た。
「やったね(^.^) さっすが課長〜♪」
「ミネラルウォーター」「昼休み」「宅急便」