あなたの文章真面目に酷評しますPart26

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「めぐみ先生」

伊集院達彦(いじゅういんたつひこ、10才)
その時、僕は小学4年生だった。
やんちゃな性格で、友達は多くて、学校は楽しくて、給食のカレーが好きで。
そして、それ以上に僕はめぐみ先生が大好きだったんだ。
「田中めぐみ」
きれいに丁寧にゆっくりと、黒板に書かれた字。それがその先生の名前だった。
「田中めぐみと言います。先生になって5年目。担任を受け持つのは、みんなが初めてです。
みんなと一緒に先生も勉強していくつもりなので、どうぞよろしくお願いします」
そう言って、めぐみ先生はペコリと頭を下げた。
そして、顔を上げて、ニコリと笑ったんだ。
そのペコリ&ニコリに僕はやられた。
10歳の僕だけど、僕はめぐみ先生に一目惚れしてしまったんだ。
「それではみんな、何か質問はあるかな?」
めぐみ先生のその言葉に、まってましたとばかりに女子が質問した。
「先生は恋人はいるんですかー?」
めぐみ先生は照れたように笑う。ニコリニコリ。
「実は優しい旦那さんがいます。結婚してるんですよー。
旦那さんの名字が田中で、田中めぐみになったんです。
前は、山田という名前だったので、山田めぐみでした。」
「あんまり変わんねーじゃん」と、とある男子が
言って、クラスのみんなはどっと笑った。
「そうねえ。山田めぐみって単純な名前が嫌で、
でも結婚しても単純な名前になっちゃいました。
あ、でも、単純な名前のほうがみんなに覚えてもらいやすいかな?
私も頑張ってみんなの名前を早く覚えるので、よろしくね」
そういって、めぐみ先生は、またまたペコリ&ニコリ。
和やかな教室の中、僕だけがふて腐れていた。
「僕と結婚すれば、伊集院って難しい名字だったのに」
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今思えば、本当に本当に幼い愛情表現だった。
でも、同時の僕はそうすることしか出来なかった。
「好きな子をいじめたくなるのが、小学生男子の愛情表現」
なんて言葉があるが、そう、その通りだった。
僕はめぐみ先生が好きで、だからこそ、いじめたくなった。
幸い、僕は、ガキ大将と言わないまでも、そこそこ人望のある
やんちゃなキャラだった。だから、目立った行動もお手の物。
授業中も、やんちゃな行動で、めぐみ先生を困らせた。
そんな時、めぐみ先生は、眉毛を寄せて、ちょっと頬を膨らませたあとこう言う。
「もー、どうして伊集院くんは先生にいじわるするかなあ」
そう言って、めぐみ先生はおおげさに溜息をつく。
そしたら僕は言うんだ。
「でも先生も、まんざらでもないって感じだよね」
めぐみ先生は目を見開いて、
「まんざらでもないって、伊集院君、そんな言葉よく知ってるわね」
「いや、僕こう見えても読書家なんだよね」
実際僕は読書家で、言葉を知っていて、事実、他の男子なんかよりずっと知識が豊富だった。
そのはずだったんだ。
僕がめぐみ先生をしょっちゅういじめるもんだから、
他の男子も調子に乗ることがあった。
そんな時僕は、それとなく、その男子を注意して、めぐみ先生をフォローしてあげた。
めぐみ先生をいじめていいのは、僕だけだ。
めぐみ先生と僕には、ちょっとした信頼関係がある。
僕はこの小学校を卒業するまで、めぐみ先生とはおしゃべりが出来る。
そのはずだったんだ。
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「サンキュー?」
その言葉を最初に聞いたとき、「ありがとう?」と思ってしまった僕は
まだまだやっぱり子供だったんだろうか。
めぐみ先生はニコリニコリとしながら、ゆっくり喋る。
「産休。先生ね、子供が出来たの。だから、子供を生む前と
生んだ後にお休みをもらうの。」
そうだ。めぐみ先生は結婚してたんだっけ。
なんだかすっかり忘れてた。
それで?いつ戻ってくるの?いつ?
「そうねえ…」
その日の給食は美味しくなかった。
めぐみ先生と会えない時期が、来るなんて。
秋も冬も会えないなんて。
そんな給食時間に、男子のひとりがにやにやと言った。
「めぐみちゃんって、孕んだんだろー?」
とある女子が言う。
「孕んだ、って何ー?」
「お前、そんな言葉もしらないのー?」
僕はそんな会話を聞きながらぼんやりしていた。
僕はだれよりも言葉を知っていて、知識があって、
でも、めぐみ先生には旦那さんがいて、
めぐみ先生は孕んで、
めぐみ先生は学校に来なくなるのだ。
いやだいやだ。
嫌だと思ったんだ。
めぐみ先生はやさしい。
僕がどんないじわるをしても、
めぐみ先生はいつも笑って許してくれた。
めぐみ先生は、僕の前ではいつも笑顔だ。
めぐみ先生は、僕のことがきっと旦那さんよりも好きなのだと思う。
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その日の5時間目は習字だった。
先週は「太陽」先々週は「希望」そして、今週は「流星」
つまらない言葉を、黙々と書きながら、僕は、まだぐるぐると嫌な気持ちを抱えていた。
胸のあたりが、ぎゅーっとなる。
暗いような苦しい気持ちが増えていく。
その時、僕は、急にひらめいた。めぐみ先生に対する、新しい、いじわるだ。
「めぐみ先生ー」
僕は書いたばかりの習字を手に持って、めぐみ先生の元に駆け寄った。
「先生、みてください」
「あらー、伊集院君、早いわねえ」
「あ、でも、ちょっと字を間違えちゃったかも」
そう言って僕は密かににやにやした。
僕からめぐみ先生に手渡された、習字用紙に書いてある言葉は。「流星」ではなく、
「流産」
だった。
その文字を見たときの、めぐみ先生の顔は今でも忘れられない。
めぐみ先生の顔から、すっと表情が消え、その視線は、まっすぐに僕を見つめた。
そして、次の瞬間、全くの迷いも無く…
パァン!!
めぐみ先生の右手は、僕の頬を打った。
「やっていいことと、悪いことがあるのが分からないのかな?」
そう言って、先生は僕をすっと見た。
それは、大人が子供を見る目じゃ、無かった。
どうして、どうして、先生は、僕をそんな目で見るんだろう?
僕が何をしたっていうんだろう?
僕は万引きをしたわけじゃない、遅刻をしてもいない、
給食を残してすらいないのに、どうして。
僕は読書家で、言葉を知っていて、事実、他の男子なんかよりずっと知識が豊富だった。
そのはずだったんだ。
なんでも分かってるはずだったのに、どうして。
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「めぐみせんせ…あの…」
めぐみ先生は、僕からは目を逸らし、硬直しっぱなしのクラスのみんなに向かって言った。
「気にしないで、みんな、お習字を続けて。」
そして、泣き出しそうな僕に囁いた。
「伊集院くん、人の痛みが分かる大人になってね。」
次の瞬間、めぐみ先生はニコリニコリと笑った。
いつものめぐみ先生が戻った。
それからの日々は穏やかに過ぎて行った。
ただひとつ、予想外だったことは、めぐみ先生の産休中に、僕の父の転勤が決まり、
僕は引っ越してしまったということ。
めぐみ先生と二度と会うことはなかった。
今、大人になって僕は思う。
あの時、僕がしてしまったこと。
妊娠中の妻が、僕に話しかけてくる。
「ねえ、何ぼーっとしてるの?」
「え、いや、なんでもない。色々思い出してただけ…だよ。」
めぐみ先生、ごめんなさい。
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終。