即席ショートショート『壁男と2万円引きの部屋』
ある日、部屋でのんびりと読書をしていると壁の中から声が聞こえてきた。
私は「まさか、そんな馬鹿な」と思ったが、確認のため壁に耳を当てると、間違いなくそれは声を発していた。
「おい、壁の中のお前は何だ? 幽霊か?」
唸り声をあげ続ける壁に向かって問い掛けると
「はい、私は幽霊です。借金を返せないでいたところ、恐いお兄さんたちがやってきて、生命保険に加入させられた後に、
彼らにあっさりと殺されてしまいました。そして死体となった僕は、生前に住んでいたこの部屋の壁に埋められたのです」
何ということだ。私は頭を抱えた。
「お前は殺されて壁に埋められたのか。そして自縛霊となってこの部屋に居残っているのか」
壁の中の男は答えた。
「はい、それはもう、あっさりと殺されました。デブがポテトチップスを数秒で平らげるようにあっさりとです」
私は急いで電話をかけた。数秒の待たされた後、不動産屋は電話に出た。
「おい、どういうことだ。この部屋には幽霊が出るぞ。それなのにお前たちは契約時にその事を説明しなかったな」
不動産屋は平然と答えた。
「だって、あなたは聞かれなかったじゃないですか? 『この部屋には幽霊は出ないでしょね?』って」
なんという奴だ。そんなの屁理屈じゃないか。私は頭の血管が切れそうになったが、構わずに不動産屋は続ける。
「それに、その部屋の前の住人は、つまりその壁の中の幽霊は、なんと生前は東大生だったのです」
電話の向こうの相手は勝ち誇ったように言う。
私は壁男に確認をした。「おい、お前が東大生だったって本当か?」
「はい、本当です。ただし、学校にも通わずにパチンコ屋と雀荘に入り浸っていたら、こんな目に遭ってしまいました」
私は受話器に向かって怒鳴った。
「おい、壁男はとんだロクデナシだったようだぞ。こんな奴と暮らす羽目になったんだ。さぁ、詫びろ」
即席ショートショート『壁男と2万円引きの部屋(続き)』
不動産屋も食い下がる。
「しかしですね、その男は高校時代は野球部で、甲子園に行ったことがあるそうですよ。スゴイでしょう?」
「本当か壁男?」
「はい、甲子園に高校野球を観戦に行ったことがあります。双眼鏡でチアガールのパンティを眺めてました」
私は不動産屋に言う。
「おい、壁男は本物の駄目人間、いや駄目元人間のようだぞ。さぁ、詫びるんだ。そして慰謝料として家賃を値下げしろ!」
相手だって商売だ。不動産屋は諦めない。
「いや、でも壁男は生前はありえないくらいにハンサムだったんです」
「壁男、お前はハンサムだったのか?」
「というか、ハンサムというよりはハムでした。ロースハムです」
「ほらみろ駄目だ駄目だ! さぁさぁ詫びろ! 詫びろ! 値下げだ! 値下げだ!」
「しかしですね―――」
そんなやり取りが半日ほど続いた。結果、この部屋の家賃は2万円引きの1万5千円となった。
私は壁男に礼を言った。
「いやぁ、お前がどうしようもない駄目元人間で助かったよ」
「そんな、お役に立てて嬉しいです」
壁の中から照れたような声が聞こえた。