「万里の長城って固有名詞じゃないのかしら」と女が言った。
「まあ、そうなんだけど、一万里はあろうかという長い城だと考えてみてはどうだろう」とぼくは言った。
彼女はすこし考えてから、小皿に醤油を足した。そして10個めのシュウマイを頬張る。
「工事に携わった人たちも、シュウマイを食べたのかしらね」
「そうかもしれない」
「城がにょろにょろと伸びていったのね」と彼女は言ってお茶をすする。
「いや、バラバラに作ってから後で繋いだらしいよ」とカフカの小説を思い出して説明する。
「つなぎ目が合わないなんてことはなかったのかしら」
「いや、さすがに、優秀な技師が集められただろうから、そういうことはないだろうけどね」
「でも、河童の川流れってこともあるかもしれない」と彼女は言って11個めのシュウマイを頬張った。
「雨」「ワイン」「苦悩」
僕が彼女の元へ向かう時刻になっても、陰気な雨はやむどころか、ますます勢いを増していた。
愛車を走らせ、駅の路肩に乗り付ける。こんな視界の悪さでも、長年連れ添ってきた妻はすぐにこちらを見つけた。
傘の下で太陽のような笑顔を輝かせ、スキップするみたいに駆けてくる。開いたドアから助手席へと落ち着いた。
「あなた、今日で八年目ね」
八回目の結婚記念日は例年通り、勝手知ったる馴染みのレストランで祝う手はずだった。
僕らは店内に入ると、美人の受付嬢に案内され、予約しておいたテーブルに辿り着いた。
白いテーブルクロスには滅多に飲めない、年代物のワインが鎮座している。
「乾杯しましょう」
妻は弾む心を表情に描き、いそいそと席についた。
室内に雨は降っていない。様々な客が自分の卓でご馳走に舌鼓をうっている。気品のある笑い声が絶え間なく響いていた。
彼らには聞こえないのだ。
僕の胸に叩きつけられる、苦悩の豪雨の雨音が。
僕は木椅子につくなり言った。
「祝うのは今日が最後だ」
お題は「ウルトラ」「日曜大工」「鏡台」
朝起きたら父が鏡台を修理していた。
なぜだか僕は父に声をかけることができず、窓から父を見ていた。
ガチャン、ガチャン……
割れた鏡をさらに叩いて残ったガラスを落としてゆく。
「っ……」
日曜大工もやったことのない父だからすぐに手を切ってう。
鏡の破片には父の血が赤く映ってる。
普段ならばあの鏡に映っているのは母の口紅の赤だと思った。
鏡越しに僕を見つめて微笑む母。
その時に初めて気がついた。
母がいない。
あの日僕にウルトラマンの人形をくれた母。
僕はその人形を握り締めて寝た。
夜中に一度母の叫び声で目が覚めたが、泣き出した僕だったが母に
「おとなしく寝てないと人形捨てるわよ」
と言われたので僕は黙ってウルトラマンと一緒布団にもぐりこんだ。
母はどこへ行ったのだろう。
僕はウルトラマンと引き換えに永遠に母を失ってしまった。
そのことに気づいたのはずっと後のことだった。
NEXT 「コースター」「ひよこ」「独和辞典」
机の上でひよこがコースターに溜まった水をついばんでいた。
やることも、やるべきことも差し当たって見当たらなかった僕はその様を暫く眺めていた。
尚も執拗にひよこは規則正しい周期でコースターをついばんでいた。
何か規則正しい仕草が無機質な動作に思えて来たとき、思い違いをしていた事を気が付いた。
ひよこは水を吸っているのでは無く、
コースターに描かれたHardRockCafeのRの文字に対して攻撃を仕掛けていただけだった。
一向に形を崩さないRの文字に対してひよこは、彼なりの本能を燃やしていたらしい。
急に馬鹿馬鹿しくなった僕は独和辞典を引き出しから取り出すと、
HardRockCafeのコースターの上に置いた。液体が飛び散った。
ひよこは何事も無かったように独和辞典の上に載って、こんどは金色の辞典の典の字に向かって攻撃を仕掛けている。
僕はやるべき事を思い出して、独和辞典の上にコーヒーを少し垂らして、台所へ向かった。
ボウルに入れた野菜をかき混ぜながら、今ごろひよこは見当たらない典の字を探すのを諦めているのだろうか、
それとも典の字の金箔を剥がして満足しているのだろうかと考えたが、すぐに忘れた。
NEXT 「ゴミ袋」「お祝い」「効果」
526 :
罧原堤 ◆mm/T2n8mWo :04/10/09 10:20:04
「ゴミ袋」「お祝い」「効果」
1/3
俺は卵を割って、ごはんにかけた。納豆をおかずにして食っていると、蛾がご飯の中に入って、卵の粘着力で身動きが取れないらしく、
羽をむなしくパタつかせている。俺はかまわず飯を食い続けた。蛾の羽色は青がベースでそれに目玉模様が七色に輝いている。
「あなた蛾が入っていますよ」妻が青ざめて言った。
「いいんだ。もうどうでもいいんだ」
俺がそう言うと、彼女はそれ以上何も言わなかった。ただ彼女の体毛が風に揺れていた。
「金を出さずば火をつける」と言ってからもう三年の月日が立とうとしていた。
俺はきららメール大賞に二枚ほどの小説を書いて送っていた。題はETエピソード2で、内容は大きくなって帰ってきたETが捕縛され、
見世物小屋で死ぬまでを克明に描き出した力作だった。
俺は何度も携帯電話の着信履歴を確認したが未読メッセージは一件もなかった。
無心で携帯をいじくっている俺を妻が不審に思ったのだろうか、
「あなたゴミがあったら全部ゴミ袋の中に入れといてください」と言ったが、妻の本心は俺が狂っているかを確かめたかったに違いない。
「エロサイト見てると思ったのか? 残念だがそれはない」
俺は自室に引き上げた。もう一週間たつのか、そういえば先週のゴミの日も俺はこうやって携帯着信を調べていたっけ。
メール大賞はもう発表されていて、受賞はありえなかったが、俺はサプライズを期待して、携帯を肌身離さず持っていた。
だがいくら見ても着信無し。ずっと不安な思いで床の中で、その日の晩も羊を数えていた。
527 :
罧原堤 ◆mm/T2n8mWo :04/10/09 10:32:05
2/3
蛾は思っていた通り苦かったが、虫歯で穴の開いていた歯に蛾の腹部が詰まっていたらしく、
ぷちっと潰れるとなんとも言えず顔をしかめさせるじごが口の中いっぱいに広がっていった。
俺はにがうりもコーヒーもビールも苦いものは何でも好きだがこの味は好きになれなかった。
俺は布団からはね起き上がると、身支度もせず散歩に出かけた。
真昼の太陽がさんさんと輝いている。昼から寝るなんてとんでもないとでも言いたげだった。
俺が土手を歩いていると、ビニール袋に包まれた宝くじの束が落ちていた。買った人が落としていったのだろうか。
たしか発表は今日だと思いながら俺は宝くじを家に持ち帰った。案の定今日の新聞に当選番号が載っていた。俺は一枚一枚確認していくと、一億円当たっていることがわかった。
「あたった……一億円当たった……」俺は誰もいないことを確認して一人自室のダッチワイフの股下でつぶやいた。
俺は妻には内緒で離婚届を役所から取り寄せると、さっそく妻に離婚話を切り出した。
「俺みたいな奴といてもしかたなだろう。もう君を束縛しようとは思わないよ。君はもっと自由に生きるべきだよ」
俺がそういうと妻は当然のことにうろたえていたが、やがて喜びを全身で表すように活発になり、
「そうね。それがお互いにとっていいでしょうね」そう言い、部屋を綺麗にしてあげると掃除を始めた。
528 :
名無し物書き@推敲中?:04/10/09 10:33:20
途中まではグー、
だけど、締めが甘い。
529 :
名無し物書き@推敲中?:04/10/09 10:35:44
展開が急すぎて、読者は呆れて付いていくのが嫌になる。
530 :
罧原堤 ◆mm/T2n8mWo :04/10/09 10:57:43
3/3
たぶん俺の部屋が盗聴されていたのだろう。競艇友達が急に訪ねてきて、
「俺いちかバチかで宝くじに全財産つぎ込んだんだけど、どっか落としちゃってねえ、情けねえ。八万貸してくれないか?」
そう言い、土下座した。
経緯を聞き俺は金をかさざるを得なかった。彼もその効果を期待して言ったのだろう。全部知っているのだ。
「お前がシャバに出てきたお祝いだ。とっとけ」俺は十万くれてやった。
「ありがとう、絶対返すからな」
次、「堂」「デモ」「E」
投稿することが主目的のようだから、読者のことは二の次なのだろう。
IDカードを通すと、研究室の自動ドアが開いた。
こんなに必要なのかと思わせるほど明るい照明に顔をしかめる。
ガラス容器やらチューブやらが並ぶでかい机の向こう側に、小さな背中を見つけた。Eだ。
本名は知らない。ここでは皆、偽名を使っている。
「E、次の仕事は来週だ。そろそろデモくらい見せてもらわないと安心できない」
彼は青く輝く液体から目を離さないまま、返事してきた。
「デモ? サンプルのことかね? それならそれに入っているよ。走らせてみたまえ」
Eの指差す先には金色に輝くCDロムがあった。
「これか? コンピュータを借りるぞ」
返事を待たず、俺はCDロムをコンピュータに押し込んだ。
画面が暗転し、それから中央部に光点が現れた。
点はすべるように移動し曲線となり、曲線は回転して奥行きを持った。合成たんぱく質のモ
デルだ。絡まった釣り糸のような姿をしている。
「……最近釣りに行ってないな。E、来月あたりどうだ?」
回転するモデルを眺めながら言う。
「おまえさんがまだ生きてたらな」
Eがにやっと笑った。
「ふん、あんたが老衰で死ぬほうが早いと思うがな」
「ほっほ。坊やも言うようになったな」
「で? こいつはどんなもんなんだ」
俺は話をもどした。
「リシンと同等かそれ以上、といったところか。解毒剤はなく、対症療法しかない。危険度はE
プラスだろう」
「なるほど。熱や酸素に対しては?」
「非常に安定だよ。普通に持ち歩いていい。扱いやすさでは殿堂入りしてもいいくらいだね」
「わかった。悪かったな、押しかけて。完成品を待ってるよ」
Eがよせよせ、と手を振る。
「そういう慎重さが生き延びる秘訣だよ。……釣りの予定、空けておくから」
今度の任務は難度Eだ。
「……車はあんたが出してくれよ、E」
「なら、ビールはお前さんの担当だな。楽しみにしているよ、W」
苦笑した。Eにはかなわない。
「オーケィだ。約束は守る」
俺は軽い足取りで研究室を出た。
お次「転換」「青」「阿呆」
「阿呆?」とパソコンのディスプレイを見ていた山田がつぶやいた。
隣にいた川村が山田のパソコンを覗き込む。そこには画面いっぱいに阿呆と書かれていた。
「なんだよこれ」と川村は言った。そうやって山田に質問するのは毎日のことだった。
山田は会社の中では変人として知られていた。
山田はディスプレーを見ながら小さく首を振り、マウスをクリックした。
文字が消えて、ただ青い画面になった。
川村は、山田のことを気にするのは今日で最後だと思った。
明日の配置転換で山田は別の部署に行くことになっている。
「仔牛」「肺臓」「レール」
仔牛が豚のような目で私たちを見ていた。
レールの上からホームの上の青ざめる家族に向かって笑いかけた父の眼によく似ていた。
「あの仔牛を買い取らない?」僕がそう言うと、母はニコリと笑うだけだった。
「きっとあの仔牛の肺臓はお父さんのよりも丈夫だと思うよ。」
そう言っても母は相変わらず微笑を続けるだけだった。
妹が母の腕の中で泣き喚き、母は腕を揺らして彼女をあやし始めた。
僕は草を千切って仔牛に投げつけた。仔牛は地面に落ちた草をちらりと眺めた。
唾を仔牛に吐きかけた。仔牛は僕を眺めた。
母は仔牛を眺めていた。僕は母を眺めていた。妹は泣き喚いていた。
こういう日に限って雨は降ってくれない。
だから僕が此処を離れる理由を探さなければならなかったが、何も思いつかなかった。
NEXT 「キッチュ」「明日」「末尾」
「・・・キッチュが食べたい」
某同人エロゲの格闘ゲームで対戦しながら、私はそう呟いた。
「えーと、キッシュのこと?」
必殺技を華麗にコンボを決めながらツッコまれる。ぐわっ、言い間違えてた! 恥ずかしい!
「そう、それ」
平静を装いつつ、照れ隠しに必殺技を決める。向こうのゲージは残り少なかったので
これでこちらの勝利となった。
「あー、また負けたぁ。今度こそ勝てると思ったんだけどなー」
脱力して、椅子にもたれ掛かって心底悔しがってるみたいだ。全くたかがゲームごときで。
「ねぇ、明日キッシュがあるお店行ってみようよ」
勝者の優越感に浸りつつ、私は休日となる明日の相談を持ちかける。
――翌日
「お客様のお名前は?」
「末尾です」
「マツオ様ですね。では、順番が来ましたらお呼びしますので、お掛けになってお待ち下さい」
受け付けを済ませ、言われるままに長いソファーに腰掛ける。とりあえず、今日のオススメに目をやる。
ふむ、サンマがオススメなのか。
結局、私達は回転寿司に来ていた。
「もち」、「鉄アレイ」、「カレーライス」
私は社内であまり筋肉質だとは言われないが、全くそんなことはない。
毎日家に帰ると、私の部屋にある鏡を見つめながら、鉄アレイを持ち上げ、
鏡に向かってアピールしてみる。それからとにかく筋トレと名のつくものなら何でもやり通し、
その日の汗が全部流れるまで鍛え続ける。
夕食はもちろん激辛のカレーライスがいい。私の体から、余分なものを全て抜き去ってくれるのだ。
そして水を十分飲んで、食後の、といっても少し時間を置いてだが、ランニングに出かけるのだ。
私は疲れ切って一日を終え、眠りに入る。
明日もきっと、私の成果は社員達に認められる事はないだろう。
私のこの凝縮された筋肉は、サラリーマンスーツに隠されてしまうのだから。
「登山」「川」「車庫」
538 :
名無し物書き@推敲中?:04/10/10 14:27:00
「ねえねえお父さん、今度の日曜に富士山に連れてってよ」
仕事から帰り車庫の前で一服していると、小学五年生の息子が来てこんな事を
言ってきた。
「おいおい、勘弁してくれよ。日曜はゆっくりお馬さんレースを見にいくって
決めてんだから。だいたい、なんで富士山なんか登りたいんだよ。あんなの遠
くから眺めてるのが一番。登ったって寒いだけだって」
「へへっ、最近どうも高いものを見ていると登りたくなっちゃうんだ」
それを聞いて思わずため息が出た。
「・・・・・・まあ、馬鹿と煙は高いところが好きって言うからな」
息子の一学期の成績表は酷いものだった。イチ、ニ、イチ、ニの大行進である。
しかも、隠しているつもりらしいが、隠し場所の前に「ドクロマーク」の
張り紙が貼ってあった。どうやら我が子は本格的にゾーンに足を踏み入れてい
るようだ。
「ふんっ、だ。賢いお父さまは安いところがお好きってね。この間廊下に
西川口あたりのいやらしいお店の割引券が落ちてたよ」
「うへっ、マジでっ? 母さんに見せてないだろうな」
「そのへんは抜かりないよ、絶対見つからないところに隠してあるから心配し
ないでよ」
「よし、わかった。家庭崩壊の危機を救った息子の恩には報いねばなるまい。
今度の日曜には富士山に連れてってやろう」
「やったー」
539 :
名無し物書き@推敲中?:04/10/10 14:27:26
そして、日曜になり息子を連れて富士山に行った。空は晴れわたり登山日和で
ある。すがすがしい空気に包まれながら、えっちらおっちら登っていった。
そして、山頂に着いた。
じつにいい眺めである。
「おお、見ろ息子よ。雲が下にあるぞ」
「本当だ。すげー」
そして、私たちは気分良く家に帰ってきた。すると、どうも家がピリピリして
いる。夕食のしたくをしていたらしい妻が玄関を開けた。
「おい、母さん。帰ったぞ」
「・・・・・・ええ」
妻は私をチラッと見ただけで、すぐ台所に戻っていった。その様子になにかた
だならぬ雰囲気を感じた。
「母さんなんか機嫌悪いね。生理かな?」
「まったく、このガキは・・・・・・ところでお前こないだの割引券は大丈夫なんだ
ろうな?」
「うん。ここは絶対わかんないってところに隠してあるから」
「いや、返せ。俺がちゃんと処分しよう」
そして、息子の部屋へ割引券を回収しに行った。息子は本棚の一冊の本を開け
た。が・・・・・・
「あ、ない!」
私は頭を抱えた。
「お前・・・・・・この張り紙は何なの?」
その本の背表紙には小さな雑誌の切り抜きが貼ってあった。たわわな乳房を惜
しげもなく晒した美女のグラビアである。どうせ、私の買った『フラッシュ』
あたりの切り抜きだろう。
「目印だよ。何処に隠したか忘れないようにね」
次は「電気スタンド」「醤油」「ホッチキス」
540 :
1/2:04/10/10 21:36:30
ああもういつになったら終わるのよ。
明日のイベントに合わせた同人誌。会社帰り、知り合いに見つからないような遠くのコンビニにわざわざ寄って、
大量のコピーをとってきた。途中で紙切れを起こして、店員さんに補充してもらったりして、恥ずかしいったらなかった。
ヴァンテーヌで研究して、丸井で揃えた、いまどきのOLっぽい通勤服に、自分でもうっとりするような巻き髪。原稿描きで
どんなに徹夜したって必死で巻いていくというのに、その髪を振り乱して同人誌のコピーだなんて。誰かに見られたら生きていけない。
会社でも一度に扱ったことのないくらいたくさんの紙を抱えて帰宅して、ページの順番に重ねて、あとはホチキス留めをするだけだというのに。
何しろあたしは神経質だ。止めた拍子に紙がちょっとでもずれてしまうと、背中がむずむずしていられない。針を丁寧に
取り除き、慎重に重ねなおし、再び全神経を集中してバチリと一押し。あっ、なによこれ、針がつぶれてるじゃないの! 紙が厚すぎるんだよ、もう。
今度もっと大きいホチキスを買いなおさなくちゃ。
大体、こんな薄暗い電気スタンドで作業してるのが悪いんだ。光熱費をケチってる場合じゃないよ。明日本が売れれば万事解決なわけだし。
あたしは立ち上がって、部屋の電気をつけた。ようやく明るくなって、作業はさくさくと進む。
テレビで見た内職の現場みたいに、出来上がった本が机や床に山のように積まれていく。
541 :
2/2:04/10/10 21:37:03
親の仇を討つような形相でパチリパチリと手を動かし続け、単純作業に思考回路がストップしてしまった頃、
製本作業はやっと終わった。時計はすでに夜中の3時を回っていた。
やっぱりもっと早く原稿あげて、オフセットにすれば良かったんだなあ。時間も手間も何もかも
無駄にした気分。
でもまあいっか。これでやっと遅い夕飯が食べられる。
あたしはコピーのついでにコンビニで買っておいた、納豆巻きとカップ入りの味噌汁を取り出した。
キッチンで味噌汁にお湯を注ぎ、おすしのパックの蓋をあけ、そこへお魚型の容器に入ったお醤油を注いで……
と思ったら、あれ? 出ない。もうこれ以上イライラさせないで、早くリラックスさせてよ!
醤油の容器を思いっきり押す。
ぴぴぴぴぴー! 思いっきり押された容器から、お醤油は思いっきり飛んで―-。
あたしの大事な大事な新刊本に思いっきりかかってしまった。
「あああああっ!」
あわててチェックする。もちろん全部が全部汚れてるわけじゃないけど、とにかくあたしは
神経質なわけで……一滴でもシミが見つかれば、売るわけにはいかないのよ、そうなのよ。
あたしって、ほんと、あたしって……。
とにかく部屋の電気を消して、光熱費を節約して、それから電気スタンドでシミのチェックを……
チェックを……。
次は「巻尺」「年上の夫」「きのこ」でお願いします。
一度皿に上った料理には調味料を使わない。素材の味を楽しみたいからと
古風なことを言いながら、彼女は手間のかかるメニューを好んで選ぶ。
彼女は家を飛び出してがむしゃらに働いていた。口では毛嫌いしていた
一人暮らしのアパートには最低限のものしか置かれていない。唯一部屋を飾っていた
電気スタンドと写真、あれは今もそこにあるのだろうか。
たった二枚の書類だった。一枚目に説明書き、二枚目には走り書きのサイン。
間が抜けたほど丁寧に右上をホッチキスで留めたその書類は、一つの命と
一人の女性の寄る辺を無かったことにしてしまう通達だった。
春巻きが運ばれて来た。
いつも通り、形だけ醤油皿を差し出す。彼女はいつも通りに微笑んで首を振る。
言葉もなく料理を味わう彼女から何も聞き出す気にはなれなかった。少し形の崩れた
春巻きに箸をのばし、そのまま口に運んでみた。
書いてしまったので投稿。次は
>>541で。
543 :
うはう ◆8eErA24CiY :04/10/12 02:57:27
「巻尺」「年上の夫」「きのこ」
きのこの毒にあたり、何百年もの眠りについた王女。
旅の王子の接吻で目覚め、気付いた時はもう手遅れだった。
父と娘ほどに年が離れた王子…姫は言った。
「やはり男は若い方がいいのです、こんな年上の夫はいやです」と。
「ううむしかし…」王子は悩んだ。
「年なら、貴女の方が280歳ほど上の計算になるが」「そんなっ」
王女が身を起こすと、絹の下着に溜まった何百年分の糞尿がベッドに落ちる。
体中を這い回る蛆虫と、気の遠くなる様な臭気!
「この惨状ゆえ、何百年も誰一人、ここに踏み込まなかったのです」
王子の言葉を聞き、彼女も納得するしかなかった。
巻尺で計ると、長年の基礎代謝でウエストもかなりスリムになっている。
「何百年も…でもいいわ、私のお城まで連れてって下さる?」
王子は優しかった。
一王家が何百年も続く事など稀だ、とは言えなかった。
王家はとおの昔に崩壊し、既に彼女は「眠り姫」と言る存在ではない事を。
※王子の趣味が
次のお題は:「徹夜」「下着」「アルプス」でお願いしまふ。
「さすがにアルプスって固有名詞としか言いようがないでしょう」と女が言った。
その顔は勝ち誇っていた。近くを通ったウェイターにシュウマイを注文した。
「アルプスのようなものという意味で使われることもあるよ」と男が言った。
すこし表情にこわばりがある。「たとえば、野球場の観客席とか」
「そういえば、日本のどこかの自治体にそういう名前が付いてるわね」
「うん、だからかなり普通名詞的といっていいんじゃないかな」
「まあ、いいわ」と女が言って、ビールの残りを飲み干した。
男は下着が汗で濡れているのを感じた。この女に詰問されるといつも
汗をかいた。この後もいろいろなことを言われるだろう。
徹夜明けの頭でどれだけ対応できるか不安を感じていた。
「撞球」「盗賊」「白人」
「お前ね、しきりたがりは嫌われるぜ?」
青い的玉、2番を見ながら言った。やや遠い。ネクストをとるのが難しい位置だ。
友人は納得がいかないように、色素の薄い髪をいじくっている。
「でもさ、日本人なら撞球というべきじゃないか?」
「ビリヤードでいいんだよ。ほれ、俺のショットだからちょっと黙ってろ」
軽くストロークをして、手玉の下に狙いをつける。
視線を的玉へ送り、やや強めにショット。
緑のラシャの上を、白い手玉の残像が走る。
青い的玉にヒット。Yの字に分裂する白と青の残像。青い残像はそのままポケット
に吸い込まれ、カコン、と音がした。
白い残像は逆回転……いやドロー回転によって、弧を描きながら手元に帰ってくる。
俺は満足した。次の的玉への狙い、ネクストが取れた。ここからなら紫色、4番のとこ
ろに運ぶのもイージーだ。俺はとりあえず次の的玉、赤い3番を狙う。
「……でもさ、君は英語使いすぎだよ」
「うるせえな。もともと西洋の遊びなんだから英語でいいんだよ。おまえこそ日本語にこ
だわりすぎだぜ、ハーフのくせに……っと、ネクストがちとずれたぜ。お前のせいだ」
しゃべりながら衝いた俺が悪いのだが、キューをぴっ、と友人に突きつける。青みがか
った瞳がキュー先を見つめた。
「ごめん」
「……冗談だよ。余裕だぜ、この程度のリカバリ」
「修正、でいいんじゃないかなぁ」
「黙れよ。しきりたがりは嫌われるぜ?」
「昔、白人の盗賊に入られてさ……」
俺は思わずミスキューをした。
ぺし、と間抜けな音がして、手玉があらぬ方向へ走る。
「はぁ? なんだって?」
「白人の盗賊。太ってて、ひげもじゃで、バット持ってた」
「泥棒、でいいんじゃねえの?」
友人が華奢なつくりの顔を左右に振った。
「あの雰囲気は盗賊って言わないと伝わらないよ……とにかく、その盗賊が
ものすごく酷い英語で僕を罵ったんだ……怖かった」
俺は友人の横に座って、グレープフルーツジュースをひと口飲んだ。
「……まさかそれで英語嫌いに?」
「うん……どうかなぁ。でも英語を聞くと嫌な気分になるのは確かなんだ」
「俺の英語も嫌か」
「……ほかの人よりは」
「そうか。そりゃグッドだ」
「よかった、でいいんじゃないかなぁ」
俺はにやりと笑った。
「仕切るなよ。俺は自由にやるのが好きなんだ」
おっと。次は「大根役者」「畑」「順番待ち」
480KB超えてるね
超えたらどうするの?
超えたら落ちるから新スレを立てなくちゃいけないんだよ
どうして立たないの?
ダメでしたorz
554 :
うはう ◆8eErA24CiY :04/10/14 03:08:36
「大根役者」「畑」「順番待ち」
それは、記憶を失った 若者が、恋人と再会する海外産のTV番組だった。
極度に説明臭いセリフと、心がこもらない異様に判りやすい演技…
「脚本が学芸会」「なんたる大根役者」「自分で説明してから泣く演技に唖然」
苦笑を誘いながらも、その海外ドラマは多くの日本人ファンを集めた。
不思議なことに、なぜか日本ではウケるのだ。
そして、その監督と脚本家は、人目を避けた裏通りの表札の無いドアを叩く。
「…私だ」「へい、旦那。新しいネタが入りましたぜ」
ドアを開けると、もうそこには何十人もの先客が順番待ちをしていた。
彼等の目は一様に、テレビのビデオ映像に注がれていた。
「どけっ」と言いたくても言えない。客の誰もがTV畑の有名人揃いなのだ。
「今日のネタは、某機長と某スチュワーデスの恋愛ものでして、へい」
皆が注視するTVには、大根役者が爆笑寸前の棒読みを披露している。
「ああ、心が癒される。そういえば先週の白血病のピアニストの話も最高だったな。」
これが二人の創作の原点だった。親の目を盗んで少年の頃から隠れて見た番組だ。
長年の間、政府に視聴を禁じられた日本のTVドラマ、それも何十年も前の…
※あの番組、ツアーまであるなんて;
次のお題は:「湖畔」「小舟」「tガイムマシン」でお願いしまふ。
555 :
554:04/10/14 03:15:26
失礼しました、お題が化けてます。
「湖畔」「小舟」「タイムマシン」…でした;
556 :
「湖畔」「小舟」「タイムマシン」:04/10/14 04:21:58
タイムマシンでやってきたドラエモンは、湖畔の小船の上に出てしまって、叩き落されましたとさ。
「猿」「マン毛」「お釈迦様」
ファイル63『猿の迷宮殺人事件』を読み返していただきたい。
この事件簿は途中何度も取材で休載になったせいか、実によくできている。
腋毛をマン毛に見せかけるというのは実に秀逸なトリックだった。
ただ、疑問な点がないわけではない。
「金剛力士像をお釈迦様と呼んだ」という些細なミスで犯人は捕まってしまうのだが、
あの写真はどう見てもお釈迦様の像である。歴史の教科書にも博物館にもそう書いてある。
なのに、なぜか犯人以外の登場人物は揃ってあれを金剛力士像と信じて疑わないのだ…
現実におけるお釈迦様をあの世界では金剛力士と呼ぶ、と強弁されればそれまでだが。
「花月」「ミイラ」「夜叉」
乙>552
本スレなしで何の感想を書くんだよ。
感想スレたってるね。
浪花グランド花月は、若手漫才師の登竜門だ。
ダウンタウンもナインティナインも、かつてこの劇場の舞台を踏み、
この小さな劇場から、華やかな芸能界へと活躍の場を広げていった。
その伝統ある劇場の前に、今、2人の小柄なアラブ人が立っていた。
「ホンマにやるんでっか、アニキィ」
少し小太りの男が、痩せぎすの男の方に話しかけた。
「今さら何を言うとんねん、アラハト議長様の声明を、ワレも聞いたやろがい」
痩せぎすの男の目は、断固たる決意を秘め、ぎらぎらと夜叉のように燃えている。
「せやかて、アニキィ……」
道一杯に広がって歩いて来た、女子高生の集団に道の端に追いやられ、
小太りのアラブ人は気弱そうな顔であたりを見回した。
「ここは人が多すぎまっせ、アニキィ。もそっと、迷惑のかからんような場所で……」
「アホンダラ! 人が多いからこそ、ええんやないかい、ワレェ。
こいつら爆弾で皆殺しにしてこそ、チ、チラリズムの恐怖やないかい」
「それはテロリズムや!」
小柄なアラブ人が、交差した両手で、兄貴分のアラブ人の胸を強く押した時、
二人の耳に一人の小さな拍手の音が聞こえた。
いつからそこにいたのだろう、小学生ぐらいの女の子がきらきらした目で手を叩いている。
2人のアラブ人は、しばし少女に目をやり、次にお互いの顔を見つめ合った。
この2人が三年後、ザ・ミイラズとして芸能界を席巻することになるのだが、それはまた別の物語。
「ナイフ」「走」「それから」
埋まっちゃうよー
保守
565 :
名無し物書き@推敲中?:04/10/17 07:44:28
age
567 :
うはう ◆yXe.9PzC/I :04/10/17 17:58:03
「ナイフ」「走」「それから」
男のナイフの冷たさが、ブラウスの上から伝わってきた。
「今度ミサにくる枢機卿を殺せ、俺より女学生がやった方が波風緩やかでいい」
「そんなっ、人殺しの走狗になる位なら、死んだほうがマシです!」
「本当かな?」男は笑った。 「そのナイフは進呈する、よろしく頼むよ」
どうしよう、少女は悩んだ。
気合で言った嘘なのだ、死ぬ位なら殺すほうが僅差でマシだと思う。
そうだ、殺す位なら殺させよう。下級生もたくさんいる、それがいいそれがいい。
その夜…同じナイフが下級生の背中をつんつんと突付いた。
「今度の講演者を殺すのよ!」
下請け丸投げほど楽な事はない。伝え方が雑でも、とりあえず自分は楽になる。
それからというもの、ナイフは幾人の手を経て任務は伝えられた。
そして講演会当日、一人の新入生がナイフを持って一番後ろにいる。
ミサが始まった。いつも居眠りしてるミサが始まった。
彼女は、当惑していた。
「枢機卿って…誰?」
※自分も知らない
次のお題は:「人生」「初体験」「リハーサル」でお願いします。
568 :
567:04/10/17 17:58:59
あ、とりぷ間違えた、ごめん
570 :
名無し物書き@推敲中?:
「人生」「初体験」「リハーサル」
人生に置いて、この世の全ての事柄から自分が実際に体験できることなど
カップ一杯分のコーヒーに過ぎない。この世の中、私にとって知らないことだらけだ・・。
「砂糖はいくつだい?」
こんな状況でもM君は、落ち着いた口調で話しかけてきた。まったく動じないその様が
慌てふためいて、唇をふるわしている自分をさらに惨めにし、少し腹が立ってきた。
「君にとっては、初体験だったね」
Mは、まるで喫茶店のテラスにでもいるように語る。
「心配ないよ!これはリハーサルだ・・・」
「リ、リハーサル?なんなのよ!これは。一体どういう事?」
その時、ディレクターの野太い声が、後ろの方から響いた。
「はい、本番行きマース!」
「カレーパン」「不倫」「ケチャダンス」