すみません、酷評お願いします。
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階段を上っていくと、頭上から音が降ってきた。アルト・サックスの音だ。ジャズの有名曲、テイク・ファイブ。
この曲をこんなにセクシーに吹ける人は一人だけ。里香の足が早くなる。
リズミカルに階段を駆け上がると、そこにはやはり佐藤がいた。
先生、と呼びかけて、里香はやめた。しばらく黙ったまま佐藤を見つめる。こんな素敵な演奏、止めるのにはしのびないもの、と里香は思う。
が、それも長くは続かない。佐藤はすぐに里香に気付き、演奏をやめた。
「こんにちは」
里香は挨拶した。
顧問と先輩には常に礼儀正しくあれ----それが吹奏楽部の不文律である。
「こんにちは」
佐藤は律儀に挨拶し返す。教師であるのに、いや、教師であるためか、佐藤の態度は常に、生徒とは一線を画した丁寧で律儀なものだった。
……そのおかげで、生徒からは「取っつきにくい、嫌なヤツ」との評判を得ていたが。
だが里香は、その律儀さがとても好きだと思っている。
そして、その態度からは想像も出来ない、驚くばかりに色っぽい楽器の演奏も。
「早いですね」
「先生こそ」
時計が指している時刻は、十二時ちょうど。土曜日の練習は午後一時からだから、確かに早い。
「どうせ、家にいたってヒマですから。楽器を吹いていた方がよっぽどいい」
佐藤は笑って言った。
「彼女は?」
「残念ながら」
佐藤はそこで言葉を切った。その後に続く言葉は何だったのだろう?
いないんです、か、あるいは、今日は都合が合わなくて、か。
多分前者だろう。佐藤は大抵土曜は午前中からここに来ている。つまり、土曜日は朝からすることがない、ということだろうと里香は考えている。
だけど、佐藤が女連れで歩いていた……という話も聞く。ひょっとしたら、彼女の休みが土曜でないだけなのかもしれない。一度はっきり聞いてみたいと思ってはいるのだが、里香は、
「そうですか」
とわかったようなわからないような相づちを打ち、音楽室に入った。
廊下からはまた、テイク・ファイブ。
佐藤は知らない。
里香が早く来たのは、佐藤に会いたいがためだと。佐藤のテイク・ファイブが聞きたかったためだと。
お昼のパンを食べ、楽器を取り出す。里香の担当はトランペットだ。
ウォーミングアップをしている間に、他の部員もそろってきた。
「ねえ、里香、それって、『恋』じゃない?」
「はぁ!?」
シェイクを飲みながら、里香の話を聞いていたさつきはそう言い、里香はあやうくウーロン茶を吹き出しそうになった。
「なんでそうなるのよ」
「だってさ」
さつきの顔が赤くなる。
「私も、そうだったもん」
「……ああ、そうですか」
里香は苦笑した。さつきの彼氏は、同じ吹奏楽部の健一だ。
「健一の音がね、好きで好きでしょうがなくなって……」
「はいはい」
里香は右手をひらひらさせると、さつきの話を制止した。
健一の音はちょっとおおざっぱで荒くて、正直里香の好みの音ではない。もっとも、それがさつきの好みだというならば、それに口を出すつもりは毛頭無い。それに、さつきの少し青っぽい堅い音----彼女はフルート吹きだ----には、確かに健一の音はお似合いだった。
「ええー、話させてよぉ」
さつきは口を軽くとがらせ、足を少しばたばたさせて抗議する。高校生にしては子どもっぽい仕草だが、さつきがやると嫌みなく似合う。そんなさつきが、里香は羨ましかった。
私、そんなに可愛くないから。
さつきのように、砂糖菓子のようにふわふわでスイートな女の子だったら、もう少し、自分に素直になれるのだろうか。
里香はウーロン茶を一口飲んだ。そもそも……。
「そもそも、佐藤先生は先生だよ。ありえない」
自分に言い聞かせるように言った。
まったく、先生に恋する生徒なんて、少女向け恋愛小説の王道だ。ベタすぎる。
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恋愛小説の冒頭部です。あえてベタな話を書こうと思って書きました。
容赦なくばっさりと斬ってください。