彼女は「飢えと摂取の関連と推移」というテーマで、夏休みの自由研究をや
ってきた。僕は教師という立場上、いくつものくだらない研究を評価してきて
疲労していたわけだが(青色は濃くしていくとどの時点で藍色になるか等)、
中学生にしては大人びている彼女が、黒板にそのグラフを磁石で貼り付けてい
る姿はとてもクールで知的に見えたし、興味をそそられた。
黒板に貼り付けられた藁半紙には次の様な線グラフが書かれていた。
↑ __
摂 / │
取 / │
__/ │
飢え→
「説明をします」と彼女は言った。「ダイエットの障害として人間の欲求であ
る飢えがあります。グラフで言うとX軸にあたります。なぜ空腹感ではなく飢えと
呼ぶかと申しますと、糖類等は満腹感とは関係無しに摂取してしまうからです。
飢えは対処をしないと次第に増加していきます」
彼女は上昇部分を指し示した。
「飢えが増えるにつれ、それを満たす為に必要な摂取量も比例します。そして
個々の人間の経験上満足するであろう摂取量までグラフは伸び続けます。しか
し、飢餓状態の限度を超すと、摂取量は0に等しくなります。これが拒食症です。
飢えとは無関係の方向へ変化するのです」
彼女は黒板から目を離し、壇上から生徒達を見渡すと、静かに言った。
「人の飢えはとめどなく膨らみ続けますが、ある点を境に、人を手の施しよう
のない場所へ連れて行ってしまいます。飢えは丘の様になだらかではなく、崖
です。飢えを人の業と見なして、それを抑えずに昇華する努力が必要です。今
回は食欲として飢えを捉えましたが、グラフに見られる推移は食欲以外にも当
てはまるものと確信しています。みなさんも気をつけてください。発表を終わ
りにします」
僕は後日、ロリコン雑誌と盗聴器とその後買った盗撮用カメラを処分し、監
禁の為に用意しておいたアパートを解約した。そして手の施しようのない場所
へ歩き続けたであろう自分を思った。