いやにくたびれた服装だったように思う。薄暗くて地味な、例えば運転している車の
前に飛び出して来ても、気付かずに跳ねてしまうような格好だ。
だから注意深くハンドルを握っていたにも関わらず、鈍く大きな音が車内に響いた
ことに私は驚いた。ヘッドライトも当たらない目の端で何かが倒れる。
薄汚い男だった。くたびれた服装は濃い緑のオーバーコートで、そこかしこに
擦れた後があってボロボロだった。
急いで車を止めて、倒れている男に近寄って様子を見る。浮浪者だろうかと
思っていると、男はゆっくりと起き上がり、オーバーコートについた土埃を払い落とした。
「大丈夫ですか」
「……」
男は答えなかった。ただズルリズルリと足を引きずってどこかに行こうとした。私は
引き止めようか迷ったが、その放浪者の雰囲気に圧されてやめておくことにした。
後日新聞の三面に男の顔を見つけた。亡くなったと書いてある。ああ、
引き止めないで良かったと思い、私は捕まるだろうと覚悟した。
記事には男が妻の死に際に間に合い、直後その場で息絶えたと書いてあった。
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