誰かのことを、馬鹿なんていったのはいったいどれほどぶりの事なんだろうか。どうに
か仕事も終わり私は更衣室で着替えながら、そんなことを考えていた。何やら可笑しい。
「藤野さん、これよくないですか?」
仕事も終わり更衣室で着替えていると隣に美樹ちゃんがきた。新しい洋服を買ったようで
楽しげだ。にんまり笑ったりしてる。近頃、美樹ちゃんはとても楽しそう。笑ったり。お
どけたり。あたふたしたり。怒ったり。とても忙しい。そして、でも表情それぞれ一つ一
つをとっても活き活きとしていて、怒った顔すらもどこか。うん、そうだね。確かに。
今までの彼女は思えば仕事に対して真剣でその分、時に余裕が無い感じを受けるときが
あった。けれど今は。怒った顔すらも、どこか。可愛らしい。
「ブーと一緒だと大変じゃないです?」
ブー、ってなんだろう、と一瞬考えさせられたけど半分もいかず噴き出してしまう。こら
え切れず苦しい。美樹ちゃんは面白そうに、でもって半分茶化した感じで、得意げな様子
なのだが最後に言った。
「藤野さん、最近とても忙しそうですね」
その日、帰り道の夜空は幾万もの星たちが輝いていた。時に薄い夜雲に滲み、時に合間
から、白い、白い光を注ぐ。それは微かな光で。でもとても清らかな光で。
スーパーの裏口を出るとほっとした。今日はよく働いた。風が吹いた。汗が冷やされて
心地いい。高木君も着替え終わって出てきた。自転車に乗りかけてと、その場であくびし
てる。目が合って二人して笑った。
私は夜道、歩き出す。「少しだけいいですか」高木君も私の歩調に合わせる。随分と清
清しい気分の私は今日のお礼を言った。私は歩き、彼は自転車を押しながら。高木君も途
中までは一緒の道である。少し遠慮しているんだろうか付かず離れず歩いていく。夜。
「高木君はこんな時間まで仕事をしてえらいね」私の言葉に彼は頭を掻く。一緒に仕事を
してきておおよそ彼のくせとかも分かってきた。今のは照れてる。
「普段、仕事が終わった後は友達と遊んでるの?」私の息子はあまり勉強もせずに友達と
ばかりいる。高木君は首を縦に振る。どうもなんだか高木君、言葉少なくて単に疲れてい
るだけじゃないような感じ。
「藤野さんも友達と遊ぶんですか?」彼は逆に聞き返す。私は苦笑する。
「友達だとか親友だとか。そういう年じゃないのよ、私」勿論、ご近所の奥さん達とかお
茶友達がいないわけではない。だけど、年を取れば取るほど経験が知識が感情を凌駕する。
或いはそれを成長というのだろうけれど。だから狂おしいほど相手を求め、逆に傷つけて
しまうかもしれないそんな温度の高い人間関係はきっと一種類しかない。けれど、例えば
大学生、高校生のように、いや、違うな。そうじゃない。そう、中学生だ。大きくなりつ
つある体と心を持て余し振り回され多感なあの時代。時に傷ついて時にまるで双子のよう
に結びつきあう、そんなねっとりとしていてそれでいてどこか心の奥底で繋がり合うよう
な。それがいい事か悪いことか、分からないけれど、だけどそんな感情達をもしも戯れに
友情と名づけてみるならば。私には友達は、いない。「そうなんですか」高木君はそう返
すけれど、きっと彼には私の言いたい事は伝わらなかったろう。何故なら今の私の言葉は
間違いでもあるから。成長を、経験を否定することになるから。でも。その言葉のそれぞ
れが持つ、匂い、波紋、音色、それら全てを否定してしまいたく無い。高木君、あなたに
はそんな言葉達の響き、分かってくれるだろうか。いずれは死ななくてはいけない一人の
人間がこの世に残すのは自分の遺伝子の半身だけでは無いはずだ。そう思いたい。分かっ
てくれますか。いや、無理だろう。言葉とはなんて不自由な物か。
「なんだか、寂しいですね」彼は呟いた。私は答えず。けれどそう言ってくれる気持ちが
嬉しかった。高木君がもう一人の息子のように思えてならない。
二人はしばらく無言で歩く。彼の押す自転車がかたかたと音を立てる。夜の町並みに静
かに響く。空は夜。星。時折、高木君は私を横から見る。何かを言いたげで、でも黙る。
なんだろう、何かあるんだろうか。
道が分かれる。ここから彼の家と私の家は道が違う。私は、また明日ね、と手を振る。
高木君も手を振り返す。おつかれさまでした、と手を振る。高木君、また明日、と手を振
りかけたその指先は、固まる。私を見つめて。
「藤野さんてとっても優しいんですね」私の振る手は固まる。見つめる。高木君は真剣な
顔で、はにかみの顔で言うとそのまま自転車を立ちこぎしていってしまった。
私はぼんやりとした気持ちでその姿を見送る。その彼の言葉には何も返せなかった。気
付けばもう、高木君の姿は見えない。私の振りかけた手は宙に、浮かんだまま。
夜。空は星達が輝く。月が浮かぶ。柔らかな大きな光。その月のすぐそばには、小さな
一つの星がきらめく。あの星は、なんていう星だろうか。
私の胸にちいさなさざなみが引いては寄せていく。なんだろうか、この気持ちは。上手
く言葉にはできない。けれど、いつの昔か小さい頃、風邪を引いて布団の中で寝込んでい
る時のような。熱にうなされて、でもどこか楽しいような。
私は立ち止まる様な駆け足の様なそんな足取りで歩く。家の近く、公園前に出た。公園
は星の光の中で白く包まれる。その真ん中は淡い光がまるで舞台のように浮かび上がる。
私はそのまま家に戻る気にもなれず公園の真ん中に立つ。
月が浮かぶ。星が覆う。息を吐く。吸い込む。傘が一本、落ちている。私は何を思うで
もなく拾い上げる。ただの傘。月が浮かぶ。星が覆う。空は星に満ちる。満ちていく。
空を見上げる。星が輝く。「藤野さんてとっても優しいんですね」言葉がよぎる。他愛
も無いような一言はけれど私を嬉しくさせる。星が。降る。
「……Rain drops keep fallin' on my head,」
呟く。いつか聞いた歌。それは雨の中、一本の傘と全身で高らかに歌い踊った男の歌。リ
ズム。私は傘をくるくる弄ぶ。空を見上げる。息を吸い込む。微笑む。歌う。星が、光る。
「Star drops keep fallin' on my head,」
少しはにかむ。楽しくなる。傘をくるくる。歌う。楽しげなリズミカルな歌。一歩踏み出
してみてまた一歩戻ってみて。よろけてみたり。おどけてみたり。笑って。子どものよう
に歌って少女のようにはにかむ。
ジーン・ケリーじゃないけれど生きているってこんなにも楽しい。世界はこんなにも綺
麗で美しい。雨は降らないけれど今、私には星が降る。輝く。小さな星達。けれど私を照
らす。ずぶぬれの雨の中、ケリーは愛を歌った。私は星の中で生きることを歌う。
「藤野さん?」
おさな児のように夢中になっていると背後から、声がした。高木君。私は赤面した。
彼は笑ってた。褒めてくれるけれど私は目を伏せてしまう。頬が熱い。
「「あなたにどうしても言わなきゃいけないことがあるんです」
彼は笑顔をやめる。私は瞳、上げる。
「僕はあなたの優しさに甘えちゃったんです」呟く。
彼は言う。今日の事を。私や社員の善意は分かっていたんだ、と。本当は冷蔵庫の様子
も片付けも全く終わってなかったを知ってました、と。帰られる状況じゃなかった事も。
「僕には分かってました。……けれど僕は」
疲れてたんです。きつかった。だから分かっていたけど自分の気持ちに流された。弱さに
負けた。楽がしたかった。吐露。
私は気にすることじゃないと言う。私も社員もあなたが頑張ってくれているのはよく分
かっているしたまにはいいよ、と。高木君は首を横に振る。
「今僕が苦しいのは。あの時、分かっていたのに何もわからないそぶりで、優しさに甘え
ちゃったことです。僕は、卑怯者だ」彼は自分を責めうつむく。でも。でも。私は笑顔で。
「高木君。でもあなたは戻ってきてくれたじゃない」
疲れててへたれこんでたのにそれでも戻ってきたじゃない。君は、メロスだよ。
「それは」幾多のものが少年の心に文字、記号、音となる。
藤野さん、聞いてくれますか。僕は、僕をかばってくれてそれで社員と二人で苦労を背
負ってくれたあなたを見捨てることができなかったんです。最初はついてる、と思いまし
た。けれど「今日はもう帰ったら?」と言ってくれたあなたの顔がどうしても焼きついて
しまって。僕は卑怯者だけれど、けれど薄情者にはなれなかった。なりたくなかった。
あなたを置き捨てて一人、楽をすることがどうしてもできなかった。
「あの」上手くいえないや。でも。僕にはあなたを残して去ることが。どうしてもそれが
できなかったんです。藤野さん、分かってくれますか。言葉がもどかしい。思うことを伝
えるのって難しい。……けれど。伝わってほしい。
沈黙。空白。
「高木君」私はみつめる。そのたった二言で私には分かったよ。君の言いたいこと。君は
どうしてそんなに要領が悪いんだろう。本当に馬鹿だよね。でもまるで息子のように愛お
しい。そして。君は。例え誰がなんと言おうとメロスだよ。
ふと、高木君は私を見返す。「藤野さん、」言葉を切る。空白。
「僕と友達になってくれませんか」
私は瞳揺らぐ。言葉の意味が、いや高木君が何を言いたいのかが分からない。彼は真面
目な顔してる。思いつめた顔をしてる。真面目な顔で、でもはにかみと照れがまるで幼児
のかくれんぼ。言うか言わぬか高木君は黙りっぱなし。二の口が出ない。口元が震えてる。
何かを言いかけ、また言いやめる。言葉は音にならず。彼は私を見返す。と、唇が一瞬、
何か言葉を音にし形作ろうと。けれど言葉は音にならず。視線足元になる。「あの、なん
て言えばいいんだろう、」定まらない中で言葉が地面に消える。「口下手なんで」どもる。
再び私を見据える。けれど落ち着かず。高木君は夜空を見上げる。
私も見上げる。星、輝く。
何かがよぎる。これは、何だろう。それを、表す言葉は何だろう。ハンス・リーベルト、
あなたならこれを何て言うの?
その日、帰り道の夜空は幾万もの星たちが輝いていた。時に薄い夜雲に滲み、時に合間
から白い、白い光を注ぐ。それは微かな光で。でもとても清らかな光で。遠い、あまりに
遠い、そらという垣根を越えて微かに届く、光。
二人して微笑む。はにかむ。頬が、熱い。
現在形多すぎて気持ち悪い
771 :
名無し物書き@推敲中?:2005/07/19(火) 22:37:37
神秘主義者にして25年前の女子高文芸部員が書いたジュブナイルか?
高木くんへの思いは、例え誰がなんと言おうとエロスだよw
富島健夫先生を見習いましょう。
にしてもメロスがかわいそうw
772 :
名無し物書き@推敲中?:2005/07/20(水) 02:09:27
寸評
騎士物語に脳を侵されたドンキホーテ(おお、ハンス・リーベルトw)が去勢されたロシナンテと
結ばれるという奇妙な物語で、そこには突撃すべき風車もなく、同性愛的な(やおい?)「車輪の
下」的世界への憧憬は、読者に嫌悪感を催させる。ここで謳われる愛は、玉川上水で発見された
腐敗ガスで数倍に膨れ上がった水死体を連想させ、主人公はユング言うところの典型的な飲み
込む母ではないだろうか?
作者の心の闇は深そうだw
いや、普通に上手いだろ。話の独特の緩急のつけ方は相変わらずだし。人物の描写も
小道具を使わせながらで関心するときもある。
『雨に歌えば』を持ってきた所は秀逸だと思う。「ブー」は笑った。
一度、読み終わってもう一度読み直してみるとまた違う発見が有る。
問題点としては時に表現が繰り返されてクドイことか。物語の流れは
描写が無駄な会話を抑える描き方等によってテンポがいいのに(早すぎると思う
こともある)。それを醤油料理としたら時々、異様に油ぎっとりのコマもある。
マヨネーズてんこ盛り料理。気をつけないと胸焼け起こさせる恐れありかな。
それとたぶん、プロットとか全く無しでいきあたりばったり書いてるんじゃないか、と感じることがある。
後、句読点の使い方が少し変?
寸評のつもりが長々とスマン。
まあだけど、ウマイ。時々とんでもない突き抜け方をする。
【名前】神田深哀 【性別】♀
【年齢】12 【職業】小学生
【外見】細い。髪の長さは腰まで。病的なほどに色白。
目は細く鋭く、常に隈がある。瓜実顔。
【性格】自閉的。攻撃的。鬱。
【趣味】小説を読むこと、書くこと
【備考】幼い頃に母親に虐待を受けそれがトラウマとして残っている。
現在は母親と離れ、開業医の祖父と祖母と暮らしている。
自閉症児だが知能は高い。
775 :
774:2005/08/31(水) 02:20:59
【名前】飛燕奏子 【性別】♀
【年齢】12 【職業】小学生
【外見】髪は生まれつき茶髪、肩まで。吊り目。
【性格】仕切り屋。素直になれない。
【趣味】ゲーム
【備考】父が医師。深哀とは異母兄弟。学級委員長をしている。
妹が一人いて、妹より劣る自分にコンプレックスを感じている。
776 :
774:2005/08/31(水) 02:25:19
【名前】楠実花 【性別】♀
【年齢】12 【職業】小学生
【外見】髪は外ハネ、前髪をオレンジ色の髪止めでとめている。
背丈が標準より小さい。
【性格】明るい。すぐにはしゃぐ。
【趣味】運動
【備考】深哀の唯一の友達。両親は仕事で出張中。兄弟が多い。
777 :
名無し物書き@推敲中?:2005/09/03(土) 11:08:05
p
778 :
無名草子さん:2005/09/26(月) 11:23:40
忘れられない。
779 :
毒男:2005/09/26(月) 18:02:07
【名前】ニート・ノーワーカー
【性別】男
【年齢】38
【職業】無職(職歴無し。高校卒業後、すぐに引きこもり生活に入る)
【外見】身長180cm、体重75kg、頭頂部から禿げかけ、眼鏡装着
【性格】卑怯で卑屈。他者に対して積極的に話し掛けることをしない。自己中心的。孤独主義。
【趣味】気に入った夢を反芻する。と言うよりこの行為で一日が過ぎる
【備考】だれからも愛されない。愛することもない。
780 :
イラストに騙された名無しさん:2005/10/24(月) 11:30:08
海に投げ込まれるようなものだ
>>779 一応だけど38歳だとニートではないよ。
35歳までってのがニートの定義にあるから。
まあ、名前のユーモアだからどうでもいいけど。
782 :
sage:2005/12/03(土) 13:35:23
【名前】タタート・サンドウィッチ【性別】男
【年齢】 18 【職業】特に無し(イカサマ師?)
【外見】 普通と同じか高い位の身長・金髪で服はさほど高いものではない。
【性格】軽い性格。
【趣味】トランプ・将棋・独り将棋
【備考】ギャンブル好きのイカサマ師。何をいっても耳を貸さず
彼に人道を説くことは馬に念仏を唱えるのと同じである。しかし根底からの悪者ではない。
トランプ好きの伯爵を祖父に持っていて苗字の「サンドウィッチ」は同じくトランプ好きの祖父の苗字である。
イカサマで巻き上げた金を旅の費用に使っている。しかしイカサマをしなくてもかなり強い。
783 :
名無し物書き@推敲中?:2005/12/03(土) 13:55:00
【名前】ドゥ・テイ・マンコスキー三世 【性別】男
【年齢】30 【職業】男爵だが身分を隠し伯爵家で庭師のバイト中
【外見】中肉中背。髪型はテクノカット。病的なほどに色白。
細目で眉太。体毛が異常に濃い。
【性格】一見腰が低いが実はプライドが高く、僻みっぽい。
【趣味】処刑リスト作成。妄想。自慰。
【備考】伯爵家への復讐に生涯を誓い、また伯爵夫人とその令嬢の貞操を
狙っているが、妄想だけで満足するタイプなので実行には至らない。
クーデターによる独裁政権樹立の暁に実行される予定の処刑リストには
パン屋のジョセフから現国王まで多数がリストアップされている。
784 :
名無し物書き@推敲中?:2006/01/11(水) 04:21:18
【名前】天津照(あまつてる)
【性別】女性
【年齢】1話の時点では15歳
【職業】高校1年
【外見】サーモンピンクのショートカット、ブルーの瞳
【性格】大人しく優しい
【趣味】吹奏楽
【備考】自作小説予定の主人公で、黒幕の娘でもある。
785 :
名無し物書き@推敲中?:2006/01/11(水) 14:14:24
【名前】カナン=アシュレイ
【性別】男性
【年齢】19歳
【職業】軍人
【外見】銀のロングストレートの髪に青い瞳、色白で端正な顔立ちをしている
【性格】複雑な生い立ち故、常に他人と一定の距離を保つ傾向にある。
口数は少なく、言葉が辛辣なため誤解され易いが、根は優しい。
感情を上手に表すこと出来ない。
【趣味】読書、鍛錬、ピアノ
【備考】特殊巨大兵器「イマジネーター」の形成者(イヴ)。彼と組んだ操作者(アダム)は高確率で死亡している
ために、「アダム喰いのイヴ」と呼ばれている。
彼の形成するイマジネーター「エヴァラスティン」は高速再生と遠隔攻撃に優れており、その美しい9枚の
翅が蝶の翅のように見えるため、別名「ヴァルハラの蝶」と呼ばれている。
よくわかるよこれ
色々思い付いた。
でも教えない。
788 :
名無し物書き@推敲中?:2006/03/18(土) 07:03:31
それにしても、無名草子さんたちとは、さぞやすごい作家先生の匿名書き込みなんでしょうね。
作家なんて才能が全てだから、津井ついみたいに、いくら努力したって駄目なものは駄目ですよ。
私なんか、早々に見切りをつけて趣味の世界で細々ですから。
小説現代ショートショート・コンテスト優秀賞受賞 阿部敦良