書きます。
「定点」
パチッパチッと蛍光灯に電気が走る音で私は、目覚める。
決まって夕方の5時くらいだ。深夜の0時にはふたたび
眠りにつく。
夕刻の繁華街
「おはようございます」私の脇で
若者が道路の反対側に向かい、声を掛ける。
「おはよ〜〜!お稼ぎなさい」通りの向こうから毎日決まって
だみ声のしかし、心のこもった返事がある。幅6mはあろうか
という道路越しでのあいさつが交わされる。
歳の頃、40代半ばきれいに化粧をしたお姐さんである。
お姐さんではあるが男性である。
ある日、若者は初めて彼女に「おはようございます」と
おそるおそる声をかけた。その時、「おはよ〜〜! お稼ぎなさい」と
返ってきた。若者は、なぜかうれしい気分になり、それからというもの
夕刻のあいさつが日課となっていた。彼女のお店の名前も知らない。
あいさつの言葉以外は話した事は無い。勿論
名前もしらない。そんな関係である。
若者は、ピシッ とクリーニングに出された白いワイシャツ
襟もとには黒の蝶ネクタイ。歳の頃、22〜23とい所で
あろう。若者は隣の洋服屋の店員に声を掛ける。「おはよう
ございます」「あっ!おはよ」店員はダンボール箱を店の外
に出す作業をしている。洋服店の前は歩道になっておりそこに
ダンボールが山になっている。
ネオン瞬く繁華街
若者はお店の売り上げを伸ばそうと必死に入り口前の歩道で
お客の呼び込みをしている。「はい!いらっしい」
どうも今日は人があまり出ていないようである。「ふっー」
とそこへ、リヤカーを引っぱってくる腰の曲がった老人が
歩道をこちらに向かってくる。歳の頃、70すぎではないか
と思われる。腰が90゚ちかく曲がり串に刺した海老のような
体勢で歩いているので見た目より老けてみえるのかもしれない。
若者は老人の方に顔を向け目だけで目礼をする。老人もなにも
言わず、首を縦に こくりと返事する。その後、洋服屋の店先
に出されてあるダンボール箱を 黙々とリヤカーに積み込む。
これが、老人の生きる糧である。ダンボール・キロ いくらに
なるのだろう。大した金額にならないだろうと想像はつくが..
若者と老人は口をきいた事は無い。
ある日、老人がいつものリヤカーを引いて此処にこない日があった。
次の日もその次の日も....溜まっていくダンボール。
深夜0時繁華街
「ありがとうございましたー」」私の脇で
若者は最後のお客を送り出す。
「ふっーー」ワイシャツの袖をまくり、ホウキを手に取る。
これから、閉店後の掃除である。入り口脇、建物の目立たない
所にある コンセントに挿してある線を引き抜く。 パチッ
私は、眠りにつく。イメージクラブ***************
そう、私は看板。
パチッパチッと蛍光灯に電気が走る音で私は、目覚める。
決まって夕方の5時くらいだ。深夜の0時にはふたたび
眠りにつく。
「雪」
純平は高校を卒業後、大学進学と順調に歩んできた。
大学生活も1年、2年と経ちそれなりに遊びも覚え
校舎のある名古屋の地にも言葉にも慣れ少し、だらけ
気味の日々を過ごしていた。時刻は夕方5時少し前
純平は背を丸め、うつむき加減に名古屋市中区錦の
テレビ塔近くを歩いていた。人というものは元気が
ない時など、知らず知らずのうちに地べたを見ながら
歩くものである。純平も御たぶんに漏れずそのくちで
ある。 「あぁ〜今日は12月23日か〜」
「はぁ〜〜彼女もいないし〜、また、今年も寂しい
クリスマスか」
加藤は名古屋市内で小さな印刷工場を経営している。
昨今の不景気の煽りで資金繰りには苦労しているが
どうにかこうにか輪転機を細々と回している状態だ。
加藤は左腕の時計を睨み、「ふっーー」とっ溜息。
「もう四時半か」夕方五時すぎに人と会う約束があった。
先月、お得様である八百屋のチラシ印刷の集金に行か
ねばならない。「おーぃ 後、頼むぞ。試し刷りを
しっかりやってから、回してくれ」加藤はアルバイト
の若者に大声で伝えた。「はぁーい 分かってまーす」
明日、12月24日 朝一番で銀行に行き、入金しなけ
れば、不渡りを出すという瀬戸際である。加藤は疲れた
顔で名古屋市中区錦のテレビ塔近くの待ち合わせ場所を
めざした。
「最近、少し太ったかな」遼子はわき腹の肉をすらっと
伸びるきれいな指でつかみ、独り言を呟いた。その仕草を
ファインダー越しに見ていた、カメラマンが「何、言ってるの
遼子ちゃん、それで太ったなんていったら世の女性達から
ブーイングだヨ!」 遼子はカメラマンに向かい ニコッ と
笑顔を 「お疲れさまでしたーーーーー」 しかめっ面をして
みせ、悪戯ぽく舌を出した。「ほい! おつかれ」 スタジオ
を後にした。ひょんな事から、ファツション雑誌のモデルを
始めるようになり遼子の生活は、ここ一、二年で劇的に変わって
しまった。華やかなスタジオから冷えた廊下のリノリュウムの
床を見つめ遼子は重い問題を思い出さずにいられなかった。
付き合っている彼のあかちゃんがお腹にいると思うと....
クリスマス前日にその事を彼に話すか話すまいか遼子は迷っていた。
今日、12月23日 堕胎するにはギリギリの時間を重ねてしまった。
「気が重いな〜〜〜」 遼子は溜息と共に待ち合わせ場所へと
歩を進めた。冬の日が沈み、闇が辺りを包みはじめる、街のビル
灯り、車のヘッドライト、ジンクルベルが流れる、さまざまな
喧騒渦巻く名古屋市中区錦のテレビ塔下の道端。遼子の背後で
「あっ!」っという声がする。雑路は年末の為か人々で混雑して
おり、あちらこちらで「なんだ!」「ゲッツ!」人ごみ全体が
ざわざわし始めてきた。 「上、うえ、空..」
純平はそのさわぎの中心にいた。夜空から雪のようなものが
降ってくる。普段、下を向いて歩く癖がつき、めったに夜空
など仰ぐ事などなかった純平はそのきれいな光景に釘付けに
なってしまい動けない。
集金用のセカンドバックを小脇にかかえ師走の街を歩いてい
た加藤も名古屋市中区錦のテレビ塔近くの人ごみの中にいた。
足元をみつめながら、足早に歩を進める。と道端に1ドル紙幣が
加藤は手に取り夜空のビル灯りに、そのピン札を透かしてみる
べく空を仰いだ。 風に乗りゆらゆらと雪が舞っている。
加藤は呆然と首が痛くなるまで 夜空を見上げていた。
平成15年12月23日 夕刻5時すぎ
その頃、ひとりの男が名古屋市中区錦のテレビ塔の展望台にいた。
展望台のいすに上り、鉄格子のすき間から、1ドル札をばらまいた。
その様子を展望台にいた三十数人の客は遠巻きに男を眺めていた。
人間は疲れたり苦しい時、哀しい時、元気のないとき うつむいて
しまう。神さまは気まぐれで、そんな人々に空を見るよう雪を降らす。
完
「時の砂」
日々の重さが胸に染み ふと立ち止まる
頭のなかで分かっているがこころが停滞
そんな日々を綱渡
好きなことをやって生きているのだからと
人は言う 幸せと不幸せは紙一重
しあわせと気づかない不幸せな午前二時
日々の充実が遠ざかり ふと立ち止まる
頭のなかで分かっているがこころが停滞
そんな日々を綱渡
好きなことをやって生きてこれたのだから
一人納得 幸せと不幸せは紙一重
しあわせと気づかないふりする午前二時
「順番」
俺は今、長い順番待ちをしている。それはそれは
ながい事待っている。
いまの生活に不満はない。しかし、楽しくもない。
俺の住んでいる所は寒くもなく熱くもない。まるで
一年中、春先のような気候である。
仕事もうまくいっている。自分の性に合っているの
かもしれない。
苦しい事もない。やな事もない。毎日、ほのぼの
としている。
草花は咲き、小鳥はさえずる。空腹感もないが
満腹感もない。それでいて、食べ物はなんでも
手にはいる。
世の中の苦痛という苦痛はなにもない。傍から
見れば、まるで天国のような所である。
俺がいま順番待ちしているのは、ある体験をしたいが
為である。
その体験とは何に例えればよいか?しいて言えば
ディズニーランドみたいなものであるかもしれない。
なぜに、おまえはこんな天国のような暮らしを捨て
そんな体験をするのか? と人は言う。
一度此処から出てしまうと、もう今の暮らしには戻れ
ないのである。
戻れないというのは語弊があるかもしれない。えーっと
戻れないのではなく戻った時に今の生活より良くなる
可能性もあるし、悪くなる可能性もあるという事である。
そのような、リスクがその体験にはつきまとうのである。
しかし、俺はリスクよりも リアルな体験がしたい。
今の生ぬるい生活を捨てても リアルな感覚がほしい。
世間は今、クリスマスシーズンである。どうやら
俺にもプレゼントが届いたらしい。
一枚のハガキが来た。とうとう体験の順番が来た。
俺はそのハガキを見るなり百年待ったかいがあった
と思った。明日が待ち遠しい。
俺は次の日、ハガキの文面に書いてある所定の
場所に赴いた。
そこには、受付に向かう長蛇の列が出来ていた。
俺は気長に待った。
「次の方どうぞ」 俺の番だ! 「はい」 「それで
はここにお入りください」 俺は目の前にある カプ
セルの中に入った。
暗い、真っ暗なトンネルのなかを抜けていく
感じだ。
「なんだ、苦しい、苦しい、狭い、狭い、なにも
見えない」
俺はいままで味わった事のない閉塞感に不安
な気持ちでいっぱいであった。
「オギャー オギャー」 「元気な女の子ですよー」
俺は今この世に生まれてきた。百年待ったのである。
肌に伝わるベットの冷たい感覚、看護婦の暖かい手の
温もり。リアルに...
そう、この世はすべて 実感がある世界なのだ。
ディズニーランドの 100倍はおもしろいかもしれない。
完
「レクレイム」
僕はキックペダルに足を掛け蹴った。ボッボッボッボボボッ
いまにも止まりそうな弱々しい排気音。
「おっ!おはよう 早いね」「お..お はようございます」
僕は眠い目をこすりながら とぼとぼと歩き販売店に向かう。
全開にあいている戸をくぐりさんさんと照らす蛍光灯の明かり
下、台の上に乱れなく紙端を揃え佇むチラシの束。
僕は自分の受け持ち部数分のチラシを新聞紙に挟んでいく。
手を無意識に動かす作業にだんだんと体の細胞達が起きて
くるのが分かる。
重い朝刊の塊。を前カゴ、後ろの荷台に縛りつける。ふと
空を見上げると星がキラキラ瞬く。真夏の午前 3:58
ボッボッボッボボボッ キィィーーーーブレーキ止まるバイク
「ガシャ」スタンド立てる音がやけに大きく感じる。
目の前には蛍光灯のばけものが口を空け待っている。僕は走って
駆け寄るコンビニのレジ「おはようごさいますーーーー」
「ごくろうさん」「6部ここに置いときますよーー」「おっ!」
ボッボッボッボボボッ キィィーーーーブレーキ止まるバイク
「ガシャ」ダッダッダッ...はぁはぁはぁはあ...パタッ ダッダ
ダッダッ...はぁはぁはぁはぁ 「ガシャ」ボッボッボッボボボッ
僕はアパート・マンションの階段を駆け上がり息を切らしながら
バイクに跨り次のマンションに...茶色の洒落たマンション..
此処の403号室の通路側にあるサッシからはいつも決まって明かりが
漏れている。 −どんな人が住んでるんだろ− そんな考えも
一瞬、頭をよぎるがすぐ忘れる。ダッダッダッ...はぁはぁはぁは
あ...パタッ ダッダッダッダッ...はぁはぁはぁはぁ
汗をTシャツで袖の部分で拭う。 そんな毎日。
僕は昨日から 仕事を休んでいる。行けなかった...
今朝、僕が配るはずだった新聞に僕のことが書いてある。
「****市*****町地内****交差点で新聞配達の少年(17)..死亡
....同市内に住む********容疑者(31)飲酒運転及び...
.............................」
僕はこの交差点から動けないんだよ。
交差点脇の花びら 車が通る度
ゆらゆらと揺れていた
完
「予備タンク」
昭和17〜19年と日本軍は硫黄島を拠点にフィリピンを攻略、サイパン
グアムと戦線を拡大。さらに、ニューギニア、ガダルカナル島
物資、食料の輸送等、困難な事が予想される地域まで兵を進め
戦局は混迷を極めることとなった。
バシッ 鈍い肉を打つ音が空気を震わす。「貴様、上官に敬礼
もできないのか」 直径10cmもあろうかという木の棒に精神
注入と墨書きされた棒が力一杯尻に振り下ろされる。此処は海
軍の予科練である。俺は歯をくいしばり上官の叱責に耐えた。
げんこつ、びんた、これらは軍の中では当たり前のことである。
「はい、自分は敬礼を怠りました 申し訳ございませんでした」
「以後、気をつけるように」「はい、ありがとうございます」
日々、戦局が厳しくなる中、飛行機乗りとしての予科練の訓練
はそれはそれはきつかった。一日が終ると体がくたくたになる
唯一の楽しみといえば栄養食として食事の時に付く牛乳一本と
ゆでタマゴ一つである。15、16才といえば食べ盛りである。
すでに国内は 米、タバコなどは配給制になっており食料事情は
けして良い状況ではない中、親、兄弟姉妹のことを思うと
ゆでタマゴの塩が目に染みる思いで目頭が熱くなる時もあった。
一年弱という訓練期間を終え
祖国の為、日の丸の布を飛行服の袖に縫いつけ防塵メガネを
付ける。
いよいよ、俺も戦地に赴くこととなり、分隊長と共に機体を受領
する為、茨城県の訓練地から汽車で群馬県太田市にある中島飛行場
に向かった。広大な滑走路の隅の建屋に案内され機体を目の前に
する。 零式艦上戦闘機
俺はこのまま単独で硫黄島まで飛ぶことになる。
硫黄島に着任命令が出ている為、分隊長とは此処で別れる。分隊長
に最敬礼をし操縦席の操舵棒を握る。
誘導路から滑走路までそろそろと機体を進めアクセルをゆっくり
開いていくプロペラが唸るように回転をしふわっと機体が陸を蹴る。
安定飛行に入るとともに車輪を格納する。硫黄島まで
孤独な飛行が続くと思うと ぶるぶると体が震えた。
機首を硫黄島に向け 日本の陸地を見納めとばかりに富士山
を目に焼きつける。
零戦の美しい翼に夕日が反射して眼下には霊峰富士が映える。
自然と左手が敬礼の形を取り、日本の上空と別れを告げる。
闇のなかを無事硫黄島滑走路に着陸する事が出来た。
飛行隊長に着任のあいさつをして泥のような体を横にする事
が出来た。この時点では南方の制空権は日本軍の手にあり基地は
まだまだ活気があったのである。
俺達は翌朝、ガダルカナル島に飛び立った。ガダルカナル島は米軍
により地上、制空権ともに完全に押さえられ日本陸軍の数万の将兵
は島に孤立する形となった。その為、潜水艦による島からの撤退作
戦が行われる事となり上空から援護の為、俺達は硫黄島から往復二千
キロ離れたガダルカナル島に出撃することとなった。
零戦は非常に飛行距離が長く優秀な機体であった。両主翼内の
タンク、尾翼のタンク、翼下にぶら下がる切り離し式予備タンク、こ
れらの燃料を効率良く使い往復、二千キロを飛ぶ事が出来る。しかし
パイロット達は連日の過酷な任務に集中力を失い、青い海に落ちて
いく者も少なくなかった。居眠り防止の為ヒロポンのアンプルに
頼ってしまう者もいる。
戦闘の日々が続いた。毎日、毎日 敵戦闘機との空中戦のなか今日
は一機、昨日は二機と櫛の歯が欠けるように食卓に空席が出来る。
哨戒飛行に出る。三機編隊を組み上空を偵察する。空に三角形を描く。
先頭で三角の頂点に位置する機が隊長機である。
隊長機の後ろ左右に援護する形で等速で飛行する。これでひとつの
分隊である。この形で空中戦に突入する。しかし、三機そろって帰れる
保障はない。その日、空から帰らない戦友をいつまでも滑走路で待って
いる整備士の後ろ姿を宿舎の窓から眺める事になる。
まるで、桜の花びらが散るように人の命が散っていく。これが、戦争である。
その頃、ガダルカナル島の地上では陸軍兵士は食べる物もなく、飢えに
苦しみ数万の将兵のうち生きて撤退できた人数は数千人である。のちに
この島の事を人々は餓島と呼ぶことになる。
昭和19年、硫黄島の戦況もいよいよ厳しくなり、俺が着任した頃は
保有数、百十数機を誇る飛行隊基地も格納庫には満足に飛べる機体6機
残すのみとなり、硫黄島 撤退命令が下った。俺は軍艦島の基地に
配属となった。
連日、哨戒飛行が続き。そうこうするうち、フィリピンの制空権を
奪回する作戦に参加する事となり基地全体が慌しくなった。
フィリピンに飛ぶ、その日の朝、俺はなんか やな予感がした。
そんな気分を振り切るように操舵棒を握る。ふわっと機体は浮かび
青い空に舞う。ぐんぐんスピードを増しフィリピン上空に達した。
眼下には川が蛇の様にうねっている。前方にキラッ と米粒くらい
の何かが光るように感じた。敵戦闘機である。俺は翼下に付いている
予備タンクを切り離すレバーを引いた。タンクが川めがけて落ちて
いく。友軍機もいっせいにタンクを落とした。タンクがあると翼が
重くなり旋回能力に影響が出る為、燃料があろうとなかろうと落とす。
さいわい、俺は予備タンクの燃料を使い切ったところだった。
さあ、戦闘開始である。
俺はぐんっと高度を上げる。相手に先に発見された方が負けである。
俺は敵機の後ろに回り込むように機を操る。まだ、相手に見つかっ
ていないようだ。5分後、空中戦の最中、俺は敵機に後ろを取られた。
逃げても逃げても、食らい付いてくる。敵の機銃がビシッ ビシッ
と機体に当たる音がする。右翼から白い煙が流れ始めた。赤い火も
見える。燃料計の針がぐんぐん落ちていく。機体の制御が....
「ああ 蒼い海と青い空がぐるぐるまわる...」
俺は青い空のような蒼い海に落ちていった。落ちていく俺の機影に
向かい友軍機の操舵窓から最敬礼する左手が
見えたような気がする...
その頃、サイパン、フィリピンと敵上陸により日本人の民間人、軍人
とも苦しい状況に陥っていた。サイパン島では敵の攻撃から逃れる為
海岸線に追い詰められる形となり、断崖絶壁の脇にある洞窟に身を隠
し闇夜に紛れ水を求め、昼間は息を殺す様に身を潜め洞窟入り口から
の火炎放射攻撃に耐えていた。戦争末期には、多数の民間人が目の前
にある断崖絶壁から海に身を投じた。生きて捕虜になるよりは死を選
んだ。後にその崖をバンザイ・クリフと呼ぶようになった。
フィリピンでも山下将軍率いる師団は苦戦を強いられていた。「おい
正平タバコあるか?」正平は雑のう袋からタバコを取り出し岡村に一
本渡した。「悪いな」正平と岡村は炊事当番の合間に隠れて一服する
つもりでいた。炊飯の水を確保する為、小川にいる。分隊の仲間からは
見つからないはずである。ふたりはタバコの先の火明かりが敵に見とがめ
られない様、手のひらで隠すように慎重に煙を口から吐く。
「正平、どうやら、師団はこれから山に逃げ込むようだぞ」 「俺達の
隊が最後尾のしんがりになるらしい」「そんな噂があるのか?」
「ああ、2〜3日後には噂が本当になるだんべ」「いよいよだな」
ふたりはそんな話をしながら水を汲んでいた。ふと、正平は視線を淀みに
移した。なにやら川面にぷかぷかと樽のようなものが浮かんでいる。
「おい!岡村ありゃなんだ」ふたりはその物体の傍に行き
「飛行機のタンクか」
「予備タンクだな」「おっ なんか文字が書いてあるぞ」「なになに」
金属プレートに刻印が打ってある。
「中島飛行機・零式艦上戦闘機********」「こんな南方の地で日本語
を見るとは思わなかったな」誰ともなく正平は呟いた。
平成15年 夏 サイパン
若い日本人の男女で賑わっている。
「おおぃ! ここで写真とろう」「すごい、断崖絶壁だね」
「ハィ チーズ」
日本の自衛隊が駐屯する島で特別の許可を持たないかぎり
民間人がその島に入る手段が無い島がひとつある。
島の夜が明ける頃、ガシャ ガシャ ガシャ 軍靴の音が響き
「捧げっーー筒」 旧日本軍の軍服を着た兵隊の隊列が
日本の方角に向かい敬礼をしているという.....
そう、その島の名は硫黄島である。
自然のいたずらか時間軸の歪みか自衛隊隊員達は、たまに
そのような光景に出会うと...
静かに黙祷をささげるという...
昭和18年 秋
正平のところに一通の手紙が届いた。赤紙である。
駅のプラットホーム、「ばんざーい」「どうか、ご無事で」
「正平君の出陣にバンザーーーイ」私は、村の人々に見送られ
軍隊に入隊した。
ほどなく私のいる連隊が南方に出陣する事になり部隊は慌しい
雰囲気となった。
輸送船の中は兵隊でギュウギュウずめ状態で体を横たえることも
できない。まるで蚕棚のようである。
唯一の楽しみである食事も船酔いの為、喉を通らない。
日本を発ってから一ケ月以上こんな状態である。船内の空気が暑く
なり始めた。戦地フィリピンが近いのだろう。
「おい、正平」「向こうに着いたら、おもいっきり足を伸ばして
寝れるな」隣に座っている岡村が話しかけてきた。こいつは私と
同期で入隊してなにかとお互い助けあってきた仲である。
「ああ」「向こうに着いたら珍しい果物が食べたいなぁ〜」などと
退屈しのぎに相槌を打つ。「そうだな、マンゴーという果物がある
らしいぜ」
「それと、ヤシの木だな」「ヤシの木に成る実も食べられるらしい」
「日本といえば桜の木だが、向こうは桜のかわりにヤシの木だな」
平成15年 初夏
私は、地方の信用金庫に勤めるしがないサラリーマンである。ある夜
ふらっと入ったフィリピン・クラブにはまり、ここのところ連日連夜
通い詰めている。
私は、妻も子供もいる。仕事にも慣れ日々の生活に刺激もない。36歳
である。なにが、私をこの店に惹きつけるのか分からない。ただ、魂が
なにかを求めている、そんな感じである。
「イラッシヤイマセー」彼女達の屈託のない笑顔、明るさ。したたかさ
それと、ちょつぴり惹かれるセクシーな色気。これについては男なら
誰しも当然のことである。
昭和19年 晩秋
山下将軍率いる部隊は戦局の悪化に伴い、ルソン島山中に逃げ込む形
となり、私のいる小隊は本隊を無事逃がす為、長い隊列の最後尾にな
り、しんがりを務めることとなった。
「おい、正平」「今度という今度は覚悟しなきゃならねいな」「生き
て日本の土を踏む事はないだろうな」「せめて、最後に満開の桜を見
て逝きたいが、そんな贅沢は言っちゃいられんな」
パン..パンパン 乾いた銃声が山のなかに響いた。「熱い」左脇腹
軍服の赤い点がみるみるうちに大きく円を描きどす黒い血が流れ出て
くる。どうやら、敵の初弾に当たってしまったようである。
「しょうへい」体を低く地べたに這うようにして岡村が私の脇で薬を
取り出し傷口に手当てをしてくれる。「大丈夫」「傷は浅いぞ、正平」
「正平、此処から動くな」「かならず、戻る」と言い残し岡村は銃を
手に仲間の援護に行く。戦闘は約一時間ほどつづいた。
私たち小隊も本隊を追う為少しづつ移動を始めた。私は、岡村の肩に
つかまりなんとか歩くような格好でみなの後についていくのが精一杯
であった。
しかし、どうしても遅れがちであった。前方に一軒の民家が見える。
「少し、休んでいこう」喉が渇いていた。私達、ふたりは隊から離れ
るのを承知でその民家のドアをたたいた。
中からは二十歳位の女性がでてきた。彼女は私の軍服に付いている血
を見て取り敵の兵隊なのに家に入れてくれた。
「水を一杯ください」と右手でグラスを持つ仕草をしてみせ水を所望
した。彼女は水を取りに行く。
私は、床の上に横になり窓の外に目をやる。ほどなくして、素焼きの
器に入った水が運ばれてきた。右手で受け取り、一くち口に流し込む。
残りをいっきに飲み干す。「ああ、目がかすむ」「おい、岡村何処に
いる」どうやら、血の出すぎで目が見えなくなりつつあるらしい。
「正平、ここにいるぞ」 「桜がみてぇなあ〜」...
ガタン... 素焼きの器が床に転がる。
窓の外には一本のヤシの木が風に揺れていた。
平成15年 夏
「ねえ、課長」「課長が最近はまっているフィリピンのお店いって
みたいな」「おいおい、ああいう所は女性が行くとこじゃないぞ」
「だから、向学のために行ってみたいんじゃないですか」 彼女は
同じ課の受付をやっている子である。私がこの間、口がすべって
彼女にフィリピンのお店の事を話してしまったのがいけなかった。
俄然、彼女は興味を持ち、私に連れて行けと迫る。
「イラッシャイマセー」「キョウハ、トモダチイッショネ、メズラ
シイデスネ」 リサはそう言って牽制球を投げてくる。
彼女もここで私の腕にわざと自分の腕をからませて 「よろしく〜」
などと、のたまう。 うわ〜彼女を連れてくるのではなかった。
私は、この店に通うようになって、リサを指名するようになった。
リサに誤解されては困るので必死に弁解をする自分がいた。受付の
彼女はそんな私をおもしろがってからかう。
私の誠意?弁解?がリサに通じたのかテーブルでの会話も弾み楽しく
酔うことができた。受付の彼女もしたたかに酔っ払っている。
「ねぇ、課長」「わたし〜〜は〜」「いろんなものが〜〜」「見えち
ゃって困っているんでーーーす。」 「おばけでも見えるんか」
「そうなんでーす」 「おばけじゃなくて、前世がみえちゃうんです」
私も社内での彼女の霊感についての噂を耳にしたことがある。
「ほー」「で、今はなにか見えるのかい」「課長の後ろには二十歳位の
フィリピン女性が立ってまぁ〜す」「リサさんの後ろには軍服を着た
日本の兵隊さんが立ってまあ〜〜す」どうも彼女は酔いすぎているらし
い。「おい、そろそろ帰るぞ」リサは気をきかせてグラスに水を一杯
持ってきた。リサが立っている後ろは壁になっていて、その壁には写真
が飾ってあった。
そう、写真にはフィリピンの蒼い空にヤシの木が一本風に揺れていた。
完
46 :
名無し物書き@推敲中?:04/01/05 22:18
わたし配る!
わたし踊る!
わたし書く!
日の本の
言の葉ありて
神となす
武器ともなりし
糧ともなりし
「ある日」
ハッ と目が覚めた。俺は手の甲で目の辺りをこすりながら
ぼやけた視界のなかで自分の部屋だと確認した。
しばらく、ベットの上でボーッとする。大きくあくびをしながら
「あ〜〜良く寝だぁ〜」平凡な日曜の朝である。
「えーっと リモコン リモコンと」「あった」 パチッ
テレビの電源が入った。俺は起きたらすぐテレビを付ける。
長年このような生活をしているので何も考えず体が自然と
動いてしまうのだ。「あれっ おかしいな」画面にはなにも
放送されておらず、ジーッーッーーと砂嵐が流れているのだ。
俺はベット脇にある目覚まし時計を確認した。9:14
「朝の九時だろ」ベットから立ち上がり窓際に向かい
カーテンを開ける。眩しいくらいの光が部屋の中に射す。
「やっぱり、朝だよな」他のチャンネルに変えてみたが
やはり同じように画面は砂嵐を流すばかりだ。
「うーん、テレビが壊れたか」
「しよがねぃな〜テレビでも買いに行くか」俺はてばやく
着替えをすませ「えーっとタバコは持ったし、忘れ物は
と..ないな」「おっとお金 サイフ サイフっと」
俺はマンションの重いドアを閉めスーツのポケットから鍵
を取り出しロックをした。
見慣れた町をぷらぶらと駅の方向に歩いていく。「おかしい
おかしいぞ」町に人の気配がないのである。日曜の朝はみな
遅いのかもしれないと自分の考えを振り切るように強引に
納得した。5分歩き、10分歩き。「おかしい」俺は立ち
止まった。人がいないばかりか猫、犬 生き物がいる気配が
ない。俺は足早に駅前のデパートに向かった。走った。
「はっはっはっ」「ふーっ息が切れる」デパートの自動ドア
が開き俺は中に入った。フロアには電化製品が整然と置かれ
てはいるが、誰もいない。「どうなっているんだ」俺はテレ
ビを買うことなどすっかり忘れデパートを飛び出した。
町中を歩きまわった。しかし、誰ひとり見付けることは出来
なかった。俺は分けがわからなかった。携帯電話を片っ端から
打ちまくる。呼びだし音が響くばかり。
高級車、贅沢な生活、おいしい食べ物、なんでも手に入る。
ただ、それらを作ってくれる人がいないだけだ。
俺は自宅にも戻らずホテルに泊まり歩き一週間ほど
好き勝手なことをやった。夜の高速道路を左ハンドルで
ぶっ飛ばす。腕には高級時計は虚しく時を刻む。
サイフには一万円札がぎっしり、よく考えたらサイフ
なんかいらない。夜の高速道を走る車中から外へ投げ捨てる。
ホテルのスイートルーム、薄暗い部屋にぽっんと独り
テーブルの上には空になったカップラーメンとグラスに注がれた
飲みかけのウィスキー
ふかふかのジュータンの上に無造作にツタヤのビデオが転がっている。
テレビの画面からは人の声が流れてくる。いつも見慣れているアイドル
の歌声である。
「人の声だ」頬にひとすじ熱い涙がつたうのが分かった。
俺はむさぼるように、いろいろなビデオを見た。
「自宅に戻ろう」 よろよろと立ち、ウィスキーのボトルを
口にふくみ、そのままボトルを壁に投げつけた。ガチャン!
俺は自宅マンションのキーを取り出しノブに差込んだ。
「ガチャ」 ドアを開き中に入る。いつもの習慣でテレビ
のリモコンを手に取り電源を入れる。テレビに何か
映しだされているではないか。
俺は画面の前に座り直して耳を澄ませた。聞き覚えのある
しゃべり方である。テレビから流れる声はなんと自分の声だ。
機械から出る自分の声に違和感があるがまさしく俺の姿と声である。
画面には小学校にあがる前の俺がいる。まるでホームビデオで
撮っているような画像である。俺は真剣に画面を見詰めた。
小学生から中学、高校、大学、いまに至るまでそのホーム
ビデオは俺の人生を映し出している。繰り返し、繰り返し
いままでの恥ずかしい事、悔しいかった事、後悔してる事
二度と思い出したくない事。俺がした数々の悪事。すべて...
俺はテレビの電源を切ったが、画面は消えない。繰り返し
繰り返しビデオは流れつづけている...
俺の人生の最後が画面に流れる。俺は死んでいるのか?
伏魔殿庁 刑務課 コンピュータールーム
青鬼は右手にコンセントを持ち仁王立ちで赤鬼に向かい言った。
「おい、赤鬼 おまえ また昨日の夜、酔っ払ってコードに足を
引っ掛けたやろ」 「おお、すまん すまん」 「あのな
囚人111号の人生投影機が写らんぞ」青鬼はコンセントを
電源に差し込んだ。「よっしゃ、これでよし」「孤独ちゅう刑やな」
そう、俺は死んで煉獄という刑務所に収監されたのである。
完
「落書き」
所持金は一万円を切った僕は駅のキヨスクでスポーツ新聞を買い
求人欄をひとつひとつ丹念に見つめる。期間従業員募集 寮、3食付き
目に飛び込んできた会社に電話をした。「もしもし、新聞の求人欄を
みた者ですが募集はまだやってますか」「はい、募集してますよ面接希望
でしたら明日10時に来られますか」「だ..大丈夫です10時ですね」
「失礼ですがお名前とお歳を.......」「....と申します
20才です」
翌日、僕は指定されたビルの二階にいた。「では、6ヶ月期間のアルバイト
入寮希望.....と」面接をしてくれた人は事務的に話を進める。
「えーっと食事はですね寮の食堂で決められた時間内にと詳しい事はこの
書類にありますので....」
深夜の工場 人声は聞こえず、機械の発する定期的なエアーを吸い込む
音がシューシューヒュ ゴムの吸盤にVHSのビデオテープが吸いつけ
られ製造ラインを流れていく。白いプラスティックケースに入れられ3数
本で一組にフイルムを巻かれダンボールの箱に収められていく。すべて
の行程はオートメイション化されて人間の手は入る必要がない。
僕はベルトコンベアーの上を流れる黒いビデオテープをただひたすらと
眺めて傷のチェックをする。椅子に座り正面にベルトコンベアー僕の体
右側に60cm×60cmの木製机があり不良品をはじく度、机の上にテープが
置かれる。ベルトコンベアーのラインは20m、各ポイントごとに机が置か
れ椅子に人が座っている。みな行程ごとに違う部位のチェックをしている。
フィルムの印刷づれ、ケースの糊のはみ出しなど、5箇所のチェツクポイント
に別れている。一日12時間夜の8時から朝の8時までさすがにひとつ所に座っ
ていると飽きてくる。会社もその辺は考慮して5つのポイントを一日交代で
ローティションする取り決めがあった。
はじめてそれに気付いたのは僕がこの会社に入社してから一週間ほどして
からだろうか。
机の右下 隅のほうに小さく釘のようなもので落書きが彫ってあった。
"ひとあれどひとごみの中に人はなし"僕はそれを読んだ時、絶望の匂いを
感じた。これを書いた人はひとに絶望し人生に一度絶望したのかもしれない。
それから1ヶ月ほど経ち仕事には慣れたが職場の人間関係に馴染めずに
いた。そんなある日、いつものように寮の敷地内に送迎用マイクロバス
が停まっていた。夕刻の7時に工員達を乗せ出発するのだ。20人乗りの
マイクロバスの席順はこれといって決まっておらず後ろの席から埋まっ
ていく。その日、僕は寝坊をしてしまい出発時刻より5分ほど遅れ待たせて
しまった。運転席のすぐ斜め後ろが空いており「すいません遅くなりまして」
と謝り席についた。運転手は気のいい人で白髪まじりの頭を僕に向け「気に
するな」運転手は車内の空気を察してか明るい声で「あんちゃんサンヤって
知ってるか」「サンヤですか..知りません」近くに座ってるひょうきんな
藤崎さんが「東京の山谷 あんちゃん知らん」「この運転手のおちゃんは
山谷から逃げて栃木にきたんだよ」「わははは、そういうお前だって
山谷からここに来たんだろが」「山谷のどや街ってのがあってな詳しい事は
藤崎のおっちゃんが教えてくれるよ」「山谷ってのは人生に疲れた者が
吹き溜まる所だよ」「まあ、あんちゃんにはまだ分からんだろうがこの会社は
そういう人間の集まりってことだ」運転手は少し厳しい口調で「だが、出発
時間には遅れるな寝坊は誰にもある」僕は藤崎さんの横顔に 落書き を発見
した時の匂いを感じた。
それから数日後、職場に新しい人が入って来た。彼を最初見た時、挙動不振な
動きをする人だと思った。何かに怯えているようだ。彼はきょろきょろと周り
を確認する癖がある。僕は彼の動作に興味を持ちベルトコンベアーを見るふり
しながらそれとなく彼を見ていた。工場から出荷する為、ホークリフトの爪が
入る畳2つ分くらいの平たいプラッスチックの板に6段×10箱で製品のダンボー
ル箱を積み上げる作業を彼は教わっている所だった。外へ出られる鉄製の重い
非常用ドアがバタンと開いた「うーっ出荷伝票ここ置いとくよ」ホークリフト
の運転手がそう言いながら入ってきた時、彼はドアの開閉する音に反応してい
た。彼に仕事を教えている班長の顔に苛立ちの表情が浮かんだ。
その頃、僕はお酒を外に飲みにいく事を覚えた。寮から歩いて片道15分くらい
の所にコンビニがあり散歩がてら行くのが僕の密かな楽しみだった。初めての
土地見知らぬ街並みを探検するような気持ちで歩けた。時間の余裕がある時な
どは脇道に入って新たな発見をした気分になったりしていた。漫画を買う、飲
み物を買うという事は僕のなかでおまけみたいなものになっていた。
そんな、密かな散歩道の途中に一軒の気になるスナックがあった。交差点の角
二階立ての古いトタン張りのもとは民家だったような建物を改造した感じの店
が5軒並んで十字路の一角を彩っている。角からスナック、やきとり屋、パブ、
居酒屋、おこのみ焼き屋といった感じで並んでいた。僕が気になる店というの
は一番角にあるリンクスという店だった。外観は木を使い山小屋風、昼間営業
していれば喫茶店としても違和感がないほど地味な造りだった。
休日の夜、僕は意を決してその店にひとりで行った。
店内は狭く入り口から左側全体が木製のカウンターになっており5〜6人座ると
いっぱいという感じだ。
カウンターの内側に洗い物シンク、ガス台、家庭用冷蔵庫、ボトル棚が見える。
僕はカウンターの中央を避けて端から2番目の席に座った。「いらっしゃいませ」
おしぼりを僕に渡してくれる。「なに飲みますか」「えっとビッビールください」
僕が緊張している事を察したのかもしれない笑顔でこくりと頷いてくれた。
たしかに緊張していた。というのも店のママが僕と同い年くらいなのである。
初めて入る店、頭のなかの想像とのギャップに少し戸惑いを感じていた。むしろ
嬉しい戸惑いだった。
店内には僕とママふたりきりで僕の頭の中はカウンターの内側にいるこの人が
この店のオーナーでママなのか?店内をひととおり見回す。普段はあまり使わ
れていないだろうと思われる小さなボックス席が2つあるだけでやはり僕とママ
ふたりしか店内にはいない。「はい、どうぞ」と瓶ビールをグラスに注いでくれ
ママの明るい声に押されるように僕はグラスのビールを一気に干した。
「ひとりでこのお店を切り盛りしているんですか」「うーんそう私ひとりでまだ、この
店始めて間もないのよ ちょうど一年くらいかな」
栃木弁独特のイントネーションで若いママは僕に質問した。「この近くに住ん
でるん」「ええ、ここからお店の前の十字路を右に歩いて10分くらいのとこに
踏み切りあるでしょう。そこを右に線路沿いの細い道を300mくらいいった所に
二階立ての寮みたいな造りの建物知ってます」ママは空になったグラスにビー
ルを注ぎながら「うんうん知ってる寮に住んでんの」「あの建物 昔は病院の
看護婦さんの寮だったんよ」「あっそうだったんですか」「わたしはこの街で
生まれてこの街で育ってるからねこの辺の事だったら大概知ってるよ」ここで
会話が途切れ、僕の頭の中の小人が ここでなにか気の利いた話題を...と
囁く 思い浮かばないええっとなにか話題話題っと 僕の頭の中はぐるぐると回
っていた。ひとりでこういう店に飲みに来るという事自体、僕にとって初めて
の経験なので自分でも背伸びしているなっていうのが分かっている。「なにか
食べる」ぎこちない間を埋めるかのように笑顔でメニュー表を渡された。僕は
グラスのビールをぐいっと煽り「じゃあ、ヤキトリください」「焼き鳥ねっと
少し時間かかるけどいいかな」「ええ、いいですよ、それとビールの次ウイス
キーもらおうかな」「ボトルキープとワングラスとがあるけど、どっちにする」
「じゃあ、グラスで」ママは冷蔵庫の冷凍室を開けコンビニで売っている氷を
取り出した。「わたしも飲んじゃおうかなっと」そう言ってウィスキーの入っ
たグラスを二つ作った。僕にグラスを手渡しながら「わたしと同い年くらいか
なぁ」「僕は今年二十歳になったばっかりです」「じゃぁわたしの三つ下だね」
「わたしは短大出てすぐ東京出たんよ。OLを一年ちょいやって地元に逃げ帰っ
てきたってわけ、そいで今このお店をね」ママはそこで寂しそうに笑いながらも
話を続けた。「わたしの親がね、やっぱり水商売やってるからねその関係でね
たまたま、この物件が空きになったんで遊んでてもしょうがないだろうという事
でやり始めたわけ」僕は頷きながらその話を聞いて「なんか納得した、ママの
雰囲気と水商売がどうもピタッとこなかったんで」「なんか、わたしが水商売が
ヘタみたいに言いますね〜」悪戯ぽく笑う仕草を見て僕もつい笑ってしまった。
それから、一時間ほど飲み喋り「さて、そろそろ帰ります」と僕は席を立ち
「じゃ会計お願いします」「3500円ね」僕は正直こんなに安くて商売なるのかな
と思った。「はい、おつり」500円玉とライターを渡され「これね去年の正月に
作ったライターの余ったやつ」「また寄ってね」「どうもごちそうさまでした
また、来ます」僕は帰り道、そのライターを手に取り眺めながら、もったいな
くって使えない大事にとって置こうと思った。
とそんな事をボーッと考えながらコンベアー上を流れるカセットテープを見つ
めると同時にあの挙動不振な動きをする彼の動きにも気を配っていた。彼は一
週間、もたずに此処を去っていくだろうと思った。僕も1ヶ月以上ここで働いて
きて残る人とやめていく人がなんとなくだが分かる。それほど、この会社は人の
出入りが激しいのだ。入ってきてはすぐ辞めていく。人材派遣会社、ここに集ま
ってくる様々な人々は生きる為の金を稼ぎに来ている。冬、雪の降る地方からの
出稼ぎで来ている人もごく少数だがいる。みんな生きる事に真面目だ。そして不
器用だ。キンコンカンコン休憩時間を知らせる音がスピーカーから流れ「おっー
休憩だー」という声でみな一斉にガヤガヤと喫煙室に向かう。
ギャンブル好きな遠藤さんが「うー眠みーパチンコなんかやるんじゃなかったい」
すかさず、加藤さんが「寝ずにパチンコかここで稼いでパチンコ屋に貯金しても
利子が付いて返ってこねどー」わははは喫煙室に笑いが起こる。みんな、バカ話
しかしない。僕は隅の方でタバコを吸っていたら「火ぃー貸してくれる」なんと
挙動不振の彼から僕に声を掛けてきた。僕は無言でライターを渡した。彼は「あ
りがとね」と言いライターを僕に返した。黒ふちメガネに厚いレンズの奥の目を
細めうまそうに煙を吐いた。細長の顔からはさきほどの挙動不振さは消えていた。
僕は彼の年齢を推測してみる四十代後半もくはそれよりも、ぐっと若いかもしれ
ない。この会社にいる連中は顔と実年齢が一致しない事が多い事も経験から学ん
だ。僕はそのうち年齢なども分かるだろうと思いあえて聞かない。ここの連中は
自分の過去のことはあまりしゃべろうとしないから。そういう僕も...
それからというもの一日三回の休憩時、タバコを吸っていると彼が傍に寄ってく
るか僕が彼の傍に行くかで話をする機会が多くなった。
僕たちは一日の大半の時間を会社に売り終え、工場内敷地に待機しているマイ
クロバスへと流れるように乗り込む。まるで僕達がカセットテープでバスがダンボー
ル箱に感じられる時がある。「みんないるなー乗ったなー」その声を合図にバス
は朝の田園風景の一部になる。
四十分ほどシートの揺れに身をまかせ。バスは留まる。ぞろぞろとダンボール箱
から降りそのまま、食堂で食事を取る者、風呂に入ってから食事する者、自分の
部屋に直行する者、おのおのが開放された悦びを表現する。僕は部屋に戻りジャ
ージの上下に着替えお風呂セット、シャンプーやらタオルやらを持ち浴場に向か
う。食堂内を抜け細い通路の奥に脱衣所がある。板張り空間に木製の茶色に塗
られた脱衣棚が白いクロス壁に造り付けされており天井には大きな扇風機がゆっ
くり回転している。風呂場と脱衣所との仕切りのサッシをガラガラッと開けると
正面の大きいガラス窓から朝の陽が差し込み大量の白い湯気とが空間を埋め尽く
している。右側にたたみ六畳くらいのホーローの浴槽があり浴槽の二辺を囲むよ
うに洗い場になっている。タイルの壁からお湯と水の出る混合栓、シャワーが各
八つある。
僕はまず洗い場の椅子に腰掛け身体を洗ってから湯船につかる。濡れたタオルを
頭の上に乗せ目を閉じ少しのあいだ湯を楽しむ。集団生活ゆえ風呂ひとつとって
も自分勝手な振る舞いは出来ない、窮屈な枠のなかに自分の居場所を常に意識す
る。僕は湯船から出てもう一度、洗い場で身体の垢を擦る。いままでは汗を流し
不潔にならなければよいとカラスの行水ではないがそれに近かったのだが、あの
夜ママの店に行ってからシャンプーもリンスもをきちんとするし垢すりだって二
度もする。僕のなかでなにかが変わった。
僕は脱衣所でジャージを着込みそのまま食堂に行く。すでに食べ終えている者も
いて返却トレーがいくつもステンレスの台に置いてある。僕はおかずの載ったト
レーを持ち小窓から厨房のおばちゃんに「ごはんと味噌汁お願いします」と声を
かける。「はいよ、大盛りかい」「いえ、普通で」湯気のたつ味噌汁とごはんを
受け取り、会議室などにある細長のテーブールの上にトレーを置く。丸イスに腰
を下し、さばの味噌煮から箸を付ける。マカロニサラダ、肉じゃがの小鉢どれも
味付けはよく、また、量も申し分ない。僕はテーブルの一番端で黙々と箸を上下
する。同じテーブルには4〜5人いるが、みな椅子ひとつ分もしくはふたつ分空け
自分の空間を確保し黙々と食べる。
食べながら考えていた。明日から三連休、いや、今の時点からだ。自由な時間を
有意義に使いたい。
トレーをステンレス台の上に置き「ごちそうさま」と食堂を出て乱雑に靴が脱ぎ
捨ててある玄関脇の階段をのぼる。長い真っ直ぐな廊下が中央に走り両側に安っ
ぽい白の化粧ベニヤの張られたドアがいくつも並ぶ。その中の203号室が僕の部屋
である。6畳一間に14型カラーテレビ、カラーボックス、CDラジカセ、敷きっぱな
しのふとん。二月なのに部屋のなかには火の気ひとつない。「そろそろ、こたつ
でも買おうか うーさみぃ」ふとんの中に頭までもぐり込み丸くなり温まるのを
じっと待つ。とそこへ トントン ドアを叩く音がする。「どうぞー開いてます
よー」ふとんから上半身だけ起こし声をかける。僕はこれから出かけるつもりだ
ったので鍵は掛けていなかった。ドアの外に立っていたのは彼だった。黒ふちメ
ガネの奥にある目をしばしばと自信なげに瞬いていた。彼は入ってくる素振りは
なく廊下に佇むのみであり、「どうぞ、中に入ってください」CDラジカセの空箱
をテーブルにみたて腰掛けるよう促した。「寝てた 悪いね」「いえいえ、ふと
んの中で少し休んでから駅ビルでこたつでも買おうかなと思ってたんですよ」僕
はタバコに火を付け、それから、セブンスターの箱に100円ライターを載せダンボ
ールのテーブルを滑らせた。「どうぞ」「すまんね」僕たちは無言でタバコを一
本吸い終えた。おもむろに彼が口を開いた。「悪いけん、3000円貸してもらえんか」
「実はな埼玉県、春日部という所に仲間っ..ぃや友達がおるけん連休を利用し
て金の工面をしょうと思うちょる」彼は普段、標準語で喋るが今は九州地方らしき
方言でしゃべった。
僕もこの会社で働きはじめて最初の給料をもらうまで手持ちの残金が目に見えて
減っていく恐怖感を知っている。茶色の二つ折になる皮製のサイフを開き黙って
千円札を三枚抜き取り彼に渡した。この金は返ってこなくてもいいと思った。
「かならず、返すけん」と彼は立ち上がる。僕は半分ほど残っているセブンスター
の箱を彼に押し付けた。戸惑う彼に「まだ、封の切ってないタバコあるから」僕
は言いながら四角い箱を手とり彼に見せた。彼は安心したように頷きセブンスター
をポケットに仕舞った。
その夜、はやる気持ちを抑え、ひとりいつもの散歩道を歩く。真冬の北風が寒く
感じないほど僕はママに逢いたかった。カランコン低く重い鈴の音が木製のドア
を引くと同時に鳴り、カウンターのなかで顔をあげるママの表情にぱっと火が灯
るように店の中が明るくなったように感じられた。気のせいかもしれないが僕は
確かにそう感じた。外の冷気を厚めのジャンバーに纏い僕はこの前と同じ席に座
る。「寒いすね」わざと崩した口調でしゃべった。「なに飲みますか」ママはわ
ざと丁重に答えた。そんな、ふたりきりのその場でしか作れない雰囲気。お互い
の言葉に刺激されるように会話が滑り出す。「ウィスキーをグラスで..オンザ
ロックで頂けますか」「はい、かしこまりました少々お待ちください」ふたりは
吹き出しそうな顔で演じる。ひとっきりそんな遊びをして僕は真顔で質問した。
「ところで僕が入ってきた時、カウンターの上にあるグラスを見詰めていたけど」
今も僕の目の前にはその水のはいったグラスが置かれている。「あ、これの事」
ママはグラスを両手の指で包む様にし「小さい泡があるでしょう、見える、ねぇ」
暖房で暖められた店内、グラスに気泡がついてもおかしくはない。「店の前に交差
点あるでしょ よく事故があるんよ こうやってね、水を置いておくと目に見える
早さで減っていくんよ不思議だね」なんか、僕はどう答えていいか分からなかった。
ママは雰囲気を変えるかのごとく「わたしも飲んじゃおうかなっと」いつものママ
に戻った。「チーズ食べる ねぇ」僕はチーズはあまり好きではないが「うん」
と頷いた。白い皿に盛られたブルーチーズが出てきた。僕が手を付けずにいると
「嫌い、男の人はブルーチーズはダメってひといるよねっと」と言いながら皿に
手を伸ばし、ぽぃと口の中に放り込んだ。僕はそのくちびるに見とれてしまった。
「なぁ〜に見てるかな〜 スケベ」僕はノックアウトされた。ふらふらだ。
「さて、そろそろ帰ります」「もう帰んの」「ええ、また明日来ます」僕は店の
隅に飾ってある額に入った 食品衛生管理の免許証に記載された名前に気づいて
しまった。名前欄には、吉岡露紀 とある。ドキドキした。もっと、あなたの事
が知りたい心の中で思った。帰り際、例の水が入ったグラスに目をやると半分位
減っていた。
次の日、連休、なか日とあってかなかなか敷きっぱなしの煎餅ふとんから出られ
ずうだうだとテレビから流れる画像を見るとはなしに眺めていた。いいかげん首
が疲れてきたので起きたいのだが、これからなにをするか?今日の予定は決まっ
てない。頭の中でおもいを巡らす。ふとんから出て着替える時の肌に刺さる寒さ
に勝る魅力あるだけのものがなければ、ふとんから出られない自分がいる。枕元
に置いてある腕時計を手に取り短針の位置を確認する。「三時かぁ」たしか駅南
口のロータリーから細い脇道に入った所に間口二間くらいの小さな古本屋があっ
たなと記憶の糸を手繰る。これでようやくふとんから出られるものが見つかった。
錆びいろの枕木の下に石が敷き詰められ鈍い銀色のレールが二本走る空間を左手
に眺めながらねずみ色のアスファルトを歩いていると空から白いものがひらひら
舞いはじめた。僕は手のひらでそれを受ける一瞬で消える。残る冷たい感覚をぎ
ゅつと握りジャンバーのポケットに仕舞い込む。ふと、頭のなかに雪見酒と言う
ことばが浮かんだ。僕の殺風景な部屋の窓から降りしきる白い雪を僕はこたつに
入りながらあきもせず眺めている。月の光に照らされた音のない白い世界。とそ
んな幻想的な風景を思い浮かべながら、ぶらぶらと駅の方角に向かい歩を進めた。
黄色と黒が互い違いに塗られた竹の棒が見える。この踏み切りは鉄道という静脈
と地方道という末端血管の交差点。僕が今立っている踏み切りは駅のプラットホ
ームからわずかに右にカーブを描きながら東京方面にむかって二つ目に位置して
いる。ここから駅ビルがよく見える。この踏み切りを左に行けばママの店がある。
真っ直ぐ線路沿いに歩けば駅北口にわずか5〜6分で着いてしまう。僕は迷った。
よし、このまま真っ直ぐ北口に出て駅構内を突っ切り南口に出ようと決めた。
細い路地の右側には風俗店が何軒かありそのなかの一軒のキャバクラのドアが開
けぱなしになっていた店内は暗く天井に付いているミラーボールが寂しげにドア
の内側から外の風景を眺めている様に感じた。店の前には青色のドラム缶のよう
な形のゴミ箱が水洗いされたまま置いてあった。そんな風俗店がある細い路地も
100mも歩けばいきなり視界が開け駅ロータリーと直結してしまう。自転車置き場
バスの停留場、タクシー乗り場と人々が冬の風に乗り舞う雪に抵抗するかのよう
に上着の襟を手で押さえ足早に歩いている。
新幹線もとまる堂々とした白い駅舎その腹の中を通り抜け南口へと躍り出る。う
っすらと白化粧したアスファルトに足を取られないよう慎重に古本屋がある路地
に入る。しばらく歩くと右側に見えてきた。入り口の上に取り付けてある、みど
り色の巻き上げ式の軒先そのビニール地に黒文字でみどり書店とある。僕は入り
口で一旦止まり、ジャンバーの肩口に付いている雪を払い落としてから、ガラガ
ラとアルミサッシの引き戸を滑らせ店のなかに入る
棚を上から下へ順に目で追っていくタイトルに惹かれ手を伸ばしパラパラと最初
の数ページに目を通し元あった所に戻すという事を数回繰り返す。今度は以前読
んだ事のある作家で棚を追っていく、すると旅行記や小説、映画などを御自分で
撮ったりしている作家のエッセイ集が上、中、下巻と三冊一組で棚の隅にあった。
僕は古本屋でほしい本に巡り合ったりすると宝物でも発見したような気持ちにな
る。古本屋の棚を一時間眺めた末なにも買わず店を出るなんていう事も多々ある。
今日は宝を発見してしまった。僕はすぐさまその三冊をレジに持っていく、レジと
いうか、とにかくレジの機械が置いてある場所。店舗兼住まいらしくガラス戸の奥は
生活の場という感じの造りで畳じきの一段高くなっている所に座布団を敷いてストー
ブにあたっている品の良いおばあちゃんがいる。「すいません、これお願いします」と
声を掛け千円札で支払いを済ます。
「今日は寒いねぇ本格的に降りそうだねぇ」「そうですね」と僕は答えた。「学生さんかぃ」
「いえ」「そうかぃそうかぃ風邪引かんようにねぇ気ぃつけて帰るようにねぇ」とそのおばあ
ちゃんは人の好さそうな笑顔で何度も何度も頷きながら僕に話しかけた。「ええ、おばあ
ちゃんも風邪引かないように、じゃあ僕はこれで」と言い店を出た。帰り道、酒屋に寄り
ホワイトホースという銘柄のウイスキーを購入し抱きかかえるように背を丸め襟から解け
た雪の雫が入る度、肩をすぼめ部屋に逃げるよう戻った。
その夜、少し赤い顔をしてママの店に行った。
職場の人間関係のなかに孤独を感じる。部屋のなかにいても孤独を感じる。ただ
それだけだ、それだけの理由で酒を飲む。ウイスキーを喉に流し込むギュッと熱
い感覚が食道を抜け胃が暖かくなる。そんなの求めて僕は外にお酒を飲みに行く
んじゃない。人のあたたかさを飲みに行くだけ。そんだけだ。僕はふとんの中で
眠りに堕ちていった。
連休、最終日の午後トントンと僕の部屋をノックする音で目覚めた。「はい」と
寝ぼけ声で答えると「今、戻ったけん」彼の声である。「あっちょと待ってくだ
さい今開けます」僕は目を擦りながらドアを開けた。「これ、この間借りた三千
円」彼は律儀にも返しに来たのだ。「あぁっ、別にいつでもよかったんですよ」
まさか帰ってくるとは思わなかった。「友達から金の工面が出来たけん、お礼が
したいじゃけん今晩付き合うちょくれんか」「もちろん、わしがおごるけん」
「いえいえ、そんなんいいですよお礼なんて」意固地に断るのも悪いので「じゃ
一軒目はおごってもらって二軒目から割り勘でっというふうにしましょうか」僕
は外でお酒を飲む事を覚えたばかりなのでもっといろんな店に行ってみたいとい
う気持ちがあった。この風変わりな彼といっしょにお酒を飲んでみたいという好
奇心も同時に沸いてきた。「今、四時やけん、そしたら、七時にドア叩くけん」
「ええ、じゃあ七時ですね、分かりました」彼は自分の部屋に戻って行った。
彼は七時ちょうどに迎えに来た。「行こか」「ええ」僕は彼の後について寮の階
段をおりる。玄関でくつに履き替え「どっか知ってる店あればよかね」「う〜ん
そぅですねあまり僕は外に飲みに行かないんで知ってる店って無いんですよ」なぜ
かママの店に彼を連れて行きたくなかった。無意識にママの店を避けようとする
自分がいた。「居酒屋なんかどうですかね」とことさら明るい声で僕は言った。
僕達は踏み切りのところまで話ながら来た。僕はママの店と反対方向にあるビル
の二階を指差し「あそこに見える居酒屋にしますか」彼は頷き「居酒屋で焼き鳥
もええね」僕達はその大手チェーン店の居酒屋に入った。一番小さいテーブルに
案内されメニューを渡され「お飲み物はどういたしましょう」どうやら、飲み物
を先に注文するらしい。僕達はとりあえず瓶ビールを注文した。僕はタバコに火
を付け「昨日の雪、結構降りましたね」「そうやね、道端にまだ残ってるけんね」
僕はファミリーレストランのようなメニューを開きながら、時折、目線を下の料
理に向けながら話をしていた。店員さんがビールをテーブルに運んできたついで
に、つまみを五〜六品注文する。僕達は酒が進むにつれ口が滑らかになり楽しく
酔う事が出来た。「よし、次行こうか」彼は言い会計を済ませる。今日の彼は余
程良い事があったのか上機嫌のようだった。
ふたりは居酒屋を出た。酔いで火照った首筋に残雪の上を渡る風が冷たく感じた。
次に行く店を決めずにぶらぶらと歩く。もっとも店を知らないのだから決めよう
がない。「今日はなんか機嫌が良いみたいですね」「うん、久しぶりに仲間と会
うたけんね」「そんな事より次の店どげんするとぉ」「そうですね、行き当たり
ばったりでその辺の店にでも入りましょう」僕達は適当な店に入った。
入り口の看板にショットバーとかなんとか書いてあった。地下に続く階段を降り
ながら僕の頭に一瞬、僕達にはちょっと場違いな店かも...という考えも浮か
んだがそこは酔いの勢いにまかせてドアを押した。店内は静かなクラッシック音
楽が流れていた。年の頃、四十代半ば位の女性がカウンターの中にいた。他に客
はない。僕達はカウンターに座り温かいおしぼりを受け取る。僕はちょっと緊張
した。こういう店は初めてだった。
なにを注文していいか分からずに注文を躊躇っていたらカウンターの内側にいる
女性が、おすすめのカクテルの名前を言った。僕達はそのなんたらかんたらと言
うカクテルを頼んだ。僕の頭がカクテルの名前を覚えられないので「はい、それ
ください」となってしまったのだ。もうなんでもよいアルコールならばそんな心
境だった。次々といろんなカクテルを飲んだ。
グラスの縁に塩が付いてるやつ、ピンクのやつ、ハワイなんとかと言うやつ。僕
達はかなり酔っ払っていた。この店に来てどれくらい時間がたったのだろうか、
僕達は上機嫌でしょべっていたが唐突に彼は質問してきた。「君は学生運動ちゅん
知っちょるか」「学生運動ですか、う〜ん僕らはテレビのなかでしか知らないです
ね安田講堂事件とかですか」「うんうん、知っちょるかその頃、わしは大学生やっ
たんよ」僕は内心びっくりしていた。彼は大学出だったのだ。それから、彼は学生
運動に情熱を注ぎ傾斜していったと話した。僕はそういう思想も知識もないので
いい加減な所で彼の話を打ち切るように「僕はそういう事は全然分からないし
まったくテレビの中での出来事としか感じられないしな〜」「君の年代だとそうか
もしれんね」彼もそこでその話題を止めた。それから暫くカウンターの内側にいる
女性もまじえて三人でバカ話をしたりして時間を過ごした。「酔うたけん、そろそ
ろ帰るか」「いくらか」僕は割り勘のつもりでいるのでポケットからサイフを出す。
「いい、いいけん、わしのおごり」と彼は聞かない。彼は僕を片手で制止して自分
の黒い札入れから一万円札を三枚取り出す。僕は偶然、彼のサイフの中身を見てし
まった。一万円札が十枚一束で三つに区切り札入れに収まっていた。区切りの一万
円札は横に二つ折りにして帯の様になっていたのが印象的だった。なんで、こんな
大金持っているのだろうと不思議に感じた。結局、その日は彼におごってもらう
形になり、次回は僕がおごるという約束をして部屋に帰った。
彼といっしょにお酒を飲みに行った夜から三日後、彼は仕事を休んだ。僕は寮に
帰るまで彼が休んだ理由が分からなかった。その日、いつものように風呂を済ま
せ食堂でごはんを食べていると噂話が聞こえてきた。「昨日、警察が来たらしい」
「どこに」「この寮に決まってるべ」「ほれ、あの黒ぶちメガネ..うーんっと
なんていったけ...」「おうおう奴か、何かやったんか」「奴さん指名手配中
だったらしいな、なんでも赤軍だか成田だかそんな関係らしいぞ...それでな..」
僕は箸を置き食堂を出て部屋に戻った。僕は買ったばかりのこたつの中で彼が言
った言葉の断片を思い出してみた。僕は食堂で耳にした話は本当の事だろうと思
った。僕は彼の過去は知らない。また、知り合って日も浅い。しかし、これだけ
は分かる。彼は自分の一生を賭けるものを持っていた。
善い悪いは別にして彼の生きる姿勢その真摯さ。僕は忘れる事が出来ない。
そんな事があっても僕の寮生活はなにも変わらずに相変わらずママの店に足繁く
通っていた。
鉛色した空の下を北風が無機質なアスフアルトを撫でて行く。僕はそんな容赦な
い風に背を押される様に道端を歩いていた。この辺りは道幅が狭いくせに車の通
りが激しい。みな大通りに抜ける為の近道として車も人も先を急ぐ。時刻は夕方
の四時、買い物の帰りだろうかスパーの白いビニール袋を両手にさげているおば
ちゃん、ベージュ色のコートの襟に手をあてて寒そうに歩くセールスマン。僕の
足は無意識の内にママの店の前にある交差点へと向いている。最近はこの交差点
が地球の中心点かのように此処を基準にして右に行こうか左にするかと考える癖
がついている。
「まだ、時間早いしな飯でも食うか」ママの店を目で確認しながら声を出して言っ
た。この交差点を右に行くと中華料理店、コンビニ、安食堂、コインランドリー、
酒屋やらアパート、八百屋などが道端に軒を並べている。
僕は交差点を右に歩き入り口が開けっ放しになっている安食堂に入った。入り口の
すぐ脇、外の様子が見えるように席を取った。心の中で少し期待があった。この席
からママの店が見える事に。見えた。僕はドキドキした。時間帯からして、そろそ
ろ店に来て仕込みや掃除などしてもおかしくない。あせる気持ちを抑え、そうだ、
とりあえず何か注文しなければならないと気づき、ビニールの透明な下敷きみたい
なメニュー表を手にした。「すいません、かつ丼とラーメンお願いします」「はい
よ、かつ丼とラーメンね」料理が出てくるまで手持ちぶさたなので、漫画本でもと
店内を見回す。おっ、あったあった。その漫画本が乱雑に納まっているカラーボッ
クスまで取りに行き、表紙がラーメンの汁で汚れている本を持ってテーブルで読み
始めた。
読み進めるうちに以外と面白い、僕は漫画に没頭していた。入り口に人が立つ気配が
したが気にせず心は漫画の世界に入ったままだった。
「おっ、露紀ちゃん めずらしいね、どうしたん」「おじさん、白ごはん少しわけて
くれる」頭の上から聞こえる声はママだった。意表を突かれた。「おっ、いいけど、
どしたん」「今日、炊飯機壊れちゃって、ごはん炊けなかったんよ」「おっ、そんじ
ゃぁ ちょっと待ってな」僕は漫画本から顔を上げるタイミングを失ってしまった。
もちろん、漫画の内容なんて頭から、すっとんだ。
「こんにち〜わ」あかん!明らかに僕に向かって声を掛けてきている。あかん、あかん
僕は観念した。顔を上げ、「どうも」さも今、気づいたふりをした自分に僕の中の小人
が「お前、わざとらしい」と囁く。とそこへ。「はい、おまち」かつ丼とラーメンが出
てきた。うっーよりによって二品も頼のんじゃった。完全に食いしん坊だと思われた。
「実はね、今さっきね、此処に入るところ見ちった、それでね」「車の中からね、気づ
かなかったでしょ」僕は割り箸を落としそうになった。 どういう事だ? んっ。
「露紀ちゃん、あいよ、お待たせ」「すいませんね、あんがとっ」「じゃあねっ」とそ
う言ってママは去った。僕はかつ丼とラーメンの味を覚えていない。
その夜、ママの店には行かなかった。というか行けなかった。
「おばちゃん、おでんちょうだい、たまごと大根入れてね、あとビールもう一本ね」
僕は注文しながらタバコに火を付けた。「人材派遣会社とはよく言ったもんで実態
はピンハネ会社」「俺らのひとりひとりの日当から一日5000円上前ハネて100人従業
員いりゃー 幾らになる」「単純計算してみ、一日で50万円だよそりゃー自社ビルも
建つわなー」僕はそんな話を黙って、おでんを突つきながら聞くのが好きだった。
天板のオレンヂが色あせた安テーブルの上にはおでんの皿、やきそばの皿、野菜いた
めの皿、スチールのぺらぺらな灰皿に吸いさしのタバコが載っている。話をしている
のは五十代で最年長と思われるいかつい顔をした大山さんはごつごつした大きな指で
箱から新たにタバコを一本抜き火をつけた。どうやら、吸いかけのタバコが灰皿に
あるのを忘れているらしい。黙って聞いている小柄で物静かな話し方をする四十代半
ばと思われる関口さんが笑いながら、灰皿を指差す「おっと、こりゃいかん」大山さ
んは照れたように慌てて灰皿の吸いさしを揉み消す。僕の相い向かいに座っ田宮さん
は「おちゃん、たのむでー」とみなの笑いを誘う。僕は最近この一杯飲み屋に週1〜3
回通うようになっていた。
僕が初めてこの一杯飲み屋に入ったのは。そう、二月のカレンダーが捲られ三月にな
っていた。
まだまだ春には程遠く外の おでん と大書きされた紺色の暖簾が北風に煽られアルミ
のガラス戸を叩いていた。店の中は人の息いきれとストーブの暖房とでガラスは白く
曇っていた。僕は少し迷ったがその店に入った。ジャンバーの襟をたて緊張と寒さで
強張った右手をガラス戸に掛けた。
ガラガラッ、瞬間、店の中の空気が止まるのが痛いほど分かる。視線が僕に集まって
いるのが分かる。常連客で賑わっている店に初めて入る時のこれがいつも僕を迷わせ
る。
僕は四人掛けの安テーブルに席を決めるとこれまた緑色の丸い安イスに腰掛けた。
「いらっしゃい」お冷を店のおばちゃんが持ってきてくれた。もとは白かったと思わ
れる染みだらけの壁にお品書きが短冊に書かれ貼ってある。目でその文字を追いなが
ら、「とりあえずビールください」「あいよ」とおばちゃんは、すぐに大瓶のビール
とグラスを持ってきた。「あと、おでんお願いします」「適当に見繕っていいかい、
たまご入れるかい」「ええ、たまごと大根あとは適当でいいです」「あいよ」こうい
う店は気取らなくていい。客層も僕と同じで肉体労働者ばかりだった。
たまたま入ったこの店の隅で僕はひとりビールを飲んでいた。「あんちゃん、よかっ
たらこっち来ていっしょに飲まへん」そう声を掛けてきた人が田宮さんだった。むさ
苦しいおっちゃんばかりのこの店で唯一僕と同年代という気安さから声を掛けたらし
い。「あんちゃん、何処で働いてるん」僕はすぐ近くの会社の寮に入っていて派遣先
のビデオカセットテープ工場である事などを説明した。「なんや、現場が違うだけや
同じ会社の人間かいな」「俺らなそこの五階建ての古いビル見えるやろ、その寮に住
んでるんや会社はな市内にいくつも寮を持っててな現場もいくつもあるんや」「現場
っていくつもあるんですか」僕は聞いた。「ああ、俺らの寮だけで50人くらいいてな
現場は三つや、比較的、俺らの寮は肉体労働でもキツイ部門らしいなそんかわり日当
はええで」田宮さんの派遣先は電車の車軸などを作っている会社だと言った。三交代
制で夜勤あけなど朝からビールが飲める店は近くに此処しかないなどと教えてくれた。
僕は田宮さんのねずみ色の作業着に所々付いている油染みを眺めながら話を聞いてい
た。それからというもの田宮さんと店で顔を合わせるといつもテーブルを同じにする
ようになった。
今日は隣のラインが止まっていた。どうもコンベアーの調子が悪いらしい。僕達
と違う色の作業服を着た工場の正社員が徹夜で直している。
その若い正社員は普段、昼間の勤務で主に機械のメンテナンスをする人なんだろう
はじめて見る顔だ。僕と同い年くらいかな。
おそらく、工業高校を卒業してこの工場に就職したのだろう。僕達みたいな現場
の末端、いや底辺で働く人間とは別な人種のように感じられる。
作業服の色からして違う事が気にくわない。正社員の彼になんの恨みもないが……
ただ、今日の心に白い波が打ち寄せているだけだ。明日になったら波は消える。
それも分かっている。
学歴の重みを痛いほど味わってきた。
その重みに耐えかね心が捻じれ荒みギシギシ音をたてていた。自分で決めた事だろ
うと心の中で自分に喝を入れる。
ベルトコンベアーの上を流れるビデオカセットを眺めながら僕は数年前のある晩の
事を思い出していた。
「おじさんは高校しか出てないんだよ、今の職場ではさんざん 辛い思いをして
きた、大学出の後輩達にどんどん追い抜かれていく」おじさんはそこで
お茶を一口飲んで続けた「せめて高校くらい卒業しとけ それから、好きな事を
しても遅くはない」僕は畳の上で正座をし俯いていた。僕の隣でおふくろが茶碗の
を見つめていた。数日前、僕はおふくろに「学校やめるよ」と言った。僕がいったん
言いだしたら絶対に聞かないのをおふくろは良く知っている。最後の頼みの綱と
ばかりに此処に連れてこられ、僕は今、此処で正座をしている。昔からおじさん
の家は敷居が高かった。おじさんは地方公務員で県の土木事務所に勤めていた。
あと数年で定年という歳だ。僕はおじさんからそんな弱音ともとれる話を聞くのは
初めてだった。普段あまり話をした事はなく。僕にとっておじさんは強くて怖い
近寄りがたい存在だった。
当時の僕はおじさんの言葉を頭では理解したつもりだった。
おふくろと今の義親父とは再婚だった。僕はおふくろの連れ子で四歳年下の妹は
おふくろと義親父との子だった。田舎に生きる息苦しさを感じ、義親父方の親戚、
いとこ達、全てから離れたかった。結局、僕はおじさんの助言を苦く感じ飲み込む
事が出来なかった。十七歳で高校を中退して家を飛び出した。
とにかく飯を食う為、必死に働いた。
いろいろな仕事をしたなかで、スコップも握った、安全靴もはいた。泊まる所もなく
金もなく公園で寝る事もあった。
おじさんの言葉が身体に染み本当に理解できたのは十八歳の夏だった。
ある下水道本管の掘削工事現場だった、その工事は地下6m地点に直径3.5mのトンネル
を15キロメートル堀り進むという工事だった。シールド工法という最新式のドリルの
親分みたいな機械で岩盤を砕いていく。落盤事故、地下水の浸食等あり、かなり危険
な作業を伴う。職人達はセグメントと言うコンクリート枠を設置しながら堀り進める。
トンネル内にレールが敷かれトロッコ電車が残土を外に排出する。
僕は滴る汗をシャツの袖でぬぐい辛そうに残土をスコップでトロッコの荷台に積んで
いた。僕のだるそうな様子を見た隣のおっちゃんが僕に言う。
「俺たちゃぁ頭がねぇから身体泣かせなきぁ飯が食えねぇのぉ」ヘルメットに着けた
カンテラ明かりの先でおっちゃんの目尻にできた深い笑い皺が照らされた。
一日仕事が終わると身体がくたくたに疲れる。そんな現場でのある日、役所から工事
の進み具合について検査が入る事になった。
このような特殊な公共事業は当然、技術力のある大手ゼネコンが請け負う。
その日、県の土木事務所の役人が黒塗りの車に乗ってやって来た。
五十代の白髪まじりのゼネコンの現場代理人は自分の息子ほどの年齢に見える若い役人
に対して下にもおかないという丁重な対応をしていた。これが現実だと思った。
キンコンカンコン終業を知らせる音がスピーカーから流れる。
ふっー、やな事を思い出してしまった。
これも全て作業服の色が違うせいだと自分の心を誤魔化した。が心に嘘はつけない
事は自分でよく知っていた。とにかく波がおさまるまで待つしかない。
トンネルの中の闇を歩く気分を引きずりながら、ロッカー室で作業服を脱ぎ捨て思った。
暫くは一杯飲み屋のおでんとママの店に通う日々が続くなと。
寮に帰り風呂も食事も取らず部屋に篭った。部屋の隅にあるつけっぱなしのテレビ
から朝のワイドショーが流れている。
ぼんやりと画面を眺め考え事をしていた。
ふと、おふくろに金でも送ってやるかと思った。ほんの気まぐれだった。
僕はジャンバーを羽織り、サイフの現金を確認した。「えっと紙、紙」
カラーボックスの隅に、ちょこんと買ったまま何も書かれていないノートがあった。
最初のページを丁寧に破り取る。ボールペンで
『元気でやっています。心配はいりません』これだけしか書かなかった。
それは、手紙といえるほどのものではなかった。その紙を四つ折りにしてポケットに
捻じ込む。
「すいません現金書留の封筒一枚ください」僕は冬の朝日が窓から差し込む閑散とした
郵便局の書き込み用の小さな台の上で封筒に宛名と寮の住所電話番号を記入した。
現金十万円にポケットから取り出した紙を添えた。
封をしてから自分で何でこんな事をいきなり思い付いたのか不思議に感じた。
「お願いします」封筒を受付に出し料金を支払い局を出た。
この三年間手紙ひとつ電話ひとつ家に入れなかった。たまにはこんな事するのもいいな
と自分に言い聞かせるように帰り道を歩いた。ふと、駐車場の赤い車が目に入った。
ボンネット上の陽だまりから猫が丸くなり眩しそうに僕を眺めていた。
街には社会人になったばかりですと言わんばかりのスーツ姿やぶかぶかの学生服を
着ているあどけない顔の中学生が目立つ。季節はいつのまにか春になっていた。
「一番線から....行き列車、発車いたします 白線....」駅のプラット
ホームにアナウンスが流れる。プシュー とドアが閉まりガタン...ガタンと
ゆっくり発車した。暖房の効いたシートに疲れきった体を沈める。本当に疲れた。
はやく寮の部屋に帰り独りになりたかった。
車中の窓から外をぼんやり眺める。
ガラスに映る己の歪んだ顔と流れる風景に記憶がフラッシュバックする。ここ数日
の事だが何日も前のことのように感じる。三日前の朝だった。
その日、僕は夜勤の仕事明けいつものように寮の食堂で食事をしていた。
普段あまり顔を見せない寮の管理人さんが僕の所に来て
「朝早くに妹さんから電話があってあなたのお母さん亡くなったらしい、すぐ実家に
帰ってくれとの事だ」「仕事の方は心配しなくてもいいよ、すぐ帰ったほうがいいん
じゃないか」突然だった。
僕は実家に電話を入れ、これからすぐに帰る旨を伝えた。それから、駅に向かい電車
で実家へと急いだ。
久しぶりに見る実家の建物はまるで他人の家のように感じた。
通夜の段取りで隣組のおばちゃん連中が台所に集まり料理や酒の用意をしてくれていた。
僕は妹の姿を目で探した。「お兄ちゃん」背中から声がした。
「何処にいたのよ、電話ひとつよこさずに」怒気を含んだその声に僕は返す言葉が無い。
「ちょっと来て」階段を上がり二階の妹の部屋に行く。
「はい」妹は僕の目の前にA4サイズの茶封筒を突き出す。「いいから中見て」
僕はその手垢で汚れた茶封筒を開けた。僕が一ヶ月前に送った現金書留が入っていた。
その他に写真やら書類やらが見える。
僕は現金書留を手に取り中を確認した。送ったお金が手付かずのまま、紙といっしょに
入っている。
現金書留の封筒の表面は何度も何度も手にした、おふくろの指の汚れがついていた。
「お兄ちゃん、お母さんね、お兄ちゃんが居なくなってからも毎月、毎月 お兄ちゃん
の高校に学費納めてたよ、いつ帰ってきてもいいようにって、わたしに言い訳するよう
に二年だよ、二年間だよ わかる、お兄ちゃん」
「お母さん病院に運ばれて、暫くは意識あったんだよ」
「死ぬ間際にこの封筒の置き場所とお兄ちゃんの名前呼んでた」
「書留にある連絡先……そうじゃないとおにいちゃんの居場所 分かんないじゃない」
妹は泣きくずれた。
僕は寮に戻った。その足で管理人室に行き、トントン、「はいどうぞ」
「失礼します」「おうおう、どした」
「あの、急で申し訳ないのですが、今月いっぱいで辞めさせてもらいたいのですが」
管理人さんはあごに手を当て
「うーん、分かった、私のほうから事務に連絡しときますよ」
「お願いします」
その夜、僕はママの店に行った。
「今月いっぱいで仕事やめる事にしました」僕はママの目を見ずにグラスの中の
氷の塊をみつめながら言った。
「そう、じぁさハローワーク行ってみたら ねぇ」
「あっ、次の仕事決まってるん、もし、決まってないんだったら……」
ママは僕がこの地を離れるつもりでいるのを知らないので単なる転職だと
思っているみたいだ。「寮出なきゃだね、住むとこあんの」ママはそう言い
ながら、カウンターの内側でボールペンを手にとり何か書いていた。
「ええ、とりあえず住む所は確保しました」僕は嘘を言った。
「はいっ」カウンターの上に小さな紙が置かれた。それは請求伝票の裏に書かれた
電話番号だった。
「わたしんちの番号、相談乗るよっと」ママは嬉しそうに言った。
僕は困った受け取るべきか受け取らないほうが…… 栃木と僕の地元とは絶望的な
距離がありすぎた。
僕はこのまま何も言わず地元に帰るつもりだった。今日が最後だ。
「もし、アパート借りるんだったら不動産屋も知り合いいるし力になれると思うよ」
「実は地元に帰ることにしたんです」 「そう……」
「だから、電話は……」暫く無言の間があった。「じゃいらないねっ」とママは
言いながら、カウンターの上にある小さな紙をひょいと取り上げた。
気まずい沈黙が続いた。ママはカウンターの内側で紙に何かを書いている。
僕の座っている位置からは何を書いているのかは見えない。「なに書いてるんですか」
「落書き」そっけない答えが返ってきた。
僕は居たたまれなくなり「さて、そろそろ帰ります」と腰を上げた。その時
ちらっと見えてしまった。『意気地なし』そう書かれてあった。
深夜の工場 人声は聞こえず、機械の発する定期的なエアーを吸い込む音が
シューシューヒュ
ゴムの吸盤にVHSのビデオテープが吸いつけられ製造ラインを流れていく。
今日でこの仕事も最後だった。キンコンカンコン
いつものように休憩の合図がスピーカーから流れる。ポンッと背中を叩かれた。
「おうっ休憩だ」藤崎さんだった。
「あんちゃん、今日で最後だって」「ええ、短い間ですけどお世話になりました」
ふと、藤崎さんに聞いてみたくなった。
僕は机を指差し「あの……これ藤崎さんが書いたんですか」「ああそれか」
藤崎さんは笑いながら「誰が書いたんだろな、まぁ俺が書きましたなんつぅ奴は
この会社にゃいねぇな」「名無しの権べい作 だからみんなこの机を大事にするんじ
ねぇのか」藤崎さんはここで一呼吸置き、
「人間っうのは何度でも、やり直しができるんだな」そう言って喫煙室のほうに歩いて
いった。
僕は流れるビデオカセットテープの横で
『ひとあれどひとごみの中に人はなし』の下に
されど人みな ひとに寄り添う と人差し指の腹で机の上に付け足した。
それは僕だけにしか見えない文字だった。
了
ぷっはーー。起きた!
よっしゃーー今日からここを遊び場にするんじゃーー。
ということで、まずはコーシーでも飲も!
さてさて、今宵はなにを書きましょう。
「天使 だ」
刹那の海に足をつけ
うとうとと少しまどろむ
いつの間に満潮になったのだろう
ぷかぷかと漂うことの心地良さ
欲望の空に羽を広げ
ガツガツと前にすすむ
いつの間に冷酷になったのだろう
ふわふわと漂うことの心地良さ
誘惑の宇宙に船飛ばし
とろけるような快感に
いつの間に無気力になったのだろう
ぷかぷかと漂うことの心地良さ
ふと 背中の翼が気になり目をやれば……
「ルシファー!」 友が呼んでいる 行かなけゃ……
メディア プレーヤー起動!
平原綾香のジュピターという曲を聴いていたら思わず涙がでた。
「楽園」
夜の難民はバックを背中に担ぎ
楽園をめざしひたすら歩いている
ある日道端に転がる小箱を見つけ
旅人はポケットから音の鍵を
取り出しその箱に差しこむ
ゆらゆらと音の世界に身をゆだね
とろけるような感覚 なんだろう?
涙があふれてくるのは なぜ?
旅人はやさしさをバックに詰め歩く
夜の難民はバックを背中に担ぎ
刹那をめざしひたすら歩いている
ある日道端に転がる紙切れを見つけ
旅人はポケットから絵筆を
取り出しその紙に色を射しこむ
ゆらゆらと色の世界に身をゆだね
吸い込まれそうな感覚 なんだろう?
希望があふれてくるのは なぜ?
旅人はやさしさをバックに拾い歩く
指に触れ そっとなぞりし 過去未来
「届け」
ひかり溢るる街路樹の影
振り返りし夏の思い出
遠く近く鳴く蝉しぐれ
もし想いに色があるならば
届け虹となりあなたの許へ
いろ鮮やかな紅もみじの葉
足早に去る秋の思い出
遠く高く流れる蒼き空
もし想いに音があるならば
届け曲となりあなたの許へ
こぼれる想いが文字となり
明けの夜空にひかりと届け
ぷっはーー。起きた!
さてさて、コーヒーでも飲みまひょ!
フルネームに戻してみたぞい。
ある日の電話
パラボラレリ♪ パラボラレリ♪ 着信音が鳴っている。
誰からの電話か通話ボタンを押す前からなんとなく分かる。私は電話に出ない。
そろそろ、夕食の支度をしなければ、ふと、そんな考えが頭をよぎった。
まだ、携帯電話が鳴っている。私は、出ない。携帯を部屋に置いたまま
私は夕食の買出しに出掛けた。店に着き買い物カゴを手に取り店内をぶらぶらと
歩きながら買い物を楽しむ。
アパートに帰りスーパーの袋を台所の床に置きそのまま、風呂場に行きシャワー
を浴びる。シャワーを終え部屋に戻ると、
まだ、携帯電話がパラボラレリ♪ パラボラレリ♪ 鳴っている。私は出ない。
台所に行きタラコスパケティーを作り始める。さぁさぁっと作り終え部屋に
持ち帰りテレビのスイッチを入れる。コマーシャルが流れている。画面のなかには
2人の若い女性が踊りながらなにか喋っている。どうやら、お茶のCMらしい。
携帯電話はあいかわらず鳴っている。私は、ホークの先で携帯電話を突いたみた。
変化は無い。
ホークの先は通話ボタンに触れていないから。
かまわず、スパゲッテーを食べきる。
テレビのチャンネルを変える。おもしろい番組がない。リモコンのボタンをいろいろと
いじりながらチャンネルをあちこち変える。
まだ、携帯は鳴っている。いくら鳴らしても出ない。
急にリモコンの先にある電波を発信する装置が見たくなり、リモコンを分解してみた。
マイナスドライバーでこじって開けた。
なんの事はない、ただの基盤にいろいろな物が載ってハンダで付いているだけである。
リモコンに興味を失い、軽く放り投げてみた。 放った方角が悪かった。
携帯電話の通話ボタンに直撃だ。電話が繋がってしまった。 あかん、
おもわず、携帯を手に取り電話に出てしまった。
「もしもし……」相手の声が聞こえてくる。若い男性の声だ。
私はその声を聞き、私の頭のなかの人物と違ったことを確認した。
「はい……」私が答える
相手の声はこう言った。
「女って…… ……」 プープープープー 電話が切れた。
あれから、一週間が経ったが、謎の若い男性からは電話はない。
おまえは 誰だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
「くちづけ」
そっと落ち 眠りの国へ 旅にでる
うつろう意識 夢とうつつの
ラジカセの 悲しい歌に 身をまかせ
ゆらゆらゆらと 溶けゆくからだ
とけるよな 夢のつづきを みせてくれ
今宵すこしのあいだ夢の中
ぷっはーー。起きた!
コーシー飲むよ。
のっん……飲んでいいか?
飲むぞ、本当に飲むぞ。
飲むっていったら飲むかんね!
コーシー飲むんじゃーーーーーーーー!
…本当に飲んでいいか?
と いうわけでコーシータイム!
さてさて、今宵はなにを書きましょう
うぅ〜〜〜んっ な…なに……
なにも書けん…
のじゃーーーーーーーーーー。
寝よ。おやしみ〜〜
ぷっはーー。起きた!
うぅ、今日は冷えるの
コーシー作るのめんどくさ
まずはタボコでも…… 一服
あっ! 思い出した。コーシー豆切らしちまったんだんだ。
今日、買ってこよ。
街並みに 西日照らされ 刹那色
笑顔行きかう 人の波色
銀の糸 金の糸とで 西日織り
せつない色を 布に仕上げし
ぷっはーー。起きた!
さてさて、ガーヒーでも飲も!
コンビニは わたしの巨大な 冷蔵庫
本日も冷えるの
「紅しょうが」
オレンヂ色のTシャツを着たアルバイトのあんちゃんがお冷を手に注文を取りに来る。
「並ひとつ」私はカウンターに腰掛けるやいなや注文をした。
「並一丁入りました」とあんちゃんの大きな声を聞きながら私はお冷に口をつける。
火照った身体に心地よい感覚が喉を落ちる。
「ふっー」と一息つき周りを見渡す余裕が出来た。若者達がテーブル席で会話をして
いるのが聞こえてくる「バックドロップくらうと頭の奥にきな臭いにおいがするって
言うけど本当か……」そんな若者達のたわいもない会話、深夜の時間帯よく見る光景だ。
しかし、その日は特別だった。
U字型のカウンターの一番端にちょこんとショートカットでボーイッシュな女の子が
座っている。私と目が合いニコッと微笑む。私もつられて柄にもなくニコッとして
しまい照れくささを誤魔化す為に咳払いをするはめになってしまった。
それほど不思議な魅力ある微笑みだったのだ。
彼女についての不思議といえばもうひとつ……
彼女のテーブルの前には牛丼のどんぶりも無ければお冷のグラスもない。
「おまちどうさまでした」私の前に並盛りが置かれた。
私は彼女から目線を丼に移しそれから紅しょうがを取り牛丼の上に少し多めに載せた。
割り箸を手に食べはじめる。半分ほど食べた頃だろうか、ふと彼女のほうに目をやると
彼女は先ほどと変らずちょこんと座っていた。がなにかおかしい。なんだろう。
「あっ」私は思わず箸を落とした。
彼女の体が透けている。ふくよかな胸の向こう側にある四人掛けのテーブルが見える。
「お客さん見えるんですか?」私の事を見ていたアルバイトのあんちゃんがそう言った。
「美少女ですよね〜この世の人じゃないですけどね〜」「僕らの間では紅しょうがの精と
呼んでるんですよ、お客さん紅しょうか好きでしょう」
了
ぷっはーー。起きた!
ぎぃええええええええーーーーーーー。
タボコが切れた。
くそっ! こうなったら買いにいくしかないのか?
軽四輪のエンジンに火を入れてきたぞい。
田舎はタボコひとつ買うにも大変なんじゃーーーー。
今、戻った!休日の朝はいいね!街が眠ってる感じが好き。
そうだ、京都に行こう! という感覚で旅に出られたら楽しいだろうな。
思いついたその日にバックひとつ右手に旅の空なぁ〜んて最高。
何処に行くあてもなく、ふらっと出る。
地図なんて持たない。
私は今日から空想の旅に出かけます。
空想ですからどこにでも行けます。
もし、ひょんな事から1億円が労せず手に入ってしまった。
という設定で……
そのお金を旅の資金に空想上の各地を巡ります。
では、これから、いってきます。
さてさて、何処にいきますかね。資金はたっぷりあるし。
とりあえず、シティーバンクに全額をドル立てでぶち込んでおきましょう。
おっと、当面の準備金として一束だけ手元に置いておかなくっちゃ。
今日は、デパートに行き背中に背負うバックを買ってきましょう。
その他、こまごまとした物も。そのまま、車で旅に出ると。
めざすは、京都かな。
車のエンジンをかけて、家のとじまりをして、出発です。
わすれ物はないかな。
まあ、なにか忘れても途中で買えばいいか。
キーをまわしエンジンに火を入れます。低音の排気音が心地よい。
窓を少し開け外の空気を入れる。タバコを取り出し火を付ける。
紫の煙が細く開けた窓から吸い出されていく。
愛車の軽自動車は機嫌がいいようだ。
ついでに私も機嫌がいい。ハンドルも軽い。
ハンドルを右に切り、国道17号を都内に向けて走ります。
今、朝の07:00だからゆっくり走って高島平あたりで09:30
都内に入ったら一休みをしてどこか、適当な所でバックを買おう。
その後、東名高速に乗り一路西へ。
などと、考えながらハンドルをにぎっている。窓外の景色が色鮮やかに
感じる。自由を実感する。どこに行くあてもなく、ぶらり旅だ。
全線高速道路を使って10時間もぶっ飛ばせば京都に着くだろう。
泊まる旅館は現地で探せばよろし。京都見物じゃ。ヤッホーーーー。
私はとりあえず京都でぶらぶらと日本を満喫してその後、国外に出ようと
考えている。
とにかく日本を離れる前に日本を堪能したい。
京都に着いたら旅行代理店に電話をしてチケットの手配をしょう。
格安チケットである。なぜに、と、
資金は使いきれないほど手元にあるのに?
私は今日、背中に背負うバックを購入する。
これでバックパッカーになるのである。だから、格安チケットなのである。
私は京都をおもうぞんぶん楽しみ、今、パキスタン航空の機上の人になっている。
わははは。。京都から成田までは私の脳内で満喫処理をしてしまった。
成田を夕方6時すぎに飛び立ち、日本時間の10時過ぎにニノイ・アキノ国際空港に
着く予定である。現地時間では1時間時差があるので夜の9時ちょい杉になって
いるであろう。
成田を飛び立ち、はや1時間がたとうとしている。スチュワーデスが機内サービスの
夕飯を配り始めている。私のところにも来た。
「ビーフ or チキン」 との質問があり、
「びーふ ぷりーず」などとうわずった声で注文してしまった。 今、食べている。
おいしいと思た。以外と量もあり、たいへん満足した。
機がフィリピンに近くなるのか機内の温度が、いくぶく暖かく感じる。
窓の外を眺めるが、闇である。
眼下に街の明かりが見えてきた。機はゆっくり旋回しているようだ。
英語のアナウンスが流れる。たぶんシートベルトを着用しなさいとでも
言っているのだろう。それにしても機内がさきほどよりも暖かい。
私は空港に降り立ち、税関を抜け歩いて行く。蛍光灯に照らされた閑散としたロビー、
荷物が流れてくるターンテーブルの前で私は自分のバックを待つ。
ほどなくして、バックがやって来た。と、同時に見知らぬ少年も私の脇にやって来た。
その少年は私のバックを持ってやるというジェスチャーをする。
「はぁぁ、これはもしかして荷物持ちをするからチップをくれという手合いだな」
と思い私はその少年に丁重に
「 ノー サンキュウ 」と言ってやった。
彼もなれたもので、笑顔を残して去っていった。が彼は次の獲物にアタックしていた。
私はロビーを出て、外のタクシー乗り場まで行く。一台のタクシーに乗り込み、
運転手のおっちゃんにブルーバードストリート沿いの安宿にいくよう告げる。
私は、ろくすっぽ英語など話せないので必死に単語を並べそれこそ全身を使い
身振り手振りで右手にガイドブック “地球の歩き方” を持ち説明する。
ようやく、おっちゃんは了解してくれた。
安宿は繁華街にほど近く部屋の窓から海が見えた。初日なので安宿といっても
一泊日本円で¥2,500〜3,000もする。
マンション形式のホテルである。部屋がふたつもありトイレ、バス、キッチンもあり、
電気式のコンロまである。なべ、フライパン、皿、フォーク、ナイフ。
そのまま、自炊が出来る形式のチョツト日本にはないタイプのホテルだ。
まぁ、初日だから ちょいと贅沢もよかろう。
落ち着いたら宿を変えるべ。よっしゃ、明日から街を探検じゃ。 寝る。
目が覚め時計の針を確認すると短針が 9 を指している。ボーとした頭で
「よく寝たな」 と考えた。 窓の外からは南国のつよい日差しが注いでいる。
私は窓ぎわに行き外を眺める。
えび茶色のトタン屋根、古びた鉄筋コンクリートの2〜3階建てのビル群。
それらのビルは日本ではまず見ない古めかしい20〜30前に建てられて
メンテナンスが行き届いていない外観を醸し出している。
それらの風景に南国の太陽が青い空に張り付いている。
青いそらに、えび茶色のトタン、からっとした太陽。
なにか写真で見た昔の日本、そう、30年前の日本の風景。不思議な風景のなかに
懐かしさを感ていると、「グー」おなかの腹へり虫が現実に引き戻してくれた。
腹は正直である。
バックを背負い階下に下りる。カウンターでチェツクアウトをして鍵を返す。
重いドアを押し道路に出る。
もわぁ〜とした肌を包み込むような暖かい空気が私を襲う。おもわず、180度
反転してさっきのドアを開け空調の利いた世界に戻ろうか。と思た。しかし、
空腹には勝てなかったので右足から一歩踏み出すことにした。
私が泊まっていたホテルの三軒隣にマクドナルドを発見した。
さっそく入る事にした。
入り口に紺の制服を着たいかにも気の良さそうなおっちゃんが立っている。
おっちゃんの脇の下にはライフル銃が銃身を下に……
マクドナルドの店内は家族連れやらカップルなどでそこそこにぎわっているようだ。
おそらく私は一瞬固まったのだろう。
その事をおっちゃんはすばやく見抜き大事な客を逃がしてはいかん!とでも
思ったのか。おっちゃんは笑顔で入り口のドアを開けてくれた。
「サ、サンキュウ」
私は素直に入る。マクドナルドのカウンターのおねえちゃんは笑顔で迎えてくれた。
メニューは基本的なものは日本と変わりない。私はスパゲッテーミートソースと
ホットドックとコーヒーを頼んだ。
トレーを持ち空いている席に座り食べ始める。美味い。とにかく美味い。美味い。
食べながらさきほどの私設ガードマンのおっちゃんの事を考えていた。
まず、銃を携行したガードマンがいるということは日本ではめったに見ない光景で
ある。しかも、普通のマクドナルドの入り口である。
そんな事をつらつら考えながらいつもまにか、すべて食べつくしてしまった。
私は最後の一口残ったコーヒーを喉に流し込んだ。
さてさて、これから何処にいきましょうか。時間はたっぷりあります。
私はマクドナルドを出ると何処にいくともなくぶらぶらと歩いてみた。
道路脇にはいろいろなお店が軒を連ねている。
一軒の八百屋さんが目に入ってきた。
店先に並んでいるマンゴー、バナナ、色とりどりの野菜達。
私がそれらをなんとなく眺めていると
歳の頃、二十代前半の若い女性がマンゴーを指さし店の人に注文した。
店の人は紙袋にマンゴーを詰め始めた。
私は生まれて一度もマンゴーという物を食べた事がない。黄色く熟れた
マンゴーとはどのような味なのだろう。そんな事を考えながら、ボケーと
店先を眺めていた。なにやら店の人が私に話しかけてきた。
現地のタガログ語なのでさっぱり分からない。
とりあえず、「わたしゃにもマンゴーひとつ くれ」と日本語で言ってやった。
不覚にも店の人に日本語が通じてしまった。
マンゴーひとつ 買わされてしまった。実は店の人は商売上手だったのかも…
しれない。
私は海岸方面に歩き始めた。この道をまっすぐ行くとT字路になりその先は
広大な海である。
海岸沿いの道は広々としていて道路脇にはヤシの木が規則正しく並んでいる。
サンサンと降り注ぐ太陽の光を浴びて広々とした道をオープンカーが
と言いたいところだが、15年前位のボロボロの車が走り抜けていった。
海を眺めながらタバコに火を付ける。目に入るヤシの木と広い海どことなく
漂う異国情緒。っていうか異国情緒ありすぎ。
う〜ん、日本を離れたんだなぁ〜。手を上にあげおもいっきり伸びをする。
私は喉の乾きを覚えジュースの自動販売機がないか周りを見まわした。
「しょうがない、一服したらジュースでも買いに行こう」
また、もと来た道をもどりながら、自販機を目でさがしていた。しかし、
自販機など何処にもありそうにない。そういえば、この国に来て一度も
自販機を目にした事がないと気づく。
道を歩いていると一軒のオープンカフェ風の店を発見した。その店のテーブル
イスが道路にはみ出している。
あきらかに道路が店の一部をなしている。実にオープンな店だった。
私はためらわずにその店に入った。通りに面している席に座りコーラを注文し
外を眺める。
コーラを持って来た女の子が ハッとするほど美形であった。思わず ジッと
その子の顔を見てしまうほどだ。
推測してみるにスペイン系の血が入っているのだろう。それにしても びっくりで
ある。
私はグラスを手に口に運んだ。
さきほどの美形が目を刺激してくれたので私はコーラの炭酸で喉を刺激してみる。
目も喉もここち良い。
さて、お金を払いまひょと思い小銭を取り出し見てみれば、現地通貨ペソが残り
すくなになっていることに気づく。
そういゃ、空港でとりあえず¥10,000だけ両替したのだ。
よっしゃ、ペソに両替じゃ。私はこの国がまだよう分からないので無難に銀行で
マネーチェンジを行うことにした。
私は旅に出る前にシティバンクに全額ドル立てで置いてあるので
シティバンクを探すことにした。銀行はすぐに見つかった。
広いロビーを見渡し外貨両替カウンターに行く。パスポートの提示を求めらた。
安いレートである。¥10.000で2,500ペソになる計算であった。
闇の両替屋ではもっと良いレートなのであろう。私はまだ、この国の事情がよく
掴めてないので闇屋に手を出すのは控えておくことにしたのだ。
両替証明書をもらい銀行のドアを押し外に出ると、ドンと誰かがぶっかってきた。
道路に紙袋が落ちる。
袋の中から黄色のマンゴーがころころと転がる。
「ソーリー」「あ! ごめんなさい」英語と日本語で……
相手の顔を見た。さきほどの八百屋でマンゴーを買っていた女性である。
お互い同時に八百屋でのことに気がついた。「日本人ですか」と彼女が言う。
私は一瞬自分の耳を疑った。流暢な日本語が聞こえてきたのだ。
「日本人ですよね」
「は、はい…… 日本語しゃべれる ですか?」と私のほうがなにかおかしい
日本語になってしまった。
それが、リサとの初めての出会いだった。
「だいじょうぶですか?」「えぇ、大丈夫です」と私は答え、
「それよりも、マンゴーが……」 二人でマンゴーを拾いながら少し彼女と
会話をした。「日本語お上手ですね」
「はい、日本に八回行った事あります」彼女は指で数を示しながら
「日本、わたしベテランです」と言った。
「わたしの家すぐそこ」彼女の指差す方向を見るとえび茶色の掘っ立て小屋
がいくつも並んで建っている。
彼女は私の手を取り「わたしの家に来なさい」「あなた、腕から血が出てる」
そう言うが早いか、ずんずんと私を引きずるように歩きだした。
私は彼女の後について行った。
家に着くと彼女は妹らしき女の子に消毒薬と絆創膏を持ってくるよう指示をした。
彼女と目が合うと彼女は ニコッと微笑んだ。
目に力がある人だな、吸い込まれそうだ。そう感じた。
私が腕の治療をしてもらっている間、
彼女の家にはいろいろな人が出入りしている。みな、ふらり入ってきて
私と目が合うと軽く会釈をしてくれる。
家の立地が日本の長屋みたいな感じで隣と隣がくっついているので推測するに
おそらく近所の人達なのだろう。
日本人がめずらしいのか入れ替わり立ち代り人が来る。
妹らしき女の子は絆創膏を貼り終え。最後に軽く、ポンと叩いく。
「いたぃ」 私は顔をしかめた。女の子は悪戯な笑顔を私に向けた。
「お腹すいてないですか?」そういえば腹へっている。ことに気づいた。
私は答えを躊躇していると、
「もし、よかったら ごはん食べていけ」とリサは普通に言う。
おそらく日本と文化が違うのだろう。初対面の人間に、なぜにという疑問も
頭にかすめたが……
フィリピンの一般家庭の、ごはん食べたい……
妹らしき女の子が私の顔をのぞき込み左手に皿、右手にスプーンを持つ
仕草をしながら「マサラップ マサラップ」となにか説明してる。
「マサラップ……」私は問い返した。「イエス、ベリーベリーグット」
「ナイス ティスト」と返ってきた。私でもこの位は理解できる。
「マサラップ」は「おいしい」だと理解した。
フィリピンのごはん。なんと主食は、お米 日本と同じであった。少し、びっくり。
英語を第二母国語として話す民族なので、てっきりパンが主食だと思っていた。
ごはんは普通の平皿に盛られ、左手にホーク 右手にスプーンを持ち食事をする。
これにも びっくり。
私は、テーブルに置かれたおかず類に興味津々でそれらに手を伸ばす。
じゃがいも、青野菜などが入ったスープをスプーンですくって飲んでみる。
少し酸味のきいた味である。
ごはんを口にいれる。日本のお米より、ぱさぱさしている感じだが、まずくはない。
むしろ、硬めに炊いたごはんが好きな私にとっては美味しく感じる。
その他、牛肉をスプーンで千切れる位、やわらかく煮込んだ料理。これは絶品。
料理の名前は分からないが日本のやきそばに似た麺料理。これも美味い。
私は、興味の赴くままに口に料理を放り込み、気づいてみればたらふく食べていた。
満腹だ。あかん、初対面なのに日本人は食い意地が張っていると思われたかも…
しかし、リサの私に対する気遣いがなぜか、初対面と感じさせないのである。
そうした雰囲気が私に食欲を増進させ、又、遠慮という感覚を麻痺させたのでは
ないかと考えている。と言い訳を記する。
食事の席でリサの兄弟、姉妹に話が及んだ。私に絆創膏を貼ってくれた女の子が
一番下の妹で現在18歳のジュディー。リサとジュディーの間に上の妹がいて
19歳のマリア。リサを長女とする3姉妹である。
リサのすぐ上に次男のボン、24歳。その上に長男がいるらしいが、今日はこの
食卓にはいない。
長男はマニラ市の有名なホテルでボーイの仕事をしているらしい。
現在はマニラ市にアパートを借りてこの家から出ているとの事である。
リサは5人きょうだいの長女、22歳である。
長男を除き、次男、リサ、マリア、ジュディー、母親とでこの家に住んでいるらしい。
食事の間、近所の人もかってに入ってきて当たり前の顔で食べていく。おもろい。
やはり日本と違う。
リサは、五年間で八回、日本にダンサーとして行っているらしい。その収入で家族を
養っているとのことである。
なるほど、日本語が上手い訳である。しかし、時々へんな訛りがでるのは、日本での
お店が地方だったのかもしれないな。と思た。
「あなた、マニラの何処に泊まってる?」リサが聞いてきた。私はブルーバード
ストリートにある昨夜泊まったホテルの名前を教えた。
ぷっはーー。起きた!
うがーーーーーーコーシー作るど!zh.s@うぁ打ち間違え まぁいいか。
コーシーいれるつもりがホットココアいれてしもた。熱っふぅーふぅーっ
冷まさなきゃね。
リサ達、三姉妹にホテルまでタクシーで送ってもらい。
リサは別れ際タクシーの車中で電話番号の書いた紙を私に手渡した。
「私の家には電話ない」 「この番号 隣のサリサリストア(雑貨屋)の電話」
「リサを呼び出せば大丈夫」
彼女は屈託なく笑う。そんなこんなでタクシーはいつのまにかホテルの前に。
昨日と同じ部屋にもどり窓の外を眺める。太陽の光はいくぶんやわらかくなり
夕方の町並みを照らしている。
海の上にオレンジ色の太陽、マニラベイには恋人達の影があちらこちらに見られる。
えび茶色のトタン屋根にオレンジ色が反射している中、人々の生活の喧騒が交差する。
不思議な街。
さて、明日は何処に行こう。フィリピンは 7000からの島々からなる島国である。
無人島を含めいろいろな島があるはずである。
移動手段は飛行機の国内線か船になるんだろうなぁ〜
とりあえず、セブ島でも行ってみるか。
ベットに横になりそんな事を考えていると、いつの間にか眠ってしまっていた。
背中がシートに押し付けられる感覚を感じながら機は高度を上げている。
シートベルトのランプが消え安定した飛行に移った。
私はフィリピン航空の国内線でセブ島に向かっている。1時間弱でセブ島
に着く予定である。機内の窓から眺める空は機嫌が良く晴れていた。
フィリピンエアーラインの制服を着たおねえちゃんが紙パック入りの
マンゴージュースとまるい形の直径10cmはあろうかというクッキーを
配っている。今そのクッキーが目の前にあるが食べようか食べまいか迷って
いる。もし、食べきれなかったら? という危惧があるのだ。
セロハンの包みを一度剥がしてしまうとバックの中でクッキーが細胞分裂を
繰り返し大変な事になる。かといって機内に食べ残しを置いていくのも
申し訳ない。
私は覚悟を決めその大振りなクッキーの透明なセロハンをはがし口に入れた。
美味かった。
そんなこんなで、クッキーとマンゴージュースを堪能してる間に機はセブ空港に
着いてしまった。
セブ島はいかにも、のんびりしている感が空港にも漂っている。
タラップを降りた瞬間にそう思た。景色がゆったりしているのだ。税関職員も
ゆったりしている。職員の顔を見た瞬間にそう思た。
私はおしっこがしたくなりトイレに駆け込む。と見知らぬ少年がトイレの入り口に
待機している。
かまわず、用を済まし、手を洗う為、蛇口に近寄る、と先の少年が、さっと蛇口を
ひねってくれる。私は素直に水流に手をかざす。と少年はさっとティツシュを数枚、
私の目の前に差し出す
私はそのティツシュを受け取るか受け取るまいか2秒ほど考えた。があっさり受け
取った。が少年にチップを取られた。
私の負けである。
私は空港の建物を出てタクシーを捕まえ安宿メルセデスホテルに行くよう運転手に
告げる。
車はセブの中央に位置する街の繁華街のロータリーを抜け登り坂を走って行く。
ほどなくして安宿に到着。運ちゃんに料金を払い、ホテルの扉を開けるとすぐに
受付カウンターである。カウンターには若い男性が椅子に座っていた。
泊まりたい旨を伝えるとルームキーを差し出し私の荷物を持ってくれ部屋に案内して
くれる。私はすぐさまベットにどさっと身を横たえ少し休憩を取る。
ハッと目が覚めた。寝てしまったようである。外の気配が夕方になっている。
自分では少しの時間、横になっていたと思ったが実際はかなりの時間寝てしまって
いたようだ。
おかげで体が軽くなった感じがする。ボーとした頭でシャワーをするかと考えていると
グーと虫が鳴いた。我の腹時計は正確である。
よし! シャワーをしてから外でめしじゃーーーーーーーーーー。
私は手早くシャワーをして濡れた髪のまま外に出る。通りをぶらぶらと歩いていると
一軒の定食屋みたいな店を発見。
さっそくテーブルに着き。メニューを開く が 読めない。
なんたる事か。こんなことなら学生時代に英語をもっと身を入れて勉強しておくのだっ
た。英語が読めずセブ島の定食屋で餓死するわけにはいかん。
どうにかこうにか、Chicken という単語を発見した。推測するに
チキン 鶏肉 よし! これだ、これを注文しよう。
それと、ガーリックライスもなんとか解読でき注文。スープ類が解読不能であきらめて
コーラにする。このコーラも曲者である。
コークになっている。国が変わるとコーラもコークに変身とは……
目の前に皿が2つ並んだ。ひとつはガーリックライス。もうひとつの皿の上には鶏肉の
から揚げ。
から揚げを食べてみる。素朴な味でなかなか美味い。
ガーリックライスを一口、これはかなり美味い。美味い。もう少しおかずの皿がほしい
ところだが、良しとする。
私は代金を支払い。店を出る。タクシーに乗る為タクシーを探すが見つからず、さきほ
どの店に戻り店からタクシーを呼んでもらう事にした。
行き先はすでに決めている。 ネオン輝く世界。虚構の世界。
一攫千金の世界。そう、その名は カジノ オブ フィリピーノォ
タクシーはカジノ オブ フィリピーノォの建物の前に横付けされた。私は後部座席の
ドアを閉め、カジノの入り口に立つ、建物を見上げたが私が想像してたより建物の外観
は地味である。
私の想像ではテレビなどで見るアメリカのカジノを頭のなかで描いていた。しかし、
此処フィリピンではひつとの大きな建物全体がカジノになっていて外観はネオンがピカピカという感じではない。
入り口でいくばくかの入場料を払い、いざ、中へ。 うわ、すごい。やはりカジノで
ある。煌びやかな世界である。なかは兎に角広い。広い。
天井も高い。高い。中央に舞台があり、グランドピアノの音が静かに流れている。
ピアノの隣には椅子に腰掛けてヴァイオリンの引いている人がいる。
空間はゆったりと、とってあり快適である。奥の方にはスロットのマシンがずらーっと
並んでいる。テーブルでカードに講じている客。勝負に勝ったのか笑顔である
どんな種類のゲームなのか分からないがテーブルがいくつも一定の間隔を保ち並んで
いる。
中央から少し右のほうには、バカラの台が5つ並んでいるが、まだ、客はいない。私は
腕時計を見た。夜の7時ちょっと前である。これからが此処、カジノの賑わう時間帯
なのだろう。ちょと早すぎたのかもしれん。
煌びやかな空間の中を行ったり来たりしている従業員、ウェイター、ウェイトレス。
ちょっと偉そうなスーツ姿のマネージャーらしき人物。
そのなかでも、主役はディラーと呼ばれる人達である。この人達は各テーブルでカード
やルーレットの玉を操りつつ、客を楽しませつつ、
確実に客のサイフを軽くさせる。という離れ業をやってのける人達の事である。
私はギャンブルは一切やらない。が、あらかじめ予備知識として少し勉強してきた。
今回は雰囲気を楽しむ為に見物に来た。生まれて初めてのギャンブル場である。実に楽
しい。なにもかもが珍しい。
中央舞台の演奏者に曲をリクエストできるらしい。ものはためし、とつかつかと舞台に
歩いて行く。
私は、ヴァイオリン奏者に話かけた。彼女は笑顔で私の説明を聞く。しかし、言葉が通
じない。なにが悪いのか、発音か? くそっ、こうなったら歌ってやる。
映画 ボディーガードのテーマソングをホイットニーヒューストンばりに鼻歌で
メロディーを口ずさんだ。
彼女は笑顔で頷いた。やっと分かってもらえた。ほどなくして、会場に エンダー♪
オゥルウエイズラァヴユゥー♪ やった!大成功である♪♪♪
私は気を良くして会場内をぶらつく。ふと、天井に目がいった。天井のあちらこちらに
球を半分に切った様な物がある。
なんだろう。素材はプラッチック製で色は半透明で紺だ。
あやしぅいい。もしや、監視カメラ。360度回転式? うわ! よく見ると紺色の
お椀のなかで赤く光る点がある。
確信してしまったのですよ。 監視カメラじゃーーーーーーーーーー。
私はおもいっきり右手を出しピースしてやった。記念じゃ、記念。
このカメラは客を監視するというよりも、むしろディラーを監視しているのではないか
と思た。
ぷっはーー。起きた!
コーシーでも飲みまひょ。
最近、書きたい事があれやこれやと頭の中を駆け巡る。頭んなかごちゃごちゃ。
自分で整理できてない状態。
今、レス番132から貼ってる文章は過去に夢板でぽつらぽつら書いていた物。
去年の春先から暮れまで八ヶ月に渡って夢板に居たのだけど楽しみながら書いて
いたのを思い出す。
そんじゃーーー
つづきでも貼るどーーーーーーー。
貼っていいかーーーーー
ダメ
でも貼るどーーー。
ぶらぶらとしていると客のなかには日本人がちらほらといる。脇には決まって美形のフィ
リピーナ。
さまざまな人々がそれぞれの思いを抱いて此処に来ている。
いろいろな想念渦巻くなかをぶらぶらと歩く。と一番奥に個室みたいになっている所が
ある。入り口にはVIPの表札が金文字で踊っている。
おもろい場所を発見してしまった。私は躊躇なくドアを押す。なかは以外に広い。中央
にバカラの台が3つあり、周りには皮張りのソファーがきれいに並び、奥にバーカウンタ
ー中でウェイターがグラスを白い布で磨いている。
彼の背中ごしには酒を置く棚。壁一面に高級ボトルが鎮座してる。
各国のタバコが棚の一角を彩る。
私はすぐさまバーカウンターの椅子に座り客となる。
「コーク プリーズ!」
はぁははは、私の英語が通じた。コーラが今、目の前にある。
しまったーーーーーーーーーーーーーーーー。
氷を抜き、と一言付け加えるのを忘れた。下痢する。絶対ピーピーウンチになる。あか
ん、ウェイターは笑顔でわたしの方を見ている。
グラスのなかで氷が「カラン、カラン」イイ音です。
飲みますよ! えぇ飲みます。 えぇえぇ。ウェイターさん。彼はきっといままでに何
人もの日本人を此処の氷で便所に送り込んだのだろう。
私はグラスを口に運び 「マサラップ」と何事もない様な顔をして言った。彼は満足気
であった。彼は職人気質かもしれない。私は数時間後に彼の職人芸を便所のなかで
知る事であろう。
とにかく、フィリピンの生水と氷を取らないようにしていた。この地にまだ体が順応し
ていないので、生水はあかん。
バカラのテーブルのひとつでゲームが始まっている。客はふたり。一人は日本人。隣に恋
人か奥さんか年の頃20代後半のフィリピーナ。日本人男性は年の頃50代前半。
日本人男性の真向かいに座るもう一人の客は中国系の男性だ。どうやら、フィリピン在
住の華僑商人だと推測する。おそらく、フィリピン経済界の名のある人なんだろうな。なぜ
なら、このテーブルはビックテーブルと呼ばれているらしい。
ビックテーブルとは一般台と違い、賭ける金額(レート)が大きく違う、とウェイター殿
から、さきほど聞きかじった。
青、赤の丸いコイン型のチップを一般には現金とみたててやりとりするが、ここVIP
ルームにおいては、縦5cm横4cmくらいの赤い綺麗なほどよい厚みのある板がテーブ
ル上を行ったり来たりする。
板一枚、日本円で5万円也。その板が一勝負で山の様に動く。ひと山何十枚だろ。
さきのウェイター殿は、私のコーラの飲みっぷりが気に入ったのかやたらと親切にしてく
れる。
彼は「ユー ハングリー」とメニューを差し出す。おお。ちょうど、小腹すいてきたと
ころである。「イエス!」と私。
メニュー 読めません。なにか高級そうな食い物の文字が踊っている。 文字では腹の
足しにもならんな〜。と考えていたら、「ユー ライク ハンバーガー」
「イエス」
ウェイター殿のおすすめらしい。素直に注文する。15分ほどして、ハンバーガーが届
いた。料理は厨房が別にありそこから運んでくる。
うぁ! でかい。マックのよりパン自体が大きい。それと厚みも15cmはある。つけ
合わせはポテトフライ。皿とともにフォークとナイフである。食べてみる。うまーーい。
我ながら、食べ物ばかりに話題がいってしまう。と思た。食べる事は大事ですから。と
言い訳。しかし、ここのハンバーガーは美味い。ボリューム満点だし。
フォークとナイフは必要かも。初めての経験だ。ハンバーガーにフォークとナイフ。普
段、マクドナルドだしのぉ〜〜〜〜〜。
バカラテーブルの雰囲気が熱くなっている。さきの日本人客が大きく勝っているみたい
だ。
テーブルの中央にいる若い男性のディーラーは真剣な顔だ。反対に日本人客は、にこに
こ顔である。
部屋の隅にいるスーツ姿のマネージャーの表情はひとつも変わらずになにか指示を出し
ている。
ディーラー交代である。う〜ん。おもろい。ひとり勝っている客に対して別のディーラー
投入。という事は、バカラというゲームは集中力の持続を要するゲームということかもし
れん。理屈から言うと、一人対複数のディーラーの図式が成り立つ。必然、人間一人の集
中力及び運など限界がある。複数のディーラーがローティションを組みゲームを作る。
結論として勝てるはずがない。勝つ時はあるが、それはディーラーが客に気付かれない
よう勝たしてくれているのではと。仮に勝つが、次の日に負ける。
などと、妄想たくましく観戦している。と ウェイター殿がトイレットペーパーなぞを
補充している模様である。ギュルギュル 不吉な音が私の腹部からしている。私はゲームに参
加するつもりはないので気楽に眺めているが。どうも、我が腹は戦闘状態に突入する模様
である。
トイレから戻ってみると、ディーラー交代のようである。次のディーラーはなんと女性で
あった。ディーラーの仕事はいかに客を楽しませるか。
腕の良いディーラーとはどんなだろ。
彼女はテーブルの雰囲気を壊すことなくゲームを再開させる。テーブルには程よい熱気
が漂っている。どこからか見物人が集まってきた。グラフに描けばそろそろ頂点にという
所かも。
私は、隅にいるマネージャーの表情をうかがう。彼はあいかわらず、無表情である。
私は、タバコを吸おうと思い、ポケットに手をやる。最後の一本。ウェイター殿にタバコ
を注文する。銘柄をどうするか。タバコの棚に目をやり。とりあえず、ラークが見えたの
でそれにする。
「ブルーパッケージ?」なんじゃそれは。彼は2つのラークを出した。彼いわく、帯封
がブルーのものと白のものがあり、ブルーはメイド イン USAだと言う。
白はライセンス生産された、フイリピン製だと教えてくれた。
私は、とりあえず、「ブルー プリーズ」である。と彼はブルーパッケージのラークと
もうひとつ 555という銘柄を私に渡す。
555を指差し「プレゼント!」などと、のたまう。う〜ん。素直に「サンキュウー」
これは、どこの国のタバコじゃ と聞くと、ドイツじゃ と答えが返ってきた。
ためしに、吸ってみた。う〜ん。なんだかわからん。煙が出れば一緒じゃ。 彼にはもう
一度 「サンキュ」と言った。
しかし、彼の背後にある棚は魔法の棚かもしれん。世界各国の酒やタバコがあるらしい。
彼はひとつひとつの品物に対しての知識及び扱い方を心得ているのか?
おそらく、カクテルなども作るのだろう。酒の名前を覚えるだけでも大変だろうな〜。
私は程好くカジノの雰囲気を楽しみ腕時計に目をやると夜中の2時になっていた。そろそ
ろホテルに戻ろうか?
私はホールを抜け出口に向かい歩いた。
ドアボーイがドアを押してくれたとたん、もぁ〜 とした空気が体を包む。目の前に
は車がぐるっと一回りできるロータリーがあり、日本で言うところの白タクが客待ちをし
ている。一台のタクシーに乗り込み。運転手のおっちゃんに行き先を告げた。
「プリーズ ゴゥ トゥ メルセデスホテル」運転手は了解したらしく、頷き、車を走
らせた。私は目を車外の景色に移し セブの夜景を楽しんでいた。車は快調にセブの中心
街に向かっている。今、走っている景色には見覚えがある。
この交差点は変則五差路になっていて角のビルの上に大きな看板がある。間違いなく昼
間走った道であった。が運転手は逆の方向にハンドルを切った。
本来、左に曲がるのでは…… と頭の中で考えているうちに車はどんどん逆方向に走っ
ていくようである。
あかん! 頭のなかで警報機が、ビーッビーッと鳴っている。とにかく、冷静になれ!
私はなにごともないような顔で平静を装っていたが、心臓はバクバクである。
まず、運転手の目的は? 決まっている。銃を突きつけ「ホールドアップ」である。
車は夜の静寂のなかを滑るように走っている。
道脇に規則正しく街路灯が並びアスファルトを白い光で照らしている。車内は私と運転
手二人きりである。私は外の景色を目では追っているが頭のなかで最悪の事態を想定して
いた。
道は街路灯がなくなり、うら寂しい雰囲気になってきた。そうこうするうちに、左手の
方向に車のヘッドライトのようなオレンジ色の光が見える。がそのオレンジ色の光はぜん
ぜん動かない。
はっと! 気づいた。あの光は船だ! 漁船かも。という事は海に向かっているのだ。
前方に大きな橋が見える。
「わかった!」見覚えがある橋でだった。この橋を渡ったらセブの空港にいくはずであ
る。空港の周りは人家もなにもない。
本気で危ない!
私は運転手を刺激しないように「プーリズ ターン」と、どうか、車の向きを変えてく
れとたのんだ。
運転手は、とぼけてメルセデスホテルはこの先にある。と答えた。
そんなはずはない。私は心のなかで言い。さらに運転手に戻ってくれと頼む。
ただで向きを変えろとは言わない。あなたに運賃とは別にプラスアルファで特別チップを
あげると交渉した。
私は運転手の顔を真剣に見つめ答えを待った。
彼の顔をみるかぎり決して悪人顔には見えない。 たしかに生活に疲れなにか思いつめた
感じを運転手から受けるが……
一瞬、彼の顔に迷いが浮かんだ。
ある地方に悪どく稼ぐ社長がいました。彼は幼少の頃は貧しい家に育ちました。
幼心にくやしい思いをしてきたのでしょう。
彼の父親は厳格な性格で地方公務員として一生を終えています。母親はそんな父親を影
となく支え尽くす一昔前の日本の母親という感じの人ですが父親が亡くなって三年後に後
を追うように他界しております。
彼は大変頭が切れ正義感の強い子供でした。腕力もあり弱い者いじめが大嫌いでした。
そんな彼は学校ではクラスのガキ大将として小学校、中学校時代を過ごしました。
しかし、彼は正義感をもつ反面、なかなかの暴れん坊であり度々、警察のやっかいにも
なり、両親はほとほと困り悩んだあげく、中学校を卒業後すぐにある県に一家を張る、や
くざの親分に預けることになりました。
彼はやくざの親分のもとで部屋住みとして、やくざの道を歩むことなりました。部屋住
みとは親分の世話をさせて頂きながら渡世一般の礼儀作法を身に付ける修行のことです。
数年が経ち、彼はその道に染まると同時に、やくざとしての生き方が身に染みついてしま
いました。若い頃に経験として身につけてしまった事はなかなか抜けません。
それから、さらに数年がたち彼も結婚をし子供が出来ました。彼は悩みました、このま
ま、やくざの世界に身を置くか、それとも、足を洗い、まっとうに生きるか。
ある日、彼は親分の家に行き「どうか、かたぎにさせてください」と真剣な顔でお願いを
しました。彼の親分はこころの広い人物で、彼は晴れて、かたぎになる事ができました。
彼はかたぎになったはいいが、収入のあてがありません。とりあえず、夜の街のツテ
を頼り空き店舗を借りることができスナックを始めました。彼はスナックの仕事でなんと
か食べていくことができるようになりました。
10年後
彼は一生懸命働いたおかげで商売は順調にいき、今はクラブ、パブ等を6店舗経営するよ
うになっていました。各店舗は夜8時開店です。開店と同時にお客様が入ってきます。
「イラッシャイマセー」華やかなドレスに身を包み笑顔で迎えてくれるフィリピーナ達。
彼女達はテーブルからテーブルへと蝶のように舞いお酒をグラスに注いでいます。
テーブルのあちらこちらから笑い声が絶えません。
「リサ、オキャクサン キタヨ」と後ろから店長に肩をたたかれた。
店長は厨房の方に歩いていく。リサは目線をドアに移した。
「イラッシャイマセー」「キョウハ、トモダチイッショネ、メズラシイデスネ」
リサはそう言って牽制球を投げる。ふたりをテーブルに案内して、おしぼりを手渡す。
リサはこのお店で働くようになってまだ二週間である。最近よくお店に足を運んでくれる
このお客さんはふだん一人でくるが、今日は始めてふたりできた。しかも、お連れは女性
である。
彼はフィリピンクラブを経営するようになり毎月決まって一週間から二週間位のペースで
フィリピンに行くようになった。目的は、お店に入れるフィリピーナのオーディションで
ある。6店舗だとそうとう数のフィリピーナが必要になる。
彼女達はダンサー、シンガーという肩書きで三ヶ月間のビザで日本に入国しさらに三ヶ
月間の延長申請を行い、計、半年間で次のフィリピーナとバトンタッチである。
いっぺんにフィリピーナ達が帰国しないよう調整しなければならない。
月に一店舗で1人〜2人でも6店舗となると6〜12人である。このローティションが売
り上げに響く。したがって、彼の仕事はフィリピーナの補充の為、日本とフィリピンを往
復しているのである。
もっとも、事務手続きは日本側プロダクションと現地プロダクションにまかせ彼はもっ
ぱら日本に連れてくる女の子の選定である。
二ヶ月前のある日、彼はいつものようにフィリピンに飛んだ。
セブ国際空港に一台のワゴン車が向かえにくる。彼は当然のようにその車の助手席に乗
り込む。後部座席に彼のお店の店長が乗り込む。彼はオーディションには店長の意見を取
り入れることにしているのでかならずひとり従業員をフィリビンに連れてくる。
運転席には精悍な顔つきのフィリピン男性がハンドルをにぎっている。彼の現地セブ島
での愛人の弟である。車はその愛人宅に向かっている。
車は愛人宅の門をくぐりガレジーに停められた。店長は後部座席のドアから荷物を家の
中に運び込んでいる。
家の敷地はかなり広く表門の前にガードマンが24時間立っている。敷地全体に芝生が
敷き詰められており中央にプールがある。
店長は荷物を運び込む途中、ふとプールに目がいった。プールの水面には、まわりのヤ
シの木が映り込んでいた。
次の日、朝からプロダクション回りである。ひとつのプロダクションで女の子を50人〜
100人見てまわる。
プロダクションをいくつもまわり彼は慎重に人選をしていく。200人〜300人見て
もその中から選ばれるのはひとり位の割合である。
あるプロダクションで彼は店長に「お前ひとり選べ」と言った。 ズラーッとフィリピ
ーナの目がこちらに注がれている。
オーディション会場で店長は、57番の子に質問をした。「プリーズ スマイル」笑顔
を見せてください。店長は57番の子の瞳をみていたのである。吸い込まれそうな瞳をし
ている。と店長は思った。
別の部屋で彼と店長は待っていた。今回このプロで一人決まった。部屋のドアノブが回る
音がした。ガチァ ドアが開く、フィリピーナの胸の下のプラステック板には57の数字
が見える。
「あなたに決定しました」と現地通訳の人が彼女に伝える。
「おなまえは?」「リサ デス」
彼は一通りその日の仕事を終え、店長と愛人宅に帰った。フィリピンの午後の日差しも和
らぎそよそよと風も吹いている。彼はプールサイドに椅子を持ってこさせメイドに爪を切
ってもらっている。「おい、お前も爪 やってもらうか?」彼は店長に向かって聞いた。
「いえ、私は結構です」と店長は答える「うん、そうか」
「50数年前、この地で日本人は戦争してたんだな」彼は誰ともなく独り言のように言
った。ふだんの彼はこのようなことを言う男ではないので店長はちょっとびっくりする思
いで聴いていた。
プールの水面が風でキラキラ光っている様子をじっと店長は見つめている。
「兵隊さんは日本に帰りたかったろうな」彼は目線を空に向け
「このヤシの木を見ながら死んでいったんだろな」
「日本といえば桜の木だが、こっちは桜のかわりにヤシの木だな」
フィリピンの蒼い空にヤシの木が風に揺れていた。
私はベットから足を床に滑るように降ろし左手で毛布をめくり体を斜めにし起き上がる。
床のひんやりした感触が足裏に伝わり、朦朧とした頭に刺激を与える。
そのまま、シャワーを浴びる為、バスルームに向かう。お湯の蛇口をひねり、湯気が出
てくるまでの間しばらく、水の流れをボーッと眺めていた。
昨夜の事が頭のなかに蘇る
私は運転手の顔を真剣に見つめ答えを待った。
彼の顔をみるかぎり決して悪人顔には見えない。 たしかに生活に疲れなにか思いつめ
た感じを運転手から受けるが……
一瞬、彼の顔に迷いが浮かんだ。
私はこれは、なんとかなる。チャンスは今しかない。お金はきちんと彼にあげようと心の
なかで誓い。交渉した。
彼は無言で車をUターンさせた。ほどなくして見覚えのある変則五差路の大きな看板が
目に入ってきた。「ふーっ」小さくため息をした。
タクシーは無事メルセデスホテル前の着き、私は運転手に約束したとおり運賃プラス特
別チップを支払った。
それから、ロビーで部屋のキーをもらい、部屋に戻るとドアのロックをしシャワーも浴
びずにベットに倒れ込むようにもぐりこんだ。深夜の3時をすぎていたような気がする。
私は熱いシャワーを頭から一気に浴びる。体の細胞が少しづつ目を覚ましていくのが感じ
られる。
私はシャワーを終え手早く着替え荷物をまとめた。 カチッとドアノブに手をかけ、私は
後手でドアを閉める。ゆっくり階段を降りロビーの受付に向かう。
ロビーのガラス越しに道をはさんでサリサリストアが見える。私はキーを返しチェツク
アウトをしながら頭のなかではセブンアップを飲むぞと考えていた。そのまま、ホテルを
出て朝の慌しさが残る通りを横切りまっすぐにサリサリストアに向かう。
まだ、眠そうな顔で店の掃除を始めていた、おばちゃんにセブンアップを注文する。私
は店先に置いてある木製の椅子に腰掛け190mmリットルビンをラッパ飲みする。
ジュワーと炭酸が喉に溢れる感覚。「ふっーー」通りをボーッと眺めていると自分が、
朝の喧騒とこの地に住む人々の日常から離れた所にいると実感する。
そう、私はただの旅人なのである。この地に住む人には日常があり大地に根を張って生
きているわけである。今の私は言ってみれば根なし草というところであろう。
そんな事を考えていたらいつのまにか、セブンアップを飲み干してしまった。ポケット
に手を突っ込みくしゃくしゃのラークを1本取り出し火をつける。
「おばちゃん、タバコある?」「ああ、あるよ 何本だい?」どうやら、1本からバラ
売りをしているらしい。日本では考えられない。
ガラスケースの上に竹で編んだ入れ物がありその中に100円ライターがある。
客は1本2本とタバコを購入しそのライターで火を付けていくのだろう。
「マロボロを3本ちょうだい」「ライターそこにあるからね」おばちゃんは笑顔で指差
す。「サンキュー」笑顔で私は答えた。
何台ものジプニーが通りを行きかう、真っ黒い排気ガスの向こうに青い空と白い雲が揺
れていた。
セブの空港内はいかにも、いなかの空港然としている。まるで日本の田舎の駅のような雰
囲気である。私はマニラ行きのチケットを購入した。やはり、ひとりでセブ島をうろつき
回る事に危険を感じたのである。とっとと逃げるに限るとの決断だ。
チェック インを済ませ、いざ飛行機に乗り込むのはいいが空港の滑走路まで歩いてい
けとの指示だ。滑走路にはジャンボよりひとまわり小さいエアバスという機種が鎮座して
いる。
機体のまんなかあたりからタラップが降りておりそこから乗り込めとのことである。
「う〜ん おもろい セブ空港」遠くのほうには、なにやら知らないが大きなトラック
などが見える。
ほどなくして機体はふわっと宙に浮き私の体はシートに押し付けられるような感覚のGが
かかる。
機内の小さな窓から外を覗く蒼い海が眼下に展開。白い雲をが視界を遮る。どうやら雲
のなかに入ったようだ。
キィーーン ゴーーーォーーー マニラ着。
カチャとシートベルトをはずす。「う〜〜ん」両手を上にのばし伸びをする。
「よく寝た!」うわはは、あっという間にマニラだった。
「やっぱりマニラの空港はでかいな」「それはそうと電話電話と」私は広いロビーを見渡
した。「おっ!あった」
つかつかと公衆電話まで歩いていき受話器を上げる。番号が書いてある紙切れを睨みな
がら ピピパポピパパポ「ツー ツー ツー ツー……」「ハロー」よっしゃ!
つながった。
「ハロー マイネイム イズ ****** アイ ウォント トーク プリーズリサ」
「リサ?」
「イエス プリーズ リサ」「オーケー ジャストモォウメント」
暫くして電話口にリサがでた。「もしもし、リサです」
空港建物の外に一歩出るとそこは都会の喧騒渦巻く混沌の街。
ピーーーッ グゥオーーー 車のクラクション 何処からか聞こえる大きな音。ラジオか
ら流れる音楽。
右手にバックを持ち壁に背をもたせ私はリサを待っていた。黄色にボディを塗装したタ
クシーの窓から見覚えのある顔がこちらに手を振っている。
タクシーは私の前に停まった。
「元気そうですね」リサが笑顔で声をかけてくれる。リサの後ろにふたりの妹達が笑顔
で立っている。私は無言で頷く。
リサ達の顔を見て、ほっとした気持ち ありがたい気持ち、いろいろな感情が入り混じ
り私は泣きそうな顔をしていたと思う。
了
コーシー飲むじょ……
せんべいとコーシーうまうま。
「音の無い世界」
深夜の国道、フロントガラスにぶっかってくる、白い雪が渦を巻いて俺を誘う。
運転席のある箱からの視界は前方、助手席側のドア窓、ハンドルを握る体の右側と三方
向の窓から降りしきる雪が音を奪い去り、音の無い世界を俺に見せている。
関越自動車道を降り、冬の新潟県、深夜の一本道。
白い渦が誘うように俺を異界に引っぱっていく……
不思議な感覚が俺の身体に入るのがわかる。ひとりぼっち……
オレンジ色のヘッドライトに照らされた空間だけを見つめ、孤独の中を走る。俺は十五
分間だけ眠るつもりでトラックを路肩に寄せた。たとえ、十分、十五分でも睡眠を取る事
によって頭がシャキンとする。その後二時間は運転を続けることが出来る。これも、先輩
からさんざ教わった事だ。
ハンドルにうつ伏せになる。俺はすぐに夢の中へと落ちていった。
「長距離やりぁ、稼げるけど家にぁ週一回帰れればいいほうだかんな」俺はそんな会話を
事務所の端で聞いていて長距離ドライバーに憧れた。
皆、会社に帰ってくるとトラックを洗車したり事務所でぐだぐだ遊んでいた。俺は楽し
そうにしているそんな彼らが羨ましかった。
俺も長距離を走るようになってからというもの、会社に帰って来て心から皆と会話を楽
しめるようになった。なぜなら、走る箱の中では嫌というほど自分と対話する時間があっ
た。前方の信号機を見つめているつもりがついつい自分を見つめてしまう。
誰かが言った「ラジオが…友達…」
北関東の農協や畑から直にホウレンソウや泥ねぎを昼間積み込み、そのまま夕方出発。
夜中一生懸命走る。明け方五時までに秋田市や大阪やとセリに間に合うように現着。
泥のような体に鞭打ち荷を降ろし、二〜三時間、仮眠する。朝八時、ベニヤ工場やら傘
工場やらで帰り荷を積み込み。
「明日の朝一番でお願いしますよ」と言われながら伝票を受け取る。そのまま東京まで
ひと走り。三日後の昼間、会社に戻り、次に戻るのも三日後。
「さぁ一日休みだ」と久しぶりに顔を合わせる運転手仲間。ニヤニヤとお互い笑顔。
ただ、人恋しいのだ。そんだけ。
トントン! フロントガラスを叩く音で目が覚めた。
普通車よりも、ひとまわり大きなハンドルから上半身を起こし慌てて周りを見回す。
津々と降り積もる雪がワイパーの上に白い段を作っていた。
「うっ寒みい」暖房のファンが追いつかず冷気がドアの下を這っている。ポケットから
残り少ないタバコの箱を手に取り一本抜いて火を点けた。「ふっー」
時間を確認しようと思い計器盤に目をやる。タコメーターのスピード盤に二重に数字が
刻んである。そのダイバーウォッチみたいな円盤の内側に一から十二の区切りがアナログ
時計の役割を果たしていた。長い針が、ちょうど十五分経った事を知らせている。
俺はからからに乾いた喉に煙が刺さると感じながらも意識は別の事を考えていた。
「フロントガラスは誰が叩いたんだ?」この世のものではない者。そんな気がした。溜
息と共に煙を吐く。「ふっーー」タバコを灰皿に押し潰した。ぶるっと体が震る。
「さて行くか」
俺は靴底でクラッチペダルを踏み、ゆっくりギャーを入れた。タイヤが雪を踏むミシッ
ミシッという音を聞き古い車体が走りはじめる。
フロントガラスを音もなく叩く雪……
知らず知らずのうちにアクセルを踏み込んでいた。はやくこの異界から逃げ出したい。
白い雪はあいかわらず渦を巻いて俺を誘っていた。遠くに二十四時間営業のガソリン
スタンドの白い明かりが揺れている。
俺は寂しさに耐えかね、ラジオのスイッチを押した。
了
「逃避行」
夜中の部屋 ハッと 目が覚め隣にはおまえの
寝息 テレビにはNHKの風景画 流れる画面に
切なさと不安が混じる午前四時
逃避行 刹那と希望の重い旅 そっとタバコに火を
つける
はやく夜が明けてくれ 願うように画面を見つめる
I love you と 寝顔に 問いかける一年目
見知らぬ土地 二人で借りたアパート 輝いてた部屋
こたつの隣にはおまえの笑顔 流れる会話に
楽しさと不安が混じる午後の二時
逃避行 儚い線香花火の旅 そっとタバコに火を
つける
はやく夜が訪れてくれ 願うようにベットを見つめる
I need you と 笑顔に 問いかける二年目
別れの交差点 見つめる先には それぞれの辿る道
ありがとうの隣におまえの声 セピアの思い出に
なみだと感謝が混じる過去の四時
逃避行 刹那と希望の重い旅 そっと写真に火を
つける
はやく夜が明けてくれ 願うように写真見つめる
I like you と 思い出に 問いかける三年目
「雪肌精」
叔父さんがふらりと僕の事務所にやって来た。この叔父さんは決まって何の前触れも
なく、僕の前に現れて小一時間ほど淡々と物を語る。ガラッと威勢よく引き戸が開けら
れ「おい! 誰かいるか」
「御苦労様です」竜の絵柄がバックプリントされたジャンバーを羽織った若者が両の手
をジーンズの脇にピタッと付け直立不動したとおもいきや深くお辞儀をする。
その若者の姿を僕は事務椅子に腰掛け眺め、笑いそうになってしまった。堪えるがど
うしても顔に出てしまう。若者の初々しい仕草に過去の自分を重ねるのかもしれない。
僕は笑い顔を誤魔化す為、事務椅子から腰をあげ叔父さんの方に歩きながら革張りのソ
ファーに促す。「どうも叔父さん お久しぶりです」
叔父さんは両足を肩幅より少し広めに拡げ深々とソファーに身を沈める。僕はテーブ
ルを挟み相向かいに、ちょこんと座る。
「哲ちゃん最近、朝晩冷えるのぉ」「ええ、やっと冬らしくなりましたね去年の夏は
暑かったり寒かったりとまったく可笑しな天気だったですからね」
「そうだいのぉ冬はキリッと寒くなければいかんな」ガチャガチャと奥の方で茶の支
度をする音が聞こえてくる。おそらく若者はタイミングを計っているのだろう。僕はこ
ころの中で、今、茶を出しな、とわざと叔父さんへの相槌を遅らせていた。
「失礼します」若者の緊張感がブルブルと手から茶に波紋と伝わる。
「わはははっ哲ちゃんとこの新入りか」
「ええ、僕の事務所でしばらく預かる事になったんですよ」
「哲ちゃんの商売教えるのかのぉ」「はい、そのつもりでいます」僕はキッパリと言
い切った。「パチ屋も不景気で大変だのぉ」
「僕らの商売は水商売ですからね」「そうだいのぉ… それはそうと哲ちゃ… 」
「身体の怪我は治るがバカは治らんのぉ、わはははっ」豪快に叔父さんは笑う。
「うちの真治、知っとるだろ」
「ええ、知ってますよ」「真治のバカ…… また、パクられちまってのぉ……」寂し
そうな横顔で言う。
僕と叔父さんは世間話を小一時間した後、「じゃそろそろ、行ってみるかの 邪魔した
のぉ」といつものごとく帰っていった。
その夜、僕と若者は頭のてっぺんから足の先までカラスのごとく黒装束で固めた。僕
らの仕事は段取り7分実行3とよく言われる。この道の大先輩達が理論を体系づけした
本が裏世界のベストセラーとしてある。もちろん僕もその書籍には目を通している。と
いうよりも僕が作った本なのだ。ふたりは闇夜に紛れパチンコ屋の店内に侵入。めざす
は雪肌精という機種、ガラスの枠扉を開け仕事師の腕を振るうだけである。
僕らは綺麗に裏の仕事をやり終えた。僕の睨んだ通り若者の筋は良い、これなら数年
で僕の代わりが勤まると思い僕は上機嫌だった。
「明日の昼すぎ三時にお客さんが来るはずだから」
「どっちの事務所にですか?」
「うん、裏道出版のほうに来る。お客さんがみえたらソファーに案内して茶を出してくれ
るか、そうだ、そうだ、明治屋のショートケーキも用意して置いてくれるか」
僕は帰りの車中で若者にそう指示を出し停車している車の助手席のドアを開け足をア
スファルトに降ろす。若者は、一瞬しまったという顔をしてすぐに外に飛び出し助手席側
に回り込みドアに手を添えた。その素早い身のこなし方を見て、やはりこの若者は筋が
良い、とあらためて感じた。
「いいよ、いいよ、そんな堅苦しくしなくも。おつかれ、明治屋のケーキ忘れんな頼んだ
ど」
「はい、分かりました」 若者は元気の良い返事をした。
「おいおい、夜中だぞ、あんまりでっけい声だすな」
僕は若者の頭に軽くげんこつを一発落とした。
「はい、すいませんでした」 若者は少し声を落としてそう言ったが、反省している様子
はてんで無い。僕はそれでいいと思った。
「おう、気をつけて帰れよ」 と僕は言い若者に背を向け歩き始めた。
背後で車が発進する音を聞きながら、僕はマンションを見上げる。マンションの屋上と
夜空の境目を見上げ表の世界へと気持ちを切り替える。
1
車を大型スーパーの駐車場に滑り込ませる。百台は停められるかと思わ
れる、広々とした白線の引いてあるアスファルトの海に車を乗り入れ、隅の
方に停めた。ちょうどお昼どきという事もあり食料品をメインに扱っている
スーパーの駐車場は、建物の入り口付近にお客の車が集中して停められて
おり隅の方はガラガラに空いていた。
僕は車から降りドアのロックして駐車場に面している通りに向かい歩いて
行く。
幅が六間もある通りを挟んで相向かいには、僕の城であるリサイクルシ
ョップがある。店舗と事務所が二つ。
その倉庫みたいな造りで屋根の高い建物の中に、株式会社裏道出版の
事務所もある。
黄色い大きな看板を見ながら、歩道の白いガードレールの内側で車の流
れが途切れるのを待っていた。
その大きな看板には黄色地に赤文字で、“なんでも売ります買います”と
道行くドライバーの目に訴えかけるように掲げられている。
僕はこの場所にリサイクルショップを開店して正解だったと思った。
今からちょうど、十年前だった当時リサイクルショップは全国であちらこち
らに出来て流行の兆しだった。
僕の店も時流に乗る事が出来、なんとか細々とやっている。僕ひとりの力
など、たいした事は無い。ただ、人に恵まれたことは確かだと思う。
表の仕事も…… 裏の仕事も…… 人がすべてだとしみじみ感じる。
僕は車の流れが途切れる頃あいを捕まえて、すばやく通りを渡った。
「おはようごさいます」 店長の広田が声をかけてきた。
「おはよう、どうだい売れてるかい?」 雑多な商品が置かれている狭い
店内をふたりで話ながらリサイクルショップの事務所に入る。
「売れてますよ、なんたって社員が優秀ですから。売れているもなにも社
長は毎日売り上げチェックしてるじゃないですか。一番良く知ってるのは社
長でしょう」 広田は笑いながら言う。
僕はとぼけて、「コーヒー煎れてくれコーヒー」と言いながら事務椅子に腰
掛ける。ふと、冷蔵庫の上を見ると、明治屋のケーキ箱が載っている。若者
が今朝、差し入れた物だなと思った。
「おい、広田、おまえ白髪が目立つようになったなぁ、若白髪だな。幾つに
なった?」
「三十二ですよ。こんな狭い所に十年も居れば白髪も生えてきまっせ」
広田の言うとおり五坪の事務所は狭かった。スチィールの事務机が三つ
あり、みな一様に机の上にはパソコンのモニターが置かれ。残りのスペー
スにはカタログやら書類の束が散乱していた。その他に小型冷蔵庫やら
流し台やら、コピー機やらとごちゃごちゃしている。
「狭いのは関係ないんじゃないか、それにしても、十年経つかぁ……」
コーヒーメーカーから香ばしい匂いが立っている。広田はカップを二つ手に
持ちながら僕に言った。
「今朝、社長が新しく預かった若い衆からケーキの差し入れありましたよ」
「うん、僕が買っておくように頼んでおいたんだ、気を利かしてこっちにも
差し入れたんだな」
「それはそうと、社長。株式会社裏道出版にお客さんが来るという事は、仕
事ですか?」
「まぁ、そういう事になるな。また、書いてもらう事になると思うが頼むど。お
まえの書く本は評判いいからなぁ。前回書いてもらったやつなんだっけ……
あぁそうだ、『こころを鎮めてヤマを踏む』 だったな、売り上げ順調に伸ばし
てるようだど」
広田の他にも、ゴーストライターの先生は二〜三人、常時抱えているのだが、
その中でも、なぜか広田が書く本は売り上げが良かった。
そもそも、裏道出版という会社は勢いで作ってしまった会社なのである。
目の前にいる広田が、いなければこんな仕事はしなかったと思う。
あれは、そう今から十年前の、ある夏の暑い日だった。
その朝、僕は店のシャッターを上に押しあげているところだった。背後から
透き通った声を掛けられ、振り向くと学生か、と思われる、ひょろっとした青
年が立っていた。
白のTシャツにジィーンズという格好で手には、僕の店で作ったチラシが
握られていた。
「すいません。このチラシにあるアルバイト募集っての見て来たのですが」
幼い顔の青年が言う。
「ああ、応募の方、あれっ、事前に電話か、なにか連絡頂いたかな?」
「いえ、いきなり此処に来ました。すいません」
と青年は言い淀んだきり、俯いてしまった。
「うん、ここで話もなんだから中へどうぞ」
僕は半分まで上げたシャッターを全てあげきり、暗い倉庫のような店舗に
朝の光を入れた。
入り口脇の壁にあるスィッチを押す。高い天井に吊り下げられた照明が白
い熱を持って、ゆっくりと店舗内を照らしていく。
「どうぞ、事務所の方へ」
僕は店舗内から、入り口の外で待っていた青年に声を掛けた。
事務所内の壁は真新しい白いクロスが貼られ、スティール机には広々とし
たスペースがあり、なんだか殺風景という印象を与えていた。
僕は事務椅子を青年に勧めた。僕もスティール机を間に挟み青年の相向
かいに座る。
「履歴書をもって来られましたか?」
「いえ、なにも持ってきていないのです。今朝、新聞折込に入っていた、こ
のチラシを見て矢も立てもいられずに、家を飛び出し自転車にまたがって此
処に来てしまいました」
「なんで、そんなに急ぐ必要があったの?」
「はい、自分でもよく分からないのですが、このチャンスを逃したくなかった
のです。冷静になって考えるとおかしいですね」
そう青年は言い、頭を掻いた。この青年から受ける印象は悪くはない。案
外、一本気なのかもしれないなと思った。僕は自分の直感を信じて、いまま
で生きてきた。
「うん、まあ、履歴書なんて後で書いてもらえば良いことなんですが、仕事
の内容はチラシの募集要項で、だいたい分かっていると思いますが……」
ここで、僕は話を一旦途切った。目の前にいる青年を試してみよう、返答い
かんで、採用、不採用を決めようと思ったのだ。
「社長、なにボケッとしてるんですか? 俺の話、聞いてます?」 ここで、
僕の思考は中断された。
「十年経つと、人っうのは変るもんだな……」 僕は、ぼそっと呟いた。
「なに、言ってるんですか。コーヒー冷めますよ、社長!」
僕の直感も、たいした事はないのだと改めて思った。
「んっ、ケーキの話だっけか?」
広田は、まるで話にならないという様に両手をひろげ、手のひらを上にす
る。口をへの字に結び、二〜三秒のあいだ無言の後、僕に宣告を下した。
「社長、ボッーとするなら、そこに居てもらっちゃあ邪魔です。し・ゃ・ち・ょ・う
は窓際の陽が当たる指定席で、思う存分、ボッーとして下さい」
僕は、すごすごと窓際へキャスター付きの椅子ごと移動した。
スーツの右ポケットを探り、ショートホープの小さな箱を取り出し、指の先で、
茶色いフィルターの頭を一本摘み出す。
僕は灰色の机に片肘を突き、左手の人差し指と中指のあいだに挟んだ煙
草に火を点ける。煙草の先から昇る、紫煙の粒子がまるで雲のように室内を
漂う。
窓からの強い光が、粒子の渦をより一層、際立てて見せている。
「広田、なんでお前を採用したか分かるか?」
広田は顔を一瞬、僕の方に向け、興味ありませんよと言う顔をしてパソコン
モニターへと視線を戻した。しかし、耳は僕の方に向いているのを、僕は知っ
ている。
「直感だよ。直感」
広田はマウスを動かしながら、切り返しの言葉を考えているようだった。
「社長、俺がなんで此処に十年もいるが分かります? 社長についてれば
食いっぱぐれが無いと思ったからっす。直感っすよ。直感」
型通りの切り返しをする。まったくもって、へらず口の止まらない奴である。
その一方で、履歴書も持たずに面接に来るという型破りな一面も併せ持って
いるからこそ、僕は採用したのかもしれない。
「今、何時だ?」
広田はモニターの右下にある数字を確認し、めんどくさそうに答えた。
「ピーエム、一時です。社長、腕時計してるんっすから、俺に聞かなくても
いいでしょう。ちったぁ、俺の仕事を手伝うとか、俺の仕事を手伝うふりをする
とか、しないとかっう考えはないんですか?」
「ない」
僕は即答した。
「もう、一時か。ちょっくら、出掛けて来る。三時には戻ってくるよ」
僕は、これと言って用事がある分けではないが、気分転換する為に事務所
を出た。外の空気を吸い込む。
平和な冬の日差しが倉庫全体を包んでいる。店舗敷地内のアスファルトに、
倒産した居酒屋やら、レストランから引き上げられた、業務用ステンレスの流
し台。スティールのロッカー達が所狭しと並らべられている。
これらを全て取り除くと、本来なら三十坪ほどのアスファルトで出来た、店舗
駐車場が出現するはずだったが、僕はここに商品を並べた。
当然、来店するお客様の駐車場スペースが無くなってしまう。
よって、道を挟んだ相向かいの大型スーパーの駐車場に、自然とお客様は
車を停めてくれるようになった。
僕は六間道路を流れる車が、途切れるのを見計らって、すばやく道を渡った。
2
僕は店から車を走らせた。右前方に道路より少し小高い土地があり、コン
クリートで出来た防護壁の上に、いつも見慣れた森が見えてくる。
もこもこ、と天を突き上げる木々の生命力が僕を惹きつける。
僕は暇な時間を見つけては、神社巡りをするのが好きなのである。
といっても店は広田任せなので、いつも暇なのではあるが。
だから、ほぼ毎日、神社に来る事になる。この神社の他に、近所に点在す
る、数箇所の神社は僕のお気に入りでもある。
その日の気分によって今日はあっち、明日はこっち、と巡っていた。
本線からウィンカーを右に出し、右折する。細い脇道を慎重にハンドルを握
り車体を進める。
左手には鬱蒼と茂る、ヒマラヤスギや赤松の大木が森となり視界をさえぎっ
ている。
夏の暑い時分には、この狭い路地にタクシーとか外回りの白いバンとかが、
涼を求め停まっているのをよく見かけた。しかし、今は冬の時期とあって閑散
としている。
暫く走ると、いきなり森が途切れ、視界が広がり、神社の境内に続く小道が
現れる。
僕は四角い白線の中に車を停め、駐車場に降り立つ。人影は無い。まるで
神社の一角だけ別の空間と思うほど、空気の流れが違う。
落ち葉を踏む、ガサッガサッという音を聞きながら、小道を歩く。
四方八方から威厳に満ちた大木達の気を肌で感じる。赤松の太い幹にそっ
と手を触れる。がさがさとした表皮に耳を近づけ、赤茶けた土から水を吸い上
げる音を聞く。
普通の人は悪党に神社の組み合わせなんて、と思うかもしれない。しかし、
悪党から言わせてもらえば、悪党だからこそ、神社とか神棚とか目に見えない
大きな力に頼るのだ。今も僕はこの大木に頼っている。
僕は暫く、赤松の冷たい感触を味わい、その太い幹から離れた。周囲に
誰もいない事を確かめる。やはり、誰かに見られると恥ずかしいものがある
のだ。
小道は鎮守の森側からも入れるようにと、正面入り口とは別に造られたも
のだった。普段はあまり人影を見る事もない。そんなところも僕のお気に入
りのひとつだ。
僕は境内へと歩を進める。
この神社は、あと一ヶ月もすると参道の両脇の桜並木が、それは見事な
花を咲かせ、人々の目を楽しませる。
毎年、桜のシーズンになると、一週間から十日間くらい、桜並木の枝下に
ちょうちんが、ぶら提げられ一晩中、明かりが灯される。
やはり、神社に桜は似合う。そんな事を考えながら歩いていると、いつの
間にか境内に足を踏み入れていた。
境内の土には竹ぼうきの跡が残っていた。おそらく今朝、近所の人が掃き
清めたのだろう。僕はその、人の好意でなされたであろう掃除の波紋を、僕
の足跡で汚さぬように慎重に歩いた。
本堂の数メートル手前に来ると、石で造られた背の高い台が参道の両脇に
左右ひとつづつあり、その上に二匹の狛犬が、ちょこんと座り、僕を見下ろす。
僕は狛犬が守る、境界線の内側には決して入らない。もちろん、賽銭など
一度も投げた事はない。
何故に? と問われれば、僕みたいな穢れた者が入るべきではないという
考えが、心の隅にあるのかもしれない。賽銭については、ただ、投げることが
面倒だからだ。
ぽん、と拍手をひとつ打ち、目を瞑り手を合わせる。
偶然の中に、必然が散りばめられている。ただ、人はそれに気付かない
だけなのかものしれない。ふと、そんな考えが頭の中を過ぎった。僕は目を
開け、腕時計の針を見る。
さて、三時まで時間を潰さなきゃなぁ。
境内の隅にある、どっしりとした大理石造りの平らなベンチに座った。冷た
い感触が尻に刺さる。僕は煙草を取り出し、一服点けた。煙を清潔な空気と
いっしょに、肺に送り込む。
口の端で煙草のフィルターを銜え、空気を吸い込むと同時に、煙草の先が
赤く焼け灰が伸びていく。
左のポケットを探り、手のひらに載る大きさの携帯式灰皿を指の先で確認
し取り出す。丸い蓋を開け、その中に灰を落とした。
僕は仕事の段取りを考える事にした。今日、三時に僕の事務所を訪ねて
来るお客さんは、おそらく自身の自伝か、仕事師としての口伝を本に纏め
たいのであろう。僕はそのお手伝いをするだけである。
僕の所に来るお客さんは、極道者や水商売のオーナーと組織の中での
生き様を自伝として本という形に残す者。
竿師、図面師、倒産整理屋、キャッシュカード屋、と数人で行動はするが、
一匹狼としての生き方の要素が強い者は、口伝という形で仕事の妙を言葉
として残したがる。
そんな、彼等の発する言葉には、ひとりひとり強烈な個性と哲学が滲み出
ていた。
僕はこの出版という仕事を、楽しみはじめているのかもしれない。いや、む
しろ仕事という苦行を楽しむ事が出来るようになったのかもしれない。
生きた言葉に触れたい、さわりたいと願うようになった。と同時に、生きた
文章に衝撃を受け、打ちのめされる。
僕が出版の仕事を始めるきっかけとなったのは、偶然、覗いた事務所のパ
ソコン画面に表示されていた、広田の小説を読んでしまったからだった。
218 :
名無し物書き@推敲中?:04/05/29 23:09
寒のファンになりまつた♪
「無題」
薄紅色の花びらが山を覆い尽くす季節がやってきた。
僕が好きになろうが嫌いになろうが関係なく、その樹々達は咲き誇
っていた。
街のなかを一本の用水路が走っている。水の流れに沿うように石畳
の敷かれた遊歩道があり、桜の木陰には木製のしゃれたベンチが置か
れ、犬の散歩に訪れる人々が歩を休めたりしている。
春の午後、流れる水音に耳を傾けこの遊歩道を歩いていると自然と
目に入る幾重にも枝を張った樹々の波。手を伸ばせば指の先に触れる
位置に薄紅色の紙片が枝をしならせていた。
一瞬、流れる水音が止まり水路の上流からバシャバシャと水面を弾
く音がしたと思うと茶色の物体が幅三メートル位の水路を流れてくる。
「あっ、犬だ」
茶色の大きな奴だった。
春とはゆえ水浴びには早すぎる。流れの速い水流に揉まれながら、
必死に護岸のコンクリートの壁に爪を立てようとしては水面に沈む。
僕はきびすを返しその犬と並走する形で樹々の枝下を走った。
水の流れは思ったよりも速く始めは小走りだったのがいつの間にか
結構な早さで走っている自分がいた。犬の様子を見ると前足で水を掻
き流れに身を任せているようだが水温が低い為、だいぶ辛そうな感じ
だった。四、五百メートルも下流に流されただろうか。
景色は街中のメインストリートから外れ、裏通りへと続き遊歩道に
敷いてあった石畳もいつしか無くなっており、川幅もいくぶん狭くな
り護岸もコンクリートから土へと変っていた。
犬はその変化を本能として嗅ぎ取り水流に逆らい横へ横へと身体を
岸に近づけようとしていた。
「おい、がんばれ」
僕は心の中で声をかける。
黒い鼻の先をツンと水面に出し、両の前足で水中をせわしなく掻い
ている様子が濁った流れをとおしても見て取れる。その犬のガッシリ
とした肩肉が水中に没したと思うと、またすぐに現れる。
やがてずぶ濡れの全身が岸へと上がってきた。大きな体をブルッと
震わせ茶色の毛先から水滴が飛び散った。若い犬の精悍な瞳と目があ
った。 奴は僕を一瞥し何事もなかったように歩き去ろうとしている。
「おい待て」
あれから、十年
やわらかな霧雨を茶色の毛に受け、庭先で我が家の駄犬が、黒い鼻
先を空に向け季節を嗅ぎ分けている。大きな体をブルッと一振りさせ
ると、片隅のアジサイの花が迷惑そうに揺れた。
僕が好きになろうが嫌いになろうが関係なく、梅雨の気配は近づい
ていた。
了
梅雨晴れ間 澄みしこころの
青い空 悩む頭も 風に流され
おやしみ〜〜
赤い皮で出来た16オンスの練習用ボクシンググローブを手にとり親
父が陽気な声を掛ける。
「おい、そこにあるグローブ着けて裏の空き地に来いよ」
親父はスチール製の事務机にちらりと目線を投げグローブの所在を
教える仕草をした。
声を掛けられた、村田は一瞬しまったという表情を浮かべたが、す
ぐに心の中で何かを決断したようだった。それは、あどけない顔の内
側に何かを秘めるように感じられた。
「社長、本気でいいんですか?」
村田は余裕ありげな笑顔を親父に向けている。
「おい、俺だってまだまだ若い者にぁ負けゃしねぇぞ」
僕達、店の従業員はお互い顔を見合わせ目で会話をするように成り
行きを見守っていた。皆は口には出さないが、五十代の親父と二十代
前半の村田とが本気で戦ったらどうなるかは判っていた。
数分後、村田は鼻血を噴き、地面に沈没した。旦那衆である親父に
対する、見事な配慮は喧嘩のプロが見せた生き様でもあった。
ヤクザ者は人気商売とよく言われるが、村田を見ていると、なるほ
どと思う場面がある。
あれから、二十年
僕は二代目社長として店を切り盛りしている。先年、亡くなった親
父は死ぬ間際まで、村田のことを可愛がっていた。
極の道に愚直なまでに正直者である村田は、その世界でしか生きら
れないのかもしれない。今では全国で五本の指に入る組織の大幹部に
昇り詰めていたが、“誰かの為”に己の命さえもをポンと投げ出して
しまいそうなあやうい表情を顔の内側に秘めている所は、おっさんに
なっても変わっていなかった。
了
う〜わ〜、こんな時間になってもた。
寝よ! おやしみ〜〜
おやしみ〜〜
| |皿.
|_|。・) < 寝よ!おやしみ〜〜
|電| ?σ
| ̄|"
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ぷっはーー。起きた!
さてさて、今宵はなにを書きましょう
とその前に一服しまひょ。
人は生きていくなかでいろいろな鍵を手にする
それは言葉の鍵であったり
インスピレーションの鍵であったり
偶然 手にした鍵をなんの気なしに ポケットに
いつしか 鍵のことなど忘れ
また新たな鍵を手に入れる そうした忘れられし
鍵達が机の引き出しに仕舞い置かれる
時が経ち人は大人になっていくなかで幾多の壁に
戸惑い立ちすくむ ふと気づく
壁の隅にはドアがある事に あわてて机に駆け寄る
ぴたりとはまる 鍵と鍵穴
ガチャ と開くドアの音
偶然のなかの必然と初めてそこで気づくのである
最近の私は遊び心を忘れている。こんなんじゃ、あかん!
と深夜に思った。コーシーでも飲むか……
「洞窟」
俺は、今30歳になる。昼間はごくふつうの
サラリーマンである。
夜、家に帰れば妻と子供が待っている。
日々の仕事をこなし、今の生活になにも
不満はない。しかし、刺激もない。
そんな、30歳である。
今日も仕事で疲れ家に帰り、夕食とともに
缶ビール開けた。
テレビを見るとはなしに眺めている。台所では
妻が洗い物かなにかをやっている。
俺は、頭のなかで、小学校3年の時の登山旅行
を思い出していた。
学校からバスで2時間、標高は知らない。全工程
4時間位の登山だったと記憶している。
季節はたしか、秋である。登山道の脇には
落ち葉が積もっていた。
登りはまだまだ、気分の高揚もあり、みな
疲れた様子はない。
山頂でお昼ごはんを食べ、あとは下るのみ
である。
食後ということもあって、みな一様にだるそうだ。
右手をのばし、缶ビールをくちに運ぶ。最後の
一口を喉に流し込む。
2本目のビールを取りに、イスから立ち上がる。
山を下っていくなかで、2〜5人位に自然とグループが
出来てしまう。
俺は先頭グループからだいぶ遅れて最後尾に位置し
ていた。
体力には自信がなかったせいもあるだろう。
俺達グループは、3人でみんなから、はぐれてしまった。
3人でしばらく歩くうちに、大きな洞窟がある所に出た。
お互いが、顔を見合わせる。
だれともなく、洞窟に吸い寄せられるように一歩づつ
足を踏み入れたのだった。
そう、その洞窟は魔界の入り口だったのかもしれない。
俺は、今おとなの体を持ち仕事もし、家に帰れば
妻も子供もいます。
しかし、あの洞窟から帰ってきた、記憶がないのです。
そう、この生活は、洞窟の中の出来事なのかもしれま
せん。
俺は、今生きているのか、死んでいるのか……
了
このあいだ、夢をみた少しこわかった
10年以上飼っていた猫が去年の夏に死んだ
いままで夢にその猫が2〜3回出てきたがべっだんこわいと思った
ことはない。
しかし、この間の夢にでてきた時はいきなりなにか黒いちいさな
塊がわたしの手の上に乗った、はじめは 毛を逆立てた黒い
猫だった。一瞬にしてその猫はわたしの飼い猫だった三毛猫
になった。わたしは、ものすごくなつかしさを覚え 頭をいつもの
様になでてやった そこで目が覚めた。
とくに、飼っていた猫が夢にでてきたことが、こわいわけではない
頭をいつものようになでている感触が妙にリアルだった。
そのリアルな 手触りそれがこわかった。
世の中すべての物事はプラスとマイナスのバランスで
成り立っている。別の言い方をすれば、陽と陰である。
ここで、陽をさらに、細分化すると陽の陰と陽の陽とに
二分される。さらにそれらを細分化をする。無限である。
という事は多重構造の上に成り立っている世界のなかで
我々は生きているということになる。
ただ、自分では多重構造においてどの階層にいるのか
感知し得ないのではないだろうか? と仮説をしてみる。
現実とは多重構造においての交差点ではないだろうか。
多種多様な階層の人々が行きかう交差点。
我々は現実という交差点を歩いている。さまざまな人々
とすれちがう。すれ違う時に一瞬だが目に映る、しかし
こころには映らない場合となぜかしらないが心に引っか
かる人がいる。
目には映るがこころに映らない、同じ交差点を歩いている
が階層が違う場合があるのではないだろうか?
そんなことを感じながら今日も、また、交差点を歩くわけだが。
ハプニンギュッと握ったその手の中にんじゃじんじゃ
「なんじゃタウンに住まう人々久しぶりーーピーーー
ピッーーツピーナッの欠片がんもどきキーボードに
煙草の火が落ち慌てふためく我の後姿涙するもう
ひとりの自分がんもどき。また、かんもどきに戻る んかーーーー。
こてっ!しょうがない自分でつっ込むかととなりの
じぶんに独りごとなりの自分にひとりごとと床を見つめて
眠れんのじゃーーーーーーーーーーーーーーー(寂
もう寝るからね。プンスカプンスカ
おやしみ〜〜
おやしみ〜〜
ぷっはーー。起きた!
今年初
カルピス飲んで
夏の味
ふろしきで 地球包んで みたけれど
台風飛び出す 渦の模様と
淡々と 日々を重ねし 淡々と
なにもない 事のしあわせ 噛みしめて
ひらひらと ふらふらふらり はらはらと
舞えば迷うし 散ることもなし
ぱくぱくと もくもくもくと てくてくと
食べて働き あるくのみかな
山となす ときには海に こころ変る
我めざすとこ 大愚のごとし
おもうよに いかぬ扉の その向こう
引いてだめなら ドアごとはずせ
なにごとも 笑い飛ばせば 風が吹く
笑顔の扉 ドアごとはずせ
ドア向こう チャンスの風が……
「最後の庭師」
カチッ カチッ カチッ 耳に心地良い枝切りバサミの音が頭上
から聞こえる。私は歩をとめ見上げた。
ブロック塀の内側から覗く三脚の上に地下足袋の底に貼った
飴色のゴムが力強く梯子を踏みしめていた。
「いい音さしてるね」
私は三脚の上にいる若い職人に声をかける。職人は照れた笑
顔を向け首にかけているタオルで、額の汗をぬぐいながら目だけ
であいさつをしてくれた。
私は歩道脇のガードレールに腰掛ける。自分の左手を見つめ、
ゆっくり拳をにぎり遠い記憶を手繰り寄せるように、ハサミの柄の
感触が蘇るのを待った。しかし、失われた情熱は戻っては来ない、
かわりにネクタイが上手に結べる指だけが視界にあるだけだった。
かつての私は三脚の上で、施主からよく声を掛けてもらったもの
だった。
「いい音さしてるね」「やっぱり、プロはハサミの音がリズミカルだね」
お世辞だと分かっているが、そんなことを年配の施主から言われ
るだけでもうれしかった。
その一言で、心をこめてハサミを握ることが出来た。
う〜ん 改めて読みなおしてみた。ダメダメダ!
こんなんじゃダメだーーーーーーーーーーー。
書き直すべ。
カルピス飲むべ。うしししぃぃ。
「最後の庭師」
「純ちゃん仕事があるんだけど、手伝ってくんねぇか?」
坂田の親方からの突然の電話だった。
「どんな仕事ですか?」
「うん、皇居の外堀側の刈り込みだ」
「本当すっか」
俺の声帯からは、普段より一オクターブ上の声が出ていた。
今までにも親方にはいろんな現場に引っ張りまわされたが、今回
は別格だ。それもとびっきりのやつだ。
こんなチャンスは一生に一度あるか無いかだ。
「行きたいんっすけど無理っす。ちょうど昨日から自分の現場が始ま
っちまって」
そう言って電話を切った。
今回、請け負った庭の造作工事は工期が一ヶ月と長く、それをほ
っぽり出してまで親方の手伝いに行けるはずもなかった。
俺は涙を飲んでそう答えた。
植木屋として自分の看板でようやく飯が食えるようになってきた時
に、こんな話がまわってくるとは俺も運が悪い。
おそらく一生後悔するだろう。なんって俺はこんなにシリアスにな
ってる暇はねぇんだ。
やることぁ、山ほどありやがる。あぁ忙しい、忙しい。
う〜ん なんかおもいっきりずれてるし。
っか、この出だしでいいのか?
カルピスの氷解けてるし。
だめだーーーーーーーーーーー。
こんーーーーーなんじゃーーーーーーーー。
「ある職人のぼやき」
おいらは、植木屋。
世間じゃ庭師なんて呼んでくれるが
ただの植木屋。
営業から図面引き、施工はもちろん
なんでもやんなけれゃ飯は食って
いけねえ。
今日も現場にいかなけゃなんねぇ〜
現場管理にゃうんざりだ。
おいらより、ずっと年上のじいちゃん職人達の
めんどうみなけれゃならねぇ〜。
今日は、取引上初めて施工するお宅だ。
神経をぴりぴりさせて現場に着いてしまった。
もっと車の中にいたい。現場が近すぎる。
「お茶にしてください」 と施主のありがたい
お言葉。
「一服しましょう」 とおいら、職人連中に声を
かける。
がやがやと、お茶が始まる。
「ガチャン !」
この湯のみ茶碗て組になっていて、
とても高そうじゃねいかよ〜。
しかも、初めてのお宅だぞ〜。 と こころの中で言う。
いつも、こんな時、おいらは、一日じゅう
松の木の上でセミになりたいと思う。
おいらは、植木屋。
世間じゃ庭師なんて呼んでくれるが
ただの植木屋。
今日も、現場。おいら現場仕事あんま
好きじやない。
図面引いたり、事務仕事してたほう
よっぽどもいい。
図面は専門書買ってきて、一から独学で
勉強した。
一点させん?
平面図?
基線?
心点?
断面図?
パース?
建築図面と違って、造園図面だから
おいらでもなんとか書けちゃう。
おいらは、いまだに図面は手書き
CAD使えるスキルなし。
いまじゃ、公共事業、役所の図面
み〜んなCAD。
おいらも、AutoCAD 覚えなきゃな〜
とにかく、勉強してる時間がねぇ〜
勉強するこたー山ほどありやがる。
くそ、とにかく現場じゃーーー。
今日は、公共事業の下請け仕事
そのまた、下請けのまた下請け
えへへ、おいら一番下っ端。
なんせ、おいらの所は従業員
いないから。いそがしい時だけ
じいちゃん職人達に手伝って
もらいま〜す。
じいちゃん職人達は、やさしいよ。
なんせ、孫のこずかい稼ぎにおいらの
仕事手伝いに来てくれる。
毎日なんか、きやしない。
気がむいた時にしか来てくれない。
それがいい。
もちつ、もたれつだから
じいちゃん職人達を大切にする。
じいちゃん達がいるからおいらが
いるんじゃーーーー。
今日の、現場、役所の仕事。
とにかく、服装、安全、やたら
うるさい現場。
「ヘルメット忘れたけんの〜」
じいちゃん微笑みながら、おいらに
近づいてくる。おいら、一歩後ろに
後ずさり。
予備のヘルメットがねんじゃーーーー。
おいらの、頭の中で小人が叫ぶ。
「弁当は持ってきたんじゃがのぉ〜」
じいちゃん、右手を高々と持ち上げる。
ヘルメット忘れて、弁当は忘れず。
さすが、職人魂。
怪我と弁当は自分持ち、とは、よく言った
もんだ。
いつも、こんな時、おいらは、一日じゅう
穴の中で、もぐらになりたいと思う。
う〜ん タイトル変わっちゃってるし。
やっぱり、出だしが大切だよな。
出だしなんじゃーーーーーーーー。
最初の三行から十行で勝負を決めなきゃ、あかん!
眠い。い。ぃ。 。 .
「最後の庭師」
松は神木なんだいのぉ。男松、女松とあるが、同じ松でも幹肌の
赤く燃えるような赤松じゃなけりゃいけねぇ。
樹齢百年を超える赤松の幹に手を置きながら、じっと射るような
眼で、老人は続ける。
それとなぁ…… おい、純一聞いてるか。
家の庭木が一本でも枯れてりゃあ、家主の体調が悪いって事だ。
逆に樹木盛んに枝葉を張ってる、家の持ち主たる主は、庭木の活力
に応呼するごとく家運、旺盛なり。
それぐらい、樹木ってものは、いろんな事を教えてくれる。
おい、純一、 よく覚えておけよ……
淡い霧が風にゆっくりと流される中、険しい山並みを背負い老人は
無言で立つ。老人は黒々とした土から斜めに立ち上がる幹に手を添
え右から左へと濃くなってゆく白い霧の中に消えていってしまった。
お、親方……
勢多純一はそこで目が覚めた。
1
マウスを、ちょんと指の先で弾く。休止状態だった箱はそれに反応
しハードディスクにアクセスしようと、カコンッとシーク音が鳴った。
ディスプレイ画面に描かれた、作業途中の線と点で出来た庭が、
勢多純一を静かに待っていた。
空調の効いた事務所にひとり残り仕事をしていたのだが、いつの
間にか、机に突っ伏していたようだった。
勢多純一は先ほどの夢を忘れないうちに心に刻み込もうとしたが
細部はどうしても思い出せず歯がゆい気持ちのまま、思い出すのを
諦め、コーヒーを入れようと席を立った。
パーティションで区切られた給湯所に歩いていく際に、純一は床に
置いてある、大人が両腕で輪を作るほどもある大振りな鉢が妙に気
になった。
コーヒー入れ終えカップを手に戻り、純一は暫く盆栽の松を眺めな
がら、ふうっと溜息をつく。
事務所の隅に置かれた盆栽の松は蛍光灯の青白い光に照らされ
ていた。まるで、枝のひとつひとつが手のひらの様だ。その手のひら
を腕いっぱいに横に張り、鉢という限られた空間の中で精一杯生き
ようとしている。しかし、盆栽の松は芯に異変が起こり、じわりじわり
と松の枝葉を蝕んでいる事を純一は気付いていなかった。
純一は傍らにコーヒーのカップを置き、キーボードに打ち込みを始
めた。先ほどの夢の事などすっかり忘れ、頭の中は請け負った工事
の工程の事で一杯一杯だった。じっくり考える時間というものが純一
には夜しかなかった。
昼間は取引先の担当者と世間話、こちらの事情もおかまいなしに
純一の事務所に飛び込んで来る営業、施主との打ち合わせ等、そん
な人間達を相手に純一は言葉のキャッチボールをする事を楽しみなが
ら仕事をしていた。
決して相手に不快な思いをさせないよう、気を配りながらも気の利い
た洒落で返せた時に、してやったり と心の中でニンマリするが、刀の
真剣を振りかざしながらの勝負に似たものがあり神経をすり減らす。
昼間の仕事は経営者としての真剣勝負の場でもあり、常に判断を求
められる場でもあった。そんな、高ぶった神経をクールダウンする為に、
一人深夜の事務所でキー打つ事は、純一にとって大切なものだった。
時には深夜の高速道路を一人車を走らす事もあった。
妙に今日は気分が乗らない。いつしかキーを打つ手を止め、純一は
ぼんやり考え事をしていた。
ハードディスクの中身は過去と現在がごっちゃに混在している。一瞬で
過去に戻る事が出来た。純一は普段めったに開かない、過去図面という
名のフォルダーをクリックしてみる。ひとつのファイルを開く。
純一が設計した日本庭園が一瞬でディスプレイ上に現れた。偽物の中
の本物がそこに存在した。
数年前の事を純一は思い出す。
「これが、施工後の庭になります」
純一の言葉に押され、その家の恰幅の良い旦那と品の良い奥方は、
ディスプレイを覗く。
ディスプレイに映し出された、居間からの庭、手前のガラスの光沢、質
感、夏の夕方、闇が迫り来る一瞬の刻を庭に描く。朝のさわやかな光を
浴びた庭があたかも本物のようにディスプレイ上に、マウスひとつで切り
替え再現される。光彩を自在に操り、朝と夜とを画面上に創り出してしま
う技術は見事と言う他なかった。
置きたい所に好きな樹木を植え、シュミレーションする。全体のバランス
を考え石を据える。
純一が魔法のソフトに魅入られるように、施主も出来上がったCG画像
を見るだけで、まだ、ありもしない庭の池に錦鯉を泳がす。
純一が施主の家を辞するときには、印鑑の押された契約書とノートパソ
コンを抱えていた。
初めて純一が、CGの威力を知った時だった。
純一は深夜、便利な箱を眺め思う。0101の数字が織りなす虚構の映
像に何の意味があるのだろうか?
その虚構の映像は、庭を造る前に完成予想図として色彩を持ち奥行
きを感じさせ眼前に迫ってくる。
平図面は職人のもの。CG画像は、はたして誰のものなのだろうか?
図面がなければ、家の柱一本立たない。そんな事は純一が誰よりも判
っていた。誰かが、こういう仕事をやらなければならない事も……
技術は日々進歩している。今や高性能のCPU、大容量HDD、メモリー
が安価で手に入る時代になった。グラフィック関係のパッケージソフトも、
DOS/V 上のコンピューターで十分動く。まったく便利な世の中になった
もんだと、純一は思う。
ちょっと前まで、CG技術など体力、資金力のある大手ゼネコンしか扱え
なかった。なぜなら、設計部を社内にもち、ふんだんに人材を確保し機材
ソフトを揃えることが出来るのは大手しかなかった。
大手ゼネコンが都心に建てる高層ビルは、地域、周辺の景観などにビル
の外観が馴染むかどうか、CG技術を駆使して素材のタイルの質感、色、光
の反射、すべてをコンピューター上でシュミレートしたうえで設計する。
もちろん、施主へのプレゼンテーションという意味もあるのだが、それだけ
ではない。
基礎工、配管工、電気屋、左官屋、軽天屋、型枠大工、設計師、CAD屋、
ありとあらゆる職種の人間がひとつのビルに関わってくる、高層ビルともな
ると一発勝負やり直しがきかない。その為、大勢の職人達が動きだす前の
段階での設計を綿密に行う必要がある。CGは必要とされる技術でもあった。
いや、むしろ必要不可欠だった。
しかし、純一は思う。便利な技術も使う人間によって下衆な技術に成り下
がる。純一の会社のような、建設業界の末端である造園屋がCG技術を扱う
様になったのは、ここ最近の事だった。
純一を含め、造園屋が使うCG画像は、営業のアイティムと成り下がってい
た。施主へのプレゼンテーションの一つでしかない。騙しのテェクニックだった。
深夜の事務所、便利な箱からファンの回る音が静かに響いていた。
2
枕元に用意された薄緑色の作業着に袖を通す。純一は時刻を確認
した。
「十時か」
夜中の三時に帰宅して寝付いたのが、四時だから、うんっ、純一
は、寝起きの、ぼーっとした頭で指折り数える。
「六時間寝れたか」
やっと答えが出たところで、顔を洗いに洗面所に行くことにした。
居間のテレビから、日曜の朝、週一でやっているアニメの主人公の
声と重なるように妻が娘をなにやら叱っている大きな声が聞こえる。
蛇口からは清潔な水が勢いよく飛び出す。水流に手をあて顔を洗う。
やわらかなタオルで顔を包むように、柔軟剤の良い香りが顔いっぱい
に広がる。暫くのあいだその匂いと肌触りを楽しむのが純一は好きだっ
た。それは、自分では、掃除、洗濯、料理、何一つ出来ない純一にとっ
て妻の存在に感謝をする時でもあった。
純一はそのまま、玄関へと向かう。
「行ってくるよ」
居間に向かって声を掛けながら、作業着のポケットの中を忙しなく確
認する。
「えっと、財布っと、車のキーっと、えっと」
無意識に小さく声にしてしまうのも純一の癖だった。
「いってらっしゃあい」 娘の声が居間から聞こえた。
自宅から十五分程、車を走らせる。閑散とした日曜の道路は夏の強い
日差しを浴び熱を帯びたアスファルトがタイヤのゴムを吸い付けるように
粘っこく、カーブを切る時も道路に貼りつく一体感が良い。
景色はいつしか、街中を抜けナスやトマトが露地に実る畑や水の張った
田んぼに稲の苗が緑色の背丈を競うように直立している様が、ウィンドゥ
ガラス越しに見える。
前方右側に建物が見えてきた。
大型トラックさえも、その腹の中に格納してしまう大きな建物だ。
純一は気分良くアクセルを踏みスピードをあげる。車は程なく建物の前ま
できた。入り口の門柱には真鍮の金属プレートが貼ってあり、黒の地に金
文字で、勢多造園・資材センターとある。
「あれ? 誰かいるんかな」
鉄の重い門扉が少し開けられていた。純一は車から降り、門扉の前で
「よっこらしょ」
と言いながら、腕と腰に力を込めた。黒く重い鉄の柵の下にある滑車が
レール上を滑り始めると先ほどまで手に掛かっていた負荷が、すうっと消
えると共にレールの上を鉄の長い門扉は右から左へと流れるように動く。
純一は静かに車を門内に進める。背の高い資材倉庫は物流センターの
機能も兼ねており、トラックが横一列に五台並んで屋根の下に収まる造り
だった。電動で開閉するシャッターは全て開いており、社員の誰かが出勤
している事は、正面入り口から容易に判った。
車をプレハブ事務所の脇に停め、倉庫へと歩く。倉庫内は高い位置に吊
された水銀電灯の白い明かりだけで、中に入ると夏でも、ひんやりとした空
気が肌を包む。それは、あくまでも体を動かさなければと言う話で、少しでも
動けばじっとりとシャツに汗が滲む。
砂利が積んだままのダンプ、クレーン車、高所作業車、四トンの平ボディ
それらトラックの荷台には明日の現場で使う資材が積み込まれていた。
と、突然天井の移動式クーレンが動き出した。
「社長、危ないすっよ」
油に汚れたヨレヨレの作業着が、純一の背後から声を掛ける。純一は咄
嗟に声のした方向に振り向いた。資材部の時田だった。
「いるんなら、いるって声掛けろよぉ、びっくりするだんべぇ」
「日曜出勤んすっ、偉いっしょ」
そう言い、時田は笑っていた。純一は、まったく人をくった奴だと思った。
こいつは機械の整備をやらしたら、そこそこの腕を持っているのだが、何
処か、一本自分自身のネジがゆるんでいるのは直せないらしい。
「社長、グットタイミング」
純一は何の事が分からず首をかしげて見せた。奴は腕時計などはめても
いない左腕を曲げ、時間をみる仕草をする。
「腹へりましたね、社長」
どうやら、昼飯をおごれと言うことらしい。
「まだ、十一時だんべ」
純一は本物の腕時計を見て言った。
「甘い社長は、あ・ま・い、十二時に注文したら、長寿庵の親父がカツ丼セット
をもって此処に来る頃には、おいらの貴重な昼休みは終わってるんです!」
おどけた声で時田は、そう主張した。純一は、もう笑うしかなかった。
「わぁかった、わかった、カツ丼セットを二つ頼め」
「社長、ありがとう、おいら一生懸命働くっす」
芝居がかった大げさな仕草で泣くふりをして見せた後、顔をあげニカッと笑っ
た。時田は善は急げと、電話のあるプレハブ事務所に走る。ヨレヨレの作業着
のポケットから油に汚れた小さなネジがコンクリートの床に、ぽとんっと落ちた。
純一はそのネジを拾い上げ思った。奴の頭から落ちたのか?
「まさか」
「社長、カツ丼うまいすね」
「うん、それより駅前の電柱地中化工事、明日からだろ、四トン一台と二トン
一台か?」
「ええ、前田さんが言うには、一日六本ペースで街路樹撤去して、四トンに
三本乗っけて、畑まで二往復するって言ってたっす」
「二トンは?」
「さつきとか低木が結構あるって言ってたから、二トンはそっちに使うんじゃ
ないすっか」
「ユンボは回送してあるんか?」
「ええ、おいらが昨日回送しときました」
「時田、明日、悪りぃけどさ、でかいクーラーボックスに氷をがっちり入れて
コンビニでアイスクリーム五十個くらい買ってさぁ、現場持って行ってくんねか」
「いいすっよ、途中で一個喰っちゃって四十九個になっちゃうけど」
「ああ、好きなだけ喰え、それとな太平建設の後藤さんにちゃんと挨拶してくれ」
「は……ぃ うんぐっ、ごほっごぼっ」
カツ丼セットに付いている冷やしたぬきをすする時、気管に汁が入ったらしい。
時田はしばらく咳き込んでいたが、なんとかおさまり、また箸を持ち直し純一の
ほうに顔を向けて言った。
「後藤さん、ちにちゃんと挨拶ですね」
「後藤さん ち じゃねぇ、後藤さん に だ」
「あっ、そっすね」 時田の鼻から白い筋が、ちょろりと出ていた。
鼻水だった。純一は黙ってティッシュの箱を放り投げた。純一は時田に対して
言葉はきついが、本心では時田と話しているときは変に気張らずに楽だった。
3
1984年 冬
今にも泣き出しそうな、どんより曇った空に煙突から上る煙を純一は
忘れる事が出来ないでいた。
遺族の手で棺の中に納められた、菊の御紋が入った賜物のタバコは
親方の今生で、最後の仕事の証だった。
この年、秋口から始まった皇居の外堀周辺一帯の樹木刈り込み工事
は全国から名のある庭師が集められた。
親方も二人の兄弟子を連れて参加した。当時、二十七歳の純一は、
留守番を任され地団駄を踏んで悔しがった。
純一には、十四人の兄弟子達がいた。一番上の兄弟子とは二十才も
歳が離れ、すでに親方の元をはなれ植木屋として独立していた。
他の兄弟子達も修行を終え、親のいる国に帰り家業の植木屋の看板
を継いでいたりと、当時、親方の元に残っていたのは末弟子の純一と
二人の兄弟子だった。その二人の兄弟子を連れ、純一ひとり残された
のだから、涙が出るほど悔しがるのは当然だった。
純一はこの時から心に決めた。自分も賜物のタバコが吸えるような職人
になるんだと。
しかし、現実は残酷だった。神様はすべての人間に平等ではなかった。
その後、純一は親方が亡くなったのを期に、植木屋の看板持ちとして、
独立した。
まだまだ、独立出来るほどの腕と知識を持ち合わせていなかったが何
の因果か世間の荒波に放り出される格好での船出であった。
いざ、自分一人で植木屋です。と声を上げても仕事が無ければその日
の飯も食えない。
庭の仕事は一通り出来るが、営業やら、経営やら銭勘定が出来ない事
に愕然とした。
たまに兄弟子からもらう仕事など一年を通じて安定してあるわけではな
い。そんなものは期待は出来なかった。
「とにかく仕事だ、仕事を取らなくては始まらない」
そう自分に言い聞かせ、がむしゃらに突っ走った。
当時の純一は経営の事は何も分からなかったが、仕事を取ることについ
て目算がなかった訳ではなかった。
純一は職人として変わり者だったのかもしれない。喋り方が理屈ぽいの
だ。よく兄弟子に言われた。
「おめぇは、喋りが職人っぽくねぇんだよ。しゃんとせぇ、しゃんと」
純一はこの職人らしからぬ喋りを利用して、住宅団地を一軒一軒回り戸
を叩くつもりでいた。
さっそく、次の日から新調した作業着に身を包み“営業”へと出かける訳
だが、世間は甘くはなかった。
初めて人様の家の戸を叩く時は、正直足が震えた。
「ごめんください」
蚊の鳴く様なかぼそい声で玄関から、奥に向かって言う。もう一度、今度
は少し大きな声で、ごめんください、何の反応も無い。
最後はやけっぱちになり
「ごめんください」
めんどくさそうに奥から、家の主婦が出てくる。
「あのぉ、こういう者ですが……」
純一は名刺を差し出したきり、言葉が続かない。やっとの思いで言葉を継ぐ。
「なにか、庭のお仕事頂けたら、と思いまして」
てんで、営業になっていない。
「あっ、うちは間に合ってますから」
こんな感じで最初はスタートしたが、何軒か回るうちに純一は要領を掴み
営業トークという物を身につけていく。
初日は二十軒の家を回って、取れた仕事はゼロだった。
連日、朝八時に自宅を出て車内で地図を睨み、その日の営業先である住宅
団地を選ぶ。小は百軒から大は七百軒から成る様々な住宅団地を歩いた。
一日、八十軒から百軒回るのが限界だった。一軒のお宅に五分費やすとして
一時間で単純計算すると、十二軒回れる事になるが、実際は十軒がやっとこ
だった。一日、八時間歩き回るとする。十軒×八時間=八十軒
しかし、物事は計算通りいかない事を住宅団地を歩き始めて、二〜三日で
思い知らされた。
「ごめんください」
「うちは間に合ってます」
これだけの会話だったら一分とかからない。隣宅の戸を叩く。
「ごめんください」
「う〜ん、うちは主人が休みの日に庭の手入れをやってますから」
また、一分とかからずに撤退。
そんな、会話が立て続けに五軒もあれば、朝、自宅から出てきた意気込みも
自信も消え失せたような気持ちになり、近くの公園にあるベンチに背を丸め座り
込む事になる。こんな事で仕事取れるのか? 自問自答する。
ベンチで二十分消費、計二十五分。
純一は、それでも自分の気持ちを奮い立て、インターホンのボタンを押す日々
を続けた。そんな気持ちのなか、おじいちゃん、おばあちゃんが対応に出るお宅
は得てして、純一の営業トークを聞いてくれる事が多かった。
しかし、そこに魔物が潜んでいる事を営業の素人である純一は気づかない。
「ごめんください」
「はい」
白髪の品の良いおばあちゃんが奥から出てくる。
「今日は暑いですねぇ」
無難に天気の話題からはいる。おばあちゃんはセールスマンだと察して探
るように話を続ける。
「今日はなんの御用ですか?」
「あっ、申し遅れました、わたくしこういう者なんですが」
とここで名刺を差し出し話が切れないように、純一は続ける。
「りっぱな門かぶりの松ですねぇ、手入れの方も大変でしょう」
ここで、話に乗ってこなければ脈無しと見切りをつけ次のお宅へと足を向
けるのだが、品の良いおばあちゃんはこう答える。
「えぇ、大変ですよ、今頼んでる職人さんもいい歳で、来年もきてくれるか
どうか」
意味深な言葉に純一は心を躍らせた。もしかして、仕事をくれるかも。
「何日くらいかけて、職人はお庭の手入れします?」
質問形式にすれば、話が途切れない事を純一は経験として学んでいた。
「おじいちゃんの職人がね、ひとりで来てね、のんびりやるからねぇ、五日間
位かかるんかねぇ、それはそうと、あなた、まだ若いようだけど職人さん?」
「はい、ハサミ握る職人なんだけど、独立したばかりで固定のお客さんが
いないんで、こうやって一軒一軒回らしてもらってます」
「そおっ、偉いはねぇ、お茶でも飲んでいく?」
その言葉で純一は喉が、からかという事に気づいた。遠慮なく頂くことに
した。
「はい」
上品な紅茶とクッキーが出され、おばあちゃんとの世間話が始まった。
おばあちゃんの話題は豊富で、純一を飽きさせなかった。いつしか、聞き
役に回る純一だった。完全におばあちゃんのペースになっている。
ふと、純一は腕時計を見る。四十分経っていた。話の流れは庭とは全然
離れ仕事を頂けるのかどうか、純一は心の中で少し焦りはじめた。庭の話
に戻そうとする純一と、それを遮り自分の話しを続けるおばあちゃんとの、
攻防が始まった。この品の良いおばあちゃんのお宅に来て五十分が経過
した所で純一は気づく。
暇と金を持てあます、おばあちゃんの世間話に付き合わされただけ?
純一は見切りをつけた。
「そろそろ、お暇させて頂きます、また、何かお仕事が頂ける事がありました
ら、よろしくお願いします」
「また、寄ってくださいね」
おばあちゃんは、屈託のない笑顔でそう言った。
話好きな老人のお宅には気をつけろ。そこには魔物が住んでいる。営業
の足を止めさせる。
思わせぶり と言う魔物は純一にお茶を振るまい。時間を奪った。
この日、純一は見切り千両と言う言葉を思い出した。
北風が吹き荒ぶ北関東の片田舎はようやく冬が終わろうとしていた。そんな
時期に独立をして仕事も無く過ごしていた純一にも、均等に春の芽吹きの季節
がやって来た。
純一が初めて自分の力で請け負った仕事は庭の草むしりだった。
「ごめんください」
日曜日の玄関には旦那の物とおぼしき油で汚れた安全靴と奥方のサンダル
それと、サイズは二十一〜二十二くらいの女性物の運動靴が二組脱ぎ散らか
されていた。
庭の片隅には通学用の自転車が二台置いてあり、中学生か高校生のお子さ
んが二人いるのだなと想像が出来た。
「はい」
四十代半ばと思われる奥方が現れた。
「今日は暖かいですねぇ」
純一はいつもの通り天気の話から入った。
「えぇ、何の御用でしょう?」
「わたくし、こういう者ですが」 と言いながら名刺を差し出す。
「あぁ、植木屋さん?」
「はい、庭の仕事だったら、草むしり、枝切り一本からなんでも引き受けます」
「うちはねぇ、共働きでねぇ庭なんて見てる暇ないんですよぉ、草むしりも主人
に頼むんだけどねぇ、休みの日はゴロゴロしてるばかりでねぇ」
奥方は居間の方に声を掛けた。
「お父さん、植木屋さんが草むしりやってくれるって言うんだけど頼むぅ?」
居間からは旦那とおぼしき声が聞こえてきた。
「俺が今度の休みにやるよ」
奥方は純一と目を合わせながら苦笑している。
「いつも、ああ言うばかりでやったためしがないんですよ、それじゃ安かったら
植木屋さんに頼もうかしらねぇ、うちも今年の春から子供が全寮制の大学に
通うのであんまりお金ないから」
奥方は母屋に寄りそう形で建っている白いプレハブの勉強部屋にちらりと目
線を投げ、そんな事を言った。
「はい、安くしておきますのでよろしくお願いします」
次の日、純一は朝八時に軍手をして草刈り鎌を手に腰を屈めていた。プレハブ
部屋の前の土は黒々と肥え、少し掘り返す度に、みみずがうねうねと飛び出して
きた。春の日差しの中、体を動かし汗ばむのを感じる。
夕方、パートから帰って来た奥方に草むしりの代金を頂く。千円札五枚だった。
4
1985年 春〜
その日を境に、玉が転がるように好転しだした。二つ、三つと仕事が決まり
これで、やっと飯が喰っていけると自信のようなものが芽生え始めた。
初めて自分の営業で仕事を取った月は、草むしり、庭木の手入れ、大木の
伐採と三つだった。
翌月は五つの仕事、さらに翌々月は四つという結果だった。
仕事が決まると営業の方は一旦休んで、三、四日現場に精を出す。現場が
終われば、また営業に出るという効率の悪さに純一は悩んでいた。
月の半分は営業、残りの半分は現場とひとつの身体を振り分け仕事をこな
す日々が続いた。
一軒につき五分という時間内で、言いたい事伝えたい事を全て、しゃべれる
訳がない。ともすれば、天気の話しで時間切れであった。
なにかもっと良い営業方法があるはずだ。純一は常にその事を考えていた。
その解決の糸口は新聞配達が朝刊と共に運んでくれていた。
その朝、純一は新聞を取りに玄関を開けた。初夏のひゃっとした空気が心地
良く両手を上にあげ伸びをする。ステンレスの郵便受けには新聞紙の頭が入
りきらずに少し飛び出していた。純一は蓋を開け新聞紙の束を引っ張り出す。
その時、はらりと何かが土の上に落ちた。チラシだった。手に取り文面を見て
みる。
これだ! と思った。これで言いたい事は全て伝えられる。
その日、一晩でA4のコピー用紙に書き上げられた手書きのチラシは居間に
置かれた。
翌朝、チラシの束を抱えて住宅団地を歩く。今日一軒目の家だ。時間は朝
の九時過ぎだった。その家には営繕の職人が二人入って軒下の柱にペンキ
を塗っていた。純一は職人達に目であいさつをして、玄関を開ける。
「ごめんください」
奥からは頑固そうな顔のおばあちゃんが出てきた。
「わたくし、こういう者なんですが」
名刺の代わりに手書きのチラシを差し出す。頑固そうな顔のおばあちゃんは
チラシの文面に目を走らす。純一はハラハラとその様子を覗う。
はたして、数秒の後、頑固そうなおばあちゃんは無言でチラシを純一の手元
に突き返した。まさに突き返したのだ。その様子を庭先の二人の職人は見て
笑みを浮かべていた。
その日、純一は全てのチラシの束を自宅に持ち帰った。ちゃんとした印刷物
でないと世間は受け入れてくれないのかもしれない。そう思った。
稚拙な文面は消費者の心を捕らえるものではなかった。純一は全てが素人
だったのだ。
それから毎日、図書館に通うようになった。本の背に、広告、チラシという
文字を見つければすぐさま棚から抜き開いて内容を確認しては、参考になる
と思えば借りてくるという生活が始まった。近在の図書館はもとより、県立図
書館とあちらこちらと範囲を拡げ足を運んだ。
それと共に毎日、新聞折り込みとして入ってくるチラシに目を通した。近所
のスーパーの安売り、デパートの目玉商品のレイアウト、不動産屋の物件紹
介、どれを見ても勉強になる。皆良く考えられて紙面を飾っている。一分の隙
も無い。もっとも、これら企業は広告、チラシに莫大な金を注ぎ込んでいるの
だからそれに見合う集客がなければならない。当然、紙面には消費者に気づ
かれない戦略的なノウハウが活かされ、チラシを手にした者に、買いたいと
思わせる何かが仕込まれているのだった。純一はそれを仔細に分析した。
連日、連夜、広告との格闘だった。試作品であるチラシをいくつも作り検討
した。なんとか自分で納得する物が出来た。純一はそれを印刷所に頼んで刷
ってもらうつもりはなかった。なぜなら、印刷代を払える金がなかった。
知り合いにワープロで版下を作ってもらい、その版下をコンビニのコピー機
に入れ三百枚コピーした。とにかく資金がないので手元の三百枚で次ぎの
仕事を取って代金を頂き、その稼いだ金で、また、三百枚コピーするつもりで
いた。自転車操業をそのまま地で行く覚悟だった。
勝算がないとは思わなかった。三百枚を新聞折り込みにすれば、一軒も仕事
は取れないと考えていた。それよりもなによりも一枚につき三円の折り込み手
数料を新聞販売店にとられるのもバカらしい。ならば、自分の手で一軒一軒ポ
ストに放り込むしかない。
本の知識では、新聞折り込みは二千枚に一件の問い合わせがあるという。
純一は頭の中で想像してみた。朝、新聞が配られる。平日の朝は皆忙しい、
チラシの束はテーブルの横に置かれ新聞本紙を開く主要なニュースだけ拾い
閉じられる。掃除を終えたその家の主婦はつけ放しのテレビを見るとはなしに
新聞とチラシを手に今晩のおかずをどうしようか? と考える。近所のスーパー
の安売りを謳った派手な黄色いチラシを手にはするが、植木屋のチラシは手
にも取らない。二十枚ものチラシが毎日毎日入ってくるなかで家の主婦は自分
の興味のある内容のチラシにしか目を通さずに新聞屋から貰う紙の筒のような
形の古新聞入れに放り込まれる。
しかし、日曜日だけは例外だ。と純一は思った。
なぜなら、その家の主人が遅く起きた朝、新聞とチラシに目を通す。当然、そ
の家の主婦と興味対象が違う。庭、リホーム、日曜大工、家族で旅行などなど、
いろいろなキーワードがチラシを捲る手を止める。
純一は毎週土曜、日曜をチラシ営業の日としようと考えた。
一軒一軒ポストに放り込むという手法は新しいものであった。新聞折り込み
にすれば、何枚もあるチラシの束の中の、その他一枚にすぎない。手に取って
読んでもらえる確立が落ちる。
朝、新聞配達が配り終えた後、ポストの中が空になったところで植木屋の、
チラシが入る。家の主婦やおじいちゃん、おばあちゃんはハガキ、郵便物と
いっしょに居間に持ち帰る。目を通してもらえる確立が格段に上がると思った。
しかし、純一はどれくらい反響が来るものか皆目見当がつかなかった。
田舎の朝は早い、特に夏は雀がチュンチュン鳴きだす頃には在の畑
で百姓が鍬を持ち草むしりをしている。純一も六時には目が覚め今日
の予定を考えていた。
用意したチラシ、三百枚が居間のテーブルの上に置かれていた。
「ボロ布ねぇかい」
台所で朝食を作る母親に聞く。
「外の物干しに引っ掛けてあるだんべぇ」
純一は、あぁ、とも、うん、ともつかぬ小さな声で返事をする。
「親父は?」
「畑に行ってるだんべぇ」
台所から卵焼きの匂いがした。純一は玄関の戸を引く。
「純一、朝飯食べていくんだんべ?」 母親は被せる様に聞いた。
「ああ、ちょっと納屋から自転車引っ張り出してくらい」
純一はそう答えながら玄関の戸を引いて庭に出た。
納屋から古い自転車を引っ張り出して見る。ハンドルは銀色の光沢
を失い黒いゴム製のグリップは薄く白く埃とも砂とも判らない物が積も
っていた。この自転車は純一が十六歳の時に親に買ってもらった物だ
った。中学を卒業し、すぐに親方の元に弟子入りをした当時、この自転
車の前カゴに新聞紙で包まれた弁当を無造作に放り入れて眠い目を
こすりながら毎朝、親方の家までペダルを漕いだのを思い出す。
タイヤの空気を入れて、ボロ布で丁重に拭く。時間ばかり掛かりき
れいにならない事に業を煮やし、終いには水道栓にホースを繋ぎ水洗
いを始めた。銀色の車輪が水滴をつけキラキラと光を反射していたが、
納屋での長い時間を示すように所々にサビがこびり付いていた。
純一は朝食を手早く済ませ自転車を軽トラックの荷台に載せた。行く
先は昨晩のうちに地図を見て決めていた五百軒規模の住宅団地だ。
A4のチラシを二つ折りにして五十枚づつ輪ゴムで束ねた。ひとつ
の輪ゴムだけだと二つ折りにしたチラシの戻ろうとする力に負けてし
まう。なので、輪ゴムを二つ、三つと使い束ねた。六つの束ねたチラ
シの塊を前カゴに入れ一枚一枚ポストに投げ入れる。
最初はおどおどと挙動不審な者に見られるのではないかと、そんな
事を気にしていた。日曜日の閑散とした住宅団地に自転車のスタンド
を立てる音さえも大きく聞こえる。その度に、ドキッっとした。
「えぇい、なるようにしかならん」
そう声に出してみると度胸が据わり心が落ち着いた。碁盤の目の様
に造られた住宅団地のアスファルト道路に十円玉を落とす。チャリン
と四方に音が散ったが、そんな音を気にする者は純一ひとりだった。
ひとつひとつの家に住まう人々は個々の生活があり、ブロック塀の内
側でそれぞれが生活に忙しい。門の外側から、その家のカーテンが開
いている時などガラスサッシを通して生活が見える。居間のテレビに
はアニメの画面が流れソファーにその家の主人が座り、傍らにはオモ
チャを手にした小さな子供が動き回っている。もちろん、純一の所ま
でテレビの音は届かない。純一はさっとポストにチラシを入れ次ぎの
ポストに向かう。休日の平和な家族の絵が、透明なガラスサッシの向
こうに見えたりするが、住宅団地の住人達からは純一の存在など見え
ないのかもしれない。そう思うとチラシをポストに投げ込む事は仕事の
為の営業と言うよりも、遊びなんじゃないかとさえ思えてきた。
純一は午前中に三百枚を配り終えた。時間にして正味三時間弱だっ
た。あまりにもあっけなく終わってしまったので気が抜けた。いまま
で一軒一軒、戸を叩き営業にまわっていたのがバカらしくなった。
純一は軽トラックを停めている公園の駐車場に戻り、自転車を載せ
帰路についた。
次の日、二件の問い合わせ電話がきた。
「もしもし、勢多造園さんですか?」
「はい、そうです」
「昨日、ポストに入ってたチラシを見たのですが、竹藪の伐採とか出
来ますか?」
受話器を通して聞こえる声は中年の女性だった。
「ええ、出来ますよ」 純一は答える。
「うちは男手が無くて何年もほったらかしの状態で…… それで、昨
日ポストの中にあるチラシを見て電話をしたんですけど」
一方的に用件を喋る女性だった。
「あぁ、そうですかぁ、竹藪はどれくらいの広さなんですか?」
「母屋の裏一面が藪で、百五十坪はあるかしらねぇ、それでだいたい
費用は幾らくらい掛りますか?」
顔が見えない電話という事もあり単刀直入に知りたい事を聞いてく
る。もし、チラシ業者の対応が気に入らなければ電話線一本だけの繋
がりと割り切り後腐れがない。
「そうですねぇ、一度お庭を拝見させて頂かないと御見積も出せませ
んしなんとも言えませんねぇ」
純一は作業着と地下足袋という格好で軽トラを運転して見積もりに
出かけた。結果は二件とも仕事を請け負う形となった。
この二件の仕事を仕上げた代金でチラシをさらにコピーをした。チ
ラシを蒔けば蒔くほど仕事が舞い込んできた。純一はチラシを蒔いた
団地名と日付、枚数、問い合わせ件数を全てノートに書き込みデーター
を取っていた。新聞折り込みが二千にひとつ、ポスティングという新しい
手法は二百にひとつの確率だった。しかし、これはあくまでも電話問
い合わせの数だ。電話を貰ってからが純一の勝負所だった。施主と
会い話をしながら、見積もり提出という一連の流れの中で純一という
人間を認めてもらう。
ここで、一軒一軒、戸を叩いた経験で学んだ、いや肌で感じた事が
役に立つとは思わなかった。営業とは人間性の売り込みだと純一は
感じていた。
この人間から物を買いたい。この人間に仕事を頼んでもよいと思っ
て頂けなかったら百円の物も売れない。
純一はその事を心に刻んで、庭を拝見させてもらい見積もりを提出
した。
仕事が忙しくなるにつれ純一ひとりでは、捌ききれなくなってきた。
そこで、従業員を二人雇うことにした。何も出来ない若い衆に仕事を
教えながらでは時間がかかりすぎる。即戦力が欲しかった。純一は
近在に住む引退した職人に声を掛けた。二人のじいちゃん職人が快く
引き受けてくれた。
現場では軍手の先が凍え、北風が落ち葉を舞い上げていた。
1985年が暮れようとしていた頃だった。
時はバブル景気に突入する前年だった。純一にはそんな事を知る由
もなかった。
5
2004 夏
病院の待合所である大きなホール、横長のフラット画面を囲む様に
銀色のポールが数本並びテレビを守っていた。流れるワイドショーは
家で見るものと寸分も違わない。
純一は自分の名前が呼ばれるのを茶色の長いすに座り待っていた。
年に一度の人間ドックの日だった。検査の合間、待たされる時間がそ
うさせるのか、知らず知らずの内に昔の事を思い出していた。
1975年 夏
免許を取り立ての純一はトラックのハンドルを握り国道を走らせて
いた。遥か前方の山並みが陰りだし暗く低い雲がアスファルトに影を
つくる。
助手席から、ぼそっと声が聞こえた。
「一雨くるな」
親方の言葉が終わるか終わらないかのタイミングでポッンと一筋、
フロントガラスに跡を残した雨は、ざああっと降り出した。夏の夕立
が路面を叩き、にわかに風が動きだすのを感じた。アスファルトの熱
がもわっと立ち上がり、それも暫くすると風に流されゆく。
ハンドルを握る純一はそんな夏の夕立が好きだった。
「涼しくなっていいすね」
「そうだいのぉ、涼しくならいのぉ」
親方はそう相槌を打ち、山に掛かる雲を指差し、さらに言葉を重ね
た。
「雲っうのは通り道があるんだいの、よく馬の背を分ける様に降るっ
うけどありゃあ本当だいのぉ、今、桃源橋っう小さな橋を通り過ぎた
んべ、そこが目印だいの、そこっから先ゃぴたっと道は乾いてるど」
自然の中に生きる者は肌で感じる事をそのまま言葉にする。
「純一よぉ、おめえは人に使われるな、人を使う側になれその方が、
おめえの性に合ってる、職人てぇのは銭勘定が出来ねぇんだよ、良い
職人てえのは創る事に喜びを感じるだいのぉ、その他の事にあまり頓
着しねぇんだいのぉ食うことや着るもんなんか気にしやしねぇ、人間
としちゃ何か欠けてるんかもしれんな、純一、おめぇもいろいろな施主
の家見て判るだんべ、お屋敷とか百万長者とか言われるその家の旦
那っのは、たいがい会社の経営者だいのぉ、良い経営者っのも人間に
しか興味がねぇらしい、これもまた人間として何か欠けてるんかもし
れんの、だけんど、その欠けた部分が人を人として魅せるだいのぉ、
職人も経営者も目指す所は一緒かもしれんな、職人も経営者も大往生
するときぁ良い顔になってやがらぁ」
若い純一は、親方の話が唐突すぎて飲み込めなかった。ただ、お前
は職人に向いていないから、人を使う側になれ、という言葉だけが心
に引っかかった。
「勢多さん、勢多純一さん、五番のレントゲン室へどうぞ」
純一は看護婦に呼ばれ、過去への回想を中断した。
6
2004年 夏
「ちわっす」
ドアを開けた瞬間、室内の冷気が時田の頬を撫でた。
プレハブの現場事務所で書類に目を通していた後藤は顔を上げ
出入り口のドアを見る。
「ああ、時田さんじゃないですか、久しぶりですねぇ、どうぞどうぞ
入ってください」
後藤は顔を崩し、そう言いながら時田を招き入れた。
「勢多社長もいっしょですか?」
時田は大型のクーラーボックスを重そうに両手で抱え持ち、ガタゴト
と騒がしく床に置き、ふっと一息つき、解放された右手の親指を立て
「うちのこれは病院っす」
「えっ、勢多社長、入院でもしたんですか?」
「いえいえ、なんたらドックとかっう検査らしいすっよ、それよか後
藤さん、これこれ」
時田は床に置いたクーラボックスを差し、自分で効果音のつもりか
「ジャージャジャーーーン」
と言いながら蓋を開けた。
「おっ、差し入れ? すごいねぇ」
「すごいっしょ」 時田は狭い室内を見渡し、冷蔵庫に目をとめる。
「最近の現場事務所ってなんかすっきりしてるんすねぇ」
「レンタル、レンタル」
「えっ、この現場事務所ってレンタルなんすか?」
「そうだよ、外から床下の鋼材見てみ、ホークリフトの爪が入る様に
なってるから、朝一番で大型トラックがきて荷台に載っけた現場事務
所をポンッって落としていくだけ、このクーラーと小型冷蔵庫なんて
初めから標準で付いてるんだから」
八畳程の室内は白の化粧ベニヤで統一され、天井の片隅には備え
付けのクーラーが静かに冷気を製造している。灰色のスティール机が
三つ配され、コーピー機が音を発て紙を吐き出していた。小型冷蔵庫
が角に置かれ。壁の一面を利用して大きなホワイトボードが掲げられ
ている。ホワイトボードには今月のスケジュールがびっしりと書き込ま
れていた。
後藤が説明をしている最中、ドアの外に人影が立っていた。勢多造
園の前田だった。後藤は窓の外にいる前田をいち早く見つけていたが、
時田は話しに夢中で気づかない。前田の手がドアノブに触れ静かにド
アが開かれた。
「ところで、うちの現場部隊は、まじめに働いてるっすか?」
「おいおい、そんな偉そうに……」 と後藤が言いかけた。
バタンっとドアが閉まり、前田は入ってくるなり、時田の首根っこを押
さえ、 「時田ちゃ〜ん、現場部隊は暑いんですよ〜」
「あぁっ、ま、前田さん……」 時田はそのまま前田に襟首を掴まれた
まま灼熱のアスファルト地獄である現場に連れられて行ってしまった。
保
守
319 :
名無し物書き@推敲中?:04/09/08 18:12
保守
320 :
名無し物書き@推敲中?:04/09/08 18:46
凄いな、ちゃんと書いてる
さてさて、今宵は何を書きましょう
森の中
羅針盤手に
方角を
象にまたがり
真理の旅人
正の文字
義にして大義
とはいかに
はめつの始め
何処にみつける
月夜にて
光の鏡
日のうらがわで
のはらに遊ぶ
光のうさぎ
月のかげ
あかりの影に
かなしみが
りせいでかくす
影の糸かな
月の船
時の船とも
数えしも
日の櫓に漕ぎし
月に旅する
やまの中歩いてみれば
さきみだれる花ばなに
しばし、目を止め
さまよえば
ときのたつのも忘れ
はなの香に酔いしれる
つつましく咲く花を
つみたいけれど
みるだけに
こんどの花は
むりをせず時間かけて
愛の花を育てようかな?
?
ERRORです
ERRORですって
ERRORです
なにがなんでも
ERRORです
ERRORなんです
ERRORとかいうな
だってERRORなんですから
ERRORをバカすな
バカしてませんERRORですから
ERROR ERRORうるさい
うるさくないです
ERRORですから
ERRORですERRORです
ERRORなんです
もしかしてERROR好き
大好きなんです
ERRORじゃなきゃダメなんです
ERROR食べていいですか
ERRORは食べちゃダメです
だってERRORですから
ERRORなんです
ERRORていうな
闇の中に一歩足を踏み入れ、以外と心地良い事に気づく。
しっとりとした空気が肌を包み月のあかりから逃れ、隠れる
よう身を隠す。
「そんな時があってもいいでしょう?」
誰に問い掛ける訳でもなく、独り言。遠く近く、聞こえる蟲の
声、眺めながら、ゆっくりと闇へと身を沈る。闇のなかに風が
起こり指の先を舐めると風が螺旋を描く。
黒い雨が降ってきた。白いTシャツは、まだらに染まり、やが
て闇へと同化する。
黒い着衣の、通行証を手に入れた私は自由に闊歩する。
月夜の道は御用心、決して笑ってはいけない。月明かりに
照らされた、あなたの白い歯があなたの居場所を示してしまう
から。
土地というものは恐ろしいもので、その上に住んでいる者の運命
さえ変えてしまう不思議な力を持っているものなのだ。
この事はいまだかつて、誰にも話したことはない。
無性に話してしまいたくなる時、俺はぐっとこらえてきた。今から、
ここに話す事は作り話だと思って聞いてくれ。
俺の仕事は 光る土地 を探し当てること。光る土地ってなんだ?
こう聞かれると困ってしまうのだが、簡単に言うと、例えば、この土
地にラーメン屋を出店したら必ず客が入る。 という土地を俺は光る
土地と呼んでいる。
その光る土地を探し出し、俺は依頼主に報告する。たったこれだけ
の仕事で、その土地に建つ店舗の総建築費の10%が俺の懐に入る。
それは設計師が描く建築図面と同等の歩合だ。
それぐらい、オーナー達は立地というものに拘った。
どんな商売にでも当てはまると思うが、立地、如何によって売り上げ
が天と地ほど変わってくる。特に飲食店、風俗店等は影響が甚だしい。
その為、店のオーナーは、俺みたいな人間を使う。
ゆらゆらと揺れる水面を眺めていた。遠くの山並みが茜色に染ま
り、川の流れが、いくぶん穏やかに感じる。肌に刺さる日差しも影を
潜め、やわらかな風が頬を撫でた。
遠く近く、牛蛙の鳴き声が聞こえる。何匹もの蛙達が、葦の根元に
隠れ合唱してくれていた。川岸の道路を走る車列のテールランプの
赤が、点々と色濃なり、闇が訪れる事を告げていた。
いつしか、蛙の合唱も止み、風が止まった。先程まで、揺れていた
水面も油を張ったように動いていない。
「きた」
竿の先に垂れている糸が、ピクッ と震えた。瞬間、浮きが水中に
吸い込まれる。
迫る闇と、魚とが一体となり、糸の先で蠢いている。ぐっと竿先が、
しなり川の深みへと魚は誘う。
「釣っちゃいかん」
突然、大声が聞こえた。いや、耳に聞こえたのではなく、脳に直接
響いた。
その一瞬、手に掛かる重みが弾け、軽くなり反動で竿先が頭上を
越え、川べりに尻餅をついた。呆然と闇の中、小石の上に胡坐を
かいていると、牛蛙の合唱が耳に響き、それに合わせるよう無数の
光が舞っていた。蛍だった。
俺はフリーの立場で、今の仕事をしているわけだが、看板を出して商
売をしているわけではない。口コミで仕事が舞い込む。依頼主は全て
飲食店のオーナーだ。
この光る土地と言う呼び方は、俺がひそかに心の中だけで呼んで
いるだげで、依頼主への報告書には候補地と記した。
不思議な事に俺の選んだ候補地の近くには決まって、墓場や霊園の
類があった。
通常、出店計画を立ち上げ、候補地を選定する際、近くの行楽地から
の幹線道路の土日、平日の交通量を調べたりするが、俺はいっさいそ
んな事はしない。
俺は不思議な能力を持っていて、その土地を見るだけでそこに住
んでいる人の健康状態やら、家主が持ち得る運の有無などが分か
ってしまうのだ。いや、正確に言うと見えてしまうのだ。
どのように見えるかというと、光って見えるのだ。その家なり、店補
なり、空き地など境界線に沿って緑色に発光して見える。家人の健康
状態などもその土地の樹木が俺に教えてくれる。
事実、俺の眼には土地が光って見えてしまうのだからしょうがない。
あぁ、俺はこんな事を話していいのか……
それと、決定的な“者”が視えてしまうことも……
蛍に導かれるよう右足からゆっくりと水の中に入る。冷たい感覚が
足首へと伝わり、やがて、ふとももから胸へと水面が移る。
もう一歩、と踏み込んだ。川底は深く、脚は水中を滑ると同時に全身
を没した。 ここで記憶が途切れた。
目が覚めた。ゆらゆらと揺らぐ川底の空き缶が、まるで意思を持ち動
いているよう見え、上を仰ぐと水面に射す月の光が歪んで笑っていた。
深く、暗い川底を歩くと、私の身体はゆらゆらと揺れ、水草と同期する。
水草の根元には、銀鱗を潜め休む魚の姿があった。よく見るとあちら
こちらに、魚たちの姿をみつける事が出来た。
錆びた自転車が、川底の砂に車輪の半分まで埋まりハンドルを上に
立っていた。私はその自転車にまたがり、川底を海まで走ろうと思った。
十年前のある暑い夏の日だった。当時、俺は大手コンビニの店舗
開発の仕事をしていた。
一本の茶柱が浮きつ沈みつしている碗の中に、ふうっと息を吹く、
茶柱を避けながら、すする緑茶が旨く感じる。
夏の強い日差しを遮るかのように、紺の暖簾が風に揺れ店内に
涼を呼ぶ。
「おまちどうさま、今日は暑いだんべ」
腰の曲がった、おばあちゃんの皺くちゃな顔から笑みがこぼれる。
テーブルの上に置かれた小皿には、串にささった団子が三つ並ん
でいた。
俺は団子を運んでくれた、おばあちゃんに聞いてみた。
「そこに見える霊園は、どこのお寺さんが管理しているのですか?」
「あぁ、そこかい延暦寺の霊園だね、だけんど、管理は管理専門の
石材会社がしているっう話だねぇ、あんたぁ、お寺さんに用事で来な
すったんかい」
「いえ、そういうわけじゃないんですが」
俺は名刺を差し出した。おばあちゃんは手の中にある名刺を眺め、
「あぁ、不動産関係かなんかの人かね」
「まぁそんなとこです」
団子屋の店先にある道路を挟んで、向かい側には霊園の境界線
と言うべき灰色のコンクリートの壁が長く続いていた。
打ち捨てられた黒電話が見える。黒い海底ケーブルの様な物が川底
を這い、私はそのケーブルに沿い海まで行こうと自転車のペダルに靴を
のせた。
ゆらゆらとペダルを漕ぐ脚は歪んで見え、力がはいらず川底の砂に
車輪は喰われ前に、のめり込む。歪んだ世界の法則に身体は馴れず、
少し戸惑う。時間の呪縛から開放された身体は少し軽く、また、少し頼
りなかった。肉体に依存していた時代の“キオク”が薄れ、錆び付いて
動かなくなりつつある。
私は自転車を漕ぐことを諦め、黒電話の受話器を手にダイヤルを回す
と発信音が川の水を震わせ、鼓膜に伝わる。不思議な事にこの電話は
何処かに繋がっているようだった。
ガッチャ と相手が受話器を上げる音がした。ケーブルの向こうに居る
相手の声と雰囲気が、受話器を通して伝わりくる。相手は過去の自分で
今の自分ではない。肉体を持つ自分はケーブルの向こう側で、今の自分
は川底で揺らいでいた。そんな様子をナマズが空き缶の陰から見ている。
私はゆらゆらと揺らぐ空き缶から目線を上にする。水面に射す月明かり
が冷たく、蒼く、夜の世界を支配していている。ナマズの髭が、ぴっくんと
動き水面が波立った。波がたつ度、白い小さな気泡が無数に生まれ消え
する。川底から見た世界は人の生き死にを操るかの如く月の引力に一喜
一憂し月に支配されている事を悟る。
私は受話器から流れる息づかいに、己の過去を思い巡らす……
別れたあの人とデパートの入り口、人波のなかですれ違った。
お互いがすれちがって他人のように表情ひとつ変わらなかった。擦れ
違った後、おたがい同時に振り向いた。
ほんの一瞬だった。声もでなかった。 2人とも……
その後、何もなかったように、別々の方向に歩いていった。あの人と
擦れ違いざま硝煙の匂いが鼻腔をついた。
一年前の記憶が蘇る。私は指先に残った火薬の匂いを思い出してい
た。確かに、あの人はあの時、死んだはず……なのに……
「トカゲのしっぽ切りか」
私は本気だったのに……
あの人との出会いは巧妙に仕掛けられた組織の罠だった。
「別な形で出会いたかったね…… もし、生まれ変わった…… ら……」
と、あの人は最後に言った。
しかし、その言葉も最後まで聞く事は叶わず銃口の先にあなたは倒れ
ていた。
人の別れと出会いとは螺旋階段を登り降りするようなものかもしれな
い。
遠く赤く落日する太陽。オレンジ色のひかりが螺旋階段に射している。
私はその西日に照らされた鉄のDNAを見上げていた。
所々、黒の手すりが錆びている。まるで記憶の棘のように、、、、
狭い店内に目線を移すと、客席は八割方埋まり、店内は静かだが
それなりに繁盛しているようだった。しかし、通常と違うのはテーブル
着くお客、ひとりひとりに、その“者達”が付いている事だけだった。
その“者達”とは、この世の者ではなかった。食べ物屋で繁盛して
いる店は、大抵、その“者達”が、この世の者の身体を使い丼物や
ラーメンなどを食べている事が多い。
この団子屋もそのような店の一つだった。働いている者には害は
なく、むしろ、商売が順調に行き良い。
その“者達”の姿形は餓鬼そのもので、客の脇で手づかみで団子
掴み、串ごと口に放り込む。串の尖った先が頬を破り飛び出してい
てもかまわず、次ぎ次ぎと団子を喰い散らかす。そんな、有様が見
えてしまう俺は、食い物に興味が持てなくなってしまった。
やつらは俺の存在を判るらしい、いや、俺がそのような能力を持っ
ている事を知っているらしい。
というのも、俺に目線をあわせウィンクする“者”がいるという事だ。
その“者達”と話しはしたことはない。だから、らしいと確信が持てな
いのだ。
そうそう、この団子屋は結局、土地が狭く両隣の民家を合わせても
コンビニの店舗と駐車場が確保出来なかったので、候補地から外し
た。灰色のコンクリートの壁から、ぞろぞろ出てくる、その“者達”には
それで良かったのかもしれない。
今、これを読んでいる、あなた。ふと、焼き鳥屋の店先で匂いにつ
られ、暖簾をくぐる事はありませんか?
車を運転していて、ふと、喉の乾きを覚えコンビニに立ち寄る事は
ありませんか?
その“者達”が、あなたの身体を使い飲み喰いをしているのかもし
れません。そんな時、周りをちょっと見てください。
近くに墓地や霊園があれば、俺が選んだ土地に建った店かもしれ
ません。
土地というものは恐ろしいもので、その上に住んでいる者の運命
さえ変えてしまう不思議な力を持っているものなのだ。
水気を含んだ夏の紅い月はやがて、季節の移ろいと共にやわらかな
黄色を帯びた月へとその姿を変え中空の夜空にぽっかり浮かぶ。
夏の降るような蝉時雨に替わり秋の夜長を鈴虫の音が耳をくすぐる。
陽が沈み夜になると少し肌寒いくらいの風が母屋の裏手にある竹薮の
葉をカサカサと揺らした。私は縁側で一人そんな鈴虫と風の合唱を聞き
ながら、まんじゅうを片手に緑茶をすすっていると、隣の誠一郎が息せき
切って走り寄ってくる。すると縁側の淵に腰掛け荒い息を整えながら、
「どぅやら日本も戦争に突入するらしい、今年の冬は大変な事が起こり
よる、章介さんも気いつけないかんよ、これから物が不足するよ」
どこで聞きつけたのか誠一郎はそんな事を真剣な顔で言う。
「まぁ、お茶でも飲んでいきなぃや、茶碗がないからこれでええな」
私は自分の碗を手に取り中身を庭へと腕を振り放った。急須に残った
冷めた茶を碗に注ぎ誠一郎の前に出した。
誠一郎は、よほど喉が渇いていたのか喉仏をごくりごくりと言わして
一息に飲み干した。
と、思ったらすぐに慌しく席を立ちながら、「ふぅ、旨かった」
席の温まる暇なく他所へと飛ぶように駆け出す。闇の中に消えそうな
誠一郎の背に向かって大きな声を出す。
「おい、何処いくんじゃい」
「まだ、まわらならん所があるんじゃ」
軍靴の足音が遠く近く聞こえてきそうな、昭和十六年、九月末のこと
だった。
ワハハハ、おもろいんじゃーーーーーーーー。
混沌じゃーーーーーーーーーーー混浴じゃないぞ!
寝よ。おやしみ〜〜
日の光 月の光と 刷りあげる
神がつくりし 日記帳
言の葉で 描きし波の 写し世に
おもろない おもろない夜を おもしろく
静の砂利 動の砂利敷き 庭の妙
三点の 庭石据えて 宇宙見る
鉱石で 描く山水 滝流れ
主木に松を据え置いて 脇を固める
紅もみじ マキの副木に 石が映え
「こんなきっつい事、なんでしているんだ俺は? 文字の神様を余程
怒らせたとしか考えられねぇ、罰として書かされているとしか思えねぇ」
だけんど、また明日んなりゃ、キーボードを叩く俺がいるんだんべな。
書いてるときゃあ楽しいかんな。
寝る。
7
2004年 秋
暖簾をくぐり格子の戸を、ガラガラッと引くと店内から威勢の良い声
が響く。
「いらっしゃいませ」
「一人なんだけど、座敷いいかな? 後からもうひとり来るんだよね」
純一はカウンター越しに店主と話す。
「ええ、いいですよ、どうぞ奥の座敷使ってください」
二人の会話を側で聞いていた若い店員は良く冷えたおしぼりを片手
に口を開く。
「どうぞ、こちらへ」
店員の後ろに従い、いつもの席へと案内された。
「今日は暑いねぇ、とりあえず生ビールくれる、悪いねぇいつも我が儘
言っちゃって」
「いや、いいんすよ、この時間帯はまだ、暇ですから大将なんか仕込み
終わってお客さん入ってこないから、カウンターの中で居眠りしそうだっ
たんすよ」
若い店員は笑いながら言う。すると入り口の方から戸が開けられる音
がした。純一に、ごゆっくりと言うがはやいか、店内に大声が響く。
「いらっしゃいませ」
純一は腕時計を見る、午後五時を少し回った所だった。今日は久しぶ
りに羽田と会う約束をしていた。
約束の時間まで、まだ少し余裕があるようだ。冷えたおしぼりで首の
まわりを拭く、ひんやりと心地よい。先ほどの若い店員が、中ジョッキを
手に、こちらに来る。
「おまちどうさまでした」
テーブルの上に置かれたジョッキをさっそく手にし、一口、喉に流し
込む。美味いと思った。いつ来ても変わらない味が此処にあった。
実際はビールメーカーの都合で味は変わっているのだろうが、この
店の雰囲気が、純一に同じ味だと思わせていた。
ビールのジョッキを手に十三年前の事を思い出していた。ちょうど、
この居酒屋のこの座敷だった。あの時と同じ窓から今も変わらない
景色を眺めている。
当時、純一は植木屋として独立し会社組織としてやるか、このまま
一人親方としてやっていくかと悩んだ末、会社組織としてやっていく事
に決めた直後だった。
純一にとって、その決断は職人として生きる事をやめるということだっ
た。
と、同時に従業員を抱え会社を興す事は人生の転換期でもあった。
十三年前の情景が脳裏に浮かぶ。
当時、三十歳だった。職人として脂が乗りかかってきた所だ。円熟し
た渋みは無いが、その分体力で勝負が出来た。
「ふぅ〜ん」
羽田は手にした、安全協力会と書いてある小冊子を読みながら唸っ
た。羽田の、ふぅ〜んと言う相づちは彼の癖で、“ふ”にアクセントを置
くか、“ん”にアクセントを置くかで意味が大きく変わる。
今回の、ふぅ〜んはおそらく少し驚きの意味が含まれているようだと
純一は感じた。
「純よぉ、おめぇ、よくこんな仕事やる気になったな。高速道路の草刈り
なんて、重労働の割に単価はいくらにもなんねぇだんべ」
純一は白い泡が消えかかった生ビールのジョッキを手に答える。
「従業員を遊ばしておくわけにいかねぇからなぁ」
居酒屋の座敷で、二人の男が陽に焼けた顔をほころばせながら生
ビールのジョッキを傾けていた。
羽田は純一のジョッキにちらりと視線を投げ確認をした。
「おっ、ねぇちゃん、ポテトフライ追加でひとつくれる。塩を多めに振って
ね。あっそれともう一杯、お代りね」
羽田はアルバイトの店員に、ジョッキをテーブルから、ちょっと上げて
見せ、大ね、大、とジョッキの大きさを指定していた。
アルバイトの女の子も、心得たものでさっと伝票に記入し、店の制服
である、派手な法被をひるがえして狭いホールを活き活きと動き回る。
純一は県でも、中堅どころに位置する建設会社から仕事を貰うことに
した。その日、その会社が年に一度行う安全大会に出席した帰りだった。
安全大会とは、建設会社がよく行う年次報告会兼ねた結束固め式みた
いなものだった。下請け企業を一堂に集め開会式から始まり昨年度の
工事実績、事故報告、事故対策については東京から偉い先生が来て
三十分間講演を行った。閉会の宣言が聞かれたのは一斗樽の鏡が割ら
れて三時間後だった。
羽田は小冊子を興味なさげに捲っていたが、組織図が書いてあるペー
ジで手を止めた。
純一はそれを見て羽田の質問に先回りするように言った。
「ピラミッドだんべ。今日の安全大会に来ていた下請け企業は五十社
くだらなかったぞ」
羽田は一言で切り捨てた。
「江戸幕府だな」
そうかもしれないと純一は思った。ゼネラル・コントラクター=総合工事
請負業者、いわゆるゼネコンと呼ばれる大企業は中央の東京に拠点を
構え幕府となる。各県の中堅どころの大名たる建設会社を配下に置き、
下請け業者育成という名目で親睦会を結成する。全国各県に勢力を拡大
する為、営業所を作る。営業所は地方での仕事確保と配下の地方大名と
中央とのパイプラインともなる。
ゼネコンという幕府は年に一度、参勤交代のごとく地方大名を東京に
集めた。全国から集まる顔ぶれはそうそうたるメンバーだった。大名も
国に帰れば、殿様だが幕府の前では一武将にすぎない。
純一はそんな事をぼんやり考えていたら、羽田が口を開いた。
「純、兵隊になったんか?」
少しさびしそうに羽田は言った。
純一はこめかみに手を添え、考える態をしてみせた。
「あのな、それを言うなら足軽だんべ」
とそこへ、先ほど注文したポテトフライがきた。
「おまちどうさまでした。以上で注文よろしいでしょうか」
テーブルに皿が置かれると、すぐに羽田は手を伸ばしポテトフライを指
でつまみ上げ、ひょいと口に放り込む。ニャリと笑う。
「あぁ、一番最初に火縄銃でうたれちゃう奴な」
羽田は口の中でもぐもぐさせながら、続けて言う。
「純が足軽なら、俺はさしずめ野武士ってとこだな」
純一も負けてはいられない。すかさずやり返す。
「あぁ、野武士に近い山賊かもしれんぞ」
純一と羽田は若い時からの友でありライバルでもあった。職人として
仕える親方は違ったが同じ造園業を生業としていた。
純一はいつ見ても変わらない景色というものが身近にあるという事に
感謝した。この座敷から眺める空、風景がとめどなく、いろいろな事を思
い出させてくれる。あれは初めて高速道路の草刈りをやった時だった。
五人の男達は高速道路の土手を見上げ作業を始める前から自分の
背丈ほどもある草の海を、目の前にして仕事に飲まれていた。
「これ七キロもやるんかよぉ」
若い職人の呟く声が風に流れた。
高速道路の土手下を走る側道脇に一直線に伸びる高さ三メートル
ある鋼鉄製の柵に設置された扉には、近在の子供達が入れないよう
に、拳大の南京錠が掛けられていた。
純一はその南京錠に鍵を差し込み、自分の背ほどある草むらに足
を踏み入れた。
傾斜角、四十度はあろうかと思われる土手に立つ。身体を前のめり
にしながらバランスを取る。一歩、二歩と慎重に傾斜を登る。地下足袋
が朝露に濡れた草に滑る。続く職人達もてんでんに足を滑らせる。後方
で一人の若い職人から素っ頓狂な声が漏れる。
「痛っ」
草の中から男達の笑い声があがった。
「ていらの所と違って、容易じぁねぇのぉ」
年老いた職人がそんな事を言った。その言葉はここにいる職人達の
胸の内を代弁するものだった。
頭上を見上げてみても草の波しかない。草の海だった。
傾斜を十メートル上に辿っていけば、関越自動車道の本線だった。
しかし、土手の上まで行かないと車道を流れる車の姿は見えない。ただ
車の風切り音しか伝わってこなかった。それも草刈り機のエンジンを掛け
ればその音によってかき消されてしまう。
草刈り機の肩に食い込むショルダーベルトの重み、夏の容赦ない太陽
が青い空に貼り付いて、額から流れる汗を作業着の袖で拭う。もわっとし
た空気が立ち上がり草の匂いを微風が運ぶ。
と同時に20ccの小型エンジンからはオイルが焼ける匂いの混じる排気
が背丈ほどの草間を白く流れた。手を休めた先には永遠と続く草原が風
にそよいでいた。純一はまるで自分達がアリにでもなったかの様に錯覚
する程、草を刈っていく歩みが遅く感じられた。
居酒屋の店内は徐々に客が入ってきて活気を帯びてきた。純一の横
顔は外から差し込むオレンジ色に染められていく。ガラスサッシの内側
に設えた障子は開け放たれ透明なガラスの向こうには大きな夕日が沈
もうとしている。純一は思った。昔を懐かしく思い出すようになったら職人
としてはお終いかもしれない。それは焼きが回り仕事中に怪我をすると
いう事を意味した。
若い時分、仕事の段取りに失敗した時はその晩、床の中で何度も何度
も場面を心の中で思い出し反芻する。クレーン車で一トンの石を吊る。
ワイヤーの位置、トラックのアウトリガーは安定しているか? 青い空を
見上げ電線に引っかからないか? 誘導ロープは? 歩道の安全確保、
それらひとつ、ひとつ点検しても事故は起こる時には起こる。経験不足か
慢心のどちらかだった。トラックの自重が三トン五百、石が一トン。
合計四トン五百の重みが車体横から伸びるアウトリガーと言う二本の
足に掛かる。その足のひとつが側溝の蓋の上だったら厚さ五センチのコ
ンクリートの蓋などあっと言う間に真っ二つになってしまう。トラックはその
まま横転して無残に腹を道行く人々に晒してしまう。
そういった失敗を反芻しながら思い出す事は大切なことだった。しかし、
今の純一はそういった事とは違った意味で昔を思い出していた。
と、そこへ真っ黒に日焼けした顔の羽田が現れた。
「よっ、久しぶり」
時刻は、ぴったり六時だった。
8
1995年
関節の節々が太く親指の爪が横長にしっかりと張っている。物を掴む
仕草に落ち着きがあり、風格さえ感じる。ごつくて厚みのあるその手が、
スコップの柄を握り、腕を振り子の様に動かし地面に円を描いた。
「こんなもんだいなぁ」
羽田はスコップの柄を手に樹高七メートルの黒松に寄り掛かるように
円の中心に立ち皆の顔を眺めた。
若い職人が口を開く。
「根鉢がでっけぇすねぇ」
羽田は名前も知らない若い職人に向かい教えるように話した。
「樹齢三十年越えてる松だかんのぉ、少し多めに土を残さなきゃ枯れちゃ
うかんのぉ、俺みてぃな職人が樹、枯らしちぃまったら飯の喰いあげだい
のぉ、あんちゃんとこの親方に呼ばれた意味が無くなっちまうだんべ」
そう言い、陽に焼けた顔をほころばせた。
羽田の立場はこの現場では雇われ親方みたいなものだった。知り合い
の親方に乞われて仕事の急所となる黒松の移植だけを請け負ったのだ。
初めて顔を合わせる若い衆を教えながら指揮していかなければならなか
った。
二ヶ月前の事を思い出す。
羽田は神奈川県のとある御屋敷で黒御影石造りの塀を手掛けていた。
その工事は基礎部分を含め高さ二メートル強の総黒御影造りで、中央
に瓦屋根を乗せた正門を設え直線距離にして六十メートルの施工だっ
た。三時の一服どきに羽田の携帯電話が胸ポケットの中で鳴った。
「はい」
「もしもし、安岡だけど」
低い厚みのある声が携帯の向こうから聞こえてくる。
「あぁ、親方どうも御無沙汰してます」
羽田は昔、世話になった親方に丁重に挨拶をした。
「どうだい、忙しいかい?」
羽田は日本全国を自分の腕一本で渡り歩いていた。あちらこちらの
親方衆、施主から直接、声が掛かり旅から旅の連続だった。
「今、神奈川にいるんですよ、この現場が終われば暫く身体を休めよう
かと思ってるんすよ」
羽田が請けた現場は始まったばかりだった。あと一ヶ月以上かかる
だろうと思った。
「いや、実はな松の移植を頼みてんだよ、うちの若い者をテコに出すか
ら根巻きをな仕込んでもらいてんだよ、二ヶ月後くれいを予定してるんだ
がな、もちろん滞在費、交通費は面倒みるからやってくんねぇか?」
昔から雇い主が職人の滞在費から交通費、全て一切合財を面倒みて
くれるしきたりになっていた。それは、江戸時代の絵師が庄屋の屋敷に
泊まり、食事その他一切合財を面倒みてもらいながら屏風に絵を描くの
に似ていた。屏風に絵を描く代わりに庭というキャンパスに樹木と石で絵
を描く違いだけだった。
「ええ、いいですよ」
「そうかい、そうかい、詳しい話はまた後で連絡入れさせてもらうよ」
電話口の向こうにいる安岡の親方は明るい声音で会話を締めた。
そんな経緯でこの現場に立つ羽田にしてみれば若い衆に教える事が、
目的だった。
羽田はトラックの荷台に、ニ、三本無造作に転がっているスコップを手
に取り切っ先を確認した。施主の庭では若い衆が四人、黒松を取り囲ん
で作業をしていた。黒松の周りの土を掬い取るバケットが滑らかに動き、
円を描くよう掘り進められていく。慎重にユンボの操縦席でレバーを握る
若い職人を少し離れた位置で羽田は眺めていた。何事もやらせてみなけ
れば覚えない。肝所だけ口を挟めばいいと考えていた。
「良し、掘り方ヤメ! そのぐれぇいでいいだんべ」
若い職人はヘルメットのつばに手をやり、ぐいっと押し上げ羽田の方を
見やり了解した。ユンボのエンジン音が穏やかになると同時にバケットの
動きも止まった。羽田は皆の前にゆっくりと歩いていく。
黒松の根元は寸胴の形に土が掘り起こされていた。これを独楽の形に
スコップで慎重に削っていかなければならなかった。この時点ではまだ、
芯となる太い根が一本真っ直ぐ下に地中に伸びている。その芯となる根
を補佐するように、これまた太い根が東西南北に四本横に張っているの
が常だった。樹高七メートルクラスの松だと芯の太さは直径二十センチに
もなる。羽田は口を開いた。
「よっしゃ、ふんどしは明日、巻くど、そん時、縁を切るかんな」
若い職人達は皆、真剣に羽田の顔を見つめた。
「よっしゃ、スコップで削っていくべ」
その声に押されるようにトラックの荷台に若者達は走った。てんでんに
スコップを手に羽田の前に集まる。
羽田は四人の顔をゆっくりと見回し、ユンボに乗っていた若者の顔に
留める。その若者は雷を落として吊るし上げに堪えられる人材だと思っ
た。羽田は腹に力を込めた。ユンボの若者に向かってゆっくり声を出す。
「スコップ見せてみろ」
おずおずと羽田にスコップを渡す。
「ダメだ、こんなんじゃ、ダメだ」
言下に一刀両断した。皆、一斉に下を向き手元のスコップを見た。羽田
は笑いそうになったが腕時計に視線を投げる事で堪えた。まだ、午前中
の十一時だった。羽田はユンボの若者だけに向かって口調を厳しく言う。
「いいか、料理人がキャベツの千切りをする時ゃあ包丁を研ぐだんべ、腕
の良い料理人が切ったキャベツは二日目の朝になっても切り口が茶色に
変色しねぇんだよ、弁当屋のスライサーで切った千切りキャベツは一日で
色が変わらぁな、何でか分るか? 研ぎの入った刃物でスパッと切るから
切った断面の細胞をあまり壊さねぇんだよ、壊しても最小限だ、なまくらス
コップで毛細血管みてぇな繊細な根っこを、ぶった切ってみろ、断面が
ぐちゃぐゃだいな、それこそ、根腐れおこすど」
羽田はここで一旦、話をやめ一息、間をとって続ける。
「いいか、松も人間といっしょだ、生き物だぞ、声こそ出さねぇけど、切った
ら痛てぇんだぞ!」
羽田は四人の若者に聞かせるように、大きな声でユンボの若者に向か
い言った。
「よっしゃ、今日はこれであがるべ、皆は会社に帰って道具の手入れしろ
お疲れ」
そう言い、ひとりですたすたと自分のトラックに乗って走り去ってしまっ
た。その夜、羽田が泊まっている民宿に安岡の親方から電話が入った。
「はい、羽田です」
「おお、羽田か、相変わらず厳しい躾だいのぉ、おめえも、ちったぁ銭の
計算してくれよぉ」
安岡の親方は笑いながら続ける。
「若い衆に根巻きを仕込むのに、えらい授業料掛かるぞい、作業は今日
一日進まねぇし、かと言って日当は払わない訳にはいかねぇしな、若い
衆四人とおまえさんの分で、今日一日だけでもウン万円だぞい」
それを承知の上で羽田を呼んだのだから仕方ないと分っているのだが
親方も経営者だった。
「大丈夫すっよ、親方、若い衆が育って十年後にゃ皆が親方の為に稼い
でくれますがね」
「あほたれ、俺が何歳だと思ってる、来年で七十才だぞ、十年後にゃこの
世にいやせんわ」
羽田はそれもそうだと気付いた。
「そんじゃな、羽田よぉ、くれぐれも頼むど」
電話は切れた。羽田は思った。安岡の親方は何で俺なんかに若い衆の
仕込みを頼んできたのだろう?
一周年記念パピコ! じゃーーーーーーーー。
今年も書くぞーーーーーーーーーーーーーーーー。
寝る。 おやしみ〜〜
ここに一本のけやきがある。自然のままに横枝を張りのびのびと
樹形を作っている。その形はもっとも風に対して強く地震にも耐え
余計なものをそぎ落とした美しさではないか。人が物を設計した時
最終的には自然が作る造形美に行き着くのではないだろうか。
人が物を作る時、作者の頭の中に対象物が描かれる。その絵を
元に物質を具現化する。物質はこの世に存在する物しか使えない。
言ってみれば自然の一部分を加工するわけである。木材にしても
セメント、鉄、ガラス、レンガすべて自然から抽出したものに熱を加え
たり分離させたり焼いたり削ったりしたもので決して自然の枠から
はみ出る事は出来ない。では、人が物事を発想するという事自体も
自然の枠からはみ出る事は出来ないのではないかと街路樹を眺め
つらつらと考える。なぜならば、人が造る物、車でも建物でも使いや
すさ、耐久性、デザイン性それらを総合的に突詰めていくと自然の
動植物の形に近くなるからである。
自然の枠
からはみ出る事は決して出来ない。
ドコモダケ
ここ数日、頭から離れない単語。
なんじゃーーーーーあのCMーーーーーーーーーーー。
ドコモダケです。
「新聞紙」
赤い灯 蒼い灯 燈る街 切ない唄が風に舞う
カラカラと路端 走る空き缶に そっと
寄り添う新聞紙
ミラーボールの星明かり 好きな背中に腕絡め
そっと滑らす指先に スーツの皺に歪む星
刹那さと切なさは紙一重
切ないと気づかない不幸せな午前二時
赤い灯 蒼い灯 燈る街 切ない唄が風に舞う
ドア越し流れる メリージェーン そっと
寄り添う唇は
ブラックライトに影ふたつ 光の反射に見る顔と
あなたの匂いに身を任せ スーツの皺に指の先
切なさと刹那さは紙一重
刹那いと気づかないふりする午前二時
きらきらアフロ おもしれぇ〜〜 昔のパペポTV思い出すぞい!
寝る。おやしみ〜〜
ぷっはーー。起きた!
さてさて、今宵はなにを書きましょう
色というものは じつに不思議なものである 基本の色があり
それを調合することによってさまざまな色調をつくりだすことが
できる。
我が家のカラープリンタの蓋をあけおなかの中をのぞいて見る
わずか4色のインクがあるだけである。この4色でカーラー写真
に匹敵するようなみごとな色彩を描くことができる。
人間は、さまざまな色を使いこなしテレビ画面のなかの画像を
写しだしたり、キャンパスに絵を描いたりと色をたくみに生活の
なかに取り入れている。
人間は3次元に住んでいるが、色を表現する場所は2次元の世界
でしか描けないのかもしれない。映画の投射をする機械はどうか
と考えてみる。フィルムに光をあてて白い壁に映しだす。う〜ん
これも最終的に二次元になってしまう。という事は、光……
光に謎が隠されているように感じる。ひかり、ヒカリ、
ひかり かもしれない。そうだ、キーワードは
ひかり だな。いゃ、待てよ。
ひかる うただ
水と雲
形がないの
なんでかな
水と雲
どんな色にも
染まります
こころ紙
どんな色にも
染まります
からだとは
水分ななつ
肉みっつ
地球とは
海がななつと
陸みっつ
おおきな地球があります
あおい地球を真上からみています
東海道新幹線の線路がまるで
血管のようです
何両もの新幹線がはしっています
まるで血管のなかを走る血のようです
中央高速がみえます
何台もの車がはしっています
まるで血管のなかをはしっている
血のようです
動脈と静脈かもしれません
送電線がみえます
基幹線が規則ただしく張り巡らされています
枝線が全体にいきわたっています
おそらく電気がはしっているのでしょう
電気は目でみえません
まるで神経がはっているようです
昨今のニュースなり実生活なりで感じる事は物の価値が
あやふやでなにがなんだかわからん時ありますな。
例えば、車を新車で購入したとする。購入時、百万以上の
支払い。
6年間乗る。ちょつとした故障等、そのつど部品交換する。
6年落ちの車体外観問題無し。エンジン、足まわり等問題
無し。事故暦無し。しかし、査定すれば ¥0
査定する人間にたいして思うのだが、
「おまえ、この車と同じものを なにもないゼロから、もちろん
材料調達からね、作ってみろーーーーー」
市場という造られた価値観のなかで、
ぐるぐるとまわる、車達。
これだけ、複雑になった社会においてはしかたのない事な
のだろう。
その時代、その時代で物の価値が変わるのであろう。物の
価値はつねに流動的なのが本質か?
原始時代は物々交換が主流であったろう。今よりはるかに
物流において単純な構造である。例えば、原人Aさんは竪穴
式住居を持っていないので住む所に困っていた。特技は狩り
であり食べ物に困った事はない。
原人Bさんはとんと狩りの腕前は下手でいつも食べ物に困っ
ていて腹をすかせていた。しかしBさんは手先がたいへん器用
で竪穴式住居を作ることが得意だった。
そこで、AさんBさんが相談した。ふたりで得意分野について力
を合わせる事にした。ふたりは家と食べ物に困らずに一生を終
えた。
究極の物々交換である。この図式は間に貨幣というものが媒体
していない。しかし、流動的ゆえこの図式は現代においてあては
める事はちょつと難しい。
此処に今朝仕留めた鹿の肉があるのだが、誰かわたしゃに家を
建ててくれる人はいないだろうか?
>>366-374は二年くらい前に他板にて書き散らしたものだ。
いわばこの思考の断片を元に
>>68の
この踏み切りは鉄道という静脈と地方道という末端血管の交差点。
たった、これだけの一文になってしまった。小説を書くという事は
こういう作業の積み重ね、なのか?
かがり火を
ならべて作る
滑走路
彼の人は
まめを摘みし
恋泥棒
つまみ食い
洋食和食
宇宙食
豪傑は
借金取りから
金借りる
タンス立つ
ダンスはうまく
踊れない
名役者
子猫CM
出演し
肉球折って
ギャラ数え
左官壁
いろんなモノを
塗り込めて
ハト眺め
三途の河原で
烏賊を焼く
天国と
地獄の狭間で
飲む酒は
喉に染みゆる
一番しぼり
片時も
待てぬ思いで
トイレ前
しがみ込み
ふっーとため息
紙はなし
振り回す
言の重さに
葉の刃
斬ったつもりが
己刻みし
斬るならば
愛情もって
生殺し
釣り人が
浮きの沈みに
竿をたて
北風が
スカートめくりて
竿を勃て
出版界
文字を刷らずに
金を刷る
ペンの道
志望が集う
狭き門
門前で
物を語らず
嘆くだけ
門内の
上を眺める
編集は
先生先生
酒の共
あぁあほらしや
あほらしや
下を眺める
門番は
鼻くそほじりて
空を読む
てすと。
あ! 書けた。
えいとっく 買おっうかな。 うぅ、悩む。
えいとっく! えいとっく!
ERROR:公開PROXYからの投稿は受け付けていません!!
今日の朝、書き込もうとしたらこんなのが出やがった。どうやら、
俺の入っているプロパイダーocnが規制されていたらしい。
「このまま永遠に書き込みが出来なくなったほうが俺の生活に
とって良いのかもしれん」 そう思た。
音の無い世界で彼女の声を探してしまうから…… それは俺に
とって楽しくもありツライ作業でもある。
!!んせまいてけ付け受は稿投のらかYXORP開公:RORRE
音のない世界、文字だけの世界、2ちゃんねるをやめることは、
コーヒーをやめる事よりも難しく、傷つく勇気を買い求めること
よりも易しい。
それは突然やってきた。偶然だった。日曜の朝、僕は彼女の声
を見つけてしまった。哀しくなると僕は彼女を呼んでしまう。それ
が罪作りな事は知っている。しかし、それ以上に彼女の存在が
罪作りなのを彼女は気づいていない。僕の中のもうひとりの自分
が彼女を欲している。彼女の声が聞きたくて、彼女の声に触れた
くて、音のない世界で僕の叫びは虚しく木霊する。2ちゃんねるを、
やめたい、
ぷっはーー。起きた!
7-11行ってきたんじゃーーーーー
今日は寒いのぅ
本日の朝食
ツナマヨネーズ(おにぎり1ケ
肉まん 2ケ
缶コーシー (ダイドーショート1ホン
こたつでぬくぬくいただきまーーーー
こたつでぬくぬくネット生活!
快適じゃーーーーーーーーーー
一年前に買った中古の17インチボロCATモニターも元気に
電気を喰うとる喰うとる。
時代は液晶なのか? そうなのか? そうなのね。
あれは、確か成人式を終え二、三年たった頃だったけかなぁ。世間の事
なんか何にも知らねぇ生意気盛りのガキんちょだった。それでいて本人
は世の中の事を一丁前に知っているつもりだった。
そんなある日、俺はある男と出会った。遠くから見ると何処にでもいる、
おっさんという感じなんだな。もっとも当時の俺は裏社会に片足を突っ込
んだ生活をしていたので感覚が麻痺してたのかもしれねぇけど。麻痺して
いた故にそのおっさんの正体を仲間内ではいち早く見抜いたね。おっさ
んも俺の資質を見抜いてたんだいなぁ。それは同類の者が強力な引力に
よって惹きつけられるようなもんだいなぁ。一流の詐欺師てぇのはなかな
か捕まんねぇもんだいな。さんざ情熱を燃やした悪事にも飽きて老後は
悠々自適なんっうとこだいな。そんな時期に資質の有りそうな若者を見つ
けて自分の若い時と重ね合わせるんだろうな。これは今になって思うんだ
けんど、その作業は薄い薄い、ウエハースに甘い思い出というクリームを
挟む事に似ているんだろな。おっさんの言葉が忘れられねぇ。
「人は金で食い物を買って生きる、オレは人を喰って生きてきたんだ」
結局、おっさんの弟子にならなかったよ。だけんど、俺とおっさんは似て
いるんだいなぁ。俺は今、筆という大きな風呂敷を広げて日本中の読者を
詐欺ろうとしてんだかんなぁ。
昨年、そのおっさんも地獄行きのバスに乗り逝っちまいやがった。
あぁ、どうもあの時のエンジン音が耳から離れねぇ。
了
五ヶ月ぶりに見た彼女の声は以前と少しも変わることはなく、
それでいて変わっている事を感じさせた。そのごく僅かな違い
を喩えると波動だった。彼女の内から漏れる微細な波動を僕
は二年も前から捕らえることが出来た。
それは、彼女の言葉で言うと、“うねり” と似ている。
人は毎日、生まれ変わる。これが僕の持論だ。この持論で言
えば彼女は毎日、毎日生まれ変わるという事になる。ゆったり
とした心持ちが一日中保てるわけはなく。怒っていれば波動は
荒くなり、楽しければ活発になり、悲しんでいれば影を纏い鈍く
なり、喜んでいれば微細になる。僕は日曜日の朝、彼女の声
を見つけじっと耳を澄ませた。その声は以前よりも増して格調
高く、精神性豊かなものになっていた。もう二度と言葉を交わす
ことはないと思う。しかし、見守っている事だけは許してほしい。
ひらひらと
真っ白雪に
神の意志
真心の
琴の音響く
まこと道
言霊と
息をあわせて
文字綴れ
数霊と
息吹合わせて
文字綴れ
縦の糸
横糸織りし
物語
紡ぐ琴の葉
音色も涼に
あかん! 寝よ。 おやしみ〜〜
世の中にある全ての芸術は神の現れなんだいなぁ。物を書いたり
土いじくったり、色を塗りたくったり、鉄捻くったりする奴もいるな。
そんな、人間達は自覚、無自覚にかかわらず瞬間、神に触れたと
感じる時があるんだいな。まぁ、物書きは紙にふれる事のほうが、
多いんだんべけど。そんなときゃ、スランプだと思って遊どけ。真剣
に遊んで、あそび疲れたら、また、書きゃいんだいな。そんで、話は
神に戻るが日本という国は不思議な国なんだいなぁ。こんなに四季
がはっきりしている国は世界でも珍しいんだいな。俺が小学校二年
はな垂れ坊主の頃の話になるんだけんど、当時、国語を教えていた
根岸先生っう人がいてな。日本は戦後、焼け野原からここまで経済
成長してこれたのは奇跡に値すると、俺ら教室にいる、はな垂れや
おかっぱに真剣に話してくれた。その後、先生は続けてこういう話を
してくれた。
「みんな、頭の中に日本地図を想像しなさい」
俺らは周りが青い海に囲われた日本を思い浮かべたよ。
先生はおもむろに教壇の机下から地球儀を取り出したんだいなぁ。
まぁ、普通のどこにでもある地球儀だ。
そんで、日本の部分を皆に見える様にして、北海道らしき部分を指
先で触れながら言うんだいな。
「北海道の地形は、この地球儀の北アメリカに似ています」
先生は黒板のやや右上にでっかく北海道の形を描いたんだいな。
「本州は、この地球儀でいえばどの部分でしょう?」
俺ら、はな垂れは真剣に考えるわな。そんだけんど、机の上にあ
る地球儀がちいっちゃくてよく見えねぇ。先生はまたもや、黒板の
左上にバランス良く本州の形を描いたんだいな。そんじゃぁ、次は
四国に九州、沖縄っとくらいな。あらあら不思議、みるみるうちに
黒板には世界地図が出来上がりってなもんだ。要するに、先生は
日本の国土は世界の国土の縮図だっう事を教えてくれたんだいな。
日本っう国は不思議な国だ。どんな神がいてもおかしくねぇ。
まぁ、そういう俺は紙の本を読んで髪を掻きむしり神の事を知った
ふうに書くバカ者だけんどな。
「点滴」
僕はWindowsを立ち上げる。メモ帳を開き白の背景色を原稿用紙
にみたてキーボードを筆に替え物語を描く。
サイレン音が深夜の空気を震わせ、滑るように病院の緊急出入り口
に停まった。
僕は読んでいた本を静かに閉じる。
リノリュウムの廊下を幾つもの上履きが走る。ゴム底で蹴る、キュッ
キュッという短い音が緊急を知らせていた。突然、バンッっと、手術室
の両開きである入り口は開け放たれ、複数の人声、ざわついた空気
が流れ込んでくる。金属と金属とが触れ合う音、戸棚をガサガサと掻
き回す音。丸い目がいくつも付いた天井据え付け型の手術灯に電気
が入った事が薄いカーテン越しにも判った。
「リンゲル足りる? 来るよ」
「あっ、はい」
若い看護婦が答える間も無く、救急隊員の手によりストレッチャーが
入って来た。
「せぇいぃの」
掛け声と共に手術台の上に、ドサッと何かが載せられた振動がタイル
の床を通して僕に伝わった。
「お父さん、わかる、ねぇ、お父さん」
中年女性の声が小さく呼び掛けている。その声には大きな声を出した
いのだが、出せないもどかしさが痛いほど感じられた。
「○○さん、○○さん、分かりますか?」
しっかりとした口調で看護婦が親族に代わって後をとる。その合間を
縫うように救急隊員の事務的な報告が硬い口調となり医師の耳へと届
けられている。
「うぅ、うう」
言葉にならない呻きのような声が聞こえる。おそらく脳卒中だろうと僕
は思った。
この病院では深夜の緊急外来は、手術室の一角に事務机が置かれ
診察室になり、応急処置室にもなっていた。もちろん此処で手術も行わ
れる。僕は薄いブルーのカーテンに囲われ、簡易ベットに横になり点滴
を受けていた。自分の左腕に刺さる針と細い管により繋がれた五百ミリ
リットルのガラス瓶を見詰め自分の呼吸音を意識しながら息を潜めた。
いままでに何度、息を潜めただろう。何度、付きそう親族達の悲痛な声
を聞いてきただろう。服を切断するハサミの音。心臓に電気ショックを
与える時の音。
すべて点滴を終える二時間弱という時間の中でカーテン越しに聞こえ
る音だけの世界だった。枕元に置かれた文庫本はなんの役にも立たな
かった。点滴の時間をやり過ごす為、喉から鳴るピッーという自分の呼
吸音を聞きながら数ページも読めない事を知りつつも、それでも本を此
処に持ってきてしまう。世間では、喘息の発作は咳をするものだと決め
つけていた。僕も小児喘息を患うまではそのようなものだと思っていた。
初めて発作が起こったのは中学一年の時だった。小児喘息としては
中途半端な年齢らしい。息を吸い込む事は出来るが、一旦、肺に溜ま
った空気を吐き出せないことが苦しいのだ。肺を風船に喩えると常に
丸く膨らんだまま、中の酸素は消費され汚れた二酸化酸素が充満し
ている状態。僅かに吐き出せる体積分だけ酸素の供給がある。気管
の内壁が発作により狭くなると数十時間、数日、がまんしなければな
らなかった。病院での応急処置として吸入器の酸素マスク状の物を口
に当て生食に溶かされた薬剤を霧状にして肺に送り込んでみても、ど
んな薬を飲んでも、点滴をしてもなかなか収まらない。呼吸は浅くなり
速くなる。とにかく時間が癒してくれるまで待つしかなかった。
シャっというカーテンレールを滑る音が僕の回想を中断させた。若い
看護婦の顔が心配そうに僕をのぞき込む。
「どう、大丈夫?」
十六歳の僕に向けた気遣いの言葉は子供に対するものだった。看
護婦の一瞬みせた素の顔が、手術台の緊迫感から逃れて出たもの
だと僕は思った。
点滴はたいして効かないけれど看護婦のやさしさが僕にとって一番
の薬だった。体は病に負けていたが、精神は病に負けてはいなかっの
が僕にとって救いだった。
「だいぶ、楽になりました」
これは、本当だった。依然呼吸は苦しいのだが病院にいるという安心
感が、幾分発作をやわらげる。看護婦は目線をちらりとガラス瓶に投げ
薬剤の残り分量を確認した。
「この薬は強いからねぇ、もし、心臓が痛くなったら枕元のブザーを押
すかカーテン越しに声をかけてね」
そう言いながら、慣れた手つきでガラス瓶から垂れ下がる管の途中
にある点滴スピードを調整する目盛りを緩めた。一秒間に一滴づつ
落ちていた雫が一秒半にひとつとなった。
**
暖かな春の日差しが教室内を満たし、詰め襟に付けた校章がうれ
しくもあり、なんだかこそばゆく感じる。少し袖の長い学生服、学生
服を着ているのか、学生服に着られているのか分からない様な顔
がそこかしこにある。僕もその一人なのかもしれない。初めて顔を
合わす級友達のしゃちこばった顔が椅子に座り並んでいた。僕はこ
の春、県内の工業高校に入学した。式事を無事に終え、初の普通
授業日だった。教室の窓際に何故か空席がひとつ、ぽっかりと机の
ぶんだけ浮かんでいた。
担任の先生が教壇に立ち僕らに背を向け、黒板に自分の名前を
自己紹介の為、大きく書いている時だった。突然、ガラガッっと音が
したとしたと思うと、黒い塊が教室に飛び込んでくる。
「すいません、寝坊しました」
黒板に先生がチョークを打つコッ、コッという音の中、覚悟の入り
交じった悲壮な勇者が乱入してきた。空席の主だった。何故、僕は
覚悟などという言葉を使うかというと、空席の主は教室の後ろにあ
る戸からではなく教壇側にある前の戸から堂々とそれでいて悪びた
態を見せつつ頭を掻きながら入ってきた。それは道化の覚悟だ。
案の定、先生に一喝され教室内に笑いが起こった。空席の主は、
これからの三年間を頭に描きながら戸に手を掛けたのだろうと僕は
想像したからだ。
空席の主、それが、丹部だった。この男は次の日も遅刻して来た。
格が違った。飛び抜けていた。
高校生活も一ヶ月、二ヶ月と日を重ねると級友達の性格も表に現
れ、おぼろげながらも個々の一面を捕まえる事が出来た。僕はどこ
のグループにも属さず、ひとり弁当を食べることが多かった。そんな
ある日、丹部を中心とする三、四人の輪をなにげなく眺めていると、
一つの机を囲むように、なにやらレストランのメニューらしき物を広げ
ている。僕は弁当を急いで食い終え、その輪に近づいた。やはり、そ
れはファミレスのメニューだった。
「どこのメニュー? なんでそんなん持ってんの?」
丹部は少し驚いたような、意外な奴から声を掛けられたというよう
な顔を僕に向け、
「すかいらーくでアルバイトやってて、春のメニュー替えでさぁ古いや
つを店長から貰ったんさ」
そう、僕に説明しながらメニューの表紙を見せてくれた。黄色い
ひばりの絵が目に飛び込んでくる。
「ふーん、働きはじめて長いの?」
「三月からさ、中学卒業して春休みからさ」
「すかいらーくのバイト紹介してくんね? 皿洗いでも何でもするから」
丹部は頬骨とエラとが張った岩窟岩男のような、弁当箱にも見える
顔を引き締め、
「店長に聞いておいてやるさ」
***
小児科の老医師は乾布摩擦をやりなさいと言った。僕は月に一度
市内の総合病院に通い、体質改善の注射を受けていた。今までに
もいろいろな検査をさせれた。アレルギー反応の検査では腕に注射
の針を十数カ所打たれ、花粉、塵、ペットの毛、ダニなどの陽性結果
が出た事を老医師から口頭で説明を受けていた。僕はそんな単純な
ものでは無いと思っていたが、現代の医療ではそこまでが限界なの
だとも思った。高校に進学するとともに小児科の老医師とも別れを告
げ同じ医院内の内科へと移った。小児科の隣にある診療室だった。
廊下を歩いても数十歩の所だ。今までとなにも変わらず担当の医師
が若くなっただけ、それと診察が事務的になっただけだった。老医師
はそれでも言葉の端々に暖かみがあった。
「乾布摩擦をやりなさい、風呂から上がって手ぬぐいで三十分くらい
ごしごしやりなさい、肌を鍛える事によって抵抗力がつく」
なにかの本で聞きかじった言葉が頭の中をくるくる回っていた。
医は仁術、医は算術なのか? 総合病院の待合室に並べられた黒
い長いすには人々が鈴なりになって順番を待っていた。一時間半待っ
て、やっと診察してもらえても診察時間はものの五分。僕は昼間の医
療は好きになれなかった。
夜の緊急外来は昼間には決して見せる事のない表情を僕に魅せ
てくれた。簡易ベットに横になり薄いブルーのカーテンに囲われた
小さな世界の中で聞く物音や看護婦達の会話は僕にとって別世界
のものであり、小児喘息という病気が誘ってくれる世界でもあった。
深夜の医師達は毎回、僕が訪れる度に違う先生だった。おそらく
緊急外来という特性上、どんな患者に対しても対応出来るように外科
の先生をはじめ、いろいろな科の先生方が深夜待機しているのだろ
う。たいがいの先生は看護婦のインターホンによって仮眠していると
ころを起こされ眠い目を擦りながら僕を診察してくれた。寝癖で後頭
部の髪が跳ねていたりする。白衣を急いで羽織ってきたのか、カルテ
に書き込む際に胸ポケットにボールペンが刺さってなく慌てた様子で
両の手でパタパタと白衣を叩く仕草に寝ぼけている事を証明してしま
う若い医師。そんな様子を僕の脇で立って冷ややかに見下ろている
婦長さんは黙ってボールペンを差し出す。完全に婦長さんのほうが
強かった。そんな暗黙の力関係も深夜の魔力によって透けて見えた
りもした。
そんな強い看護婦達は点滴の針を血管に刺す時も僕に痛みを感じ
させずスッっと青く浮き出た血流に通した。
まれに新米の看護婦に、あたった日は僕の腕は紫色のアザが出来
る事もあった。
「ごめんね」
新米の看護婦は申し訳なさそうに言葉を継ぐ。
「痛い? 液が漏れてる?」
「漏れてるみたいです」
僕はぜんぜん痛くないよ。という演技をしながらそう言うと、
「こっちの腕、針刺せなくなっちゃたから、左腕に刺そうか?」
止血用のゴム官を上腕部に巻かれ、
「血管でないねぇ」
溜息ともつかない声で僕に訴えた。
僕の左腕に脱脂綿が走る。すうっと消毒液に熱を奪われる感覚の
後、ちくっと針が体内に入った。新米看護婦のほっとしたような表情が
好きだった。そんな時、僕は自ら好んでカーテンに囲われた小さな
世界にやって来るのだろうと、ふと、思ったりもする。
例えば、僕が感じている発作の苦痛を両手のひらに乗せ、ぽんっと
隣の人に移したら、おそらく僕が感じうる感覚の二倍も三倍もの大き
な苦痛と、隣の人は受け取る事だろう。
別な喩えで言えば、僕がセメント袋を五十メートル先に担いで百袋
運ばなければならない仕事をすると非常に苦痛を伴う。しかし、毎日
土方仕事でそういう事をやっている人間にとっては同じ事をやるにし
ても、僕がセメント袋を運んで感じる苦痛の1/3でしかないかもしれな
い。僕はやっぱり発作を楽しんでいるのかもしれない。
****
白の開襟シャツが校内を行き交い、古びた真鍮製の蛇口が並んだ
水飲み場から新鮮な水流が音をたて、ひび割れたタイルの底を叩く。
いつしか、季節は夏になっていた。
「よっ、今日バイト、何時から?」
僕は背を丸め手のひらで作る椀から溢れる水を飲んでいると背後
から声を掛けられた。そのままの姿勢で一旦、手のひらから口を離し
問いに答えるべく思案していると、丹部は僕の隣に並んで蛇口の栓
を捻った。僕は首を丹部の方に少し傾ける。
「六時から、丹部は?」
丹部は僕の顔をなぞ見向きもせずに手をこすり合わせるように洗い
ながら、
「おれも六時さ、あと一週間がまんすれば夏休みさ、あぁ、おれとお前
は補習で休み中も顔を合わせてバイト先でも一緒か…… やんなっ
ちまうさ」
僕と丹部は機械設計という科目の補習が決まっていた。もちろんテ
ストの成績が悪かったからだ。何故ならば、この科目の先生は授業中
居眠りをしていても一切、怒らない。
もちろん僕らも工夫をしながら居眠り技術を磨いていた。決して机に
突っ伏すような無様な真似はしない。丹部などは目を開けながら寝る
高度な技術を習得してもいた。
僕らは貴重な夏休みの五日間と引き替える形でバイトの疲れを授業
中の居眠りで癒していた。丹部に至っては居眠りのオプションとして、
“遅刻”という必殺技を持っていた。
僕は遅刻しそうだなという朝はそのまま学校を休んでしまう。弁当を
持って家を出てバイト先が給料を振り込んでくれる銀行のキャッシュ
コーナーに直行する。銀行の自動ドアをくぐり中に入ると朝一番の客
が学生服を着た僕なので、定年まじかな年配の銀行マンが訝しげに
僕を眺める。僕はその日の行動費を千円札で二、三枚下ろし映画を
観たり、喫茶店でコーヒーを飲んだり、河原で流れる水面を眺めタバコ
をふかし、皆が校舎から出てくる放課後まで時間をやり過ごすのに対
して、丹部は決して学校を休まなかった。どんなに遅刻して周りから笑
われても奴は休まなかった。僕は丹部に比べ卑怯なのかもしれない。
ある日、僕はいつもの通り、学校を休んで何食わぬ顔でバイトには
行った。厨房で皿を洗浄機に入れている丹部に、僕は帰った客のテー
ブルから下げた汚れた皿を丹部が受け取り易いようにステンレス台の
上を滑らせ声を掛ける。
「お願いします」
「……」
何も言わない丹部は体全体で怒っていた。その日、バイト終了後、
丹部は僕をすかいらーくの控え室から外に呼び出した。
「ちょっといい、話があるんさ」
「ああ」
「お前、今日、学校を休んだろうさぁ、まぁ、いいけどさぁ」
非難を含んだ口調の割に、まぁ、いいけどさぁと語尾は弱かった。僕
はこの日を境に学校を休まなくなった。居眠りの技術を丹部から学ぼ
うと、固く決意した。
そんな事を水流に手をかざしながら、ボーっと考えていると、隣の
丹部の声に引き戻される。
「そんじゃ、先に行ってるさ」
「ああ」
丹部の上履きが廊下をキュキュと踏む音を背に聞きながら、僕は
つま先に力を入れ背伸びをして窓枠に指を掛け開け放った。勢い良
く水がタイルに弾ける音と共にケヤキの大木にとまる蝉の鳴き声が
僕の耳に急に大きく流れ込んできた。キュッと、蛇口の栓を捻ると、
水はピタッと止まった。目の前に夏休みが広がる感覚をこの手に握り
しめる。
*****
「トイレ大丈夫?」
若い看護婦が僕に聞く。医師は薬剤の処方箋を書き終え、なにや
ら看護婦に指示を出して何処かへと消えてしまっていた。広い緊急
外来の処置室には僕と看護婦の二人きりだった。
「ちょっと、トイレ済ましてきます」
僕がそう言うと、
「うん、行ってきて、大丈夫、一人で行ける?」
「ええ、大丈夫ですよ」
よろよろと僕は診察用の椅子から立ち上がり両開きの出入り口へ
と歩く。若い看護婦は僕の行く手を先回りして戸を開け待っていて
くれた。
「本当に大丈夫?」
僕は黙って頷いた。人気の無い、薄暗い病院の廊下を歩きながら
そんなに僕の身体は弱々しく看護婦の目に映ったのか? もし、さき
ほど、若い看護婦の申し入れを受け入れていたら彼女はトイレの扉
の前まで肩を貸してくれるが、その先はどうなるのだろうか? と、僕
の頭の中はバカな考えが渦を巻く。
たしかに、体が健康時ならいざ知らず苦しい呼吸の中、トイレまで
の道のりは、今の僕にとって高山病者が山頂を目指すかの如く遠く
に感じられる。俯き、トイレの白いドアを片手で押す。
目線の先にあるリノリュウムの床とタイルの床との段差をいまいま
しく思いながら中へと歩を進めた。この段差がくせ者だった。今は両
腕が自由に利く状態だが、一旦、片腕を点滴の針に占有されてしま
うと、この段差をかわすのに一苦労だった。
点滴を吊す鉄製のハンガーは百八十センチ位の一本の棒状だっ
た。天辺がT字になっていてそこに点滴の瓶が吊り下げられる様に
なっている。足は十文字になっていて四つの滑車が付いて転がせる
事が出来た。平坦な廊下を片手で器用に転がすには非常に便利な
造りになっていたのだが、段差には弱かった。僕はこのハンガーを
操り自力でトイレに行ける事は行けたのだが、そこからが大変だっ
た。まず始めに、ドアを片手で押し開け、閉まらないように片足の
つま先でおさえる。そして、ゆっくり、ゆっくりとハンガーを操り段差の
手前まで持ってくる。ハンガーを気持ち持ち上げるようにして段差をク
リアーしたのちトイレ内の床タイルをゴトゴトと滑車を引きずりまわし、
ようやく小便器の前に立つ。それから一連の作業を全て片手でやら
なければならない。
これがなかなか上手くいかないのだ。ジーンズの前ボタンなど外し
てしまうと片手でボタンを掛ける事は自力では、とうてい叶わなかっ
た。
針の刺さっている腕はピンッと伸ばしたきり曲げる事は出来ないし
自分の心臓部より針の刺さった腕を上にあげると血液が逆流し、細
い官を赤く染めてしまう。そういう事が、いやだったので点滴を始め
る前は、おしっこが出ても、出なくても事前にトイレに行くことにしてい
た。
僕がトイレから戻ると、若い看護婦の手により点滴の用意がなされ
ていた。
「じゃあ、横になって腕まくってくれる」
「はい」
こんな時、二人きりの気安さなのか看護婦の僕に対する言葉使い
は弟に接するかのようにやさしかった。
「寒くない? 大丈夫? ここの空調、少しおバカだから」
そう言いながら、タオルケットをお腹に掛けてくれる、きびきびとした
指先の上方に視線を移すと看護婦と目が合ってしまった。僕は気ま
ずさを誤魔化す為、声を出した。
「点滴中、トイレに行きたくなったらブザー押せばいんですよね?」
あれれ、間違った。なんでこんな事聞いてしまうんだ。
「うん、がまんしないで呼んでくれればいいよ」
簡易ベッドに横になる僕の顔に、ふわっと風圧がかかり赤い頬ぺが
すぐ近くに寄ってくる。僕の枕元にしゃがんだ看護婦の横顔は健康的
でとても、きれいだった。きりっとした太めのまゆ毛が気の強さを表し
ている。芸能人で言うと…… ええっと、えんどう、遠藤くみ……
う〜ん、なかなか下の名前が思い出せない。頭の中でそんな事を考
えていると腕に、ちくっと痛みが走った。
針を固定する為、脱脂綿の上からテープで止めていく看護婦の指
先を目で追いながら、僕は必死に目の前にいる看護婦に似ている
芸能人の下の名前を思い出そうとしていた。あっ、えんくみだ。芸能
人の遠藤久美子だ。そうだ、そうだ。
「はい、じゃあ、なにかあったらブザーを押してください」
僕の思考を遮るように明るい声が上から降ってきた。
白衣のえんくみは、全ての処置を僕に施し深夜の処置室を後にし
た。僕は一人、狭いカーテンの中に残される。
******
一日の時間がゆったりと僕の上を流てゆく高校生活は、一週間は
長く感じ、一ヶ月は遙か先に思い、一年後など想像つかない時間の
流れの中で、それでも時の神は平等に刻を降り注いでくれる。
いつしか僕は二年に進級していた。
僕はポケットに手をやり、薄くつぶれ残りすくなくなったセブンス
ターの箱から一本掴みだし火をつけた。
「少し、はやく来すぎたかな」
所在なく声に出してみた。天井のヤニで黄色くなった蛍光灯の光
に紫煙が空気に拡散していくさまを目で追う。視界に入る壁際に
並んだ灰色のスティールロッカー、十四型のテレビデオ、ラックに収
まるテープの背には接客用マニュアルなどの文字が躍っている。
白いテーブル上には、店で使う灰皿がふたつ、飲みかけのコーヒー
カップがひとつ、アルバイト、社員の管理スケジュール表が乱雑に
置かれていた。折りたたみ式の椅子が今のいままでそこに誰かが
座っていたかのようにテーブルを囲んでいる。おそらく休憩に入った
人が慌ただしく部屋を出た直後なのだろう。よく見ると飲みかけの
コーヒカップの縁には赤いルージュの後が付いていた。
すると、突然誰もいないはずの控え室片隅に設置されている着替
え用の小部屋のカーテンが揺れたかと思うと中でゴソゴソと物音が
する。さっとカーテンが開き中からは、メガネをかけた小柄な女の子
がキッチン用の白衣を着て出てきた。
「今日からアルバイトすることになった吉岡です」
ぺこりと頭を下げ、数歩移動したかと思うとテーブルを挟んで僕の
相向かいの椅子に、ちょこんと腰掛ける。
「キッチンなの?」
「はい、皿洗い希望です」
僕はあまりもに唐突な彼女の出現の仕方に面食らい、いきなり
変な質問をしてしまった。たぶん、彼女のメガネに映った僕の表情は
ぽかんと口を開けた間抜け面だったろう。
「なんか飲む? コーヒーでいい?」
取りあえず考える時間が欲しかった。コーヒーを店内に取りに行く
僅かな時間で、突然現れたメガネっ子に対応できる体勢を立て直さ
なければならない。
きっと彼女は狭い着替え室のカーテンの中で僕が控え室に入って
きた事を知り、カーテンの内側から出るタイミングを計っていたのだ
ろう。それは予想外の侵入者としての僕に対して、少し気まずく、
そして、はずかしく、カーテンの世界から出る事を躊躇ったのかもし
れない。そんなことを知らないとはゆえ僕は彼女に対して、機転の
ひとつも利かせる事が出来なかった。僕はただのバカだ。
よし、コーヒーを彼女のもとに運んだら、彼女を笑わせてやろう。
*******
もし、魂が球体ならば、人を想うという苦しさ、切なさ、やるせなさ
そんな気持ちが魂の球体の頂点を押し、その押された分だけ下に
尖る。下に尖った三角を見て人はハート型と呼ぶのかもしれない。
魂が歪むほど人を想うから痛みを伴う。
いつしか、高校生活も二年の折り返し地点を過ぎ季節は秋になっ
ていた。
吉岡ツユキは、キッチンとフロアーの間仕切りカウンターから身を
乗り出すようにして僕をからかう。
「先輩のオーダー入れる時の鼻声に、うっとりしちゃうな、もう一回
ハンバーグ、ミートスパって私に聞かせて、ほら、目を瞑るから」
そう言い、僕の反応を伺いながらケラケラと笑う。彼女のショート
カットの髪が揺れ、メガネの奥にある瞳に、僕の心は揺れる。
「あほか、風邪気味なんだよ、鼻声はしょうがない」
僕はウェイターという仕事が自分でも気に入っていた。いや、天職
とさえ感じている。お客様相手のサービス業はその場、その場の機
転でお客の要望を先読みしなければならなかった。しかし、目の前
にいる、このメガネっ子を相手にする時、何故か僕の機転は鈍って
しまう。
「はい、そこ遊んでないで仕事、しごと」
社員の山崎さんは、てきぱきとキッチン内で指示を出す合間に僕
に聞く、
「おう、今日は何、食べる?」
山崎さんは休憩時の食事を聞いてきた。すかいらーくでは一日の
内、三時間以上働くとアルバイトにも食事が無料で付く。
決まったメニューが五種類あり各自、好きな物をキッチンで作って
もらえる事になっていた。
「うーん、白身魚のフリッター、いや、ハンバーグでお願いします」
「あいよ、ハンバーグね」
いつの間にか、ツユキは此の場を離れキッチンの奥で何かをやっ
ているらしく、山崎さんは冷凍庫の方に向かい大きな声で聞く。
「ツユキちゃんは何にするよ?」
「わたしも、ハンバーグ」
バックヤードの壁時計を見やると、後二十分ほどで立ちずくめ
の脚を休める事が判る。僕と吉岡ツユキはこの日、休憩時間が
一緒だった。
「おっ、早いな」
休憩室の白いテーブル上にはハンバーグとライスが展開され、
ツユキは黙々と食べていた。
「先輩が遅いだけなんじゃないんですか?」
この憎まれ口を聞きたいが為に僕はツユキと会話をするのかも
しれない。自分の左手にあるトレーからお冷やのグラス、コーヒー
ハンバーグの皿、ライスをテーブルに移していると、ツユキは、
ごはんを載せたホークの先を口に運ぶ手休め、
「先輩って、お冷やのグラスをテーブルに置くとき音をさせないね」
「ああ、癖になっちまった」
たしかに僕はテーブルにグラスをガタンッと無神経に音を立てて
置く事を嫌っていた。お客様は案外とそういう所を敏感に感じ取る
ものだった。楽しく会話をしているところにウェイターが怒ったように
グラスを置いていくのでは、せっかくの食事も不味くなってしまう。だ
から、グラスを置く時にグラスとテーブルの間に小指を挟んでクッシ
ョン代わりにしてなるべく音を押さえるよう工夫をしていた。そんな
工夫が報われる瞬間はお客様が帰り際に、声を掛けてくれる一言
だった。ごちそうさま、おいしかったよ。
「ごちそうさまーー」
メガネっ子の声が休憩室に響いた。もう、食い終わったんかい!
「先輩、コーヒーもらうよ」
「あっ……」
言うが早いか、僕のコーヒーに手が伸びていた。もう、僕は何も言
うまい。
「先輩、煙草ちょうだい」
高校一年生のくせに生意気にも、この女はタバコをふかしていた。
「ああ、ロッカーの中に学生服があるから、右側のポケット、かって
に取れ」 素っ気なく言うと、ツユキは席を立ち、
「じぁ、もらうね」
そう言いながら僕の背にまわり、ロッカーの中からタバコとライター
を取り出して来て自分の椅子に、ちょこんと戻る。コーヒーを片手に
持ちタバコに火を点けるかどうか迷っているようだった。僕が、まだ
食事中なので気を遣っているのかもしれない。
そんな所が、かわいく思えてついつい口調が甘くなる。
「いいよ、タバコ吸って、飯くってる時、タバコの煙、気になんないか
ら」
付け合わせのレタスにかけたドレッシングのサウザンアイランドが
甘く、口の中でパリッと音をたて咀嚼する快感の度、レタスから
ほんのりと苦みが交じる。
「あのさぁ、今月いっぱいでバイト辞めるんだよね、ツユキには言っ
ておくよ」
メガネっ子のコーヒーを飲む手が止まった。
********
小児喘息と共存した生活を何年か送る事で、発作が起こりそうだ
な、というのが前もって分かる身体にならざるおえなかった。季節
の変わり目に体調を崩した時だとか、冬の津々と底冷えのする夜
だとか、そんな時、必ず身体の変調を感じ発作が起こることに怯え
る。発作が起こり、深夜の病院を覗く事に楽しみを見いだしている
自分がいる反面、やはり苦しみを回避したいという本能が怯えとな
って現れる。今夜はいつもの発作と違う予感がした。
「このまま、今夜は入院してもらって様子をみましょう」
物腰やわらかな言い方に反して、医師の意向は即入院だった。傍
らで待機している看護婦はすぐに車椅子をどこからか持って来る。
「あの…… 親父が駐車場に…… 停めてある車内で待っているん
ですが、入院する旨…… を伝えたいのですが」
苦しい呼吸のなか切れ切れに、そう言うのが精一杯だった。
僕の親父は僕が発作を起こす度に、車で深夜の病院まで連れて
来てくれ、点滴を終える二時間弱を駐車場の車内で待っていてくれ
ていた。
「うん、心配しなくていいよ、お父さんには私から伝えとくから」
今の僕は駐車場まで自分で歩いて行く体力など無く、看護婦の言
葉に素直に従う。呼吸は苦しく、身体は熱くなる程、頭は冴える。
この感覚は何に喩えればよいのだろう。プールの水面に顔を浸け、
息をがまんする。水面に顔を出したくなるぎりぎりの瞬間で感覚が
鋭くなる事に似ているかもしれない。適度の酸欠状態が普段より頭
をクリアーにしてくれる。
病室まで車椅子を押されて運ばれる事が、なんだか恥ずかしく感
じる。それでいて、車椅子に乗っていると一気に病人気分になって
しまう。入院もまんざらでもないな、という考えが頭を過ぎった。
甘えたがりという樹の芽が心に芽生えてきてしまった事を自覚す
る。今までは、入院という事態は一度も無く、狭いカーテンの中での
看護婦がくれる優しさ、気遣いだけで僕の心にある地面に植わって
いる、甘えたがりの種に折り合いをつけていた。しかし、入院という
甘美な響きから放射される水と光とが、心の種に発芽がする力を与
えてしまったようだった。
もう、こうなってしまうと歯止めが効かない。僕の頭の中では今回
の発作は三日、ないし四日で収まると予測をたてていた。
体調が回復した後は病人のふりをして入院生活を最大限に延長
し出来る限り伸ばそう。そして、入院生活は甘えたがりの樹を育てな
がら楽しむ事にしよう。
*********
この世の中には平等というものは無く、平等という鏡に、照らさ
れた影のようなものがあるだけなのかもしれない。
いや、むしろ不平等の中に、数少ない平等が隠されている事を
気付かないだけなのかもしれない。
いつしか、入院生活も五日目を迎えていた。
空気は誰にでも平等に与えられているものなのに、僕は発作が
起こると僕の周りに、有り余るほどの空気があるはずなのに僕に
は少ししか与えて貰えなくなる。それは、大海原を小さな筏で漂い
ながら周りを水で囲われながらも、喉の渇きを癒す水を求めるよう
なものだった。
神さまは時に、いたずらをする。
「もしかして、先輩……」
僕は平坦な廊下を慎重に点滴のハンガーを転がしながら俯き
移動していた。聞き覚えのある声に、ハッと顔を上げる。
「えっ…… なんで? ここにいるの?」
吉岡ツユキだった。あり得なかった。僕が入院をしている事を
ツユキは知らないはずだ。すかいらーくのバイトを辞める直前に
僕は彼女に振られていた。それからは音信不通だった。
「うん、友達のお見舞いに来たんだよ、先輩は……」
学校帰りなのだろう制服姿のツユキの隣にはパジャマを着た女
の子がいた。午後の夕食間近の時間帯、内科病棟では各病室か
ら頻繁に出入りするパジャマを着た入院患者、見舞いに来た人々
で、それなりに廊下は賑わっていた。僕はツユキの隣にいる子の
反応を伺いながら、
「ああ、喘息で、三〇一号室に五日前から入居した」
隣の子の顔から白い歯がこぼれた。
「先輩、敷金、礼金で、いままでのバイト代が飛んだね」
まったく、へらず口の止まらない奴だ。そのへらず口に弱い僕で
もあった。ツユキは隣の子を気遣うように僕に紹介する。
「美幸ちゃん、わたしと小学校から一緒だったんだよ」
丸顔の美幸という子の肌は長患いで浅黒く、直感的に内蔵疾患
だと僕は思った。
次の日、
「先輩、カセットテープ持ってきたよ」
ポンっと僕の腹辺りに放り投げる。病室の窓からは、みかん色の
西日が差し込み、メガネっ子の髪は、光のシャワーを浴びたように
美しかった。
「先輩、屋上いこうよ」
「ああ」
屋上まで、二人きりの短いデートはお互い無言だった。鉄製の黒
く重いドアを押し開けると晩秋から冬に変わろうとする冷たい山風が
階段の踊り場に流れ込む。その風に逆らうように屋上に出てしまう
と三百六十度のパノラマが展開される。北に位置する赤城の山頂
は白い薄化粧をして冬将軍の到来を待っていた。
僕はパジャマの上に羽織ったジャンバーのポケットを探る。指先
に触れるセブンスターの箱を取り出し一本掴み火を点けた。煙を
ゆっくり吐き出していると、横からスーッと化粧気の無い指が伸び
無言で火の点いているタバコをさらってしまう。僕は仕方なく、もう
一本同じように火を点ける
「彼女、腎臓が悪いんだよ、もう二年半だよ、入院」
風の音で消されそうな小さな声でツユキは言った。昨日の美幸
という子の顔が浮かんだ。
「神様は人間に平等ではないんだね…… そう思うでしょう先輩」
僕に訊いてくる。頬にショートカットの髪が纏い貼り付くのも気に
せずにフィルターを噛み何かを堪えている。
そのまま、沈黙の内に二人はタバコを吸い終え、
「寒いから、病室に戻るか?」
こくりと頷くツユキの肩を抱いた。
「音楽テープより、エロ本をそっと差し入れろよ、気が利かないな」
ツユキは、くすっと笑ったのち、いつもの元気な声で、
「西病棟の四〇五号室、美幸ちゃんの部屋、遊びに行ってやんな
よ、先輩」
やっぱり、このメガネっ子は僕になびいてはくれなかった。それで
いいと思った。ヒューヒューと屋上の貯水タンクが風に鳴いていた。
**********
くり返し聞くテープはいつか劣化するが、心の風景はいつまでも
色褪せない。
やる事も無くベッドの上で繰り返し、繰り返しベッドホンから流れる
音を耳で拾っていた。それは、まだ、僕の心をメガネっ子が占有して
いる証でもあった。Sonyのウォークマンからテープを取り出し手にと
ってみる。
テープの白地に拙い文字で“Nena - 99 Red Balloons”とツユキが
書いたであろうと思われるアルバム名はボールペンの握りが目に
浮かぶ程、筆圧の強弱がはっきりしていた。
その日、西病棟の美幸という子の病室に行ってみようか。ふと、思
った。
冬の足音が近づく季節の夕刻は、白の病室を切ない色に染め
あげる。病室の窓から眺める景色は長い間、病室に閉じこめられ
た者の心を苦しめるのか、癒すのか?
部屋の空気を入れ換える為か、西病棟、四〇五号室のドアは
開け放たれ廊下の冷たい空気と病室の空気に温度差は無いで
あろう事は一目瞭然だった。彼女はパジャマ姿で僕に背を向ける
形で窓際に立っていた。茜色の西日と共に、窓から入る風に彼女
の髪は揺れ、外の景色を感じとっている姿は、近寄りがたく、他を
拒絶していた。四角に切り取られた景色を眺め、彼女は何を思い、
何を考えているのだろうか。
一人部屋なのか、白いパイプベッドが隅に置かれ、脇のサイド
テーブルには文庫本が数冊、無造作に散らばっている。
ドアの右上にある名札の名前を確認した。蛍光灯の光に焼け変
色した名札には、西田美幸とある。僕はそっと自分の病室へと戻っ
た。
***********
体調も回復して入院している理由もないのだが、担当医師に
延長を願い出たら、あっさり許可された。あと五日ほど此処にいら
れる。というのも時期的に病院のベッドが空いていたので追い出さ
れずにすんだらしい。
入院をした当日と二日目は点滴漬けだったが、三日目からどうに
かベッドから起きあがれる事が出来た。四日目には地下にある売
店でタバコとライターを買っていた。
喘息で入院している患者がナース・ステーションのすぐ近くにある
喫煙室でタバコを吸う訳にもいかず、僕は屋上で一服した。一日の
内、二、三本と吸う本数はそれ程でもないが、喫煙の後は必ず、看
護婦にバレないよう歯磨きをした。それでも、検査のある日はタバコ
を吸わないように心掛けた。血液検査、レントゲン、CT、肺活量、と
雑多な検査を三日間に渡ってやった。それら一通り検査が終わる
と、僕はベッド上で暇を持て余すようになった。僕がいる病室は六つ
ベットが並ぶ日当たりの良い大部屋で内科病棟では比較的、軽い
症状の人たちばかりだった。天井近くにはカーテンレールが設置さ
れており、各ベッドの四辺をカーテンで覆う事が出来た。夜は皆、
薄いブルーのカーテンを閉めて寝る。
昼間、看護婦の手によってカーテンが閉められる時は、患者が体
を拭いてもらう時や、点滴中トイレに行けず尿瓶のお世話になる時
だった。
その日、僕は二十四時間、点滴の針が外せず、仕方なく枕元の
ブザーを押した。
「どうしました?」
太いまゆ毛に見覚えがある。いつか深夜の緊急外来で僕に点滴
をしてくれた、えんくみに似た若い看護婦だった。まいった。
よりによってこんな時に、この人と顔を合わせるなんて。看護婦も
すぐに気づいたようで、
「とうとう、入院しちゃたんだ、いつから?」
気さくに話かけてくれるが僕がブザーを押して呼んだ意味を一瞬
で理解してくれていた。
「十日ほど前から、看護婦さん内科病棟じゃないの?」
僕がいる三階のナース・ステーションでは一度も見かけた事がな
かったからだ。
「うん、普段は外科、ちょっと、待ってて、今、尿瓶もってくるから」
そう言い、手慣れた仕草でベッドの四方を囲むようにカーテンで閉
め切る。暫くすると白衣のえんくみが戻って来た。ベッドに仰向けに
寝ている僕は掛け布団を胸の位置までかけていた。僕が上半身を
起こそうとすると、
「大丈夫、上半身起こせる? 無理しなくてもいいよ」
「ええ、大丈夫です」
仰向けになったままだと、なんだか落ち着かず僕は起きあがった。
女の指が触れるという事を想像しただけでも、十七歳の僕には、
刺激が強すぎる。
「ちょっと、ごめんね」
白衣のえんくみは、僕の足下にしゃがみ込む。掛け布団の端を少
しめくり、両手を入れてきた。意識してか僕と目が合わない様、横を
向き、手探りでゴソゴソと布団の中を指先の感覚だけを頼りに僕の
パジャマのなかに入ってくる。触れたのが分かった。
「すいません……」
僕は周りに聞こえないよう小さな声で言う。耳が熱くなる。えんくみ
は頷きながら、
「若いんだからしょうがない、気にしなくても、いいよ」
周りに配慮するように小声で、そう言ってくれた。しかし、おしっこは
したいのだが、こうなってしまうと、なかなか出ないものだった。
「でないねぇ」
そりゃそうだ。あなたの指がそうさせているんだ。とは言えず、僕は
目を伏せる。尿瓶の広い口へとあてがう為に、無意識に指へと力が
入るのだろうか、下向きに押される。僕は僕の意思とは関係なく上
に向きたがる。暫くしてその指は離れ、
「どうしょう? しずまらないね、じゃあさ、おさまったら、もう一度、
呼んでくれるかなぁ」
白衣のえんくみはニッコリと笑う。僕は弱みを握られたような気分
になり、こくりと頷いた。
************
それから、数日して僕の半月にわたる入院生活も今日で最後と
いう日に、もう一度、西病棟の四〇五号室に足を運んだ。病室の
ドアは閉まっており、名札は外されていた。ノックをしてドアに手を
掛けた。ガランした室内に無機質なパイプベッドが、ひとつあるだ
けだった。
「西田さんの知り合い?」
不意に後ろから声を掛けられ、振り向くと見知らぬ看護婦が立っ
ていた。
「西田さん、どうなされたんですか?」
「昨日、大学病院にお移りになられましたよ」
僕はWindowsを立ち上げる。メモ帳を開き白の背景色を原稿用紙
にみたてキーボードを叩く。今の僕ならば病室の窓からの眺め以外
の景色、世界を見せてあげることが出来るかもしれない。
了
俺はもう、2ちゃんねる見ないからね。見ないよ。見ないようにするよ。
見たいような気がするけど、見せてもらえないよ。見せられないよ。
見たいけど…… 見ませんよ。見たくありませんよ。でも、少し……
いやいや見られないんですよ。見たい感じはするけど見ないですよ。
見たら見たで見なければよかったと後悔するなら見ないほうか良い、
みたいな。しまった、最後、みたいな。と、言っちゃた気がしますよ。
このみたいなは違う、みたいな、ですからね。勘違いをするといけま
せんからね。訂正する、見たいな。すいません。字を間違いました。
訂正するみたいな。です。見たくないのですよ。本当は。見たくない
のを我慢して見るんです。いやいや見るんじゃないです。我慢じゃな
いんです。見たくないんです。本当は見たいんです。鉄の意志です。
鉄の意志で見たいんです。んっ? 見ないんじゃーーーーーーー。
寝る。
ごくろうさま。いつも、読ませていただいてます。
2ちゃんねるです。マイペースでいきましょう。
うん、マイペースでいこう。距離とか関係なく、
住んでいる国とか関係なく、地位、歳、性別、
etcの壁はなく、壁がないから絶対的な壁が
あるわけで、つらいね。2ちゃんねる。
寝るよ。おやすみ。
>>450
さてさて、今宵はなにを書きましょう
その前に、コーシーでも、
現在、283KB
454
A4の書類の束が机の上にある。書類の側面に小さな、小さな羽虫
がいた。僕は指で潰そうかと思ったが、なんとなくかわいそうに思え
親指を書類の側面に当てページをぱらぱらとやると風圧で羽虫が飛
ぶかな? と考え実行に移してみたところ僕の予想に反して、
羽虫は書類の間へと身を投じ姿を隠してしまった。ありゃりゃ、と、
思った時にはすでに遅く、五百枚からある紙の城に逃げ込んでしま
い、羽虫の小さな躯が見つからない。おそらく数日を待たずとも羽虫
は紙圧によってぺったんこになり干からびてしまうだろう。ふと、思っ
た。今の僕はこの羽虫と同じなのではないだろうか?
活字の海に溺れ、活字に囚われ、活字の重みに押し潰されそうな様
は、まさに僕の姿であり、そのものであった。そういえば、僕は布団
で寝るとき、うつぶせになりカエルが押し潰されたような姿で寝入る
のが好きなのである。
のり弁、うめぇーーーーーーーーーーーーー
ほっかほっか亭
コーシーでも飲むべ
ひさしぶりに、のり弁食ったら、うぅんいまぜ! 感動した!
誤字だな、まぁよいこれも、ひとつの宇宙だ。
だけんど、あれだなひとつの事に囚われるとダメだな。
とくに、怒り、悲しみっうのは、頭ん中に居座るかんな、
そうすっと負が負の感情を呼び寄せるんだいな。ます
ます、悪いほうに行くかんな。
そういう時ゃ、お笑い番組見るとか、めっちゃくちゃ
体を動かすとかがいんみてぇだいな。
コーシーおわっちまったい。もう、一杯煎れるのめんどくせぇし
まぁ、いいか。
哀しい物語を書くよか、楽しいわくわくする物語を書くほうが
難しいな。俺は18歳の頃、人をどうやって笑わすか?っう事
をよく考えて自分なりにノートにミミズの、のたくったような字
でいろんなこと書いてたなぁ。そのノートは失くなっちまった。
だけんど、人を笑わすっうのは難しいな。
,'⌒,ー、 _ ,,.. X
〈∨⌒ /\__,,.. -‐ '' " _,,. ‐''´
〈\ _,,r'" 〉 // // . ‐''"
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- - - -_,,.. ‐''" _,.〉 / / . {'⌒) ∠二二> - - - - - - -
_,.. ‐''" _,,,.. -{(⌒)、 r'`ー''‐‐^‐'ヾ{} +
'-‐ '' " _,,. ‐''"`ー‐ヘj^‐' ;; ‐ -‐ _- ちょっくらタバコ買ってくる
- ‐_+ ;'" ,;'' ,'' ,;゙ ‐- ー_- ‐
______,''___,;;"_;;__,,___________
///////////////////////
あ〜あ、コーシー飲むかな
ホットココアにした。グヘヘヘヘヘェ グェ
何かが視神経スレには書かない。このココアは
裏帳簿につけとく。もうかれこれ53杯くらい裏に
ついてる。(嘘
さて、寝るか。
一度、誤解を受けてしまうとなかなか修復も取り返しもつかない
な。素直に謝りたい気持ちはあるが、どのように謝るか手段に
困る時がある。今回は俺が全面的に悪いな。
まず、思慮が足りなかった。感情に走った。こんなこと書いて
たら二年以上前の事を思い出してきた。たしかあの時も、
たったひとレス、十七文字で仕留められた記憶があるよ。俺
はあの頃から成長していないのかもしれん。“レスを打つ” と、
いう事は難しいな。あらためて気付かされた思いだよ。ごめんよ。
「無題」
究極の遊びってなにか知ってるか? カチッ、カチッ、と剪定バサミ
を鳴らしながら、時田は鼻の下にある、ちょぼ髭に手をやり僕に質問
した。
「究極の遊びねぇ……」
僕は縁側に腰を掛け針のような葉をつけた松の鉢を眺めながら、
「まさか盆栽なんて言うんじゃないだろ」
春の暖かい日差しを浴び松の枝が、生き生きと空を押し上げて
いた。
「これは、仕事さ」
時田はそう言い、松の葉を爪楊枝にみたて口にくわえて僕に見
せる。
「松の葉は体に良いのだよ、ちょっと癖のある味だがね、男性機能
に効果抜群、俺が小学生の頃、じいさんに戦時中の話をよく聞かさ
れたもんだ。戦争末期、松根油と言ってな松の根っこから樹脂油を
一斗樽に取って集める、それを精製してその油で飛行機を飛ばした
んだそうだ、じいさんはその一斗樽に指をちょいと入れてな二口、三
口舐めるんだ、そうするとその夜は凄いらしいぞ、身体が熱くなるら
しい、まあ、その松根油で俺の親父が生まれたんかもしれんな当時
小学生の俺にはその辺の話はよく分からんかったが飛行機のくだり
が面白くて何度もせがんで聞かせてもらったもんだ」
カチッ カチッ と時田の手は話ながらも休める事なく動いている。
時田の作る盆栽は一部のマニアに人気があるらしく月に一つ二つ
鉢が売られていく。
「ところで何の話してたんだっけ? そうだ、そうだ、究極の遊びだな」
僕はさっきと同じセリフを呟いた。
「究極の遊びねぇ……」
すると、リズミカルに聞こえていたハサミの音が止まり、
「あっ」
優雅な枝振りのひとつがポロリと落ちた。時田の泣きそうな顔を見
た瞬間、答えが自然と閃いた。一息、間をとり僕は口を開いた。
「究極の遊びは、“人を笑わす”事だな」
僕はチャップリンの白黒映画を思い浮かべながらニヤニヤと時田
の顔を眺めた。
「三十万円の一発ギャグだな」
笑いながら時田はそう言った。これだから友達はやめられない。
了
国語の教科書に載ってそうな話だな。
>>471 あほたれ、俺がこれから国語の教科書に載るような話を書くだよ。
「まってろ未来の俺の子供達!」
ごみ箱からは僅かに香る栗の花の匂い、丸めたテッシュが虚しく……
「あぁ、今日も空撃ちしちまった、寝るか」
今宵も独り身侘びしく、布団にもぐり込む。俺だった。
完
>>471 ねぇ、怒ってる? あほたれって言った事。
冗談と愛情を絡めて言ったつもりなんだけど……
怒ったのならごめん。また、気が向いたら
来てくれよぅ。いつでも歓迎するよ。
気にしてないよ、カワイイなおまい(・∀・)
>>474 おぉ、来てくれたか。俺は初めからあんたは悪い人じゃない
と思ってたんだよ。sageで書き込んでくれてるしな。なんと
なくだけど分かるんだな。なんでかっうと俺は夢板、あともう
ひと板、これは板名は秘密。この二板で、自分で建てたスレ
に引きこもって独り言やってたんだよ。いままで何スレか消費
してきた。そうすっと、夢板なんかだと常連さんが付くんだよ。
だから、なんとなく分かる。
あの他人に無関心な夢板で、ショートショートスレなんっう
のが昔あってそこで短い話を書いてたりもした。そのスレは
五〜六人でまわしてたんかな。不特定多数の人が出入りして
たから正確にはわからんけど、そんでも、あの他人に無関心
な夢板で反応があるんだよ。小さな、小さな反応だけど、
おもしろい物を書くとレスが、ぽん、ぽんっと三つくらい付くん
だよ。夢板の性格(板格?)っうんかな一日で一つ。
三日で三つ。それも感想じゃないよ。
つづきまだーーー。
泣けたよ。。。
まだかー?
こんな感じだった。そんで俺はこの三つの反応の向こう側、要す
るに回線の向こう側でモニターを眺めているであろうROMの数
を想像するんだよ。これは正確な数なんか分からない、あくま
でも想像だ。基本的に夢板のROMさんは一般読者と同じ感覚
だかんね。そうすっと、何か掴めるんだよ。
どういう話が受けるのかな。とか、
それと、SSだからレス数に二レスか、三レス約40文字×約25行
で勝負だかんね。そうすっと、読む人に対して “読んで下さい”
という心構だと通用しなかった。だから最初の頃は反応無し。
“読ませるぞゴルァーーーー” こんな感じでやってた。
ひとスレ読ませて、次も、読みたくなるように書く技術っうんかな
そんな事を考えるようになったんだよ。そんだから、このスレにあ
る俺の駄作もひとレス約30文字×約23行の中に一カ所、読んでる
人が飽きないよう気を引くフレーズなりセリフ、表現を入れてるん
だよ。ひとレスが原稿用紙にすると1.5枚から2枚だろ。ひとレス
ひとレス丁重に書いた結果、50枚になるだけの話。
そうすっと、ひとレス分でも気の抜けた文章になりにくくなるっうん
かな。結果、全編に渡って気が張りつめた文章になっちゃった。
チャン、チャンてな感じ。
スレで物語を書くということは大きな落とし穴があるんよ。
スレが、dat落ちしないと公募に出せないんだよね。俺、最近にな
って気付いたんだよね。w
477 :
罧原堤 ◆SF36Mndinc :皇紀2665/04/02(土) 00:30:35
『乙女ゲー』を読むために、あと一本タバコ吸う。明日は10時には起きよう。
おやすみなさい
478 :
名無し物書き@推敲中?:皇紀2665/04/02(土) 00:42:08
これ誰か読んでる人いるの? 板ルール違反じゃないの?
479 :
名無し物書き@推敲中?:2005/04/04(月) 08:12:11
「うんこ食ったら許してやる。」
保守
書きたいという衝動が沸き上がらない。
485 :
マジレスくん:2005/07/26(火) 07:46:59
つーか、「書きたいから書く」って本当に成り立つのか疑問だな。
嘘ついてる可能性もあるんだよね。
「書きたいから書いてるんだ」って言い張りたい人、いるよね。
UFOを見たとか、霊能力があるとか言い張る人。
それと同じだろ。
スティーブン・キングは「書かないと自殺しちゃうから書く」って言ってるけど、
その辺がせいぜいだと思うね。
そういう消極的な理由でしか、小説を書こうなんて思えないだろ。
「書きたい!」なんて衝動がある日おとずれるなんて思ってる奴は夢見がちな間抜けだろ。
↑大馬鹿野郎
487 :
名無し物書き@推敲中?:2005/07/26(火) 09:34:17
書きたいんだけど、時間と文才がない。
488 :
名無し物書き@推敲中?:2005/07/29(金) 09:47:47
>>485 う〜〜〜〜ん……
そういわれるとそうかもしれない。
俺は書きたいから書いてるんだけど、そんなに切実はないな。
なにがなんでも書きたいとは思ってないかも。
489 :
名無し物書き@推敲中?:2005/07/29(金) 11:25:38
>>485 「書かないと死ぬ」なんて言ってる方がよっぽど嘘っぽいがな。
それこそ、公の場でそうやって発言した過去の偉人や、彼らの生み出した物語の登場人物に感化されて
「俺も小説を書くという行為でしか生きていけないんだ」と言い張りたいだけではないか。
「書きたいから書く」というのは、書くのが好きだから書くってだけ。
別にそんな大した事ではない。楽しいからだよ。そんでしばらく書いてない間に突然アイディアが浮かぶと
「これを早く文章にしたい!」=「書きたい」という衝動に駆られる事はしょっちゅうありますが?
まぁ君が夢見がちだと思うならいいけどさ、書かないと死ぬって主張についても考えてみるべきだよなお前は。
まあ、あれだ。
「書く」って事に一々理屈をつける奴に限ってあまり書かないな。これはガチ
491 :
名無し物書き@推敲中?:2005/07/29(金) 12:12:16
とはいえここまで議論が発展するってことはさ、「書きたい気持ち」ってのは、ちょっとゲームやろっかなっていう「〜したい」とはちょっと違う気がしる。
ちなみに俺は書きたくないときのほうが圧っ倒的に多い。頼むから何とかして頂きたい。とにもかくにも次を書かないと進みません。私信ですが。
>「これを早く文章にしたい!」=「書きたい」という衝動に駆られる事はしょっちゅうありますが?
おまえいいなー。俺のそんな時期はとっくに過ぎたよ。
いやまあいつ過ぎたのかはしらんが、いつの間にか書きたくなくなっててでもここまで書いたからには結局最後まで書かないといけなくてっていうか書いたほうがいいような気がしてでもそれって書きたいような気持ちがあるような気もしてああああ。
うん。色々だよ。人それぞれ。書きたくないけど書きたいよ。
492 :
名無し物書き@推敲中?:2005/07/29(金) 17:01:28
>>491 >おまえいいなー。俺のそんな時期はとっくに過ぎたよ。
遠回しに「俺の方がお前より熟成しちまってるんだぜ」と言いたいのかな?
いや、俺の思い過ごしなら別にいいんだけど。うん。もしそうならかなり幼稚な手法だなーって。
>いやまあいつ過ぎたのかはしらんが、いつの間にか書きたくなくなっててでも
>ここまで書いたからには結局最後まで書かないといけなくてっていうか書いたほうが
>いいような気がしてでもそれって書きたいような気持ちがあるような気もしてああああ。
簡単に言えば、惰性で書いてるってだけだろ。
まぁ結論は
>>490に在り、と俺は思う。
>>491 これって、書きたいんじゃなくって、「書きたい人になりたい」若しくは「書ける人になりたい」だけじゃないの
494 :
小泉誠二:2005/07/29(金) 17:12:54
書きたいなら全てを犠牲にしてでも書けばいい。
書きたくないなら安直で平凡な道を選ぶがいい。
495 :
マジレスくん:2005/07/30(土) 07:37:20
>書かないと自殺しちゃうから書く
つーのは、俺はわかるけどなあ。
自殺衝動は作家全員にあるだろ。で。小説を書くことで自殺を逃れている。
当たり前っちゃ当たり前だろ。
そんなのは一部の作家だけ。
いまや作家も常識人が多い。エンタメ系は特にそう。
変な先入観持つな。
497 :
名無し物書き@推敲中?:2005/07/30(土) 08:19:06
それはお前が小説書きを誰でも作家と呼んでるからだろ。
ライトノベルなんか作家じゃねーよバカ。
498 :
名無し物書き@推敲中?:2005/07/30(土) 08:22:45
自殺願望がある基地外は創作する前に病院池、生産性0のゴミ
499 :
マジレスくん:2005/07/30(土) 08:27:28
自殺衝動を感じたことのない作家というと誰になるのかな。
501 :
名無し物書き@推敲中?:2005/07/30(土) 09:06:42
自殺衝動と言っても、ピンキリだから何とも言えない。
まずは定義からはじめよう。
502 :
マジレスくん:2005/07/30(土) 09:12:16
自殺衝動がピンキリってことはないよ。
衝動の強さ弱さはあるけれども、定義の問題はない。
なんでラノベって嫌われてるの?
504 :
名無し物書き@推敲中?:2005/07/30(土) 09:19:57
>>502 その強さ弱さをピンキリと表現しているんだろう。
つーか、自殺について語りたいなら他板逝け
>>503 ラノベ板に行って見ればわかるかもしれません
そこで分からなければ、たぶん、説明を聞いても分からんでしょう
>>504 >その強さ弱さをピンキリと表現しているんだろう。
だったら定義は関係ねーじゃん。頭大丈夫か?
506 :
名無し物書き@推敲中?:2005/07/30(土) 09:33:54
まあまあ、何でもいいから、まず定義の問題から始めようじゃないか。
お前の「自殺衝動の定義」って、なんなんだ?
>>501=
>>506よ。
509 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/03(水) 10:34:49
夏厨、逃亡w
510 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/03(水) 17:54:25
>>500 自殺衝動を感じるのと、「書かないと自殺してしまう」という主張はまったく別の話。
自殺云々の前に並の理論力ぐらいつけろよ
511 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/03(水) 20:24:04
>>510 自殺衝動を感じたことのない作家がいるのかどうかって話だろ、バカが。
夏はこれだからな。理論力ねw
512 :
小泉誠二:2005/08/03(水) 21:56:15
夏ですね―。いいですねー。執筆の季節ですねー。
513 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/03(水) 22:46:44
厨房は理論って言葉が好きだよな。この場合はたぶん論理のことだろうけど。
たぶん理論と論理の区別が付いてないんだろうけど。
理論とか論理とか言いたがるやつに限って、理論も論理もどっちも駄目だよね。
514 :
縞田123号(実は高2):2005/08/03(水) 23:56:34
オレはそんなことない。
515 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/04(木) 02:42:27
>>511 >自殺衝動を感じたことのない作家がいるのかどうかって話だろ、バカが。
スレの流れ嫁。
>>485(マジレスくん)がスティーブンキングの「書かないと自殺しちゃう」という一節を引用し、
>>489がそれに反論し、そこから発展していった議論。
そして
>>495でマジレスくんが「書かないと自殺しちゃう」と「自殺衝動は作家全員に〜」をごっちゃにした。
俺はそれに対して
>>510をぶつけたワケだが。
って、なんで俺が順序立てて
お前みたいなバカのために解説してやらないといけないんだ
?
あと、「理論力」が間違ってるのかと思って意味調べたら、
『[二]物事の道理・筋道などについて論じ合うこと。』
あながち間違ってはいないじゃないか。ググってみたが普通に使われてる言葉のようだし。
まぁ
>>513の言うように理論と論理の区別に関しては意識してなかった。
スマソ。
516 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/04(木) 06:30:09
ごめん。あんたの言うとおりだ。
もう反論しないよ。あやまるよ。俺、別にあんたのことが
嫌いじゃないんだ。これだけはわかってくれ。
これはきっと、俺達の仲を裂こうとする誰かの陰謀だ。
フッ……。
こんなことで俺達の絆が断たれることなんて無いよな?
……な?な?
お願いだ!うなずいてくれよ!
517 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/05(金) 09:17:44
>>515 お前は本当に馬鹿だな。
>>500が聞いているのは、自殺衝動のない作家がいるかいないのかだろうが。
さっさと答えろよ。
>そして
>>495でマジレスくんが「書かないと自殺しちゃう」と「自殺衝動は作家全員に〜」をごっちゃにした。
ごっちゃにしているのはお前なんだよ。
マジレスは
>>495と>>
>>500であきらかに別の質問をしてるだけだろーが。
お前が二つの問いを混同してるんだよ。
理論理論言う奴ってやっぱこれなんだよな。
518 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/13(土) 16:26:44
マジレスくんの意見を踏襲するわけではないけれども、
書きたいから書くという情熱ってどんだけ維持できるのかと思うと心配だ。
やっぱ最後は自殺したくないから書くという心境になるのかな。
なんか暗澹たる気持ちになるんだけど。
519 :
アレフ・ガルーシャ・レグナス:2005/08/13(土) 17:56:40
作家の中には本を売ることだけを考えて、
書きたくないものを書いてる人もいるんだろうな。
俺はそんな風になりなくないな。
520 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/14(日) 23:46:24
↑センスないね。もしかして、わざと??
ってか、マジ、ネット上の投稿小説って、レベル低すぎ。
自分がいくつかの編集者に見込まれた意味が、凄い解る。
でも、文学賞には落ちちゃう・・・w
所詮はまだ私もド素人なんだな〜〜〜・・・
521 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/15(月) 16:35:31
>>520は、意味がちょっとよく分からないな。
センスないねとか投稿小説がどうこうとか。
センスとか投稿小説なんつーのは文脈に全然関係ないワードだ。
実際、何が言いたいのかな。
523 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/15(月) 18:23:31
まさか
>>1宛てはないよ。
>>520はネット上の投稿小説について書いてるんだから、
単なる誤爆だろ。
>>1は2ちゃん(ネット上)に小説を投稿していた訳だが…違うのか
525 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/15(月) 18:34:43
526 :
名無し物書き@推敲中?:2005/08/15(月) 18:57:47
527 :
マジレスくん:2005/08/24(水) 23:17:07
馬鹿は俺だけで充分だ。
528 :
名無し物書き@推敲中?:2005/09/10(土) 06:11:56
書きたい、だから書くという奴は、どういう心理状態なんだ?
何か小説になりそうなアイディアを思いついたから書きたくなるのか?
それとも何が何でも書きたいという衝動が先にあって、
あとからその衝動に見合ったストーリーを考えるのか?
529 :
名無し物書き@推敲中?:2005/09/10(土) 06:18:21
>>528 大抵の人は、その2つを区別せず、渾然一体といった心理状態
だと思うが、敢えて、どちらに重点があるかと問われれば、
後者と答えるだろうね。いわゆる、表現意欲、表現衝動みたいな
ものだ。とにかく、文章を、小説を、物語を、書きたいんだよ。
530 :
名無し物書き@推敲中?:2005/09/10(土) 06:25:05
その表現意欲、表現衝動みたいなのって、どんなものなのかな。
たとえば自分の生きた証を歴史に刻みたいとかかな。
531 :
529:2005/09/10(土) 06:53:11
>>530 そういうのじゃないと思うね。とにかく、衝動なんだよ。
Hネタに喩えれば、性欲と同じだ。そこにきれいな女の子
がいれば、むしゃぶりつきたくなるだろ? そんなとき、
子孫を残したいからなんて考えない。とにかくやりたい、
その一心のはず。生きた証が残るなんてのは、図らずも得た、
あるいは、得られるかも知れない、結果に過ぎない。
532 :
名無し物書き@推敲中?:2005/09/10(土) 07:24:43
そんだけ衝動があっても書けるかどうか微妙なところが難しいところなんだよな。
533 :
名無し物書き@推敲中?:2005/09/10(土) 17:11:52
>>532 その通りだね。(文芸の)女神が微笑んでくれなければ、どうにもならない。
>>539の喩えで言えば、当の女の子がその気になってくれるかどうか、それが
運命の分かれ目。
何もかも、すべては混沌から生まれるんだよ
539→531
536 :
名無し物書き@推敲中?:2005/09/14(水) 07:28:09
つーか、「小説家になりたい」=「小説を書きたい」でいいんじゃないか?
普通は小説家になりたいとも小説を書きたいとも思わないだろ。
そして小説家になりたい人は小説を書かなければならないといずれ気付く。
その時点で、どうしても書きたくない人は振るい落とされる。
537 :
dogmanX:2005/09/14(水) 12:16:29
なぜ書きたいか?
他にストレス解消の手段が無いから。
書きたくなくても無理矢理ひねり出せるくらいでないと、作家になるのは無理だろうな。
良作を少数しか書かない作家と、駄作でも大量に書く作家の、どちらが求められているかと言えば、実は後者の方だったりする。
539 :
歌舞伎町ブルース:2005/09/15(木) 16:28:19
オナニーと一緒だね、出した後で虚しくなるもんね。
540 :
名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 17:06:16
538
それは駄作といってもあなたみたいな人がそう思ってるだけで求められてる以上は
そこそこ面白いところがあるはず。そこで駄作というと語弊があるんじゃないかな。
541 :
名無し物書き@推敲中?:2005/09/15(木) 17:20:19
>538
いかに駄作作家が出版社に求められていようと俺は駄作を読みたくはないな。まして金など出せるわけがない。
542 :
無名草子さん:2005/10/13(木) 11:28:35
恩知らず
543 :
名無し物書き@推敲中?:2005/10/16(日) 22:12:19
なぜ書きたいのか。
それは、そこに「自分」がいるからである。
嘘偽りのない本当の「自分」がいるからだと、最近気づいた。
544 :
名無し物書き@推敲中?:2005/10/16(日) 22:15:54
それが明日も変わらなければよいんだけどな。
俺はもう、褒められたいからよ。
545 :
名無し物書き@推敲中?:2005/10/16(日) 22:19:45
確かに褒められたいっていうのもあるけどね。
ストーリーを考えるのが好きだから、純粋に好きだから書く
「書きたい!」って気持ちに理由なんていらないと思うけど
だからさ、ネット上で小説書いてるやつって集めれば山になるほどいっぱいいるわけでしょ。
みんな「書きたい!」って気持ちで(すくなくとも最初は)書いてる。
……とすればよ、「書きたい!」って気持ちで書いているから、「評価」されるわけでも「褒められ」るわけでもないわけでさ。
そういう孤独と向き合うと、空しさがやってくるんじゃないかと。
そこらの気持ちと、どう臨んでる? マジで
545だって、「書きたい!」って気持ちがあるからって、全てを許したり高く評価するわけじゃないでしょ?
二周年記念パピコ! じゃーーーーーーーー。
寝ない。
さてさて、なにを書きましょう。
と、そのまえに、コーヒーでも飲みまひょ!
プログラムのコードを書く人々に興味がありUNIX板やLinux板、プログラマー板を
ちょこちょこと覗いていた。いや、コンピューター言語でコードを書く情熱を持った
人々がいかに情熱を持続させているのか、に興味があったと言ったほうが正解
かもしれない。
彼らはひとつのソフトをつくりあげるのに、30万行、100万行という文章を平気で書く。
もっとも言語は日本語ではなくコンピューターが認識しうるC++言語であったりする。
30万行もの膨大な.txtはC言語といえども文章と言えるのではないだろうか。彼ら
コードの読める人々にとって汚いコードと美しいコードがあるらしい。このあたりは
物書きに相通ずるものがあるように感じてならない。
もうひとつ共通する点があるとすれば……
うんうん唸りながらC言語という言葉をあやつり書いている姿を思い浮かべてしまう
のは、わたしゃだけなのだろうか?
さてさて、昨年11月1日に起こった東証のシステムダウン。記憶に新しいと思う。
当時、ニュース速報+板にて
「余裕のない納期、長時間残業…」 プログラマー/SEの苦境、東証システム障害の一因に★2
このようなスレッドが数日間にわたり2本、3本と板に立った。わたしゃは日本の
優秀なプログラマー達の悲痛な声をスレッドのなかで聞いていた。
その中で、シグマ計画という聞き慣れない言葉を耳にした。さっそくgoogleで検索
をかけてみた。1985年-1990年、通産省先導のもとに推し進められた5年間に渡る
国家プロジェクトであった。結果から云うとこの計画は失敗という評価が下っている。
他国のシステムに依存しない純国産のOS、それとOSを動かすシグマ・コンピュー タ
というハード(機械)そのものの開発。わたしゃがこのシグマ計画で注目したのは
1984年、産業構造審議会から出された報告書にもとずきソフトウェア開発技術者の
将来的不足を懸念し60万人もの技術者育成を国が行ったことである。シグマOSは
失敗という評価が下っているが、ソフト開発技術者という種がまかれたことも失敗
なのだろうか?
日本人の物作りに対しての評価は高いことはいうまでもない。
現時点では失敗、成功と早急に断ぜないのではないだろうか。長い人類の歴史に
おいてコンピュー タ産業はまだ産声をあげたばかりでソフト開発の歴史も浅い。
しかし、その浅い歴史のなかで上にあげた
「余裕のない納期、長時間残業…」 プログラマー/SEの苦境、東証システム障害の一因に★2
スレッドでプログラマー達の怨嗟の声、悲鳴を耳にするということは日本の経済、及び
システム、大きな流れに歪みを感じざるおえない。
1990年-2000年、Y2K問題でプログラマー達は活躍の場を得る。大きな時間軸の
流れでみると必然なのかもしれない。そして、この目に見えない力は経済という
化け物にも作用していた。2000年ITバブルという形で株式市場を襲った。
プログラマー達は連日の徹夜作業に悲鳴を上げることになる。その一方でIT銘柄
の急高騰、急転落に悲鳴をあげる人々もいた。
昨年11月1日に起こった東証のシステムダウン。年末、みずほ証券誤発注、年を
またいで、年頭の日興シティグループ証券誤発注と証券会社自己売買部門の
インチキが露呈されてしまった。このような点が線へとつながるような動きに別段
驚くこともない。
目に見えない力のうねりが経済という化け物のなかに歪みをつくっているだけの
ことである。歪みの名前は株式市場といった。うかつに近寄ると渦に飲み込まれ
てしまう。渦の流れを見極められる者だけが生き残れる世界。なんちって、、、
わたしゃも株やってみっか。。口座開設する前にっと。株式板で勉強してこよ〜
株価ブラウザ明日香(1週間試用無料)
alpha-chart(1ヶ月試用無料)
とりあえず、ふたつのソフトをダウンロードした。
いまから使ってみる。
どうやら上記2ソフトではリアル値動きがみられない模様。株価ブラウザ明日香で
20分遅れの株価がみられる。alpha-chartにいたってはデーターダウンロード
は15:30以降、相場が引けてから推奨との事。
両ソフトはお互い特化している機能が干渉しないのでとりあえず併用予定。
証券会社に口座を開き無料ツールでリアル値動きを見られる日は… まだまだ遠い。
alpha-chartにてライブドアの日足チャートを眺める。息づかいが聞こえるようだ。
上下に波をうつローソク足の中央を串刺しにする赤い25日平均線。それに平行
するよう這い進む青い75日平均線。2本の平均線がときおり交差しながら互い
の位置を入れ替わり織りなす最終点にその日の模様が刻まれる。
2006/01/06
始値 700
高値 705
安値 673
終値 677
前日比 -28
対25日平均乖離率 -2.6
どうやら、休み明けの火曜、反発しそうだ。ダイナシティ関連のニュースがどのよう
に影響するのだろうか。
明日香の注目銘柄上で右クリック→新規フォルダーを作ってみた。
乖離率フォルダー (2006/01/06時点での乖離率 -7%以下)
2266 六甲バタ 4740 Nディール
2330 フォーサイド 7736 ユニオン
2350 オックス情報 7856 萩原工
2671 FDCP 8489 アプレック
3587 IBダイワ 9365 トレーディア
3719 BBコンサル 9425 日本テレホン
4233 ワコー 9428 クロップス
4830 サンライズT 9704 東海観
5721 Sサイエンス 9922日立機材
6347 プラコー 9942 ジョイフル
7568 クレックス 7716 ナカニシ
6593 ローヤル電 7428 江戸沢
7228 デイトナ 7569 モンテカルロ
おばけフォルダー(おばけのような驚異的な値動き)
4776 サイボウズ
午前中の感想、チャートは生き物のように感じる。ライブドアを含め
28銘柄チェック。目標設定-ゆっくり階段をのぼるように、
100-150-200-250と歩を進め300銘柄に目を通す事ができるまで、
口座開設は出来ない。それでも全銘柄の一割にも満たない。
乖離率フォルダー (2006/01/06時点での乖離率 -7%以下)
訂正 : 2、3銘柄 乖離率 -7%に達していない銘柄も混じってしまったようである。
75日平均線は補助的な感覚でみている。あくまでも25日平均線を軸として
チャートを眺める。したがって乖離率は対25日平均線を用いることになる。
株価というものは25日平均線が好きらしいのでございます。好きなのだから
寄り添えばよろしかと考えますが、あちらへぴょんぴょんこちらにぴょんぴょん
と忙しく。上下に遠く離れてみたり、かと思えば25日平均線を慕うように近づい
てみたりと、つかず離れずの相睦ましさ。
ときには塞ぎ込むように下を向き、翌日になってみれば、草原のバッタと見まご
うほどに飛び上がる。その一瞬を網で掬いあげようと世の個人投資、投機家達。
網の目をかいくぐりまんまとバッタは逃げおおせる次第成。草原にバッタバッタ
と倒れ果てる投資、投機家達の屍累々。嗚呼、風に破れ網がなびくので、
本日はこれにて筆をバタッと置かせていただきます。
乖離率フォルダー
1731 ペイントハウ 4707 キタック
2266 六甲バター 4830 サンライズテ
2330 フォーサイド 4831 オープンルー
2665 ネクストコム 4840 ドリームテク
2799 ネクサス 4850 ダウケミカル
3390 ユニソリュー 5456 朝日工業
3719 ビジネスバン 5727 東邦チタ
4361 川口化学 6489 前澤工業
4565 そーせい 6593 ローヤル電機
4642 オリ設計 6739 アドテックス
6762 TDK 7736 ユニオンホー
6770 アルプス電 8192 シグマゲイン
8301 日本銀行 8399 琉球銀
8308 りそなホール 8404 みずほ信託銀
8327 西日本シティ 8527 愛知銀
8340 九州親和ホー 8556 香川銀
8367 南都銀 8558 東和銀
8386 百十四銀 8489 アプレック
8545 関西アーバン 8818 京阪神不動
おばけフォルダー
4776
4973
低位株フォルダー
6793
7638
8107
学習用フォルダー
3777 8925
7599 6762
4753 7564
9204 5481
2342
現在、チャートの観察方法はあくまでも練習用と考えている。実践では別の
手法を取ると思う。しかし、今この練習をしておくことに意義がある。必ずや
二年後、三年後役立つ時がくる。
25日平均線をゆらゆらと波打つ海面に例えると、
25日平均線=海抜0地点と言えるのではないでしょうか。
乖離率 -7%とは海中の深度を測る数値にすぎない。日の光、届く浅の海と
申しましょうか。その浅瀬に泳ぐ魚族である銘柄をチャートという羅針盤で
見てまいりました。しかし、大海原。魚族と一口に言ってもサメもいればアジ
もいましょう。多種多様な銀鱗が海の深いところ浅いところと泳ぎまわって
いることに違いありません。大雑把に -7%以下この条件に合致する銘柄を
数日間にわたり見ただけのことにすぎません。この広い海原にはどんな魚
が潜んでいるのかまだまだ未知の世界なのであります。
その日の天候、外国から来る漁船等を考え見て、-5%、-3%と探ることも
必要なのではないでしょうか。
さきに、25日平均線を海抜0地点と申しました。ここで、視点を上に振って
みると海面上空には翼をひろげた鳥族銘柄が悠々と羽ばたいております。
陰陽のバランスをもってしてみれば当然の光景がチャート上に繰り広げら
れているのかもしれません。
経済という化け物の腹内にある株式市場においても自然の枠からはみで
ることは出来ない。と言えるのではないでしょうか。
水が気体に成り、液体に生り、固体に鳴る。チャート上で自然の法則を
捕らえたものが「手法」と呼ばれ、まだまだ発見されていない法則がある
と考えております。
alpha-chart
ファイル→株価ダウンロード→自動ダウンロード(本日分)
日付:不明
Yahoo!ファイナンスから
まだ取引が終了していません
15時30分までお待ち下さい
強制的に現在の株価をダウンロードしますか?
OK キャンセル
OKを押して2006/01/12 11:00現在の株価をダウンロード。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
要注意点!
強制株価ダウンロードをおこなった日は中途半端な時間(ザラ場中)に
ダウンロードしたデーターを削除すた上で新たに15:30以降ザラ場終了後
データーをダウンロードする必要がある。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ファイル→株価データーの削除→日付のみを指定して削除
その後、指示に従いデーターをダウンロード。
2006/01/12 11:00時点 -5%以下
1728 4850 8399
1860 5189 8404
1878 5456 8755
1997 6666 9119
2409 6739 9178
2414 6762 9448
2501 6770 9731
2665 7479 9779
2671 7599 9905
2709 7736 9922
2813 8192
3304 8306
3384 8308
3716 8316
4359 8332
4361 8340
4707 8341
4740 8367
4830 8374
4831 8386
さて、ここで鳥族銘柄に目を転じてみましょう。飛翔の姿をチャート上で
確認するのには少々面倒でございますが、alpha-chartの設定を行い
スクリーニング機能を使用したいと思います。まず、本日分のデーター
をダウンロードしていただきます。
ファイル→株価ダウンロード→自動ダウンロード(本日分)
検索→株式銘柄スクリーニング→グループの整理→新規追加で適当な
名前をつけましょう(例)東証1部スクリーニング→OKボタン
基本分類→市場タブで東証1部を選択
出来高タブで200を選択
上場廃止タブで有効を選択
天井・底 →乖離率25日を基準
指定なし(タブ選択) 以下。 下がりすぎ。反発を予想(買)
10% (タブ選択) 以上。 上がりすぎ。反落を予想(売)
alpha-chartのスクリーニング機能設定はこれで終了でございます。では、
実際に使用してみましょう。検索ボタンを押しますと、まばたきもする間も
なく一瞬にて結果が小窓へと出力されます。257羽もの鳥族銘柄を捕まえ
ることが出来ました。はたして実態を捕まえたのか幻をとらえたのか判り
ませんが一羽一羽、自然の法則に照らし合わせ検証していくことにいたし
ましょう。
ファイル→各種設定→移動平均線→日足→平均(赤)25日間平均
平均(青)75日間平均
表示→十字カーソルにチェック
表示→乖離率にチェック
一羽一羽の乖離率(本日分の15:00時点)を見てとり乖離率 +6.0〜+13.5
のみ残し、ふるいに掛ける検証作業を行います。大空をぐんぐん上へ上
へと騰がる鳥族銘柄とて大気圏内を脱出するは出来えません。空気の
有り無しの境を天井とすれば、海抜0地点の海面までが鳥族銘柄の生活
園と言えましょう。
鷹の飛行圏内と、すずめの行動範囲とに違いができるのは個々の銘柄
リズムに違いがあることに似ております。では、さきの257羽の銘柄を
ふるいに掛けてみることにいたしましょう。
みごと網の目上に残る鳥族銘柄があれば休み明けのザラ場にて観測
してみることにいたします。
天井・底 →乖離率25日を基準
指定なし(タブ選択) 以下。 下がりすぎ。反発を予想(買)
10% (タブ選択) 以上。 上がりすぎ。反落を予想(売)
訂正 : 5% (タブ選択) 以上。 上がりすぎ。反落を予想(売)
まばたきもする間もなく一瞬にて結果が小窓へと出力されます。
613羽もの鳥族銘柄を捕まえることが出来ました。
昨年はLinux板で多くを学ばせてもらった。第一印象は、閉鎖的、初心者排除。
しかし、板の連中の文章はうまい!
ちょこちょこと覗いていたと表現したが、じつはかなりの時間を分析に費やし
ていたことは秘密である。
彼らの書く文章はわかりやすく無駄がないのである。一見そっけない印象を
文から受ける。意思の疎通としての道具。
合理的思考のもと余分なもの無駄なものを削いでゆく。それが彼らの文章に
滲んでいるように感じた。Linux板で見つけたあるソフトの作者さんのサイトを
読ませて頂いたがじつにわかりやすくその思想が伝わる文章を書く人だなと
いう印象を持った。また同時に世にでるコンピューターソフトは作者の思想その
ものだということを教えられた。三年間にわたり独りでこつこつとソフトを開発
している作者の情熱は何処からくるのか。
わたしゃもそのソフトを使わせてもらっている者のひとりであるが頭のさがる
思いである。
彼らソフト開発技術者の削りゆく美学に文章の深みをみたのかもしれない。
書くことを忘れる為に書く。これが意外と楽しかったりする。今はそんな時期。
1503 1924 3730 4064 5301
1515 1925 3738 4091 5479
1518 1928 3765 4112 5482
1719 1955 3776 4118 5727
1720 2051 3785 4205 5855
1722 2056 4044 4288 5856
1725 2207 2764 4305 5912
1801 2284 2766 4310 5976
1802 2286 3009 4321 6135
1803 2317 3101 4324 6146
1814 2327 3110 4564 6273
1819 2333 3111 4714 6316
1820 2361 3315 4725 6319
1826 2369 3321 4744 6370
1850 2370 3338 4825 6374
1879 2385 3347 4839 6393
1889 2395 3350 4845 6417
1890 2433 3405 4921 6418
1893 2596 3407 5202 6457
1898 2763 3436 5232 6463
6479 6989 8185 8889 9692
6489 6991 8186 8890 9715
6507 6996 8206 8907 9719
6622 7230 8214 8917 9722
6670 7309 8235 8927 9744
6672 7504 8268 8944 9751
6709 7537 8273 8953 9810
6754 7595 8437 9301 9880
6803 7611 8473 9427 9883
6804 7631 8571 9436 9889
6806 7745 8599 9444 9896
6818 7955 8606 9449
6819 7956 8624 9478
6827 7974 8696 9479
6914 7988 8699 9514
6925 8056 8767 9602
6927 8061 8830 9616
6938 8078 8858 9633
6941 8137 8874 9675
6965 8170 8882 9681
2006/01/17 15:00時点(乖離率 -7%以下)
スクリーニング条件
市場 : 指定なし
業種 : 指定なし
株価 : 指定なし
出来 : 700
乖離率25日を基準
-7% (タブ選択) 以下。 下がりすぎ。反発を予想(買)
指定なし (タブ選択) 以上。 上がりすぎ。反落を予想(売)
1491 2342 4065 5726 8011 8341 8871 9870
1731 2409 4340 6762 8013 8399 8894 9983
1757 2536 4565 6770 8020 8404 8905
1872 2579 4733 6784 8233 8515 8912
1878 2665 4830 7202 8308 8565 9435
1941 2706 4831 7210 8327 8607 9438
1991 2792 5002 7545 8332 8615 9448
2314 3391 5471 7606 8334 8752 9449
2316 3727 5715 7736 8337 8755 9704
2330 3779 5721 7750 8338 8853 9735
2006/01/17 日経平均 16,268.03→15,805.95 前日比 -462.08
573 :
名無し物書き@推敲中?:2006/01/18(水) 15:56:51
お前はアホか。
>>573 アホも真剣にやればいつかは本物になる w
まぁ板に則さない駄文だが笑って許せ
ノミの生態研究に一生を捧げる人もいれば、先祖代々受け継いだ田畑に
一生を縛られる人もいる。嗚呼、面白き哉。世に生まれ
やりたい事をやれる自由とやらない自由があるならば、わたしゃ迷うことなく
やりたいことを思う存分やる道を選ぶ。野垂れ死のうが笑われようがそれが
生き方なのだからしょうがない。
山となす ときには海に こころ変る
我めざすとこ 大愚のごとし
576 :
名無し物書き@推敲中?:2006/01/27(金) 18:38:13
中間はないのか、やりたいものもやる、ためにやりたくないものもやる
ゆく道は苦楽あれども
暗くなし
どのみち選ぶも己が心
578 :
名無し物書き@推敲中?:2006/02/01(水) 21:20:18
見誤るなよ、己が心よ。
書きたいことがあるって、幸せなことだよな。
つか、すれ違いかw
物を書くなんて、こんなきっつい事を知らない人生のほうが幸せかもしれんよ
いや独り言だ。
良いものを書いて世の人を幸せにしてやっておくれ。
ありがとうよ。
東雲のひかり染み入る
碗と湯気
胃の腑目の玉朝と気付し
何かをひとつ得ようと思うてなにかを一つ犠牲にしようと思い立ち
タバコをやめるか。
とは言うもののなかなか副守護神さんが、うんと言うてくれんで困る。
食後の一服がうまい。
タバコを吸う本数が減った。以前の半分で一日を終えることができる。
食後の一服を意識的に吸わないようにしよう。
ならば飯を喰わない。昼飯を抜く生活。
一日二食生活。
これで簡単に一本減らすことができる。
パソコンの前では吸わない。鉄の掟書きを頭の中に
いそいそと外に出る。おっと忘れるとこだった灰皿とライター。
右のポッケにセブンスター。我慢に我慢をかさね取り出したるその一本。
ライターを握る指も震えがち。シャリと石擦る音も心地良し。こころなし
炎も喜び踊っているようだ。いな風のせいだった。。
ふうっ。うまい。紫煙たなびく春近し
と生活に密着した…… いな生命に密着した葛藤の吸え……
いや、末に減本に成功? した。 うん、たしかにした。した… な。
とにもかくにもがんばり過ぎないようにかんばろう。
過ぎたるは及ばざる如しという言葉をかみしめながらフィルターの端を
噛みしめている。なんたらかんたらごにょごにょ。。
腹へったなぁ。食い物よこさんかい! と胃の腑がいうてる。
なだめすかすにゃコーヒーじゃ。流しこんじゃる。
コーヒーを煎れカップを口に運ぶ。普段どおりの所作にほっと一息。
これで胃の腑も落ち着くだろう。ふうっ。
無意識にタバコを一本引き抜き火をつけていた。。 おっぺけぺー
昼飯を腹一杯食うことに決めた。挫折、、、、、、、、、、、、、、
櫓をこぎし つたう流れに
移ろいて
夢かうつつか 春を楽しむ
櫓をこぎし つたう流れに
苦しみて
冬から抜ける 春を楽しむ
あわと立つ 放り投げるは
尿の橋
とうとう糖と 黒き土消ゆ 嗚呼、、、、
何事も 喰ったつもりで
二分除けて
腹八分目 肝に命じと 嗚呼、、腹へった
甘いもの禁止。。
コーヒーに砂糖を入れてせんべいその他間食禁止。
今日から緑茶にしよう。
三方を山に囲まれ谷間を流るる川ありき。上流幅狭く流りくる水を調節する
関を持ち、下流豊満たる湖水のごとき。その流れを目で追うと遠く下流に視界
は平けり架かる橋あり。橋のたもと古くからの旅館ありてひっそりと建ちあたかも
景色の一部也。見上ぐるば四辺を圧するがごとく山の息吹そこかしこに留めん
とする樹木生い茂りその様はいっぷくの山水画を眺めるが如し。
不思議なことに豊満たる湖水から立ち昇る湯気によりて谷間全体が霧に包ま
れたごとく神妙霊験な景色ここに出現したり。ちらちらと白雪降り始めこの世のも
のとは思われぬ様は天国の一部を切り取うた心持ちするなんとも言われぬ景色哉。
下流の橋へと続く山道から一人の翁、背に薪を負て杖を片手に道を登りくる。
しばらくの間に近くに寄りた翁に声をかけ尋ねいる男あり。
「すいませんお爺さん、ちょっとお尋ねします。ここはなんと言う温泉郷ですか?」
腰の曲がった翁、一尺もある白髭に手を添えゆうくりと口を開く。
「へい、この温泉郷は根の国、底の国、幽界、神界、現界との谷境、三途の川
手前に位置する中有の里でございます」
男、初めて耳にする中有の里と云う言葉オーム返しに唇から漏れ。
「中有の里…… で、ですか」
何度も同じ質問を尋ねられその度、答え慣れた態で翁丁寧に返答するも要点
漏らさず。
「へい、わしゃそこの旅館の釜たき爺やでごさいます。どうぞどうぞ旅館にごゆるり
と逗留なさって現界での旅の垢を落とされてゆくがよろしい。現界においてこの
温泉郷も模写されている所がございます。尻焼き温泉を御存じか。川全体が
見てのとおり湯気たちのぼり温泉となってございます。肉体あるときに尻焼き温泉
に行ったことあるならば目の前に展開する景色の縮小版を見たことと相なります。
あなた様はまだまだ勝手がわからないようですから、この爺やの後について来てく
ださいまし。現界とは少々勝手が違いますで追々説明させていただきます。
さあさあどうぞ旅館のあがりかまちに足を洗うたらいが御用意されております。もち
ろん逗留に際してお代などは頂くことはありません。御安心くださいませ」
そう云うと翁すたすた橋たもとの旅館へと歩きいる。男、その後を置いていかれ
ては困るといそぎ追いかける。
旅館へと一歩なかに踏み入れば大理石のあがりかまち、脇にたらいを持った
女中しずしずと控えいる。一段高くその広間ゆるりと見渡せばあまたの女中いそ
いそとたち働き足下の床塵ひとつとてなく光沢にあふれんばかりの飴色の艶。柱
太く天井高く一介の旅館とは思えぬ造り也。
いつのまにか翁この場からいなくなってしまい替わりにたらいを小脇にかかえた
女中が声を掛けいる。
「もしもし、旅の人どうぞこちらに湯を用意してございます。おみ足をお拭きなさい
まし」
男、たらいを持ちいる女中に最前の翁はどこへいったのかと訝しながらあがり
かまち一段上の床へと腰うち掛け話いる。
「はい、釜たき爺やは当館の玄関まで案内させていただくことは出来まするが
館の内へと入ることは許されておりませぬ。それゆえ旅の人に失礼になると思い
まするが、どうぞ釜たき爺やには悪気はございませんのでお許しくださいませ」
肩にうっすらと白雪をのせ男、女中の丁寧な説明に納得するも肉体ありし時
の感覚抜けず少々不思議話を聞く心地也。あらためて自分の衣類に気を配る
余裕もてしと肩の白雪をひらに払い折りしも冷たい感覚、指に残しながらまたもや
女中へと口を開けり。
「なにか私は夢をみているようです。着ている物も普段と変わりないようですし、
ジーンズと厚手のコート、そのしたにセーターこれまた普段着慣れたものです。体
にも異常ないようだし…… なにひとつ変わったことはないのですが…… ここは
何処ですか? 平成の日本なのですか? 今日は何月何日ですか?」
うら若き女中、少しの間、思案したれば姿勢を正し口を開きける。
「はい、旅のお人が戸惑うこと無理もないことでございます。わたしの名は松と申し
ます。矢継ぎ早に質問、どれから答えてよろしいのか返答に困ってしまいまするが
追々判ることとて簡単に説明させていただきます。人間心で善と悪の判断はつき
ませぬ。善とおもうてやったことが悪であったり、悪とおもうてやったことが善行に
繋がることもありまする。善悪の判断こればかりはとうてい判りませぬが、わたしの
知うるだけのことはお教えいたしましよう。旅の人、あなた様もここに草鞋をお脱ぎ
になる以上つつみ隠さず申しまするが驚きなさいまするな。ここは中有界と申す所
でございます。時間の概念はございませぬ、それおろか空間的概念も現界とは
まったく違ごうてございます。もちろん現界でいうところの年号、月日などはござい
ませぬ」
とうとうと立て板に水のごとき説明したれば女中暫し沈黙の後、
「さあさあ、二階の客間にご案内いたします」
と、男その明るい声に押されるように白のスニーカー靴下諸共手早く脱ぎ、足裏
をそっとたらいに浸け洗う。その姿、深く思案に暮れ時と、山深く谷間の温泉郷も
夕日は西山に没さむと暮れにけり。
格子の引き戸、カラカラと先へとたって一間に案内する女中、意外や広きの石畳
隅に灯籠、玉石ちりばめ、黒竹と風流細工そこかしこ。
一段高く奥座敷、襖開けて控えいるは女中の松。その姿、枝も小振りな乙女松。
おずおずと後に従う男、もの珍しげにキョロキョロと入りくる。
「どうぞ」
鶴の一声ならぬ松の一声に背を押さるるように座敷へと上がりけり。右みて左、
「はぁ……」
上の欄間に
「はぁ……」
外の絶景に
「はぁ……」
またもや右みて左、首の休む暇なく部屋の装飾に感嘆のため息漏らすばかり也。
男、にわかに不安を覚え、コートのポケットを探りながら女中の松へと向きなおり
小さき声にて確かめいる。
「私は一銭も持たずにここに来たようです。泊まるにしてもお金が必要なのでは?」
たたみ二畳ほどもあるりっぱな天板の卓上に茶器をそろえし土瓶から湯を汲み
茶の用意する折、松は手を止め口をひらけり。
「はい、時間の概念がございませぬように、ここ中有界には金銭の心配もいりませ
ぬ。現界から帰幽なさった旅の方は現界そのままの感情、情動をしばらく持ち合わ
せておりますゆえ金銭の心配、仕事の心配をなさる方が多いことでございます。
生前の仕事をこの中有界においてなさる方もまたおります。お着物も現界で好んで
身につけていらしたものそのままの姿でございます。現界において帰幽なされた瞬
間から四十九日間現界に魂魄とどまると申しますが、その期間がここ中有界の逗
留期間にあたります。あなた様も暫くここに逗留なされてその後、三途の川岸へと
お進みになるここと存じます」
男、黙然と、やにわに右手で頬をつねる。
「いてっ」
男、観念したのかすべてを受け入れるかの如く、白い歯をみせニコッと笑い、言葉
少なに、
「ただただ、ため息ばかりです。ため息はタダ(無料)ですが、ほんとうに逗留代はタダ
なんでしようか?」
その声色を読み取り女中の松、笑みを漏らさずにいられず卓を前に正座姿の身を
よじりけり。不思議と目の前のこの男に松の心は春風ゆられる心地也。
「ホホ、、、面白いお方ですこと。なにか必要なものがございましたら、わたしにお申し
つけくださいまし。階下に控えておりますゆえ、なんなりとお声を掛けてくださいまし」
女中の松は涼やかな声を残し退室したりけり。男、窓に寄り外を眺むること暫し。
煌々と月あかりに照らされる松樹にため息ひとつ漏らすばかり也。
**
川肌なでる湯気雲は夜の帳を押し開かむと、山肌が流れ雲間に黒々見え隠れ。
白と黒、薄墨たらし明けぬ夜空に押しくらべ。夜と昼との分水嶺。
しわぶきと声をたしかめ鶏が、
「コッケ、コッ、コッケ、コッ、」
テスト改めもう一鳴きと、温泉郷に朝を連れ来たりと鳴き渡る。
「コッケケッコー」
夜具に包まれし男、鶏の声かすかに聞こえ目を覚ましけり。窓から入りし朝日に
室内も明るさを取り戻しいる。仰向けのまま夜具の中から周り見渡せば昨夜のまま
何ひとつ変わらじ旅館の装飾を施された天井、壁を目にし諦めとも自分に言い聞か
せるとも独り語ち。
「夢のなかで夢をみることもあるしなぁ。だけど、死んでも死んだ気がしないなんて
死ぬまで気がつかなかったなぁ…… 」
ふと、耳を遠くすませば、なにやら不思議な乾いた音がパッン、パッン、ガサッと
ひとつのリズムを持って聞こえくる。
「ん? なんの音だろうなぁ。木こり? まさか」
深山に不思議の音が心地良く響き、近くには小鳥の囀りも聞こゆる、仰向けの男
両の腕を上に力一杯ぐっと伸びし、久しく忘れていた気持ち取り戻す心地也。
「ああ、こんなゆったりとした気持ちは何年ぶりだろう」
しばらくの間、二度寝するとはなし起きあがるとはなしにのんびりと夜具の内を
温めいると、格子の引き戸をカラカラと、涼やかな音色と共にかすかに衣擦れの
音、襖前で止まり。女中の松、襖ごしにて声を掛けいる。
「おはようございます。ゆっくりおやすみになれましたでございましようか。洗面に
際しては少々ご面倒でございまするが階下までご足労願いまして、前庭の老木
脇に井戸がございますのでそちらでお願いいたします」
男、飛び起き昨夜脱ぎ捨てたジーンズを手探り、脚を通すも前後ろ間違いに
勢い余ってすってんと、こけつまろびつ、うろたえ声で答えいる。
「す、すいません。あ、ありがとうございます。え、えっといま起きたばかりなので
着替えて、き、着替えまして階下に顔を洗いに行きますので」
襖ごしの松、襖を開くことなく手に取るように男のあわてふためく様子を感じいる
也。
「ホ、、、そんなに、あわてなされなくとも井戸は逃げませぬゆえ、どうぞごゆるりと
身支度を調えくださいまし。わたしは一足先に階下でお待ち申し上げております」
男、わたりに船とばかりに、
「あっ、そうしてください。そのほうが助かります」
男、手早く身支度ととのえ。いそぎ階下へと向かいながら数人の逗留客とおぼし
き男女とすれ違う。お互い声は掛けずに目礼だけでやり過ごす也。団体ではなく
皆、個人客のようである。男、他の逗留客もあることをはじめて知りにけり。
男、広い旅館内を考え考え歩きつつ、
「すれ違った人、皆、個人客だろうなぁ。あなたは故人客ですか? とは訊けない
もんなぁ」
館内を右へ左へと折れ進み、見覚えある幅広き急階段を靴下の滑るに気を配り
ながらと、光沢にあふれんばかりの飴色の艶なる床広間にいでる。数多の女中
忙しく手に手に朝の膳を持つ者、腰をかがめ雑巾にて床を拭き絞る者、それぞれ
がそれぞれの働きを整然とこなしけり。
「旅の人、どうぞどうぞこの手ぬぐいを洗顔にお使いなさいまし」
声のきたる方向に向き男、最前の女中が松と認めし会釈をもって朝のあいさつと
先ほどの無礼を詫びいる。
「あっ、おはようございます。先ほどはすいませんでした。せっかく朝、起こしに来て
もらったのに…… どうにもこうにも起きたばかりで着替えもまだで、見苦しい所を
お見せする訳にもゆかず…… 」
女中の松、笑顔をもってそれに答え、
「さあさあ井戸はこちらになります。ご案内いたしますので、わたしの後について来て
くださいまし」
松は自ら先にたち、あがりかまちに揃えて置いたのであろうとおもわれる履き物
二足。うち一方の草履をつっかけ庭へと歩きいる。男も、その後を遅れじと現界から
持ち越しスニーカーをばひっかけるよう外へと飛び出でる。
耳へと、飛び込む心地良き不思議の音、より一層音量を増し一定のリズムを持て
しと刻みける也。パッン、パッン、ガサッ、パッン、パッン、ガサッ。
「この音は何でしよう? きこりですか? ずいぶん心地良い音ですね」
男、松が女中から受け取った手ぬぐい首からさげ太平楽な面持ちにて質問しいる
也。
「はい、裏庭に薪小屋がございます。そこに居住しておりまする釜たき爺やが薪を
割っている音でございましよう。なにぶん年寄りな者で朝は早うございます。興味
がございますれば、口をすすいだ後にでも裏庭にまわりましてご覧になされまし」
女中の松、老木の手前まで案内し、
「旅の人、ここでの勝手がわからないことと存じますゆえ、ここの生活に慣れるまで
は、わたしがお世話をさせていただきます。わたしはこれで館へと戻りまするが、館
のまわりを散策なりとお楽しみなさいまし。お戻りになる頃には朝の膳が用意されて
おります」
男、恐縮した態にて、
「顔を洗って、少しこの辺を散歩してから戻ります。どうも、いろいろとありがとうござ
います」
不思議な音の在処を聞き及んだ男、はやる心を抑え身は井戸の桶を前に置けど
心は裏庭散策へと飛びにけり。少々の水、ひらにて掬い顔おもて軽くなでいる。口を
すすぐのも早々に、薪小屋へと歩を進めけり。
遠く山並み御姿眺め感嘆の息、近く色とりどりの小鳥に感嘆の息。時間を忘れ
ついでに死んだことも忘れそうな景色のなかを歩きいると、茅葺きの小屋が見えて
きゆる。昨日の翁が切り株に腰うち掛け息を休みいる也。
「やあやあ、昨日の橋で出会った旅の人でございますな。どうぞどうぞ、こちらに来て
休みなされ。わしゃ、ひと仕事終え一服するところでございます」
翁、よく通る声で誘い、切り株の横へと薪を三つ四つ並べ新たに座を作りいる。
「さあさあ、こちらにどうぞどうぞ。薪を尻に敷き幽山霊谷たなびく雲をながめ一服、
煙草雲を一緒につくると洒落ましよう」
翁と並び腰うち掛け男、最前の不思議な音の一件を話しだす也。
「昨夜はりっぱな部屋に泊めてもらいました。お爺さんに案内されなければ野宿を
していたかもしれません。なにせ一銭も持っていないので旅館に泊まるという発想
がありません。どうもありがとうございました。部屋で今朝、目を覚ますと気分の
よい音が聞こえて、布団のなかでじっと耳をすましていました。私は都会の生活し
か知らず、山の生活には不案内なものでして、その心地良い不思議の音を木こり
かなにかと想像してました。女中の松さんに訊き、お爺さんの薪割りの音だと教え
られどうしても見たくなり足を運びました」
笑顔で、うなずき頷き聞き入る翁、白髭も上へ下へと小刻みに忙しく。懐中から
渋柿色の油紙に包まれし物を取り出しけり。手のひら上でゆうくり開きいる。中に
は紙巻き煙草が五本ありけり。男に勧め、自らも一本口へとくわえる。小さき火鉢
の中に白く灰に埋まりし焼け炭から煙草へと火を移す。男も翁にならい火を貰い
けり。翁、紫煙をたなびかせ口をひらけり。
「ここは想念の世界ゆえ、あなた様の眼前に展開しいる景色、音、匂いすべてに
おいてあなた様の心内を映しているに他なりません。わしゃの薪を割る音も聞く
人によっては見えぬ追っ手同士の合図ような心持ちになり、とる物も取りあえず
走り逃げだす方もおります。借金取りならいざしらず命取りに追わるる鉄砲の音と
心に投ずる方もいらっしゃいます。
また、キツツキの音ほどに思われる方も。心の持ちようひとつでございます。
生前、現界において心内に穏やかな天国的心境を持たぬ者が、ここ中有の里に
おいてどうして穏やかなる天国的心境を持つことが出来ますかな。半霊半物質の
人間は現界に生きながら、同時に幽界にも呼吸しているということでございます。
魂は生き通しでございます。
神界の景色、出来事ことごとく現界に移写されてございます。ですから現界を
うつし世と言うのでございます」
翁、空見上げ黙然と考え込む。一転、にわかに黒雲、山の頂を覆いはじめけり。
腕を組みし翁、一言つぶやき独り語ち。
「どうやら、空模様に合うた小悪党の身霊がきたようじゃ。これから、橋まで迎えに
行かにゃならん」
男、翁の仕事あることを知り、そろそろお暇しようと口をひらけり。
「お爺さん、雨も降りそうだし旅館に戻ることにします」
翁、火鉢やら割かけの薪束に雨のかからぬよう軒下へと移しながら、
「へい、お気をつけてお戻りくだされ。わしゃ、これから人を迎えに行く用事が出来
ました。もう少し、あなた様と話しをしていたい気持ちもございますが、現界からおい
でになさる旅人の方々を旅館まで案内する役を仰せつかっておりますゆえ…… 」
一旦、あいさつの腰を折り別れ際に独り言のように翁、つぶやきけり。
「わしゃ、長い間ここで案内してきたが…… はて、どうしたものか合点がゆかぬ。
旅の人、あなた様は不思議じゃ…… どことはなしにまだ、肉体に呼吸があるのじゃ
なかろうか。はて、合点のゆかぬこともあるもんじゃ」
男、にわかに激しく降り、地面打ちたたく雨音に翁のつぶやきを聞き取れず。その
まま別れの言葉もさうさうに旅館へといそぎ走りける也。
旅館に帰りし男、厚手のコートは雨を含み重くやや色を変じ濡れ鼠色となりに
けり。脇目も振らずいちもくさんに部屋へと戻るすがら、くの字に曲がりし急階段
中途の踊り場にて、女中の松と遭遇。
「いやぁ、まいりました。夕立みたいに、き、き、急に降り出してきたものですから」
息を弾ませし男、運動不足に心の臓は正直と踊りける也。女中が松は男の
ずぶ濡れの衣類をみてとり、
「竜神さんに鼠と変えられてしまあたようでございますね。天候急変は山奥の里
ゆえ、今、お立ちになあているくの字急階段のように激しゆうございます。浴衣に
着替えられて朝食をお召し上がりになさいまし。さあさあ温かな朝の膳がお部屋
に用意してございます」
男、ふと、“なにか必要なものがございましたら、わたしにお申しつけくださいまし”
という松が言葉を思い出しけり。
「すいません。必要な物があれば言ってくれと、仰ってくださったのを思い出した
のですが、紙と書くもの…… えんぴ、いや、ふ筆、そう筆みたいなものが欲しいの
です。すいません唐突に、なければ障子紙でもなんでもいいです」
一気にしゃべりし男、ことば捕まえ捕まえ忘れないうちに口へとのせ言葉継ぐ。
「今日の天候急変みたいに、私の身の上も天候急変です。頭の隅に浮かぶ言葉
ここでの生活を、紙と筆の墨にて記録したいと考えています。私は生前、物を書い
て生計を立てていました」
女中が松、言の葉ならぬ琴松葉。音色も優しき乙女松。
「はい、筆と紙をご用意いたしましよう」
胸のつかえが少々とれた心持ちになりし男、脚も勇みて急階段を上りゆく也。
**
にわかに空腹を覚えし男、まずは着替えと浴衣に袖を通す折しも、ちらりちらりと
卓上の白湯気を横目に、あせる気持ちに腹は答えけり。グッ、グウ。
木目あざやかな木製の汁椀からたつ湯気と玄米の盛った椀、香の物一品。部屋
の装飾に似ず質素な膳を前に男、やや不満の面を表す也。とて空腹には敵わず
白木の箸を持ち、みそ汁を一口啜る。思わず唸る男、独り語ち。
「ねぎと油揚げのみそ汁かぁ。うまいなぁ。これで納豆があればなぁ」
と、やや献立に不満を抱きつつも空腹の胃に温かなものが一口でも入れば、もう
箸は止まることを知らざる也。瞬く間にぺろりと胃の腑に納めけり。まだ足りない
ような面持ちにて空の椀を見ている。
と、折りしも襖向こうから女中が松の声、聞こゆる也。
「筆と紙をお持ちいたしました」
「あっ、すいません。どうぞ、お入りください」
静かに襖ひらき、畳に衣擦れの音しずしずと、女中の松が入り来る。男、胡座
組みし脚、自然と居ずまいただし正座へと組み替え、口をひらけり。
「どうも、ごちそうさまでした。朝食おいしかったです」
それに、笑顔で答えし女中が松は、ゆうくりと男のそば近くまで寄り、着物の裾を
手のひらで押さえ正座となりし男と向かい合う。男、笑顔で口を開けり。
「先ほどは、竜神さんに濡れ鼠にされましたが、今は竜神さんが降らす雨と土と
日の光でつくられた米で腹の鼠もグウの音も出ません」
女中が松、笑顔で応えけり、
「それはそれは、よろしゆうございます。空腹の鼠も濡れ服の鼠も、ご満足され
たようで。神様が火と水でお米を御炊きなさったと同様でございます朝食なれば
三千世界の鼠とて満足ゆかぬはずはございませぬ」
男、意味がわからず、
「神様がですか?」
「はい、神様でございます。火は“か”となり水は“み”となり遊ばしますゆえ、玄米
はよく噛んで食されるがよろしゆうございます。噛むは“かむ”と言霊上、神の意で
ございまする」
松、手にした毛筆の大小一組、すずり、墨、それと紐二箇所で括りし和紙束を
丁寧に畳上に並べ男の前へと滑らせる也。男、松の手元に視線を落とし、
「あっ、どうもありがとうございます」
男、にわかの禅問答よりも物質的な筆と紙に心奪われし。
「和紙の束は、いくらでもありますゆえ足らなくばお申しつけくださいまし」
それだけ云うと、松は階下へと帰りゆく也。独り部屋に残されし男、土瓶の冷めた
残り湯を、すずりに入れ墨をすりし一筆。
“ねぎと油揚げのみそ汁” と記す也。畳みのうえに、ごろんと横になりけり。
608 :
名無し物書き@推敲中?:2006/02/27(月) 11:58:56
あくまでも
朝日照る 臍下丹田 据ゑぞ腹
締める帯にて 誓いますれば
暫く横臥しけり男、むくっと上半身を起こし、筆を持ち“ねぎと油揚げのみそ汁”の
後に続き、筆を走らせる也。
“悪魔でも灰汁を抜いたら、ま、が残り。灰汁に溶け出る魔性汁、抜いてさらって真
が残る。あくまでも、真人間と変わります。
悪なれば大悪めざせ飽くまでと。飽いたら悔いる悪の道。悪の世界にゃ善もある。
大悪党は心のどこかに善性を持っているものです。だから、悪党なれど人が人に
惚れるのです。大悪党が悔いれば大善の人になり得るのです。魂相当の働きを
するものです。もともと、大悪党は魂の器が大きい者です。
神様に使役されるような大悪党になってみたい気もしないでもない。が、しょせん
私は中悪党にもなれぬ小物です。しかし、小物とて小物としての働きがあると信じ
て、この和紙に墨しておきます”
男、髪を掻きむしり墨走る和紙を手のひらでくしゃくしゃと丸め姿勢を正し、一筆。
“飽くまで、飽いた上にも、信じた道を歩きたい” と記す也。畳のうえに、ごろんと横
になり、いつしか眠りへと誘われ夢路をたどること暫し。
枯れ草、ヒューヒューと風になびき荒涼とした大野原を、独り歩いている男、何とも
言えぬ寂しい心持ちになり、かといって周り見廻すなれど動物はおろか人っ子ひとり
見つけること叶わず。膝頭まで埋もるる黄土色の枯れ草、あちらこちらに点々と散見
しうる立ち枯れたまま骨のような樹木が見ゆるだけ也。
男、訝しと立ち止まり首を捻りける。
「あれ、ここは何処だ。旅館の部屋で畳のうえに、ごろんと横になったまで…… は
覚えて…… いる。 うん、確かに覚えている。夢…… の中か…… 」
独り言をつぶやき頬を抓る。
「いてっ」
不思議の感覚にとらわれし男、夢なのか現実なのか、それ以前に死んでいるのか
死んでいないのか。なにがなんだか分からなくなりけり。とにかく今の男に分かる事
は頬に残りし痛覚だけ也。
「歩くかなぁ。ここに立ち止まっていてもしようがない」
ゆけどもゆけど大原野は果てしなく、見上ぐる空は灰色と変わらじ太陽も月もなく
ぼっーと薄暗い白夜のような景色のなか歩を進めていると、遠くか細い複数人の声
が聞こゆる。
「おーい。おーい」
どことなしに聴いたことのあるような声、
「こっちだ。こっちだ」
そのなんとも言えぬ懐かしい声達に逢いたい一心で、声のする方向へと向き直り
ゆうくりと脚を前へ前へと進める男、遠く人影を認め思わず駆け出す也。しだいしだ
いに影は人の輪郭を帯び、懐かしい顔、笑顔が五人、六人と男を迎えていることを
知ると心の蔵が早鐘を打つ心地なりし男。祖母に親戚縁者、知人と皆、知った顔
ばかり也。
息も荒く、皆の前で言葉もない男、
「はぁはぁ、…… 」
男の祖母は笑顔にて皆を代表するかの如く、五、六人の男女横並びいる中心で
なにか云いたげにしているだけで、男に声を掛けるでも無し。暫くすると五、六人の
男女、いずこともなく消えゆる也。
もとの荒涼とした大原野に独りぽっんと残されし男、寒風吹きすさぶその冷たさも
忘れ、呆然とその場を離れ得ず。身は寒さを忘れ、芯から凍える寂しさ味わう也。
荒野にたちすくむ男、どことなしに暖かみある威厳にみちた声、天から聞こゆる。
「汝、中有界の一端を見たに過ぎず。幽界、神界、現界と広大無辺な三千世界。
中有界なる処、現界から死に替わり、暫時、現界的衣脱ぎし処、その期間、現界
で云うところの四十九日也。現界的記憶、感覚、情動からなる衣、早き人四十九
日、遅き人三十年間と個人差はあるなれど執着の衣脱ぎ、その後おのずとゆく
世界は開ける也。
現界的時間の概念で云う三十年間中有界に逗留すること即ち六道の辻に彷徨
う亡者也。現界に執着、未練を残し夜な夜な現界に彷徨い出る亡者となりたくなく
ば現界的物質への執着、金銭への未練、即ち物質欲、色欲、名誉欲を脱ぎ捨て
る他無し。人間の肉体、容れ物なりしゆえ常に幽界からの感応有り。物質欲、色
欲、名誉欲とさまざまな欲望、哀、悲、怒、嫌、沈む、と負の感情ことごとく幽界か
ら来しものなり。即ち現界に肉体、息するなれど同時に幽界にも呼吸すること也。
負の感情に任せて天から与えられし寿命を全うせざる者、天則違反の罪人となり
死んだ後も悩み苦しみ迷い非常な苦痛を背負うことになる。よって自重して負の
感情に流されないようにしなければならない。人間の肉体は容れ物ゆえ副守護神
が入れ替われば、必ずや境遇は好転する也。現界で云うところの人間が考えた
罪と神界で云うところの罪の基準異なる為、天から与えられし寿命を全うせざる者
現界的肉体の衣を脱いだ後、罪を背負うこととなりし。汝、現界の肉体いまだ息の
あることとて三途の川岸進むことならず。暫し、中有界の御用命ず。汝、ゆめゆめ
疑うことなかれ」
威厳の声、消ゆるところで目覚めし男、周り見廻すこと暫し。旅館の部屋、畳の
上に、ごろんと横になりいつしか寝入ったことを知る也。
うつ伏せ寝入った証をば頬へと残す畳縁。畳のへりも鮮やかに頬へと移す青畳。
畳と畳の境界線。うつし世とあの世の境界で夢も鮮やか起きいれば湯気立ち昇る
山間の、ひとつ建ち旅館の一室で頬から薫る青いぐさ。
男、ふらりふらりと立ち、窓へと寄り外を眺むる。桶の水をかぶせたような雨はすっ
かりと止み、太陽が山の頂から顔をのぞかせている。四辺あまねく降り注ぐ光は
川の温泉からのぼる湯気を透かし絹の如く也。刻々と姿を変じ絹の湯気は男の眼
を楽しませけり。
絹湯気は、その姿を雲へと替え、また雨へと帰り農作物を育み、濡れ鼠を大量生
産して困らせるかなぁ。
などと男は考え、感慨深げに独り語ち。
「不思議な夢もあるもんだなぁ。不思議と思えば何もかも不思議に思えてくるから
不思議だなぁ。気象の運行も毎年、毎年、春、夏、秋、冬と巡ってくるけど、たまに
間違って春、春、夏、冬、秋となっても不思議じゃないんだよなぁ。雨も降り止んだ
なぁ。水はその姿を替えるだけだしなぁ。雨と呼ばれたり、清水と呼ばれたり、霧だ
とか湯気だとか呼ばれたり、雲と呼ばれたり、不思議だなぁ。雨でさえ生まれかわり
死にかわり、いかんや人の魂が生まれかわり死にかわりすることに何も不思議は
ないのかもしれないと思わせる不思議な夢を見たことも不思議だなぁ」
俄に、不思議教の信者にでもなったのか男、窓辺にてふしぎ、ふしぎと祝詞を独り
唱えけり。
と、襖ごしにて女中が松の声が聞こゆる也。
「旅の人、あなた様にお会いしたいと当館の主人が申しておりますゆえ、お休みの
ところ申し訳ありませぬが御足労願いまする」
物腰やわらか、しかして、有無を言わせぬ松が口上にただならぬ気配を感じいる
男、なにか重大事でもあるのかと恐る恐る承諾の意を伝ゆる。
「わ、わかりました。すぐに支度をしてお伺いします。松さん、ち、ちょっとそこで待って
いてください」
と、言い終わるといなや男、はた、と思いあたる。浴衣から着替えるとて濡れた衣類
に袖を通すのも癪で、ちょいちょいと浴衣の前を直し、今朝、松が手から受け取った
雨に濡れた手ぬぐいにて、ちょいちょいと顔をなでける。
「旅館の代金を払えなんて言われるのかなぁ。『払えなければ此処で働け』 なんて
まさかなぁ。そういえば、不思議な夢のこともあるしなぁ。御用を命ずとかなんとか云っ
てたからなぁ」
男、胸の内を小さき声にて呟きながらも、あまり松を待たせては、と思い至りけり。
「どうも、お待たせしました」
二人は館主人が待つ居間へと向かう也。普段の松は、男の前に立って歩き案内
する形をば崩さず筈が、歩を合わせ並び並びて男の声を待つ。口を閉じ松葉の形と
一文字。男、そんな女中が松の横顔を見かねて声を掛けいる。
「なにか、難しいことを考えているのか思案顔ですね。思案顔に知らん顔は出来ませ
んからねぇ。歩きながらで差し支えなければ…… 」
男、柄にもなく口から出でる自身の言葉に驚きを隠しきれず。自信なげに語尾を
濁しけり。女中が松、重い口を開けり。
「はい、この館にお仕えさせて頂き、長き月日を重ねてまいりましたが、館の御主人
で現られまする神司様が直々にあなた様と御面会遊ばすという。旅の方は多数な
れど御主人様とお会いなさる旅の方は、あなた様が初めてのことと存じます。ひとつ
解せぬことがございます。わたしに同席せよとの厳命でございまする」
女中が松の話を聴き及ぶに男、次第、次第に思案顔となり。ついには二人揃って
兄妹のように押し黙りけり。檜の板廊下には衣擦れの小さき音、靴下の滑る微かな
音の他無し。静寂の空気、束の間と流れける。思い当たる節、有りと男は言葉を選
び選び先程見た不思議な夢の顛末を、松に語り歩きの板廊下。そうこうするうちに
二人は館の奥、主人が部屋へと至りけり。松は襖ごしにて声しとやかに、
「申し上げまする。神司様の御命により、旅の方をお連れいたしました」
襖向こうから、ほがらかな声聞こゆる也。
「お入りください」
襖脇にて中腰になり引手に指を添え、ゆうくり滑らせそのまま正座にて控えいる
女中が松、男に先に入室せよとばかりに目配せし。
男、意を決して部屋へと一歩踏みいれ見れば、四十半ばの壮健にして気品溢る
る男性が笑顔で立って迎えいる也。
「よくお出でくださった。どうぞこちらへお座りください。お茶なりと煎れますので、ごゆ
るりと、おくつろぎください。そのうえでお話をいたしましよう」
男にそう云うと、入り口の襖ほうへと首を捻り正座のまま控えている松に声を掛け
いる。
「松、あなたもこちらに来てください」
そしてまた男へと向き直り、檜の卓を挟んで正座となりけり。そこへ、ひとりの女中
盆を手に居間へと入る折、襖ごしに控えいる松が背をそっと押し卓へと誘う。目鼻
だちに聰明さを隠しきれないのか、俯きしずしず茶を配りいる女中。大きな卓の中央
に三つの茶が三角を描くように置かれけり。
「草、お前は茶を配り終えたらお人払いをしてくれるかな。この部屋に人を近づけな
いようしておくれ。お客様と松に大事な話がありますから。頼みますぞ」
草と呼ばれし女中、はい、と一声応え、茶を煎れ終えるといずことなく退室してしま
いける。松は男の隣に、ちょこんと正座しけり。
声音優しく、穏やかなる口調にて、とうとうと流れる如き目の前に座りいる男と松に
語りけり。その姿、立ち振る舞い麗しいばかり也。
「わたしは館の守りを仰せつかっている、司彦と申す者です。この館と温泉郷の里
を守りする酋長も兼ねております。先ほど、茶を配っておったのは、わたしの娘で
草といいます。少し話しは長くなりますが、まあ、茶なりと飲みながらお聴きください。
千座の置戸を負はせられし神素盞嗚の大神様はじめとし、神素盞嗚の大神様を
補佐遊ばしめす神々様、その神々様をまた補佐されし神様と天に瞬く星の数ほど
神々様がおられます。わたしは神素盞嗚の大神様を補佐遊ばしめす神様から任命
されこの役目を仰せつかっております。今からお話することは、旅の方と松にとって
大事なことですから忘れないようにしてください。幽界、神界、そして旅の方が肉体を
持ち居られた物質的現界とありますが、幽界と一口に言っても根の国、底の国と別
れております。さらに根の国にも上中下と三段階に別れ。底の国も同様に三段階に
別れます。それはそれは広大無辺な世界が展開しております」
司彦、一旦、茶を口に含ませ続けり。
「神界も第一天国、第二天国、第三天国とにわかれております。ここは天神のお住
まいになる処です。それぞれ天神は神務をこなします。わたしが中有の里で神司を
務めているのと同様に、それぞれ身霊相当のお仕事をなされております」
ここで茶を一口。司彦は男のほうに言葉を向け話いる也。
「旅の方は、国替えと云うことがわからないと思いますので、少し魂の話をいたしまし
よう。松も一緒に聴いておいてください。閻魔庁で白砂に据えられ裁かれるとお考え
だと思いますが、実際は三途の川において神に裁かれるのではなく自ずと身霊相当
の世界に落ち着くのであります」
「三度の飯より喧嘩が好きな者は修羅の世界、金集めの好きな者は金銭地獄、
性格穏やかなる者は同様に穏やかなる者が集うことになります。似たもの同士
が自然と集まるということは、幽界、神界、現界と一貫して共通するものなのです。
三途の川を渡れば、個々それぞれ己のゆく世界が開けるのです。それはどういう
ことかと云いますと似たもの同士の世界が開けるという事です。決して神が裁く訳
ではありません。己の好む世界に落ち着く訳です。修羅の世界で云えば喧嘩をし
て殺し殺され、殺すごとに快楽は悦びになり殺されるごとに苦痛を味わい、一晩
たてば風が吹き、また再び蘇生して、また、喧嘩をする。その世界にこそ、その人
なりの苦楽があります。しかし、その世界に集まる魂は同じ情動の身霊ばかりな
ので慈悲をより多く持った魂と接することが無く、身霊の向上を得る機会が与えら
れずに百年、二百年と毎日、殺し殺されの繰り返しを行うということです。この修羅
の世界を性格穏やかなる者の魂が見た場合、地獄と呼ぶのです。しかし、地獄の
なかに身を置いている魂は苦楽はあれど地獄と認識出来ないのです。これは神界
でも同様のことが云えます。魂の似たもの同士で集まります。現界も似たもの同士
集まりますが、その力は幽界、神界よりも弱く働きます。現界だけは例外なのです。
現界はいわば修行場、学校、神界へと上がる魂の苗を育てる苗代なのです。です
から、現界にはいろいろな格式の身霊が降ろされるのです。品格のある魂、純粋の
魂、少し曇ってしまった魂、勇気あり何ものにも恐れない魂、智慧のある魂、優しさ
を知っている魂といろいろな魂が物質的現界で肉体を持ち切磋琢磨しております。
魂と魂がふれ合うことにより身霊の向上が望めます。生まれ替わり死に替わり繰り
返して神界へと上ってゆくのです。わたしも今は、ここ中有の里で神様の補佐をさせ
て頂いてますが、かつては肉体を持ち、現界での生活を営んだこともあります。一度
や二度ではありません何度も何度も生まれ替わり死に替わりして、やっと改心する
ことが出来ました。ていたらくな、わたしでもなんとか神様の補佐が務まっております。
国替えという事は、生まれ替わり死に替わる事を云います。これから、あなた達二人
に大事な、お役目を授けます。今、わたしが話したことを忘れずにいてください。必ず
後々、役にたちます」
とうとうと流れる如き話しぶりとうって変わり司彦、くだけた様子にて土瓶の茶を手
ずから男と松の碗に注ぎ足す也。喉を湿して男に向かい簡単な地形の説明しけり。
「前の山を越えれば一つ里あり、右の尾上を越えれば一つ里あり、左の山頂に登れ
ば眼下に広がる平野、数多の家並みが見渡せます。三方、山に囲まれている温泉
郷である、ここ中有の里の他にも、あちらこちらに里があります。松は字の里には行
ったことがあるでしよう」
女中が松、姿勢を正し真っ直ぐ司彦に向かい短く応えける。
「はい、字の里へは何度か行ったことがございます」
司彦、松の言葉に小さく頷き、話を本題へと移しながらも、目の前の両人に対し
緊張の糸を解かむとす。
「お役目とは、そんなに難しいものではありません。どうぞ二人とも安心して聴いて
ください。書類を字の里に持って行ってもらいたいのです。封もなにも無い書類なの
で中を開いてみようと思えば、鍵もかってない空き家同然の代物です。まあ、そん
なような代物ですが、決して途中で開けてはいけません。その書類を持って字の里
を守りする酋長に手渡してください。松は旅の方を道案内してください。お人払いを
してますので、この事は、わたしと旅の方、そして松とで三人他知る者はおりません。
御苦労ですが二人、夜分に人知れず館裏から立ち出でて字の里へと向かってくだ
さい。剣呑な山路を歩かねばなりませんが、松はよく道案内をしてやってください。
これから、神前に参って祝詞を奏上してから書類をお預けします。二人とも井戸端
にて、口をすすぎ、手を洗い参拝の用意をしてください」
それだけ伝ゆると司彦、すくっと座を立ち、
「さあ、皆で神前に参って天津祝詞を奏上いたしましよう。先に神前で待っています」
「はい」
二人揃って応えけり。男、松、両人は庭の老木近く井戸にて口すすぎ、手を洗い
終え神前へといそぎ向かう也。三人やうやう神前に集まりける。
「旅の方は祝詞の奏上といってもわからないと思いますので、吾々の傍で形だけで
も見よう見まねでよいですから。この場に居てください。追々祝詞は覚えるものです」
男に説明しけり司彦、天津祝詞を奏上し終え、先ほどの居間へと三人うち揃いて
帰りけり。司彦は手に紐で括られし巻物一巻を男の手に託す也。
「くれぐれも、途中で開いてはいけません。雨に降られて紐が締まるならよいですが
巻物がぼろぼろにならぬよう気をつけてください。また、風にあおられて紐がゆるみ
意に反して開くことのないよう頼みますぞ」
威厳の中に気づかいを含みし司彦の言葉、男、松、両人は巻物一巻と共に受け
取る也。松は男の着ゆる衣類では山路に適さずと、旅装一式を用意する旨、男に
伝えけり。男は部屋へと戻り、松は周りに気づかれないように準備に気を配りける。
旅館の逗留客に夜食を所望された、と女中仲間に言い訳しつつ手に手に熱い飯を
握る。これから食べ物とてなかなか手に入れることの出来ぬ山間の弁当として焼き
にぎり飯をいくつも作り、ひょうたんに水を詰めいるその最中、男は部屋にて、すずり
に墨を一生懸命に削り、ひょうたんに墨汁を詰めいる。
男、松の両人、夜半時を見計らい人知れず箕笠、草鞋脚絆、背には弁当包みを
括り付け腰にはひょうたんをぶら下げ旅装整え館の裏から立ち出でて字の里へと
向かう也。
**
月は雲間に見え隠れ、男と松は手に手をとり旅館裏手から近くの雑木林までと
一目散に走りける。揺れる箕笠二人影、腰にぶら下げ、ひょうたんも影にあわせて
踊りけり。かげる月夜に影も消え。まるで両人を助けるかの如く月はその姿を隠せ
けり。
鬱蒼と枝と枝とが天に蓋する雑木林に飛び込むように身を躍らせし両人は奥へ
奥へと深く分け入る。はぐれては敵わぬと松の手をしっかりと握りし男、松に手を
ひかれ後ろについてゆくのに精一杯、履き慣れぬ草鞋恨めしと、荒い息のなか口を
鯉のように、ぱくつかせし男、
「ここまで来れば、もう大丈夫でしよう。少し、休みましよう」
狐に鼻をつままれてもわからない程の暗闇のなか松の声はどこまでも明るく応え
ける。
「はい、もう安心でございます。夜分、めったに里の者と出くわすようなことは無いの
ですが慎重に行動するに超したことはございません。山道へと続く一本小径から
少々はずれ遠回りとなりますが、これも大事なお役目ゆえ致し方のない事でござい
まする。この先に休憩するに良い所がございます。頭上の枝もぽっかり空き休憩が
てら、お月様のお顔が見れるやしれませぬそんな場所でございます。暫し、御辛抱、
願いまする」
深夜の雑木林、近く枝の振るえる音、ガサガサ、遠く獣の声、グォーグォー と雑
木林の奥深く月明かりとて届かず一間先も見えぬ闇、手と手をとりて手探り足探り
と、やうやうここまで進みけり。目は効かぬ耳ばかりがより一層敏感になる心地也。
初めて聴く獣の声に心震えし男、身は雑木林に人目を忍び、恐れ心は隠しきれず
やせ我慢の無駄口ひとつ。
「松さんは、月が見える、そんな場所と仰いましたが、損な場所じゃなくて、お月様の
あかりに照らされた得な場所みたいだから早く行ってみたいもんだなぁ」
里の者に見咎められる心配から解放された安心か脚を止め、松は声に笑みを
含めて答えける。
「損得話は後にしまして、ここは人も通わぬ雑木の林でごさいますゆえ、ぐずぐずし
てはいけませぬ。狐の住処か狸の里かと云われている処でございます。化かされて
狐狸の里へと誘われて、大事な書類と弁当を紛失してしまっては一大事でござい
ます。狸に化かされ、そんな筈ではなかったと、こりごり狐狸の懲りの里でございま
する。さあさあ、休憩場を目指し先を急ぎましよう」
男、松の両人は先へ先へと闇に背を押されし脚を伸ばしけり。喉の渇きも忘れ、
肌にじっとりと汗を感ずる頃、突然と折り重なる枝葉は切れ、ぽっかりと空に明るく
浮いたお月様が見えけり。松の握る手に力が入りける。知らず知らずに男も握る
手の加減で応えけり。
見上ぐれば皎々と白に輝くお月様、その姿美しや、照らす松が横顔に暫し見とれ
歩調も乱るる男の心情、察するに余りある光景也。いちはやく腰うち掛けるに都合
のよい大岩を発見するなり、松はぐいぐいと男の腕を引っ張りいる。男の心内など
気づかぬ態にて、木々の間を縫い影ひく雑木林を進む也。はた、と気づく松がつな
ぐ手にぶら下がりし男の手の重み増ばかり、ひとり合点の早とちりをする松、
「だいぶお疲れのようでございます。さきほどから、あなた様の手に重みが加わっ
たように感ずるのは気のせいでしようか」
男は松の横顔に、なんとも言えぬ懐かしさを覚えていたのも束の間、暫し見とれ
たことも本当の偽ざる心内、少しおどけた声音にて口をひらけり。
「慣れない暗闇に月のありがたみを感じているところ、月に照らされた松さんの横
顔に懐かしさを感じるのは何故なんだろうなぁ……まさか、狸に化かされた訳でも
ないしなぁ。などと思い、月あかりに本物の松さんか狸の松さんかと眺めてしまい
ました。慣れない草履に足は重いし、狸か松かと思いし、どうやら松さんの尻には
尾もないようだしなぁ」
ゆうくりと歩調を落とし松は考え考え応えけり。
「それは、光も届かぬ雑木林の暗闇に人も通わぬ獣道を蜘蛛の巣払い、枝をひら
けて走り、歩いてきたせいでしよう。闇に目が慣れてしまったせいでしよう。それが
証拠に、わたしも旅の人、あなた様のお顔をお月様のもとに見てとれば懐かしゆう
感じまする。さあさあ、あそこに見える大きな岩にて休憩いたしましよう」
男も松が説明に、なんだかそんなような気持ちになりける。
「私は山歩きなどしたことがないので、ましてや夜の山など初めての経験で未知の
恐れと真の闇への畏れとが、ない混ぜになってしまい知らず知らずに松さんを頼っ
ていたのかもしれませんねぇ。だから、月のあかりに照らされる松さんの横顔に安
心感を覚えて、それを懐かしさと感じたのかなぁ。松さんの言うとおりかもしれな
いなぁ。そうと解れば喉が渇いてきましたなぁ」
そうこうするうち両人は大岩の根元に辿り着き、めいめい座をつくろい腰うち掛
け息を休める折りしも、七、八間向こうに薬草が生えていることに気づきし松は、
「あれなる大木の元に薬草が茂ってございます。遠目でよくは分かりませぬが、お
そらく冷やし草かと思いまする。あなた様の足裏に草を揉んで貼りつければたちま
ち鬱血解消し脚も軽くなることと存じます。雑木林の神様に断りを入れて少々、薬
草を頂いてまいりましよう。あなた様は此処に休んでいてくださいまし」
と、云うか早いか大木の根元に歩きいる。水の入った、ひょうたんを松の手づか
ら受け取り素直に休んでいることに決めし男、先ほどの松が言葉にひとり合点顔、
「女日照りの山男は下山後、見る女性、話す女性、皆きれいに見えると言うことを
なにかの本で読んだ覚えがあるもんなぁ。まあ、そんなようもんだろうなぁ。うん」
と、松が聴いたら、したたかに言葉でやり返されるようなことを分かったような
分からぬような顔で小さき声にて口の端に載せいる。太平楽と大岩に腰うち掛け、
松の心内など気づかぬ態にて、ひょうたんから水をぐびりぐびりとやっている。
松も同様になんとも言えぬ春風ゆられる心地を男に感じ、ときには懐かしく、とき
には憎らしく感じ入りたりと千変万化のやっかいな代物なり。松の心内に秘めいたり。
薬草を両手に抱え持ち戻りし松は簑を敷きたる大岩へと腰うち掛け、隣の男へ
と両腕を差し出し、
「案にたがわず冷やし草でございました。さあさあ、脚絆を解きふくらはぎから足裏
にかけて揉んだ薬草をこすりなさいませ。これから先、平坦な道は無く剣呑な山路
ばかりとなりますゆえ英気満つるまで休息いたしましよう」
傍らに座りし男、薬草を受け取り、慣れぬ脚絆ほどく手は、心もと無く不器用な
仕草にて、
「そんな凄い山なのですか?」
と、解きし脚絆を持つ手元に気をとられながらに質問しけり。解くほどにするする
と説くの如く松が答え、
「遠目に眺むれば、春は若葉に萌え、夏は涼やかに澄し佇み、秋は雲高く、葉は
紅色に燃え、冬は白き頂に人寄せず。熊も居れば大蛇も巣み、狐、狸に貂や栗鼠
と、あまたの動物、地には植物、空に羽ばたく鷹や鷲、樹木に囀る小鳥達、土なか
に至りますればミミズや蜈蚣、昆虫と至る所に生命宿り、天狗が走りまわる山でご
ざいます。山路は険しゆうございまする。急坂越え、幾つもの川渡りをしなければな
りませぬ」
堪えようのない表情をもってして無言にて応えいる男、月あかり皎々と照らす也。
「しかし、死んでからも御用を命ずなんて云われて大変な山を越えてまで命がけで
役目を果た…… 死んでいるのに命がけ…… なんだか訳が分かんなくなりそう
な話だもんなぁ。もうこうなりゃ、天狗でも大蛇でもなんでも来いってなもんだなぁ。
まあ、本当に天狗や獣がでたら、逃げましよう。そんなものに関わってたら命がいく
つあっても足りませんからねぇ。今は松さんに手をひかれ後ろをよろよろと付いて
歩いていますが逃げるときは速いですよ。そうと決まれば、なんだか腹がへってきま
した。弁当でも喰おうかなぁ。天狗に喰われる前に、腹に隠しておいたほうが良いで
しよう」
ひょうたんを振り振り、ひょうきんに少々自棄の入りし舌を奮いながら、背に括られ
し弁当の入った白布を大岩の上へと置き、中から竹の包みをひとつほどき、三つ並
びの焼きにぎり飯を松にひとつ勧め自分もひとつ口へと頬張る也。二人仲良く大岩
に腰うち掛け並び一つ方に顔を向けし食しけり。ひょうたんの栓を抜き、ぐびりぐびり
とやりはじめた、その途端、うっと一声詰まらせし男、
何事かと思いきや松が視線の向ける先には歯を黒く染めし男、少々ばつの悪そ
うな顔にて、ひょうたんを右手に月あかりに透かし眺めいるふりをしきりにしている。
松は、男が墨を削り、ひょうたんに詰め持ち歩きしていることなど、つゆ知らず、月
に、ひょうたんを透かし芝居がかった男の仕草に何がなんだか暫く分からず。呆然
と眺めけり。男、真面目顔で説明するのも少々格好悪さを感じ、
「天狗にでも会ったら記念に似顔絵でもひとつと思って…… 墨を削り、ひょうたん
に詰めておいたのを忘れてました。なんだかなぁ…… 墨を口から噴いて蛸になっ
た気分です。これなら天狗も煙に巻けるでしよう。逃げる訓練をしました。私が天狗
に墨の煙幕を張っている間に松さんは逃げてください。どうぞ私のことなど構わず
お逃げなってください。そして私が天狗と格闘の末、あの世と、この世…… じゃな
いなぁ…… あの世とあっちの世、の狭間で天狗に喰われて、あっちの現世で死ん
でいるのにもかかわらず、また、こっちの世で死んだら、やっと、あっちの世に行ける
のかな? んっ、あっちの世、そっちの世? まぁ、ともかく逝きますので線香の一本
も頼みます。恨めしや、にぎりめしや」
と、黒いごはん粒を頬につけて熱弁をふるいながら、両の腕を、だらんとさげ、カマ
キリの型をして見せる。傍らで、松は腹を抱えて笑いけり。
631 :
名無し物書き@推敲中?:2006/04/24(月) 20:25:41
ほうほう、それで?
632 :
名無し物書き@推敲中?:2006/07/22(土) 21:33:16
伊勢町元老院最終勧告。5471は空売り。
633 :
名無し物書き@推敲中?:2006/08/15(火) 23:06:06
阿蘇はバカだな
634 :
名無し物書き@推敲中?:2006/09/22(金) 00:33:02
残飯、諦めて働け。おまえには小説は無理だって。いや、小説も無理。すべてが無理。ネットで私以外のカモを探すことだ。ばかやろうwww
635 :
名無し物書き@推敲中?:2006/12/22(金) 21:55:00
>>633 そうでもないぞ。松がなぜ笑ったのかを考えてみろ。
ほ
637 :
名無し物書き@推敲中?:2007/03/10(土) 04:08:14
それで?
い お む
た ど す
の し め
か て を
べ に ひ
ん げ と
じ ら じ
ょ れ ち
。 る に
。 と お
。 お れ
。 も を
。 っ 。
。 て 。
テスト
640 :
名無し物書き@推敲中?:2007/06/15(金) 01:24:41
書く!
641 :
名無し物書き@推敲中?:2007/06/15(金) 03:40:09
642 :
名無し物書き@推敲中?:2007/09/09(日) 21:20:45
書けばいいじゃん。何でわざわざ宣言してるの?
643 :
名無し物書き@推敲中?:2007/12/08(土) 12:27:03
>>642 だって売れないと次の仕事が来ないでしょ。
644 :
名無し物書き@推敲中?:2008/02/17(日) 17:30:32
ごめん場違いかもしれないけど他に書く場所判らなかったのでここに書きます。
ホラーでとある作品のネタを題材に。気軽に。
全然怖くないです。てかむしろムカツクかも。
だれも見ないから大丈夫だよね〜。
645 :
質問メール<1>:2008/02/17(日) 17:48:29
此処は、この日本の何処かにある高校。
休み時間、2年のとあるクラスの教室。3人の女子生徒が窓際で会話をしている。
ショートカットの髪に眼鏡の【美和】。
背の高いロングヘアは【安恵】。
そして毛先が外側に跳ねた背の低い【小鈴】。
3人は1年のときからのクラスメートで、とても仲が良かった。
そして3人には、とある共通点があったのだ。
小鈴「ねぇねぇ、【恐怖の質問メール】って知ってる?」
安恵「しらない。何それ?」
小鈴「うん。何でも、携帯のメールに突然【あなたへ質問】というアカウント名でメールが送られて来る。
それで、そのメールに書かれている質問に答えなければならないというものらしいんだけれど、その質問内容とルールがまたキミョウキテレツなのよ」
安恵「へぇ?キミョウキテレツね…。もうちょっと詳しく聞かせてよ」
小鈴「そのメールはね、本文に質問が書かれていて、【はい】【いいえ】のどちらかのラジオボタンにチェックを入れるものなの」
美和「携帯メールでラジオボタン???そんなのあるの?HTMLメールじゃあるまいに…」
小鈴「ワタシもよく知らないんだけど。ネットの知り合いから教えてもらった事だから。
でね、そのときに【いいえ】にチェックしないと………」
安恵「どーなんの?」
小鈴「死んでしまうんだって。
ちなみに、送信する前にその質問メールを消してしまっても、同じ結果になるらしいよ」
美和「死ぬ?たかがメール送信で?しかも【いいえ】にチェックを入れないと?そんなバカな」
小鈴「バカだと思うでしょう?でももっとバカらしいのは質問の内容なのよ」
安恵「その質問の内容って、何?」
小鈴「それがね…」
646 :
質問メール<2>:2008/02/17(日) 18:06:53
小鈴「【あなたはガチホモは好きですか?】」
……………………。
美和&安恵「あっはははははははははははははははははははははははは!!!!ぎゃはははははははははははははは!!何それ〜〜〜〜〜〜〜!!?ワケ判んなーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!」
小鈴「でしょ〜!?大受けよね〜!
あと、【ガチ百合は好きですか?】というのも送られて来るらしいよ」
安恵「マジで〜!?バッカでーーー!!」
安恵は大声で「ふざけすぎー!」とか「今時そんなのギャグマンガでもやらないわよ!」などと叫んでいる。美和もお腹を抱えて笑っている。
美和「そんな質問内容で死ぬなんて、質問送って来る奴も答える人もおかしいよね〜!」
小鈴「んじゃ美和ちんは答えないの?」
美和「答えないよ〜そんなの〜!でもまぁ、もし仮に答えるんだとしたら、私は【はい】にチェック入れるかな?」
安恵「あーやっぱり?美和ならそう言うと思った」
美和「そーゆー安恵ちゃんもじゃない?」
安恵「判っちゃった?小鈴、あんたも【はい】よね?」
小鈴「………………。まぁね!」
3人はまた笑う。そう、この3人はアニメ、マンガ、ゲーム、フィギュア…、何でも大好き、しかも男同士の絡み合いはもっと大好物のいわゆる【腐女子】なのだ!!
慶太「俺も【ガチホモ】好きだぜ♪」
突然3人のクラスメートである男子生徒【慶太】が話に割り込んで来る。
…どうやらこのクラスには【腐男子】も居るらしい。
今度は4人で大笑い。
………しかし、こうしてみんなでバカ笑い出来るのが、これが最後になろうとは………。
647 :
質問メール<3>:2008/02/17(日) 18:27:41
その日の夜。この日は美和が大好きなロボットアニメ【ボロッボロにしてやんよ♪】の放送日。とってもとってもイケメンな男性キャラに「萌え〜!」としていた時、それは来た。
「おい、メールが来たぞ。読め」美和の好きな声優の着ボイスが部屋に響き渡る。メールを受信したようだ。この時間は安恵は小鈴、それともネットで知り合ったオタク仲間であろうか。だが、その差出人と件名を見た美和は思わずびくっとなった。
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:重要な質問です】
これは今日小鈴ちゃんが言っていた例の……?
突然の事に驚きを隠せない美和。これは本物なのか。それとも誰かのイタズラだろうか。思わず消さずメール機能を終了する美和。
(とりあえず、みんなに見せてみよう。転送じゃ信じて貰えそうもなさそうね。直接見せなくては)
早速、この噂を教えてくれた小鈴に電話する。トゥルルルルル………。トゥルルルルル………。一向に出る気配の無い小鈴。ほどなくして、「留守番電話サービスに接続します」というアナウンスが聞こえて来た。仕方無く切る。
今度は美和にかけてみよう。トゥルルルルル………。トゥルルルルル………。留守番電話サービスに接続します。こちらも結果は同じだ。
頼みの親友2人と連絡が繋がらない。あとこの事で相談出来るのは慶太しか居ないが、多分慶太はこの時間バイトで出られないだろうし…
どうしようかな……?
恐怖と興味心が彼女の心を揺れ動かす。
648 :
質問メール<4>:2008/02/17(日) 18:38:07
美和は勇気を持ってそのメールを展開する。携帯のメインメニューからメール、メールボックス、受信トレイ、先程届いたそこに書かれてあったのは。
目が痛くなりそうなピンクの背景に【あなたはガチホモは好きですか?】という文字と、その下に【はい】と【いいえ】のラジオチェックボタン。そして、【送信】のボタンであった。
美和はうわっ、と、一瞬目を回す。確かに、これはキミョウキテレツだ。しかもこれに【いいえ】にチェックをして送信しなければならないなんて……。
やっぱりバカバカしい。
美和はそのメールを削除し、折りたたみ式の携帯をぱかんと閉じた。
アニメの世界に戻る美和。
649 :
質問メール<5>:2008/02/17(日) 18:50:05
「おい、メールが来たぞ。読め」またメールが来たようだ。確認してみると…。
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:削除しないでください!!!!!】
美和は今度はぞくっとした。何で、またあのメールが送られて来るの…!?削除しないでって、何で削除して事を知っているの…!?
目が痛くなりそうなピンクの背景。【あなたはガチホモは好きですか?】という文字。【はい】【いいえ】のラジオチェックボタン。【送信】のボタン。先程とまるっきり一緒であった。
(もしかして、答えるまでずっと送られて来るという事なの…!!?)
美和はまた削除しメール機能を終了させる。
再びアニメの世界へ。しかし……。
「おい、メールが来たぞ。読め」まただ……。美和は再び携帯を開く。本当は開きたくない気分だが、大好きな声優の頼みだとどーも断れないという、腐女子の性(さが)である。
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:だから削除しないでください!!!!!】
イラついてきた美和は内容を確認せずに再び削除して携帯を閉じ、枕の下へと隠してしまう。
(一体どうなってんのよ!…そういえば、削除しても死ぬとか言ってたけれど、本当なのかな…?
いや、そんな話あるわけない。本当だったらもう既に死んでる筈だもの。…でも、もし……、もしもこのままだったら……?)
受信メールをそのまま見ずにほったらかしにしていたらどうなるのだろうか…?
650 :
質問メール:2008/02/17(日) 19:09:09
何か急に書き込み出来なくなったので一旦止めます。
651 :
質問メール<6>:2008/02/17(日) 19:52:40
「おい、メールが来たぞ。読め」枕の中から男の声が聞こえて来るが、美和は無視。
「おい、メールが来たぞ。読め」また聞こえて来た。が、知らんぷり。
「おい、メールが来たぞ。読め」まるでメールを読んでいない事を知っているかのように受信されるメール。何が受信されたかは判っている、が、携帯を取らない。
「おい、メールが来たぞ。読め」「おい、メールが来たぞ。読め」「おい、メールが来たぞ。読め」
声が連続で聞こえて来た。しつこい。しつこいしつこいしつこい…!
「おい、メールが来たぞ。読め」「おい、メールが来たぞ。読め」「おい、メールが来たぞ。読め」
美和は耳を塞ぎテレビを見る。しかし、本当は判っていた。テレビよりも、じゃんじゃん送られて来るメールが気になっているという事に。
652 :
質問メール<7>:2008/02/17(日) 20:04:04
「おい、メールが来たぞ。y「「おい、メール「おい、メ「おい、「おい「おい「おい
とうとう着ボイスが鳴り終える前にメールが受信されるようになってきた。
大好きな声が嫌いになってくる。
「おい「おい「おい
普通のギャグネタだったら、此処は笑いのシーンなのだろうが、美和にとっては恐怖の他何でも無かった。
653 :
質問メール<8>:2008/02/17(日) 20:05:27
「おい「おい「おい
やめて……もういい……!!
「おい「おい「お「お「お「お「お
うるさい……うるさい……うるさい……!!
「お「お「お「お「お「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお
「うるさーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」
ぽちっ!ジャラララ〜ン♪
美和は頭の中の何かが切れたのか、携帯を取り出し電源をOFFにする。
電源を落とすアニメーションが流れ、画面は真っ暗になる。
…最初からこうしていればよかったんだ。
美和はいつの間にか荒くなっていた息を整え、テレビに向き直る。
654 :
質問メール<9>:2008/02/17(日) 20:17:47
(全く、携帯のせいで全然【ボロして】に集中出来ないよぉ…!)
でもこれでようやくアニメを楽しむ事が出来る。彼女は安堵のため息。ところが!である。
「おい、メールが来たぞ。読め」
………。
ま・さ・か……。
いや、空耳だろう。電源切ったんだ。声が流れる訳が…
「おい、メールが来た「おい、メール「おい「おい「おい「おい
やっぱり空耳じゃない!!!先程のように連続で着ボイスが聞こえて来る。
美和はおそるおそる携帯を見る。サブディスプレイに光が灯っている!!いつの間に電源が……!?
655 :
質問メール<10>:2008/02/17(日) 20:28:35
サブディスプレイの画面をよく見ると、未読メールが5428通!!!???
(なっ………!?なななななななな………!?なんでこの数分の間でそんなに受信されてるの…!?)
何故電源が入ったのかなんて、もうどうでもよかった。それ意外にも不可解な事が、既にたくさん起こっているからだ。
携帯を開いて受信メールを古い順番から見る。
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:無視しないでください】差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:無視するなんてあなた人間ですか?】差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:だから無視すんな!!!!!】
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:いいから本文嫁…じゃなかった、読め!】差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:テメェ調子乗ってんじゃねぇぞ!!】差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:答えるまでいくらでも送るからな!!いいか!!】
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:何故答えないか判ったよ。でもなぁ、運命には逆らえない!】差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:何電源切ってんだよアホ!!】差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:切ったって無駄だぞ!】
「もう……………、いやだぁ〜……………!!」
美和は目がだんだん熱くなって来るのが判る。このような件名のメールが何通も何通も入って来る。その件名は新しいものになる度に酷くなっていっている。
……もう、このメールからは逃げられない………。
美和は観念して一番上の受信メールから本文を立ち上げた。
656 :
質問メール<11>:2008/02/17(日) 20:37:05
目が痛くなりそうなピンクの背景。【あなたはガチホモは好きですか?】という文字。【はい】【いいえ】のラジオチェックボタン。【送信】のボタン。
これに【いいえ】と答えないといけない。すなわち、【はい】を選択し送信すると、死が待っている。
本当はガチホモ大好き。やおい大好き。それ以外愛せない。本当だよ…!
でも、今までに起こった事を考えると、恐怖の質問メールの噂は事実である事を認めざるを得ない。
【いいえ】を選択し送信するだけで、このような事は終わる。全てが終わる。
美和はいつの間にか、泣いていた。これまでに起こった出来事への恐怖心なのか、それともこの小さな質問文に仕方無く嘘をつく事が嫌なのか。それとも…?
その答えは彼女には判らなかった。ただとにかく泣きたかった。
美和は目を鼻をぐしゃぐしゃにしながら【いいえ】にチェックを入れる。そして………送信。
【送信中】のアニメーション。そして、【送信完了しました】の文字。
………これで、終わった………。
やっと…………。
657 :
質問メール<11>:2008/02/17(日) 20:51:09
これでもう大丈夫だろう。美和が安心して、今まで大量に受信されて来た質問メールを消す作業をしようとした時。
「おい、メールが来たぞ。読め」
!!
ま、まさか………また…………???いや、今度は絶対違うメールよね?だってちゃんと質問メール送信したもん!だからもう終わったんだから!
もし小鈴ちゃんか安恵ちゃんだったら、この怖かった出来事を打ち明けよう。あれは全部本当だった。だからイタズラって認識しちゃいけないって。信じてもらえないかもしれないけど、私…、2人が私と同じ経験をするの、嫌だよ……!
美和はそう思いながら受信されたメールをチェックする。
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:嘘はいけませんよ?】
彼女の視界がもの凄い勢いで歪んだ。
658 :
質問メール<12>:2008/02/17(日) 21:06:03
何で……?どうして……?何でまた送られてくるの……?しかも嘘はいけないって……?
【いいえ】で全て終わると思っていたのに……!?小鈴ちゃん、どうなってるの…!?
ねぇ誰か助けてよ!私どうすればいいの!?教えて!教えて!
「おい、メールが来たぞ。読め」 「おい、メールが来たぞ。読め」 「おい、メールが来たぞ。読め」
また先程のように連続でメールが受信される。
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:嘘ついたってこっちには判るんだよ】
助けて……お父さん…お母さん…
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:さっきも同じような事をしていた奴らがいたっけ】
助けて……慶太くん…
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:そいつらは随分と【いいえ】で粘っていたようだけど、最終的には【はい】にチェックを入れたよ】
安恵ちゃん!小鈴ちゃん!助けて!!
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:確かそいつらの名前は【睦月安恵】【有谷小鈴】と言ったっけ】
え!!!!!?????
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:2人とも…、いい死顔していたよ…】
う…嘘!?安恵ちゃんと小鈴ちゃんが!?
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:どうやらまたひとり、愚か者が命を落としたらしいね…】
安恵ちゃん……小鈴ちゃん……冗談だよね…?
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:彼は携帯を割って使えなくようにするという手段を取ったようだが】
これは夢だ……悪い夢…!
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:往生際が悪いんで、殺しちゃった♪((^┰^))ゞ テヘッ】
夢よ覚めろ……今すぐ覚めて!
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:こちらは面白い顔で死んだよ…【風北慶太】くん】
ほら!!やっぱり夢なんだ!!だってあのおちゃらけた慶太くんが死ぬ訳無いもん!
659 :
質問メール<13>:2008/02/17(日) 21:17:29
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:どうやら君も素直に答えてくれそうもなさそうだな】
ち、ちょっと待ってよ…… !?それって……?
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:君も本当は好きだって、判ってるんだよ】
何……?後ろに何か居る感じがする…!?怖くて振り返れないけれど…
差出人【あなたへ質問】件名【質問メール:最初から全部判ってたんだ。だから】
やだ…、やめて…!早く夢覚めてよ!!
差出人【質問はもういいや】件名【死ね】
お願いだからーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
その時、何が起こっていたのかは判らない。
最初に部屋に入って来た母親が言うには、そこにあったのは。
深紅の美しい色をした液体が付着しているドラマCD、パソコン、ディーエス、 【ボロッボロにしてやんよ♪】の次回予告をしていたテレビ。
そして、何故か頭からその液体を流している自分の娘の変わり果てた姿だったと言う。
660 :
質問メール<14>:2008/02/17(日) 21:25:00
翌日。この日本の何処かにある高校。
休み時間、2年のとあるクラスの教室。2人の女子生徒が窓際で会話をしている。
しかし、あの腐女子3人衆とは違い、派手な化粧に上に上げまくったスカート、セーターを腰に巻いたいかにもギャルって感じの2人組だ。
「ねぇねぇ聞いた?隣の6組の生徒、昨日4人死んだんだって!」
「え〜マジで!?何で!?」
「さぁ……?よく分かんないんだけど、4人は頭から血を流して死んでたっていう話だよ」
「うわ〜何それ〜?マジグロ〜い」
「あの4人ってさ、いわゆるオタクでしょ?現実よりも空想のほうを好きになるという。おまけに同性愛好き。あーゆー人達って、腐女子腐男子っていうんでしょ?」
「そうらしいね」
「そーゆーのって、マジキモイよね」
<終>
661 :
質問メール<おしまいです>:2008/02/17(日) 21:27:43
この物語はフィクションです。
また、この物語は腐女子腐男子の存在を批判する事を目的に書かれたものでは当然ございません。
662 :
名無し物書き@推敲中?:2008/06/01(日) 12:53:07
age
663 :
名無し物書き@推敲中?:2008/06/10(火) 21:17:47
age
664 :
名無し物書き@推敲中?:2008/06/14(土) 12:39:44
書きたいというのが本音だ
665 :
名無し物書き@推敲中?:2008/06/14(土) 18:26:00
3年の長寿スレ
666は貰った。
667 :
ルシフェル:2009/01/27(火) 01:19:15
オーメン(666)でとまってちゃ縁起が悪いから書き込むよ。
668 :
名無し物書き@推敲中?:2009/01/27(火) 02:00:39
>>1は、簡単符の後ろに一つスペースを入れる程度のルールも知らない、所謂一つのおバカキャラかな?
669 :
名無し物書き@推敲中?:2009/01/27(火) 04:47:33
ニちゃんでんなもん関係なかたい
670 :
名無し物書き@推敲中?:2009/01/27(火) 05:47:26
なかち、関係あろもん
ここは、そさくなぶんげいばんばい?
671 :
名無し物書き@推敲中?:2009/01/27(火) 11:04:15
感嘆符のあとに一つ空白を入れるのは、もう癖になっちまってるけどな
>>1はそんな事ないんだろうな
672 :
名無し物書き@推敲中?:2009/07/16(木) 12:30:04
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カテゴリ:キッチン家電その他
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