大いなる助走・2004(仮)
ACT0
「お前らそれでも作家か!」
激しい怒号が石動信太郎から飛んだ。
普段穏やかな人当たりのいい作家なだけに、
料亭には重苦しい雰囲気が流れた。
「先生、全員の意見は一致してるんですよ」
村田隆はそう弁明した。口調もどこか弱々しい。
「いくらだ、いくらもらったんだ!」
再びの怒号。
「そうじゃないです、僕は将来性を――」
「なら余計悪い」
ぴしゃりと、石動は言い放った。
「本気でそう思っているのか? 塵芥の名にかけて?
君らも市川恭二君の事件を知らないわけじゃあるまい」
二十五年前、つまり昭和五十四年。文壇を震撼させた事件があった。
直廾賞に落選した作家、市川恭二が審査員を殺害していったのだ。
四人目の犯行に及んだ後、検問のパトカーを振り切ろうとして事故を起こし、彼は死んだ。
だが事件はそれだけにとどまらなかった。
週刊誌に事件の詳細、及び選考過程での醜聞が載るに至り、
結果、直廾賞の審査員は総入れ替えとなった。
「それだけじゃない。塵芥賞には亡くなった大罪修、
小林弓彦君も落としてしまった経緯がある。
しかし、それと比べても今回はあんまりだ。
かつて土下座で頑として転ばなかった賞が、今や金で転ぶとは何事だ」
「先生、正直に言って下さいよ。いくら欲しいんです?」
渡辺馴が困惑した表情で言った。
話を通してあるものとばかり思い込んでていたのだろう。
まだ書き出しですが、感想をお願いします。今後の参考にします。
>>49 ネタの場合
面白いです。ワロタ。
ネーミングセンスがいいなあと。
マジの場合
昔たしか、かなり有名な作家が、
同じようなネタの作品を書いていてような・・・
どうも。感想ありがとうございます。
>50 昔たしか、かなり有名な作家が、
と言うよりもろですよ。
筒井康隆氏の「大いなる助走」と言う作品があって、
まだ文壇は変わって無いなあ、と思いまして……。
「そうだわ。演技はよしてちょうだい」
林田鞠もそれに追随した。読者に追随するばかりの、
彼女の作品に相応しい態度だった。
「黙れ、ポルノ作家どもが」
心底軽蔑した声音だった。
「なんて暴言!新聞に言うわよ!」
鈍い彼女にもそれは伝わったのだろう。林田鞠はわめき散らした。
もっとも、彼女とてそんな文句が通用するとは思ってはいまい。
つまるところそれは、ただ見苦しさの発露に過ぎなかった。
ミステリー業界は甘いと言う発言で世の失笑を買った時から、
彼女はかけらたりとも変わっていない。
「ほらほら、また莫迦を晒すぞ。そんな事言ってばかりだから、
直廾賞の審査から外されるんだ」
そう言って渡辺馴は止めに入った。だが目は笑っていない。
それもそのはずだ。彼もまた混乱の責任を取らされ、
塵芥賞へとばされたのだから。
「見苦しい真似は止めて下さいよ」
うんざりした様子で、睦月寛は言った。
「君もいたのか。最近エッセイばかりで廃業したものと思ってたよ」
「それは言わないで下さいよ。
私にははっきり言って小説は書けないんですから。
通俗エッセイが今や関の山です」
そう自嘲気味に言葉を続けた。
「この前も汐野七美と会って非難轟々だったからな。
全体格の違う作家と会って恥ずかしいとは思わないのか。
片や格調高くしかも面白い歴史小説家、片や通俗エッセイストだ」
「ねえ先生、反論してるのは貴方だけなんですよ。
貴方さえよければ、丸く収まるんです」
再び、村田隆は弁明した。
「文体は現代語調だし、感性も若者向きです。
おまけに映画化もされると来てる。
これは盛り上がりますよ、絶対。若い割には破綻も少ないし」
「そりゃあ絶望の国のステイヒアよりは盛り上がるだろうよ」
失敗作の話をされ、村田隆は顔を歪めた。
「取材ノートまで出してあれでは、君もさぞかしだろう」
「今度のは売れてますよ」
「おれの推薦文がなかったらどれだけ売れたか」
「ええ、それはもう先生には――」
「第一若い女性たちらしい小説だけど、三つとも物足りないだろう。
肝心なものが欠けていると言わざるを得ない」
「じゃあ何で、三人目を推すのよ」
林田鞠は不満そうな様子だ。
「今回受賞無しとなったら、君らが納得しないだろう。
今回の直廾賞は間違いなくあの男だ。さぞ噴飯やるかたないことだろう」
石動以外の四人に、苦り切った表情が浮かんだ。
今日はもう寝ます。それでは。
54 :
名無し物書き@推敲中?:04/01/20 08:59
>>53 それをいうなら「憤懣やるかたない」では?
それともわざと?
氷麓冬彦。当代随一の怪談作家にして、
現在一、二を争う人気を誇る人物。
幾度となく直廾賞の候補に挙がりつつも、
彼が挙がったときは該当作が無しになると言うことが続いた。
三度目ともなるとそうはいくまい。
「それを言うなら憤懣じゃないの?」
無謀にも林田鞠は突っかかる。が、当然のように無視された。
「あれが売れたら君らは困るだろうな。
塵芥賞に該当作無しとなれば、必然的に直廾賞に注目が集まる。
とすると流行るのはあの男だ。分かり易いからな、彼の作品は。
分かり易い凄さだ。加えて面白く、再読にも耐え得る。
結果、君らの本は売れなくなるかも知れない、と。
どうなんだね? 少しは恥ずかしいと思わないのかね?」
そう言って、石動信太郎は嘆息した。