「ここにもサインするんですか?」
「あと、こことここにもお願いします」
殺風景な病室の一室で私は数十枚にも渡る誓約書を眺めてうんざりした。
しかし、これも全て弟のためだ。私は直前に顔をあわせた弟の黄色くむくんだ痩せこけた姿を思い起こし、サインを済ませた。
5年前、世話になっていた叔父夫婦と喧嘩して地元を飛び出した元気な弟の姿はそこにはなかった。
兄の私でさえ持て余していたほどの不良だったのだ。
深夜、弟が腎臓疾患のため危篤との連絡を受けた私は急遽、病院に駆けつけ、腎移植の手続きを取った。
「手術の前にまずこの薬を飲んでください。麻酔補助薬です」
水と一緒に先生から手渡された錠剤を喉に流し込むと備え付けのベッドに横になる。
急速に訪れる眠気の中、兄弟で初めて見た映画を思い出し、微笑んだ。意識が急速に遠のいた。
「18時46分32秒。死亡確認」
弓状に体を反らしたベッドの上の死体を冷たい声が嬲った。
「自分の兄貴を殺した気分はどうだい?」
「俺の気分が爽快だとでも思ったか? とにかくこれで借金はチャラだ」
黒ぶちメガネの男の問いにやつれた男は震える拳を握り締めた。鼻水を啜り上げる音が白く長い廊下に響いた。
次は「水」「みちづれ」「夜」でお願いします。
僕は夜空に輝くお星様。
今日も列を抜け出して、地球へ遊びに行こう。
えーと…ここは日本か。前にも来た事があるなあ。
確か前に来た時には、子供に気に入られちゃってなかなか宇宙に戻れなくて困ったっけ。
まあ、僕が可愛すぎるのがいけないんだけどさ…まあるいおめめとかくっ付いてるし。
僕に引き付けられない人間はいないね!!
さて、今日は…うん、この家にお邪魔しよう。僕はガラス窓を突き破って中に入った。
「こんにちわ! 僕は星の……」
中は、今までに見たことも無いような惨状が広がっていた。
誰も足を踏み入れていない、移動すら為されていないであろう部屋。
散乱するアニメ絵の少女たち。壁一面には、アニメのポスター。
噂には聞いていたけど…これが、オタク……?
「えっ…えっとぉ…今日は」
「出てけよォ!! オレの時間を邪魔すんじゃねえぞコラァ!!! 」
な…なんだ、このテンション。可愛い僕を見てこの反応は一体……。
いや、そもそもコイツはなんだ!? 水ぶくれした緩々の体、伸ばしっ放しの髪、
恐らく何週間も風呂に入っていないのだろう、この悪臭……底辺だ。
「出て行けよ……」
男はそう言うって僕に背を向けた。そして、何かの画面を凝視する。
画面を見ると、さっきのアニメの女の子が、あられもない姿を晒している。
僕は、敗北を確信した。
「お前…オレを嘲笑ってるのか? オレをゴミのように見るのか!? オレと一緒にコロシテヤルゥ!!!!! 」
道連れになる前に、僕は宇宙へ帰ろうと思った。完全無欠に可愛い僕も、オタクには勝てないと思わされた。
「制服」「回路」「日記」