277 :
名無し物書き@推敲中?:
学校帰りに駄菓子屋に寄るのが日課だった。
その駄菓子屋が潰れた。
明治生まれの婆さんが、たったひとりで暮らして、切り盛りしていた店だ。
俺たちが遊びに行くと、しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして嬉しそうにしていたものだ。
もう身寄りはなく、天涯孤独だとも言っていた。死んでも誰にも迷惑かけないのが嬉しいと、淡々と告白していたのを思い出す。
すでに店はあとかたもなく、新築のマンションの骨組みが出来上がりつつあった。
「あの婆さん、どうなったのかなあ」
タケシが呟く。たいして感情がこもっていない声だ。
「さあなあ。ま、生きていればどうにかなるるだろ、どうにか」
俺も適当に答えた。たしかに行き付けがなくなったのはちょっち痛いが、なにもそこが俺たちにとって全てではない。
かわりなんていくらでもある。なくなれば、また新しい遊びを探せばいいのだ。
「しかし、潰れるとは思わなかったよなあ。やっはり、毎日毎日お菓子くすねてたからかな」
お菓子がほしかったわけじゃない。ただの遊びだった。
フ菓子だの水飴だの、そんな古臭い不気味で不味そうなお菓子は、すぐに近くのドブ川へ捨てた。
「さあなあ。まあどうでもいいさ」
全てはもう済んだこと。過去の領分だ。
店が潰れようがお婆さんがどうなろうが、俺たちとは無関係だ。知ったことではない。
いらないものをゴミ箱に捨てるように、いらない思いでもどこか遠くへ消してゆく。
それは青春の1ページにさえ残らない、明日になれば全て忘れているたぐいのことなのだった。
次は「制約」「誓約」「製薬」
ナベさんとその取り巻きの連中は、渡辺学校もしくは渡辺塾と呼ばれている。ナベさん
は十歳のときからヤクザの使いパシリとして掃除、洗濯、運転手、なんでも要領よくこな
したが、なかでもみんながうなったのはその頭のキレと博才であった。とくに手本引きに
かけては、兄貴分たちもかなわない度胸と腕前を見せた。
ナベさんは、水仕事をするときも寝るときも左手の包帯を取ったことはない。左の掌に
は花札大の板が包帯できつく巻かれていた。いつしかナベさんの手には、四角い窪みがで
きていた。ナベさんのイカサマは何十年もバレたことはないが、たった一度だけ危険な目
にあった事がある。連勝するのを不思議がったある賭場の人間が、代打ちを何人か呼び寄
せたときだ。最後に縁日で飴を売っている康司が座に加わったとき、ナベさんの顔には一
瞬動揺のような表情が浮かんだ。勝負は綾のものと言われる。気圧された者が負けだ。案
の定、花札を吸い付けた左手を康司に捻り返されたナベさんは、そのまま外に引きずり出
され、容赦なくナベさんを殴りる蹴るされた。ぼこぼこに殴られるナベさんを、賭場の連
中がドスに手をかけながら見守っている。ナベさんは鯖折りを受けながら康司に囁いた。
「おい、今だ」
ふたりは別々の方角に一目散に走って逃げた。
12行目
「容赦なくナベさんを……」→「ナベさんは容赦なく殴る蹴るされた」
に訂正します。
※お題は前のひとのでお願いします。
僕は人形な訳だけども、普通のとは違うんだな。
制約とやらがあってさ、毎日必ず一度は人を笑わせなきゃならないんだ。
もし、破ったら、命を無くしてしまう。いや、持ってかれてしまう――
今日は製薬会社からの依頼があったらしい。
新薬の宣伝の為に街頭で演じるんだって、ご主人様が言った。
ご主人様は、僕に誓ってくれた。こんな風に――
――私は、誓約を交わそう。お前の命を危険に曝す代わり、首尾良く事が運べば――
この先は、よく分からなかった。その時、意識が無くなっていたから。
ただ、一つ覚えていることがある。この時、ご主人様はとても悲しそうだった。
何か、大きな、そう、とても大きな何かがあるんだ。仕方の無いことがあるんだ。
その為に、僕は人形となったのだ。人間から――
ご主人様がどんな目的を持って僕を人形にしたかったのかは知らない。
でも、そんなことはどうでもいい。僕は、尽くしたい。
僕の為に涙してくれたこの人に、尽くしたい。
その為に、僕は今日も道化となり、人を笑わす。どこまでも――
「先生」「兄弟」「映画」